もしあのプロ野球選手があの球団に移籍していたら/は~わ行
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- 外国人選手はもしあのプロ野球選手があの球団に移籍していたら/外国人選手で。
は行[編集 | ソースを編集]
長谷川良平[編集 | ソースを編集]
- 中日(名古屋)への移籍話がありました。
- 広島→中日
- 広島は最下位が続き、大洋の代わりに松竹と合併していた。
- 中日は昭和30年代にもう2、3回優勝していた。
- 長谷川は200勝を達成していた。
- 中日で引退してコーチに就任していたかも。
- そして中日の監督になっていただろう。
平田良介[編集 | ソースを編集]
- FA行使していた場合ヤクルトが獲得に乗り出すだろうと報じられていました。
- 中日→ヤクルト
- 中日への補償は金銭。
- 2018年にはウラディミール・バレンティン、青木宣親と強力な外野陣を形成し球団のシーズン2位に貢献していた。
- それどころか優勝も有り得た。
- 但し史実通りの出場試合数だった場合2021年のリーグ優勝・日本一には貢献できていない。
- 引退時には盛大なセレモニーが行われた。
- 中日では平田の移籍で空き枠となった右翼手で激しい競争が繰り広げられていた。
- 高橋周平が史実より早く中日のキャプテンを務めている。
- 2023年シーズン終了時点でも現役を続けている。
広沢克己[編集 | ソースを編集]
- 1997年オフに金銭トレードの話があったようです。
- 巨人→横浜
- 1998年の優勝に貢献していたと思われる。
- 駒田と併用か代打の切り札かは不明。
- 阪神移籍は史実通りの気がするが、史実より後になったかも。
福本豊[編集 | ソースを編集]
- 1988年オフに阪神でプレーすることを考えていたそうです。
- 阪急→阪神
- 2~3年間プレーしていた。
- 引退後は、阪神でコーチをやっていた。
- 史実でも阪神でコーチに就任していたが、もっと早まっている。
ま行[編集 | ソースを編集]
槙原寛己[編集 | ソースを編集]
- 巨人→中日
- あの完全試合はもちろんなかった。
- 1994年は中日が優勝していたかも?
- 最終決戦で登板した場合、負け投手になった可能性が高い(ここ一番の勝負に弱いため)
- 確か1985年の対阪神戦でバース・岡田・掛布に3者連続ホームランを打たれたのも槙原だったっけ?
- 槙原の1994年の成績が史実通りなら巨人はそれだけ勝利を失い、中日がそれだけ勝利を増やすことになるから、中日がリーグ優勝していた可能性が高い。ただし、よりによって日本シリーズの大事な場面で西武打線に打たれていた可能性は否定できない。
- 1996年は巨人の選手に3連打を浴びた。
- 福岡ドームでの完全試合も無かった…?
- むしろ中日で完全試合を達成していたかも。
- 地元出身かつ、槙原自身も「プロ入りするなら巨人か中日」と宣言していたこともあって、中日ファンから大いに歓迎されていた。
- 背番号は巨人時代と同じ17番になるだろう。上原晃(史実では中日を退団する1996年まで背番号17を着用)は槙原が中日入りしていた場合、その時点で17番を剥奪されていたことになる。
- 1990年代後半の中日の先発ローテは今中慎二・山本昌・槙原の三本柱が顔となっていた。
- 1996年は抑えを務めていたかもしれない(史実では抑え候補として獲得した宣銅烈が不調のため、中山裕章がその代理を務めた。槙原自身も1998年以降は抑えに抜擢されていた)。
松坂大輔[編集 | ソースを編集]
- 西武→ヤンキース
松坂が入札制度によるMLB挑戦を表明した際、ヤンキースは40億円もあれば落札できると予測していましたが、Rソックスが60億もの資金を出したために獲得を逃す形となりました。ではもしヤンキースが落札し、入団していたら?
- 2007年のヤンキースは地区優勝できていた。
- 2008年もポストシーズンに進めていた。
- 日本人MVP1号になっていた可能性も。
- 早ければ2009年か2010年のオフにはヤンキースを退団していたかも?
- 帰国が早まっていればソフトバンクに入った史実ほど劣化しなかったかも?
- 無論、井川慶は別の球団に入団していた。
- 2014年現在もMLBに在籍していた。
松中信彦[編集 | ソースを編集]
- ソフトバンク→オリックス
2013年にFAでソフトバンクに復帰した寺原隼人の人的補償として獲得が噂されましたが、結局人的補償として移籍したのは馬原孝浩投手でした。もし、噂通りオリックスに移籍していたら?
- 代打の切り札として重宝された。
- 2000本安打は達成できていたかも。
- ソフトバンクの弱点を知る松中の力もあって2014年のパ・リーグはオリックスが制していた。
- 安達了一は背番号「3」を松中に譲り別の番号を背負っていた。
- 馬原孝浩はホークス一筋で引退し、そのままコーチとなっていた。
丸佳浩[編集 | ソースを編集]
- 広島→ロッテ
2018年オフに広島からFA宣言した丸は千葉県出身ということもあり巨人だけでなくロッテも大型契約を提示して獲得を目指しましたが結局獲得には至りませんでした。もしロッテに移籍していたら?
- 地元出身の大スターということでロッテファンからは拍手喝采で迎え入れられた。広島ファンも「別リーグで地元のロッテなら仕方ないか」と受け止めたため、史実に比べてバッシング・批判の声はずっと少なかった。
- 史実でトークショーにて「丸が来なくて良かった!」と発言し問題になった清田育宏は丸入団で尻に火が付いて奮起or「俺はもうこれで終わりだ…」と意気消沈し戦力外のどちらかだろう。
- 仮に2019年オフに戦力外にならなかったとしても背番号1を剥奪されていたかもしれない。
- もしかしたら鴨川市(ロッテの秋季キャンプ地。丸の故郷・勝浦市に隣接)でオープン戦や一軍公式戦が開催されていたかもしれない。
- かたや丸獲得に失敗した巨人は29年前の「巨人はロッテより弱い」発言を蒸し返され、他球団ファンから煽られていた。(ちなみに件の騒動で渦中の人となった加藤哲郎は一応広島OBだったりする)
- 長野久義は翌年以降もそのまま巨人でレギュラー。
- ポジションが被る荻野貴司・岡大海に影響が与えられたかもしれない。
- 清田育宏含めた3人のうち誰かが巨人にトレード放出されたかも。
- 荻野はレフト起用で。
- 清田育宏含めた3人のうち誰かが巨人にトレード放出されたかも。
- 広島の補償は金銭になっていた可能性大。
- 2019年のロッテはAクラスになっていただろう。ペナントでソフトバンクを圧倒していた(17勝8敗)ためCSファーストステージでソフトバンクを破っていた可能性もかなりある。
- もし西武をも破り日本シリーズに出場、史実通り相手が巨人の場合は4.の通りになるだろう。
- 丸獲得に成功していた場合はレアードを獲得していない(というより資金的にレアードまでは獲得できない)だろうしどうだろう…?
- もし西武をも破り日本シリーズに出場、史実通り相手が巨人の場合は4.の通りになるだろう。
- 2019年の巨人はセ・リーグを優勝できたか?できたとしてももっと僅差になりそう。
- 巨人ではなくDeNAが優勝していたかもしれない。
- 2020年も優勝できていても史実より僅差で、阪神か中日が優勝していたかもしれない。
- 大島洋平がセ・リーグ2019年外野手部門ベストナイン(史実では得票数4位で惜しくも落選)に選出されていた。
- ブランドン・レアードはロッテではなく巨人か阪神に移籍していた(史実では丸獲得のために用意し、結果的に余っていた資金を流用する形でロッテが獲得)。レアード巨人移籍の場合は外国人枠の関係上ビヤヌエバを獲得していなかったり、ゲレーロがシーズン途中で解雇されていたかもしれない。
- 丸の背番号は史実で提示されていた通り井口監督が着用していた6番が有力だが、1番(清田から剥奪)・9番(福浦和也の引退後に継承)になっていた可能性もある。
- 登場曲に、『Brave Freak Out』か『Axxxis』が使われた可能性も。
- マーティンや福田を獲得していないかもしれない。
- マーティンやレアードを取れていなければロッテの成績は史実とたいしてかわらないが、左翼荻野・中堅丸・右翼マーティン・DHor一塁レアードを実現できていれば、2021年に日本一だった可能性がある。
- ロッテは2020年か2021年にリーグ優勝し、日本一になっていた。
- 2022年もAクラス入りできていた。
三浦大輔[編集 | ソースを編集]
- 横浜→阪神
- ベイスターズファンからバッシングを受けていただろう。
- 逆に最後の砦を奪われた横浜ファンに自殺者が多数出た可能性も。
- 2010年オフにLIXILの要求を丸呑みして身売りし、数年後に新潟に移転していた。
- 当時の横浜の弱さだったらバッシングでは無く仕方ないかという気持ちが勝ちそう。
- 人的補償で阪神の選手が横浜に移籍していただろう。
- おそらく、辻本賢人投手が横浜に移籍することになっただろう。
- 阪神の成績にはあまり影響しなかった。
- むしろ、金村曉同様、殆ど活躍できず戦力外になったかもしれない。
- 引退後は阪神には残らず、引退時期にもよるが谷繁元信に呼ばれて中日で投手コーチをやっていた可能性が高い。その後遅くとも与田剛が監督になる前に退団。
- 横浜出戻りはいまだ果たせていない。横浜の一軍投手コーチは2019年も篠原貴行が担当し、二軍監督は2020年から新沼慎二になっていた。
- 横浜の背番号18は1年間のブランクを経て清水直行が着用。その後また1年開いて久保康友に受け継がれた後、2019年からは上茶谷大河が着用している。
- 史実通り上茶谷が2024年度の現役ドラフトで放出されていた場合、ここで小園健太に継承されていた。
村田修一[編集 | ソースを編集]
村田がFA宣言した際、中日と阪神も獲得に名乗りを上げていました。もしも村田が入ったのが巨人ではなくそのどちらかだったら……
- 共通する事
- ラミレスは史実通りDeNAに移籍した。
- 2014年時点ではリーグ優勝を経験できていない。
- 巨人の三塁手は現在も固定できていない、或いは中井大介がレギュラー。
- 横浜の人的補償は投手。
- 藤井秀悟はそのまま巨人で現役生活を全うしたか戦力外通告を受けて他球団へ移籍。
- 打撃投手にはなっていないかも。
- 移籍先のフロントと衝突することさえなければ、史実と同時期に引退することはなく現役引退が史実より遅れていた。
- そのため、2000本安打も達成できていた。
- 背番号25は筒香嘉智が継承するのは史実通り。
- 横浜→中日
- エクトル・ルナを獲得する事はなかった。
- 人的補償の投手次第でDeNAは2013年、2014年のどちらかにCS進出できていたかも。
- 堂上直倫が京田陽太の入団まで遊撃のレギュラーに定着した一方で、高橋周平と福田永将の出場機会は史実より少なくなった。
- 福田は史実より早く外野に挑戦し、左翼手のレギュラーとして定着した可能性も。
- 2012年オフのトニ・ブランコらのDeNA移籍は史実通りか。
- 中日はセ・リーグ3連覇を達成できていただろうか?
- 横浜→阪神
- ゴールデングラブ賞は獲得できている。
- マウロ・ゴメスを獲得する事はなかった可能性も。
- よって、2014年の日本シリーズ出場はなかったかも。
- 新井貴浩共々併殺を量産し、結局2chで乙女と罵られていた。
- 史実通りに2014年にゴメスを獲得していた場合、新井兄弟の出譲機会は大幅に減っていた。
- 新井貴浩のその後は史実通り。
- 今成亮太も三塁にコンバートされなかった。
村田兆治[編集 | ソースを編集]
- ロッテ→阪神
1982年オフ、肘の故障とロッテの不人気ぶりから阪神移籍を志願するも、阪神側の交換要員が決まらず破談となりました。
- 復帰した1985年には、阪神優勝に大きく貢献していた。
- 村田の引退までは、阪神の成績は史実ほど悲惨にならなかった。
- 場合によっては1985年セリーグの投手タイトルを総なめにしていた。
- この場合小松辰雄(85年最多勝・最優秀防御率・最多奪三振)・北別府学(85年最高勝率)の獲得タイトルが減っていた。
- 1985年の阪神優勝・日本一が「エースなき優勝」と言われることはなかった。
- 弘田澄男とともに、1974年のロッテ日本一・1985年の阪神日本一をともに経験した選手になっていた。
- 引退後は阪神のコーチに就任していた。
- 一方、ロッテは1982年から1994年まで13年連続Bクラスを経験していた。
- 1984年は史実と変わらず2位で終われたのでは。
- 1985年は史実通りAクラス入りできたとしても3位止まりになっていた。
- 阪神でも木戸克彦を袴田英利同様鍛え上げていた。
元木大介[編集 | ソースを編集]
2005年、巨人から戦力外通告を受けた際にオリックスと楽天からオファーを受けてましたが、浪人してまで巨人に入団した経緯もあって現役引退を選びました。もし、この時点で他球団に移籍してでも現役続行する選択をしていたら…
- 共通事項
- 巨人のコーチに就任していたか不明。ましてやヘッドコーチなどもっとなさそう。
- 在籍した球団でコーチをやっていたかもしれない。
- ヘキサゴンで「モッキーナ」と呼ばれることも縄跳びでアキレス腱を断裂することもなかった。
- 巨人→オリックス
- 同じくオリックスへ加入した清原とまた行動を共にする形になった。
- 清原や中村紀洋と同様、「地元の星」として歓迎されていただろう。
- 2球団でチームメイトとなった金本・新井コンビ(広島→阪神)が清原・元木コンビと比較されていた。
- 2008年の関西ダービーでは清原・元木コンビと金本・新井コンビがポスターに起用されていた。
- 右の代打として、少なくともあと2~3年程度は現役を続けていた。
- または塩崎の代わりに二塁手でレギュラーを張っていた。
- 大引啓次のブレイクが遅れていたかも。
- 2008年のオリックスのAクラス入りを見届けて、清原と共に引退した。
- 引退試合が清原と同じ対ソフトバンク戦だった場合、間違いなく王監督から花束を貰っていた。
- そして学生時代のエピソードを引き合いに出されていただろう。
- 引退試合が清原と同じ対ソフトバンク戦だった場合、間違いなく王監督から花束を貰っていた。
- 巨人→楽天
- ノムさんに干されることが無ければ、楽天の成績は史実よりマシになっていた可能性も。
- フェルナンデスは一塁かDHに回されていた。
- 場合によっては、2006年のベストナイン獲得は微妙なところになっていたかも。
- 引退後は、地元局の解説を中心に、仙台のローカルタレントとして活躍か?
やらわ行[編集 | ソースを編集]
山沖之彦[編集 | ソースを編集]
- オリックス→ヤクルト
1994年オフにヤクルトの監督である野村克也氏の誘いを受けていました。
- 史実よりも長くプレーしていた。
- 1995年、1997年の日本シリーズに出場していた可能性が高い。
- 引退後は、ニッポン放送、フジテレビジョンの解説者を務めていた可能性が高い。
- 娘さん(宝塚歌劇団宙組・芹香斗亜さん)がタカラジェンヌになることがなかったか、あっても境遇がかわったはず。なお、夫人は、元タカラジェンヌの白川亜樹さんで、宝塚歌劇団の・小川友次理事長は、阪急ブレーブス広報担当の前歴あり。
山口俊[編集 | ソースを編集]
- DeNA→中日
- 2017年に暴行事件を起こした際にクビ、そのまま消えるかどこかに拾われていた?
- いやせっかくのFA獲得選手だし、中山裕章でさえ受け入れた中日のことだからあっさりクビにまではしないだろう。
- もし事件がなく、2019年に史実通りの活躍をしたとすれば中日はクライマックスシリーズに出られていた。
- DeNAの補償は誰になっただろうか?
山崎武司[編集 | ソースを編集]
- 中日→横浜
2001年オフにFA宣言し、一時は金銭面で好条件を提示した横浜ベイスターズ移籍へ傾きましたが、シーズン後に新しく監督となった山田久志の慰留もあり実現しませんでした。 もしも慰留がなく、このまま横浜へ移籍していたら?
- 平井正史との交換トレードはなかった。
- 史実通りに谷繁元信が中日へFA移籍し、同時に中村武志も横浜へトレード移籍した場合、『実質的な世紀の大トレード』と史実以上に騒がれたかも。
- 中村が楽天に移籍した際、同時に楽天に移籍した可能性も。そうなった場合は史実と同じ。
- コックスとウッズのどちらかは獲得しなかった。
- 田代コーチの下で再生に成功した場合、2003年の本塁打王はタイロン・ウッズではなく山崎だった。
- 取らなかったのがコックスだった場合は横浜の最下位はなかったかもしれないが、ウッズの場合は……
- 選手生命は史実より短かった。
- 楽天発足前に引退していたかも。
関連項目[編集 | ソースを編集]
| もしあのプロ野球選手があの球団に移籍していたら |
|---|
| あ~こ/さ~の/は~わ |