もし織田家が○○だったら
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織田信秀[編集 | ソースを編集]
織田信長[編集 | ソースを編集]
桶狭間の戦いで戦死していたら[編集 | ソースを編集]
→ もしあの戦国・安土桃山時代の戦いが○○だったら#織田信長が戦死していたら
金ヶ崎の戦いで戦死していたら[編集 | ソースを編集]
信長は金ヶ崎の戦いで浅井長政の裏切りにあり、命からがら何とか逃亡に成功します。 実史ではこのあと信長は連戦連勝し浅井、朝倉の両家を滅ぼすことに成功しますが仮に金ヶ崎の戦いで信長が戦死していたらどうなっていたでしょうか?
- 少なくとも秀吉は信長が死ぬので1国1城の主になれず秀吉の出世が大幅に遅れる
- 少なくとも実史に比べて信長の4男である秀勝を養子にするまで冷遇されるかも・・・
- 信長が死んでいたら、その息子に価値はあまりないから、養子は取らないと思う。
- 遅れるで済めばいいが、先君の佞臣として粛清あるいは追放されていたかも。
- 少なくとも実史に比べて信長の4男である秀勝を養子にするまで冷遇されるかも・・・
- 13歳の信忠を支えるため柴田勝家と佐久間信盛の発言権が大幅に高まっていた
- 出世とか発言権とかの話どころではない。織田家自体が遠からず亡びていたかもしれない。
- 当分は重臣たちによる合議制ということになるため、意思決定は遅くなるし、その決定もごく常識的なものになりがち。攻めるより守ることを重視した退嬰的な方略をとる一方となる。
- 従って、早くも数ヶ月後に姉川で逆襲するような機敏な行動はとれず、京都から撤退して美濃・尾張を守るという判断になるだろう。
- 京都からは織田の勢力が居なくなるので、足利義昭が京都周辺を支配する。しかし三好党などがまだ健在なので、たびたび侵攻してきて、畿内は戦乱が絶えないことになる。
- 織田の本領も、浅井・六角などから徐々に蚕食を受ける。またこうなると、徳川家康もいつまで味方でいてくれるかわかったものではない。
- むしろ家康に庇護される組下大名みたいな立場になってしまうかも。
- 足利義栄が問題なく長期間将軍職に就いていたかも。
- ちょっと待て。足利義栄は金ヶ崎の戦いの2年前に死んでいる。
- だったら、その弟の義助になる。松永や小笠原成助のせいで阿波に釘付けになったわけだから。
- ちょっと待て。足利義栄は金ヶ崎の戦いの2年前に死んでいる。
本能寺で殺されなかったら[編集 | ソースを編集]
- 天下を取り、安土時代が始まる。
- 能力はあるが忠誠心の無い家臣たちによって、結局、簒奪される。極端な合理主義・能力主義の組織で1つの血統が当主の座に君臨し続けるなどありえない。
- 他国と違い、織田家が天皇家を取り込んでしまうとそれも不可能になる。大義名分が得られなくなるため。
- 能力はあるが忠誠心の無い家臣たちによって、結局、簒奪される。極端な合理主義・能力主義の組織で1つの血統が当主の座に君臨し続けるなどありえない。
- キリシタンが急増。
- 日本人の半数がキリスト教信者に。
- 信長かその後継者が弾圧して宗教戦争に。
- 信長自身を神とした宗教が誕生していたかも。
- 史実でも自らの誕生日を聖なる日にするというクリスマスに倣った案を考えていたらしい。
- 信長かその後継者が弾圧して宗教戦争に。
- 日本人の半数がキリスト教信者に。
- 鎖国が実施されず、西洋文化と日本文化が混ざる。
- 移民も受け入れ、日本はかなりの多民族国家に。
- 朝鮮・明出兵を実行。史実をはるかに上回る死傷者を出し、李朝と明朝を滅亡させる。
- その後満州族が勃興し、日本と数百年に渡る戦いを続ける。
- 確かに信長は中国への憧れはあったが、合理的な信長はそんなことはやらない。郡県制を導入し、日本の中だけで中華を実現しようとは考えていたかも知れないが。
- いや、南方進出だろ。大陸に攻め込むとしたら明清動乱へ介入して大陸沿岸の港町を得る為だと思う。
- 統治には金がかかるため、帝国主義後期のイギリスのような非公式帝国を作り上げるだろう。
- その後満州族が勃興し、日本と数百年に渡る戦いを続ける。
- 信長はアレクサンダー大王、チンギス・ハーン、ナポレオン、ヒトラーに並ぶ世界征服の実行者として名を残す。
- 信長の時代、日本は朝鮮、明、東南アジア全域、北海道、樺太、千島、ミクロネシアを征服。
- その場合、無双の信長の最高の称号が「第六天魔王」から「大アジア帝国皇帝」にレベルアップしていた
- 「大アジア帝国皇帝」じゃなんか語呂が悪いから「極東の覇王」のほうがいいかも。
- 西太平洋全域にまたがる大帝国はでき得たと思うが、信長が75歳まで生きてても一代では建設できなかったと思う。北海道と台湾・沖縄、それに南方のいくつか植民都市建設用の沿岸地域を手に入れるくらいで寿命は迎えて残りは子孫の仕事。
- 合理的で貿易重視の信長は植民地建設まではしなかったと思う。清などを史実のイギリスのように強制的に開国させて、アイヌも松前藩のように甘い汁を吸うだけで、北海道は今でも原生林のままかもね。
- その場合、無双の信長の最高の称号が「第六天魔王」から「大アジア帝国皇帝」にレベルアップしていた
- しかし信長の死後、朝鮮と明の北半分は清に奪われる。
- 信長死後も信忠に引き継がれれば、以降オセアニア全域、極東シベリアを征服。
- 当然鎖国なんかしないので、いずれ欧米諸国とも戦争に。
- 元農民で大陸国家的思想から離れられなかった秀吉と違い、伊勢湾の貿易を間近に見て育った信長は、南へ琉球、ジャカルタ、ラングーン、シンガポール、コルカタ、北へ北海道、千島、そしてアメリカ西岸へと占領して海洋帝国を作った。
- あれ?それって完璧に扶桑皇国の歩んだ歴史じゃないか?
- しかし各地の民衆の壮絶な抵抗がいつまでも続き安定しない。
- 中華思想に染まっている土地でなければ、統治の仕方にもよるがそこまでの抵抗はないと予想。
- 現在に至るまで日本のイメージに影を落としていた危険さえある。
- ヒトラーはともかく、他の4人は世界史上でネガティブなイメージは持たれていないからそれほど心配する必要はない。まぁそれでも歴史に埋もれた「負の側面」を掘り返す歴史家がいるのは間違いないか。
- 西洋のイギリス、東洋の日本と称されていた。
- 信長の時代、日本は朝鮮、明、東南アジア全域、北海道、樺太、千島、ミクロネシアを征服。
- 羽柴秀吉は勢力拡大に大いに貢献するも、後に信長の不興を買い冷遇される。
- 羽柴秀吉が謀反を起こして結局信長は暗殺された……かも。毛利との交渉で秀吉はすでに信長を騙していた形跡があり、信長にばれると不興を買うのは避けられなかっただろうから。
- そして明智光秀が織田秀信(または信忠の弟の誰か)を担いで山崎で打ち破る。後は(ry
- 日光東照宮が片田舎の寂れた観光地になる。
- 信長の死後、熱田神宮あたりに神としてまつられる。
- 安土城がそのまま聖地になりそう。
- そもそも東照宮が作られないんじゃね?
- 信長は最終的に大坂を本拠としたため、大坂が日本の首都となる。
- そして大坂幕府になる
- 江戸は単なる田舎のままだった。
- 明治以後は現実の関東以北が「東北地方」に。
- 江戸より小田原が未だ関東の中心だったかもしれない。
- 江戸は単なる田舎のままだった。
- 九州や大陸進出を考えて福岡に移転したかもしれない。
- 大坂→下関→柳川→天津/北京→南京になると予想した。
- おそらく徳川(三河→遠江→駿河と領土を拡大していったため、後に伊豆以東も領有されていたかもしれない)などが武蔵を領有した場合、隅田川・利根川河口付近に本拠を移転していた可能性はある。
- そして大坂幕府になる
- 日本から仏教が消滅していた。
- 日蓮宗と禅宗だけしぶとく生き残った。
- 基本的に政治に介入してこなければ仏教を保護する精神を信長は持っていた。だから消滅はないと思う。
- 伊達も島津も滅亡。
- 或いは味方になったけど大陸に左遷させられてしまう。
- 有能な者だけは信長によって抜擢され、「織田政宗」「織田幸村」などが誕生する。
- 或いは味方になったけど大陸に左遷させられてしまう。
- 濃い味付けを好んだ信長の食生活ぶりなどから、信長の場合、仮に本能寺の変がなかったとしても、今で言う生活習慣病などで、天正10年以降それほど長生きできなかったのではないかという説があり、この説に従うと、意外なほど早い時期(おそらく数年単位)に病没して信忠にスムーズに世代交代されていた可能性もある。
- でも深酒はしなかったようだが。……塩分摂り過ぎが余計に進むか。もともと血圧高そうだし。
- 激怒した瞬間に脳血管が切れて帰らぬ人になっていたのかも?
- 本能寺の数年前に既に家督は信忠に譲ってましたが。まあそれでも、信長の権威はいまだ健在でしたけれど。
- 40代早々で糖尿の合併症と思われる体調不良の記録があり(末梢神経痛や目の機能低下など)、60歳に届かず亡くなっていた公算が大きい。ただ、死亡後にゴタゴタが起きる可能性はあまり無かっただろう。
- たとえ統一できたとしても、暴行を受けていた家臣達が反乱をおこすのでいつまでたっても戦乱が終わらない。
- 上杉も北条も滅亡。
- 直江兼続はなんだかんだいって生き残る。
- 実際、本能寺の変の一報が森可成に届いたときには彼は上杉の本拠春日山城まであと1日、2日のところまで進軍していたみたいだし、上杉氏は真っ先に滅亡。
- 北条も織田と同盟を結んでいたのに、武田攻めでは領地配分からハブられてたので不満がたまっていたはず。どこかで行き違いが起こって同盟破棄→北条攻め。
- 毛利も、史実のような和睦はない。本能寺を出発し羽柴秀吉に加勢。秀吉は信長の武威を示し有利な条件で降伏させることを考えていたようだが、信長が取りつぶしを命じたら毛利も滅亡かも。
- 長宗我部もそのまま丹羽らによって攻め込まれる。
- 安土城は、残って国宝に→戦災焼失→戦後コンクリ復元
- まず黒幕探しが始まる。
- 明智光秀単独犯行の場合
- 一族は全て皆殺しに会うため細川ガラシャは存在せず。もちろん細川政権も発足しない
- 黒幕とされた人物の一族郎党は皆殺しとされる。
- そのうち大粛清とかに発展しそうだな。
- 黒幕が皇族の場合、信長は退位を求め、名実共に日本を掌握する。
- 信長は平家の出を主張しているため全国統一後幕府は開かず日本で唯一の皇帝に即位する
- 秀吉は信長の一武将で終わり、家康は信長に殺される。または危機を感じ取り娘婿の北条氏と手を組み反抗する
- 本能寺の変を光秀が「起こさなかった」パターンもありうる。
- その場合、光秀・秀吉連合軍により毛利攻めはもっと早く進行していた。毛利家はその段階で滅亡。
- 信長は光秀には辛く当たる一方で、実はその能力は誰より高く評価していたらしいので、光秀が現状を耐え抜けば織田政権内での地位が揺るぎないものになり、逆に秀吉の影響力が尻すぼみになっていたかもしれない。
- 丹波国の領国経営や朝廷との外交交渉など、光秀は武将としてよりも官僚・政治家としての資質があるので、戦国が終わった後の方が重宝されそう。
- どういう理由で明智光秀が謀反しなかったかにもよる。例えば落馬事故で暫く行動不能になったとか、ストレス性胃潰瘍で病床についていたとかだと、別の時期に謀反していたかも。
- 明智光秀単独犯行の場合
- みんな名古屋弁になった。
- 日本食がとてつもなく濃い味付けになっていた(byテレビ東京「新説!?日本ミステリー」)。
- 儒教の影響は薄くなり、武士道といえば「犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」のままになる。
- 1.とか16.にあるけど、信長が皇帝になるのってかなり影響が大きい。その後別のクーデターで信長が死んでから徳川幕府になるにはほとんど影響はないが、明治維新がとんでもなく影響を受ける。
- とりあえず、「時空の旅人」の映画は、成立しなくなる。
- 甲・信・上州の織田領跡地をめぐる北条・徳川・上杉と信州の諸豪族によるいわゆる「天正壬午の乱」はおこらない。徳川は甲・信に勢力を伸ばすことはなく、武田攻めの際に駿河に勢力を伸ばしていた後は北条攻めまで領地は現状維持。
- 滝川一益は「茶器欲しいよ~ 茶の湯したいよ~」と嘆きながら関東の統治に励む。真田昌幸はころころ寝返ることもなく、織田配下のまま。
- 結局、滝川一益は北条攻めで功績を立てて茶器を与えられる。
- 滝川一益は「茶器欲しいよ~ 茶の湯したいよ~」と嘆きながら関東の統治に励む。真田昌幸はころころ寝返ることもなく、織田配下のまま。
- 信長対家康という夢のカードが実現する。
- 意外と粛清は行わず、邪魔な人物は台湾などの開発や、ことによると北米大陸西岸の奪取に送り出されるかも。
- スペイン、後金と同盟。
- ロシアも後金と同盟を結ぶかも。
織田信忠[編集 | ソースを編集]
実子が誕生しなかったら[編集 | ソースを編集]
- 清洲会議は普通に信雄VS信孝の構図になっていた。
- 秀吉は信雄を支持し、信孝・勝家との対立が深まる。
- 岐阜で大規模な戦乱が起きていた可能性も。
- いずれにせよ秀吉の実権掌握は遅れていた。
織田信雄[編集 | ソースを編集]
旧徳川領への移封を受けていたら[編集 | ソースを編集]
織田信雄は小田原の役後の論功行賞のような形で旧徳川領への移封を秀吉に命じられますが
先祖の土地を手放したくない信雄は拒否しますが、このことが秀吉の怒りに触れ、信雄は全ての領地を没収されます。
仮に信雄が旧徳川領への移封を受け入れていたらどうなっていたでしょうか?
- 信雄は豊臣政権内部で五大老と同じくらいの地位になっていた
- たぶん小早川隆景、上杉景勝などの代わりに五大老に就任していた。
- 関ヶ原の戦いは家康と信雄との共同戦線のような形になり父の天下を奪われた信雄は東軍に参加
- そう簡単にはゆかない。駿遠三の三国が信雄領なら、石田三成らは全力を挙げて信雄への説得工作を試みるはず。山内・中村・生駒といった中小の領主が点在していた史実よりもずっと工作はしやすかっただろう。信雄が西軍に属さないまでも、好意的中立を保つ可能性はきわめて高い。
- そうなると、徳川の主力軍が東海道を通れず、中山道ルートになる。その場合むしろ真田があっさり東軍になってたりして。
- 小山会議での山内一豊のスタンドプレイのようなものも成立しなくなる。案外と「織田殿はどうなさるのだろうか」と気にする武将が多いと思われ、史実のような東軍への雪崩現象は起こらないだろう。福島正則などですら躊躇するかも(信雄と領地が接しているので)。
- この結果、少なくとも一豊が土佐一国を貰うことだけは無くなりそうである。幕末の展開も違ったことになりそうだ。
- そう簡単にはゆかない。駿遠三の三国が信雄領なら、石田三成らは全力を挙げて信雄への説得工作を試みるはず。山内・中村・生駒といった中小の領主が点在していた史実よりもずっと工作はしやすかっただろう。信雄が西軍に属さないまでも、好意的中立を保つ可能性はきわめて高い。
- 関ヶ原の戦いで勝利した家康、信雄の両者の間で一部の領土交換が行われる
- 信雄は家康に駿河・三河を返還しその見返りとして他家から獲得した尾張・美濃を得ることに
- 戦後処理に不満をもった信雄は家康に不満を持ち、家康と戦うが軍事的な才能が皆無なためあっさり負けていた
- 結果として織田家は取り潰しか小藩として細々と存続することに・・・
- いや、この場合、信雄は当然豊臣家と結ぶことになる。史実の大坂の陣でも、信雄(常真)の内通というファクターがかなり大きかったのだから、ここで「徳川と戦う気まんまんで100万石以上の領地を持っている信雄」が存在していたのなら、徳川方は相当な劣勢を強いられると見て良い。
- 諸大名も、「織田・百数十万石がついているなら、豊臣が勝ちそうだ」と見る者も増えていたはずで、大坂の陣は史実ほどのワンサイドゲームにはならなかった可能性が高い。この時点になると、本人の軍事的才能なんてのはたいした問題ではないのですよ。
- どちらにしろ「信長の野望」シリーズの信雄の能力は少しマシになっていたはず
- 領内の整備・文化の保護など文官としての能力はあるので徳川秀忠や本多正純のように知略・政治が高いキャラクターになったいた
- 受諾していたら、秀吉により粛清されていた可能性が高い。(秀次事件)受諾しなかったから、廃藩置県まで小藩と言えども、存続できた。