もし日本が四ヶ国分割統治されていたら
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- 初期の計画では日本は以下の形で分割統治される予定だったそうです。
- 北海道・東北:ソ連
- 関東・中部:アメリカ
- 東京:4ヶ国による共同管理
- 近畿・福井(大阪のみという説もあり):アメリカ・中華民国の共同管理
- 四国:中華民国
- 中国・九州:イギリス
- では、この統治形態のまま日本が地域ごとに独立あるいは占領が固定化していたら?
- もし本土決戦が行われていたら、各国の統治地域に違いは出るだろうが、ほぼ確実にあり得た。
- ソ連に統治された地域の独立は下手するとソ連崩壊までずれ込んでいた。
- 北海道は独立できずに樺太・千島共々ソ連に併合されていたかもしれない。
- 米英地域は統一独立が容易だろうから、事実上3ヶ国に分断されていたと思われる。
- いずれにせよ完全な形での再統一は絶望的になっていた。
- おそらくソ連占領区だった北海道・東北よりも四国が障壁になる。特に中華人民共和国の影響力が増してからは尚更そうなるだろう。
- 中華民国が大陸から追い出されたときに「統治を続けるは困難」として他の国(おそらくはイギリス、別の国とするならフランスか?)に返上させたかもしれない。ただ、中共が四国(+大阪半分)の領有権を主張していそう。
- 台湾のごとく、国民党系の亡命者が中華民国統治地域に大量にやってきたり、場合によっては名古屋辺りに蒋介石が臨時政府を作ると言い出すかも。
- 中華民国が大陸から追い出されたときに「統治を続けるは困難」として他の国(おそらくはイギリス、別の国とするならフランスか?)に返上させたかもしれない。ただ、中共が四国(+大阪半分)の領有権を主張していそう。
- おそらくソ連占領区だった北海道・東北よりも四国が障壁になる。特に中華人民共和国の影響力が増してからは尚更そうなるだろう。
- 占領時の政策などの違いもあり、下手すると米英地域の統一の時点で事実上の連邦制への移行などを採らなければならなかった可能性も…。
- いずれにせよ完全な形での再統一は絶望的になっていた。
- 国連加盟は史実よりも遅くなっていた。
- 早くて東西ドイツと同じく1975年前後、遅ければ南北朝鮮のように冷戦終結まで持ち越される。
- 瀬戸大橋や青函トンネルは建設すらされなかったかもしれない。
- おそらくドイツも同じような形で分断されていた。
- そもそもドイツ(オーストリアを含むが)は四か国統治を経験し、その後ドイツのソ連統治下だった部分が東ドイツとなったわけで。
- 西側でも(こちらは米英仏だったが)分割統治の国境で国が分かれていたということなら、おそらくはないだろうけど結局冷戦期に統一してたのかな…?
- そもそもドイツ(オーストリアを含むが)は四か国統治を経験し、その後ドイツのソ連統治下だった部分が東ドイツとなったわけで。
- そもそも、北海道は分割の対象外であった。アメリカは分割対象にする気が全くなく、ウタリ協会(先住民族アイヌ人の団体)に独立を示唆した事があった。結局、独立する事がなくなったので、アメリカ・中国(当時の代表は中華民国)は分割統治を白紙にすることにし、ロシア(ソビエト)・英国もこの提案を飲んだ。仮に分割されるとすれば、ロシアの支配権は東北・北関東(毛野)となっていただろう。
- 分割統治には国家元首である天皇の処分を免れられなくなるので最悪の場合、昭和天皇はその他のA級戦犯同様に極東軍事裁判で処刑、その他の皇族は皇籍はく奪されていた。
- 史実でも皇室制度の廃止は提案されていたが、当時日本人の多くは皇室に親近感を抱いており、日本の安定化のためにGHQは昭和天皇の戦争責任を追及せず、皇室は日本統合の象徴として残され立憲君主制国家となったが、この世界では(仮に本土決戦が行われていた場合)、国民は戦争を止められず分割統治という結果を招いてしまった天皇を嫌う大多数の人間と、未だに天皇陛下万歳を掲げる一部の元軍人・極右の2パターンに分かれると考えられる。そうなると、皇室は日本統治において役に立たない上に、反占領統治の神輿にされかねないため、いずれにせよ皇室制度は廃止されることになる筈。
- 仮に処刑や戦犯リスト入りを免れていたとしても、前述の国民感情や連合国軍の意向により、1947年までには制度としての皇室は廃止されることとなり、皇族は新しい姓を与えられて一般人として生活していくことになるだろう。
- これに書かれていることがいくつか発生していた。
- 鉄道は宗谷本線と札幌―旭川間が1520mm軌間、その他の在来線が1435mm軌間にそれぞれ改軌されていた。
- いまだに非電化のまま。
- 仙台〜モスクワの寝台特急が運行されそう。海上区間は列車ごとフェリーに搭載する。
- ベルリンと同じように4ヵ国で分割ではなく各国による国際共同管理区域(分割統治時代のウィーン市1区)になっていた。
- 治安維持は、米英中ソの憲兵が必ず4人1組で巡回。
- 指揮系統の混乱で治安が悪化していた。
- 市長は米英中ソの4ヵ国から1ヵ月交替で着任していた。
- 1943年に東京市は消滅し東京都となっているが、これは東京分割に際して復活したということでよいのか?
- 東京都も分割統治された場合
- 中央区・台東区・墨田区・江東区・荒川区・足立区・葛飾区・江戸川区→ソ連統治
- 千代田区・港区・新宿区・文京区・品川区・大田区・豊島区・板橋区・北区→アメリカ統治
- 目黒区・世田谷区・渋谷区・中野区・杉並区・練馬区→イギリス統治
- 多摩地域→中華民国統治
- 伊豆諸島・小笠原諸島→アメリカ統治
- 米中がここを巡って争わない限り、関東・中部と同時に独立していた。
- 中共がまだ中国の代表たる国家になっていないので、少なくとも二地域に分断されることはない…はず。
- 四国が中国統治地域になっているので、淡路島をどうするかで手間取っていた。
- かつて淡路国が南海道所属だったため(南海道所属の紀伊国は畿内と陸続きのため近畿の一つに)、四国側所属になったと思う。
- 史実の台湾とほぼ同じ悲劇が四国を襲う。
- 四国の日本人を統治するのに手を焼き、台湾統治は懐柔のために史実より穏やかに。
- 台湾の本省人は外省人と日本人との間の中間管理職的存在にされ、日本人に直接的な憎悪を向けられる。
- 人民解放軍からは安全なため大陸反攻の兵站基地となり、工業が発展する。
- 中共は四国占領を帝国主義と非難して日本への返還を主張する。
- と言うのは表向きのお話で、裏では中共への併合を狙っている。
- 「松山-松山」の国内線がドル箱路線になる。
- 四国側の松山空港が改名していた可能性も否定できない。
- 久万高原辺りに蒋介石が避暑に来る別荘が建てられた。
- もしかすると反中国共産党の防波堤とするために暫く中華民国による統治が続き、それによって日本との関係が冷え込むが、アメリカの圧力もあるだろうから恐らく1970年代には日本に返還されるだろう。
- 中国の影響力が強い四国と中国大陸に挟まれるので、有事への対策が急速に進んでいた。
- 沖縄に関してはデータが未確定なのでよく分からないが、状況的に米英のどちらかが統治していた。
- うなぎゼリーが柳川の名産になる。
- 英語教育はイギリス英語。
- ロンドンで九州料理がポピュラーになる。
- ロンドンをはじめ欧州ではラーメンといえば九州風の豚骨ラーメンしかない。
- 鉄道の電化が遅れ、今でもディーゼル特急が中心。
- 実際特急はほとんど汽車だぜ?
- 史実のDC特急じゃなくてディーゼル機関車を利用した動力集中方式、なおかつインターシティー125のようなプッシュプル方式が主力だった可能性。
- 実際特急はほとんど汽車だぜ?
- 平戸のイギリス商館跡が九英親善の象徴として九州を代表する観光地になる。
- 高崎山の猿の「シャーロット」命名は九英親善の一環として行われ、命名に対する批判も史実より少なかった。
- イギリス領になるので、「中国地方」という名前ではなかったかもしれない。