もしシベリアが温暖な気候だったら
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もしシベリアが農作物が取れるほど温暖な気候だったら
全般[編集 | ソースを編集]
- シベリアにも複数の国家があった
- 文字は漢字またはモンゴル文字の影響を受けていた
- かつては中国の強い影響下にあった。
- 現在シベリアに存在する「○○共和国」の類は全て正真正銘の独立国になっていた。
- 「北アジア」という言葉が正式な行政区分として使われていた。
- モンゴルの周辺地域の略奪が大幅に増えていた
- シベリアの国がそれなりに発展していた場合、モンゴルのユーラシア征服が大幅におくれていた
- ユーラシア征服が大幅に遅れていた場合、実史の半分程度で終わっていた可能性も
- その場合、コーエーの「蒼き狼と白き牝鹿」は半分程度のマップになってるか発売されない
- シベリアであのような気候ならば、モンゴル一帯はサハラ砂漠並の砂漠地帯になっているはず。なので、商人などはいても騎馬民族はいなかったかもしれない。
- 沿海州に独自の国家が誕生していた場合、日本と北海道・樺太を争うことになる
- それ以前にアイヌが独自国家を北海道・樺太・千島に築いていそう。
- おそらく中国北部のように小麦主体の農耕が行われていた。
- 場合によっては東部の一部がアメリカ領になっていたかもしれない。
- 渤海は史実よりも長く存続していた。
- 現実通りに石油や天然ガスを産出している場合、中東の産油国並みに豊かな国が存在していた。
- 少なくともOPEC加盟国はあると思われる。
- どうも北半球の気温が全体的に上昇していそうな気がする…。
- 1908年のツングースカ大爆発で多くの犠牲者が出ていた。
- もちろんヘタリアにも複数名のキャラが登場していた。
- さらにロシアなどの性格も大幅に変わっていた。
- シベリア送りは左遷ではなかった。
- むしろ褒め言葉かつ成功の証だった。
- 欧州からアメリカへ移民したのと同様、シベリアへも多くの人が移住していった。
- その分アメリカに入植する人は減っていた。
- やがて宗主国(ロマノフ朝)に対してシベリア独立戦争農奴解放共産革命勃発(米国で例えるならアメリカ独立戦争と南北戦争が同時発生)。
- ロマノフ朝は敗れてソ連が建国される。
- ソ連が強大なため西側諸国は冷戦に敗れる。
- むしろ下にある通りドイツが強大だった。
- ノヴォシビルスクやイルクーツクはロサンゼルスやシカゴ並の巨大都市に。
- ロシアが世界一の農業国になっていた。
- 地下資源も豊富なため農民と鉱山労働者の間で小競り合いが起きていた。
- ロシアの人口が中国やインドと同じくらいにまで増えていた。
- モンゴルの人口も東京都と同じぐらいにまで増えていた。
- シベリア共和国が成立していた可能性もあった。
- オイミャコンやベルホヤンスクの知名度が現実よりかなり下がっていた。
- 外満州は今でも中国領のまま。
ロシア編[編集 | ソースを編集]
- ロシアのシベリア進出が大幅に遅れていた、或いは今でも太平洋に進出できず
- そのため実史で起きたクリミア戦争が何度も繰り返される
- 現実の歴史で知られるクリミア戦争は第●次クリミア戦争と言われることになる
- ヨーロッパでは「ロシアvs南下を阻止しようとする欧州列強という構図」がずっと続く
- ポーランドやフィンランドは未だにロシア領のまま。
- アラスカはカナダ(イギリス)領になっていてアメリカの州の数が実史より一つ少ない
- ハワイはあくまでもアメリカ49番目の州だった
- そのため実史で起きたクリミア戦争が何度も繰り返される
- ロシアが強引にペルシャ湾に進出しようとした場合、中東でも戦争が起こる
- 日露戦争が起きないので戦艦三笠は保存されない
- 東郷平八郎の知名度はそれほど高くない
- ロシア革命の構図がかわっていた
- 幾度となく繰り返されるクリミア戦争ないしシベリアへの進出による重税でロシア革命が勃発する
- ただし実史同様ソ連が成立しても実史よりも強大ではないので社会主義思想が世界に広まるのが大幅に遅れる
- ロシアの太平洋進出が無いので現在も地味に大韓帝国が存続している
- 実史に10年遅れること2000年あたりにソウルオリンピック開催、ちなみに2002年のワールドカップは日本単独
- 実史通り辛亥革命が起こっていたら韓国に皇帝が居る事に中国人のプライドが傷つく
- 中国のメディアが韓国皇帝のことを「韓王」一方でベトナム皇帝は「越王」と呼んでたかも?
- 日本の動きも大きく影響してくるので大韓帝国が存続できるかどうか微妙。
- 場合によっては日清戦争後すぐに植民地化されたかもしれない。
- ロシアが極東進出しなければ、日本も朝鮮を植民地化しようとしなかったのでは。
- 代わりに台湾や樺太の開発に力を入れていた。
- 満州南部の権益は最初から日本が手に入れていた
- 冷戦が実史よりも小規模かつ早く終結していた
- というより第2次大戦でソ連が敗北していたため「冷戦」という構図が発生しない。
- 軍需工場を疎開させる土地もなければシベリアからの増援も期待できず…と史実よりかなり悪い状況になっていた。
- さらに気候も穏やかになっていると思われるのでドイツ軍の進撃速度が確実に早まっていた。
- もはや戦後史がどうなったか想像もつかない…。
- ロシア(ソ連)が中央アジアを支配していない場合、アフガニスタンの泥沼も無かった
- その場合バーラクザイ朝が実史よりも長続きするか今でも存続している
- ダーウード政権も長続きし、アフガン人民民主党政権は誕生しなかった。
- ヒヴァ・ブハラ・コーカンドのウズベク3ハン国も史実より長続きしていた。
- グレートゲームも無かった。
- アラル海が干上がることもなかった。
- シベリアであの気候だったらカザフステップは砂漠になっているので尚更。
- その場合バーラクザイ朝が実史よりも長続きするか今でも存続している
- おそらくロシアの領域はウラル山脈までになっていた。
- 日本人にとってロシアの存在感が薄くなっていた。
- シベリア鉄道は建設されなかった。
- シベリア諸国協力の元建設されたりして現在でも計画される東南アジア横断鉄道のように
- もしかすると建設を推進していたのは中国だったかも…
- 冬将軍が無いのでナポレオン戦争が長続きするか、ヨーロッパの大半を掌握していた
- 冬将軍が無いので第2次大戦はソ連(ロシア)は早々と敗退していた
- ドイツがロシアとカフカスの資源地帯を手に入れたため、第2次大戦が実史よりも3年近く長続きするか両者痛み分けで休戦になっていた
- そのため戦後はアメリカとドイツによる冷戦となっていた
- ロシアの脅威に怯える事がないため日本の近代化が遅れていたかも。
- ロシアがウクライナを狙う事はなかった。
日本編[編集 | ソースを編集]
- シベリア上空に寒気団ができないので降雪量が激減していた。
- 蝦夷地の開発が早くから進んでいた。
- 江戸時代前半には完全なる日本領となっていた。
- 北海道の人口は最低でも700万人は超えていた
- 函館の人口が70万人ほどになり政令指定都市に青森市とは双子都市のような形で発展
- 津軽海峡は工業地帯になっていた
- もちろん北海道にも複数の県があった
- サッカー地域リーグに所属するチームも8チーム以上はあった
- 函館と青森にもJリーグに所属するチームが居た、2002年が日韓共催となったため没になった青森サッカー競技場も規模を縮小する形で完成している
- 北海道が複数の県に分かれてるため史実で札幌に本拠地を置く、チームは「北海道○○」ではなく「札幌○○」を名乗っていた
- 北海道日本ハムファイターズは札幌日本ハムファイターズに、レバンガ北海道はレバンガ札幌を名乗っていた
- 上に出ていたように北半球全体が温暖化していた場合、沖縄が熱帯に分類されていた。
- 千島列島全域が現在も日本領のまま。
- もしかしたら樺太も日本領だった。
- その場合日本は産油国となりOPECにも加盟していた。
- 或いは樺太北部は中国領、南部は日本領となっている
- 史実でも樺太北部は清に服属していたので可能性はあるかと
- その場合、分割ラインは北緯50度線ではなく、元泊郡以南が日本領となっている
- 現実の江戸時代に幕府の樺太支配も樺太南端しか及んでなかったので
- もしかしたら樺太も日本領だった。
- 「安政の五カ国条約」の相手はアメリカ・イギリス・オランダ・フランス・ポルトガル。
- 大黒屋光太夫は史実より早く帰国できた。
- 日米開戦の時期が早まっていた。
- 第1次大戦後にシベリアへ勢力を伸ばそうとしたが日中戦争ばりの泥沼にはまっていた。
- はたして太平洋戦争はどうなっていたことやら…。
- 菓子の「シベリア」は誕生しなかった。
- 「風立ちぬ」のあのシーンもなかった。
- シベリア抑留は無かった。
- むしろ自ら出稼ぎに行っていた。
- 新千歳や新潟以外からもハバロフスクなどへの航空便が就航してた。
- 長野県も温暖な気候だったため1998年の長野冬季オリンピックは開催されていなかった。
- たまには札幌オリンピックのことも思い出してあげてください。
- Jリーグは早い時期から秋春制を採用している。
- 青森県の人口流出は史実ほど酷くなかった。
- それどころか東北地方の東京などへの人口流出自体酷くなかった。
- 「尼港事件」は発生しなかった。
- 東北がここまで閉鎖的になる事はなかった。
- 冬季閉鎖される道路は少なかった。
その他ヨーロッパ編[編集 | ソースを編集]
- ブリテン島の気温が暖かくなるのでスコットランドやアイルランドの征服は数百年早まっていた
- ハドリアヌスの長城はマイナーだったか建設されず、さらに北にあるアントニウスの長城がスコットランドとの境界になっていた
- スコットランドの首都はダンディーかアバディーンとなりエディンバラはイングランドの地方都市だった
- ブリテン島北部でも農作物が豊富にとれたならイギリスの首都は最低限リバプール辺りかもっと北にあった
- スウェーデンバルト帝国の覇権が実史よりも長く続く
- 実史の領土に加え、バルト三国ほぼ全域とポーランド沿岸部、北ドイツの一部(現在のリューベックとかロストック辺り)を直轄領にしてたかも?
- ロシア・スウェーデン戦争で負けても大国としての国力は数百年保ち続ける
- スカンジナビア半島とフィンランドの人口も史実の2倍以上はあった
中国編[編集 | ソースを編集]
- 漢民族の中原から長江以南への南下は無かったか史実より遅れた。
- よって歴代中国王朝が支配できたのは南嶺山脈までだったかも。
- 下手したら長江以南は支配できていなかったかも。
- 広東はベトナム系の、雲南はタイ系の民族の地域のままだった。
- よって歴代中国王朝が支配できたのは南嶺山脈までだったかも。
- 北方騎馬民族が史実ほど幅を利かせる事は無かった。
- 北宋は燕雲十六州も支配できた。
- モンゴルが砂漠だった事を考えると北方騎馬民族はそもそも存在しなかった。
- 万里の長城も存在しなかった。
- このような世界になっているかも。
- 満州や内モンゴルも歴代中国王朝の支配下に入っており、唐代までに漢民族の地域になっている。
- 外モンゴルは砂漠の遊牧民が作った国に。
- 中国が東トルキスタンやチベットを支配することはなかった。