もし東北本線が○○だったら

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独立項目[編集 | ソースを編集]

最初から起点が上野駅だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 東京~上野は「山手線」か「京浜東北線」が戸籍上の路線名になっていた。
    • もしかして「東京上野線」か「上野東京線」になっていた?
  2. 列車線自体が存在しない場合、御徒町に電留線が設けられなかった。
    • 東京駅発着の気動車特急もない。
    • 東北新幹線も上野起点だったか、史実より早く東京に延伸していた。
  3. 上野東京ラインは常磐線の東京延伸という形か、京浜東北線の複々線という形を取っていた。

黒磯駅のデッドセクションが地上切り替え方式ではなかったら[編集 | ソースを編集]

2017年10月に黒磯~高久間にデッドセクションが設置されましたが、ここではそれ以前のものとします。

国鉄(JR東日本)が前向きな場合[編集 | ソースを編集]

  1. 黒磯~福島間に415系が投入されていた。さらに415系の置き換えとしてE531系が投入されていた。
    • 東北本線用の415系やE531系は緑色に塗装されていた。
    • 415系やE531系の運用範囲は基本的に黒磯~福島間。
    • 415系やE531系の一部は仙台や宇都宮まで乗り入れ。
    • 福島県内は415系やE531系王国。
    • 415系やE531系は郡山に配置。
    • 黒磯~新白河は実際にE531系になった。(朝夕のみ、勝田配置のままだが)
      • 日中も全てキハ110系からE531系に置き換わりました。
  2. 交流型電車(719系や701系やE721系など)の南限は新白河。基本的には福島以北で運用。
  3. 一部の「まつしま」「あずま」は415系使用の遜色急行だった。

国鉄(JR東日本)が後ろ向きな場合[編集 | ソースを編集]

  1. 暫くはEF80の客車列車が主流になる。
    • その前に、開業時は本格的な交直両用車がなかったので、黒磯~高久間はD50・D51の保養地になっていた。
  2. 455系は交直流車なので重用され、東北本線集中運用になる。
    • その結果、常磐線・仙山線・磐越西線の電車化が遅れる。
    • 417系もセクション越えで本領発揮。
  3. 715系ではなく419系が導入される。
    • 利用者数の観点からJR西日本のように今でも現役。
    • 451系や453系を改造した413系の50Hz対応版も導入されていた。
  4. ようやく新型の交直流車を導入するも短編成化されやっぱり問題となる。
  5. 黒磯の他に白河か新白河で運転系統を区切ることになるので今以上に不便になっていた。
    • 下関-門司間並みの可能性も。
      • 下手すれば羽越本線のようにデッドセクション対策で気動車化も。
        • 烏山線と共通運用になる。
        • 実際には水郡線と共通運用のキハ110になった。
    • むしろ宇都宮で運転系統打ち切り。
      • 今でもほぼ宇都宮で乗換えなのでそこは代わらない。
  6. 常磐線のE531系投入に伴い、415系(鋼製車)を東北本線に転属。
    • その後1500番台が東北本線に転属。

直流・交流デッドセクションが黒磯駅ではなかったら[編集 | ソースを編集]

白河[編集 | ソースを編集]

白河駅が誘致合戦で黒磯駅に負けた。そして新幹線も経由せず、閑散としたローカル駅になってしまった。もしその時に勝ったら?

  1. 白河駅は今までも福島県南の一大ターミナル駅。
  2. 新幹線駅は新白河でなく、白河駅となった。
    • よって新白河は磐城西郷駅のまま。
    • 那須塩原駅も東那須野駅のまま。そっちの新幹線駅はあっさり西那須野となった。
    • 黒磯の知名度はやや低い。
      • 1973年10月改正まで黒磯に特急は停車しなかった。逆に白河は1964年の「はくつる」登場と同時に特急停車駅に昇格(客車列車なので機関車交換のため)。
  3. 白河機関区は現実と変わらなく、最終的に廃止。
    • 切り換え施設を建設するため、もっと早く廃止したかも。
  4. 宇都宮線は白河まで。
    • 福島県民が大反発。
      • そもそも宇都宮線という愛称が構想されない。
    • 青春18の乗換駅が白河になる。
    • 普通列車グリーン車が福島県にも来る。
    • Suicaの適用区間も白河までになる。
      • それでも白河~矢吹では利用できず。
        • むしろ白河-宇都宮間は常磐線の末端区間のように乗換駅を除いて降りたら下車扱いになっていた
    • 上野東京ラインや湘南新宿ラインもここまで乗り入れていた。
      • 白河始発東京経由熱海行や白河始発新宿経由逗子行などが存在した。
        • いずれ直通は廃止され基本宇都宮-白河間の運用になっていた。(一部小金井までの運用もある。)

豊原・白坂間(栃木・福島県境)[編集 | ソースを編集]

  1. 宇都宮~白河間は417系や455系が大活躍。
    • 2000年代後半にE721系の交直流版が導入されるが、直流区間のホーム高さを考慮しステップ付きで701系と同じ車高になる。
  2. 宇都宮線の終点は宇都宮になったかも。
    • 湘南色の205系は存在しない。
      • E131系600番台の編成数も減っていた。
    • 宇都宮〜黒磯にE231系が入線せず、この区間は普通列車グリーン車と無縁だった。
  3. 新幹線駅はやはり西那須野となった。
  4. 黒磯・白河に特急が停車するようになったのは1970年代に入ってから。

上野~東京間が地下線になっていたら[編集 | ソースを編集]

一部住民がもぐれ!東北縦貫線と運動していたようですが

  1. 上野駅・東京駅のホームも地下に建設されていた。
    • 田町の再開発も考慮して地上に出るのは品川付近となり、新橋駅も地下になっていた。
  2. 上野駅の高架ホームは撤去されたかもしれない。
  3. 着工時によっては中央線ホームが高くなることはなかった。
  4. これを前例に東京周辺の立体交差化は地下化されるのが当たり前になっていた。

あの路線が支線扱いだったら[編集 | ソースを編集]

塩釜線[編集 | ソースを編集]

  1. JR東日本が継承していた。
  2. 現在も存続している。