もしJR九州が○○だったら
ナビゲーションに移動
検索に移動
特急列車至上主義でなかったら[編集 | ソースを編集]
- 鹿児島本線のきらめき同等の停車駅の特別快速があった。
- 小倉-博多-大牟田を30分間隔(快速と合わせて15分間隔)、最高速度130km/hで運転。小倉-博多は48分、博多-大牟田は49分で結び、西鉄高速バスや西鉄天神大牟田線特急とデッドヒートを繰り返していた。
- 快速の停車駅も史実よりもっと少なく、ましてや準快速などは運行されなかった。
- 特別快速ではなく関西や中京圏と同じく新快速だったかも。
- 半数は熊本発着になっていた。
- 西鉄も関西や中京の私鉄と同様に、JRの攻勢には勝てず防戦一方に立たされていた。天神大牟田線特急の停車駅はさらに増加し、日中時間帯の急行は特急に統合される形で廃止されていた。
- JR九州の一般車は2010年代以降も転換クロスシートを維持し、811系のリニューアルもロングシートではなく転換クロスシートのままで実施されていた。
- 821系も車端部以外は転換クロスシートで製造されていた。
- 小倉-博多-大牟田を30分間隔(快速と合わせて15分間隔)、最高速度130km/hで運転。小倉-博多は48分、博多-大牟田は49分で結び、西鉄高速バスや西鉄天神大牟田線特急とデッドヒートを繰り返していた。
- 佐伯 - 延岡完結に限り、特急列車に乗車券のみまたは青春18きっぷ、九州満喫きっぷのみで乗車できた。
- 観光列車はなかった。
- ななつ星もなく、四季島や瑞風も存在しなかった。
- 観光列車はむしろ快速として運行されている。
- 2枚きっぷやネットきっぷなどの格安でパフォーマンスはなかった。
- 株式上場は果たせていない。
- 宮崎空港線と佐世保線の早岐~佐世保間の特急列車の自由席に乗車券のみまたは青春18きっぷ・旅名人の九州満喫きっぷのみで乗れる特例で、特例区間外に乗りこした場合の扱いも大きく変わっていた。
- 他のJRと同様に、特例区間外への乗り越しは全区間の乗車券・特急券も要することになっていた。
- =「もしJR九州で石井幸孝初代社長の路線が2代目以降も継承されていたら」
- その場合水戸岡氏はJR九州のデザイン顧問にならなかった。
- 経営体質が東日本並みにあったらこうなっていた。
経営体質が◯◯と同じだったら[編集 | ソースを編集]
JR東日本[編集 | ソースを編集]
- 福岡地区ではほぼ現実と変わらない。
- 株式上場は史実と変わらず。
- キハ125やキハ220は登場時からトイレを設置していた。
- 史実ほど特急誘導体質にはなっていない。
- 観光列車はリーズナブルなものでせいぜい快速クラスだった。
- 日豊本線の大分・宮崎県境間を直通運転する普通列車はある程度堅持されていた。
- 2018年に大規模な本数削減が行われることはなかった。
- ICカードは福岡地区程度に留まっていた。
JR東海[編集 | ソースを編集]
- 特急よりも新幹線に力を入れていた。
- 「有明」は九州新幹線開業後も並行運行することなく廃止されていた。
- 「川内エクスプレス」はなかった。
- 新幹線に注力している以上、空港連絡にも消極的であり、宮崎空港線は開業しなかった。
- 通勤特急級の列車はライナー列車のままだった。
- 観光列車には消極的だった。
- その結果一部ローカル線は利用者がいなくなって廃止されているかも…
- 車両もJR発足後のままであり、無個性だった。
ドーンデザイン研究所に車両デザインを依頼しなかったら[編集 | ソースを編集]
- 発足当初から水戸岡氏にデザインを依頼していますがではもし水戸岡氏にデザインを依頼しなかったら?
- 水戸岡氏は建築デザインで有名になっていた。鉄道ファンにとっては全く無縁の人だった。
- JR九州の車両はJR西日本流のデザイン路線になっていた。
- 787系・883系・885系・ゆふいんの森も登場していない。783系ハイパーサルーンも地味なデザインだった。
- 九州新幹線の初代車両も800系ではなく700系の新区分番台だった。
- JR九州の長距離輸送は現実以上に高速バスに客が奪われていた。
- 全国的に観光列車は現実よりも少なくなっていただろう。