もし阪神急行電鉄と阪神電気鉄道が合併していたら
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2006年に経営統合がなされた阪急電鉄と阪神電気鉄道であるが、両者の対立が特に激しかった昭和初期(当時の阪急の正式社名は阪神急行電鉄)にもしばしば合併の話はあった。
もし、その話が実現していた場合を想定してみる。
社名[編集 | ソースを編集]
- そのまま「阪神急行電気鉄道」というのもなくはないが、単に「阪神電鉄」となった可能性もある。
- 或いは単なる「阪神鉄道」となり略称は「阪鉄」
- 「阪神鉄道」ならそのまま「阪神」でしょ。
- 或いは単なる「阪神鉄道」となり略称は「阪鉄」
- 京阪合併で「京阪神電気鉄道」となる。
- 戦後も分離しなかった可能性はある。
- 全路線茶色で国鉄に対抗。他地方住民から見ると「京阪神の私鉄=高級」のイメージができるため「阪神タイガース」もおしゃれな球団になっていたかも。
- 下にあるように、現実の阪急ブレーブスのような雰囲気を持っていたかも。
阪急神戸線[編集 | ソースを編集]
- 路線名は阪和電気鉄道買収後の南海同様、「山手(本)線」になったかもしれない。
- 駅名は「御影」・「春日野道」にそれぞれ「山手~」・「北~」などの接頭語がついた。
- 御影は「御影北口」に改称。
- 新京阪線保有時代の京阪電気鉄道と同じく、急行線とされて速達列車が現在に至るまで設定されている。
- 特急は4~6分間隔で走る。普通は特急の邪魔をしない程度に細々と走る。
- そのため退避駅が増加。恐らく、塚口・岡本には設置される。
- 阪神本線が神戸高速に直通する代わり、阪急神戸線は始めから神戸市営地下鉄山手線と直通運転を実施した。
- 北神急行も阪急の自営線となり、地下鉄と阪急の境駅は新神戸ではなく三宮となった。
- 神戸阪急ビルは実史より早く壊され、昭和60年代に地下駅へ乗り入れていた。
- 神戸から三宮に改称されるのは、阪神の顔を立てて乗り入れ時となり、地下鉄開業時に阪神本線の駅と改札内乗換えが可能となっていた。
阪神本線[編集 | ソースを編集]
| 阪 急 にしのみや | ||||||||||||||
| 西宮 NISHINOMIYA | ||||||||||||||
| くすがわ KUSUGAWA |
にしのみやしやくしょまえ NISHINOMIYA-SHIYAKUSHOMAE |
|||||||||||||
- 「本線」から「阪神(本)線」に路線名変更。
- 旧阪急線に役目を譲って速達列車がなくなり、急行と普通だけになる。
- しかし西大阪延伸線開業の瞬間、一気に特急が走る。もちろん難波-三宮のルートで。
- この場合阪神梅田~尼崎間は支線扱いとなる。
- 資本力が強化されるため、開業は高度経済成長期になったかも。
- しかし西大阪延伸線開業の瞬間、一気に特急が走る。もちろん難波-三宮のルートで。
- 大型車の投入が遅れる。
- 今津駅は当然、総合駅になる。
- 今津線と阪神線との直通運転も行う。例えば宝塚-元町。
- 西大阪線と同じ運転系統になり、原則西九条-宝塚で運転。
- 阪神なんば線開業後は奈良-宝塚間に直通電車が運行される。
- 今津線宝塚―今津間は21m車8両が走れるように改良される。
- 尼崎-今津間は複々線化される。
- 学園前の高級住宅街を、本物のマルーンの電車が駆け抜けていた。
- 阪神なんば線開業後は奈良-宝塚間に直通電車が運行される。
- 西宮北口駅は「瓦木」駅てな感じで門戸厄神と似たような感じの駅になっていた。
- 梅田駅は「阪神梅田」、三宮駅が「阪神三宮」となった可能性もある。
- (別論)梅田駅も三宮駅も統合される。
- 淀川-中津間に新線建設して阪急梅田乗入、阪急梅田駅は12面13線の巨大ターミナルになる。一方淀川-阪神梅田間は廃止され、旧阪神梅田駅は四つ橋線の駅に転用される。
- 西灘-阪急三宮間も新線建設し、神戸側ターミナルも阪急三宮に統合される。西灘-元町間は地下鉄海岸線に転用される。
- (別論)梅田駅も三宮駅も統合される。
- 阪急西灘(現:王子公園)との混同を避けるため、西灘は「国道西灘」に改称。
- 戦後、阪急から京阪が分離するときに、阪神線は京阪に、新京阪線は阪急になる。
- その場合、中之島線は早い段階で具体化し、昭和中期に福島から京橋まで開業していた。
- 阪急から京阪が分離しなかった場合も同じ。
- 中之島線は梅田経由だったかも知れない。
- その場合、中之島線は早い段階で具体化し、昭和中期に福島から京橋まで開業していた。
- なんば線はできていても、近鉄と乗り入れてたか怪しい。史実の阪急は近鉄嫌いなので。
- ちゃんと史実通りに直通できたとした場合、近鉄直通に抜擢される阪急車は8000系と9000系だった。
- 快速急行で近鉄車が来ると、一般人でも一本見送ってまで阪急車が来るのを待っていた。
- 近鉄車は阪急車との格差が大きくなりすぎないように、5200系や5220系(3扉転換クロスのシリーズ21)が直通運転に用いられる。
- 5200系は大阪線や名古屋線からかき集められるため、入れ替わりに両路線には8000系や8810系を押し付けられていた。
- 難波方面から近鉄車の乗り入れは尼崎まで、そこから先の乗り入れは必ず阪急車。
- 2022年より、快速急行は準特急に改名。近鉄では62年ぶりの準特急の復活として話題になる。
- 近鉄車は阪急車との格差が大きくなりすぎないように、5200系や5220系(3扉転換クロスのシリーズ21)が直通運転に用いられる。
- ドーム前駅は、岩崎橋駅を名乗っていた。
- 路線名は阪急西大阪線のままだった。
- 快速急行で近鉄車が来ると、一般人でも一本見送ってまで阪急車が来るのを待っていた。
- ちゃんと史実通りに直通できたとした場合、近鉄直通に抜擢される阪急車は8000系と9000系だった。
- 例え震災があっても、走ルンですを導入することはなかった。
その他[編集 | ソースを編集]
- 阪神百貨店は阪急百貨店の別館にされる。
- 香櫨園駅に甲陽線が乗り入れた可能性もある。
- 神戸高速鉄道の設立はなく、戦前か戦後に独自で山陽と接続を果たした可能性も。元町・湊川間の免許を活用し。
- 神鉄も自社線として新開地へ延伸した。
- バスの統合も早期に進み、西宮・西宮北口線などは早期に生まれた。
- 国道線などは昭和40年代中旬までにバス転換された。
- 甲子園線が西宮北口駅まで延伸されていたかも。
- 京阪・南海の駅コンビニは、アンツーという名前だった。消滅は史実通り。
日中の運行系統予測[編集 | ソースを編集]
阪急神戸線
- 梅田 - 西神中央(特急・三宮から地下鉄に直通)
- 梅田 - 三宮(普通)
阪神本線・なんば線
- 近鉄奈良 - 須磨浦公園・山陽姫路(特急)
- 近鉄奈良・大和西大寺 - 宝塚(準急)
- 梅田 - 西宮(急行)
- 梅田 - 高速神戸・新開地(普通)
阪急今津線
- 近鉄奈良・大和西大寺・東花園 - 宝塚(上記準急・線内各停)
山陽電鉄本線
- 近鉄奈良 - 須磨浦公園・山陽姫路(上記特急)
- 御影・三宮 - 山陽姫路(普通)
- 山陽須磨 - 山陽姫路(普通)
神戸市営地下鉄
- 梅田 - 西神中央(上記特急・線内各停)
- 谷上 - 三宮(梅田 - 西神中央系統と三宮で接続)
- 谷上 - 西神中央