もし阪神タイガースがあの年に優勝していたら/2000年代
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2000年代[編集 | ソースを編集]
2000年[編集 | ソースを編集]
- この年は4月に9連勝して首位に立ちましたが、この年も月を重ねるごとに大敗の試合が増え球団初の3年連続の最下位に終わりました。もしこの年に勢いが続き優勝していたら?
- 阪神は20世紀最後の年に優勝したことになり、ファンにとってはそれが自慢になっていた。
- 2年連続最下位からの優勝としても話題となった。
- 日本シリーズでは史実より3年早くダイエーホークスと対戦していた。
- 「ON対決」のNは、長嶋巨人ではなく野村阪神となっていた。
- 新庄剛志が史実通りオフにメジャー移籍していたら「優勝を置土産に旅立った」と話題になっていた。
- 球団創設65周年のメモリアルイヤーを飾れたとして盛り上がった。
2001年[編集 | ソースを編集]
- 阪神は21世紀最初の年に優勝したことになり、ファンにとってはそれが自慢になっていた。
- 3年連続最下位からの優勝としても話題になっていた。
- 野村監督時代にも優勝を経験できていた。
- ファンからは「さすが野村」と言われていた。
- それでも沙知代夫人の脱税事件に関連して同年での監督解任は現実通りだっただろう。
- 野村氏が退任した時には現実以上に惜しまれていた。
- 同年は附属池田小事件・明石花火大会事故もあり関西にとってはいい意味でも悪い意味でも忘れられない年になっていた。
- 関西、いや日本国内ではないがアメリカ同時多発テロ事件も。
- USJ開業や2008年大阪オリンピック落選も。
- 赤星をはじめとした「F1セブン」が現実以上に話題になっていた。
- 日本シリーズは大阪近鉄との大阪決戦になっていた。
- 北川博敏は阪神側からも応援されていた。
- 平下晃司も近鉄側からも応援されていた。
- 「何年か後には大阪ドームの前に阪神の駅ができる」とも言われていた。
- 北川博敏は阪神側からも応援されていた。
- それでも同年の「今年の漢字」は「戦」になっていただろう。
- 阪神タイガースの戦いという意味もあるので。
- 和田豊は有終の美を飾って引退していた。
- あるいはもう少し長く現役を続けていたかも。
2002年[編集 | ソースを編集]
- この年は開幕7連勝を記録するなどスタートダッシュに成功しましたが、6月のサッカーW杯の影響の変則日程から失速してしまいました。もしこの年に勢いが続き優勝していたら?
- 星野監督招聘への疑問はこの時点で穏やかになっていた。
- 片岡篤史が救世主とたたえられた。
- 4年連続最下位からのシンデレラストーリーと評された。
- 一方で最下位脱出出来なかった野村元監督が史実以上に叩かれていた。
- 塩谷の疫病神伝説が史実以上に際立った。
- 同年オフの「血の入れ替え」は無かったかもしれない。
- 金本知憲が阪神に来たのか怪しい。
- 日本シリーズは阪神×西武で、1985年と同じ組み合わせだった。
- この場合西武に17年前のリベンジを許していたかも。
- 仮に阪神が日本一になっていたら、「日本シリーズでは阪神はなぜか西武には強い」と言われていた。
- 星野監督は就任1年目で優勝できていた。
- 1985年の吉田監督以来の快挙で、それと比較されていた。
2004年[編集 | ソースを編集]
- 前年(2003年)と翌年(2005年)にはリーグ優勝しましたが、間の2004年は4位に終わりました。もしこの年も優勝していたら?
- 史実通り2003・2005年に優勝していた場合、阪神は2003~2005年にリーグ3連覇という偉業を成し遂げていた。
- 現実以上に阪神の黄金時代と言われるようになっていた。
- この場合初のリーグ連覇とともに翌年には初の3連覇まで達成していた。
- 岡田監督就任1年目での優勝となっていた。
- 星野前監督との比較で伸び悩むこともなかったか。
- 鳥谷敬が新人王を獲得していたかも。
- パ・リーグが史実通りだった場合、日本シリーズは1985年以来の阪神×西武となっていた。
- 日本一は1985年のリベンジを許していたかも。
- もし阪神が日本一になっていた場合、「日本シリーズでは阪神はなぜか西武に強い」というジンクスが生まれていた。
- 広島が史実通りの場合、平成の既存球団で唯一日本一を達成していない球団と揶揄される。
- 西武の平尾博嗣は日本シリーズで古巣と対戦。
- その際阪神側からも「平尾」コールが起こる。
- 翌年の日本シリーズでの「33-4」はなかった。
- こちらも阪神が日本一になっていた可能性がある。
- 同年は大阪近鉄バファローズのオリックスへの球団合併を表明したこともあり、セパの在阪球団が明暗を分ける年となっていた。
- ストライキや球界再編問題と言い、現実以上にプロ野球史に残る1年となっていた。
2006年[編集 | ソースを編集]
- 史実通り2005年に優勝していた場合、阪神はリーグ連覇を成し遂げていた。
- パ・リーグが史実通りだった場合、日本シリーズは1962年以来となる阪神対日本ハムになっていた。
- 新庄剛志(SHINJO)、坪井智哉は日本シリーズで古巣と対戦。
- その際阪神側からも「新庄」「坪井」コールが起こる。
- 片岡篤史も古巣日本ハムとの対戦となる。
- 日本ハム側からも「片岡」コールが起こる。
- もし阪神が日本一になっていれば、日本一決定の試合後に片岡が両チームナインから胴上げされていた。
- 史実でこの年限りで引退した片岡は「日本一」という最高の舞台で有終の美を飾っていた(現実には日本ハム時代も含め日本一を経験していない)。
- 引退を表明していた新庄剛志の最後の花道を飾るために奮起した日本ハムに敗れ、日本一を逃していた可能性が高い。ただ、それでも日本ハム相手に2勝か3勝はできていただろう。
- テレビ中継で「44年前のリベンジなるか!?」と言われていた。
- 球団の本拠地は西宮(兵庫)と札幌(北海道)でそれぞれ異なるものの、親会社の本社はともに大阪にあることも取り上げられていた。
- 新庄剛志(SHINJO)、坪井智哉は日本シリーズで古巣と対戦。
- 井川慶が史実通りオフにメジャー移籍していたら「優勝を置土産に旅立った」と話題になっていた。
- 久保田智之が右手の骨折で離脱しなければ可能性があった。
- ナゴヤドームでの中日戦にもう少し勝てていた。(史実では9月のナゴヤドームでの対阪神最終戦での1勝のみだった。)
- 少なくとも山本昌にノーヒットノーラン達成されなければ最後の逆転も含めて可能性があった。
2007年[編集 | ソースを編集]
2007年のセ・リーグは最後のほうまで巨人・中日・阪神の3球団による団子レースが繰り広げられたシーズンとなりました。ペナントは最終的に巨人が制しますが、ではもしここで中日か阪神が優勝していたら?
- 一時ゲーム差が結構あった所から10連勝で1位に浮上したため、大阪の街の興奮はただならない。
- 1996年の巨人の「メークドラマ」みたくなる。
- でもやっぱりCSであっさり敗退。
- もしそうなったら阪神ファンの怒りは止まらなくなっていた。そのためCSの廃止か見直しが検討されるようになる。
- 巨人が勝った場合はなおさら。
- もしそうなったら阪神ファンの怒りは止まらなくなっていた。そのためCSの廃止か見直しが検討されるようになる。
- この年1軍定着した狩野恵輔や桜井広大や林威助は現実より長くレギュラー定着していたかも。
- 上園啓史も2年目以降も安定していた。
- 前半戦で投げていた小嶋達也も後半戦~翌年以降も安定していた。
- チームの柱となる投手に成長していた場合、AKB48の小嶋陽菜の「こじはる」に因んで「こじたつ」という愛称が付いていたかも。
- 狩野は正捕手に定着していた。
- FAで城島を獲得しなかった。
- 24年ぶりにユニフォームに黄色のラインが入った年なので、ゲンのいいユニフォームとしてファンから人気があったし「ユニフォームに黄色が入った時期は優勝できない」というジンクスを破っていた。
- 優勝のきっかけが10連勝なので、10連投した藤川球児がMVPに選ばれた。
- あるいは90試合登板の久保田智之かも。
2008年[編集 | ソースを編集]
7月には13ゲーム離されていた1位の阪神タイガースを、驚異的な伸びで10月8日の直接対決にて追い抜き、同月10日にセリーグ優勝を決めた2008年の読売ジャイアンツ。
「メーク・レジェンド」という言葉でこの年の巨人は語られることになりましたが、ではこの年、そのまま阪神が優勝していたら?
- もちろん、岡田の辞任話は噂すらなかった。
- ただし本人自体、そろそろ辞めたいといっていた節もあるようなので、あと数年もせずに別監督に代わっていた可能性は高いと思う。
- 真弓明信の監督就任は無かった。
- 和田豊の監督就任も勿論遅れていた。
- 岡田が阪神の監督の歴代最長になっていたかも。
- 現に2009年で6年目に突入するので、早大〜阪神の先輩中村勝広に並び追い越していた。
- 世界的不況の中、関西だけ俄か景気で沸いていた。
- 全国展開する阪急百貨店はかなりの売り上げを上げていた。
- WBC監督では当然、岡田が筆頭候補になっていた。
- 横浜の三浦大輔はFAで阪神入りしていた。
- 翌年3月に開業した阪神なんば線の開業初年度の利用客が史実より多くなっていた。
- 阪神なんば線のポスターに岡田監督が載っていた。
- 翌年もAクラス入りしていたかも。
- 「Vやねん」がV逸フラグの意味で用いられることもない。
- 『Vやねん!タイガース』は優勝前祝い本として普通に売れていた。「あれで優勝を逃したらどうすんねん」と笑って済ますことができていた。
- 2010年も優勝できていたかも。
- 2014年・2021年に関しても同じく。
- 夏の甲子園で大阪桐蔭が優勝していたので2008年は「大阪イヤー」になっていた。
- パ・リーグもオリックスが優勝して、もし2008年のオリンピック開催地が北京でなく大阪だったら尚更盛り上がっていた。
- この場合2008年における「今年の漢字」は「阪」になっていたかも(史実では「変」)。
- パ・リーグもオリックスが優勝して、もし2008年のオリンピック開催地が北京でなく大阪だったら尚更盛り上がっていた。
- 岩田稔が新人王に選ばれた。
- 藤川球児が入団発表で目標として発言した「10年間のうちに3回は優勝しその1回は胴上げ投手になりたい」が実現したかも。
- この年の紅白歌合戦では、中村美律子の「河内おとこ節」の応援ゲストとして阪神の選手が出演していた可能性がある。
- そもそもオリンピックの代表に行った藤川・矢野・新井の代役が安定していれば優勝が有り得た。
- 史実通り2018年に広島が優勝していた場合、セ・リーグの6球団はすべて西暦が8で終わる年にリーグ優勝を経験した事になっていた。
- 2003・2005年に優勝したことと合わせ、2000年代は阪神の黄金時代と言われるようになっていた。
- 7月にマジック点灯した球団がリーグ優勝できなかったケースは皆無になっていた。
CSで勝利した場合[編集 | ソースを編集]
- もちろん、日本シリーズで勝利しようが敗北しようがセールは行われる。
- 岡田の「ここ一番で弱い」という悪評は無くなっている。
- 2005年の再来となった場合、関西では日本シリーズという言葉が禁句になる。
- 日本シリーズの始球式は打席に岡田を置いて、ナベQが投げる。
- キャッチャーとして伊東勤前監督にゲスト出演してもらうのも有り。
- 試合前のセレモニーやテレビ中継で85年の映像が流れる。
- テレビ中継(特に関西)で「85年の再現なるか!?」と言われる。
- 西武の平尾博嗣は日本シリーズで古巣と対戦。
- その際阪神側からも「平尾」コールが起こる。
- 甲子園球場はリニューアル中なのでCSと同様、京セラドーム大阪が甲子園の代わりになる。
- 日本シリーズが対オリックスの場合関西ダービーなので、尚更盛り上がった。
- 第1戦から第7戦まで全て京セラドーム開催だったかも。
- あるいは、第1、2、6、7戦は京セラドーム、第3~5戦はスカイマークスタジアムでの開催。
- ↑逆ですよ、保護地域権の関係上、第1、2、6、7戦はスカイマーク、第3~5戦は京セラドームでの開催。
- 第1戦から第7戦まで全て京セラドーム開催だったかも。
- 当時、西武にいたブラゼルは2009年開幕当初から阪神にいたかも。
- つまり、日本シリーズ終了後、阪神が現実より早くブラゼルを獲得しようとした可能性あり。
- シーズンを2位や3位で終えてCSで優勝した場合、「Vやねん」というのは「逆転フラグ」を指す言葉になっていた。
- 西武と日本シリーズで対戦が実現していた場合、西武に23年前のリベンジを許しただろう。
- もし阪神が日本一になっていた場合、「阪神は日本シリーズではなぜか西武には強い」と言われるようになっていた。
- 史実通り2018年に広島が日本シリーズに出場していた場合、セ・リーグの6球団はすべて西暦が8で終わる年に日本シリーズ出場を経験した事になっていた。
CSで敗北した場合[編集 | ソースを編集]
- 中日がCS制覇した場合、CSに対する制度改革を求める声が強まった。
- 場合によってはCS自体が廃止されていた可能性もある。
- 巨人がCS制覇した場合、2007年の時と同じく優勝の歓喜が消えた。
- これで日本一となった場合、この時「レジェンド」という表現が使われたかも。
- 阪神ファンのアンチ巨人率がさらに上昇した。
10月8日に敗北するも巨人連敗と阪神連勝で再逆転した場合[編集 | ソースを編集]
- 巨人ではなく阪神が「奇跡の逆転勝利」として称えられている。
- 1994年の巨人の“再現”となる。
- 神戸でのホーム最終戦で胴上げしていたかもしれない。
阪神と巨人の立場が逆だったら[編集 | ソースを編集]
- 阪神が巨人とのゲーム差13をひっくり返しての逆転優勝だったため、阪神に対して「奇跡の逆転優勝」という言葉が使われるようになる。
- 「虎のメークドラマ」とか「浪速のメークレジェンド」などと呼ばれていた。
- 「メークレジェンド」は阪神のものになっていたかも。
- 「虎のメークドラマ」とか「浪速のメークレジェンド」などと呼ばれていた。
- 阪神優勝当日の大阪を中心とした街の盛り上がりは想像をはるかに超えるものとなっていた。
- 1985年や2003年と同じ位かそれ以上かも。
- 道頓堀は大変なことに…
- 清武は「ハラをキる!」。
- そして翌年から、また巨人の迷走時代が……
- それよか、原監督はこの時点で潔く辞任していたかもしれない。
- この年以降の巨人の優勝回数は少なくなっていたかもしれない。
- 2009年の成績も現実よりも良く、CS出場を果たしていた。
- 杉内、村田、片岡の巨人入りはなかった。
- むしろこのうちの1人が阪神に入団していた可能性もある。
- その場合、彼らの選手生命は現実よりも長かった可能性が高い。阪神入りしていたかどうかは別としても。
2009年[編集 | ソースを編集]
- 3月に阪神なんば線が開通したこともあり、親会社にとっては二重の喜びとなっていた。
- なんば線自体開業初年度から利用者は現実以上に多く、ロケットスタートを切っていた。
- 道頓堀川の底からカーネル・サンダース像が出てきたので、それと結びつけられていた。
- 前年は優勝争いしながら惜しくもシーズン終了直前で逃したので、その雪辱を果たす形となっていた。
- パ・リーグの覇者が現実通り日本ハムだったら、現在に至るまで唯一の阪神×日本ハムの日本シリーズとなっていた。
- シリーズでは元阪神の坪井や後にFAで阪神に入ることになる糸井との対戦も実現していた。
- 前身球団も含めると1962年の阪神×東映以来2度目となる。
- テレビ中継で「47年前のリベンジなるか!?」と言われていた。
- 球団の本拠地は異なるものの、親会社の本社はともに大阪にあることも取り上げられていた。
| 阪神タイガース |
|---|
| 項目別:親会社 | ダメ外人 | アンチ阪神 | 暗黒時代 本拠地:甲子園球場/大阪ドーム/甲子園駅 ファンの噂:阪神ファン(暗黒時代) | 選手別 | ファン? ○○に言いたい:球団に言いたい | ファンに言いたい 勝手国:阪神タイガース共和国 研究:死のロードを解消する方法 | 用語:33-4 もしも借箱(プロ野球編) | 歴史のif検討委員会(野球) 偽モノの特徴:偽球団 | 偽選手/偽星野/偽新庄 | 偽ファン | 偽甲子園 |