Chakuwiki:バカの卵/もしあの時代に新語・流行語大賞が存在したら
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Chakuwiki:バカの卵 > もしWiki > もしあの時代に新語・流行語大賞が存在したら
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議論
もし声優アワードが1960年代から行われていたらを見て思いつきました。ですが、私が思いつけるネタが少ないのと、いつの時代から対象にするかなどでいくつか議論が出てくると思うのでここに書くことにしました。とりあえず、史実で新語・流行語大賞の第1回の受賞式があったのが1984年なので、1983年から前を対象にしようと思います。あと「ネット流行語大賞」のような派生した賞は対象外か、別記事などで対応したいなと考えています。前回は違うところに書いてしまい本当に申し訳ありませんでした。よろしくお願いします。とりあえずここまでにしておきますが、年代はもしかしたら「1960年代」みたいな感じでまとめた方がいいのかもしれません。改めてよろしくお願いします。--あや 2013年9月17日 (金) 20:52 (JST)
- 現時点では流行語・流行り言葉の列挙になっていますね。独立には工夫・アイデアが必要です。--008 2013年10月31日 (木) 14:23 (JST)
- そこは私も問題かなと思っていました。月並みな考え方かもしれませんが、「単なる年と流行語の羅列」のみの投稿には規制をかけて、「流行語大賞を受賞したことによる個人や社会への影響」「その年の授賞式の様子」などの考察を加える条件を付けるなどの必要があるかもしれませんね。−−あや 2013年11月1日 (金) 10:57 (JST)
- (これは下書きに追記した人が悪いんだけど)年ごとに書くには、何かを調べて書くことになりますね。Chakuwikiってそんなものじゃない。(そもそもがウワサを書くとこだし)独立にはさらなる努力を要すると思います。--008 2013年12月27日 (金) 09:49 (JST)
- 流行語大賞ではなく、新語・流行語候補なら大丈夫か?--電車好きな人 2014年1月18日 (土) 14:51 (JST)
- コンセプト自体は問題ないと思うので、バカっぽくするならそれこそ江戸時代や鎌倉時代なども対象に含めるべきかと。--Kの特急 2014年5月14日 (水) 12:12 (JST)
- 試しに幕末以前のネタを書いてみましたが、趣旨違いだとアレなのでCO扱いにしております。宜しければ、自分では判断が付かんのでどなたかが解除しておいてくださると助かります。--吉田宅浪 2014年5月20日 (火) 19:52 (JST)
- ひとまず時代別に再編しておきました。時代が古くなると発言要録も大分限られてきますが、単なる羅列に終わらずバカっぽく解説できれば問題ないかと思います。--Kの特急 2014年5月21日 (水) 22:28 (JST)
- とりあえず見出し修正と弥生時代まで対象にしました。他にも意見があったらどうぞ。--電車好きな人 2014年6月1日 (日) 00:12 (JST)
- 江戸以前の名言がそれほど残っていないんで仕方ないんですが、やはり明治以降が多いのが気がかりです。更に言えば単に羅列だけしているものは規制する必要があると思います。--Kの特急 2014年6月4日 (水) 12:34 (JST)
- で、これ結局どうしましょうか?正直羅列と堅苦しい解説だけではなく、もっとバカっぽいネタ(それこそ江戸以前はこっちが多いほうがいいです)でもないとアーカイブ化は免れないと思うのですが。--Kの特急 2014年10月29日 (水) 12:44 (JST)
- 半年以上議論もなく、かと言って議論の通り独立には困難が伴うので、一旦ここで企画を打ち切らせていただきます。ソースは残しておくので再利用したいならイチから俎上に上げてください。--Kの特急 2015年7月2日 (木) 14:21 (JST)
下書き
カッコ内は元発言をしたかそれに関係する人または団体です。
平安時代
- 1177年
- ノミネート:瓶子たはれ候ぬ(藤原成親)
- この時点で平氏打倒に成功していれば大賞は確実だったが、陰謀発覚→平清盛の横槍でノミネート取り消しに。
- そもそも当時の平家なら最初から選定委員会を牛耳っていても何の不思議もない。
- 1185年
- ノミネート:波の下にも都のさぶろうぞ(平時子)
- もし大賞なら徳子が受け取るか?
安土桃山時代
- 1560年
- ノミネート:人間五十年(織田信長)
- ノミネートされて本選考で落ちたら選定委員会を焼き討ちしてたかも……
- 1582年
- 大賞:三日天下(明智光秀)
- 「敵は本能寺にあり」を大賞にしたかった光秀だったが、山崎の戦いで敗れ皮肉にもこの言葉が大賞に。
- ノミネートだけなら中国大返しも含まれていそう。
江戸時代
- 1603年
- ノミネート:かぶき踊(出雲阿国)
- 受賞以降各地に偽物が出没するようになってしまった。
- 1614年
- ノミネート:国家安康 君臣豊楽(方広寺)
- 大坂の陣が終結する翌年にノミネートと言う扱いになるかもしれないが。
- 翌年ってことは1615年か。その翌年には家康が死んでるし、これは……
- 大坂の陣が終結する翌年にノミネートと言う扱いになるかもしれないが。
- 1628年
- ノミネート:辻斬、塵劫記(吉田光由)
- このうち前者は「辻斬を批判する文脈での受賞」と説明することで何とか幕府に許してもらう。
- 1650年
- ノミネート:おかげ参り
- その後もおかげ参りが流行するたびにノミネートされていた。
- 1651年
- ノミネート:かぶき者
- 慶安の変に関連する用語はあえて避けられたと思われる。
- 1657年
- ノミネート:新吉原、旗本奴(水野十郎左衛門)、振袖火事
- 水野十郎左衛門が受賞者となったことに対し町奴から非難の声が上がっていた。
- 1683年
- ノミネート:現銀掛け値なし(越後屋)、八百屋お七
- 越後屋の競争相手の呉服商は揃って「越後屋は金で賞を買った」というデマを流していた。
- 1694年
- ノミネート:十八人斬り(中山安兵衛)
- 本人は「そんなに斬っていない」とたびたび否定するも瓦版業者などはことごとく無視する。
- 1695年
- ノミネート:お犬様
- 場合によっては綱吉を怒らせ選定がしばらく中止させられていたかもしれない。
- 1703年
- ノミネート:赤穂浪士
- 江戸っ子は「浪士たちに受賞の日を迎えさせたかった」とこぞって切腹を残念がっていた。
- 1721年
- ノミネート:米公方(徳川吉宗)
- 選定委員会は将軍に対する侮辱で取り潰しの危機に陥る。尾張殿も庇うメリットがないのでシカト。
- 他の候補に「目安箱」あたりが入っていれば潰されずに済みそう。
- 選定委員会は将軍に対する侮辱で取り潰しの危機に陥る。尾張殿も庇うメリットがないのでシカト。
- 1727年
- ノミネート:大岡裁き(大岡忠相)
- 夜の講談師が言う大岡裁きがやっと現実のものとなったことからノミネートされた?
- 1762年
- ノミネート:物産会(平賀源内)
- この後も平賀源内関連の言葉が受賞することは何回もあったはず。
- 1780年
- ノミネート:田沼時代(田沼意次)
- 選考委員会は批判的に「山吹色のお菓子」とか言う言葉を大賞にしたかもしれん。
- 1782年
- ノミネート:豆腐百珍(醒狂道人何必醇)
- 場合によっては「百珍本」が史実以上に多く刊行されていた。
- 1783年
- ノミネート:世直し大明神
- 田沼派が金に物を言わせて大賞を阻止しようとする。
- 1795年
- ノミネート:タニカゼ、大童山
- 江戸相撲の隆盛が史実より若干早まった可能性あり。
- 1832年
- ノミネート:鼠小僧、雪華(土井利位)
- 当時の川柳などで「鼠小僧は流行語大賞まで盗んでいった」という内容のものが複数あった。
- 1853年
- ノミネート:黒船
- どう考えてもこの語が大賞を受賞している。
- 1867年
- 大賞: ええじゃないか
- やはりこれしか無い。
明治時代
- 1868年
- ノミネート:東京
- 江戸から東京に改称した都市。
- 1870年
- ノミネート:西洋事情(福沢諭吉)、牛鍋
- この年のノミネートはいわゆる「文明開化」の雰囲気を表すような物事ばかりだった。
- 1871年
- ノミネート:廃藩置県
- 他には「郵便」「四民平等」「御一新」「ザンギリ頭」辺りがノミネートされた。
- 選考委員会が政治に注目するか文化に注目するかにより大賞を受賞する用語は違っていた。
- 1872年
- ノミネート:東海道本線
- 1889年に乗るのか微妙な所。
- この名称ができたのは1909年なのでこの年の受賞はありえない。
- 出るとしても「陸蒸気」だろ。
- 大賞は「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」(福沢諭吉)。
- 『学問のすゝめ』は当時想像を絶するベストセラーだった。
- 1877年
- ノミネート:竹槍でちょいと突き出す二分五厘、西郷星、団団珍聞(団団社)、演説
- 『団団珍聞』ではさっそく自らの受賞を皮肉った風刺画を載せていた。
- 1881年
- ノミネート:パア
- もし2014年も乗ったらどうなる…?
- 1884年
- ノミネート:鹿鳴館、改良
- この時期に建てられた大規模な白い西洋館はどこも「○○の鹿鳴館」というあだ名を付けられていた。
- 1894年
- ノミネート:日清戦争
- 1895年
- ノミネート:臥薪嘗胆
- 後世の学者は「流行語大賞からも当時の国民の怒りが分かる」などと分析していた。
- 1899年
- ノミネート:任天堂、大日本帝国
- これは無理なのか…?
- どちらも1899年に受賞する理由が見当たらない。
- 任天堂は当時まだ京都の一花札業者にしかすぎなかった。
- 1900年
- ノミネート:喫煙禁止、寝台車
- 当時、子どもたちがたばこを吸っていたため。
- 1901年
- ノミネート:みだれ髪(与謝野晶子)
- 日露戦争の頃に「君死に給ふ事なかれ」が検討されるも、国民から抗議の声が入り、まさかのノミネート取り消しが起きたかも。
- 「鳩ぽっぽ」も。
- 大賞はおそらく「二〇世紀」。
- 1902年
- ノミネート:ひさし髪、提供
- 1903年
- 大賞:人生不可解(藤村操)
- 1904年
- ノミネート:二〇三高地、千人針
- 1905年
- 大賞:吾輩は猫である。名前はまだない。(夏目漱石)
- 「吾輩は猫」という言葉がひとり歩きしそうでは在る。
- ノミネート:キネオラマ、英霊
- デパートメントストアズ宣言(三越)、花電車
- 三越はこの受賞もPRに活用していたはず。
- デパートメントストアズ宣言(三越)、花電車
- 1906年
- ノミネート:海老茶式部
- 1907年
- ノミネート:樺太
- 樺太が日本領になったので恐らくなっていたかもしれない。
- 当時はまだそこまで脚光を浴びている様子はなさそうなので可能性は低い。
- 1910年
- ノミネート:併合、千里眼、ハレー彗星、逆徒
- 現在の研究者からは「やけにオカルト分の濃い年」とみなされることが少なくない。
- 1911年
- ノミネート:なんて間がいいんでしょうか
大正時代
- 1912年
- ノミネート:大正屋、大正
- 大正の始まりなので。
- 「ジゴマ」も有力候補だったが映画上映の禁止によりノミネートを自粛することになった。
- 1913年
- ノミネート:もしもし
- 1914年
- 大賞:今日は帝劇、明日は三越(作:浜田四郎、三越の宣伝コピー)
- ノミネート:新しい女
- 婦人運動は受賞により一時的に史実以上の盛り上がりを見せていた。
- しかし結局のところ大きな流れは変わらず。
- 流行歌も候補。
- 婦人運動は受賞により一時的に史実以上の盛り上がりを見せていた。
- 1915年
- ノミネート:今日は帝劇、明日は三越
- 1916年
- ノミネート:アドバルーン
- 「主トシテ今日東京ニ於テ専ラ教育アル人々ノ間ニ行ハルル口語」は微妙かな。
- 1917年
- ノミネート:過激派
- 1918年
- ノミネート:人類の敵、買い占め
- 平民宰相(原敬)、スペイン風邪、白虹日を貫けり(大阪朝日新聞)
- その後も大阪朝日新聞は何か問題を起こすたびに白虹事件を蒸し返されていた。
- 平民宰相(原敬)、スペイン風邪、白虹日を貫けり(大阪朝日新聞)
- 1919年
- ノミネート:サボる
- 1920年
- 大賞:職業婦人
- ノミネート:投げ売り
- 1921年
- 大賞:枯れすすき(野口雨情)
- ノミネート:珍品五個、プロレタリア
- 当時はまだ社会主義関連用語も普通にノミネートされていた。
- おそらく1930年代には官憲への配慮としてそのような用語はノミネートされなくなった。
- 当時はまだ社会主義関連用語も普通にノミネートされていた。
- 1922年
- 大賞:文化村
- 1923年
- 大賞:関東大震災
- むしろ「帝都復興」では。
- ノミネート:山椒魚、流言蜚語
- 1924年
- 大賞:この際だから
- ノミネート:対子、行方不明
- 1925年
- ノミネート:公衆電話
昭和時代(戦前・戦中)
- 1926年
- 大賞:円本
- 授賞式に呼ばれたのは円本ブームの火付け役となった改造社の社長。
- ノミネート:マルクスボーイ
- この年の暮れは大正天皇が崩御直前だったので開催できたかどうか怪しい。
- 昭和、立ち入り禁止、モダーン、シャンも。
- 1927年
- 大賞:何が彼女をそうさせたか
- ノミネート:大衆
- 1928年
- 大賞:昭和維新
- ノミネート:キリンレモン、ラジオ体操
- 1929年
- 大賞:暗黒の木曜日
- ノミネート:大学は出たけれど(小津安二郎)
- 1930年
- 大賞:オッケー
- ノミネート:男子の本懐、エロ・グロ・ナンセンス
- 1931年
- 大賞:いやじゃありませんか
- ノミネート:悪く思うなよ、テクシー
- 1932年
- 大賞:肉弾三勇士
- 大阪毎日・東京日日が使った「爆弾三勇士」の方が受賞していたかもしれない。
- どちらにしても受賞しなかった方は数年で忘れ去られた。
- ノミネート:時局、天国に結ぶ恋(五所平之助)
- 「天国に結ぶ恋」の受賞により言葉の元になった心中事件の模倣が複数発生していた。
- 話せば分かるも浮上。
- 1933年
- ノミネート:漫才、東京音頭
- 1934年
- ノミネート:明鏡止水(鳩山一郎)
- 1935年
- 大賞:暁の超特急(吉岡隆徳)
- ノミネート:ハイキング、流線形、二人は若い(サトウハチロー)
- 前者二つは誰を授賞式に呼べばいいかよく分からない。
- 1936年
- 大賞:あーのねぇ、おっさん、わしゃかーなわんよ(高勢実乗)
- 高勢実乗は後に冷遇されたので現代の「流行語大賞を受賞した芸人は一発屋止まり」のようなジンクスがここで成立していた。
- ノミネート:とんがらかる(佐伯孝夫)、前畑ガンバレ(河西三省)
- 1937年
- ノミネート:銃後、馬鹿はしななきゃなおらない
- 1938年
- 大賞:対手とせず(帝国政府声明)
- ノミネート:黙れッ(佐藤賢了)、代用品、木炭車
- 1939年
- ノミネート:日の丸弁当、ヤミ
- 1940年
- 大賞:月月火水木金金
- 選考もクソもなく、国の命令で最初から出来レースでこれがノミネート。
- ノミネート:紀元2600年、バスに乗りおくれるな、一億一心(近衛首相)
- 東京オリンピックが開催されていたら確実にノミネートされていた。
- 1941年
- 大賞:太平洋戦争
- そもそも開催出来たか怪しいが…。
- わざわざ敵方の戦争名を受賞対象にすることはありえないはず。
- ノミネート:東京港、
- 1942年
- 大賞:欲しがりません勝つまでは
- ノミネート:大東亜築く力
- 選挙スローガンより。ってか、この頃になると流石に、大賞やノミネートどころか、選考委員会も解散してたんじゃなかろうか?
- 1943年
- ノミネート:撃ちてし止まむ、白いバラ
- 1944年
- 大賞:疎開
- ノミネート:天王山、昭和新山
- 昭和新山は当時「社会の動揺を防ぐため」として機密扱いだったので対象になるはずがない。
- 1945年
- ノミネート:ピカドン、マッカーサー将軍の命により(東久邇宮)
- 戦争関係なら「東京大空襲、原爆」あたりか。
- 「零時」も。
- 原爆関連はGHQによる報道規制に引っ掛かるのでノミネートされなかったのでは。
- 戦争関係なら「東京大空襲、原爆」あたりか。
- 大賞は「堪え難きを堪え忍び難きを忍び」か。
昭和時代(戦後)
- 1946年
- 大賞:ご名答(和田信賢)
- 人気クイズ番組「話の泉」で正解時のフレーズとして使われた。
- ノミネート:ニューフェイス(東宝)、カストリ
- 「あっそう」(昭和天皇)は選考委員会の皇室に対する姿勢次第か。
- 「愛される共産党」(野坂参三)もノミネート。
- 1947年
- 大賞:冷たい戦争
- ノミネート:学校給食
- ブギウギ(笠置シヅ子)、六・三制、こんな女に誰がした、進駐軍の命により
- 最後のものはまさに「進駐軍の命により」ノミネートを取り消されていたかも。
- ブギウギ(笠置シヅ子)、六・三制、こんな女に誰がした、進駐軍の命により
- 1948年
- ノミネート:サマータイム、ロマンスシート
- 斜陽族、老いらくの恋(川田順)、鉄のカーテン(チャーチル)、筋金入り、ニュー・ルック(ディオール)、ビニロン(倉敷紡績)
- 大賞は「サマータイム」のような気がする。
- 1949年
- 大賞:フジヤマのトビウオ(古橋広之進)
- ノミネート:ワンマン(吉田茂)、駅弁大学(大宅壮一)、ギョッ!(内海突破)、てんやわんや(獅子文六)、白亜の恋(園田直と松谷天光光)
- この年は「戦後最高の激戦」と言われても不思議ではなさそう。
- 1950年
- 大賞:つまみ食い(鉱工品質貿易公団総裁)
- ノミネート:BG、糸へん・金へん、アルサロ
- 特需、オー・ミステイク(山際啓之)、チラリズム、エチケット(池田勇人)、曲学阿世(吉田茂)
- 不本意な形での受賞のため池田勇人と吉田茂は授賞式には出席しなかった。
- 特需、オー・ミステイク(山際啓之)、チラリズム、エチケット(池田勇人)、曲学阿世(吉田茂)
- 1951年
- 大賞:老兵は死なず(ダグラス・マッカーサー)
- ノミネート:日本人は12歳(ダグラス・マッカーサー)
- とんでもハップン(獅子文六)、逆コース、アジャパー(伴淳三郎)、ノーコメント(グロムイコソ連首席)
- 選考委員会は本人の「ノーコメント」目当てにグロムイコに授賞式への招待状を出していた。
- とんでもハップン(獅子文六)、逆コース、アジャパー(伴淳三郎)、ノーコメント(グロムイコソ連首席)
- 1952年
- 大賞:エッチ
- ノミネート:ヤンキー・ゴー・ホーム、恐妻(大宅壮一)
- 1953年
- 大賞:バカヤロー(吉田茂)
- 吉田茂は授賞式で名言か迷言を残したはず。
- ノミネート:八頭身(伊東絹子)、プラスアルファ
- 「街頭テレビ」もノミネートしそう。NHKと日本テレビが放送を開始した年なので…。
- 1954年
- 大賞:ゴジラ(東映)
- ノミネート:人間ドック、空手チョップ
- 「原爆マグロ」「死の灰」などビキニ環礁水爆実験関連の用語もかなり入っていた。
- 1955年
- 大賞:最低ネ!(舟橋聖一)
- この受賞のおかげで舟橋聖一は風俗作家のイメージが強くなりすぎ大河ドラマ第1作目に作品が採用されなかったかもしれない。
- ノミネート:マンボ、兵隊の位で言うと(山下清)、ノイローゼ、何と申しましょうか(小西得郎)
- 1956年
- 大賞:もはや戦後ではない(経済白書)
- ノミネート:太陽族(石原慎太郎)、ハトマンダー、一億総白痴化(大宅壮一)、マネービル(日興証券)、書きますわよ(河上敬子)
- 「太陽族」の受賞に各方面から非難が集中した。
- 現在でも一部の高齢者が「マネービル」を使っていたかもしれない。
- 1957年
- ノミネート:デラックス、カックン
- 1958年
- 大賞:ミッチー(正田美智子)
- ノミネート:神様、仏様、稲尾様(稲尾和久)
- なべ底、イヤーな感じ(ヘレン・ヒギンズ)、団地族、ロカビリー、イカす(石原裕次郎)、私は貝になりたい
- 「私は貝になりたい」で呼ばれるのは脚本を書いた橋本忍。
- 後に「遺書を書いた加藤哲太郎が呼ばれた」と間違われることがたまにある。
- あとチキンラーメンも。
- 東京タワーも。これが候補しないとやばいんじゃね?
- 1959年
- 大賞:トランジスタ・グラマー(児島明子)
- ノミネート:カミナリ族、がめつい(菊田一夫)、私の選んだ人(貴子内親王)、チャンネエ、ちっち(守屋浩)、安くてどうもすみません(林家三平)
- 流行語大賞発表の時期になるとこん平師匠もたい平さんも「どうもすみません」ネタを大喜利のあいさつに使っていた。
- 1960年
- 大賞:私は嘘は申しません(池田勇人)
- 11月の発言なので大賞は厳しいかもしれない。
- ノミネート:ダッコちゃん、家つきカーつきババア抜き、ヌーベルバーグ
- なお政治への配慮として安保関連用語は外された。
- チリ地震…これは無理があるか。
- 1961年
- 大賞:巨人・大鵬・卵焼き
- ノミネート:アンネの日、プライバシー(有田八郎)、レジャー、現代っ子(阿部進)、地球は青かった(ガガーリン)、ドドンパ(渡辺マリ)
- なおガガーリンの代わりに賞を受け取ったのは当時の駐日ソ連大使。
- ソ連のメディアでもそれなりに報じられた。
- プラレール(現タカラトミー)もノミネートしていたかもしれない。
- 当時まだ「プラレール」というブランドは存在していなかったのでそれはない。
- なおガガーリンの代わりに賞を受け取ったのは当時の駐日ソ連大使。
- 1962年
- ノミネート:1000万都市、あたり前田のクラッカー(藤田まこと)
- 1000万都市は東京都の常住人口が1000万人を突破したため。
- 孤独との戦い、C調
- 1963年
- 大賞:シェー(赤塚不二夫)
- このギャグが流行ったのはもう少し後だった気がする。
- ノミネート:お呼びでない(植木等)、ガチョーン(谷啓)
- なんであるアイデアル(植木等)、ハッスル(阪神タイガース)、バカンス、かわい子ちゃん(横山道代)
- 1964年
- 大賞:東洋の魔女(バレーボール日本女子チーム)
- ノミネート:まこ、甘えてばかりでごめんね(「愛と死をみつめて」青山和子)、オリンピック景気
- インド人もびっくり(芦屋雁之助)、おれについてこい!(大松博文)、ふとった豚になるより痩せたソクラテスになれ(大河内一男)、東京砂漠
- 大河内一男東大総長は受賞のきっかけになった卒業式でのスピーチを授賞式会場でもう一回披露した。
- 実際の卒業式では「ふとった豚より~」の部分を読み忘れていたため。
- おい、東海道新幹線を忘れてるぞ…。これもノミネートになっていたはず…。
- インド人もびっくり(芦屋雁之助)、おれについてこい!(大松博文)、ふとった豚になるより痩せたソクラテスになれ(大河内一男)、東京砂漠
- 1965年
- ノミネート:コープ・オリンピア
- アイビールック、スモッグ、しごき
- みどりの窓口
- 大賞:やったるで(金田正一)
- 1966年
- 大賞:3C
- ノミネート:バハハーイ(ケロヨン)、マッチポンプ(田中彰治)、ひのえうま、武士の情(石田禮助)
- 「マッチポンプ」「武士の情」は発言の性質上当人の授賞式出席はないはず。
- あと、シュワッチ(ウルトラマン)も。
- 1967年
- 大賞:大きいことはいいことだ(森永乳業)
- ノミネート:フーテン族、サユリスト、グループ・サウンズ、イエイエ(レナウン)、ミニスカート、中流(国民生活白書)、ボイン(朝丘雪路)
- 当時レナウンは社名を「イエイエ」と間違われることがあったかもしれない。
- それでも社名変更は実現するわけもない。
- リカちゃん人形も有り得るかもしれない。
- 当時レナウンは社名を「イエイエ」と間違われることがあったかもしれない。
- 1968年
- ノミネート:美味しうございました(円谷幸吉)
- 「不謹慎だ」という批判が相次ぐようになる。
- そもそも当時実際にこのフレーズが流行ったという話は聞いたことがない。
- とめてくれるなおっかさん(東大駒場祭)、モーレツ、指圧の心は母心(浪越徳治郎)、昭和元禄(福田赳夫)
- 浪越徳治郎は71年の選挙で当選できていたかもしれない。
- むしろ、ボンカレー(大塚食品工業)、五月病
- 「不謹慎だ」という批判が相次ぐようになる。
- 1969年
- ノミネート:みじかびのきゃぷりとりればすぎちょびれすぎかきすらのはっぱふみふみ(大橋巨泉)、断絶(ピーター・ドラッガー)、アッと驚くタメゴロー(ハナ肇)、ニャロメ(赤塚不二夫)、ナンセンス
- 後に「もしドラ」が流行った際にドラッガーがこの年にノミネートされたことがけっこう取り上げられた。
- 授賞式で現在と同じようなボードが使われていた場合「みじかびの~」をどう収めるか苦慮していた。
- 短くして「はっぱふみふみ」としてノミネート・受賞されていたかも。
- アポロ11号、ブルーレットも…。
- 1970年
- 大賞:EXPO(日本万国博覧会協会)
- ノミネート:モーレツからビューティフルへ(富士ゼロックス)、ウーン、マンダム(チャールズ・ブロンソン)、ハヤシもあるでよう(南利明)、黒い霧、ディスカバー・ジャパン(国鉄)、鼻血ブー(谷岡ヤスジ)、三無主義
- 「ハイジャック」も候補に挙がるが「犯罪肯定につながりかねない」としてノミネートされず。
- 「隣のクルマが小さく見えます」もノミネート。
- 1971年
- 大賞:ガンバラナクッチャ(新グロモント)
- このフレーズは史実よりかなり長く使われた。
- ノミネート:ヘンシーン(仮面ライダー)、アンノン族、ドルショック、シラケ、じゃーにー(コニカ)
- 「仮面ライダー」のヒットをきっかけにした特撮ヒーローブームの後世での呼称は「変身ブーム」でほぼ統一されていた。
- 1972年
- 大賞:列島改造(田中角栄)
- 受賞が決まった際新潟県はお祭り騒ぎになっていた。
- ノミネート:今太閤(田中角栄)、ランラン・カンカン、恍惚の人(有吉佐和子)、恥ずかしながら(横井庄一)、日の丸飛行隊(札幌五輪ジャンプ日本代表)
- 他にも田中角栄関連の用語がもう少し入っていたかもしれない。
- なお史実の95年におけるオウム用語と同じように赤軍関連用語はノミネートの対象外とされた。
- 1973年
- ノミネート:花の中3トリオ(森昌子、桜田淳子、山口百恵)
- 三分間待つのだぞ(ボンカレーCM)、同棲(上村一夫)、日本沈没(小松左京)、オイルショック、ハイセイコー、ツチノコ、決まってるね(トヨタ・カリーナCM)、せまい日本 そんなに急いで どこへ行く(岡本定之助)
- 大賞は「オイルショック」か。
- ボンカレーの「流行語大賞受賞記念版」としてパッケージに仁鶴師匠が使われたものが発売された。
- CMで「三分間待つのだぞ」と言ったのは仁鶴師匠。
- 「せまい日本~」を考えた人はその後も昭和史関連の番組などに時々呼ばれていた。
- ハイセイコーの授賞式出席が一部で噂されるがさすがに実現せず。
- 1974年
- 大賞:わが巨人軍は永久に不滅です。(長嶋茂雄)
- 他球団のファンが「巨人軍は永久に不潔です」とプラカードを持って翌年の試合にやってくるようになる。
- ノミネート:ベルばら(宝塚歌劇団)、さわやかイレブン(池田高校)
- ノストラダムス(五島勉)、愛の国から幸福へ、クイントリックス(松下電器)、金脈(立花隆)、狂乱物価、うちのカミさんがね(刑事コロンボ)
- 愛国駅か幸福駅に流行語大賞ノミネート記念の石碑ができていた。
- ノストラダムス(五島勉)、愛の国から幸福へ、クイントリックス(松下電器)、金脈(立花隆)、狂乱物価、うちのカミさんがね(刑事コロンボ)
- 1975年
- ノミネート:あんたあのコのなんなのサ?(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)、ちかれたビー(グロンサンCM)、ニューミュージック、赤ヘル(広島東洋カープ)、複合汚染(有吉佐和子)、乱塾、紅茶きのこ、「私作る人、僕食べる人」(ハウス食品)
- 「私作る人、僕食べる人」の受賞に対し女性団体などから抗議が相次いだ。
- 1976年
- ノミネート:およげ!たいやきくん(子門真人)、記憶にございません(小佐野賢治)、限りなく透明に近いブルー(村上龍)、クエッ、クエッ(嗚呼!!花の応援団)、オリバー君、オヨヨ(桂三枝)
- 「記憶にございません」の小佐野賢治はもちろん出席辞退。
- ロッキード関連では他に「はしゃぎすぎ」(椎名悦三郎)、「灰色高官」、「黒いピーナッツ」もノミネート。
- 受賞前後の報道により子門真人が「およげ!たいやきくん」の大ヒットにもかかわらず5万円とギターしかもらっていないことが知れ渡る。
- 「記憶にございません」の小佐野賢治はもちろん出席辞退。
- 1977年
- 大賞:普通の女の子に戻りたい(キャンディーズ)
- ノミネート:祟りじゃーっ(仁田順好)、天は我々を見放した(北大路欣也)
- よっしゃよっしゃ(田中角栄)、超法規的(福田赳夫)、ルーツ、イワテケーン(千昌男)、スーパーカー、翔んでる
- 「超法規的」受賞の自民党内での取り上げられ方次第では福田内閣の寿命が縮んでいた。
- 説明しよう!、ポチっとな、スカポンタン、おしおきだべぇ~(ヤッターマン)もノミネートされそう。
- 「美しい野性」「南の風、晴れ。」もノミネート。
- よっしゃよっしゃ(田中角栄)、超法規的(福田赳夫)、ルーツ、イワテケーン(千昌男)、スーパーカー、翔んでる
- 1978年
- ノミネート:サタデー・ナイト・フィーバー、熱中先生(日本テレビ)、あんたが主役(サントリー)、「小さな親切、大きなお世話」(カルビー)、不確実性(ジョン・ケネス・ガルブレイス)、アーウー(大平正芳)、嫌煙権、窓際族
- 喫煙者に対する風当たりが史実より激しくなっていた気がする。
- 「熱中時代」のリメイク版は史実より早く制作されていた。
- 1979年
- ノミネート:江夏の21球(そこら辺の人)
- 後年の山際淳司氏の小説は「一種の便乗」と言われてしまう。
- 「江夏の21球」は山際淳司が考えた言葉でしかも初出は1980年に書いたノンフィクション。
- チョメチョメ(山城新伍)、エガワる、夕暮れ族、激写、ジャパン・アズ・ナンバーワン(アズラ・ヴォーゲル)、天中殺(和泉宗章)、ウォークマン(ソニー)、熟年(松下電器)、インベーダー(タイトー)、ウサギ小屋(EC)
- 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」「ウサギ小屋」の受賞により一瞬日本人論ブームが起きた。
- 1980年
- 大賞:それなりに(富士フイルム)
- ノミネート:赤信号みんなで渡ればこわくない(ツービート)、竹の子族、ルービックキューブ、たのきんトリオ、カラスの勝手でしょ(8時だョ!全員集合)
- PTAなどからの風当たりが流行語大賞受賞によりさらに悪化し「8時だョ!全員集合」の打ち切りが早まっていたかもしれない。
- ゲーム&ウオッチ(任天堂)は外せない。
- 1981年
- 大賞:カイカン(薬師丸ひろ子)
- 角川春樹事務所が「映画撮影中」との理由で薬師丸本人は出席せず。
- 「セーラー服と機関銃」は12月19日封切なのでこの年の受賞はありえない。
- 1982年の受賞ならあり得る。
- ノミネート:んちゃ(アラレちゃん)、トットちゃん(黒柳徹子)、ウルフ(千代の富士)、蜂の一刺し(榎本美恵子)、芸術は爆発だ(岡本太郎)、ぶりっ子、なめ猫、三語族、クリスタル(田中康夫)
- 受賞前後の報道のおかげでなめ猫の撮影についての正しい理解が広まっていた。
- 「未体験ゾーンへ」「スーパー・グラン・ツーリスモ」もノミネート。
- 1982年
- ノミネート:積木くずし(穂積隆信)、なぜだ(岡田茂)、なめたらいかんぜよ(夏目雅子)、ルンルン、エアロビクス、おいしい生活(糸井重里)、まいっちんぐ(まいっちんぐマチコ先生)、気くばり(鈴木健二)
- 史実でも存在した『まいっちんぐマチコ先生』への抗議運動がさらに拡大しアニメの打ち切りが早まるなどの悪影響が出ていた危険あり。
- 「逆噴射」も候補に挙がるが事故の犠牲者遺族や負傷者、精神分裂病(当時の呼称)患者やその家族への配慮としてノミネートは見送られる。
- 「ダ埼玉」もノミネートされると埼玉県のイメージがさらに悪化し、史実よりも揶揄する風潮が続いていたかもしれない
- 1983年
- 大賞:おしん
- 原作者の橋田壽賀子は授賞式でいくらか困惑した様子を見せていた気がする。
- 当時の作品の捉え方は橋田の思惑とやや異なる方向に進んでいた。
- ノミネート:コピーライター、胸キュン(YMO)、ピーターパンシンドローム、不沈空母(中曽根康弘)、ニャンニャン(FOCUS)、とらばる、軽薄短小、おもしろまじめ(日本テレビ)、すこーし愛して、ながーく愛して(サントリー)
- 「不沈空母」という言葉は史実より多くの人に使われた。
- ファミリーコンピューターもありそう…。
- 「不沈空母」という言葉は史実より多くの人に使われた。