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もしあの鉄道車両が更に増備されていたら/JR

少数派に留まった車両や完全な車両置き換えに至らなかった車両がもし、更に増備されていたら?

  • 新規追加は車種別に形式が若い順にお願いします。
    • 項目内に史実の導入編成数を書いていただければ幸いです。
  • 1年以上増備が行われていない形式でお願いします。
関連項目

200系H編成

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  • 所謂100系の顔をした200系であり、史実では6編成が製造されました。
  1. 100系と同時に開発・製造が行われていれば十分有り得た。
    • 民営化よりも前に投入される事になるので、こちらがG編成を名乗っていた。
  2. その代わりF編成の数が大幅に減っていた。
    • 連結器の構造を考えると、流石にK編成の登場には影響はないはず。
  3. どのみち勾配やら需要やらの影響で東北新幹線専用車になるのは変わりない。
    • E2系登場までは400系と連結する列車を除き、全ての「やまびこ」がこの車両で運用されていた。
  • 100系、200系H編成に続く2階建ての新幹線で、史実では6編成が製造されました。
  1. E4系と同時に開発・製造が行われていれば十分有り得た。
  2. その代わりG編成の数が大幅に減っていた。
  3. 全車引退ももちろん200系の後だった。

もしあの鉄道車両が更に増備されていたら/JR/電車

キハ25系1次車

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史実では5編成の製造で終わりましたが、もし、もっと多く製造されていたら?

  1. 武豊線のキハ75系の400・500番台を置き換えていた。
    • もちろん、余剰となったキハ75系400・500番台は快速みえや紀勢本線・参宮線のワンマン運用に回されていた。
  2. 2次車以降は同様の車内構成で前照灯を貫通路上部に増設した200・300番台として製造されていた。

キハ33形

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史実では50系客車から2両の改造で終わりましたが、もし、もっと多く改造されていたら?

  1. キハ120形は製造されなかった。製造されても史実より少なかった。
  2. オハフ50形からの改造で便所付の0番台が登場していた。
    • こちらの方が改造が容易だと思うので多数改造されていたかもしれない。
  3. 同じ種車のキハ141系・143系と比較される事が多くなった。
  4. キハ40系同様、体質改善工事が行われていた。
    • エンジンもコマツ製330psのものに交換されていた。
  5. 2015年現在でも活躍している。
    • しかし車齢を考えると老朽化は否めないのでキハ122・127系に置き換えられてもおかしくはない。
    • なので、キハ122・127系が姫新線以外にも投入されていた。

キハ75系

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史実では、快速みえ向けに1次車を2両編成×6本、2次車を2両編成×14本(うち6本はワンマン運転対応)の合計40両落成されたが、更に製造されたら。

  1. 400番台の製造数が増えた。
    • 99年製造車から仕様が変わった。
      • ドアチャイムの音色が313系と同じものに変わった。
      • ドアスイッチが乗降促進メロディ付きのものが付いた。
  2. 史実よりも早く高山本線に新造で導入された。
    • 紀勢本線、参宮線のワンマン普通列車の運用にも参入しみえと共用になった。
    • 富山県にも顔を出していた。
      • 場合によっては、富山駅まで乗り入れていたかもしれない。
  3. 途中からセミクロスシートになっていた可能性もある。
  • 史実では、68両のみの製造に終わりましたが、キハ85と同数の80両が製造されていたら?
  1. 南紀は相変わらず所定2両だが、富山ひだは所定がグリーン車付き4両、大阪ひだも所定がモノクラス4両となっていた。
  2. ホームライナー太多や急行かすがが復活した他、臨時急行いせが定期列車化された。

キハE120形

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史実では新潟地区用にキハ52・キハ58系置き換え用として8両の製造に留まりましたが、もし、キハ40系やキハ110系を置き換えるまでに増備されていたら?

  1. 片運転台車も登場していた。
    • 形式はキハE121・キハE122だった。
  2. キハ40系も置き換えていた。
  3. キハ110系までも置き換え対象となった場合、転出に追い込んでいた。
    • 只見線、八戸線あたりに転用されていた。
      • キハE130系500番台は登場しなかった。
      • この形式が只見線に転属することもなかった。
  4. キハE200形の存在が薄れていた。
  5. GV-E400系は秋田地区のみの導入に留まっていた。

キハ121・126系

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米子支社のキハ40系を全て置き換えていたら?

  1. 広島に227系が投入されるまで、國鐵廣島を語るときに「中国地方の南北問題」と揶揄されていた。

キハ130形

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史実では日高本線のみ11両の製造でしたが、さらに製造されていたら?

  1. キハ40の老朽化問題の影響は最小限にとどまっていた。
  2. 2016年にキハ40が完全引退していたかもしれない。
  3. なぜかほぼ仕様が同じ北海道ちほく高原鉄道の気動車を譲受していたかも。

キハ150形

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史実では、0番台が富良野線向けに10両・函館本線山線向けに7両、100番台が10両製造されましたが、さらに製造されていたら?

  1. キハ40の老朽化問題の影響は最小限にとどまっていて、2016年3月のダイヤ改正による普通列車の減便も最小限にとどまっていた。
    • 函館~札幌間の普通列車乗り継ぎが不便になることもなかった。
  2. その代わり、711系の置き換えが遅れていたかも。
  3. キハ150のみの6両編成を札沼線で多く見ることができた。朝夕の「ニセコライナー」札幌-小樽間も6両編成に。キハ201系は開発されなかったかも。キハ151・152(導入コスト低減のため片運転台車,片側の運転・車掌設備は準備工事)も投入される。「ニセコライナー」が繁忙期に,全区間4両編成で運行されたかも。
  4. 2023年の富良野線のH100形統一は史実通り。
  5. 道南いさりび鉄道はキハ40でなく当初からキハ150を譲受していた。

キハ160形

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キハ130形の事故廃車補充で1両のみの製造でしたが、キハ130形を完全に置き換えるまで製造されていたら?

  1. 日高本線にキハ40系が再配置されることはなかった。
  2. 1両しかないことを理由に休車になったりハイブリッド試験車に改造されることもなかった。
    • 代わりにハイブリッド試験車はキハ40の700番台から改造していた。
  3. 2015年現在でも活躍している。
    • 日高本線の災害廃線+JR北海道の経営危機後はあちこちの路線でキハ40置換に回される。

キハ183系1000番台

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1編成しか製造されませんでしたが、もう少し多く製造されていたら?

  1. キハ185を四国から譲渡する事はなかった。
    • その代わりJR東日本への譲渡が検討される。
  2. キハ40系列改造のD&S列車はそれほど多くなかった。
    • やっぱり水戸岡デザインにされてしまう。
  3. 783系のような貫通型の先頭車も登場していた。
    • 貫通型は本家のNN183系の前面デザインと同一になった。

キハ200系

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投入されたものの線区ごとに車種統一には至らず、在来車と混用された。もし、線区ごとに車種統一されるまで投入していたら?

全般
  1. キハ200形にも200番台・1200番台が用意された。
筑豊本線・篠栗線
  1. キハ66系は日田彦山線に転用されていた。
  2. 原田線にはキハ220形が投入されていた。
  3. 電化後は大村線はもとより、指宿枕崎線、香椎線にも転用されていた。
    • 日田彦山線か原田線だったかも。
香椎線
  1. 指宿枕崎線に転用されることはなかった。
  2. 在来車を転出に追い込んでいた。
  3. 蓄電池車投入後は別の線区に転属した。
指宿枕崎線
  1. 山川以南でも運用されていた。
  2. 香椎線からの転用はなく、残留していた。
  3. 指宿のたまて箱はキハ40系ではなくキハ200系からの改造車だった。
    • その場合キハ220-1102(中間に展望スペースがある)が使用されていた。
      • BE220は別の車両から改造されたか、まさかの新造となった。
  4. キハ58が史実よりも早々と全廃になってしまった。
  5. 肥薩おれんじ鉄道HSOR-100形は存在せず、キハ40系の譲受で全て対処された。
    • 今頃はYC1系の類型車で置き換えられている。
大村線
  1. キハ66系は日田彦山線か大分地区に転用していた。
  2. YC1系が長崎地区に投入されることはなかった。
  3. ふたつ星4047は存在せず、代わりにふたつ星200220が用意された。

キハE200形

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量産先行車が3両製造されているが、未だに増備には至っていない。ここでは小海線の全車両がキハE200形に置き換えられるまで製造されていたらと仮定。

  1. 片運転台のキハE201とキハE202が登場していた。
  2. 増備途上でHB-E200系としての増備になっていた。
  3. キハ110系は新潟地区に転出していた。
    • キハE120型は登場しなかった。
    • あるいはキハ40置き換えに只見線に転出していたかもしれない。
      • 非冷房車が多い八戸線に回された可能性もある。その場合、キハE130系500番代は登場しなかった。
  4. JR東日本では電気式気動車は導入されず、ハイブリッド気動車が製造されていた。
    • キハE130系100番台・500番台は無く、この車両の3ドア版が製造された。
      • HB-E210系が仙石東北ライン以外の線区にも導入されていたのでは?
        • 両運転台版も製造されていた。
        • その場合陸羽東・西線用のキハ110系を新潟のキハ40系置き換えや下記の観光用に捻出していたかも。
      • GV-E400系はHB-E400系としてハイブリッド気動車として製造されていた。
        • この車両をベースとしたH100形もハイブリッド車になっていた。
    • HB-E220系は車体構造がキハE130ベースとなった。
  5. JR東日本のやる気のない車両計画の1つに挙がることはなかった。
  6. リゾートしらかみ・リゾートあすなろ・リゾートビューふるさとは捻出したキハ110系から改造していた。よって、HB-E300系は登場しなかった。
    • リゾートビューふるさとは電化区間を走行するため、E127系から改造していたかも。
      • ステンレス車体なので難工事になりそう。
    • 種車は改造を容易にするため0番台から改造していた。
      • 「南三陸」「はまゆり」の指定席は廃止されていた。
      • 転出した車両の玉突きで改造種車とするため、0番台をねん出していた。
      • 上記のように陸羽東・西線にHB-E210系が導入で捻出された200番台から改造された可能性も。

キハ201系

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3両編成4本が導入されましたが、もし、更に増備されていたら?

  1. 札沼線に投入されている。
    • よって、キハ141系はキハ201系によって追われていた。
    • 片運転台では使い勝手が悪いので両運転台化改造されていた。
    • 札沼線が電化されることはなかった。
  2. JR北海道以外でも同種の車両が投入され、気動車と電車の協調運転が行われていた。
    • JR九州のキハ183系1000番台も再びその機能を活かしていたかも。
  3. むしろコストダウンのため、協調運転装置と車体傾斜装置なしで製造され、別の番台に区分されていた。
  4. 733系や735系も本系列との併結に対応していた。
  5. 733系1000番台は存在せず、はこだてライナー向けが本系列での運用となった。
  • 2015年に2両8編成のみ導入された。
  1. 両運転台車のHB-E210形も導入されていた。
  2. 東北本線黒磯郡山間や磐越東線にも導入された。
    • 流石に東北本線には導入されなかった。
      • 521系ベースの車両が導入され、羽越本線村上酒田間にも導入された。

キハ285系

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JR北海道が導入予定だった振り子式ハイブリッド特急形気動車。試作車3両が製造されたが、就役には至らなかった。もし、仮に量産車が増備され、就役していたら?

  1. 「北斗」「オホーツク」あたりに導入されていた。
    • 北海道新幹線開業絡みもあるので「北斗」には本形式が投入され、持て余したキハ281・283系を「オホーツク」に回していた。
    • 気動車の老朽化による車両不足もなかったので「サロベツ」は「宗谷」に統合され、「大雪」は設定されなかった。
  2. キハ261系の製造数が減っていた。
  3. 振り子式ハイブリッド車ゆえに製造コストが大きくなっていた。
    • 増備車では振り子機能が準備工事に留めていた。
  4. 試験車への改造が検討されることもなかった。
    • 仮に改造が実現した場合、マヤ35形は登場しなかった。
    • JR東日本からEast-Dの借用も解消していた。
  5. コストの関係上、試作車を除き北海道高速鉄道開発(株)の所有だった。
  • 史実では2010年~2019年に18両が投入されましたが、もう少し多く製造されていたら?
  1. キハ40系の観光列車の全てが置き換えられていた。
    • 「越乃Shu*Kura」もHB-E300系として製造されていた。
      • 場合によってはキハ110系を改造した「おいこっと」や「HIGHRAIL1375」もそうなっていそう。
    • 「リゾートしらかみ」のくまげら編成も置き換えられる。
  2. それでもJR東日本は地方交通線への特急運用には消極的なままだった。
  3. 一部の東日本の非電化路線への観光列車ももう少し増えていたかも。

土讃線の線形に対応できなかったため、4両で製造が打ち切られた。

  1. グリーン車との合造車が登場していた。
  2. 土讃線での運用に無理があるため、「うずしお」「むろと」「剣山」「宇和海」に投入されていた。
    • キハ185系や2000系を確実に置き換え、もしくは普通列車への格下げが行われていた。
  3. 2700形は登場しなかった。

41両が製造されたが、2000系は一部残った。

  1. 高知地区の2000系も完全に置き換えていた。
  2. 松山地区にも投入され、宇和海も全2700系化されていた。
  3. 剣山やむろとの置き換えは2600系改で賄われていた。

24系(夢空間仕様)

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3両のみ製造でしたが、もし、北斗星の全車両が置き換えられるまで投入していたら?

  1. 現実では登場しなかったA寝台1人用個室車、開放式B寝台車、B寝台2人用個室車、B寝台1人用個室車も製造されていた。
  2. 「カシオペア」は誕生にも影響が出ていた。
  3. 「トワイライトエクスプレス」の客車も新製されていた。
  4. 1・2号の受け持ちを考えるとJR北海道も夢空間車両を保有していた。
  5. A寝台ロイヤルやグランシャリオは博多あさかぜに転用され、ブルートレインの起死回生策に利用された。

12両のみ製造でしたが、もし、北斗星の全車両が置き換えられるまで投入していたら?

  1. 「カシオペア」は定期運用されていた。
  2. 「トワイライトエクスプレス」の客車も新製されていた。
  3. 史実通りA寝台(と食堂車やラウンジカー)のみの編成だった場合は「エルム」が定期化され、2015年まで運行が続いた。

ED76形550番台

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当初は複数機改造する計画であったが、青函トンネルを通る客車列車の機関車不足時はJR貨物からED79形50番台を借り受ける方針としたため、1機のみの改造に終わった。

  1. JR貨物からED79形50番台を借り受けることはなかった。
  2. 「トワイライトエクスプレス」等特定の列車に運用が集中されることはなかった。
    • とはいえ車体長の都合からED79形とは別運用となっていた。
  3. 2001年以降も活躍していた可能性もある。
    • ひょっとしたら北海道新幹線開業まで活躍していたかもしれない。

試作車1両と量産車19両の計20両しか製造されませんでした。

  1. 当初予定された1,600t牽引が実現していればあり得た。
  2. EF210形の登場が遅れていた。

EF500形・ED500形電気機関車

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試作車各1両のみの製作でした。もし、量産車が登場していたら?

  1. 東北本線に投入されるも、やはり過剰性能が問題となり、EF200同様に出力を抑えられていた。
    • 日本海縦貫線や九州にも投入されるが、同じく(ry
    • 少なくともED75の単機牽引だった列車は、EH500ではなくED500が仕業を引き継いでいた。
      • ED75の廃車が早まり、更新機も史実より少なかった。
      • 災害時には磐越西線の電化区間で臨時貨物列車も牽引した。
  2. EH500とEF510の登場が少し遅れていた。
  3. 日立は電気機関車の製造から撤退しなかった。
    • EF200の早期廃車はなかった。