もしあの鉄道車両が実用化されていたら/JR
製造・改造に至らなかった車両がもし、実用化していたら?
- 新規追加は「形式が若い順→形式不明(50音)」の順にお願いします。
- 便宜上、実際に導入された形式の改造車についてもこちらで扱います。
- 関連項目
- 勝手に鉄道車両開発/JR - 根も葉もない鉄道車両を作りたければこちらへ。
- もしあの鉄道車両が実用化されていたら/国鉄 - 国鉄時代に導入が検討されていた物はこちらへ。
- もしあの鉄道車両が更に増備されていたら/JR - 実際に導入された車両はこちらへ(試作車を除く)。

- 国鉄時代に計画されていた260km/hで運転可能な新型新幹線。JR東海が実際にモックアップを製作したこともある。
- 計画時代は国鉄時代からありますが、デザインが確定したのは民営化後の為こちらに置いてあります。
- 言うまでもなくこの車両が300系を名乗っていた。
- ハイデッカーやパノラマウィンドウなどの構造が災いして史実の300系よりも早く引退している。
- 少なくともあの構造じゃバリアフリー化は厳しいはず。
- 維持の問題などから「バブル期に作られた迷新幹線」などと評されていた。
- 引退後車両が保存されていたら間違いなく「リニア・鉄道館」に収蔵されていた。
- 史実の300系量産車の保存車の代わりに解体されていたかもしれない…
- 運転席が完全オープンであることから、乗客による運転妨害事件が起こり問題となる。
- ざんねんな鉄道車両事典/国鉄・JRにこの車両の項目ができていた。
- 構造の問題を踏まえると、700系以降は史実通りのデザインになっている。
- JR西日本の500系も現実通り。
- プラレールでも現在まで絶版にならずに発売されている。
- 結局史実の300系より少数派に終わりかわりに500系や700系の両数が増えていた。
- 700系の転用で捻出される300系を6両に短縮し、山陽新幹線で完結するこだまに使用する計画。300系の寿命や新関門トンネルにおける勾配起動の問題から実現には至らなかった。
- 塗装は同様のリニューアル工事が行われた0系・100系に準じたものとなっていた。
- 300系の東海道新幹線からの撤退はもう少し早まっていた。
- 少なくとも九州新幹線との相互直通前には全車両廃車になっているはず。
- ラストランの直前には塗装が戻されていた。
- 0系・100系の全廃が早まっていたかも。
- のぞみ運用から撤退した500系の編成を短縮し、九州新幹線への直通用に転用する計画。ユニットカットによる急勾配起動の問題から実現には至らなかった。
- みずほの一部列車が300km/h運転を行っていたかもしれない。
- 現実で普通に300km/h運転してますが。
- 500系で300km/h運転していたと言いたかったのでは?
- N700系7000番台は存在しなかった。
- さすがに今更九州が500系を増備するわけにはいかないので、N700系8000番台の登場は史実通り。
- 500系がこだまに転用できないので、0系・100系の引退が遅くなっていた。
- のぞみ撤退から九州新幹線との直通運転開始までは史実同様山陽こだまに使われていた。
- 1号車に自動分割併合装置が取り付けられた車両が存在したが営業運行では実現していない。
- 朝夕や繁忙期を中心に行われた。
- E4系撤退後の上越新幹線で、16両ホームを持て余すことはない。
- 1号車に自動分割併合装置が取り付けられていない車両にも取り付ける改造工事が全編成に施工された。
- E2系J1編成が長野新幹線に転用されず、N14編成を新造していた。
- 東北新幹線盛岡以北も16両対応だった。
- 北海道新幹線も16両だった。
- 「はやて」は上野、大宮、仙台、盛岡のみ停車の最速達タイプとしてE2系8両もしくは2連16両で運行し、盛岡八戸間各駅停車は「やまびこ」の増発分が担っていた。
- 「こまち」は「やまびこ」と連結した。
- 建設費財源の都合上、北陸新幹線は長野止まりだったかもしれない。
- 九州新幹線鹿児島ルートはスーパー特急方式で新八代鹿児島中央間のみ建設された。長崎ルートは建設されない。
- 財源を東北・北海道新幹線に集中しているので、北海道新幹線は2016年に全線開業していたかもしれない。
- それでもE5系は10両編成。
- 代わりにJR北海道がH6系を導入。もちろんE6系ともども酷寒地対応。
- E7系は北陸新幹線のみに導入され、上越新幹線はE5系とE6系が導入された。
- さくら運用に800系の編成を山陽新幹線への直通用に転用する計画。
- 博多以東発着のつばめでも運用されていた。
- 8両編成になっていた。
- 最高時速300km/h対応。
- 先頭形状的に騒音問題がクリアできなさそうなので、せいぜい285km/hどまりだったかと。
「オーシャンアロー」こと283系は「やくも」への投入も検討されていたと言われています。もし実現していたら…。
- 外部塗装は上半分赤色、下半分白色となっていた。
- ちょうどリニューアル後の近鉄「伊勢志摩ライナー」の赤バージョンと似たような外観になっていた。
- 381系「ゆったりやくも」はなかった。
- 余った381系は北近畿の「こうのとり」「はしだて」「きのさき」あたりに転用され、その結果183系あたりが現実よりも早く廃車になっていた。
- 米子が1998年の冬季オリンピックに選ばれていたらありえた。
- 273系は登場しなかったかもしれない。
博多あさかぜの置き換え用として導入される予定でした。
- 博多あさかぜだけではなく、さくら・はやぶさ・富士・みずほ・下関あさかぜ・出雲・瀬戸にも導入される。
- これらは廃止されなかった。
- あかつき・なは・彗星にも導入される。
- 日本海にも。もし導入されていたら青函トンネル対応となっていた。
- 急行きたぐにもこの車両が導入されたかもしれない。
- その場合種別が特急に格上げされていたかも。
- これらは廃止されなかった。
- 熱海発着になっていたかもしれない。
- 車両形式は恐らく「585系」になっていた。
- JR西日本の感覚だと683系(史実とは別)か685系になっていそう。
- ビュフェ・ラウンジ車も製造されて組み込まれていた。
- コンビニカーも連結されていた。
- 寝台列車は現実ほど衰退しなかった。
- TWILIGHT EXPRESS 瑞風は87系気動車ではなく、本車両の専用編成が充当された。
「ビバあいづ」の月1運休による臨時快速列車運転を解消するためにE653系導入で捻出した車両で増備も検討されていたが、利用状況が芳しくなかったことから見送られた。
- そもそも「ビバあいづ」の利用状況が好調だったらこうなっていた。
- 史実の九州よろしく観光特急として名を馳せたかも。
- 第2編成は改造当初からインビテーションカーなしで改造されていた。
- 455系による臨時快速列車の運行は解消されていた。
- ひたち用485系による代走もなかった。
E653系は3電源方式と耐寒耐雪構造を生かしてはくたか・北越・いなほへの投入も視野に入れていましたが、実現しませんでした。もし、はくたか・北越・いなほへの投入が実現していたら?
- なお、いなほについては史実ではフレッシュひたちからの転用で実現していますが、ここでは新車として投入していたらとします。
- グリーン車連結の基本6両編成と付属3両編成が製造されていた。
- グリーン車はJR西日本車や北越急行車に合わせる形で3列席となっていた。
- 貫通型も用意されていた。
- JR西日本車や北越急行車に合わせて160km/h走行対応していた。
- 今頃はしらゆきにも転用されていただろう。
- 元フレッシュひたち用のE653系が首都圏に残留していた。
- 史実通りE657系へ置き換えならE653系は踊り子に転用されていた。
- その場合、普通車の一部がグリーン車に改造されていた。
- そして185系も全廃されていた。
- もしくはジョイフルトレインに改造される可能性もあったかも。
- 史実通りE657系へ置き換えならE653系は踊り子に転用されていた。
- JR東日本ははくたかの運行から撤退することはなかった。
- 683系2000番台は登場しなかった。
- しらさぎは485系の後継に681系が転用されていた。
- 287系の製造数が増えていた。
- むしろ8000番代の方が登場しなかった。2000番代は史実通りに導入されていただろう。
- 程度の良い485系は波動用に転用され、165系・167系を置き換えていた。
- 183系・189系が波動用に転用されることはなかった。
- 天理臨や甲子園臨で関西にも乗り入れていた。
- 北陸新幹線開業後の余剰車は、廃車になっていた。
- 289系に改造できる683系が減るので、その分287系が多く作られた。
導入に際して検討されたことがあるが、実現には至っていない。
- 4両編成だった。
- 「ひたち」は有効長の関係から勝田で分割・併合が行われていた。
- 編成長が増えるため、「ひたち」「ときわ」は全席指定になることはなかった。
- 着席表示機も設置されることもなく、設置完了まで651系が残留し続けることもなかった。
- =特急の全席指定主義に走らなかったら、であろう。
- 常磐線全線復旧に際して仙台−いわき間の特急にも運用されていた。
設計したデザイナーが提案したが諸事情で117系になった
- 北陸コースの設定が検討される。
- ハピラインふくい、IRいしかわ鉄道、あいの風とやま鉄道、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗り入れていた。
- うまく行けば北越急行ほくほく線にも乗り入れて、越後湯沢駅まで運行されていた。
- 長野や新潟への乗り入れもやってたとか?
- 3セク乗り入れに消極的な西のことなので、交流機器を撤去して、史実通り北陸方面には入れない運用になってたのでは。
- キハ189のはなあかりが北陸に来ないあたり、尚更。
- ハピラインふくい、IRいしかわ鉄道、あいの風とやま鉄道、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインに乗り入れていた。
- 史実のWESTEXPRESSに改造された117系はお座敷列車に改造されたか?
- 史実で特急まほろば用に改造された683系みたいな感じの見た目になっていた。
- 種車は681系試作車だった。てか、時期的にそれか289系しか捻出できない。
2002年のダイヤ改正時に781系を白鳥に転用することが検討されていた模様。
- 4両編成から6両編成に組み換えられていた。
- 余剰先頭車は増結用となっていた。
- 「ドラえもん海底列車」はこの余剰先頭車を活用していたかもしれない。
- その場合一部先頭車の中間車化が行われていた可能性も。
- 「ドラえもん海底列車」はこの余剰先頭車を活用していたかもしれない。
- 余剰先頭車は増結用となっていた。
- 789系基本番台は781系捻出のため札幌-旭川間特急に投入された。
- このときに「ライラック」と「スーパーホワイトアロー」が「スーパーカムイ」に統一されていたかも。
- 遅くとも2010年改正までには789系に置き換えられていた。
- 1000番台はこっちが名乗っていた。
車体傾斜式1軸連接の特急形車両として1997年に試作車を製作し、2000年に実用化して紀勢本線や伯備線に投入する予定であったが、実現しなかった。
- 恐らく287系(史実とは別の車両)になっていた。
- 史実における287系電車は登場しなかった
- 捻出した381系は北近畿に転用されていたのは史実と変わらず。
- 山陽新幹線のキャラクターであるカンセンジャーの在来線版である「ライセンジャー」が登場していた。
JR東日本が215系をベースに導入を検討していた寝台電車。
- 215系同様、先頭車だけはハイデッカーだった。
- 汎用性を重視する観点から3電源方式を採用していた。
- 「北陸」の電車化と「能登」の特急化として東京~金沢にも投入されていた。
- 「あけぼの」「はくつる」に導入されていた。
- 場合によっては廃止されなかった。
- 「日本海」に導入されていた可能性もある。その場合JR西日本も同型車両を導入していた。
- 2往復運行時代の当時は、JR東日本が(日本海2号と3号【大阪~青森】)、JR西日本が(日本海1号と4号【大阪~函館】)それぞれ受け持っていた。そのため、前者がそれを導入。後者がサンライズ用の交直両用タイプを開発した上で導入していたので、JR西日本による同系車両の開発は行われなかった。
- 設備は個室主体で開放室はカーペットだった。
- 事実上285系交直流版であるが東京以西の運用は少なかったかもしれない。
- (交流区間はないけど)最後までJR東日本の受け持ちだった寝台特急出雲の電車化がこれで検討されるがサンライズ出雲と被るので結局導入されず。
- もしかしたらトランスイート四季島の廉価版としてこの車両が改造されたかも。
トミーテック公式YouTubeチャンネルにおいて当時のJR東日本社員が証言
- これを機に205系とかもJR西日本に譲渡していたかも。
- いずれにせよ323系増備で淘汰された。
- JR西における103系の淘汰が早まっていた。
- 恐らく2010年までには全廃されている。
- 阪和線や奈良線でも201系を見ることができた。
- 改造の手間を考えたら、青編成だけが譲渡されたと思われる。
- 後にケヨ車も譲渡される。
- 末期は岡山地区で使用され、18きっぱーから顰蹙を買っていた。
山手線導入後の次の205系導入候補に常磐線快速が挙がっていたが、実現しなかった。時期的にJR発足後なのでここに記載。
- 常磐線緩行との誤乗が懸念されるので現実のE231系のようなカラーリングとなっていた。
- カラーリングの制定を巡って手こずっていたかも。
- ここでは緩行と中電の間を狙って青+青緑の帯になっていたかも。
- 今頃はE233系に置き換えられている。
- しかもグリーン車付きになっていた。
- その分、史実で一部が投入された京浜東北線や南武線には205系が投入されることはなかったかもしれない。
- あと武蔵野線も。
- 415系の4ドア通勤版の別形式も常磐線に用意された。
- その分E501系が存在しない。
- 増備途上でVVVF車の207系に形式変更された。
山手線から捻出した車両を転用する予定でした。
- 2006年以降も首都圏で103系が見られた。
- 103系の置き換え用に209系が転用されていた。
- 富士急6000系の配色が変わっていたかも。
- 間違いなくトイレの設置が行われていた。
- 211系や209系の房総転用は無かったと思われる。
- E131系0番台は、2020年代前半の時点で史実より多く製造されていた。
- 4連版も出ていた。
ウラ177編成の代走として、横浜線から捻出された205系2編成を組み替え、一時的に京浜東北線で使用する計画があったようです。
- 実に17年ぶりの京浜東北線での205系の運転となり、鉄道ファンの間で大きなニュースとなっていた。
- 車体の幅の都合上ラッシュ時の運用は出来るだけ避けられていたはず。
- 抜かれた中間車は先行してインドネシアに送られていた。
- 2017年時点で同編成が運用に復帰しておらず、また代走編成も運行されていないことを考えれば、早ければ上野東京ライン開業前後で運用を離脱していた可能性が高い。
- その後はそのままインドネシアに譲渡。
計画の噂があったが、未だに実現には至っていない。
- 改造されてもほぼ現実と変わらない。
- VVVF改造されても改番はされなかった。
- JR東日本の205系の中では最後まで運用されていたかも。
- E131系800番台の導入が遅れたかは微妙。
車両不足を補うために仙石線などで使用されている中間車を先頭車化改造した車両を導入する計画があったが、諸事情により南武線への導入に変更されたとされている(作り話という説もあり)。
- 当然南武線に205系1200番台が導入されることはなかった。
- 形式名は5100番台を名乗っていた。
- 武蔵野線と京葉線では3種類の顔の205系を見ることができていた。
- 2020年までには全車がE231系と209系に置き換えられ、ジャカルタに譲渡されている。
- 当初、新潟地区への転配属が計画されましたが、諸事情により取り止めになってしまいました。もし、高崎地区ローカルも含めて、計画どうり転配属されていたら?
- モハ211を先頭型改造を施工し、クハ210を連結させ、1M化されていた。
- これを14本について施工されていた。
- 吾妻線あたりで運用されていたかも。
- いや、むしろ4連化されて転用されていた。
- この場合、10両ロングシートを高崎地区ローカル(上記211系長野地区転用との兼ね合いで)地区へ転用し、モハ210も電装解除のうえ先頭形して4両化する。
- 不足分は、モハ210-3000を電装解除のうえ、先頭形して4両化する。
- この結果、2両編成18本、4両編成(Tc+MM'+TC')20本、(Tcm+m+Tc)4本の計124両で運用されていた。
- 耐寒耐雪工事が施工されていた。
- E129系の製造数が減っていた。
- あるいは長野からの115系転用、それらがダラダラと残り続ける事もなかったかもしれない。
- 新潟地区の車両の帯はE129系と同じものを巻いていた。
- 2025年現在も生き残っている可能性が高い。
幕張車両センターを追われた211系は当初は長野総合車両センターではなく豊田車両センターに転属する予定だった。
- 帯はスカ色になっていた。
- 豊田車両センターの115系の全廃が早まった。
- 逆に長野総合車両センターの115系の全廃は1~2年ほどずれ込んでいた可能性も。
- もしかしたら123系ミニエコーやしなの鉄道169系の引退も同様に1~2年ほどずれ込んでいたかもしれない。
- 逆に長野総合車両センターの115系の全廃は1~2年ほどずれ込んでいた可能性も。
- 結局のところ、北陸新幹線の延伸を機に全車長野転属になっていたかもしれない。
- 当初は5両編成の付属編成の製作も計画されていた
- 湘南ライナーの定員が増えていた。
- 10両編成より短くなるので使い勝手が良くなり、ホリデー快速などで現実以上に活躍していた。
- 座席にゆとりがもてる(現実でも座席数が215系10両=185系15両なので)ボックスシートからリクライニングシートに改造されていたかもしれない。
- 藤沢、茅ケ崎のライナーホームが15両対応になっていた。
E217系導入に際して転換クロスシート案も議論されたが、混雑緩和最優先の観点から結局見送られた。
- JR旅客会社の中で転換クロスシートを保有しないのは東日本だけになることはなかった。
- 川島令三は間違いなく大喜びしていた。
- 川島の主張が通ったものとみなされていた。
- 鉄道ファンにとってもJR東日本の一般車両に対する評価が上がっていた。
- よって、車両の質を下げてしまうこともなかった。
- 転換クロスシートを活かしてライナー列車にも充当されていた。
- 185系、215系の存在が薄れていた。
- 215系も転換クロスシートになっていた。
- 185系、215系の存在が薄れていた。
- E231系・E233系の近郊タイプも転換クロスシートであった。
- 4ドア転換クロスシート車は他の私鉄にも影響を与えていた。
- 間違いなく影響を受けているのは近鉄であり、5800系、5820系はデュアルシートではなく転換クロスシートで製作されていた。
- その場合、阪神乗り入れに際し全部あるいは一部をロングシートに改造する工事が行われていたかもしれない。
- 西武40000系、京王5000系も4ドア転換クロスシートであった。
- 東武でも快速用に同種の車両を導入していた。
- 2017年に日光線快速が廃止されることはなかった。
- 50090系はデュアルシートではなく転換クロスシートだった。
- 間違いなく影響を受けているのは近鉄であり、5800系、5820系はデュアルシートではなく転換クロスシートで製作されていた。
- それでも車内は混雑するので3列シート、ドア付近ロング化、16両編成化は検討される。
- ラッシュ時の武蔵小杉はそりゃもう恐ろしいことになっていた。
- 場合によってはJR側から出来る限りの東急の使用を推奨する事態にまでなっていたかもしれない…
- どちらにしろ一部ロング化改造は武蔵小杉開業までには行われているはず。
- ゆえにE235系は史実通りオールロングだったはず。
- ラッシュ時の武蔵小杉はそりゃもう恐ろしいことになっていた。
- 流石に史実でボックスシートがある場所がそのまま転換クロスシートになるだけで、残りはロングシート のままだろう。
試運転まで行われたが、実用に至らず。
- 電磁直通ブレーキ車と電気指令式ブレーキ車が併結する例が増えていた。
- E231系と103系や115系の併結も見られたかもしれない。
- 名鉄では、3R車とSR車の併結が見られた。
- 近鉄のVVVF車の多くも、電気指令式ブレーキと読み替え装置を装備していた。
試運転まで行われたが、実用に至らず。
- 電磁直通ブレーキ車と電気指令式ブレーキ車が併結する例が増えていた。
- 211系は電気指令式ブレーキなんですが。それをいうなら、ワンハンドルマスコン車とツーハンドルマスコン車の併結が増えていた、になる。
- JR東海の211系、213系、311系と313系との併結と比較される。
- 211系は電気指令式ブレーキなんですが。それをいうなら、ワンハンドルマスコン車とツーハンドルマスコン車の併結が増えていた、になる。
- 計画段階では公衆電話の設置が検討され、準備工事も行われていたようですが結局実現しませんでした。
- JR東海の311系と同じくトイレ部分の壁面に設置されていた。
- 223系も0番台と1000番台は登場時には公衆電話が設置されていた。
- それでも2000・2500番台からは設置されず、0・1000番台も後年撤去されていた。
- 体質改善のときに確実に撤去される。
阪神・淡路大震災以前に投入計画があったとされている。
- 221系が普通運用に回り、同線から103系は早期に淘汰されていた。
- 201系はそのまま森ノ宮に集結したか日根野に転属していた。
- 225系・323系投入以降は一体どうなっていただろうか?
- むしろ221系は東海道・山陽線などに転出して113系などの置き換えに使われていたのでは?
- 201系はそのまま森ノ宮に集結したか日根野に転属していた。
- 直通快速には宮原の6000番台ではなくこの車両が使われていたかもしれない。
- 2023年以降、直通快速が221系になるなんてまずあり得ない。
- 大阪環状線内でも新快速用と同仕様の223系を見ることが可能になっていた。
- 春日色になっていたか?
1990年頃と1995年頃と2006年頃に構想されていました。
- その後のJR西日本アーバンネットワークの車両は指定席付きが基本となっていた。
- おそらくサロ221・サロ223・サロ225となっていた。
- 225系だけはモロ225。この車両だけTDカルダンになっている。
- 場合によってはダブルデッカーになっていた。
- もちろんICOCA対応になっていた。
- 京阪神快速でも必ず座れる車両がある。
- JR西日本でも着席サービスが当たり前になっていた。
- 2019年春、定員制という形で特別席車が実現する。
- 全車指定席ならばAシートほど混雑が悪化することはなかった。
- 新快速停車駅には指定券の券売機がホームに置かれていた。
- 全車指定席ならばAシートほど混雑が悪化することはなかった。
- 相鉄では将来的に埼京線へ乗り入れることを見越し、E231系と共通化された10000系が投入されたが、埼京線にE231系が投入されていたら?
- 山手線から2編成の転属が行われることはなく、205系は30編成が置き換えられた。
- 6ドア車はどこにも転用されることなく余剰となり、短命であった。
- ワンチャン南武線辺りに増結されるのかも...?
- 埼京線へ転属することはなかったヤテ17、54編成は京葉線か南武線に転属していた。
- 置き換えられた30編成のうち、12編成がそれぞれ[Tc1+M1+M'1+Tc1]×6、[Tc1+M1+M'1+M1+M'1+Tc1]×6で京葉線の分割編成として、その他は南武線、仙石線、八高・川越線へ転属し、一103系を置き換えていた。
- それでもモハを中心とする中間車両の余剰が発生していたため、一部は先頭車化改造のため房総地区や宇都宮・日光線などでも登場していた。
- モハのユニット不足には至らなかったため、武蔵野線転用予定の205系は同線を各駅10両編成化対応にしていたので、東洋IGBT-VVVF素子の採用はなかった。
- 京葉線では201系が登場せず、中央総武線からパープルを一色増やしたツートンなカラーリングで房総地区に転用されていた。
- それでもモハを中心とする中間車両の余剰が発生していたため、一部は先頭車化改造のため房総地区や宇都宮・日光線などでも登場していた。
- 6ドア車はどこにも転用されることなく余剰となり、短命であった。
- 余剰となる中間車両が少なかった関係で、南武線や仙石線などで先頭車化改造を施した車両は登場しなかった。
- いや、ありまくりだろ。
- 相鉄との相互直通時には最終的に38編成が出揃っていた。
- もしかしたら、りんかい線の70-000形は209系0番台原型ベースの狭幅車体ではなく、E217系ベースな拡幅車体だったかもしれない。
- この場合、八高線へ余剰転出に至ることはなかった。
- りんかい線の70-000形もこの世界線の場合、209系500番台にデザインもほぼ類似した仕様だったと思う。
- 70-000形なる拡幅車両は、りんかい線開業当初から4両編成などでなく、10両編成固定で導入されていた。
- 205系が史実より余剰車がありふれるこの世界では、209系3100番台にも、あるいはJR九州に譲渡されて307系になることなんてなかった。
- 八高・川越線向けに導入される205系3000番台は原型顔でかつ7編成が出揃っていた。
- 205系が史実より余剰車がありふれるこの世界では、209系3100番台にも、あるいはJR九州に譲渡されて307系になることなんてなかった。
- 相鉄側も史実とは異なり11000系や12000系は登場することなく、10000系が埼京線直通仕様として川越まで乗り入れていた。
- 史実よりも10年早く相鉄と相互直通運転を実現させていた。
- つまりは2009年時点で実現しているとなる。
- 新7000系は2022年現在でも現役。旧7000系は11000系(史実の20000系)によって、令和時代に入ってからようやく置き換えられる。
- むしろ7000系シリーズなども10000系に尽く置き換えられ、初導入時の2100系10両×3編成、新6000系8両×4編成、5000系10両×2編成、7000系8両×4編成、新7000系10両×6編成、8000系事故発生10両×1編成分の穴埋めに充てるべく、計10両×20編成の200両が製造されていたのかも。
- それから9000系列最後にして、相鉄が21世紀初導入した9707Fは登場せず、9000系列は6編成の導入のみに。その分、2001年度かあるいは次年度導入予定の新形式は10000系1本増備という流れになり、導入予定本数は合計で21編成になった。
- むしろ7000系シリーズなども10000系に尽く置き換えられ、初導入時の2100系10両×3編成、新6000系8両×4編成、5000系10両×2編成、7000系8両×4編成、新7000系10両×6編成、8000系事故発生10両×1編成分の穴埋めに充てるべく、計10両×20編成の200両が製造されていたのかも。
- 10000系は10両固定編成として登場し、史実の8両固定編成は8000系(など自社専用車両)の一部編成を8連化するに留まった。
- 2023年現在、8000系は20000系の導入で、リニューアルも行われることなく廃車により全廃していたのかもしれない(なお9000系も一部)。
- 少なくとも2010年までには、8000系は8707Fを除く他全編成にて8両化が行われていた。
- 2023年現在、8000系は20000系の導入で、リニューアルも行われることなく廃車により全廃していたのかもしれない(なお9000系も一部)。
- 史実よりも10年早く相鉄と相互直通運転を実現させていた。
- 当然ながらE233系7000番台が導入されることはなかった。
- 置き換えられるとしても2025年頃にE235系に置き換えられる。
- 6ドア車も相変わらず増結されていた。
- そうであれば、相鉄10000系にも6ドア車が連結されていたのかも。
- 来るべきホームドア設置時を見越し、山手線のように新造中間車両の4600番台に準ずるサハを製造していた。
- あるいは中央総武線のE231系のように6ドア車のドア位置問題で廃車や、転属を余儀なくされることもなく、残存したかもしれない。
- そうであれば、相鉄10000系にも6ドア車が連結されていたのかも。
- 相鉄・りんかい共にATACSは数年早く実用化されていた。
- 埼京線内での使用に先立ち、相鉄側も10000系を始めとする初鉄で初の実用化に向けて試用していた。
- 相鉄線内でのATACSの試験区間は二俣川〜横浜間になっていそう。
- むしろいずみ野線内に限定していそう。
- 相鉄線内でのATACSの試験区間は二俣川〜横浜間になっていそう。
- 埼京線内での使用に先立ち、相鉄側も10000系を始めとする初鉄で初の実用化に向けて試用していた。
- E233系に置き換えられた京浜東北線209系500番台の転用先は京葉線でなく、埼京線へ増発用として転属だったかもしれない。
- むさしの号などの増発でゆくゆく武蔵野線へ転属した3編成、ケヨ21編成の1編成分は同じくE233系に置き換えられた0番台だったかも。
- 川越線の川越〜大宮間での複線化も相鉄線直通(2009年)と同時期に平行して完成するかも。
- 副都心線開業に伴うJR vs 私鉄の乗客略奪激化により増発ダイヤを実施。史実の38編成から更に2編成増え、最終的に宮ハエは40編成ものE231系0番台が配置されていた。
総武線のE231系が南武線・八高線・相模線に転属する噂があった
- 八高線転属は実現した模様
- 南武線ではなく総武線にE233系が投入されていた。
- 武蔵野線かもしれない。
- 南武支線はせいぜい209系で置き換えていた。
- 101系の例を考えると放置だと思われ。
- 八高線・相模線にも自動放送がついていた。
- 鶴見線などの配置替えがうまくいけば2010年頃には205系は関東から引退していた。
- 八高線には209系500番台とともに転属しました。(2019年11月時点)
- 相模線にE131系が入ることはなかった。
- 総武線用E231系は八高線へ転属し3000番台になっています。
総武線のE231系が武蔵野線に転属する噂があった
- 武蔵野線ではなく八高線にE233系が投入されていた。
2015年頃の労組資料に両車の地方転用を匂わせる記述があったが、その後の動向を見るに没になった模様
- 0番台についてはどこへ転用するにしてもトイレや半自動ドアボタンの設置が必要になる。
- 転用先は恐らく仙石線、高崎地区、房総地区、長野地区になっていた。
- 改造費用を抑える場合、仙石線は0番台、高崎地区は1000番台のみが転用されたと思われる(房総と長野は両方共か)。
- 場合によっては相模線と日光線・宇都宮線(宇都宮〜黒磯)にも転用されたかもしれない。その場合前者は0番台(ここだけトイレ無し)が、後者は1000番台が転用された。
- E131系は房総地区末端部と鶴見線への導入に留まっていた。
- 長野車の東海乗り入れはどうなっていたのだろうか。
- 転用に合わせてワンマン化改造も行われる。
- これらを捻出するべく松戸と小山にもE235系が導入されていた。
- 松戸投入分はともかく小山投入分が既存車との併結を考慮していたのかが気になる。
- 京浜東北線と横浜線のワンマン化に際しては当初からE233系を継続使用することで話が進んでいた。
上野東京ライン開業に伴い投入が検討されていたが、保守の都合などから中央総武緩行線からの転用に変更されたと言われている。
- 番台区分は一体どうなっただろう?少なくとも3000番台は名乗れないだろうし。
- 2編成20両しか製造されないため新規番台を名乗った可能性も恐らく低い。
- 史実で空き番台となっている4000番台あたりになっていたかも。
- 4000番台は空き番ですが小田急4000形が事実上E233系4000番台なので緩行用2000番台の続番か2500番台となっていた可能性が高い。
- 運用はE231系と共通のものとなっていた。
- E231系と併結する都合上3000番台と同じくLCDは設置されなかったと見られる。
- E231系0番台を捻出する必要がないので、E231系500番台は武蔵野線に転用されていた。
- E231系0番代はむしろ武蔵野線に転用されていたのでは? いずれにしてもE231系500番代は全編成中央・総武緩行線への転用もあるので。
現在京葉線に在籍している209系を置き換えるために京浜東北線で余剰となるE233系1000番代を京葉線に転用する案があったが、未だに実現には至っていない。
- 番台区分はE233系5500番代か?
- 事故車から改造した場合は新製車と1000番代からの改造車が混在していた。
- 5000番代に準じた仕様に改造されていたのは確か。
- これにより、209系は武蔵野線に転用されていた。
- 京浜東北線の事故でウラ177編成の廃車がなかったらあり得たかも。
- 2024年現在、京浜東北線のワンマン化・ATACS改造から漏れる編成の転用により現実味を帯びる可能性があるが、山手線E235系の余剰編成などとの兼ね合いになると思われる。
- 2026年1月、余剰車の転用という形で実現。
- 組成が5000番台に揃えられた一方、番台区分や編成番号はそのままとなった。
- 山手線へのホームドア設置に伴い運用を離脱したサハE230形500番台が、埼京線用E233系(=E233系7000番台)に組み込まれるという噂が存在していた。
- E233系7000番台の製造時期を考えればサハE230形500番台自体がしばらく休車扱いとなっていた。
- サハE231形4600番代の完全新造車両が増えていた。
- 現状埼京線へのホームドア設置計画がないため、2020年以降も残り続け最後の6扉車両となっていた可能性が高い。
- ただし相鉄への直通関連で置き換えが始まっていた可能性も十分あり得る。
2020年夏、京浜東北線、横浜線のワンマン化に合わせて両線にE235系を導入し、捻出したE233系を仙石線、高崎地区、房総地区、長野地区に転用する計画があることが明らかとなったが、直後のJR東日本の大幅な収入減や方針転換、更には置き換え対象となるはずだった各車両の動向などから中止された公算が高まっている。
- 投入されるE235系は2000番台と3000番台に区分された。
- E233系の数や車齢を考えると、京浜東北線用が先に投入された。
- 両線共ホームドア設置が進んでいることから帯配置は0番台と同様のものになっていた。
- 山手線、京浜東北線、横浜線、根岸線とある種広大な範囲でのE235系への車種統一がされていた。
- 置き換えられたE233系は半自動ドアボタン、トイレ、乗降確認カメラの設置(車両によってはセミクロスシート化や電連取り付けも)を行い、上記の路線、地区に転出していた。
- 線区によっては既存のものと転入してきたものとで2種類のE233系が見られるようになっていた。
- 幕張の209系のうち4+4半固定分については6000番台を元の両数のまま転用して置き換えていたかも。
- サハのみならずモハについても廃車が多数発生していた。
- 211系への延命工事施工は無かった。
- E131系仙石線投入も無かった。
- 青森改造センターは閉鎖されなかった。
- 現実で房総地区に転用されたE233系は別の車生を歩んでいた。
- 0番台H49編成は青649+449編成として青梅線で使用された他、T71編成は京葉線に転属し209系ケヨ34編成を置き換えていた。
- 8500番台は8000番台同様長編成ワンマン対応改造を施工の上南武線に残留している。
- あるいは青670編成に復帰して豊田に戻り、再び青梅、五日市線での運用になった。
721系は津軽海峡線に試運転で入線した実績もあり、「海峡」への投入も視野に入れていましたが、実現しませんでした。
- 指定席設定のため、回転クロスシートになっていた。
- 313系8000番台「転換クロスで指定席やってましたけど何か。」
- 「スーパー白鳥」は設定されなかった。789系は「スーパーカムイ」用のみで導入が終わっていた。
- 785系が持て余すこともなかった。
- 「ライラック」の復活もなかった。
- 海峡用50系客車は史実より早く全廃されていた。
- カーペットカーやカラオケカーに改造されることもなかった。
- 北海道新幹線開業後は「はこだてライナー」に転用されている。
- 733系1000番台は登場しなかった。
- 秋田地域に投入する予定も、701系の投入決定により中止。
- 鉄道雑誌やネット上では何かとキハ141系と比べられていた。
- 「SL銀河」用客車はこの車両が種車として使われていた。
- 当該路線は非電化であり、勾配路線で粘着力を高める観点からそれはない。
- 電車版が成功すれば結局東もキハ141を作ってた可能性もある。
- そもそも東向けの50系改造車はキハ33・39に区分された。
- 電車版が成功すれば結局東もキハ141を作ってた可能性もある。
- 当該路線は非電化であり、勾配路線で粘着力を高める観点からそれはない。
- 走行機器は455系のものを流用した。ブレーキも電磁直通ブレーキに改造。
- 2006年ごろの産経新聞に山手線に燃料電池車を投入して架線などの電化設備を撤去する構想があると載っていた
- 首都圏の電車から架線が消えていた。
- 架線が消えるのは他路線と直通せず、特急電車や貨物列車が走らない山手線・京浜東北線(東神奈川以北)ぐらい。
- この車両が「e233系」を名乗っていた。
- あるいは「EV-E233系」。
- しばしば架線切断事故や架線柱倒壊が起こるたびにこの車両を投入すべきという論調が聞かれていた。
- HYBARIの登場は史実より10年ほど早かった。
- E235系には非常用のパンタグラフも搭載し、緊急時には駅に設置された剛体架線で充電していた。
- レール輸送の保線列車はDE10形・チキを使い、のちにキヤE195系・GV-E197系に置き換えられた。
- E491系・E493系の構造にも変化が生じていた。
- 1990年代初頭、JR西日本は大阪環状線を21世紀には完全自動運転にする構想を持っていました。
- 新交通システム以外の鉄道でも自動無人運転が実現していた。
- 現実にATOワンマン運転を行っている地下鉄路線の一部は無人運転になっていただろう。
- システム上大和路快速や関空・紀州路快速の環状線乗り入れは難しくなると予想されるので、なにわ筋線の建設が早まっていた。
- 阪和線、大和路線の乗り入れは解消されるが、ゆめ咲線直通は継続。ゆめ咲線も自動運転になっていた。
- 大阪環状線各駅のホームドア設置は自動運転開始と同時に完了している。
- 2005年の福知山線脱線事故後により無人運転への批判が強くなり、大阪環状線は有人運転に戻されていた。
- 車両自体は207系をベースにしたものとなっていた。
- 大阪環状線の特性上、無人運転車両と有人運転車両が並存できるシステムが構築されていた。
- この場合、21世紀を迎えるころには鉄道では無人運転がスタンダードになっていた。
- 自動運転を行う列車は周回列車と奈良車の221系。それ以外は手動運転。
- 大和路線は乗り入れなくなっているはずだが。
- =もしバブルが崩壊していなかったら、である。
- 試作車が登場したが実用化に至っていない。
- 山口線の山口~新山口あたりから導入だろうか。
- 関西本線や播但線だとトンネルが小さいので。
- あと吉備線、境線もね。
- JR四国にも似たような車両が導入された。
- 列車番号は「D」だろうか。
- 形式名は直流専用であることや、BEC819系とDEC700形の事例を踏まえてBECの800番台あたりになっている。
- JR西日本において800番台は直流電車に充てるという慣例があるため。
- 京都地区の113系・117系置き換えのために新車を増備する計画があった。新型コロナウイルスの蔓延による利用減に伴い、新車の増備は白紙となり、各地の余剰車を転用して113系・117系を置き換えた。
- 恐らく225系6100番台(100番台の見た目で、最高時速120キロ)が4連か6連で製造されていた。
- この場合、221系との併結ができないため、併結運転は225系同士に限定される。
- 混用回避や収容力の観点から225系は嵯峨野線、221系は湖西線と草津線をメインにするようにしていたかもしれない。特に4連。
- 嵯峨野線の混雑を見据えて、1-2列のクロスシートだった。
- あるいは、227系500番台のようにドア付近の立ちスペースを増やしていた。
- ついでに車端部はロングシートだったかもしれない。
- 嵯峨野線の混雑は現実ほど酷くない。
- だが、亀岡市や南丹市、湖西線ユーザーなどから、「座席数が少なすぎる、2-2列クロスにしろ」とクレームが入る。
- 水色の223系が京都地区に来るなど、想像すらされないものとされていた。
- 大川支線に残留していたクモハ12形の置き換え用として検討されていたが、同車が残存する要因となっていた武蔵白石駅の大川支線ホームを撤去して20m車の大川支線入線を可能とすることとしたため、実現しなかった。
- 209系をベースにしていた。
- 恐らくその番台区分としての投入だったか。
- 当然これを入れたからには武蔵白石駅の大川支線ホームは残っている。
- 武蔵白石-安善-大川の運賃計算の特例はなかった。
- 流石にE131系1000番台投入時にもこの形態が継承されるかは怪しいか。
- 南海2000系がベースになっていた。
JR西日本の資料では急行形気動車の形式記号があるが、未だに製造されていない。もし、製造されていたら?
- キハ171系となっていた。
- 流石に急行列車でボックスシートは時代遅れなので、転換クロスかリクライニングシートが導入される。
- つやまやみよしに投入されていた。
- よって、廃止されることはなかっただろう。
JR九州がトイレなし車両に対するトイレ設置行われましたが、キハ31形も改造候補に挙がっていたものの床下機器の過密さもあり、設置は見送られました。時期的にJR化後なのでここに記載。
- スペースの関係で真空式になっていた。
- JR九州は小型車を異端視することはなかった。
- 運用上扱いづらい存在になることなく、早期廃車はなかった。
とかち、おおぞらの運用から外れた同車をはまなすに転用する案があったが、実現することなく廃車となった。
- はたして転用後の形式はどうなってたのやら…
- はまなすが客車列車なのを考えると、14系に編入された可能性大。
- 編入された場合、マハ14形あたりになっていた?
- 編入されなかった場合は元形式+1000番台あたりになってそう。
- はまなすが客車列車なのを考えると、14系に編入された可能性大。
- 塗装は14系に準じたものになっていた。
- ドリームカーに合わせてグリーン席も普通席扱いになっていた。
- 一方転用後も個室がそのまま使われたかに関しては微妙。
- 寝台に改造された可能性も。
- 一方転用後も個室がそのまま使われたかに関しては微妙。
- どのみちはまなす廃止と運命を共にする。
1992年に行われた砂丘のリニューアルでは、JR四国からキハ185系を譲受して使用する案もあったらしい。
- おそらく史実のキハ58系砂丘色と似た塗装になっていた。
- 以降キハ58が砂丘に使われることはないだろうから、砂丘色のキハ58系はなかった。
- 最高速度が110km/hなので、所要時間短縮もしてたかもしれない。
- 間違いなく特急に格上げされていた。
- 砂丘廃止後は、急行つやま、快速ことぶきに転用。
- つやまがぼったくり急行呼ばわれされることはなかった。
- それでも廃止はおそらく史実通り。
- 津山線のキハ40、キハ120は普通列車のみの運用となっていた。
- あるいは「いなば」に転用されるも、スーパー化で再々度運用を失う。
- 最終的には「はまかぜ」に転用され、現在に至る。キハ189系は登場しなかった。
- つやまがぼったくり急行呼ばわれされることはなかった。
- 史実ほどキハ185系を譲受できないので、JR九州での急行の全廃が遅くなっていた。
- ひょっとしたら史実で普通列車用に転用改造を受けた車両も九州に譲渡されてたかも。
- キロハ186形は砂丘のために全車譲受していた。
- 四国に残留した車両はアイランドエクスプレス四国IIやゆうゆうアンパンマンカーはキハ185形から改造していた。
只見線のキハ40系や左沢線キハ101形の置き換え用として計画されていたとされる車両、完成図はステンレス製でありながら東北地域本社色をベースにアレンジしたものとなっていた。また両開き2ドアのキハE120形を基本としつつもシートピッチを拡大させ案内装置も充実させるという「既存のサービス品質の向上」も同車両のテーマであった。
- 現実よりも早くJR東日本管内からキハ40系列が消滅していた。
- 八戸線にもこちらの車両が導入されていた。
- 左沢線で捻出した車両に置き換えていたかも。
- 捻出した車両はトイレがないのでキハ100と玉突き転配をしていた。
- 左沢線で捻出した車両に置き換えていたかも。
- GV-E400系の投入が遅れていた。
- 案内装置はLCDを採用していた。
- ただしトレインビジョンは路線の性質上、準備工事に留めていた。
- HB-E210系にもLCDを採用していた。
- ただしトレインビジョンは路線の性質上、準備工事に留めていた。
- フルカラーLEDの採用は微妙なところ。
- シートピッチは急行形並になっていた。
- 失礼、シートピッチではなく座席幅の拡大との事だった
- JR東日本の一般車両の中では一目置かれる存在になっていた。
- ハイブリッド車並みの製造コストになっていた。
- 環境対策の観点からクリーンディーゼルを採用していた。
- 只見線にキハE120は転用されなかった。
- 両数的に大湊線が妥当か。
キハ58系を改造したジョイフルトレイン「こがね」が小牛田運輸区に所属し気仙沼線にて運用されていましたが、郡山区所属のキハ40系を種車としその後継車を登場させる事が計画されていました。しかし震災により中止されました。
- もし改造工事が前倒しされ震災前に竣工していたとしても本来の用途を失ってしまい、登場直後は「みのり」の予備車という位置付けになっていた
- だが同区所属の「ふるさと」の設備をはじめとする老朽化に伴い車両置換を行う事となり同車が後継として抜擢。晴れて本来のジョイフルトレインとしての務めを果たす事となる。
- キヤ141系は電気検測用の車両を中間に組み込む想定でしたが、DEC741系が登場したことで実質ボツに。
- クモヤ443は史実より早期に引退。
- 1両のみの製造で終わった。
- 当然、DEC741も存在しなかった。
「カシオペア」はJR北海道所有の編成も登場する予定でした。
- 季節列車になっていた。
- 繁忙期は毎日運転。
- 形式名の頭にHは付くのか?
- 確実につくだろう。
- それとも285系のような番台区分か。
- 「北斗星」ほど内装の違いは大きくない。
- 史実と同様、内装が豪華だったかも。
- TRAIN SUITE 四季島は生まれなかった。
- 北海道新幹線開業後も運行を継続していた。
- EH800形電気機関車は、JR東日本も2両だけ導入していた。
- 機関車の定期検査時に限り、JR貨物から車両を借りていた。
- EH800形電気機関車は、JR東日本も2両だけ導入していた。
蒸気機関車の動態復元運行をする際に、客車不足から新造が考えられていたという。
- SLみなかみ用として製造されていた。
- その後SLばんえつ物語にも投入。
- ただし釜石線の勾配の都合上キハ141系700番台の購入は史実通りと見られる。
- その後SLばんえつ物語にも投入。
- 旧型客車をイメージしたデザインになっていた。
- スハ43系あたりをモデルにしていた。
函館に乗り入れる1・4号に投入する予定だったが、運行開始直前にトワイライトエクスプレスに充当することが決まったため実現せず。
- それでも「日本海1・4号」の廃止は史実通り。
- 2・3号の運行時間帯を考えると、転用されずに廃車されてたかも。
- 「トワイライトエクスプレス」の運行開始時に追加改造されていた。
- 同車を使用したグルメ列車が運転されることはなかった。
「北斗星」への投入が検討されていたとか。この計画を発展させたのが「カシオペア」らしい。
- 恐らくカシオペアは存在しないのでこの車両がE26系を名乗っていた。
- JR北海道所有編成にもあっさり投入されていたとみられる。
- 一方「北斗星」以外へ投入されたかどうかはかなり微妙なところ。
- 計画とは異なり電源車も新製されていた。
JR貨物がED76形置き換え用として計画されているが、導入には至っていない。
- 2021年、EF510形300番台として出たことは出たが……。
- 置き換え対象であるED76同様、D級機として導入された。
- あるいはEF510形300番台とDD200型700番台に倣い、EF510形の700番台として出た。
- 名鉄ED120形に似た車両になっていた。
列車が走るための軌道と自動車が走るための道路の双方を走ることが出来る車両。過去形ではないが一応ここに。
- ちなみに国鉄時代にも同様のコンセプトで試作されたアンヒビアン・バスと言う車両があったそうです。
- 列車のダイヤ編成が柔軟になる。
- ある区間だけ道路に出て病院や学校に行けるようになるのである程度は便利になる。
- そのかわり災害運休が長引く可能性がある。
- 土砂崩れで不通になる→その区間だけ道路を走る→その結果そこだけ事実上の廃線になる。
- 但し免許の問題で登記上は道路を走る区間も鉄道路線として扱われる。
- 常磐線のようにバスで需要を補えないような幹線の復旧が最優先となる。
- JR九州は九州北部豪雨で被災した日田彦山線にこれを入れていた。
- 恐らく水戸岡デザインになっていた。
- 土砂崩れで不通になる→その区間だけ道路を走る→その結果そこだけ事実上の廃線になる。
- とりあえず導入第一号は北海道。
- 日高本線への導入が最有力。
- えりも岬直通がある。
- 日高本線への導入が最有力。
- 時刻表にはこの列車はどう掲載されるのだろうか。
- とりあえず道路走行区間は斜字時刻になるだろう。
- なぜかJR東日本は導入しない。
- 理由は建前上は費用対効果などを口にするが本音は別のJR会社を見下しているから。
- が、鉄路で復旧圧力が高まったため柳津駅に変換装置が取り付けられ、気仙沼線はDMVとBRTが直通する珍しい路線となった。
- むしろ東日本大震災以降は大船渡線・気仙沼線用に積極的に導入しているのでは。
- 理由は建前上は費用対効果などを口にするが本音は別のJR会社を見下しているから。
- 島原鉄道に導入されていたら2008年以降も加津佐行きの列車が見られた。
- 国鉄時代に実用化されていたら一部のローカル線建設は行われなかったかもしれない。
- 上手くいけば日本にBRTが定着するのがもっと早まっていた。
- 路面電車での採用例も出ていた。
- 軌道のある場所は線路を走り、それ以外は道路を走るとか。
- 大阪メトロは長堀鶴見緑地線や今里筋線にこれの導入が検討されていた。
- その場合、防火対策などを強化した地下線対応の車両になっていた。
- 専用軌道と道路を同じ車両で走るという意味で名古屋のガイドウェイバスと比較されていた。
- 免許は鉄道と道路で異なる(鉄道側は気動車の免許で道路側は大型2種免許が必要)ので両者の接点となる駅で乗務員が交代するケースも出ていた。
- 後に既存の鉄道車両と連結できるように改良された。
- 燃料の課税問題から電気自動車が主流になった。
- 阿佐海岸鉄道が導入することが決定。
北海道新幹線開業後の青函トンネルで使用するために苗穂工場で試験を行っていた車両で、新幹線規格の専用車両に在来線の貨物列車をそのまま搭載するというもの。事実上頓挫したようなのでここに掲載。
- 貨物列車の青函トンネル区間でのスピードアップに貢献していた。
- 一方でトンネル前後での貨車の積み込み・積み下ろしの時間が生ずるため全体での所要時間は短縮されなさそう。
- 新幹線の青函トンネルでの速度も史実より上がっていた。
- 場合によっては260km/hを出していたかもしれない。
- EH800型はこれを牽引するための機関車として製造されていた。
- XH800形電気機関車という名称だったかもしれない(Xはsuper eXpressから)。
- 「四季島」も青函トンネルではこの車両に積載されていたかも。
- そもそもコンテナ貨車を搭載することしか考えていないので、これはないかも。
- それでも青函トンネル区間は3線軌条だった。
- 積み替えを行うボーディングターミナルは、青森県青森市沖津あたりと北海道上磯郡木古内町札苅あたりに建設されていた。
JR東日本・JR北海道の上野-函館間の豪華寝台列車構想。車両が不明なのでここに。
- 「四季島」は現実通りか。
- 「カシオペア」は存在しなかったかもしれない。
JR西日本・JR東海の東京-九州間の豪華寝台列車構想。車両が不明なのでここに。
- 285系の開発に影響が出ていた。
- 「ななつ星in九州」・「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」は現実通りか。
- 登場当時は「西のカシオペア」だと言われる。
- それでも2016年以降、存続問題が出てくる?
- その年ってなんかあったっけ?
- 東京を昼にでて関西に夕方に出るダイヤになるとか。
事実上頓挫したようなのでここに掲載。→こちらも参照
- 九州新幹線の長崎ルートは2020年代には全線開業していた。
- 佐賀県がいちゃもんをつけることもなかった。
- 「博多に変換装置つければいいだろ」と建設すらされなかったかもしれない。
- E3系の後継車もこれになっていたかもしれない。
- 標準軌に改軌しているから、さすがにこれはないかと。
- 大曲延伸も検討する。
- 北陸新幹線でも全線開通までの間の大阪・名古屋方面からのアクセスとして採用されていた。
- 北陸新幹線の建設は敦賀で確実に打ち切られた。
- 敦賀どころか軽井沢で終わっていた。
- 北陸新幹線の建設は敦賀で確実に打ち切られた。
- 新幹線のみならず大都市の通勤鉄道でも採用する所が出ていた。
- 例えば天下茶屋駅を介しての阪急・大阪メトロ~南海とか橿原神宮前駅を介しての京都~吉野直通とか。
- 阪急のなにわ筋線乗り入れも考えられる。
- 近鉄80000系はフリーゲージトレインになっていた。
- 神鉄が神戸市営地下鉄に乗り入れるかもしれない。
- 例えば天下茶屋駅を介しての阪急・大阪メトロ~南海とか橿原神宮前駅を介しての京都~吉野直通とか。
- 近鉄が導入することが決定。
- JR北海道も試験車両を導入していた。
プロペラを動力とし軌道内を超低空飛行する車両。過去形ではないが一応ここに。
- 鉄道の浮上走行は、従来の鉄輪式鉄道の高速化に伴い発生する粘着限界や自然浮上による摩擦抗力の低減の解消で更なる高速化を目指すために生まれた概念である。
- 実用化に最も近い浮上式鉄道は、磁場を用いて浮上する磁気浮上式鉄道(リニアモーターカー)であるが、最高速度603km/hを記録する一方で浮上・推進に大電力を消費するため、環境負荷が大きい。
- 一方でエアロトレインは、航空技術を鉄道に取り入れたもので、超低空での空気抵抗による地面効果を用いて効率的に揚力を得ることで軌道内での高速飛行の実現を目指している。
- 新幹線よりも高速且つ環境負荷の低い輸送手段として日本国内で研究開発が進められ、2020年までに定員350人、時速500kmで浮上走行する有人機体の完成を目標としている。
- おそらく高速走行はできないが、モノレールと鉄道を直通したり、軌間の違う路線を直通するのに使える。
- 史実の普通のモノレールがそうであるように、単線高架なら狭い住宅地にも建設しやすいだろう。短距離ではフリーゲージトレインよりコスト面で有利かと。
- 単線の既存鉄道に走らせる場合、車体の半分ははみ出すのでトンネルは作れない。それか、もともとジャイロモノレールを考慮した形のトンネルになっていたかも(結局コストアップ)
- 複線鉄路の真ん中に直通させる場合も、おそらく両側が使えなくなるので待避設備の充実が必要になる。
- それでも千葉モノレールが千葉駅から鉄道直通できれば史実のような不人気にはなっていなかったかも。
- 湘南モノレールを大船駅から直通させるのは輸送力過剰か。