もしJR北海道が○○だったら

ナビゲーションに移動 検索に移動

○○を導入していなかったら[編集 | ソースを編集]

uシート[編集 | ソースを編集]

  1. おそらくエアポートは全席自由席化、もしくは廃止されていた。
  2. 廃止されなかったとしても721系8次車の導入はなかった。
    • 721系の他に731系・733系(3両)・735系も使えるようになるので車両繰りが容易だったかもしれない。
  3. エアポートへのオールロングシート車の投入はなく、721系の後継車種として723系(733系の転換クロスシートバージョン、但し車端部はロングシート)が投入されていた。
  4. 特急「カムイ」「ライラック」はほぼ全列車が新千歳空港まで乗り入れ、全区間特急として運行されていた。

Kitaca[編集 | ソースを編集]

  1. 他社のICカードのほか、札幌圏でSAPICAも使えるようになっていたかもしれない。
    • むしろSuicaを導入していたのではないかな?

積極的に○○していたら[編集 | ソースを編集]

車両の更新[編集 | ソースを編集]

  • 現実のJR北海道は赤字体質のため車両の更新に時間が掛かっているようです。もし積極的に車両の更新をしていたら?
  1. キハ150・キハ201系が現実よりも早く投入されていた。
  2. キハ141も生まれなかった。
  3. 「はまなす」が気動車化されていた。
  4. ディーゼル機関車も新しくなっていた。

電化[編集 | ソースを編集]

  1. 現実よりもJR北海道の特急列車が電車化されていた。
    • キハ281やキハ283といった振り子式気動車が生まれなかった。
  2. JR北海道が史実より経営難に陥ることはなかった。
    • 一部の国鉄時代に廃止された路線の大半が残っている。

電車によるワンマン運転[編集 | ソースを編集]

  1. 室蘭線苫小牧以南の普通列車が架線下DCになることはなかった。
    • もしかしたらこの区間で国鉄型車両は見られなくなった。
  2. 必然的に2両以上になる。
  3. 電化区間が伸びていたかも。
  4. 2023年、本当に開始。

フェリー事業 [編集 | ソースを編集]

  1. 青函連絡船は廃止されなかった。
    • むしろ東日本フェリーではなくJR北海道がジェットフォイルを導入しており、アスパム付近と倉庫街付近を一時間四十分で結んでいた。
      • 新函館北斗-新青森は約一時間で5500円だが、発着場所がいいため所要時間的には勝負できる。むしろ優位でさえあるだろう。問題は運賃で競争力を持てるかどうか。今の新幹線の運賃よりは史実の当時のエコノミー料金のほうが安いことは安いが、当時の円高物価安の恩恵であり、それも原油価格高騰で採算が取れなくなり撤退したことを考えると、今の円安インフレを考えると…。
      • JR九州の失敗したクイーンビートルを買収・改装して青函間や天売などで走らせていたかもしれない。
  2. 新幹線は青森とつなげるのではなく、札幌函館で先行開業させていた。
  3. 羽幌沿海フェリーと沿岸バスを買収していた。
  4. 海峡線がJR東日本のものだったら、新函館北斗-新青森も当然JR東日本のものになっていてこうなっていたかもしれない。

札幌駅南口の再開発をしていなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. JRタワーやステラプレイスなんて存在しなかった。大丸も出店しなかった。
    • それでも史実通り4代目駅舎の取り壊しは行われた。
      • 新駅舎は新幹線乗り入れを想定した構造になっていた。
  2. 商業施設が少ない北口の方で再開発をしていた。
  3. 新幹線ホーム位置でゴタゴタになることはなかった。

JR北海道の駅ナンバリングが路線別に振り分けられていたら[編集 | ソースを編集]

  • JR北海道の駅ナンバリングは札幌駅を起点に各方面に振り分けられています。もしこれが他の鉄道事業者と同じように路線別に振り分けられていたら?
  1. 函館本線のアルファベットは「H」(函館〜長万部間は史実と変わらない)、駅番号は函館駅の「01」から始まり、札幌駅は「56」、旭川駅は「83」になっていた。
    • 砂原線は小文字の「h」が使われ、駅番号は七飯駅の「01」から始まり、森駅で「16」になっていた。
  2. 室蘭本線のアルファベットは「M」、駅番号は長万部駅の「01」から始まり、東室蘭駅は「16」、苫小牧駅は「30」、岩見沢駅は「43」になっていた。
    • 支線は小文字の「m」が使われ、駅番号は東室蘭駅の「01」から始まり、室蘭駅は「05」になっていた。
  3. 千歳線のアルファベットは「C」、駅番号は苫小牧駅の「01」から始まり、南千歳駅は「04」、白石駅は「15」になっていた。ただし、千歳線の列車は全て札幌まで乗り入れるので、札幌駅には函館本線の「56」に加え「17」が振られていた。
    • 支線のアルファベットは史実と変わらず「AP」だが、駅番号は南千歳駅が「01」、新千歳空港駅が「02」になっていた。
  4. 札沼線(学園都市線)北海道医療大学以南は史実と変わらない。札幌駅には函館本線の「56」、千歳線の「17」に加え「01」が振られる程度。
  5. 根室本線のアルファベットは「N」、駅番号は滝川駅の「01」から始まり、富良野駅は「09」、新得駅は「17」、帯広駅は「24」、釧路駅は「44」、根室駅は「63」になっていた。
  6. 富良野線のアルファベットは史実と変わらず「F」だが、駅番号は旭川駅の「01」から始まり、富良野駅は「18」になっていた。
  7. 石勝線は石北線や釧網線などと区別をつけるため「SS」になっていた。普通列車が全て千歳駅まで乗り入れるので駅番号は千歳駅の「01」から始まり、新得駅は「08」になっていた。
  8. 宗谷本線のアルファベットは「SY」、駅番号は旭川駅の「01」から始まり、稚内駅は「53」になっていた。
  9. 石北本線のアルファベットは「SH」になっていた。全列車が旭川駅まで乗り入れるので駅番号は旭川駅の「01」から始まり、新旭川駅は「03」、網走駅は「38」になっていた。
  10. 釧網本線のアルファベットは…お察し下さい。駅番号は網走駅の「01」から始まり、東釧路駅は「26」になっていた。また全列車が釧路駅まで乗り入れるので同駅は根室本線の「44」に加え「27」が振られていた。
    • 釧網本線は、「C」、日高本線は、「D」、留萌本線は、「R」。
  11. 札沼線北海道医療大学以北・日高本線・留萌本線は史実と変わらずナンバリング無し。

軌間が914mmだったら[編集 | ソースを編集]

  • JR北海道のルーツとなる官営幌内鉄道(手宮(廃止) - 南小樽 - 札幌 - 岩見沢 - 幌内(廃止))にはアメリカ人技師が関わっていました。当時のアメリカで一般的だった914mm軌間で建設される可能性もありましたが、時の開拓使長官黒田清隆の意見により本州と同じ1067mmで建設されました。では、914mm軌間が採用されていたら?
  1. その後、北海道の鉄道は全て914mmで建設される。
  2. 青函連絡船において、貨物載せ替えの手間が増すことになる。
  3. 青函トンネル建設時に大問題になる。
    • 北海道新幹線開業まで青函トンネルは活用されなかったかもしれない。
    • 下手すると914mm・1067mm・1435mmの四線軌条になっていたかもしれない。