もし西武大宮線が○○だったら
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普通鉄道規格で開業していたら[編集 | ソースを編集]
もし西武大宮線が全線専用軌条・1067mm軌間・直流1500Vの路線になっていたら?
- 当然川越線は建設されず。
- よって路線廃止は免れた。
- 史実の本川越駅は川越駅、史実の川越駅は川越西町駅のままだった。
- 史実どおりに川越線が開通した場合、川越線が電化するまではある程度は利用客が存在するが、電化後は乗客が激減している。
- ニューシャトルの大成駅は別名で開業するが、どっちにしろ鉄道博物館駅に改称される。
- 成田山前駅、工場前駅は存在しない。
- 今ではもっと駅が間引かれている。
- 大宮駅は「東が東武で西西武」になっていた。
- といっても東武百貨店は無いし西武百貨店を作るスペースもないだろうけど。
- でも現実の西武百貨店は大宮駅東口にあった。もしかしたら大宮そごうと大宮西武の位置が逆だったかも。
- 大宮駅西口の市営桜木駐車場(史実では国鉄清算事業団からさいたま市が購入し駐車場とし、最近閉鎖して再開発ビルができる予定らしい)の位置に、大宮ボールパーク(仮)ができていた。
- ライオンズの本拠地がアクセス悪い史実から大宮駅付近に変わることで、観客動員が最下位争いをすることはなかった。
- むしろライオンズは80ー90年代のような強豪球団のままで、ソフトバンクや日本ハムと毎年優勝争いをしていた。
- ライオンズの本拠地がアクセス悪い史実から大宮駅付近に変わることで、観客動員が最下位争いをすることはなかった。
西武大宮線のその後[編集 | ソースを編集]
| おおみや 大 宮 | ||||
| Omiya | → | おおなり | ||
| 大 成 Onari | ||||
- 複線化されている。
- 新宿線との直通列車が存在。
- 野球開催日は西武球場前乗り入れもある。
- 大宮公園での開催時は逆に所沢方面→大宮の臨時列車が運行される。
- ライオンズの大宮移転計画もあったか。
- 対新宿では一度川越・所沢方面に回ることから所要時間がかかりすぎるので、大宮発の新宿線直通は国分寺行きや拝島行きを中心に運行される。
- 大宮発の国分寺行きや拝島行きが多く運転されていた場合、JRは大宮から武蔵野線経由で多摩方面と結ぶ「むさしの号」を運転していない。
- 武蔵野線バイパスの役割を果たし、武蔵野線混雑が軽減していた。
- 大宮発の国分寺行きや拝島行きが多く運転されていた場合、JRは大宮から武蔵野線経由で多摩方面と結ぶ「むさしの号」を運転していない。
- 野球開催日は西武球場前乗り入れもある。
- 川越から西に延伸されるが、延伸先は高麗川ではなく飯能 or 東飯能。
- 6~8両編成の電車が運転されていた。
- 本川越近辺の単線区間が史実以上に問題視されていたかもしれない。
- 早い段階で川越直通+複線化が実現していた。
- 遅くても新大宮バイパスの開業までには大宮近辺の立体交差化が行われていた。
- 東西交通大宮ルートの開業ができていた。
- 川越線に比べ駅間が狭いので、急行運転が頻繁に行われることでスピード補強していた。
- 川越線と並立していた場合、指扇が乗換駅となる
西武に併合されていなかったら[編集 | ソースを編集]
- 川越電気鉄道が1922年に(旧)西武鉄道に路線を譲渡しなかったら。
- 独立を保っていた場合
- 自力で高麗川まで延伸したかもしれない。
- 国有化された場合
| 二ノ関 | ||||
| にのせき | ||||
| 川越 | 黒須 | |||
| Kawagoe | Ninoseki | Kurosu | ||
- 戦時買収私鉄指定で国有化され、その後JR東日本に。
- 路線名は結局「川越線」になる。
- 南武線のように国有化時に駅が間引きされていた可能性もある。
- 高麗川までの全通が早まった。
- 埼京線開通前は旧型国電の墓場だった。
- 川越電車区は現実より北に立地していた。
- 史実とは異なり、電車特定区間に組み入れられていた。
- このため都内への運賃もいくらか安い。川越-新宿の需要をある程度西武から奪っていた。
- 東武鉄道に併合された場合
| しばち | |||||
| 芝地 Shibachi | |||||
| ● | |||||
| くろす Kurosu |
(埼玉県川越市) | たかぎ Takagi | |||
- おそらく野田線の一部になった。
- ただし運転系統は一部を除いて大宮で分断。ひょっとしたら大宮を境に西は東上業務部の管轄になるかもしれない。
- アーバンパークライナーは大宮で分断せず川越まで延伸。
- 春日部駅の工事進捗による渡り線消滅後も春日部駅ー川越駅で運転していた。
- アーバンパークライナーは大宮で分断せず川越まで延伸。
- 史実のアーバンパークライン大宮駅はようやく改善されそうだが、これが実現していればもっと早く巨大ホームになっていた。
- ただし運転系統は一部を除いて大宮で分断。ひょっとしたら大宮を境に西は東上業務部の管轄になるかもしれない。
- 川越市まで延長して東上線と接続。
- 大宮線が川越市経由で寄居まで乗り入れていた代わりに、東上線が川越市で系統分割していた。
- 寄居から船橋まで走る特急が運行されていた。
- 大宮線が川越市経由で寄居まで乗り入れていた代わりに、東上線が川越市で系統分割していた。
- 西板線は計画されなかった。
- 東武鉄道の停車駅案内図が本線系と東上線系で別々になることもなかった。
- 東武鉄道の本線系と東上線系との間の車両の融通はこの路線を経由して行なわれている。
廃止されていなかったら[編集 | ソースを編集]
- JR川越線開通後は、大宮~川越の都市間輸送よりも三橋など途中のエリアからの輸送がメインになっていた。
- 川越側の起点が久保町では不便という事で、後に本川越駅経由で川越駅前まで延伸。
- 喜多院・川越城・三芳野神社の最寄駅はこの沿線になるので、川越観光の輸送手段となっていた。
- 下手したら路面電車ではなく立派な鉄道路線に進化していたのかもしれない