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もし阪神タイガースがあの年に優勝を逃していたら

  1. 優勝は巨人か阪急のどちらか。
    • 阪急が優勝していたら史実より23年早い初優勝となる。

1962年・1964年

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両年に共通すること
  1. 優勝は大洋か巨人だった。
    • 大洋が1960年から、あるいは巨人が1961年から黄金時代を築いていた。
    • 両年共に巨人が優勝していた場合、V9はV13になっていた。
    • 1998年の横浜ベイスターズの優勝は36年ぶりあるいは34年ぶりになっていた。
  2. 阪神のセ・リーグ初優勝は1970年あるいは1973年になったかも。
    • 下手したら、12球団で1番遅く1985年が初優勝になっていた。それでも史実通り日本一には輝けただろうが。
1962年
  1. 阪神と日本ハム(当時は東映)は日本シリーズ未対戦のまま。
    • 巨人が優勝していたら日本シリーズ対戦顔合わせが19年早まっていた。
  2. 大洋が優勝していたら、史実では実現していない大洋(・横浜・DeNA)VS日本ハムの日本シリーズが実現していた。
1964年
  1. 阪神とホークスの日本シリーズは2003年が初めての顔合わせになった。
    • 南海・ダイエー・ソフトバンクのホークス3代とも日本シリーズで戦ったセ・リーグ球団は巨人が初めてだった。
    • 現在に至るまで日本シリーズにおける関西ダービーは1度もなかった。
      • 日本シリーズでの関西対決は、2023年の対オリックスが初めてだった。
  2. 大洋(・横浜・DeNA)とホークスの日本シリーズ対戦顔合わせが53年早まっていた。
  3. 巨人が優勝していたら、V9はV11になっていた。
  1. 「伝説のバックスクリーン3連発」は有名にならなかった。
    • 2003年や2010年に3連発ホームランが出た際に引き合いに出されることもなかった。
      • 1996年の中日の3連続ホームランも現実ほど比較されなかった。
  2. 優勝は広島のものだった。
    • 1984年から3連覇を成し遂げていた。
    • 古葉監督はもう数年広島の監督を続けていたかも。
  3. ≒もし日航ジャンボ機墜落事故がなく、中埜球団社長が健在だったら かもしれない。
    • 史実ではあの事故で亡くなった球団社長に捧げる優勝だったので。
  4. のちの暗黒時代は史実通りとしても、1986年もBクラス入りしていたかもしれない。
    • 2003年の優勝は39年ぶりになっていた。
      • あるいは1992年に優勝できていたか?
  5. ランディ・バースの帰国・退団も早まっていた。
    • 古谷球団代表が自殺することもなかった
      • 息子さんの看病のための帰国でフロントと揉めることもない。
    • のちのパワーヒッターの助っ人外国人が「バースの再来」と呼ばれることもなかった。
      • バースは史実ほど阪神のレジェンド扱いされていないかも。
    • 阪神の歴代最強助っ人野手は、未だにカークランドかラインバックを挙げる人が多いままだった。
  6. 阪神は未だに日本一を経験していない。
    • 近鉄解散後は日本一を経験していない唯一の球団になってしまう。
    • そして2023年、ついに球団史上初の日本一を達成。大阪の町の盛り上がりは現実以上だった。
      • 同年の「今年の漢字」は「虎」になっていたかも(史実では「税」)。
  7. 当然ながらケンタッキーフライドチキンのカーネルおじさん人形が阪神ファンから胴上げされることもなかった。
    • もちろん「カーネルの呪い」ネタは存在しない。
      • 探偵!ナイトスクープも大ヒットしていたか怪しい。
        • 史実で初回に「カーネルサンダースを救出」のネタを放送していたので。
    • 1992年の優勝争い時に、亀山努とメガネ繋がりでくいだおれ太郎が狙われたか怪しい。
    • 阪神と西武は日本シリーズ未対戦のまま。
      • ただし、阪神が1992年に優勝できていたらその限りではない。
    • 2024年に廃棄されることもなかっただろう。
  8. もちろん道頓堀川に飛び込んだファンもいないので、のちにサッカーW杯で日本代表が勝利したり、2003、05年の阪神優勝した時にも戎橋に集まるファンがいなかったかも。
    • あるいはそのサッカーW杯や2003年の阪神優勝以降で「道頓堀川ダイブ」が流行していた。
  9. 翌年以降も史実通りの成績なら、吉田義男は監督としてリーグ優勝・日本一を経験できないまま生涯を終えていた。
    • 1996年オフに3度目の監督就任することもなかった。
  1. 星野監督は勇退ではなく解任という形で辞めていた。
    • 星野さんが阪神のシニアディレクターや楽天の監督に就任したか怪しい。
    • 場合によっては、翌2004年も星野監督が指揮を取っていたかも知れない。
      • 2003年シーズン途中の体調不良もあったのでそれはなさそう。
  2. 同年の「今年の漢字」が「虎」にならなかった。
    • 史実2位の「戦」が今年の漢字になっていた。
      • 「戦」は2年前(2001年)にも選ばれているので、史上初めて同じ漢字が2度選ばれたことになっていた(史実では2012年の「金」)。
  3. 優勝は中日か巨人だったかも。
    • 中日の場合は山田久志、巨人の場合は原辰徳がそれぞれ監督を続投できていた。
      • 中日は佐々木恭介が監督代行にならなかったし、落合博満の監督就任もなかった。
      • 巨人は堀内恒夫が監督に就任しないので、巨人で初めて胴上げ未経験のまま退任した監督は高橋由伸になっていた。
    • 巨人の逆転優勝だった場合、2008年より先に「メークレジェンド」と言われていた。
    • どっちが優勝していたにしてもダイエーに勝てていたかどうか…。
  4. 2005年も優勝出来ていたか怪しい。
    • 仮に2005年に20年ぶりの優勝をしていたらその時は現実以上に盛り上がっていただろう。ひいては33-4もなく、日本シリーズでも阪神が善戦していたかもしれない。
      • 同年の「今年の漢字」には現実の2年遅れで「虎」が選ばれていた。
      • その場合阪神は20年サイクルで優勝すると言われていた。
  5. 「勝ちたいんや!」が流行語にならなかった。
    • 前半戦首位独走からの失速でV逸の場合、のちの「Vやねん!」や「あかん優勝してまう」みたく別の意味でネタにされていたかも。
  6. ダイエー発祥の地でもある千林商店街において阪神とダイエーの双方を応援するという異例の事態になることもなかった。
    • 素直にダイエーの優勝だけを祝っていた。
    • 三宮と甲子園のダイエーも同じく。
  7. 関西マスコミや両球団掛け持ちファンの間で、大阪近鉄バファローズとの「大阪決戦」を期待する声が大きくならなかった。
  1. 優勝は中日のものだった。
    • 2004年から3連覇を成し遂げていた。
    • 9月7日の天王山で阪神が負けていた。
  2. 岡田さんは史実ほど監督を続けられなかった。
    • 和田さんの監督就任が早まったかも。
    • 2023年から監督に再就任することはなかったかもしれない。
      • その場合同年の優勝もなかったかも。
  3. JFKトリオも話題にならなかった。
    • ロッテの薮田・藤田・小林雅英がYFKと呼ばれることもなかった。
  4. もちろん日本シリーズに出場せずあの「33-4」ネタも存在しない。
    • 中日VSロッテの日本シリーズが5年早く実現したかも。
      • 中日VSロッテの日本シリーズは1974年にも行われていたので、31年ぶり2度目となっていた。また、2010年が史実通りなら、5年ぶり3度目となっていた。
  5. 2008年も「Vやねん!」と言われるほど首位独走していたか怪しい。
    • 逆に巨人がぶっちぎっていたかも。
    • むしろ2008年に優勝できていた可能性もある。
  6. 2023年の優勝は20年ぶりということになっていた。
    • 1964年の優勝以後阪神は20年サイクルで優勝すると言われていた。
  7. 同年の関西、特に兵庫県は4月のJR福知山線脱線事故もあり暗い雰囲気に包まれていた。
    • 逆に名古屋は上記の中日が優勝したこともあり、愛・地球博開催や中部国際空港開港もあって盛り上がりも半端なく、「名古屋の年」と言われるようになっていた。
  1. 優勝は広島かDeNAだった。
    • パ・リーグの優勝チームが史実通りオリックスだった場合でも関西ダービーは幻に終わっていた。
      • ただその場合も日本一はオリックスが前年に続き2連覇していただろう。
  2. 虎党の芸能人として中江有里がにわかに注目を集めることはなかった。
    • 山本彩や渡辺謙など、虎党の芸能人がマスコミに露出する機会も減っていた。
  3. 11月の神戸や大阪での優勝パレードももちろんなかった。
    • 大阪府や市の職員がボランティアとして動員されることもなく、これが問題になることもなかった。
    • パレードが2年後の万博と関連付けられることもなかった。
    • 史実通りオリックスがパ・リーグ優勝した場合、こちらの優勝パレードは行われた。
  4. 「バモス」というスペイン語の言葉もほとんど知られていなかった。
    • 「アレ」が流行語になることもなかった。
      • 2021年みたく「あかんアレしてまう」と別の意味で流行語になったかも。
  5. 岡田監督の好物パインアメのブームも小さくなっていた。
  6. 前半戦独走からの失速だと「Vやねん!」こと2008年と比較されていた。
    • 当時も岡田監督だったので尚更。
  7. 阪神ファンの中で岡田監督の評価が上がることは無かった。「2005年は星野の遺産で優勝できただけ」と未だに一部のファンから言われ続けていた。
  8. ノイジーは1年のみで退団していた。
    • ミエセスも。
  9. 阪神ファンの間で、この年の今年の漢字で「虎」が選ばれる事を期待する声が大きくならなかった。
    • それでも「税」が選ばれるのは史実通り。

CSで勝利した場合

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  1. 2014年と同じくシーズン2位あるいは3位からの下剋上だった。
  2. パ・リーグの優勝チームが史実通りオリックスだった場合、そこからは現実通りだった。
    • ただ阪神の打力が現実より低かったことが考えられるため、その場合はオリックスが2年連続の日本一となっていた。
    • 現実通り阪神が日本一になっていた場合、「史上最大の下剋上」として話題になっていた。
      • 親会社の阪神電鉄もリーグ優勝のヘッドマークこそなかったものの、日本シリーズと日本一のヘッドマークは掲出していた。
  1. 恐らくDeNAか巨人が優勝していた。
    • DeNAだった場合、仮にCSで優勝して日本シリーズに進出できたとしても、(パ・リーグのCSが史実通りだったら)ソフトバンクに前年の借りを返していただろう。
    • 巨人だった場合、6月に長嶋茂雄終身名誉監督が亡くなった事から、彼に捧げる優勝となっていた。
      • それとともに1970・1990年とともに「大阪で万博があった年は巨人が優勝する」というジンクスが成立していた。
    • いずれかが優勝するにせよ、「巳年は関東のセ・リーグ球団が優勝する」というジンクスは継続していた。
  2. 巨人岡本・戸郷・坂本、DeNA牧、ヤクルト村上などの故障がなかったらそうなっていたかもしれない。
    • 史実通り阪神が優勝してもここまで独走ではなかった。
    • 阪神佐藤輝明は本塁打王、打点王を獲得できなかったかも。
  3. 同年大阪で開催されていた万博と合わせて語られることもなかった。

CSで勝利した場合

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  1. 恐らく2位からの下剋上日本シリーズ出場となっていた。
  2. セ・リーグの優勝チームが巨人でパ・リーグのそれが史実通りソフトバンクだった場合、2014年の再現だと言われていた。
    • それでも日本シリーズでは史実通りソフトバンクに日本一を献上していただろう。そういう意味でも2014年と同じだった。
      • もし阪神が日本一になった場合、ホークスには3回連続で負け続けてきたので「4度目の正直」と言われていた。
        • しかも2位以下からの下剋上ということで余計に話題になっていた。逆にソフトバンクから見ると2年連続でセ・リーグ2位以下のチームに日本一を献上したことになっていた。
        • 阪神ファンからは「2014年の雪辱を果たした」と言われていた。