もし越生鉄道が東武に併合されなかったら
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越生鉄道越生線の場合[編集 | ソースを編集]
- 1970年代に廃線の危機を迎え、21世紀になって第三セクター化を余儀なくされる。
- その第三セクターの主要株主は越生町で、社長は本清一雄だったが、同氏の落選により田島公子が社長に就任。その瞬間、梅をモチーフにした越生のゆるキャラがラッピングされる。
- ラッシュ時は6両編成のレールバスが走る。普段は2両。
- 川越観光バスと合併し、「川越観光鉄道越生線」になっている。
- 「川越」を名乗っていながら川越市内に線路を持っていないことが話題になった。
西武越生線の場合[編集 | ソースを編集]
- 西武池袋線や新宿線と無理やりつなげたとは考えにくいが…
- 安比奈線が坂戸まで伸びて、越生まで直通運転をした可能性はある。
- 西武は越生の観光地化を熱心に行うがバブル崩壊で不良債権に。どっかでも同じ事を書いた気が。
- 確実に3ドア車の墓場と化している。いまだに401・701系辺りが走ってるかもしれない。
- 越生と池袋線東飯能に八高線との連絡線路が設置され、越生線車両の検査入場のときに使用する。
- 自動改札は入らず、共通乗車カードシステムの導入はPASMO導入までお預け。
JR東日本越生線の場合[編集 | ソースを編集]
| いっぽんまつ | |||
| 一本松 | |||
| ● | Ipponmatsu | ● | |
| さかど Sakado |
にしおおや Nishi-ōya | ||
- 戦時買収私鉄指定で国有化され、その後JR東日本に。
- 八高線と同じく、過去はキハ35系、現在はキハ110系が走っている。
- ダイヤはラッシュ時でも15分、昼間は30分に1本。しかも全然パターンじゃない。
- もし妄想を働かすなら、国鉄時代に西川越あたりから無理やり坂戸まで線をつなげていた。
- 大宮発越生経由高崎行きの列車が運行されていた?
- 名前も八高線坂戸支線として営業。
- 武州長瀬、武州唐沢はそれぞれ武蔵長瀬、武蔵唐沢に改称。
- 特定地方交通線に指定され、遅くても民営化直後には廃止or三セク転換されていた。
- 後者の場合は東武資本が入るが恐らく非電化のまま。
- 気動車は会津鉄道に準ずる仕様だが耐寒耐雪構造とトイレはなし。
- 後者の場合は東武資本が入るが恐らく非電化のまま。
- 戦中から坂戸-鴻巣-久喜-水海道-土浦の延伸工事が行われる。早期に土飯線として実現。大宮-高麗川の代わりに。
なぜか秩父鉄道越生線になった場合[編集 | ソースを編集]
| いっぽんまつ | ||||
| 一本松 | ||||
| ◢ | Ipponmatsu | ◣ | ||
| さかど Sakado |
埼玉県 鶴ヶ島市 |
にしおおや Nishi-ōya | ||
- 意地で電化し、越生からの延伸を企むも挫折。
- 情けない上に、悲惨。
- 地味に都幾川まで延伸していたりはしそう。ただ、いつ廃止されるかも分からない路線。
- 情けない上に、悲惨。
- 坂戸から東に延伸。上尾辺りで(計画倒れに終わった)秩父鉄道大宮線に接続。