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ざんねんな鉄道車両事典/関西私鉄

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大手私鉄

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大阪メトロ

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大阪市交通局時代の車両を含みます。

  1. 万博を前に大量投入されたが、製造コストを下げるため極限まで簡素な仕様となり、特に座席はFRPにビニールレザーを貼っただけの座り心地の悪いものだった。
    • 後に通常のモケットになったが、それでも硬かった。
  2. アルミ車体とセミステンレス車体の双方がある上、顔の異なる旧7000・8000形の編入車や元北急の車両もあって内容は千差万別。
    • 1980年代以降御堂筋線への10系導入に伴い他線への転属が行われたが、編成短縮→余った中間車を活かし不足する先頭車を新造、が行われたため同じ編成内でも車両によって製造時期が異なる編成があった。
    • 1973年以降はマイナーチェンジした新30系となり、こちらも少し異なる。
  3. 新30系に関しては平成になって冷房改造されたが、大多数の車両は新20系投入に伴い廃車となった。中には製造後10年経たずに廃車になった車両もある。
    • 3043・3543・3597の3両、1984年に製造された最終増備車で3043Fと3097Fの中間車が初期車だったため巻き込まれる形で1993年に廃車された。
  1. 堺筋線開通に伴い登場した車両だが、斬新な外観と対照的に車内は30系に毛が生えたようなものだったため利用客に不評だった。
    • 接客レベルの高い阪急車両と比較されるからなおさら。
    • 阪急車両が全車両冷房車になってからも非冷房だったため、特に夏場は敬遠された。
  2. 平成に入って冷房改造が行われたが、全車両には及ばなかった。
    • 過半数の車両は非冷房のまま平成初期に廃車された。
    • 66系や阪急車と比べて冷房の効きが悪かった。
  1. 2022年に中央線では久しぶりの新車として登場し、斬新な側面デザインも注目されたが、1年後の2023年に完全な新型車両の400系が登場したため、影が薄くなってしまった。
  2. 2025年の万博終了後は谷町線に転用される計画のため、側窓にブラインドが設置されていない。
    • んなモンどこでもそう。地下線に限られない。
      • 大阪の夏は途轍もなく暑いのでブラインドは必須。かつてJR223系で省略した車両を入れてクレームが殺到したこともある。
    • 万博終了後も引き続き中央線に在籍する400系にはちゃんとブラインドが付いている。

6000・6100形→800・900形

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  1. 先に登場したはずなのに60系が6000番台を使うため形式変更を余儀なくされた。
  2. 911号車は余剰になり製造後10年たたずに廃車された。
  3. 最終的には付随車化されて谷町線に転用され、5800・5900形に再改番された。
    • だが元からの50系より全長が1m長かったためこれを組み込んだ車両は後に行くほど乗車位置がずれるという現象が起こった。
  1. 1960年に御堂筋線の輸送力強化用として登場したが御堂筋線での活躍は1969年2月までの9年間だけだった。
    • 1970年の大阪万博開催を控え御堂筋線の車両を30系に統一することになり旧型車含め1969年までに御堂筋線から追い出されることに。
  2. 御堂筋線の30系統一後も2両4ユニットは各国からの貴賓が渋滞に巻き込まれたときや警備上の問題がある時の輸送用として残されていたが一度も使われずに万博閉幕を迎えた。
    • 車内はベージュ色の絨毯にひじ掛け付きソファを1両につき5脚設置、英語の案内用テープ再生機を備えており、いつでも動かせるよう入念な整備と特別な清掃を行い万国博中央口まで試運転を行っていた。
      • 50系が北大阪急行に乗り入れた実績はこれが唯一である。
  3. 御堂筋線から撤退後は谷町・中央・千日前線の主力車両として活躍し1970年代にはラインカラー化が行われたが、白っぽい緑色に塗装されたものの下塗りをしていなかったため外板に凹凸が目立ち見苦しかった。
    • 中央線所属車両は近鉄東大阪線に乗り入れ奈良県に進出したものの馬力不足で生駒トンネルの上り勾配でスピードが出ずに遅れがちになり、早期に撤退を強いられた。
  4. 1994年に完全引退したが、特にサヨナラ運転は行われず、サイレント引退だった。

山陽電気鉄道

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5000系リニューアル車

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  1. リニューアル前はクロスシートがメインだったが、阪神線内での混雑緩和のため編成中央の2両のみ1-2列の転換クロスシートになった他はロングシート化されてしまった。
  2. リニューアル2本目がリニューアル完了直後の2020年に阪神尼崎車庫内で暴走事故を起こし、6両のうち4両が2022年に廃車になってしまった。
  3. お陰でリニューアルは中止されて代わりにオンボロ3000系を急遽リニューアルすることに。また、6000系の増備も中止されてしまった。
  4. 阪神から車両を譲渡しようにも視界の狭い5001形の置き換え真っ最中で窓の大きい8000系の置き換え車両すら導入できない状態。もしもう少し遅れていたら譲渡も実現できていたであろう。
  5. その後のリニューアル再開時については、リニューアル済みの残党2両が、新たにリニューアルされた4両と組んで営業復帰する等、番号がカオス化している。
    • この関係で5002Fの3連化で抜かれた5501がリニューアルに早々と供される噂も絶えない。
    • 本当に電装されリニューアルに供出されたが、これにより編成構成がカオス化する羽目になる。
      • 場合によれば5600または5601の廃車の噂まで出ている。
  1. 阪神で導入しているホームドアに合わせるためか、全長がこれまでの山陽車両の標準(19m)よりも少し短い18.88mになっている。
    • これは乗り入れ先の阪神の車両と同じ。ただ阪神は先頭車だけ運転台の分10cm長い18.98mなのに対しこちらは先頭車も中間車と同じ長さ。そのため6連の場合阪神車よりも20㎝短い。
  2. 3連を2本連結した6連で直通特急に運用されることもあるが、他の山陽車と異なりオールロングシートとなる。


近江鉄道LE10形

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  1. コスト削減の為需要の少ない本線八日市〜貴生川に投入したレールバス。しかし…
  2. 収容力のせいで特にラッシュ時は単行では使えず、合理化に貢献できず。
    • 更に車重のせいで踏切が動作しないこともあったとか。
  3. 結局老朽化の早期進行もありたった10年で運用から外された。
    • 引退後は電車運転に戻った。電化設備を撤去しなくて良かったと考えられる。
  4. そんな曰く付き車両でも、近江鉄道初の冷房車という地味な名要素があったりもする。

叡山デオ300形

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  1. 叡山初の高性能車で京阪直通も目論んでいたが現場からの扱いの悪さや騒音問題も露呈し車齢30年足らずでデオ730形に更新された。
  2. デオ730形に流用されたのは設計の都合もありパンタグラフのみで、台車や主要機器は車体とともにすべて廃棄されている。

叡山デオ600形

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  1. 京福時代最後の新製車だったが、非冷房と旧品流用の吊り掛け駆動が災いして900系への淘汰対象となり車齢20年足らずで過半数が廃車された。
    • 残る2両も運用縮減で余剰廃車となり車齢30年前後で全滅した。

嵐電モボ501形

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  1. 将来のワンマン運転を見据えてそれまでの前後扉から前中扉に変えたが、かえって乗降時の動線を悪くしてしまった。
    • 結局この構造は京福では普及せず、以降の車両は前後扉に戻った。
  2. 使い勝手の悪さからモボ503、504の2両は車齢20年と経たずに廃車となった。
    • だが残ったモボ501と502は2016年に前後扉にするなどの改造がされ、活躍の幅が広がった。

北大阪急行8000形

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  1. 「ポールスター」の愛称で知られ、登場した1986年当時の最新技術を盛り込んだ車両だったが、9000形の登場に伴い、登場後30年にも満たない2015年に初の廃車を出してしまった。
    • 特に御堂筋線10連化に伴う増結車は1995~96年の製造で、製造後20年足らずで廃車された車両もあった。
  2. 乗客の評判は上々だったが、回生ブレーキの失効速度が高く、運転士にとっては運転しにくい車両だったらしい。
    • そのため、9000形への置き換えが行われなかった車両にはGTO-VVVFからIGBT-VVVFへの更新が行われた。
  3. 9000形登場後に残った車両については車内のリニューアルも行われたが、更新前からLED案内表示器があった8006Fを除き車内案内表示器の取り付けは行われなかった。
    • そのため、北急及び御堂筋線を走る車両の中では他の車両よりサービス面で見劣りする車両になってしまった。
    • 車両構造の都合で設置困難なため、ゆくゆくは9000形により淘汰される方針となっている。

水間鉄道モハ250形

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  1. 全鋼製車体で車齢も10年前後と若かったが、機器類の経年劣化と下記501形の転入による保守作業の合理化の煽りで2両とも廃車された。

水間鉄道501形

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  1. 南海時代、水間時代は問題がなかったが、野上電気鉄道譲渡後、橋梁の耐荷重量をオーバーしたことが災いし一度も運用に就かず解体。
    • その解体費用が全額野上持ちとなったため、野上電気鉄道の廃業を加速させたとも言われる。

野上電気鉄道80形

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  1. 補助金打ち切りと施設の改修作業の必要性が原因で注文が流れた哀れな車両。
    • これにより叡山電鉄800系の登場が早まったとも言われる。

神戸市営地下鉄3000形

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  1. 1993年に登場した神戸市営地下鉄では初のVVVF車だが、2019年から6000形が登場したため、車体や走行機器の更新が行われなかったことから2021年に登場後30年足らずで引退を強いられた。車両を最低でも40年以上使うことが多い関西では異例の短命車両だった。

関連項目

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