もしあの鉄道車両が更に増備されていたら/関東私鉄
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史実では両形式合わせて3両の製造に留まりましたが、もし、所属車両全車置き換えに至るまで増備していたら?
- 留萠鉄道や羽幌炭礦鉄道からの譲渡車は本形式によって淘汰されていた。
- キハ205にも何らかの影響があった。
- JR東海からキハ11形を譲受することはなかった。
- 三木鉄道ミキ300-103も。
- キハ11形鋼製車は東海交通事業持ちの200番台を含め全車がミャンマーへ譲渡されていた。
- JR東日本キハ100系の譲受は路線延伸に合わせての実施になっていた。
- 2両編成1本のみ在籍ですが、もし上信電鉄の車両が全て7000形になっていたら?
- 150形、200形、250形、500形、1000形、6000形は引退に追い込まれていた。
- このうち500形は近江鉄道へ再譲渡され同社100形の一員になっていたかも。
- 上信電鉄は全て自社発注車両で固める珍しい中小私鉄になっていた。
- 上信電鉄は全車両が冷房化していた。
- JR東日本から107系を譲受することはなかった。
- 伊豆箱根鉄道や流鉄も類型車を導入した。
- 当初から8両編成として登場していた。
- 8両編成30本の陣営になっていたかも。
- 代わりに直流車の1000系の数が減っていた。
- 当初から8両編成として登場していた。
- JR直通が早めに登場していた事、野田線から日光方面直通列車が増えていたら増備が行われていた。
- 7両編成になっており、7号車と4号車は個室になっていた。
- 野田線の全線複線化及び春日部駅高架化が早かった場合、特に250系が増備されていた。
- 70000系と同じく7両編成として登場していた。
- 250系は廃車にならなかった。
ここでは1800系が全車改造された事を仮定
- 1819Fを含め300系6両5本・350系4両6本の布陣となっていた。
- 史実よりしものつけ・きりふき・ゆのさと・南会津の運転本数は多かった。
- 当然1800系の通勤改造は無かった。
- 史実通り500系に置き換わっていた。
- 2022年7月現在も増備が続いている。
- JR宇都宮線の直通や柏⇔日光or桐生の運用が出ていたかもしない。
- 70090系は新造されず、半蔵門線や日比谷線直通対応編成も出ていたかも。
- その場合は、小田急MSEと同じ6+4両編成の車両も表れていた。
- 春日部駅で日光線方面と伊勢崎線方面で分割運行も増えていた。
- 東武動物公園ではなくて?
- 春日部駅で日光線方面と伊勢崎線方面で分割運行も増えていた。
- その場合は、小田急MSEと同じ6+4両編成の車両も表れていた。
- 100系、200系もいち早く全滅していた。
- 6両編成版も出ていたかもしれない。
2000系のうち、車齢の若い中間車を活用して6両編成に改造した車両。6編成登場予定だったが、2編成だけに留まった。
- 野田線の大型化が遅れていた
- 史実通りに野田線から撤退なら支線に転用されていた。
- その場合、3両編成に改造され、3000系列の置き換えに回されていた。
- 史実通りに野田線から撤退なら支線に転用されていた。
- その後冷房化されていた。
- 2000系の最終増備車も野田線に回され、同種の改造を受けていた。
- さらには界磁添加励磁制御化も受けていた。
- 史実上では3系列合わせて236両の製造。これがさらに増備されていたら?
- 名車5700系も更新対象に含まれていた。
- 結果として+12両の248両で増備は終わっていた。
- 3000系は登場当初から車両管理のしやすい番号が振られていた。
- 2000系は登場せず、吊り掛け式の本系列で賄われた。
- 本系列の新性能版7000系(仮)が登場していた。
- 一部が冷房化されていた。
- 3070系も地方私鉄に譲渡されていた。
- 史実上では7800系分の合計162両の増備で終了。これがさらに増備されていたら?
- 7300系も更新対象に含まれていた。
- 結果として、更に増備されてもプラス58両の220両で終わっていた。
- 5010系、5090系が登場していた。
- 一部カルダン駆動化が行われていた。
- 結果として、令和に入ってもカルダン車の一部が残っていた。
- 全車が高性能化された場合、当時の10000系列と同じ制御装置で、逆に8000系の北関東ローカルへの転属は史実より早かった。
- ステンレス車体で更新された場合
- 相鉄2100系と並ぶゲテモノ車両の双璧を成すも短期間で更新打ち切り。
- 以後は完全新車となり、8000系の打ち止めも史実より早く(1980年増備終了を想定)、此方が東武初の界磁チョッパとなり、史実の8000系の最終数年分と10000系の数も合わせた数となり、合計300両前後となった。
- 先に挙げた更新組も冷房・高性能化され編入。
- 令和初期に漸く廃車が発生。
- 野岩鉄道や会津鉄道にも同型の車両が増備され、場合によっては会津鉄道が全線複線化していた。
- 最悪、野岩鉄道と会津鉄道は東武鉄道に吸収され、それによって会津若松駅~JR新宿駅及び東武浅草駅まで運行されていた。
- さらには、交直流電車の開発により郡山駅から中央林間駅までの直通列車も夢ではなかった可能性がある。
- 私鉄で最も増備された車両なのは史実通り。
- 「私鉄の103系」の異名も史実と同じである。
- インフレナンバーの発生は史実通り。
- 9000系と10000系の登場は史実通り。
- 当初から額縁スタイルのグループも後期型・末期型には存在。
- 色々言って、9000系と10000系の登場時期は史実と変わらない気がする。
- 9000系や10000系の増備が本格化して以降も長期間にわたって増備されていた。
- 「保守的な東武」の印象が史実以上に強くなっていた。
- 末期型はステンレス車体で製造された。
- さらには界磁添加励磁制御が本系列で本格採用されていた。
- 5000系列は登場しなかった。
- 東上線の8000系の置き換えが忠実より進んでいた。
- 副都心線直通車はこれと50070系に統一されていた。
- 野田線や東上線の大部分はこの車両になっていた。
- 8000系が史実より少なかった。
- 10080系と機器類を共通化したリニューアルが行われ、全車両VVVF化された。
- 結果として、8000系より先に廃車されたのは1両もなかった。
- 東上線は増備次第では、8000系は早期に廃車になって越生線や寄居以北のワンマン運転になる事はなく、池袋発着の10両で統一されていたかも。
- 野田線の車両が6両版として登場していた可能性も。
- それによってのちに10030系が野田線用に改造されるときは10080系に代わっていたかも。
- 第1編成も6両化して野田線に早期に投入され、野田線はこの系列で大半を占めていた可能性も。
- 2両編成が登場した場合、伊勢崎ローカルへの転用対象となった。
- 当然に2024年以降も現役。
- 伊勢崎線浅草〜曳舟と久喜以北で通勤車のVVVF率が0%になってしまうことはない。
- 東上線用に10両固定編成が大きく増加していた。
- 車番も30001など10両用の番号も設定された。
- もちろん、半直編成ものちに東上線に登場し、ワンマン用の8000系すら10両化に伴い撤退した。
- 車番も30001など10両用の番号も設定された。
- 東上線系統から早く8000系が撤退した代わりに、半蔵門線用は一部、野田線に転属されていた。
- 10両固定編成の一部は有楽町線や副都心線への直通も行われた。
- チョッパ制御の9000系を地上線専用に速めに転用し、この編成と50070系、9050系を直通専用にしていたかも。
- もしかしたら半蔵門線乗り入れは開始から館林まで走っているかも。
- 東上線用に10両固定編成が出た場合は9000系列を地上線用にして当形式の10両編成と50070系列で副都心線、東横線、相鉄線への直通を行っていた可能性も。
- アルナ車両で作った車両も存在した。
- 後期車は、阪急9300系をステンレスで作ったような見た目になっていた。
- 東上線向けの10両貫通編成は90000系への代替対象から外れる。
- 東武50000系は半蔵門線乗り入れ用の50050系、有楽町線・副都心線乗り入れ用の50070系、TJライナー用50090系など合わせて400両が製造されましたが、東武伊勢崎線曳舟~久喜・東武動物公園~南栗橋の半蔵門線直通電車と東上線池袋~小川町間の車両が全て50000系列になっていたら?
- 30000系の東上線転属や9000系の副都心線乗り入れ改造、10000系リニューアルはなかった。
- 一部のこれらの車両はワンマン運転線区に改造され転属していた。このため8000系は引退に追い込まれていた。
- 噂されていた8000系の上信電鉄譲渡が実現していたかもしれない。
- 9000系は副都心線に乗り入れず、2013年に引退していたかもしれない。
- いや、9000系は9101編成と同様地上専用車になっていただろう。もしくはインドネシアに譲渡された。
- 9050系は史実通り副都心線に乗り入れていた。
- 6050系は2017年の快速廃止で引退していた。
- 一部のこれらの車両はワンマン運転線区に改造され転属していた。このため8000系は引退に追い込まれていた。
- 日比谷線乗り入れ用70000系は日比谷線乗り入れの他、浅草発着の久喜以遠直通列車にもつかわれていた。
- 野田線は全て60000系で統一されていた。
- 50000系列が平成の8000系と呼ばれていた。
- 必然的にインフレナンバーになってしまうので早期に改番が行われていた。
- 最悪、50870番台という8両編成版も出ていた。
- 9000系を全て地上線に追い出して東横線の直通はこの編成が担っていたかも。
- 川越特急や快速急行、快速の運用はこの車両でクロスシート運行が増えていた。
- 10両編成10本の陣容で朝ラッシュはモーニングTJとして使用された。
現在18編成が導入されているが、ここでは野田線在籍車両全てが60000系に置き換えられたという想定
- 野田線のホームドア設置駅が増えていた。
- 東武10000系に廃車が発生していた。
- そもそも10000系列の野田線転用は行われていないか、行われていても他に飛ばして8000系を潰している。
- 場合によっては7両編成になって輸送力増強を図った。
- 5両に減車などもってのほかだった。
- 80000系はスカイツリーライン向け5両編成となっている。
- 6両版として東武8000系を置き換えていた。
- 埼玉高速鉄道と直通すると8両版も出ていた。
- 10000系列に代わって浅草〜北千住の普通運用にも就いていた。
- 下手すれば野田線が7両対応していた可能性も存在した。
- 本線系統の地下鉄直通だけでなく、久喜・栃木駅以北の東武本線からJR大宮駅や新宿駅に向かう編成も現れていた。
- 東上線の9000系を相鉄東急直通線に併せて10両固定版の東上線用として運用されていた。
- 日比谷線が700番台。有楽町線、半蔵門線が0番台と呼ばれる事も。
- ATCの関係で導入せざるを得ない状況に。
- ゾロ目ナンバー77777が誕生していた。
- THライナーに失敗しても久喜駅及び栗橋駅以北の伊勢崎線及び日光線とJR宇都宮線を直通する編成も表れていた。
- それによって、JRと東武の直通が特急以外でも拡大され、館林駅及び東武宇都宮駅以南はJRとの直通も行われたかも。
- 東急電鉄や東京メトロに似たような車両が登場していた。
- 地下鉄直通のラビューも増えていた。
- 新宿線に増備された場合、7両版や東西線及び東洋高速鉄道の直通車も増えていた。
- 八高線や青梅線などを介してJR南武線の川崎駅直通編成も表れていた。
- 南武線は8両対応され、JRもE353系かE257系を直通していた。
- 秩父鉄道直通も検討されるのでは。
- S-TRAINを置き換えて地下鉄直通有料列車はラビューに統一していた。
- その場合、秩父へのアクセスを上げる為、新横浜駅まで運行対応を行い、新横浜駅の逆を拾う編成も出ていた。
- 逆に40000系0番台は全て新宿線に集結し、2000系の置き換えに回された。
- そもそもS-TRAINは存在しないのでは。
- 史実ではS-Trainより後にデビューした事、増備と東急側の設備事情で乗り入れていないから東急の対応次第で置き換えていた。
- オールVVVF4M4Tの編成が登場していた。
- 9000系も2000系に編入されていた。
- 特急「ちちぶ」・「こぶし」・「むさし」・「おくちちぶ」の本数が史実よりも多くなっていた。
- 「小江戸」の運転開始が早まった可能性もある。
- 富山地方鉄道に譲渡されていた車両数が史実よりも多くなっていた。
- 1998年頃まで現役で活躍していた。
- 新宿線が東西線に直通していた場合、車両数が増加していた。
- 特にアルミ編成が増えていた。
- 旧2000系の廃車も早まっていた。
- 副都心線直通の際には東西線直通編成の件もあり、全車新宿線に転属して、東西線直通専用車にしていた。
- 副都心線や有楽町線は新形式で対応した。
- 改造でなく完全新製VVVF車として更に本数は増えていた。
- 10両化も相まって101系や3000系などの3扉車の廃車も増えていた。
- 完全新製車は9050番台になっていたかも。
- 9500番台は置き換えに回されず逆に車内リニューアルがされて、池袋線から3扉車及び2000系を撤退させていたかも。
- 同番台のブレーキ方式はHRD-1R電気指令式ブレーキだったと思われる。
- 2000系がVVVF化されて9050番台に編入されていた可能性もある。
- 改造編成0番台はVVVF化されずに廃車された一方、新製VVVF50番台が池袋線集結した為、20000系や40000系0番台は新宿線メインの車両になっていたかも。
- 全車VVVF化が行われて、完全新造車はVVVF化された。
- 7両編成でなく個室のついた8両編成として出ていた。
- 池袋線及び新宿線の特急は8両固定になり新宿線でものちにラビューが導入された。
- 旧2000系の廃車が早まっていた。
- 国分寺線は8両対応がされて、8両と10両の割合も高まっていた。
- 場合によっては2両編成の列車も増えていたかも。
- 新宿線の8両の大半がこれになっていたかも。
- 3扉車は勿論、2000系列は6両編成を除いて全廃になっていた可能性も。
- 新宿線にも2両編成は増備された。
- 最悪、史実で没になった6両編成も用意され2000系が一掃された。
- 多摩湖線や多摩川線は2両編成を2つ繋げた4両編成が主流になっていた。
- 逆に国分寺線と西武園駅は8両対応になって8両固定編成が主力になって9000系と旧2000系が全廃された。
- 新宿線系統には2両編成の列車が更に増えていたかも。
- S-TRAINをラビューに置き換えた後、新宿線に全てそろえて2000系置き換えと合わせて拝島ライナー増発として増備していた。
- 0番台は全編成新宿線に集結して、拝島ライナー運用を徹する。
- 場合によっては国分寺駅発着列車も存在した。勿論、国分寺線の各駅が10両対応が前提だが。
- 0番台は全編成新宿線に集結して、拝島ライナー運用を徹する。
- シティライナーが好調だった場合や、スカイライナーの12両化していたら8両固定編成と4両固定編成の車両を増やしていたかも。
- その場合、京成は12両編成の車両を増やすかも。
- 成田スカイアクセス延伸後に160km/h運転対応編成を出して羽田空港や横浜方面のアクセスを担っていた。
- 160km/h非対応の列車は千葉方面から羽田空港のアクセスに回されるか廃車していた。
- 千葉線と新京成の直通運用を増備する目的で6~8両の車両を増備していた。
- 3500形は勿論、3600形も全て廃車になっていたかも。
- 成田空港用の他、千葉方面の優等列車のアクセスとして増備された。
- 3500形の置き換えも進められた。
- 北総線用の他に京成線内の3500形及び3600形の置き換え用とし使われた。
- AE100形の機器を流用して、VVVF編成を生み出していた。
- 勿論、3500形や3600形の置き換えに利用。
- 車端部のクロスシートもAE100形から転用される。
- 当初は全車両の改造が予定されていたが、24本中10本は未更新で残った。
- そもそも東急車輛製造製の車両がすべてオールステンレスだったらあり得た。
- 3000形の製造数が史実より8本程度少なかった。
- 3500形更新車の廃車が早まっていた。
- 史実では9編成しか導入されなかった。
- 3600番台が埋まる為3700番台も存在した。
- 次の形式が3700形ではなく3800形となっていた。
- 先頭車が電動車化改造され京急に乗り入れていた。
- 8両化では編成をバラさず3700形と同様の車両を組み込んでいた。
- 車体は3700形と同一だが、制御方式は既存の3600形と同じ界磁チョッパ制御。
- パンタグラフのシングルアーム化が行われていた。
- 本形式の置き換えは2020年以降だった。
- 3500形更新車の置き換えが優先されていた。
- 4両編成の車両が12両化と共に増えていた。
- 新京成線直通に併せて6~8両の車両を増やしていた。
- やはり北総鉄道の運賃が安くなって利用者が増えたら増備され、7000型の置き換えにも使われた。
- 住宅・都市整備公団にも同型車9200形が投入された。
- 史実の9200形は9300形、9800形は9200形9700番台となっていた。
- 7000形などの置き換えのみならず北総線の増便に併せて増備していた。
- 成田スカイアクセス開業や運賃が安かった場合、8両10本位は増備されていた。
- 京成沿線だけでなく京急も2100型に似た3扉車を増備して共通運用を図っていた可能性も。
- アクセス特急やエアポート快特に回された。
- 4両編成の車両も大幅に増加し、京急の快特運用を含めて12両運転が大幅に増加していた。
- 8両編成での増備が行われ、千葉線直通も増加していた。
- 京成3000型(2代)も本線6両各停を除き8両化された。
- 8800型および8900型の千葉線直通も増えていた。
- 新京成が8両対応になった上、千葉線直通車に当てられる可能性も。
- 新京成の利便性が高まって、千葉線自体も8両化が進んでいた。
- 8000型の置き換えだけでなく京成3100型などの置き換えに回されるかも。
- 当然、8両化も進んだ。
- 千葉線直通も早めにやっていたかも。
- 史実では3編成しか導入されなかった。
- 東武にも乗り入れていた。
- 場合によっては全車両が東武乗り入れに対応していた。
- 8590系の田園都市線転属はなかった。
- 5000系の導入が遅れていた。
- 東急8500系を転属させない限り、ちょっと経緯が想像できない。
- おそらく8500系は大井町線に転属していた。しかしそうなると東横線から外れた8090、8590系や9000系が大井町線に転属したのか怪しくなるな…
- 9004Fからは東横線の8000系置き換え用8両編成として、1998年頃まで製造される。
- 編成数次第では2020系が違う形式名になっていた。
- 6020系もそれに合わせた形式になっいただろう。
- 3020系も。
- 東横線にも本格投入されていた。
- 副都心線・西武直通も行っていた。
- 編成数次第では中間車を製造せずに3020系に置き換えていたかも。
- その場合は3020系は15編成以上になっていた。
- 3000系の置き換え及び8両化が早い段階で決まっていた。
- 少なくても3000系は大井町線に転用され5両化されていた可能性も。
- 新製当初から8両編成の車両も表れていた。
- 東横線が全駅全編成で10両化され、5050系は全て改番された。
- Y500系はY400系として増備。メトロ17000系も全編成10両固定編成になつまた。
- 2007年までの3年間で250両を投入する予定が、180両で打ち止めとなった。
- どちらにしろ8500系はある程度残るので2020系は史実通り開発されていた。
- それでも2020年の東京五輪(当初の開催予定年)を前に8500系は引退していた。
- 5050系及び4000系の製造に尽力を尽くすため6ドア車両の増結が遅れていたかもしれない。
- ホームドア設置の事も考えれば、下手すりゃ3年も使用されず廃車解体された車両も存在していた。
- 8500系は長野電鉄や秩父鉄道に譲渡され、在来車を置き換えていた。
- メトロ03系の長野電鉄譲渡は無かった。
- 恐らくサークルKの車両が2000系のみになるため、同車は田園都市線から早期に撤退していたかもしれない。
- =「日本航空が経営破綻しなかったら」(5000系の増備が打ち切られた理由の一つとされる)かもしれない。
- 5050系は日比谷線7両直通が作られる一方、中間車の一部は10両化に回され、4000番台が10両。5050番台が7両が中心になっていた。
- 目黒線の増備が早めになされていた。
- 8両化も早期で進んでいた。
- 一部編成は3000系を置き換えていたかも。
- 史実では1編成のみ実験的に投入された。
- あり得るとすれば大井町線→田園都市線に集中投入。
- 新玉川線との直通後は数編成が東横線に転属、残りが大井町線の折り返し運用に使用される。
- おそらく池上線か目蒲線で生涯を終えていた。
- 池上線の旧型車置き換えは史実よりも早かった。
- 初代3000系列は昭和のうちに引退していた。
- 池上線の旧型車置き換えは史実よりも早かった。
- 現在でも複数の地方私鉄に譲渡され活躍している(史実では上田交通のみ)。
- 大井町線品川延伸していたら急行列車増備の為に8両化した上で急行列車が増えていた。
- Qシートが1編成2両になっていたかも。
7700・7600系置き換え及び1000系の地方譲渡用に19本が製造される予定だったが、7本で打ち止めとなった。
- 2017年に増備が再開されましたが、ここでは当初の予定通りに増備が行われていたとします。
- 1000系1500番台は存在しなかった。
- 7700系及び7600系は2012年までに現役を退いていた。
- 2013年の日比谷線直通終了をもって東急1000系は引退していた。
- 上記の通り日比直から外れた1000系を池多摩線に転用する必要がないので、1000系の地方譲渡が更に行われていた。
- 史実では譲受しなかった弘南鉄道や北陸鉄道とかにも譲渡されていたかも?
- 岳南鉄道や豊橋鉄道に養老鉄道、熊本電鉄も有力。
- これにより捻出された旧7000系・7200系の一部は大井川鐵道に再譲渡され、16000系や21000系を置き換えていた。
- 史実では譲受しなかった弘南鉄道や北陸鉄道とかにも譲渡されていたかも?
上記7000系の増備再開後2018年までに7700系を一掃したが、さらに増備されていたら?
- 1000系は1500番台を含めて一掃されていた。
- これらは養老鉄道や伊豆箱根鉄道に譲渡されていた。
7915Fと同様の改造車が更に増備されていたら?
- =7915Fの故障がなかったら、である。
- 現在は7000系(2代)に置き換えられていた。
- 途中からは、阪急9300系みたいな東洋2レベルIGBTを搭載していた。
- 3000系、5080系、6000系、7000系、1500系も東洋IGBTを採用していた。
- ただでさえ400両も増備されたが、さらに増備されたら?
- オールVVVF8M2Tの編成が現れていた。
- 下ネタ車番デハ0721が現れていた。
- VVVF車も東武対応になっていた。
- 8090系にもVVVF編成が出てきていた。
- 9000系や2000系は計画されず、8500系、8090系のVVVF編成で対処されていた。
- 田園都市線が混雑していなければ10両版も登場していた。
- 大井町線急行にも活用された。
- 副都心線の計画が早めになされていたら10両版が登場していた。
- 下手すれば全便10両編成になっていたかも。
- 地下鉄直通編成も表れ、10両固定編成も出ていたかも。
- あるいは8両編成が6000系・7000系との併結に対応できるように改造していた可能性もある。
- 10両固定編成を大幅に増加させて、都営新宿線直通編成を大きく増やしていた。
- 30番台の割合も増えていた他、地上線用の0番台も10両固定編成がメインだった。
- 全便10両化の影響で京王電鉄は東武東上線や東急田園都市線などと同じく、全便4扉10両化で固定された。
- 都営新宿線の10両化も現実より早期に行われ、10-300形はR型を除いて全便10両化も実施された。
- 6両編成の車両が忠実より増加していた。
- 複々線完成次第では10両固定も増加して、80番台も早く10両化していた。
- 1257f〜1259fは千代田線直通。1260f以降は地上線専用になった。
- ワイドドア編成は江ノ島線用として6両編成の車両が新造4編成。改造4編成で8編成になっていた。
- 3000型8両の新造は少なくなっていたかも。
- 千代田線や常磐線直通は10両固定編成のみになっていた。
- 複々線化が早く完成していたら2000型10両化と共に本数が増えていた。
- 分割編成は早めに10両固定化させ、千代田線直通車が増えていたかも。
- ワイドドア車以外の6両編成が増えていた場合、6両全車と4両の6両編成分の編成が全て10両固定化していた可能性も。
- 4両編成の余剰車は10両固定化編成と箱根登山鉄道直通を除いて全て廃車になっていたかも。
- 複々線の進捗具合では10両固定編成を多めに出ていたかも。
- 当初はワイドドア車を除く160両に施工予定でしたが、98両にとどまった。
- 10両固定編成が増えていた。
- 1097Fは1055Fと1255Fの全車からの改造となった。
- 1051Fと1251Fは1098Fに改造されていた。
- 1053Fと1253Fは1099Fに改造されていた。
- 1081Fは番号を維持するが、中間車を1254Fから供出され、1254Fは1070Fとなった。
- 1981Fは10両化した場合、1090Fになっていただろう。
- 最終的に4連15本、10連10本に統一された。
- レーティッシュカラーの編成もリニューアルされていた。
- それでもワイドドア車の更新はあり得ない。
- 史実では8両編成9本が導入された。登場時は後に中間車2両を増備して、1000形同様に千代田線直通用となる計画があった。もしこれが実現していたら?
- 1000形とともに現在も千代田線直通用として運用に入っていた。
- 1000形1081編成(8両)も10両化されていた。
- 小田急車のJR直通化に伴い直通運用から退く。
- 3000形(2代)の8両編成がもっと製造されていた。
- 史実より9本または10本多く製造されていた。
- 4000形(2代)の製造が遅くなっていた。
- 新製当初からJRへの直通に対応していた。
- 基本優等列車として活躍し、小田原駅や藤沢駅にも定期運用で乗り入れていた。
- 1000型10両固定編成と共にリニューアルさせた上で、地下鉄直通編成を増やしていたかも。
- 複々線化が早期完成していたら10両固定化されていた上、地上線の本数増加の為に10両編成15本くらいは投入されていたかもしれない。
- 北綾瀬駅10両化や常磐線乗り入れが早く実現したらあり得ていた。
史実では特急増発用にSE車登場後格下げされることを前提として1編成のみ導入されましたが、もし、更に増備されていたら?
- 1700系を格下げに追い込んでいた。
- 準特急は設定されなかった。
- 2320形は登場しなかった。
- NSE登場とともに格下げされていた。
- 大規模な格下げ改造が祟って早期淘汰の対象になっていた。
準特急用として2編成のみの導入でした。
- 2300形はNSE登場まで特急車として使われた。
- しかし編成が異なるので予備車となっていた。
- NSE登場後はそのままの形で急行に転用されていた。
- ラッシュ時に適さない構造であるため、早期淘汰の対象になっていた。
- 箱根湯本行急行には本形式が充当されていた。よって、東武6050系のようなポジションになっていた。
- 場合によっては2600形以降もセミクロスシートないし車端部のみクロスシートの一般車が造られた。
- 全車両が6両か10両で統一される。
- 少なくても8両編成は無くなっていた。
- 複々線化が早く完成していたらあり得ていた。
- 逆に4両も出ていた。
- 6両編成は3251F〜3275Fになるのに対し、10両編成は3076F〜3097Fに統一された。
- 3076F~3089Fは8両編成用からの改番で全編成フルカラー表示かつ、LCD当再編に代わっていた。
- 6両の3276fおよび3277fはフルカラー故に10両固定化され、3096fおよび3097fに代わっていた。
- 千代田線直通車需要が大幅に増加していた。
- 千代田線直通運用が今以上に増えていた。
- 2600型の置き換えが更に進んでいた。
- 一部編成は新造当初からVVVF化されていた。
- 8067F+8267F以降の車両は1000型の鋼鉄車版だった。
- 一部編成は新造当初からVVVF化されていた。
- 複々線完成後は10両各停としての運用が大きく増えていた。
- 8両固定編成の列車が生まれていた。
- 2600型の廃車も史実より早かった。
- VVVF編成でのハイデッカーではない編成も現れた。
- ダブルデッカー部分は1階は全席個室化され、JR東日本の普通列車のグリーン車に近い編成に変わった。
- その編成は廃車されずに後に70000系やJR東海の新車と共に御殿場線の共通運用がされた。
- 史実では2編成のみの導入でしたが、もし、置き換え対象である10000形全車置き換えに至るまで導入していたら?
- 10000形は全編成長野電鉄へ譲渡。
- よって、253系は譲渡されなかった。
- 60000形の導入数が減っていた。
- コンセプトが違うからその辺りは史実通りだと思う。「あさぎり」の運用にVSEが入るとは思えないし。
- 調子に乗って7000形も置き換える。
- 7000形も史実より早く全廃されていた。
- 60000形は地下鉄直通特急とあさぎり運用分で製造を終わっていた。
- 2016年にシートサービスが廃止されることはなかった。
- それでも2020年頃には車内販売とともに廃止されていただろう。
- 70000形は登場しなかった。
- 少数派系列にはならなかったので、2022年限りで定期運用を終えることもなかった。
- ロマンスカーの地下鉄直通が増加していた。
- 場合によっては北綾瀬始発の列車も存在した。
- ホームウェイ需要を高める為に、4両編成が増えていた。
- ビジネス需要に応える為、電源コンセント設置編成が増えていた。
- EXEはリニューアルされず早期に全車廃車。
- 御殿場線直通に使われていた。
- 7両展望席故に個室付き編成が現れ、JR東海も展望席付き編成を出していた。
- VSEの補填用に2本増備された。
- きっかけは勿論例の事故。
史実では8両編成6本、4両編成6本72両が導入されました。
- 京急ウィング号の本数が史実よりも多く運行されていた。
- 休日の快特の一部も京急ウィング号になっていたかもしれない。
- 京急ウィング号は完全な無料列車になっていた。
- 久里浜線が三崎まで延伸していたら、可能性があった。
- 後継の2100形電車の車両数も多くなっていた。
- 浅草線・京成線方面の乗り入れ対応工事も後期車を中心に行われていた。
- もちろん成田スカイアクセス線にも対応。
史実では、8両編成8本、4両編成6本が投入されましたが、もっと投入されていたら…
- 1000形電車の廃車が史実よりも早まっていた。
- ツイングルシートは撤去されなかった。
- 6両編成が登場していた。
計画では、8両編成12本96両が製造される予定でしたが、8両編成10本80両で製造されました。
- 京急ウィング号の本数が史実よりも多く運行されていた。
- 久里浜線が三崎まで延伸していたら、確実にあり得た。
- 1編成が黄色塗装に変更され、「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」として運行していたかもしれない。
- 都交や京成も、転換クロスシートに対する理解を深めていた。
- 2000型と同じく4両編成も現れたかも。
- これが実現していたかもしれない。
- 8000系と9000系はメーカーが異なるだけで同時期に製造された車両なので纏めました。
- 相鉄6000系の増備は勿論、10両編成が大幅に増加していた。
- セミクロスシートが評判良かったのでセミクロスシートが増え、10000系以降でも採用を続けていた。
- そもそもE231系のパクリとしての10000系は登場せず、8000・9000系が2010年頃まで増備される。埼京線直通が決まった時にようやく10000系(史実の12000系)が導入される。
- 5000系の全廃も早かった。
- 一部編成がJR直通対応となった。
- 当該編成はJR線内に乗り入れる直角カルダン車としてファンから注目を浴び、現場から嫌われた。
- 同じ編成数だった場合は全車両10両化されていた。
- 7000系以前の置き換えと合わせて10両に推進していた。
- 8両編成の車両は全て10両化され、全車両10両運行になった。
- 相鉄・JR直通線が早まっていたら埼京線と相互直通で更に増備されていた。
- 12000系が誕生することはなかった。
- JRの相鉄車直通区間が川越まで延伸していた。
- 海老名駅〜川越駅間の運用が増える為、埼京線快速は武蔵浦和駅以北の本数減は避けられていた。
- 8000系、9000系に更新工事が全く行われず全廃されていた。
- 10000系や11000系にも廃車が発生していた。
- 相鉄車の東上線・西武線乗り入れが行われていた世界線。
- この場合でも、8000系・9000系は全廃されていた。
- 相鉄は、大手私鉄で唯一クロスシート車が一切存在しない会社になっていた。
- これの東武版として80000系、西武版として50000系が登場していた。
- 相鉄車の南北線・埼玉線乗り入れが本格的に行われていた世界線。
- あるいは、東横線各駅停車にも相鉄車が充当されていた世界線。
- 相鉄車の8両編成は、完全にこの形式に統一されていた。
- 10000系8連は20年も持たずに全廃。
- 都営10-300形と比較されていた。
- 10000系8連は20年も持たずに全廃。
- 4両固定編成の電車が大幅に増加していた。
- 少なくても全時間帯で2両編成運行は消滅していた。
- 全列車4両運行化と300形置き換えの為に、増備された。
- 現実より2編成増えていた。
- 300形は観光用の1編成を除いて全廃になっていた。
- 混雑緩和と1000形と300形の置き換えの為に増備していた。
- それによって江ノ電はVVVF化率と両開き扉を増やした。