コンテンツにスキップ
メインメニュー
メインメニュー
サイドバーに移動
非表示
案内
メインページ
このサイトについて
方針とガイドライン
耳寄り (秀逸な噂)
おまかせ表示
最近の更新
編集者
借井戸 (議論の場)
バカの卵 (起案協力)
Chakuwikiを盛り上げる方法
記事の評価
Chakuwiki
検索
検索
表示
アカウント作成
ログイン
個人用ツール
アカウント作成
ログイン
ログアウトした編集者のページ
もっと詳しく
投稿記録
トーク
もし中谷宇吉郎が雪の結晶を発見していなかったら
ページ
議論
日本語
閲覧
編集
ソースを編集
履歴を表示
ツール
ツール
サイドバーに移動
非表示
操作
閲覧
編集
ソースを編集
履歴を表示
全般
リンク元
関連ページの更新状況
印刷用バージョン
この版への固定リンク
ページ情報
このページを引用
表示
サイドバーに移動
非表示
六花亭という名の菓子屋が存在しなかった。
雪印
のあのマークも存在しなかった。
マークが誕生した1926年の時点では中谷はまだ東京帝大の助手だったのでその動きが決定に影響を与えたとは思えない。
北海道
の市町村のシンボルマークが安易に六角形になることはなかった。
五芒星か、北海道章と同じ七芒星(でいいのか?)が主流に。
中島美嘉の「雪の華」という歌も生まれなかった。
古河
藩主土井利位が普通に雪氷学の父と言われていた。
片山津温泉に中谷宇吉郎の博物館は出来なかった。
カテゴリ
:
歴史のif検討委員会 技術史
検索
検索
もし中谷宇吉郎が雪の結晶を発見していなかったら
話題を追加