もし朝鮮半島が日本領だったら
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- もちろん某非常識独裁国も某新興問題国も存在しない。
- 東アジアの平和は保たれる。
- 鴨緑江沿いに米軍基地がいくつも作られる。
- とはいえ国境は開かれているので現実の38度線ほど緊張している雰囲気はない。
- もし朝鮮半島が今でも日本領だったらと同様に、釜山(ふざん)発北京行きやモスクワ行きの国際列車が走っている。
- 新幹線は和諧号と直通しない。
- 国鉄分割民営化後、かつての新八代駅のように新義州駅で新幹線と和諧号が同一ホームで乗り換えられるようになっている。
- 冷戦の影響で日本は徴兵制の国となり、軍事大国になる
- 任那国(みまなのくに)として名実ともに日本の一部になっていた。
- 「任州(にんしゅう)」という呼び方も存在している。
- 中心都市は「金海(かなうみ)市」。
- おそらく明治以降「金海県」になっていた。
- 新羅との国境に万里の長城のような壁が築かれた。
- 日本列島を支配する政権が積極的な拡大姿勢なら建設されなかったと思われる。
- 第二次大戦後朝鮮本土が共産化された場合、史実の軍事境界線並みに強化されていた。
- いずれにせよ陸上国境が存在するため、(本土を含めた)日本人の国境に対する認識が変わっていた。
- 1910年の日韓併合は無かったか?
- 広義の任那でもロシアなどの圧力からの防壁や余剰人口のはけ口としては不十分なのでそこは史実通りだったのでは。
- 済州島同様、何かあるたびに朝鮮本土からの亡命者がやって来ていた。
- 韓国からの返還を要求するテロがたびたびおこなわれていた。
- 朝鮮の金海金氏がなくなるため、韓国の金姓は史実より少なかった。もしかしたら最大姓は朴だったかも。
- おそらく対岸の済州島も日本領になっている。
- 元が高麗に侵攻した際にはこの地域も戦場になっていた。
- 三別抄による抵抗の拠点にもなっていた。
- 統治実態によっては19世紀以降に欧米列強に狙われていた可能性あり。
- ロシア辺りが朝鮮本土を経由して狙ってきそう。
- 結局ドイツ東部領土(東プロイセンなど)のように第2次大戦後に分離されているような気がする。
- その場合この地域が大韓民国になり、半島の残りが北朝鮮になっていたかも。
- この場合も独特の方言(朝鮮語の影響が強い)が発達していた。
- 海外の言語学者の間では日本語とは別の「任那語」とされることもある。
- 長崎県の領土となっていた。
- 香川県よりわずかに小さいくらいなので独立した県になっていたかもしれない。
- 単独の県になった場合は現在も「48都道府県」で唯一鉄道がなく民放も2局しかない。
- 日本で2番目に人口が少ない県だった。
- むしろ、壱岐・対馬と合わせて福岡県の領土になっていたりして。
- この場合、現実の北九州・筑豊は別の県になっていたかも。
- 韓国のハワイならぬ日本のハワイとなっていた?
- 羽合町はどうなる?
- 済州島が「韓国のハワイ」と呼ばれるのは寒さが厳しい韓国の中では暖かい方だからなので「日本のハワイ」にはなりえないのでは。
- 南部の西帰浦市でも高知と変わらないくらい。
- ただ、言語的・地理的にも韓国に近いので、韓国から「気軽に行けるリゾート」にはなっていたかも。
- 5大犯罪の発生率は少なかったかもしれない。
- 何故?
- かつて済州島は「三無」という言葉で表現されていたという。「泥棒がいない」「乞食がいない」「外部からの(泥棒と乞食の)侵入を防ぐ門が無い」という意味で。ウィキペディアの済州島の項目では「済州島の厳しい自然環境を克服するために協同精神が發達して、朝鮮本土の人々とは違い、性格が温和だ」という記述がある。大宅壮一さんは「済州島の生活様式は朝鮮より日本に近い」と言ったとか。
- 何故?
- 対馬市のライバルになっていた。
- 江戸時代には対馬同様に米が採れないため領主は交易や馬の飼育で収入を得ていた。
- 済州島の古代国家である耽羅国は日本に朝貢していたこともあるのでありえた。
- なお初朝貢の時期は久米島より早い。
- ウチナーグチ並みに共通語とかけ離れた方言があった。
- おそらく朝鮮語の影響を濃厚に受けている。
- 場合によっては別言語扱いされていて、この言語と日本語・朝鮮語双方との類似性を根拠に「日朝語族」というグループができていたかも。
- 日本名は「耽羅」の転訛から「田村島」か。
- 古代では「タクラ」と呼ばれていたらしいから「多倉島」かもしれない。
- トルハルバンは誕生しなかった。
- 何かあるたびに朝鮮半島からの亡命者がやって来ていた。
- 旧家では「先祖は亡命してきた新羅の大臣」といった伝承がごく普通にある。
- 朝鮮戦争でも亡命者がやってきたかもしれない。
- 「金○」「張○」「朴○」みたいな苗字の人が多い。
- 在日韓国・朝鮮人が史実より少なかった。
- 鶴橋が史実より発展していない。
- 但し、この島では朝鮮半島に地理的に近いことからかなり多い。
- 島内では対馬以上に韓国語が通用する。
- 戦前には内地から朝鮮西部や中国などに向かう船の寄港地としておなじみだった。
- おそらく統治するのは(対馬)宗家。
- 史実の済州市か西帰浦市の中心部にあたる場所に城を築きそこに城代を置いて統治していた。
- 対中国の観点から旧軍→自衛隊の基地が多く置かれていた。
- 済州市と西帰浦市の市長は今でも公選。
- 町村ももちろんある。
- 古くから日本領だったら地名も純日本風になっているのでは。
- やはり島根県の領土か?
- 日韓で領土問題になるのは竹島ではなく鬱陵島。
- あっても、そんなに大騒ぎにはならないだろう。
- 李承晩ラインの領域に含まれていることを考えるともっと酷い事になっていたと思うのだが。
- 韓国の白ニョン島同様李承晩ラインの内側だが、鬱陵島周辺海域と接続水路だけは認めてやるというスタンスだったかもしれない。
- あっても、そんなに大騒ぎにはならないだろう。
- 空港はもっと早い時期に出来ていた。
- 日本エアコミューターあたりが隠岐と出雲への便を飛ばしていた。
- 大阪方面の便も飛ぶようになっていた。
- 「勝手に鉄道建設」に欝陵線が追加される。
- 江戸時代までと同じようにこちらが「竹島」を名乗っていた。
- 史実の竹島は「松島」と呼ばれている。
- 韓国と領土問題にならないため知名度は低く、「宮城県以外にも『松島』がある」程度の認識。
- 史実の鬱陵島の近くにある「竹嶼」は別の名前で呼ばれていた。
- 史実の竹島は「松島」と呼ばれている。
- 江戸初期くらいまでに日本人が多く居住していれば十分ありえた。
- 李氏朝鮮は1417年から19世紀までこの島を立ち入り禁止にしていた。
- 史実でもこの時期に日本の漁師がしばしば拠点にしていたらしい。
- 流刑地としても使われた。
- 隠岐よりも遠いことから、特に重い罪を犯した罪人や幕府に謀叛を企てたとされた公家・武家の流刑地になっていた。
- 現実で八丈島に流された宇喜多秀家もこっちに流されていたかも。
- 現在は「島根県隠岐郡竹島町」と名乗っている。
- 竹島町の管轄は松島も含む。
- 竹島支庁が置かれている可能性も。
- いや、「島根県竹島郡竹島町」だろう。
- 現実でも人口が1万人くらいいることを考えると、昭和の大合併までは「南竹島村」「北竹島村」に分かれていたかもしれない。
- 隠岐汽船の航路が就航している。
- 国道485号の起点にもなっていた。
- この島特有の山菜などがあるため独自の料理が発達していた。
- テレビ放送の開始は相当遅れていた。
- 隠岐から海底ケーブルが敷かれるまでかつての大東諸島同様にBSを地上波に変換して送信していた。
- 場合によってはニホンアシカが絶滅を免れたかもしれない。
- 史実では最後の生息地だった竹島で実効支配国の韓国による保護が遅れたため絶滅してしまったとされる。
- 島根県関連のゆるキャラにアシカがモチーフになったものがいた。
- リゾートホテルなどで別名の「アジュレー」が名称として使われることもある。
- 「ダジュレー」では。
- 多分西武グループあたりが「ダジュレー・プリンスホテル」を建てている。