長崎とキリスト教
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- 日本の教会#長崎も参照
- 教科書でも有名な隠れキリシタンの多い都市
- 踏み絵を見ると…ガクガクブルブル(汗)
- 禁教令を出した豊臣秀吉、徳川家康は嫌われ者
- ここでマジメな話するのもなんだが誤解のないように言っておくと、江戸時代からの隠れキリシタンの信仰を続けてる人は、今では平戸、五島などにごく僅かしかいないらしい。大部分の人は明治以降、カトリックに復帰している。
- なので、長崎の教会でカトリックの人に「あなた隠れキリシタン?」とは、間違っても言ってはならない。
- 「キリシタン」という言葉そのものがあまり快く思われてないらしいので、長崎では禁句かも。
- 隠れキリシタンの信仰そのものが長い鎖国期間で教義が歪んで一部仏教や神道と混ざって異教的に変質しちゃったせい。
- 「キリシタン」という言葉そのものがあまり快く思われてないらしいので、長崎では禁句かも。
- なので、長崎の教会でカトリックの人に「あなた隠れキリシタン?」とは、間違っても言ってはならない。
- 日本の基督教会で司祭や神父をしている人間の半分ちょっとは、実はこの家系。欧米もそうだが、日本も実は結構な、血脈主義で宗教をやってる。
- 日本で初めての列福式が開催される
- 無事開催されました
- 至る所にキリスト関係の史跡がある
- 特に長崎南部や五島中心
- これを言うと平戸人から怒られる。平戸は日本で最後まで隠れキリシタンの祭り(勿論キリスト教の祭りではない)が残っていた土地。
- 対馬にはほぼ皆無である。壱岐は江戸時代平戸藩だった影響か多少は存在するが他の地域から比べると微々たる物である。
- 壱岐に何かあるの?知らなかった。カトリックの信者は昔から皆無なのに・・・
- 長泉寺(廃寺)のマリア観音、参多大明神など見る人が見れば分かるが基本的に誰も気付けない程度の物が数件。
- 平戸市切支丹資料館で詳しく話が聞ける。
- 長泉寺(廃寺)のマリア観音、参多大明神など見る人が見れば分かるが基本的に誰も気付けない程度の物が数件。
- 壱岐に何かあるの?知らなかった。カトリックの信者は昔から皆無なのに・・・
- 特に長崎南部や五島中心
- 原爆投下時アメリカはキリストの神に成功を祈った。皮肉にも投下地点は浦上天主堂付近
- 長崎のキリスト教はカトリック。アメリカ人の大多数はプロテスタント。
- 天主堂には原爆で吹き飛ばされた鐘楼がそのまま残っている。
- その近くに原爆で半分だけ吹き飛ばされた鳥居が残っている。
- 爆心地付近にはアメリカ人捕虜を収容した刑務所があった。
- その近くに原爆で半分だけ吹き飛ばされた鳥居が残っている。
- カトリック教会は、長崎県単独で大司教区。東京ですら千葉と合わせての大司教区だというのに。
- 昔カトリック直轄地だったからな。
- 信者数では東京大司教区が長崎を抜いて1位になったそうだが、実際にミサに行く人の数は長崎の方が多い。
- ↑と、長崎の人は思ってる。実際どうなのかわからんが・・・
- ちなみに長崎県民の4%以上(6~7万人)がカトリック。日本全体では0.4%(約44万人)とのことだから、長崎県のカトリック信者は桁違いに多い。
- 田舎の方に行くと、集落や島ぜんぶカトリックの所もあるらしい。
- 長崎の人はみんなキリスト教だと勘違いされてることもあるが、多いといってもその程度。
- それでも東アジア全体で見れば、カトリックがこれだけいれば多い部類に入るのは間違いない。
- 長崎県内の(仏教寺院での)墓地では、今でも「『(キリシタンの)洗礼名』が、墓誌に表示される」習慣があるとのこと。
- 長崎市内の墓所では、十字の墓石が他地域よりも圧倒的に多い。
- 墓石に十字が刻まれていたり、墓石の上に十字架がついてたりする。教会の墓地だとすべてそうなってる。
- それを見た友人が「夜になったらドラキュラが出てきそう」と言った。
- 墓石どころか、教会型の精霊船が登場して県民の話題をさらったこともある。
- それを見た友人が「夜になったらドラキュラが出てきそう」と言った。
- 墓石に十字が刻まれていたり、墓石の上に十字架がついてたりする。教会の墓地だとすべてそうなってる。
- 原爆投下の日の平和祈念式典で黙祷の時に鳴らされる「平和の鐘」も、広島ではお寺の鐘だが長崎では教会の鐘が鳴らされる。
- 26聖人記念館が日本初の「巡礼地」に指定された。
- 遠藤周作の小説の舞台になったそうで、文学記念館も造られていてファンが訪れているが、長崎のカトリック教会では遠藤周作の話は禁句らしい。
- 教会にとって、不都合なこと書きまくってたもんねえ。『沈黙』とかさあ。
- それもあるけど、地元の者から言わせると(特にキリシタン関連の文章は)けっこう事実誤認というか、拡大解釈や思い込みで書かれた内容が多いから・・・ 「いや、必ずしもみんなそういうワケじゃねーよ。いろいろ事情があるし地域によって違いもあるのに、勝手に話をまとめたり作ったりするなよ」みたいなのがあるらしい。
- 確かに、それはありそうだなあ。結構時代考証とか分析とかめちゃくちゃだし、しかもそれがキリスト教文学とか言って箔付けられて、一般論化されたんじゃなあ……
- それもあるけど、地元の者から言わせると(特にキリシタン関連の文章は)けっこう事実誤認というか、拡大解釈や思い込みで書かれた内容が多いから・・・ 「いや、必ずしもみんなそういうワケじゃねーよ。いろいろ事情があるし地域によって違いもあるのに、勝手に話をまとめたり作ったりするなよ」みたいなのがあるらしい。
- 教会にとって、不都合なこと書きまくってたもんねえ。『沈黙』とかさあ。