もし戦後あの国が分裂していたら
(もしオーストリアが東西に分断されていたらから転送)
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日本[編集 | ソースを編集]
イタリア[編集 | ソースを編集]
- 米ソに分割占領されたらって事でしょうか?
- 北部の分離独立を主張していた政党もある。
- ソ連が占領ということだったらベルリン経由で北側を占領ではなかろうか。
- この場合南ドイツ(もしくはドイツ全域)とオーストリアが社会主義陣営になっている。
- 南側が共産国家だろうか?
- 海路を塞がれてギリシアがピンチになる。
- シチリア島はなぜか北側に所属してたりw
- シチリアとサルディーニャも南北イタリアと別に独立したりして。
- 余波としてフランスでもコルシカ独立運動が活発化。
- シチリアとサルディーニャも南北イタリアと別に独立したりして。
- 北イタリアの首都はミラノ、南イタリアの首都はローマになっていたりして。
- 北はベネチアなんかも候補。
- どさくさまぎれに教皇領が復活。
- ローマ全域が教皇領になったら南側の首都はナポリ。
- 南部の国名はローマ共和国でほぼ決定。
- ソ連主導だったら南イタリア社会主義共和国連邦
- 北部の国名はヴェネチアーノ、南部はロマーノ。
- 資本主義と共産主義の分裂なら「イタリア共和国」と「イタリア社会主義共和国」になる。
- 北部同盟主導で独立した場合の国名は「パダーニア連邦共和国」でポー川より北の5つの州(共和国)が領土となる。
- 仮にこうなるとすればこれのような武装闘争が起きた後の分離独立か。
- ソ連主導だったら南イタリア社会主義共和国連邦
- 挙句の果てに各都市が独立運動を起こし、南北共に都市国家連邦となる。
- なぜかコルシカやらニースやらダルマチアやらマルタやら増えている。
- 挙句の果てには
カルタゴチュニスまで。
- 挙句の果てには
- セボルガは名実ともに独立国に。
- 社会主義側は連邦内の自治共和国どまり。
- 冷戦終結時に各自治共和国が独立国家に。
- 冷戦終結で東西統一したドイツとは真逆の展開に。
- 冷戦終結時に各自治共和国が独立国家に。
- 以下もしあの地域が独立するとしたら/ヨーロッパ#イタリアへ
- なぜかコルシカやらニースやらダルマチアやらマルタやら増えている。
- 南北両方を示す場合に「イタリア半島」と呼ばれることがある。
- 史実で南北に分裂していた1943年~1945年の体制(北部がムッソリーニのイタリア社会共和国・南部が連合軍占領下のイタリア王国)が存続のパターンも。
- ムッソリーニが寿命で死ぬまでイタリア王国は連合国の軍政下に。
- 休戦中に工業中心の北部は復興する一方で農業中心の南部はなかなか経済発展が進まない。
フィンランド[編集 | ソースを編集]
- ソ連占領地域はカレリア共和国と一体化していた。
- フィンランド化という言葉はなかった。
オーストリア[編集 | ソースを編集]
オーストリアは戦後、ドイツ同様4ヶ国(米、ソ、英、仏)に分割占領され、もう少しのところで東西に分断されかけましたが何とか危機を乗り越えました。 もしオーストリアがドイツのように東西別れて独立していたら。
- 東側はオーストリア人民共和国(東オーストリア)、オーストリア共和国(西オーストリア)に別れて独立。
- 西側の「暫定首都」は西ドイツ同様にあまり大きくない都市に置かれた。
- おそらくザルツブルク周辺。
- 西側の「暫定首都」は西ドイツ同様にあまり大きくない都市に置かれた。
- ウィーンはベルリンのように市内で分断。但し中心部は4ヶ国共同管理。
- ウィーンの米英仏地域は西ベルリン同様資本主義のショーウィンドウと化す。
- 中心部はソ連、米英仏地域関係なく自由(さすがに検問はあるが)に出入り可能。
- なので東オーストリア人はウィーン経由で西側で亡命する。
- ベルリンの壁建設と同じ頃に東へつながる検問所のチェックが恐ろしく厳しくなった。
- 1950年代に東オーストリアが西オーストリアに侵攻。おかげでオーストリアの貴重な文化財が灰になる。
- 米ソ全面衝突(=第三次世界大戦)につながりかねないのでクレムリンはまずそのような侵攻を許可しないのでは。
- 実際に戦後のヨーロッパで資本主義国と社会主義国の武力衝突が発生したケースは一つもない。
- あるいは東でハンガリー事件やチェコ事件のような市民が暴動を起こす。
- いずれにしろ東西オーストリアは冷戦終結と同時に東西統一。
- ソ連崩壊のきっかけはウィーン市の検問解放だったかもしれない。
- その代わりハンガリーは社会主義国の東オーストリアにしか接していないので「汎ヨーロッパ・ピクニック」はない。
- 東オーストリアがイタリアとの国境を開放してたかも。
- 統一後のオーストリアは東西に分断の経済格差に苦しんでいた。
- 東部ではネオナチが活動を活発化させていた。
- ウィーンがスパイ小説などに登場する機会がさらに増えていた。
- オーストリアが永世中立国になれるわけなどない。
- 東西分断後の建設になるため現在のウィーン地下鉄の路線網は史実と大幅に変わっている。
- 1・2号線は東ウィーン、3・4・6号線は西ウィーンの地下鉄として建設される。1号線・2号線は地下数十メートルの所に作られ、史実よりも駅の数が少ない。
- オーストリア国鉄の無煙化は確実に史実より遅い。
- 西ウィーンと中心部を囲む「ウィーンの壁」が建設される。ただし、ウィーンの森とドナウ川には建設されず、市の南部にだけ作られる。
- 汎ゲルマン主義の台頭を防ぐため、やはりドイツとは統合されない。
インド[編集 | ソースを編集]
- ナルマダー川を境に北の「インド人民共和国」と南の「インド連邦共和国」に分断。
- 北の首都はデリー、南の首都はハイデラバード。
- 人口が多い事を考えると今でも統一できていない。
- この場合、北は国名を変えて存続していた。