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もしあの人物の総理大臣就任が実現していたら

  • 順番は年代順になるようにお願いします。
  • このページでは過去に総理大臣就任実現の可能性があった人について取り扱います。元ネタがない人に関してはもしあの人が内閣総理大臣になったらへの投稿をお願いします。
    • 冒頭に元ネタの文章を書いていただければ幸いです。

徳川家達

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  1. 大隈重信の再登板はなかった。
  2. 徳川家が首相?と世論は賛否両論。
  3. 解散総選挙を行うも、与党勢力が大敗して辞任していたしれない。
  4. 第1次世界大戦の日本参戦に影響が出ていた。
    • 場合によっては参戦しなかったかも。

石原莞爾

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  1. 東條英機は前線に飛ばされている。
    • しかしそのお陰で彼はA級戦犯になることはなかった。
  2. どっちみち、太平洋戦争は起こっていた。
  3. 日中戦争はもっと早くに終わっていた。
  4. 満州国の元首は皇帝ではなく大統領になっていた。
  5. 石原内閣の閣僚の大半は皇道派の軍人で固められた。
    • 当時の陸軍には「皇道派」と「統制派」の2つの派閥があったが、石原は皇道派の中心人物であり、東條は統制派の中心人物であるため。
      • いいえ、石原莞爾は、皇道派でも統制派でもどちらでもないと見られていました。ただ、皇道派からすると、自分たちの真意は分かってくれるはずだという期待感はあったようですが。

宇垣一成

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宇垣が組閣できなかった理由については宇垣一成#組閣流産についてを参照。

  1. 第二次世界大戦の日本参戦はなかったor仮に参戦していたとしても攻撃開始が史実(1941年12月8日)より若干ずれ込んでいた。
    • 後者の場合、第二次世界大戦の終結(史実では1945年9月2日)も。
  2. 政界の惑星と呼ばれることはなかった。
    • ちなみに、↑は宇垣氏のことです。
  3. 当然のことながら林銑十郎が首相になることはなかった。
    • 宇垣内閣が流産したことにより林に大命が降下したため。
  4. 陸軍大臣に果たして誰が就任するのか…。
    • 陸軍が陸相を送るのを拒否したのが宇垣内閣流産の原因であるため。
    • 軍務大臣(陸軍大臣・海軍大臣)任用制が改正され予備役・後備役の大将・中将が陸相・海相に就任できるようになれば、宇垣自身が陸相を兼任。
    • 軍務大臣任用制を改正出来ず現役の大将・中将しか陸相・海相に就任出来なければ、宇垣が現役の軍人時代に自らの子分だった小磯国昭・杉山元・梅津美治郎のうちの誰かが就任。
  5. 子孫の宇垣美里アナウンサーの知名度がもっと上がっていた。
  1. =山崎首班工作事件が成功していたらである。
  2. 吉田茂の知名度が地味になっていた。
  3. 衆議院議長と首相を経験した稀有な人物となっていた。
  4. 民主党や日本社会党との連立政権になっていただろう。
    • この過程で民自党が分裂していたかもしれない。
  5. 田中角栄はますます反米になっていた。
  6. 茨城県唯一の総理大臣になっていた。

二階堂進

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1984年に中曽根康弘再選阻止を目指して擁立を画策しましたが…

  1. 田中角栄はこの時点で失脚していた。
    • 二階堂は田中の側近で「何としても裁判をかたづける」と主張していたので、案外影響力を保持していたかもしれない。
  2. 公明党や民社党との連立政権になっていたかもしれない。
    • 逆に新自由クラブは野党になる。
    • むしろ自民党は現実より早くに分裂していた。
  3. 国鉄分割民営化などの三公社民営化が行われたか怪しい。
    • それでもプラザ合意は行われていただろう。

安倍晋太郎

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  1. 吉田松陰記念館で蝋人形がひっそりと置かれることはない。
  2. 韓国よりの政策を次々に実行してしまう。
    • 統一教会との関係も強化される。
  3. 安倍晋三が史実通り総理になっていたら親子三代でやっていることに。
  4. なにかと小渕総理と比較されていた。
  5. 松原照子著『宇宙からの大予言』に書かれた「恐怖の男・安倍氏」は普通に安倍晋太郎の首相就任を予言したものと解釈され、「実は安倍晋三のことではないか?」などと言われることはなかった。
  6. もしかしたら悲願の憲法改正を実現していたかもしれない。

渡辺美智雄

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  1. 羽田孜は首相になれなかったかもしれない。
  2. もしこの時点で自民党から大量に離党者が出ていたら、村山政権も誕生しなかった。
    • 自民党の勢力が現実より小さくなっていた。
  3. 過去のアメリカ人侮辱発言のせいで日米関係がうまくいかない可能性が高かった。
  4. 息子の喜美が自民党を離党する際に新党を結成して民主党と連立政権を組むという噂が出ていた。

土井たか子

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  • 1989年の社会党マドンナ旋風の際に、土井首相待望論も出たが、もしも実現していたら?
  1. 可能性があるなら、1989年参院選勝利→1990年総選挙勝利→政権交代…といった具合か?
  2. 当然、日本初の女性首相となった。
    • 女性閣僚を積極的に登用しただろう。
      • 兵庫県出身者としても初の首相だった。
        • そのため、1995年の阪神・淡路大震災の時も復興に尽力していた。
        • 関西出身でもあることから2008年の大阪夏季五輪招致には現実以上に力を入れていただろう。場合によっては招致成功していた。
    • 2025年に史実通り高市早苗が首相になってもそれほど大きな話題にならなかった。
  3. ただし、土井内閣は社会党単独の政権になったかどうかは微妙。
    • 社民連あたりと連立を組んでいた可能性が高いか?
      • 共産党以外の野党(民社・公明・社民連)で連立…という線もありそう。
    • ただ史実のように自民党と連立を組むことはなかったかも。その場合社会党の凋落はなかった。
    • うまくいけば、自民党と社会党の二大政党制になれた…かも?
  4. ただ、同じ社会党の村山富市は、首相になれなかった可能性大。
  5. 現実よりも女性優遇が進んでいた。
  6. 北朝鮮との国交正常化交渉が進んでいた。
    • しかし、拉致問題は公式になかったことにされるかもしれない。

河野洋平

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  • 1995年の参院選後に当時の首相村山富市から後継総理を打診されましたが辞退しました。もし就任していたら?
  1. 総理大臣になれなかった自民党総裁になることはなかった。
  2. 1995年の自民党総裁選は河野の再選で決まった。
    • 史実では河野は立候補せず、橋本龍太郎が当選した。
  3. 当然「河野家は総理になれない」というジンクスはなかった。

小沢一郎

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1999年、自由党時代

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  1. このころは新自由主義者だったので、小泉改革のようなことをやっていたかも。
    • 史実の小泉改革が「小沢改革」の名で現実より早く、長期的に行われていた。
    • 「小泉不況」ではなく「小沢不況」が起こっていた。
    • それでも郵政民営化をやっていたかどうかは微妙。
  2. 民由合併が無いため、いまでも小沢は右派のまま。
    • 民主党は勢力を増さず、2009年の政権交代は起こらない。
  3. 一部ネットで嫌われることは余り変わらない。
    • この場合、ネット右翼からは「愛国者」と呼ばれ、ネット左翼や陰謀論者は「アメリカの傀儡」といっていただろう。

2009年、民主党時代

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  1. だいたいそんなにかわらない。
  2. =西松事件に巻き込まれなかったらである。
  3. 菅内閣はなく、消費税増税発言がなかったため、2010年参院選は民主党が圧勝していた。
    • 人権擁護法案や外国人参政権まで可決していてもおかしくない。
    • 自民党を離れる議員が続出していた。
  4. 下手したら2013年までやっていたかも。
    • 東日本大震災の影響から、直ぐ様辞任していたと考えられる。

加藤紘一

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2000年の加藤の乱が成功していたらの話。

  1. 2ちゃんねる開設2年目で2ちゃんねらー総理誕生。それによりひろゆきはもっと高い地位を築く。それはそれで嫌だなあ…
  2. 自民党内部の2ちゃんねる化ももっと早くに進行していた。
  3. 大川隆法の予言が的中したと話題になる。
    • 大川は1991年の講演で、加藤紘一が総理大臣になるという予想を述べていた。
  4. (他の歴代総理が史実通りなら)加藤友三郎、加藤高明に続いて3人目の加藤姓の総理大臣となっていた。

田中真紀子

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90年代末から2000年代頃にかけて、巻き起こった『田中真紀子首相待望論』。もし真紀子総理が実現していたら?

  1. 新潟県民は狂喜乱舞!
  2. 国民人気は、父親と同程度かそれ以上となったかも。
  3. 父・角栄と比較されるのは、必至。
    • 政策路線的には、父の政策を踏襲していたか?
  4. 旦那の直樹氏を、要職に就かせていたかも知れない。
    • 「直"紀"」だから。

海江田万里

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もし2011年民主党代表選の結果が過半数or決選投票で野田佳彦に勝っていたら、

  1. 小沢一郎による傀儡政権だった。
  2. 「新党きづな」は結成されなかった。
    • まして「国民の生活が第一」や「みどりの風」、未来の党は尚更。
  3. 民主党分裂や2012年衆議院解散は無かった筈。

野田聖子

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  1. 日本初の女性首相になっていた。
  2. 女性活躍がますます推進される。
    • しかし、高市早苗、稲田朋美といった反野田の女性議員は干されていた。
  3. それでも夫婦別姓は実現しない。
  4. 表現規制推進されてオタク涙目。
    • オタクは左傾化する。
  5. 官房長官は小渕優子

2012年に就任していたら

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もし2012年自民党総裁選の結果が過半数に達したor決選投票で安倍晋三に勝っていたら、

  1. 安倍晋三の歴代最高記録は無かった。
    • その場合、長期政権にならず、2022年7月に射殺されることもなかったかもしれない。
      • その場合、2020年代前半の出来事と言えば、新型コロナ、ウクライナ侵攻、能登半島地震。
      • 当然ながら旧統一教会問題もなかった。
        • その場合、被害に遭った信者が立ち上がることもなかった。
          • 当然ながらその被害に遭った信者も社会問題になることもなかった。
        • その場合、法人等による寄附の不当な勧誘の防止等に関する法律もなかった。
      • その場合、東京五輪汚職事件もなかったかもしれない。
      • それでも岸田文雄の新型コロナ、ウクライナ侵攻、能登半島地震の対応は史実通り。
        • 岸田文雄襲撃事件は史実通りか。
      • その場合、政治資金パーティー収入の裏金問題は隠蔽されていたかもしれないもしくは史実より判明も遅れていた。
      • その場合、安倍派5人衆もなかった。
  2. 安倍晋三は幹事長に再就任していた。
  3. 2015年総裁選の結果はどうなっていただろうか。
  4. 「イシノミクス」になっていた。

今村雅弘

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  1. 「撤回しなさい!」と怒鳴りまくって、結局辞任。

小泉進次郎

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  1. あらゆる発言がネットのおもちゃにされる。
    • だからこそネットのおもちゃにされるのです。
  2. 小泉進次郎が日本の総理大臣になる。
    • それとともに滝川クリステルがファーストレディーになっていた。
  3. 就任会見抜粋「日本は今のままではいけないと思います。だからこそ、日本は今のままではいけないのです。農水相時代、備蓄米の放出により米の値段を下げようと尽力いたしました。それは首相になっても続けます。そうするとどうなるか。米が安くなるんです。日本は、今、激動の時代に置かれています。私は、日本国の内閣総理大臣として、様々な事態に全力を捧げる所存であります。それはなぜかというと、日本国の内閣総理大臣だからです。」
  4. 1981年生まれ、弱冠44歳での首相就任と言うことでバブル世代や団塊ジュニア世代を差し置いて一気に若返っていた。
  5. あらゆる意味で父親の小泉純一郎と比較されるだろう。
    • 父親が引き起こした負の側面についてもクローズアップされるだろう。

もし民進党代表を辞任してなかったら、

  1. 民進党分裂は無かった。
  2. 台湾との関係が悪化していた。
  3. 果たして自由党は民進党に合流していただろうか?
  4. 内閣や自民党役員に積極的に情勢を登用。
    • ただ、野田聖子あたりは冷や飯組となっていた可能性大。
  5. 1990年代に京阪のCMに出ていたことが話題になっていた。
    • 「元祖おけいはん」とも言われていただろう。

高市早苗

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2024年に就任していたら

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もし、2024年総裁選で勝利していたら?

  1. 安倍晋三政権の政策を踏襲していた。
    • アベノミクスならぬ「サナエノミクス」なる経済政策を打ち出したかも。
  2. この時点では公明党の連立離脱はなかったかもしれない。
    • 国民民主党が高市内閣に協力していた。
      • ただし、閣外協力の可能性が高い。
  3. 2025年の参院選で参政党が大躍進することはなかった。
    • 小幅に積み増す程度で二桁は行かなかっただろう。
  4. 言うまでもなく史上初の女性首相となっていた。
    • 同年の「今年の漢字」は「女」になっていたかも(史実では「金」)。
  5. 2025年の大阪・関西万博の開会式や閉会式に呼ばれていた。
    • 自身が関西(奈良)出身なので喜びもひとしおだった。

玉木雄一郎

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2024年衆院選で惨敗した自公連立政権が、もし国民民主党を連立入りさせ、玉木首相が誕生していたら?

  1. もちろん石破茂は退陣。
    • 自民党総裁の座も追われていただろう。
      • 自民党総裁の後任は、高市早苗か小泉進次郎あたりか?
  2. 立憲民主党や共産党などから「裏切り者」などと糾弾される。
  3. 国民民主党側からは、103万円の壁を178万円まで所得制限を設けずに引き上げることを連立の条件として提示する可能性が高い。
    • あと、ガソリン税の暫定税率の廃止なども。