もし淡路島が別の県になっていたら
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全般[編集 | ソースを編集]
- ラジオ関西の送信所は淡路島には建設されなかった。
- 元衆議院議長の原健三郎の選挙区は旧兵庫2区ではなかった。
- 徳島県だったら三木武夫のライバルになっていた。
- 淡路島の人口をプラスすることを考えると定数が5では少なすぎるので、ともに定数3の徳島1区と徳島2区に分かれていた。
- 徳島1区は徳島市を含む吉野川以南、徳島2区は吉野川以北+淡路島。
- 定数は1少なくなっていたが原健三郎が兵庫2区から立候補しないので当選者は変わらず。
- 明石海峡大橋は作られなかったかもしれない。
各県別[編集 | ソースを編集]
徳島県[編集 | ソースを編集]
- 2007年現在、徳島県の人口は約95万人。数年前までは人口100万人を辛うじて越えていたかも。
- 「高知県より人口が少なくなるかもしれない」などと心配する事も無かった。
- 明石海峡大橋はできなかった。
- 代わりに淡路市岩屋は今でも栄えていた。
- ただいずれにせよ、結果的には明石海峡には橋かトンネルのいずれが出来ていたかもしれない。
- むしろ徳島空港を早期に淡路島に移転するのが契機となって明石・鳴門大橋建設が史実より早まる。
- ただいずれにせよ、結果的には明石海峡には橋かトンネルのいずれが出来ていたかもしれない。
- 代わりに淡路市岩屋は今でも栄えていた。
- 紀淡トンネルは出来ていたでしょう。
- そのため神戸・明石よりも泉州・和歌山との関係が強くなっていた。
- 南海道でセブンイレブンがある県は和歌山県と三重県の紀伊地方のみ(四国・淡路島進出予定無しだから)
- 2016年現在、三重県の紀伊地方にもセブンはない。
- 淡路島は今よりも寂れている。
- 淡路島の道路整備が現実よりも大幅に遅れる為、淡路交通鉄道線が今でも走っている。
- これが徳島県唯一の電車に。
- 阪神淡路大震災を契機に住民からの苦情が高まり、兵庫県への転属運動が起こる。
- 県庁が四国の徳島市にあるため、淡路島は四国の一員として扱われ、近畿の一員として扱われる事が非常に減っていた。
- 郵便番号は700番台、電話の市外局番も08で始まる番号になっていた。
- テレビが在阪局のエリアではなく、岡山香川局のエリアになっていた。
- ラジオは言うまでもなく徳島局のエリア。
- むしろ徳島県全体が近畿広域圏に含まれるのでは?
- ラジオは言うまでもなく徳島局のエリア。
- 現実以上に徳島県が近畿地方の扱いを受けるようになる。
- 徳島県内から大阪や神戸への通勤通学が日常化する。
- 淡路市が三重県における名張市と同じような扱いとなっていた。
- 逆に徳島本土は史実より高松志向が高まっていた(岡山はさすがに厳しいとしても)。
- 阪神・淡路大震災では徳島県内でも被害があったことになる。
- 史実でも徳島県内に被害はありました。
- 四国放送の放送エリアに淡路島全域が含まれていた。
- 上沼恵美子が「自分とこの土地」と言わなくなる。
- 彼女は「四国出身の有名人」という扱いになっていた。
- 徳島県の名産品に玉葱が加わっていた。
- 淡路島島内で独立運動発生!
和歌山県[編集 | ソースを編集]
- 明石海峡大橋ではなく紀淡海峡大橋ができていた。
- 本四連絡のメインルートは和歌山~鳴門ルートになっていた。
- 和歌山~徳島間の南海フェリーは橋開通と同時に廃止されていた。
- その代わり明石フェリー(明石~岩屋)・淡路フェリー(須磨~大磯)・甲子園フェリー(西宮~津名)など兵庫県内と淡路島を結ぶ航路は現在まで存続している。
- 和歌山県の人口は2012年現在100万人を切っていない。
- 和歌山市は四国への玄関口として現実よりも発展している。
- 徳島から関空に行きやすくなっていた。
- そのため徳島空港は廃港となり、高松空港も縮小されている。
- 廃港がなかったら現実の福井空港のようになる。
- 徳島空港は自衛隊専用として残るのでは。
- そのため徳島空港は廃港となり、高松空港も縮小されている。
- 徳島でサンテレビが映らなくなっていた。
- 逆にテレ和歌は映りやすくなる。
- 「阪神淡路大震災」は「阪神大震災」になっていた。
- 竹中平蔵の力でここに本社を移す会社が(パソナグループを含めて)史実より多くなる。
- 徳島藩ではなく紀伊徳川家の領地だったらこうなっていたかもしれない。
香川県[編集 | ソースを編集]
- 高松から直行フェリーができていた
- 小豆島経由も日に数本ある。
- 香川県が関西扱いされている。
- 関西のテレビニュースでも徳島県とともに香川県の話題も取り上げられている。
- 香川県が日本一小さい県じゃなくなった。
大阪府[編集 | ソースを編集]
- 大阪府の人口は現在も神奈川県に抜かれず全都道府県で2位の座を維持している。
- 一方面積は2500㎢前後となり、神奈川県や佐賀県よりも広くなっていた。
- 深日~洲本間のフェリー・高速船は健在。
- 南海多奈川線の利用客が増えていた。
- 大阪府岬町は淡路島への玄関口として発展し、市制も施行していたかもしれない。
- 大阪府内における高校野球の地域区分は大和川以北が北大阪・大和川以南と淡路島が南大阪というふうに2つに分かれていた。
- テレビ大阪・FM大阪の中継局が淡路島にできるので、徳島や兵庫西部で視聴しやすくなっていた。
岡山県[編集 | ソースを編集]
- 洲本藩主池田忠雄が兄の後を継いで岡山藩主となったが、このときに領地を返上せずに岡山藩に組み込まれていたら、廃藩置県後も淡路島は岡山県になっていた。
- 岡山県は瀬戸大橋に熱心な一方で明石海峡大橋・大鳴門橋にはあまり関心を示さず。
- 淡路島の中継所からの電波で、大阪で岡山局の視聴が可能に。
- 山陽放送・岡山放送は自社製作比率が高かった。
- もっとも恩恵を受けるのはテレビせとうちだろう。
- トマト銀行はたまねぎ銀行になっていた。
関連項目[編集 | ソースを編集]
- もし淡路島が○○だったら(もしも地球儀)
- もしあの地域が1つの県だったら/近畿#淡路島