ざんねんな鉄道車両事典/関西私鉄

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近畿日本鉄道[編集 | ソースを編集]

大阪線のL/Cカー[編集 | ソースを編集]

  1. 今となっては曜日、長短距離運用関係なくほぼすべてがロングシート状態で固定されていることからせっかくのL/Cの設備が活用されていない。

8A系[編集 | ソースを編集]

  1. 近鉄としては24年ぶりに登場した通勤用の新型車両だが、阪神乗り入れには対応していない。
  2. 運転室と客室の仕切り部分は機器が増えたためかドア部分以外は壁で、前面展望は難しい。特に地下線やトンネルではカーテンが下ろされるため全く前面展望はできない。
    • そのため支線のワンマン運転にも対応していない。
  3. 上から2桁目は車内の仕様や両数、使用用途などにより変更させる見込みであり、1233系列と比較して系列が複雑化する可能性が極めて高い。
  4. 主電動機出力が240kWと大きく、他車と併結した際にやや暴れ気味になる。また、3両編成を今後出す際は1M2Tでも2M1Tでもそのままのシステムを流用すると性能がどっちつかずで中途半端となる。
    • それでも小田急9000形・3000形の組合せと比較しても暴れ具合はそこまででないと思われる。
  5. 発電ブレーキ用のブレーキ抵抗がなく、特に急勾配下において回生失効が発生した際がかなり懸念される。今後大阪線に類型車を投入する際は要注目と言えよう。
    • 大阪線用の1A系では付きました。
  6. 1両のみ車体を焼損した車両が存在するが、これにより車齢1年に満たないままこの1両を含む編成丸ごとの廃車を予想する声もちらほら聞く。1両のみなので台車を流用し修復扱いながら代替新製すれば済む話だが……。

1230系[編集 | ソースを編集]

  1. 1220系の台車を変更したバージョンだが、直後に車体をモデルチェンジした1233系が登場したため、2連×2編成4両のみで終わった。
    • 更に、これと同世代にあたる三菱製VVVF車は登場せず、1422系から直接的に車体設計変更版の1430系に飛んでいる。
    • 一方で同世代の南大阪線車両6407系は6編成12両が製造された。

1233系・1430系[編集 | ソースを編集]

  1. 極めて万能な2両編成のVVVF通勤車に見えるが、他車との併結を考慮した結果電気指令式ブレーキは採用できなかった。
    • 南大阪線の6400系も同じ。
    • 5200系も同様。
  2. 一部はLCD設置や座席モケットの交換もなされたが、機器類は全くもって未更新のまま30年以上が経過したものもある。
    • 2023年、ついに車体更新が開始されたが、機器未更新車のままであることがほとんど。
  3. 車体更新時に車内案内表示器(3色LEDもLCDも)とドアチャイムは、仕様統一と半導体不足の影響なのか容赦なく撤去され、もはや車両更新が無計画に進んでいると思われるレベル。
    • 後には車体更新時に車内案内表示器を交換された車両も登場したが、従来の車内案内表示器のうちLCDについては設置からすべて10年足らずで廃棄されている。
  4. 狭義の1220系にも言えるが、奈良線の1233系および1249系は諸般の事情で単独運用ができない。
  5. 阪神対応車に出禁となったまま放置されている編成が存在する。
    • 一応出禁解除された。
  6. 1233系は製造当初他車と連結器高さが異なっていたため、生駒線専属だった時期がある。
  7. VVVF車全般に言えることだが先代の2000系や8000系より走行音がうるさい。普通は逆と思われるが……。

1810系[編集 | ソースを編集]

  1. ごく普通の高性能通勤車だが、登場当初は電制を全く持たなかった。
  2. B更新時に停止用発電ブレーキが搭載されたが、抑速ブレーキ設置は見送られた。
    • 間違えた車体更新だ。
  3. さらには1000系と車両ごと交換されて台車が旧式だったものもある。
  4. このせいで大阪線や奈良線からの中古車の転入により早期淘汰が進み2022年現在は6両しか残っていない。

2000系XT01・02編成[編集 | ソースを編集]

  1. 2000系の中でも編成内の全台車が10100系からの流用品だったことが祟り、ワンマン化やB更新は見送られ、新製冷房車であったにもかかわらずより高経年の2430系に置き換えられ廃車された。
    • しかも抑速ブレーキなしかつ金属ばね台車で残った1010系T11編成に先立たれたことになる。
    • 同様の事例は1000系にも存在するが、こちらは当初非冷房車だったり、一部が1810系からの編入で2430系より高経年だったりしたため不遇要素がこの2本より薄い。
      • ついでに1000系にも抑速ブレーキはついていない。

2410系[編集 | ソースを編集]

  1. 2両固定編成は名古屋線に恒久的に配置されたことがない。
    • 当然、1810系の置き換え目的にも一切用いられていない。
  2. 抵抗制御で回生ブレーキなしだが、2024年に車齢55年を経過しても置き換えが進む気配が全くない。
  3. 大半の編成は保安上の問題で単独運用が規制されている。

ク2591号車[編集 | ソースを編集]

  1. 増結用の制御車として登場。
    • この車両を組成した際は河内国分以西が出禁となっていた。
  2. 1980年代の固定編成化の際に1480系1496Fと編成を組んだ。
  3. 結果、1999年に1480系1496Fが廃車されると2470系2472Fと編成を組むことに。
  4. さらにその2年後に2472Fが淘汰されると巻き添えで廃車解体されてしまった。
  5. 2022年現在、2410系での廃車解体はこの1両のみである。

2600系[編集 | ソースを編集]

  1. 後の2610系の基礎を作った4扉固定クロスシート車だったが、当初は座席の背ズリが低くビニールレザー張りだった。
    • 加えて当初は非冷房だった。
      • 冷房改造と同時に2610系と同じ座席に改造されたが、試作的要素が強かったためかロングシート化は行われず、同時期に製造された2410系よりも先に2004年に全廃された。

2610系[編集 | ソースを編集]

  1. 長距離急行用として4扉ながらオールボックスシートを採用したが、さすがに無理があったのかボックスシートはあまりにも狭く通路側の肘掛けすらなかった。そのため1990年代の車体更新時にL/Cカーに改造された名古屋線所属車両を除きロングシート(トイレ前を除く)に改造された。
  2. 一部は2200系から流用されたコイルばね台車を当初履いていた。
    • 8000系の廃車の進捗がありようやく空気ばね化されている。
  3. 車齢の古い編成を名古屋線に集めているが、1A系による淘汰を見込んだものでないかどうかが要注目となる。
    • なお本当にその要領で淘汰が始まった。ただしそれまでは2600系・2680系・2800系の廃車を横目に廃車ゼロで現役だった点が救い。

2680系[編集 | ソースを編集]

  1. 車体・内装は上記2600系をベースにしていたが、試作冷房車であることと、初代ビスタカー10000系から制御器まで含めて流用していたことから1480系に次いで廃車が進められた。
    • そして2020年、鮮魚列車の廃止で、直後に登場した2610系に先立ち全廃。

3000系[編集 | ソースを編集]

  1. 京都市営地下鉄烏丸線乗り入れ用として登場した近鉄初のオールステンレス・電機子チョッパ制御車だが、結局どちらも後が続かず、地下鉄乗り入れも叶わなかった。
  2. 結果4両1編成のみの存在となったが、異端車的存在のためか同時期に作られた8600系よりも先に廃車になってしまった。
  3. 近鉄というよりもアメリカの都市鉄道あたりが走らせてそうな見た目。
  4. 界磁位相制御化改造も車体の変状が悪くボツになったが、全長は20.5mであり後年までそれで残っても鶴橋ホームドア設置で東花園以西が出禁になっていた可能性が高く、そもそもが中途半端な存在だったと言えよう。

5200系[編集 | ソースを編集]

  1. 転換クロスシートを採用した結果3扉車となったため、ラッシュ時には不評である。
    • この結果2610系のL/C化改造や5800系の開発がなされた。
  2. 耐久性の問題でアルミ車体を採用できなかった。

8000系[編集 | ソースを編集]

  1. 900系が当初編入される予定であったが、廃車まで編入されなかった。
  2. 加えてより高経年の上記900系を差し置いて廃車が発生した。
  3. 8400系と異なり補助電源と空気圧縮機の容量が2両分しかない。
  4. 8069Fはアルミ車ゆえ連結器嵩上げの対象から外れ、8074Fの中間に組み込まれた挙句、B更新から10年足らずで2005年に廃車解体された。
  5. 70番台編成の2→3両増結用として製造されたモ8250形に関しては8800系と同世代の1980年製造だが、1960年代製造の先頭車と運命を共にする形で低経年にも関わらず廃車されてしまった。
    • 8617Fに組み込まれたサ8167の置き換えに際しては1010系ではなくこちらを活用すれば、と思ったのは自分だけだろうか?あと8400系でひときわ古いモ8459の置き換えも。

8400系[編集 | ソースを編集]

  1. 10両は近鉄奈良線系統でコイルばね台車を搭載しているが、同じコイルばね台車車両のク1111と比較しても乗り心地が悪い。
  2. 1両のみ、整備がラインデリアより大変な扇風機搭載車が存在する。
    • なぜか8600系のようにローリーファン(箱型扇風機)に交換されていない。
    • 最近交換された。

8600系[編集 | ソースを編集]

  1. 界磁位相制御グループ以外はすべて永久直列の抵抗制御で、抵抗損失がかなり大きい。
    • しかも養老鉄道譲渡車を除けば、令和に入ってからも直並列制御ができないまま残ったのは本系列のみ。
  2. しかも界磁位相制御化改造は4本のみで終わってしまったが、これは新製冷房車ゆえ省エネ効果が期待できなかったためである。
  3. 8611Fが落雷に遭って真っ先に廃車されてしまった。
    • 次いで1010系改造のサ8177号車が組み込まれた8617Fも廃車になっている。
  4. 8A系導入に伴い、先輩の8000・8400系を差し置いてこちらが先に廃車になっている。

8800系[編集 | ソースを編集]

  1. 試作要素が強かったのか2本のみの存在で、南大阪線・大阪線・名古屋線における同種の車両は存在しない。
    • ただしこれを基にして8000・8400・8600系の省エネ化や920→1010系や1000系の新性能化が行われた。
  2. 界磁チョッパ制御ではなく直巻モーターを使った界磁位相制御。

9000系[編集 | ソースを編集]

  1. 阪神乗り入れ対応が界磁チョッパ制御のためか困難なこともあり、1810系の淘汰のために全編成が名古屋線に転属した。
    • この関係で9020系が名古屋線に来なかったとも言われる。

9020系[編集 | ソースを編集]

  1. 単独運用ができないどころか、阪神出禁、モニター装置搭載車との併結不可の編成が出たこともあり、これらの不具合編成には運用に大幅な制約がある。
  2. シリーズ21の例に漏れず座面が固く、一部の乗客からは不評。

9200系[編集 | ソースを編集]

  1. 3編成が大阪線に転属した後に1本が奈良線に残留したが、この1編成がVVVF世代の車体更新以降も長らく未更新のまま放置されている。

10000系[編集 | ソースを編集]

  1. 日本初の2階建て車両である初代ビスタカーだが、試作的要素が強かったために座席予約のコンピュータ化に対応できず1971年に登場からわずか13年で引退。
    • 加えて河内国分駅で追突事故に遭い、事故車両は独特の流線型の前面が大破して復旧に伴い18200系と同様の貫通型に改造されてしまった。
    • 両端4両すら4連で出力が不足気味だった10400系への編入改造がなされなかった。

10400系[編集 | ソースを編集]

  1. 4両半固定編成で登場したが、当初は125kWモーターを使用しておりTc車を1両解放するか、もう1ユニットか11400系を増結しないと青山峠を越えることができなかった。
  2. 後に主電動機を145kWのものに交換されたが、それでも性能が3両固定の11400系より劣り、晩年は名古屋線内に閉じ込められた。
    • 上記10000系の編入改造すらなされなかった。
    • 加えて最後までリクライニングシートが装備されなかった。

11400系ク11520形[編集 | ソースを編集]

  1. 12200系と同時期登場で同一の車体が採用されたが、11400系の一員であり、11400系自体の置き換えが行われると行き場を失い1997年までに車齢30年に満たないまま廃車解体された。

12000系[編集 | ソースを編集]

  1. いわゆる元祖スナックカーだが、後に登場した12200系があまりにも大所帯だったためその陰に隠れる存在となった上、登場間もない頃に2編成を事故で失ってしまった。
    • スナックカーの名前の由来となったスナックコーナーも有効に利用されたとは言えず、数年後には車内販売の基地となった上、更新時に撤去された(12200系も同様)。
  2. 定員確保のためトイレはTcの運転室後部に設置され、2両編成だと使いにくい位置だった。
  3. 当時の方針に流され、2000年8月20日に18400系一般車とともに完全引退。
    • 12200系は後年まで残り50年以上の長命を保った一方で、35年程度の引退は相対的に短い。

12400系[編集 | ソースを編集]

  1. 近鉄特急にとっては久々のモデルチェンジ車であり、1978年のブルーリボン賞も受賞したが、翌年登場したビスタカーⅢ世こと30000系の影に隠れる形となってしまった。
    • 製造両数も12両の少数派に終わった。
  2. 2025年12月に1編成が焼損事故に巻き込まれたが、これと観光列車レ・サヴール志摩への改造が重なる関係で直ちに廃系列となるシナリオも否定できない。

12410系[編集 | ソースを編集]

  1. サ12560形には補機類がないため、重心移動の懸念により床下にも冷房装置が付いており整備性は悪め。
    • 当初3両編成で落成した関係で補機類をT車に持たない構造となった。

12600系[編集 | ソースを編集]

  1. 当初から4連で落成したが、この関係でT車を抜いた3連や、中間車を2両とも抜いた2連での運転はできない。
    • CPがT車に、MGがTc車に搭載されているため。

16010系[編集 | ソースを編集]

  1. 1981年製造の南大阪線用特急車で、本線用の12410系と同世代の車両だが、登場当時座席は廃車された10100系ビスタカーの中古品である非リクライニングの回転クロスシートだった。さすがに今はリクライニングシートに交換されているが。
    • おまけに座席配置を16000系と合わせるため、シートピッチも本線用の12410系などと比べて狭い。
  2. 16000系が残り1本のみになると6A系導入による巻き添えでの引退が危ぶまれるようになった。

18000系[編集 | ソースを編集]

  1. 車両限界の都合で18.6m級の車両とせざるを得ず、車内スペースが狭い関係で新規設計の転換クロスシートを採用しなければならなかった。
  2. 吊り掛け駆動で抑速ブレーキを持たなかったため、団体転用もなされず晩年は京都線・橿原線内に閉じ込められた。
    • 最終的に機器類の老朽化により高性能化も検討されたが、台車の都合でなされず12600系の投入により車齢17年程度で廃車解体に至っている。

21000系[編集 | ソースを編集]

  1. 80000系ひのとりに追われ、12200系の残党を玉突き転属で成敗したが、名阪特急から汎用運用をゼロにしてしまった。
  2. 125kW主電動機であることに加え、回生ブレーキを持たない抵抗制御の全電動車のため、走行時の消費電力量が恐ろしく大きく、省エネ化にかなり逆行している。
    • 本系列が登場した1988年当時はまだVVVFが高価で、停車駅の少ない特急列車では回生ブレーキの機会が少なく、費用対効果の低いと判断された。同様の事例として小田急10000・20000形などがある。

21020系[編集 | ソースを編集]

  1. 「アーバンライナー」としては久しぶりのモデルチェンジ車だったが、21000系のリニューアルに伴う車両不足解消が目的だったため、6連2本のみで増備が終了した。

22600系[編集 | ソースを編集]

  1. 旧型特急車の置き換え用として増備が期待されたが、思ったほど増えなかった。
    • そうこうしているうちに「ひのとり」こと80000系が大量に作られた。
  2. 近鉄特急車で阪神に乗り入れられるのは本系列のみだが、定期特急の乗り入れは2025年現在も実現していない。

80000系[編集 | ソースを編集]

  1. 車両自体は素晴らしいが、デビューした2020年は新型コロナウイルス感染症の影響で旅行需要が減少し、せっかくの新型車両が持て余してしまった。
    • 登場が1~2年早かったら…と悔やまれる。
      • もし2020年の五輪開催地が東京ではなく名古屋か大阪だったら登場はやや早まっていただろうに。
    • 加えてコロナ禍などによる旅客収入減少により2023年には運賃が大幅に値上げされ、新幹線に対する優位性が小さくなってしまった。

南海電気鉄道[編集 | ソースを編集]

1000系[編集 | ソースを編集]

  1. インバウンド対応改造を行ったあとは他編成との併結が不可能となっている。
    • 1051F以外は加えてドアチャイムすら設置されなかった。
    • インバウンド対応改造した割に6連が中心の為普通運用が多い(ただし6+2の8連運用は昔に比べて増えた)

2000系[編集 | ソースを編集]

  1. 高野線ズームカーの第2世代として登場したものの、橋本までの複線化が完成した後は大運転(平坦区間と山岳区間の直通運転)の減少や2300系投入により車両が余剰となり、一部が南海本線に転属した。高野線に残った車両も橋本以北の運用に入ることも多い。
    • ズームカー伝統の17m車ゆえに、一般運用(特に南海本線普通車)においては一部利用者からは混雑すると不評。
      • それ故2024年からついに支線運用が始まった。
        • さらに本線普通車でワンマン運転を始める影響で高野線にカムバックする車両も出てきた
        • 同年12月のダイヤ改正で本線運用は終了。

旧2001形[編集 | ソースを編集]

  1. 端子電圧600Vで150kW級(200hp)の主電動機を搭載した関係で昇圧工事を蹴られ、昇圧前の1970年に全廃された。
    • 同種の機器を使用した2051系は主電動機をMT40に取り替えられ、12001形は電装解除となり、2001形のDNAとも言える150kW級主電動機は昇圧後に全く引き継がれなかった。

2300系[編集 | ソースを編集]

  1. 高野線橋本以南での2両ワンマン運転用として登場し、当初は難波直通の快速急行としても運用されたものの、1-2列転換クロスシートのため座席数が少なく、後に定期運用において橋本以北に入ることはなくなった。
  2. 2200系・2230系の置き換えを目的とした増備はなされず、後に2000系を改造して対処された。
    • 当然、2270系の置き換え用にも増備されることはなかった。

6200系[編集 | ソースを編集]

  1. 純粋な6連は40年以上車体更新未施工のままである。
    • 加えて4連がリニューアルされた経緯も制御装置やCPが編成内に1つしかなかったため。
  2. ついに6両編成が全車未更新のまま50年目突入確定、ステンレスは普通鋼より劣化スピード遅いし抵抗制御は電子機器使ってないからちゃんと検査すれば登場から廃車までずっと使えるからね。

6300系[編集 | ソースを編集]

  1. 6100系の台車交換及び車体更新で生まれた車両だが、流用元の台車や編成の構成がまちまちでそれ毎に車番を区別したため、付番基準が非常にカオスでわけがわからない状態になってしまっている。
    • 台車に関しては新造した車両もある。

7100系[編集 | ソースを編集]

1次車[編集 | ソースを編集]

  1. 当初非冷房で後に冷房改造された昭和44年製造の1次車は2次車以降と異なり更新を受けずに2003年までに廃車になった。
    • 但し台車は6300系に、主電動機は31000系に流用されている。

ワンマン対応車[編集 | ソースを編集]

  1. ワンマン機器がツーマン運転操作時の邪魔になる関係で、一時期本線で代走を行う際は常に中間に封じ込められた。
  2. 5本のうち7191Fのみはめでたいでんしゃ化されず、やや中途半端である。

8000系(初代)[編集 | ソースを編集]

  1. 電機子チョッパ制御車の試験車だが、量産には至らず1編成のみに終わった。
  2. 後に足回りを交換したが、7100系の廃車発生品を流用した抵抗制御車となり、明らかに改造前より退化した。

8200系[編集 | ソースを編集]

  1. 南海初の界磁チョッパ制御車として登場したが、6連×3本が製造されただけで、後にVVVF化を含む更新を受けた際に6200系に編入され、50番台の車番となった。

9000系[編集 | ソースを編集]

  1. 4両編成は当初、制御装置が1ユニットしかなく保安上の問題で単独運用が規制されたが、製造本数が5本であり、1000系以降との車両との併結もできなかったため、1本が全く運用できず運用上の効率が悪かった。
    • その後、サザン向けに12000系が製造された際に9000系を相方とした場合、冷房装置を別々に動かすため運用上の制約が少し緩和された。
      • さらにその後リニューアルがなされ単独運用が可能となったどころか、8000系や8300系との併結も可能になり運用上の制約がほぼなくなった。
  2. 6両編成はリニューアル後も電気連結器が設置されず、8000系や8300系との併結が非常時以外できない。

20000系[編集 | ソースを編集]

  1. 3M1Tであったため、昇圧の際は単車昇圧方式が採用され、走行機器類一式がすべて交換となった。
    • この関係で全電動車化もユニット方式化もなされなかった。
  2. 更新工事を行おうとした時点で後継車を新造したほうが得策と判断されたためか、車齢20年強で廃車された。
    • 廃車後は先頭車がみさき公園で保存されていたが、野ざらしゆえに劣化が激しく、後に解体された。
  3. 1編成しかなかったため、冬季には車両検査のため「こうや」そのものが運休になっていた。

21201系[編集 | ソースを編集]

  1. 車体は後に登場した21000系と同一だが、旧式機器が災いし車齢15年程度で全車が運用を離脱した。
    • 加えて22000系最終増備車が出たこともあったのか、新性能化すらなされなかった。
  2. クハ21201以外は復帰せずに廃車され、クハ21201も1986年の貴志川線3両運転廃止で廃車となり全滅した。
    • そのクハ21201は廃車後に衝突試験に供されて原型を留めない状態で解体が行われた。

22000系[編集 | ソースを編集]

  1. 1990年代後半に更新で2200系に生まれ変わったが、当初は一部を高野線大運転に残す予定だったものの2000系との相性が合わず、最終的に撤退を余儀なくされた。
    • その後1編成が「天空」として高野線に復帰している。
    • 多くは支線に転用されたが、一部は更新されずに車齢30年足らずで廃車されてしまった。
      • 譲渡車も熊本電鉄200形以降、銚子電鉄22000形まで全く出なかった。
  2. 7100系と同時期の製造であるにも関わらず、性能を21000系に合わせたため、コイルばね台車を装備している。
    • そのためもあるのか、7100系よりも早い2025年に南海からは全車両引退。

京阪電気鉄道[編集 | ソースを編集]

600系(旧)[編集 | ソースを編集]

  1. 旧型車の車体更新車で、車体の製造こそ2000系と同世代だが、車体強度が低かったため冷房の取り付けができず、昇圧に当たっては大半の車両が高性能化などの改造が行われず廃車解体された。
    • 一部の車両は1800系(初代)の走行機器と組み合わせて1800系(2代)となり昇圧後も生き残ったが、やはり冷房化されず改造後5年程で6000系に置き換えられ廃車された。
    • これに対し同じような車体更新車である700系(旧)はまだ車体がしっかりとしていたため、冷房取り付けと高性能化を行い1000系に生まれ変わり現在も活躍中。
    • それでも700系(旧)のうち1000系への改造対象から外れた781・799については本系列に編入された挙げ句1800系への編入改造対象からも外れてしまった。

1000系[編集 | ソースを編集]

  1. 吊り掛け式だった旧700系に由来する車体を使用していることから、ドア幅が1.2m幅であり2200系等と比較すると狭い。
    • 加えてドア位置が他系列と比べて端に寄っていることから、ホームドアの開口幅を大きく取る必要に迫られた。
  2. 加えて軽量車体であったことが祟り、高性能化当初は床温度が上昇することを危惧して抵抗器に強制送風機が設置された。
    • これは後の車体更新の際に界磁添加励磁制御に改造され問題が解消したことから撤去されている。
  3. 車体更新時に設置された冷房は6000系の改造発生品だが、カバーの寸法が大きく車端部からわずかにはみ出てしまっている。
  4. 基本的に6000系以降の車両は先頭車は電動車だが、本系列も最初はそうだったものの更新時に先頭車を制御車にしてしまった。
  5. 700系のうち2両は本系列への改造対象外となり、車齢わずか13年で廃車された。

1800系[編集 | ソースを編集]

  1. 1953年に量産型としては日本初のカルダン駆動車両として登場したが、17m車だったため、昇圧改造されずに廃車された。
    • 一応その機器を流用し、旧600系の車体に載せ替えた2代目1800系も存在したが、そちらも冷房改造されず1989年までに廃車されている。

1810系[編集 | ソースを編集]

  1. 上の1800系の増備車で、車体長が18mに延伸されたが、後に1900系に編入されて形式消滅した。
    • 空気バネ台車でなかった2両は1900系への編入対象から外れ、1800系に編入されて同系と運命を共にした。
  2. 1900系編入後は一般車への格下げや冷房改造が行われたが、最終的には1両を除き中間車に改造された。

1900系[編集 | ソースを編集]

  1. 本系列以降WNドライブを京阪において採用した例はなく、2008年の全廃後は京阪からWN車の配置がなくなった。
  2. 旧3000系と異なりお別れイベント等は開催されず、ひっそりと現役を退いた。
    • 引退イベントは行われました。さよなら運転は中之島線開通の前日だった。しかも特急時代の前面デザインが再現されるという力の入りよう。

2000系[編集 | ソースを編集]

  1. 主電動機が端子電圧150Vであったことが祟り昇圧に対応できず、2600系への改造に際し機器類総取り替えとなり書類上は除籍されている。
    • 加えて余剰機器類、特に主電動機すら流用されず廃棄された。
  2. 当初は阪神ジェットカーのような高加減速車両だったが、後にT車を組み込み、普通の車両となってしまった。

2200系[編集 | ソースを編集]

  1. 1964~68年に100両が製造された京阪の戦後を代表する車両だが、7両編成化に伴い余った3両が2000系に編入された。
    • その3両は結局2200系に戻ることはなく他の2000系と同じく2600系に改造されたが、書類上は10数年で廃車されたことになっている。
  2. 1985年に8両運転開始に伴い2381~2385の5両が製造されたが、8両編成の減少に伴い余剰となり、6000系1次車より新しいにも関わらず2016年にわずか30年強の低経年で廃車されてしまった。

2400系[編集 | ソースを編集]

  1. 京阪初の冷房車ゆえ、冷房装置が1両あたり8基程度搭載され、のちの冷房改造車と比較しても数が多い。
  2. 冷房が初めて使用されたのは導入時期が災いして1970年5月と導入からかなり遅め。
  3. 2452Fはドア故障を起こし、予備品確保のため修理を見送り廃車を迎えた。

2600系[編集 | ソースを編集]

  1. 界磁位相制御を採用したが、6000系や8000系のような1C8Mとなった車両は皆無。
    • 制御装置が各M車にあることから編成重量が重いため、8連を組む際は4M4Tではなく5M3Tになっていた。
  2. 30番台は一度も更新を受けることなく経年40年を迎えており、南海6200系6連と同じ境遇を迎えている。
    • 阪神5001形も。こちらは2024年中に引退予定。
    • そして未更新ゆえ2025年以降徐々に数を減らし、全廃にさらに近づいている。

3000系(初代)[編集 | ソースを編集]

  1. 後継車である8000系の登場で一気に陳腐化した。
    • 利用客は8000系に乗りたいがために待つほどの人気であったため、淘汰が前倒しされた。
    • しかも先代の方が何故か生き残った。
  2. 大井川鐵道に譲渡された車両も車齢が最も若いながらも1編成しかないため、見捨てられた。

3000系(2代)[編集 | ソースを編集]

  1. 中之島線直通快速急行用として登場するも、肝心の中之島線が大コケしたため、本線の特急に転用されてしまった。
  2. その後前面貫通扉に鳩マークや洛楽シンボルマークを表示するためのLCDが設置され、顔が変わってしまった。
    • しかも2021年9月のダイヤ改正で快速急行メインになったため、鳩マークを出す機会は少なくなってしまった…。
      • そういう意味で本来の姿に戻ったということになるが、以前と異なり淀屋橋発着。
  3. そして2021年にはプレミアムカーが組み込まれその結果事実上の特急専用車に。本系列が登場するきっかけになった中之島線に入らなくなる可能性が高まった。
    • しかもプレミアムカー導入と前後して新型コロナウイルス感染症が発生し、同年のダイヤ改正で特急が減便されることに…。プレミアムカーの有効活用のために快速急行にも連結されることになった。
    • プレミアムカー連結に伴い余った中間車は寝屋川車庫で長い眠りに…。13000系6連に組み込まれて7連化されると予想されたがコロナ禍の影響なのか今のところ行われていない。
      • 2023年から13000系に連結が開始された。
    • そのプレミアムカーは2両に増える見込みだが、今度は電動車がプレミアムカー化の餌食になりかねない。
      • それはなかったが、中間電動車の連結位置が変更された。
      • プレミアムカーが2両に増結されたため、一般車が6両になり混雑が激しくなってしまった。
  4. 過去には7連や5連、4連での運用も可能となっていたが中間に挟まる連結器の交換により一切できなくなり編成の自由度が減少した。

5000系[編集 | ソースを編集]

  1. 言わずと知られた日本初の5扉車だが、ホームドア設置計画の絡みで先輩の2200系や2400系よりも先に引退する羽目に…。
    • しかもアルミ車体で車内もLEDの案内表示機が付くなどしっかりとリニューアルされている。
  2. 1980年に5554Fが置石脱線事故に遭い、大破した先頭車の初代5554号車は10年足らずで廃車になった。

6000系[編集 | ソースを編集]

  1. 登場時は斬新なデザインで注目を集め、架線電圧600→1500V昇圧後は急行を中心に多客時の臨時特急運用に入るなど一般車の花形として運用されていたが、21世紀に入ってからは全線通しの急行が激減したため大阪側の普通を中心とした地味な運用に入ることが多くなった。2013年からはリニューアルで13000系と同等の車内設備になったのに…。
  2. 6014はVVVFユニットを7000系に供出するために製造されたため唯一の7000系顔であり、異端要素がやや強めである。
    • そのため7000系登場後の製造にも関わらず直流モーターを使った界磁位相制御になっている。
  3. リニューアル後は中間車1両を抜いた7両編成での運転ができなくなり、出町柳直通の準急運用が不可能である。
  4. 2025年3月のダイヤ改正以降は本系列による日中運用が完全消滅になる可能性が無きにしも非ず…

7000系[編集 | ソースを編集]

  1. 2023年度よりリニューアルが行われているが、機器更新がリニューアル目的で行われるのは京阪初であり、他の大手私鉄と比較してもかなり遅め。
    • 過去には7301→10151で機器更新の実績があるが、これは10000系への編入改造目的であり、リニューアルとは関係ないと思われる。
  2. 7004Fは京都方の3両が元・6014Fからの編入車であり、試作車の側面もありやむなくユニットは京都方4両・大阪方3両に分けられ、現行の6014Fを上回るレベルの異端っぷりである。
    • 加えて他の7000系とは床下機器配置が異なっている(VVVFインバータ制御装置が通常とは反対側についている)。

7200系[編集 | ソースを編集]

  1. 製造両数がが8連2本、7連1本の合計23両で、京阪の中で最も少ない。
    • 加えて2両を10000系に改造し7連3本に統一したため、合計両数が21両にまで減ってしまった。
  2. 最初の2編成の製造中に阪神・淡路大震災が起こり、メーカーの川崎重工業からの搬入に際しては陸路が絶たれたため、神戸から泉大津まで船積みされて海上輸送された。
  3. 上記の7連化がなされたあとは、中間車を抜いた5両編成での運転ができなくなった。

8000系[編集 | ソースを編集]

  1. 言うまでもなく京阪のフラッグシップ的車両だが、特急停車駅が増加したのに伴い片開き2扉転換クロスシートであることが災いし、使いにくい存在になってしまった。
    • そのためリニューアル時に車端部の座席をロングシート化した。
  2. ダブルデッカー1階部分の階段下に補助椅子があったが、事故が起こったため撤去されてしまった。
  3. フリーWi-fiが全車両に設置されていたが、プレミアムカーを除き後に撤去された。
  4. 2024年に登場から35年を迎えたが、翌年大阪で万博があるにも関わらず代替車両の噂はない。
    • 7000系と同じ1989年登場にも関わらず、VVVF車ではない。
  5. 2017年にプレミアムカーが組み込まれたが、改造車ゆえに窓割りが座席と合わない部分がある。

9000系[編集 | ソースを編集]

  1. ラッシュ時の特急用として3扉クロスシート車として登場したが、転換クロスシートではなく一方向きの固定クロスシート車であったため不評で、3000系(2代)の登場に伴いオールロングシート化され、本形式独自の塗装も他の車両と同じ現通勤車標準塗装に変更された。
  2. 加えて10000系7連化の影響で5編成のうち4編成が7連に短縮された。
    • そして残る1編成も7連化の餌食になり、7連に統一されてしまった。
  3. 当初は7200系と同様パワーウィンドウを装備していたが、ロングシート化と同時に撤去されてしまった。

10000系[編集 | ソースを編集]

  1. 2200・2600系など旧型車両の置き換え用の通勤車両として登場したが、結局は支線用の4連×6本しか製造されず、本格的な置き換えは後継車の13000系に引き継がれた。
    • 後に7200・9000系の余剰中間車を編入することで7連化され本線進出が実現している。
  2. 当初は本系列独自のターコイズ1色だったが、現在は通勤車両の標準塗装となっている。

13000系[編集 | ソースを編集]

  1. 0・20番台は完全新造ではなく、パンタグラフが2600系の廃車発生品である。
  2. 30番台は6両固定編成で落成した挙げ句、2024年以降全車離脱し、順次4連への減車が進められている。
    • 加えて抜き取られた中間車の一部も新たに4連組成を見込んでおり、明らかな大幅減車を予定しているようにしか見えない始末。
      • 4両減車の予想は的中し、2600系30番台の廃車と6000系の運用数大幅減を招いた。
    • 3000系の余剰中間車は30番台に組み込み7両化されると思われたが、実際には20番台に組み込まれ、ここから玉突きで捻出された中間車が先頭車を新造した4連の30番台に組み込まれることになった。
  3. 本系列も例に漏れず片側のLCDを撤去された。
  4. 2024年には18両の新造が予定されているが、上記のように中間車を他の編成から抜き取るため、先頭車ばかりの新造となりそうである。
    • 同年には近鉄や阪急は新系列車両を登場させたが、京阪は今後も相変わらず本系列を増備するようである。
    • 加えて更に49両増備する事が見込まれているようだが、編入改造の手法によっては4連しか出ない可能性が否定できない。
    • 6連の30番台から抜き取られた中間車はT-M車だが、新造の先頭車はTcとせずMcとし、M車を電装解除するという手間のかかる改造をおこなっている。
  5. 2025年以降の増備も4連ばかりという傾向になりかねず、7連が今後減る可能性まで示唆されている。

阪急電鉄[編集 | ソースを編集]

2000・2100系[編集 | ソースを編集]

  1. 現在の阪急車両の基礎を作った車両であり、回生ブレーキや定速制御を搭載したオートカーとして登場したが、600→1500V昇圧に対応できなかったため登場後10年も経たない内に平凡な抵抗制御に改造され、発電ブレーキも失ってしまった。
    • 一応1500Vにも対応した2021系もあったがこちらは制御装置が複雑だったためこちらも早期に3000系や5000系などの付随車に改造されてしまった。
    • それが災いして方向幕取り付け改造も行われず2100系は1983~85年に、2000系は1988~92年に早々に廃車されて阪急を去った。
      • ただ大半の車両は能勢電に移籍して同社の1500・1700系となりその結果後輩の3000系よりも長生きした。阪急在籍期間よりも能勢電に移籍してからの方が長い車両も多い。
      • 2100系は性能不足もあって阪急在籍期間は短く、早期に能勢電に移籍した。
  2. トプナンの2050号車は1984年の六甲事故で大破し、早期廃車になってしまった。

2200系[編集 | ソースを編集]

  1. 阪急初の電機子チョッパ車として登場したものの、価格の高さなどで試作のみに終わった。
    • そもそも一般車に電機子チョッパ制御の試作車を導入したこと自体間違っていた。6300系は最初1本のみ導入されたが、そっちを電機子チョッパ車の試作車として登場させれば良かったのに。
  2. 後にVVVFの試作車が加わったものの、1992年にはチョッパ制御車は電装解除されて6000系に組み込まれ、残った車両も1995年の阪神大震災で被災、VVVF試作車も1両が廃車(代替新造)され残る1両は電装解除された。それに伴い6000系に編入され形式消滅。
    • 同時期に廃車が進んでいた、後述の5200系からの機器流用による抵抗制御への改造すらなされなかった。
  3. 先頭車は最終的には7000系と組まれたことから2019年に再改番されて7000系に編入された。

2800系[編集 | ソースを編集]

  1. かつての京都線用特急車だが、一般用格下げ時に2→3扉に改造されたために車体強度が低下し、冷房改造が早かったために構造が特殊だったのと、制御装置が更新されていなかったため先輩の2300系よりも早く廃車に追い込まれた。そのため方向幕取り付け改造を行った車両は存在しない。
    • 富山地方鉄道に譲渡される話もあったが、座席を物色していたところ京阪3000系を譲渡することに話が変わったので、実現しなかった。

3300系[編集 | ソースを編集]

  1. 神戸線の5000系と同時期の登場だが、直通相手である大阪市交通局との関係から冷房改造は最後に着手された。
  2. モーター音はかなり大きい。

5000系[編集 | ソースを編集]

  1. 主電動機の出力は高いが、許容回転数が低いことが災いし最高速度115km/hでの運転はできない。
    • この関係で編成ごとの廃車や今津北線への追放が進められた。
    • 主電動機出力の関係で能勢電鉄へ入線した経験も皆無。
    • 電気指令式ブレーキでないということもある。
  2. 全車にリニューアルされたが、前面は原型を留めていない。
    • 加えて、前面変更を伴う大規模リニューアルも他系列にほとんど普及しなかった。
      • 後に改造された7000・7300系のVVVF更新車はこれと似たような顔をしている。
    • また、6000系以降になされた屋根の白塗りも電磁直通ブレーキ車においては本系列にのみ実施され、5100系などともやや紛らわしい。
  3. 中間T車には5100系からの改造車もあったが、今津北線転用に伴い余剰となり本体よりも新しいにも関わらず大半が廃車された。

5100系[編集 | ソースを編集]

  1. 全線共通規格だが、主電動機出力が5000系より小さく4M4Tでは神戸線のスジに乗ることが困難である。
  2. 中間電動車や制御車は全く登場しなかった。
  3. 5112は前面変更がなされたが、7300系7320Fのリニューアルにおける試験台だったため、営業復帰することなく部品を抜き取られそのまま廃車解体された。
  4. 能勢電鉄には4連5本、2連2本が譲渡されたが、走行システムの都合上2連は全電動車にせざるを得なかった。
    • 加えて1700系の置き換えのためにも追加導入される予定だったが、消費電力量の関係で7200系の投入へ舵を切る羽目になった。
    • 能勢電鉄への譲渡改造を阪神電気鉄道尼崎工場で行った初の例でもある。

5200系[編集 | ソースを編集]

  1. 阪急最初の冷房車として登場したが、試作的要素が強かったなどの理由で先輩の3000系や5000系よりも早くに引退した。
    • 他系列に施工された方向幕取り付けも本系列には行われなかった。
    • 台車は8000系などに流用されたが、機器類は上記2200系の機器更新にすら転用されなかった。

5300系[編集 | ソースを編集]

  1. 阪急初の電気指令式ブレーキ車として登場したが、それゆえ3300系以前との併結はできず、制御段数が異なり6300系以降の車両との併結もできない。
    • 阪急の電気指令式ブレーキ車としては唯一の縦軸2ハンドル運転台を装備した車両でもある。
  2. 3300系と同様に4M4T編成は堺筋線出禁となっていた。
  3. 2022年12月のダイヤ改正以前においては、1300系により7連化された5300系のみでの3300系7連の完全置き換えが困難となっていた。
    • ただし、3300系が1本廃車され、7300Fが新7連となったためこの制約は解消した。

6000系[編集 | ソースを編集]

  1. 2200系改造の6760を有効活用するにあたり制御装置・主電動機搭載の6600が離脱し廃車解体された。
    • この関係で6114が暫定的に電装解除となったが、2024年に至るまで正式Tcの仮称6164に改番されないなど、番号が複雑化している。
    • アルミ車体の劣化度を調査したところ、予想以上に劣化が激しかったらしい。
  2. 8連のままリニューアルされたのは、電装解除した中間車を組み込んだ6007Fと元・2200系VVVF試作車を組み込んだ6015Fのみであり、他は3連や4連でリニューアルされたものを除くと40年以上未更新のものが多い。
  3. 6001・04・08・12Fは4両編成に短縮するにあたり空気圧縮機と補助電源を2基搭載してバックアップを確保するためなのか、付随車全抜き取り・大半を廃車解体(解体免除の2両も能勢電鉄譲渡)の上で神戸方2両を電装解除するという極めて面倒な改造を強いられた。
    • おかげで元2200系でアルナ工機阪急納入1000両の記念プレートが付いている6751号車が廃車されてしまった。
    • これにはM車2両を隣接させる意図もあると思われる。

6300系[編集 | ソースを編集]

  1. 先代の特急車である2800系と比較してもドア割が合わず、3300系や5300系に先立って廃車が進められた。
  2. 6330Fに至っては廃車時の車齢が25年ながら機器流用すらなされなかった。
  3. 京とれいん向けに残った編成も十三駅のホームドアに対応できず引退。
  4. 嵐山線向けに残った4連3本も、ワンマン化により追い出される噂が絶えない。
  5. 1989年にJR西日本が221系、京阪が8000系と言った新造車を投入した後も阪急はこの車両を特急に使い続けたため、ライバルと比べて車両面で見劣りがする結果となってしまった。加えて21世紀に入ると特急の停車駅が増えたため、2扉でしかもドア位置が両端に寄っている本系列は遅れやすくなり使いにくくなってしまった。
  6. 特急車であったにもかかわらず電機子チョッパ制御が採用されなかった。そもそもそれは特急車向けの制御装置だが。

7000系[編集 | ソースを編集]

  1. 編成替えが頻繁に行われており、特に付随車は車両番号だけでどの編成に組み込まれているのか判別困難。
    • 特に7005F・7016Fは阪神・淡路大震災の発生に伴う編成替えにより全電動車2連となってしまった。
  2. 7036・37Fは能勢電鉄譲渡がほぼ確定と思われるが、下記にも示したように雑誌『鉄道ファン』にて堂々と「解体」と表記され読者の不安を煽ってしまった。
  3. 7007・08Fはリニューアルにより原型をとどめていない。下記7300系の7320Fも同様。
    • その後にリニューアルされた7009Fは以前とそれほど外観が変わっていない上、車内の案内表示器もLEDに戻ってしまった。次にリニューアルされた7010・7020FからはLCDに戻る。
  4. 製造時期が長くただでさえバリエーションが豊富な上、リニューアルも時期によって内容が異なるため千差万別の形態になってしまっている。
  5. 全部アルミ車でもVVVF化が見送られ、回生ブレーキを有効活用しにくい編成が支線区向けを中心に存在する。

7300系[編集 | ソースを編集]

  1. 7300 - 02Fは先頭部が自動連結器だったことが災いしてやむなく増結編成を中間車に挟む羽目となった。
  2. 7300Fと7301Fの当初の合計12両以外はすべてアルミ車で、7000系と比較して鋼製車とアルミ車が混在した編成がそこそこ存在する。
    • しかもアルミ車を含む7320Fのリニューアルによりこの混在の解消はほぼ絶望的である。
  3. 7851号車は2007~24年の14年間も正雀車庫で雨ざらしで留置されていた。

8000系[編集 | ソースを編集]

  1. 転換クロスシートを採用した車両があったが、混雑を助長させるなど乗客からはむしろ不評だった。
  2. 8004Fは半導体不足の影響もありリニューアルの際にLCDの設置が見送られた。
    • ただ、近鉄1233系あたりとは異なりドアチャイムを存置されていたことと、車内案内表示器自体が未設置だったことがまだ救い。
    • その編成はよりによってメモリアル仕様になっている。
  3. 8020Fは6連で登場したが、阪神・淡路大震災による代替新造の影響で8連化され、6連自体が系列内から全滅した。
  4. 40番台は制御装置が8200系と同等に進化したものの、増結用の2連×3本のみで終わってしまった。

8200系[編集 | ソースを編集]

  1. 関西初の座席収納車両として登場したが、登場後に阪急の利用客が減少して座席収納の必要がなくなり、普通の座席に改造された。
    • 2両編成2本が造られただけで、その後の増結車は8000系が増備されることに。
    • そのため平日朝ラッシュ時しか出番がない…。
    • 3色LED→のちの増備車には幕で登場したかフルカラーLED、液晶→FM電波を使っていたためサービス終了で撤去、ボルスタレス台車→後に登場した車両はボルスタ回帰、枕木方向に三角つり革…結局この車両で採用されたものは普及することはなかった(液晶は別方式でつけてるが)
      • 唯一この車両で初採用されてその後の車両に普及したのがシングルアームパンタグラフ。
      • 車内のLED案内表示器も2段表示という凝ったものだがその後阪急における新造車両の空白時期があったためこのタイプは8300系8315Fと8000系40番台のみの採用に終わった。
  2. 2023年12月のダイヤ改正で運用がなくなりニートレイン状態に…。
    • その後、運用復帰で7000系2本を離脱・能勢電鉄譲渡に追いやった分は救い。
      • ただその7000系2本が雑誌『鉄道ファン』の付録で「解体」と堂々と書かれ読者の不安を煽ってしまった。
    • 正しくは2023年12月ダイヤ改正ではなく2022年12月ダイヤ改正。
  3. 最終的に2025年2月のダイヤ改正における10連廃止で運用がなくなり、このまま廃車の噂もある。
    • 同年6月に8000系と6連を組んで今津北線に復活し、ようやく終日運用か、と思ったものの、ドア故障で1日目の朝ラッシュを終えた時点で早くもリタイア…。

阪神電気鉄道[編集 | ソースを編集]

3801・3901形[編集 | ソースを編集]

  1. 西大阪線(現阪神なんば線)難波延伸を見込んで設計されたが、難波延伸そのものが途中で計画中断された上、4連×3編成のうち1編成が脱線事故で廃車となり、残る2編成を6連と2連に組み換え前者は8701・8801・8901形(以下8801系とする)、後者は7890系に改造された。8801系は本線の特急や急行に運用されたものの直通特急の運用からは外され、難波延伸を見ることなく2009年2月に廃車された。
    • しかも8801系が廃車された1ヶ月後に当系列の目的だった難波延伸が実現したのは何とも皮肉だった。
    • もう一方の7890系は2019年現在も現役。
      • こちらは2020年に引退。
      • 最期は武庫川線へ。

8000系第1編成[編集 | ソースを編集]

  1. 1984年に8000系のプロトタイプとして1編成登場したものの、車体は従来の車両とほとんど変わらなかった上、1995年の阪神大震災で3両が廃車となり、残る3両が量産車と組まれて6両編成になった。このため大阪側と神戸側で外観が異なる結果となった。因みにこの編成(8523F)は直通特急の運用には入らない。
    • 2020年2月から直通特急の運用にも入るようになった。

大阪メトロ[編集 | ソースを編集]

大阪市交通局時代の車両を含みます。

30系[編集 | ソースを編集]

  1. 万博を前に大量投入されたが、製造コストを下げるため極限まで簡素な仕様となり、特に座席はFRPにビニールレザーを貼っただけの座り心地の悪いものだった。
    • 後に通常のモケットになったが、それでも硬かった。
  2. アルミ車体とセミステンレス車体の双方がある上、顔の異なる旧7000・8000形の編入車や元北急の車両もあって内容は千差万別。
    • 1980年代以降御堂筋線への10系導入に伴い他線への転属が行われたが、編成短縮→余った中間車を活かし不足する先頭車を新造、が行われたため同じ編成内でも車両によって製造時期が異なる編成があった。
    • 1973年以降はマイナーチェンジした新30系となり、こちらも少し異なる。
  3. 新30系に関しては平成になって冷房改造されたが、大多数の車両は新20系投入に伴い廃車となった。中には製造後10年経たずに廃車になった車両もある。

60系[編集 | ソースを編集]

  1. 堺筋線開通に伴い登場した車両だが、斬新な外観と対照的に車内は30系に毛が生えたようなものだったため利用客に不評だった。
    • 接客レベルの高い阪急車両と比較されるからなおさら。
    • 阪急車両が全車両冷房車になってからも非冷房だったため、特に夏場は敬遠された。
  2. 平成に入って冷房改造が行われたが、全車両には及ばなかった。
    • 過半数の車両は非冷房のまま平成初期に廃車された。

30000A系[編集 | ソースを編集]

  1. 2022年に中央線では久しぶりの新車として登場し、斬新な側面デザインも注目されたが、1年後の2023年に完全な新型車両の400系が登場したため、影が薄くなってしまった。
  2. 2025年の万博終了後は谷町線に転用される計画のため、側窓にブラインドが設置されていない。
    • んなモンどこでもそう。地下線に限られない。
    • 万博終了後も引き続き中央線に在籍する400系にはちゃんとブラインドが付いている。

その他[編集 | ソースを編集]

近江鉄道LE10形[編集 | ソースを編集]

  1. コスト削減の為需要の少ない本線八日市〜貴生川に投入したレールバス。しかし…
  2. 収容力のせいで特にラッシュ時は単行では使えず、合理化に貢献できず。
    • 更に車重のせいで踏切が動作しないこともあったとか。
  3. 結局老朽化の早期進行もありたった10年で運用から外された。
    • 引退後は電車運転に戻った。電化設備を撤去しなくて良かったと考えられる。
  4. そんな曰く付き車両でも、近江鉄道初の冷房車という地味な名要素があったりもする。

叡山デオ300形[編集 | ソースを編集]

  1. 叡山初の高性能車で京阪直通も目論んでいたが現場からの扱いの悪さや騒音問題も露呈し車齢30年足らずでデオ730形に更新された。
  2. デオ730形に流用されたのは設計の都合もありパンタグラフのみで、台車や主要機器は車体とともにすべて廃棄されている。

叡山デオ600形[編集 | ソースを編集]

  1. 京福時代最後の新製車だったが、非冷房と旧品流用の吊り掛け駆動が災いして900系への淘汰対象となり車齢20年足らずで過半数が廃車された。
    • 残る2両も運用縮減で余剰廃車となり車齢30年前後で全滅した。

山陽5000系リニューアル車[編集 | ソースを編集]

  1. リニューアル前はクロスシートがメインだったが、阪神線内での混雑緩和のため編成中央の2両のみ1-2列の転換クロスシートになった他はロングシート化されてしまった。
  2. リニューアル2本目がリニューアル完了直後の2020年に阪神尼崎車庫内で暴走事故を起こし、6両のうち4両が2022年に廃車になってしまった。
  3. お陰でリニューアルは中止されて代わりにオンボロ3000系を急遽リニューアルすることに。また、6000系の増備も中止されてしまった。
  4. 阪神から車両を譲渡しようにも視界の狭い5001形の置き換え真っ最中で窓の大きい8000系の置き換え車両すら導入できない状態。もしもう少し遅れていたら譲渡も実現できていたであろう。
  5. その後のリニューアル再開時については、リニューアル済みの残党2両が、新たにリニューアルされた4両と組んで営業復帰する等、番号がカオス化している。
    • この関係で5002Fの3連化で抜かれた5501がリニューアルに早々と供される噂も絶えない。
    • 本当に電装されリニューアルに供出されたが、これにより編成構成がカオス化する羽目になる。

大阪府都市開発(泉北高速鉄道)100系[編集 | ソースを編集]

  1. 南海6100系をベースに製造されたが、セミステンレス製車体だったために早くも1990年代後半から2000年にかけて引退を強いられた。
    • こちらも台車は6300系に流用され、冷房装置が高松琴平電鉄へ譲渡され同社の車両で再利用されている。

北大阪急行8000形[編集 | ソースを編集]

  1. 「ポールスター」の愛称で知られ、登場した1986年当時の最新技術を盛り込んだ車両だったが、9000形の登場に伴い、登場後30年にも満たない2015年に初の廃車を出してしまった。
    • 特に御堂筋線10連化に伴う増結車は1995~96年の製造で、製造後20年足らずで廃車された車両もあった。
  2. 乗客の評判は上々だったが、回生ブレーキの失効速度が高く、運転士にとっては運転しにくい車両だったらしい。
    • そのため、9000形への置き換えが行われなかった車両にはGTO-VVVFからIGBT-VVVFへの更新が行われた。
  3. 9000形登場後に残った車両については車内のリニューアルも行われたが、更新前からLED案内表示器があった8006Fを除き車内案内表示器の取り付けは行われなかった。
    • そのため、北急及び御堂筋線を走る車両の中では他の車両よりサービス面で見劣りする車両になってしまった。
    • 車両構造の都合で設置困難なため、ゆくゆくは9000形により淘汰される方針となっている。

水間鉄道モハ250形[編集 | ソースを編集]

  1. 全鋼製車体で車齢も10年前後と若かったが、機器類の経年劣化と下記501形の転入による保守作業の合理化の煽りで2両とも廃車された。

水間鉄道501形[編集 | ソースを編集]

  1. 南海時代、水間時代は問題がなかったが、野上電気鉄道譲渡後、橋梁の耐荷重量をオーバーしたことが災いし一度も運用に就かず解体。
    • その解体費用が全額野上持ちとなったため、野上電気鉄道の廃業を加速させたとも言われる。

野上電気鉄道80形[編集 | ソースを編集]

  1. 補助金打ち切りと施設の改修作業の必要性が原因で注文が流れた哀れな車両。
    • これにより叡山電鉄800系の登場が早まったとも言われる。

神戸市営地下鉄3000形[編集 | ソースを編集]

  1. 1993年に登場した神戸市営地下鉄では初のVVVF車だが、2019年から6000形が登場したため、車体や走行機器の更新が行われなかったことから2021年に登場後30年足らずで引退を強いられた。車両を最低でも40年以上使うことが多い関西では異例の短命車両だった。

関連項目[編集 | ソースを編集]