もしあの鉄道車両が○○だったら/関西私鉄
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- もしあの鉄道車両が○○だったら/南海電気鉄道
- もしあの鉄道車両が○○だったら/阪神電気鉄道
- 当初計画通り1989年頃に10連化が行われていたらそうなっていた。
- 1700形は全車両10系後期タイプの車体を持つ車両となっていた。
- 増結が1990年代初頭に行われた場合でもデザインは10系に合わされていた。
- 1101F~1104Fもリニューアルが行われていた。
- 2010年代に入って30000系に置き換えられていた。
- あるいは、試作車の組み込まれた1101Fのみリニューアルの対象から外れた。
- 21系の新造両数が減っていた。
- ついでに御堂筋線に狭義の20系(50番台あたり?)が入線していた。
- 恐らく中百舌鳥延伸に伴い1986年から投入されていた。
- 史実の10系1117F以降に相当し、10系は1116Fで増備終了となっていた。
- 車番は50番台になっていたか、登場順序的にこちらが30番台となり、1989年投入の谷町線用が50番台となっていた。
- 最大10両編成に対応するため、一部機器が異なっていた。
- 加速度も他の20系よりも少し高かった。
- 10連化に際しては10系の中間車をバラして組み込まれた。そのため元10系の20系が登場していた。
- リニューアルや廃車に関しては史実の10A系と同じ。
- リニューアル時にIGBT-VVVFへの更新が行われたが、中央線用と異なり車内のリニューアルも行われていた。
- 1986年10月に近鉄東大阪線がの長田~生駒が開業し、50系も生駒まで乗り入れましたが、パワー不足が問題になりました。
- 中央線の50系初期車は6両化の上全て谷町線に転用されていた。
- 中央線で50系6両編成は見られなかった。
- 代わりに谷町線の30系が抑速ブレーキ取付などの改造を行い、中央線に転属していた。
- それでも20系や24系の増備に伴い谷町線に出戻りしていた。
- 中央線に30系冷房改造車が登場することはなかった。
- 後の谷町線20系⇔中央線24系のトレードと比較されていた。
- 史実では1973年以降に製造された新30系のみ冷房改造されました。
- 1969年以降に製造された車両が対象になっていた。
- それでも1967年製造の旧7000・8000形や1968年製造の先頭車は改造対象から外れていたが、元北急車は改造の対象になっていた。
- 車内は史実の冷房改造車と同様のリニューアルが行われ、評判の悪かった小窓の側扉も新品に交換されていた。
- 谷町・四つ橋線は史実より多くの車両が改造されたほか、中央・千日前線にも冷房改造車が入っていた。
- 但し御堂筋線はさすがに新車投入になっていた。
- 新20系の投入両数が現実よりも少なかった。
- 逆に30000系の登場は数年早まり、投入数も多かった。
- 御堂筋・谷町・中央線の他四つ橋・千日前線への投入もあった。中央線は30000A系以前の市営時代に投入されている。
- 逆に30000系の登場は数年早まり、投入数も多かった。
- 回生ブレーキを装備するため、現実よりも省電力になっていた。
- それとともにVVVF制御ほどでもないものの、トンネル内の温度上昇が抑えられていた。
- 第三軌条方式としては唯一初めての界磁添加励磁制御車だった。
- 同じ地下鉄車両で界磁添加励磁制御車に改造されていた営団5000系と比較されていた。
- 堺筋線の60系も同様に界磁添加励磁制御に改造されていた。
- 引退(史実では2013年)が数年遅くなっていた可能性はあるが、それでも民営化(2018年)までは持たなかっただろう。
- 回生ブレーキのため省電力とされた。
- 冷房化の煽りでアルミ車のみ追加で改造された。
- 同時期に界磁位相制御に改造された近鉄8000系や1000系と比較されていた。
- 史実通り2013年に引退。
- 60系も後期車は界磁位相制御とされた。
- 恐らく近鉄東大阪線開業を機に千日前線から中央線に転属し、T車化改造が行われていた。
- 車番は50系に編入され、5100形か5600形になっていた。
- 中央線所属の50系に関しては抑速ブレーキ設置のほか、谷町線用と同様モーター出力アップも行われていた。
- 1編成の中で両開きと片開き扉の車両が混在していた。
- 本系列は奈良県への乗り入れを果たしていた。
- 1970年代に四つ橋線50系のT車として組み込む構想がありましたが、実現しませんでした。
- 製造後20年足らずで廃車されることはなかった。
- 四つ橋線における50系の活躍が現実よりも長かった。
- 四つ橋線からの撤退は1980年頃だった。
- その後はモーター出力アップの上谷町線に転用されていた。
- 四つ橋線からの撤退は1980年頃だった。
- 1編成の中で両開きと片開き扉の車両が混在していた。
- 「キハ」以外の称号は本形式が初めてとなりました。
- キハ700となっていた。
- 史実上のKR200とKR300もキハ710やキハ720あたりとなっていた。
→もしあの鉄道車両が○○だったら/南海電気鉄道#泉北線の車両
- 分社化後にSM-3直通ブレーキに改造されましたが、これが電気指令式ブレーキだった場合を考えてみる。
- 発電制動が復活していた。
- 当然、ブレーキ能力が向上したが、ブレーキランプが設置された。
- マスコン・ブレーキハンドルはそのままとなった。
- 予算が嵩んだ関係でモ601形は主電動機まで流用した吊り掛け駆動となった。
- 2個モーターの1C2M構成とされ、素子は三菱製のGTOサイリスタとされた。
- 代わりに2012Fが電機子チョッパ制御に改造された。
- しかも回生ブレーキ対応とされる。
- 2002 - 2007は電装解除・中間車化の上で3000系に組み込まれましたが、電動車を維持された場合はどうなっていたか考えてみる。
- 3ドア化は不可避だが、運転台撤去は2003・2005・2007のみとされた。
- これらは3600形とペアを組んだ。
- 後に2009も2ドアのまま運転台撤去されたが、こちらは2600形と組んだ。
- これらの編成のみブレーキ方式をHSC化された。
- 制御装置を3000系と同一品のものに交換・ユニット方式化された。
- ただし2000Fとステンレス車は交換対象から外れた。
- 2012Fはユニットの中にT車を挟む構成とされた。
- 最悪、2012Fは281の代わりに電機子チョッパ制御に改造された。
- 3200系は登場しなかった。
- 2300系も電装解除されず晩年を迎えた。
- 5000系の5030系組み込み編成の一部が増備の煽りで4連に戻された。
- 界磁添加励磁制御を採用しましたが、界磁チョッパ制御やVVVFインバータ制御も検討されていたようです。
- いずれも3200系の登場はあり得ない。
- 最初の2編成のみに終わっていた。
- その2編成ですら2300系の2000系発生品による性能ダウンの煽りで3000系に編入された。
- 最初の2編成のみに終わっていた。
- 界磁チョッパ制御
- おそらく三菱製の制御機器を採用していた。
- 主電動機は近鉄8810系の同等品が採用された。
- もしくは阪神8000系か阪急7000系のどちらかと共通設計となっていた。
- VVVFインバータ制御
- 富士電機製のPTr素子のものを採用し、走行音が901系A編成に類似した。
- この場合は1C2M×2群または4群の構成とされた。
- 主電動機は近鉄1420系・3200系で実績のあるMB-5014系を採用。
- 5030系登場でIGBT素子のものに交換された。
- 時期的にGTO素子の可能性もある。それも初期GTO。
- 富士電機がGTOを扱えたかどうか……。無理なら三菱を採択していた。
- 準大手私鉄では早期のVVVF制御採用ということで新京成(当時)8800系と比較されていた。
- 鉄道友の会ブルーリボン賞あるいはローレル賞を獲得していたかもしれない。
- 2022年の尼崎脱線事故で5006-5007-5503-5237が廃車になりましたが、これ以外だった場合を考えてみる。
- 5503-5237-5253-5603だったら
- 5006-5007は予定通り5703-5803に改番された。
- 5002Fが6連化され、代わりに5022Fが4連となった。
- 5253-5603も廃車されていたら(編成丸ごとアウト)
- 5000系のリニューアル自体が完全に取りやめとなった。
- 5008Fや5000Fのリニューアルも2026年時点にてお預け。
- デザインは総合車両製作所が担当しましたが、製造は近畿車輛が行いました。
- 間違いなくステンレス車体となっていた。
- 総合車両製作所のsustina車体を持つ関西では唯一の車両となっていた。
- 外観はさらに東急2020系に似たものとなっていた。
- 同じく東急車輛→総合車両製作所が製造を担当した南海8000系と比較されていた。
- 南海が8300系以降近畿車輛に鞍替えしたので、現在では関西で唯一総合車両製作所が製造する車両となっている。