もし徳川家康が関東での拠点を川越城にしていたら
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- 天下を統一した徳川家康は、旧北条氏の居城であった小田原城にのこのこと入るのを嫌って、当時は非常にぼろい城であった江戸城へ拠点を移しました。しかし、「小江戸」として有名な武蔵国である川越城に居城を定めていたらどうなっていたでしょうか?
- 京都の二条城にお住まいの皇族は江戸城ではなく川越城へお引越しなされ、皇居は江戸城ではなく川越城になった。
- 日本の首都は東京ではなく、川越こそが日本の首都になった。
- 現実の東京は江戸のままで、川越が「東京」と改称される。京都から見て東の都という意味には変わりがない。
- 現在の東京都は江戸県となり、現在の埼玉県は川越都もしくは東京都となっていた。
- 今の埼玉県・東京都という区分自体が存在しない可能性が高い。
- 川越都庁もしくは東京都庁の所在地は当然川越となり、浦和は一地方都市となる。
- もし川越で鉄道忌避運動がなければ鉄道の拠点が川越となり、大宮は明治か昭和か平成の大合併の際に地名が消滅した可能性もある。
- しかし、もし川越で鉄道忌避運動が発生し、川越の近くにある大宮に鉄道が通ったら、現実のように大宮は鉄道の町として発展する。
- そもそも鉄道忌避運動があったという証拠はない。
- 万が一本当にあったとしても明治政府が聞き入れたとは考えられない。
- 首都に鉄道を通さないのは無理がある。
- 詳しくはベタな鉄道忌避伝説の法則を参照すること。
- しかし、もし川越で鉄道忌避運動が発生し、川越の近くにある大宮に鉄道が通ったら、現実のように大宮は鉄道の町として発展する。
- 明治維新後は、新政府は江戸城ではなく川越城を掌握することによって政権を奪取した。
- なんかこれ全部ご当地の人の「首都希望」であって、歴史とはあんまり関係ない気がする。
- カテゴリ変更したほうがいいのかな・・・。
- 連続テレビ小説「つばさ」はおそらく制作されなかった。
- 「さいたま市」も誕生せず。
- 「えど市」が江戸県(川越都の一部?)に誕生。
- 日本の首都は21世紀の現在になっても海に面しないこととなっていた。
- このため名古屋や大阪の人は海に面していることで東京(川越)に対して優越感を感じるようになる。
- ここまで交通が発達した時代に「海に面していることによる優越感」などという感情はそこまで大きくならないのではないだろうか。
- また、世界的に考えると海に面していない首都も珍しくない。
- 例:ワシントン、ロンドン、パリ、モスクワ、北京、メキシコシティ、ソウル、ニューデリー…
- 江戸が北京における天津のように川越の外港として発展していた。場合によっては「小川越」といっていたかも。
- 新河岸川を利用した、水運が発達していた。
- おそらく入間川では?(当時は荒川も含んでたし)
- 川越(東京)と江戸を結ぶ京江急行電鉄なる大手私鉄ができる。
- 新河岸川を利用した、水運が発達していた。
- 羽田空港は現実の埼玉県内のどこかにできていた。
- そもそも「羽田空港」という名前になっていない。
- 立地上、成田空港みたいな感じになっていた。場所としては川島町か坂戸市だろう。
- 水運の観点などから、明治維新の時に天皇が関東へ下ることなどなく、逆に海に面した大阪へ遷都していたかもしれない。
- 江戸が横浜ポジションになる。んで、横浜は軍都で現実の横須賀ポジション。
- 川越を起点に五街道が整備されていた。
- 中仙道は川越から東松山を経由して熊谷。