もし2004年球界再編で○○になっていたら
セリーグ6球団・パリーグ5球団になっていたら[編集 | ソースを編集]
2004年の大阪近鉄バファローズの消滅でセリーグ6球団・パリーグ5球団の状態になっていたら。
- 交流戦が行われることはなかった。
- パリーグの試合の日程がぐちゃぐちゃになっていた。
- 仙台にチームが作られることはなかった。
- バランスが悪いのでどこかのタイミングで新球団を入れざるを得なくなっていた。
- 時期が時期ならDeNAが直接球団を作って参入していたかもしれない。
- 当時隆盛を極めていたグリーが参入していたかも。
- 時期が時期ならDeNAが直接球団を作って参入していたかもしれない。
- 分配ドラフトは行われなかった。
- パリーグにJR四国の球団ができる。
- 球団名は「高知or松山JR四国ライトブルーライナーズ」
- 韓国や台湾などを巻き込んで野球版アジアリーグを結成していたかも。
近鉄が○○だったら[編集 | ソースを編集]
→もし大阪近鉄バファローズが2004年球界再編で○○になったら
あの球団が参入していたら[編集 | ソースを編集]
仙台ライブドアフェニックス[編集 | ソースを編集]
- 例の事件によって大混乱。
- 東証マザーズ上場廃止と同時に身売り決定。
- 結局楽天が引き取り「仙台ライブドアフェニックス」は「日拓ホームフライヤーズ」と共に、1年限りの幻の球団として名を残す。
- ただし名称は「仙台楽天フェニックス」となる
- 「仙台楽天フェニックス」のほうがカッコいいじゃん
- いや、ライブドアは球団経営をすることが精一杯で他の事に手が回らず逆に例の事件は起こらなかったような気がするが…。
- 球場は今のような感じではなく、当初ライブドアが作っていたものを継続。
- 一時、フジテレビ系列に入っていたことから救済措置として「フジテレビ」が買収。それでも数年後には撤退することになる(身売りか合併)。
- 宮城野原駅がクリムゾンレッド色にならなかった。
- しかし赤系だったのは変わりない(ライブドアもチームカラーは赤の予定だった)。
- 楽天と同時に入れたらセ・リーグに入っていた。
- その場合楽天は神戸をつぐことになっていたかも。
- 新潟も同時に入ったらセ・リーグ6球団、パ・リーグ8球団になっていたかも。
- 粉飾決算の後、NAVER社がライブドアのオーナーになって、野球協約の外資オーナー問題で特認されるも、NAVER日本法人のLINE社がソフトバンク傘下(Zホールディングス)になって、ソフトバンクグループの複数球団所有で野球協約違反になり、球団売却を迫られる。
新潟アルビレックス[編集 | ソースを編集]
楽天のプロ野球参入が決まりかけた頃、「新潟アルビレックス」として参入する構想もありました。しかし、水害や中越地震などで財政面が逼迫し球場の着工が遅れたため、2008年のNPBへの参入を諦め、独立リーグのベースボール・チャレンジ・リーグに参戦し現在に至っています。
もし災害の度合いがそれほど酷くなかったなどして、財政に余裕がありNPBに参加できていたらどうなっていただろう。
- BSNのナイター中継がアルビ戦になっていた。
- タイトルはもちろん「BSNアルビレックスナイター」
- NSTやNT21(2006年途中からUX)でもアルビ戦の中継がされていた。
- タイトルはもちろん「BSNアルビレックスナイター」
- ベースボールチャレンジリーグはなかったか、新潟抜きで開幕していた。
- TeNY「とことんアルビ」の放送時間が引き伸ばされていた。
- それでも野球中継自体は巨人主体。
- ビッグスワン隣の新球場ができるまで、ホームスタジアムをどこにするかで揉めていた。
- 悠久山球場や三条市民球場(現・三條機械スタジアム)、佐藤池野球場などを点々とする。
- または暫定的に鳥屋野球場の改装が行われていた。
- 鳥屋野球場には仮設の照明設備が設置されている。
- コメリの知名度が更に向上。
- コメリは東京23区に進出していた。
- ドカベンに新潟ドルフィンズが登場することは無かった。
- 新規参入の場合
- おそらくパ・リーグではなかろうか。
- リーグ戦参加チームが奇数となるため、最初のシーズン後に新たな球団合併が起こるか、もう1球団参戦させることになるだろう。
- もし楽天などと争って新規参入を決めた場合、東北でも主催試合を開催していた。
- もしそうなっていたら、東北(後に北関東と道南も参入)に独立リーグができていた。
- 選手分配ドラフトはどうなっていただろうか?
- 楽天と新潟が両方参加して13球団以上になる場合、合併後オリックスバファローズが2球団に等しく分配したのか?その場合、楽天の選手分け前も半分になってしまう。
- その場合、選手分配ドラフトやFAの人的補償の要領で、他の10球団のプロテクト外からも楽天と新潟が1人ずつ指名可能にしていたかも。そうでないと、戦力が少なすぎる。
- もしくは楽天の選手分配ドラフトは史実通りで、新潟が10球団から2人ずつ指名していたか。
- どちらにせよ、楽天の初年度は史実以上に厳しくなっていた。新潟の戦力集めも苦労しただろう。
- 当時の新人ドラフト制度は特殊な自由枠制度なので、新人ドラフトでも優遇することでの戦力集めがはかられたかもしれない。自由枠利用しても3順目も指名できるとか。
- どちらにせよ、楽天の初年度は史実以上に厳しくなっていた。新潟の戦力集めも苦労しただろう。
- 史実では2005年から育成選手制度が始まったが、むしろ逆に選手保有枠を70から65に減らすことで戦力均衡をはかったかも。11球団が5名ずつ解雇すれば、プロ野球選手としては実力低い選手とはいえ、楽天と新潟が2軍の頭数を試合になる程度に揃えるのが楽になっただろうし、1球団増えるなら各球団が5枠削っても、むしろ13球団トータルでの選手枠は5枠増える。
- ただしこれは労働者としてのプロ野球選手の権利とは真っ向から衝突するので、当時のストをしていた選手会は飲まないかも。全球団からの分配ドラフトなら、普段の選手会なら反対しても当時の緊急事態や全体の規模拡大のために飲むかもしれないが、解雇に繋がる制度は拒否するかも。
- もしくは楽天の選手分配ドラフトは史実通りで、新潟が10球団から2人ずつ指名していたか。
- その場合、選手分配ドラフトやFAの人的補償の要領で、他の10球団のプロテクト外からも楽天と新潟が1人ずつ指名可能にしていたかも。そうでないと、戦力が少なすぎる。
- 楽天と新潟が両方参加して13球団以上になる場合、合併後オリックスバファローズが2球団に等しく分配したのか?その場合、楽天の選手分け前も半分になってしまう。
- 既存球団買収の場合
- たぶん西武ライオンズかヤクルトスワローズを買収していた。
- 近鉄バファローズの合併を回避できたらそこを買収していた。
各地の新球団構想[編集 | ソースを編集]
- 金沢市
石川県金沢市にプロ野球球団の誘致、ドーム球場の建設を目指す市民団体が設立され、同団体は、金沢市に3万5000人収容のドーム球場の建設するとしていた。
- 石川ミリオンスターズが設立されなかった。
- 新潟も参入ならベースボール・チャレンジ・リーグ自体存在しない。
- ドームができる前までは石川県立野球場を使用。
- 準本拠地として富山や福井でも主催試合を開催していた。
- 静岡県
当時のシダックス野球部監督・野村克也氏が静岡市に本拠地、浜松市の浜松球場を準本拠地とし、野村がアマチュアから引き続いて指揮を取ることなどを提案していた。
- 上記のとおりホームスタジアムは静岡市におかれるだろう。
- 浜松市民は複雑。
- 浜松の中日ファンが増加していた。
- 2010年代の前半か中盤ぐらいに、静岡市内に新球場が建設されていた。
- 野村氏が楽天の監督になることはなかった?
- 山下大輔は楽天ではなくここのコーチに就任していた。
- シダックスの業績悪化に伴い第一興商に身売り、「ビックエコー◯◯ズ」か「ライブダム◯◯ズ」になる。
- 松山市
2004年12月にプロ野球球団の誘致を目指すため松山市内の企業経営者ら31人で市民団体が結成された。
- 四国アイランドリーグはなかった。
- 球団名に「四国」が入るが愛媛県以外の応援は少なさそう。
- セリーグ加盟なら広島との瀬戸内対決が開催される。
- ドカベンの四国アイアンドッグスは高松に移転していた。
- 大阪市
大阪市に本店を置くMKグループ会長が中心となりNPBへ新規参入を目指す計画が明らかにされた。
- オリックスが関西を離れていた。
- いや、オリックスは神戸に残留しただろう。
- 関西独立リーグは存在しない。
- 本拠地は大阪ドームだろうか。他に大阪に適当な球場はないし。
他の球団も合併していたら[編集 | ソースを編集]
近鉄とオリックスの合併以外にも進められていたといわれる合併。もしこれらが実現してしまっていたら?
福岡ダイエーホークス+千葉ロッテマリーンズ[編集 | ソースを編集]
- 千葉時代のロッテは黒歴史化
- その他の地域でも移転や合併が相次いだかも知れない・・・
- 2005年の日本シリーズは阪神にとってさらにえげつない結果になっていた。
- 独特の応援スタイルを見ることはなかった。
- あのスタイルは2004年の段階で既に確立されてたよ?
- オーダー
1 SS 川崎
2 2F 西岡
3 1F 福浦
4 DH 松中
5 C城島
6 3F 今江
7 LF ズレータ
8 CF 大村
9 RF サブロー
最強だ。 - 先発投手 斉藤和 和田 杉内 清水直 渡辺俊 小林宏 (新垣・小野)
- リリーフ 薮田 藤田 三瀬 小林雅 馬原
- 合併と同時にソフトバンクに買い上げられていた可能性もある(福岡ドーム売却時、ホークスが最低30年間本拠地移転をしないことを約束したため)。
- 大村直之と清水直行のどちらかが登録名を変更していたかも。
- 福岡を本拠地にするのは間違いない(ロッテもその前提で合併を進めようとしたが、ダイエー側が拒否)。
- おそらくジャスコ→イオンに身売りされていた。
西武ライオンズ+北海道日本ハムファイターズ[編集 | ソースを編集]
- 西武ドームと札幌ドームのダブル本拠地になっていた。
- それでもアイスホッケーのプリンスラビッツ廃部に伴い札幌ドームから撤退。
- ファイターズの札幌ドーム問題があったことを考えると充分有り得た。
- 上記の問題から他球団も札幌ドーム開催を大幅に削減していたか、札幌ドームでの試合を一切拒否する球団も出た。
- ファイターズの札幌ドーム問題があったことを考えると充分有り得た。
- それでもアイスホッケーのプリンスラビッツ廃部に伴い札幌ドームから撤退。
- 親会社はプリンスホテルに変更されていた。
- 後に「公武合体」と呼ばれていた。
- ファイターズは東急が経営していたことがあったので、「箱根山戦争終結」かもしれない。
- アイスホッケーチームは合併の煽りを受けて解散。
中日ドラゴンズ+ヤクルトスワローズ[編集 | ソースを編集]
- 確実に1リーグ化されていた。
- 中日新聞社と中部日本放送(CBC)の関係が史実以上に微妙なものになっていた。
- 逆に東海テレビ放送・東海ラジオ放送とはより親密に。
- 2005年のドアラの大ブレイクはなく、逆に消滅していた。
- あるいはつば九郎と共存し、書籍類は共同執筆になる。
- 稲葉篤紀はFA行使しない。
阪神タイガース+広島東洋カープ[編集 | ソースを編集]
- カープがタイガースに吸収される…ということになりそう。
- 二軍は倉敷に本拠地を構える。
- しかし、1年で鳴尾浜に移転。
- 8月は主催試合を広島で行う。
- また、3~4月上旬辺りでも、広島で行われる。
- よって『死のロード』という言葉は完全な死語になっていた。
- ファン内部で派閥闘争が起こる。
- 新井貴浩のあの発言は無かった。
西武ライオンズ+福岡ダイエーホークス[編集 | ソースを編集]
- ライオンズは1978年まで福岡を本拠地にしていた関係で、ダイエーホークスとの合併がオールスター前とシーズンオフに取りざたされたことがありました。
- 西武ドームは売却されていた。
- チームの愛称はライオンズになっていた
- 稲尾さんがご存命のときにクラシック企画ができた
- 西鉄の水爆打線を彷彿とさせる恐ろしい破壊力のチームになっていた
- 9村松
- 6松井
- 4井口
- 3カブレラ
- 2城島
- 5マクレーン
- 8和田
- Dズレータ
- 7松中
- P松坂
杉内
斎藤 - 水爆打線は松竹ロビンス。西鉄ライオンズは流線型打線!
- しかし博多の地元新聞では西鉄黄金期に水爆打線と呼んでいた。例:見出しに「水爆吹く」
- 西武のクラッシック企画でさすがに「水爆」は今のご時世倫理上問題あるので流線型を採用。
- 流線型打線は三原氏の命名よるものであるが当時はあまり使われてなかった。
- 福岡のダイエーファンと西鉄ファンの間の溝が少しちじまる。
横浜ベイスターズ+ヤクルトスワローズ[編集 | ソースを編集]
2004年6月30日、この日発売の週刊プレイボーイの見出しにはでかでかと「横浜とヤクルトが合併!」と書かれていました。折りしもその年は再編問題で揺れていた野球界。しかし、これはあくまでも噂に終わりました。もし仮にこの記事が本当だったら・・・
- 合併球団の名前は「横浜ヤクルトベイスワローズ」か「京浜ベイスワローズ」
- 「Bスワローズ」って可能性も。F・マリノスみたいに。
- 合併球団の本拠地は横浜スタジアムになっていた。
- 神宮球場は大学野球専用球場に。
- 場合によっては、横浜・神宮ダブルフランチャイズということになっていた…かも。
- メインは横浜で、大学野球の合間に神宮を使用。
- フジテレビ・ニッポン放送の球団株問題で揉める事はなかった。
- TBSはこれを機に球団経営から手を引いていた。
- DeNAも球団経営に関わらなかった。
- TBSはこれを機に球団経営から手を引いていた。
- 京急の応援はなくなっていた。
- 代わりにJR東日本が応援した可能性がある。その場合身売り時に身売り先としてJR東日本が名を挙げていた。
- ヤクルトの身売り話もあった2010年に身売りされ、「JR東日本スワローズ」となっていた?
- JR東日本硬式野球部・JR東日本東北硬式野球部は買収時に解散していた。
- 旧「国鉄スワローズ」が事実上復活?
- ヤクルトの身売り話もあった2010年に身売りされ、「JR東日本スワローズ」となっていた?
- 代わりにJR東日本が応援した可能性がある。その場合身売り時に身売り先としてJR東日本が名を挙げていた。
- 新潟・静岡(あるいは浜松)・岡山のいずれかに新球団が誕生していた可能性がある。
ヤクルトスワローズ+千葉ロッテマリーンズ[編集 | ソースを編集]
- 2005年に阪神は優勝できなかった。
- もしくは、阪神とソフトバンクが日本シリーズで対決していた。
- 2011年ごろには再度身売りされていたかも。
- 合併球団がパリーグとなった場合、楽天にあたる新規参入球団がセリーグに存在するため、横浜や広島の成績はもっとましなものになっていた。
- 本拠地は千葉マリン球場になりそう。
- よって、神宮球場はアマチュア野球専門となった。
- チーム名は「千葉ロッテスワローズ」といったところか?
西武ライオンズ+千葉ロッテマリーンズ[編集 | ソースを編集]
- 本拠地を、埼玉にするか千葉にするかで相当揉める。
- 結局、千葉マリン・西武ドームのダブルフランチャイズとなりそう。
- 新チームの名前は、全く新しい名前になりそう。
- 折しも西武グループが不調の時期と重なっていたため、西武が親会社から降板し、ロッテがメイン親会社に就任。
- その場合、ライオンズがマリーンズに吸収合併される形を取る。
- 千葉マリン球場(当時)を千葉県に売却し、所沢の西武ドームを「ロッテ・クーリッシュドーム」みたいな感じで改修し、そこを活用。
- ロッテつながりで、韓国・ロッテジャイアンツとの関係を深める。
- 一方の西武は、アイスホッケーのチームに専念。
- アイスホッケーのチーム名は「ラビッツ」から「ライオンズ」に代わり、レオ&ライナはアイスホッケーのチームのマスコットとして再出発。
- その場合、ライオンズがマリーンズに吸収合併される形を取る。
球界再編問題が起きる前にダイエーがソフトバンクに身売りしていたら[編集 | ソースを編集]
福岡ダイエーホークスは2005年よりソフトバンクに身売りされましたが、身売り構想は球界再編以前からありました。もしダイエーのソフトバンク身売りが球界再編より前に行われていたら…。
- ロッテと西武の合併話が、もっと進展していた。
- 巨人or阪神のパリーグ移籍もあり得た。
- 応援歌が「いざゆけ若鷹軍団」から変えられていたかも。
- 孫さんは地元のファンを大切云々とか言ってたのでそれはない。
- ハリーホークも史実通り引退しなかっただろう。
- 孫氏が「テレ朝問題」での経験を生かしていたからこそ「このタイミングで」「このチームを買えば」叩かれない、と判断して動いたのではないかと思われる。整理回収機構も動いていたらしいし…。
- 2003年以前に身売りされていた場合、阪神とダイエーが日本シリーズで戦うことはなかった。
- ダイエーの倒産が少し遅れてた。
- 球界再編を回避できたら,近鉄はバッファローズの株を楽天に直接譲渡した。ただ球団名を大きく変えられた危険が。
- 「バッファローズ」じゃなく「バファローズ」では?
- 球団改名は「バファローズ」の誤解対策といわれそう。
- 「バッファローズ」じゃなく「バファローズ」では?
- 球団名は身売りされたのが2003年以前だったら「福岡J-PHONEホークス」2003年から2005年だったら「福岡ボーダフォンホークス」になっていた
ストライキが○○だったら[編集 | ソースを編集]
2004年に9月18・19日に実施されたNPBのストライキですが、もし別な展開を迎えていたら?
実施されなかったら[編集 | ソースを編集]
- パリーグのダイエーと西武のゲーム差が史実と異なっていた可能性あり。
- 場合によっては、ゲーム差が5ゲーム以上になっていて、ダイエーがプレーオフの1勝アドバンテージを得ていた。
- ダイエーにアドバンテージがあった状態で西武が勝っていたら、プレーオフに関する風当たりが強まった。
- パリーグの3位がロッテとなり、プレーオフ第1ステージが西武vsロッテになっていたかも。
- 史実では3位日本ハム4位ロッテだが、両者の最終的なゲーム差は0.5。しかも日本ハムはスト後の強烈な追い風で順位を逆転させているため、風向きが変わらなければロッテがそのまま3位に滑り込んでいた可能性があった。
- NPBは1リーグ10球団になっていた。
- 近鉄・オリックスの合併は粛々と進められて新規参入もなかった。
- さらに他でも合併が成立。
- 憲法改正で国会も一院制に…、
- 参院での賛成票が2/3を上回らず否決。
- 多くのファンがJリーグに流れた。
- 特にオリックスファンがヴィッセルに、近鉄ファンがガンバまたはセレッソに。
- 支配下選手の上限が80人+育成選手に引き上げられた。
- 古田氏が実史ほど注目されなかった可能性も。
- 「瀬戸山さん」なんてロッテファンとその他一部のパリーグのファンに知られている程度の存在だった。
- 巨人の工藤は規定投球回に満たなかった。
無期限ストライキだったら[編集 | ソースを編集]
- この年のパリーグプレーオフや日本シリーズは当然無くなっていた。
- そしてファンは近鉄選手会へのバッシングを強めたことであろう。
- 古田氏が早期スト解除に向け努力していたかも。
- 天皇陛下か皇太子殿下が関係者を皇居か東宮御所に呼んでの直接仲裁に乗り出していたかもしれない。
- そのうち当時の小泉総理も直接仲裁に乗り出していたであろう。
ロックアウトだったら[編集 | ソースを編集]
- 主力級選手はメジャーリーグに流れる。
- そうでない選手は社会人あるいは台湾や韓国などに流れる。
- ファンはJリーグやVリーグなど他スポーツ、もしくはアマ野球に流れる。
- 西宮競輪・甲子園競輪の閉鎖はなかった。
- どっちも閉鎖は2002年。
- その結果球団の合併があといくつか起こっていた。1リーグ10球団になっていたかもしれない。
- プロ野球の地上波中継は絶滅していたかもしれない。(但しサンテレビは除く)
- 西宮競輪・甲子園競輪の閉鎖はなかった。
巨人がパ・リーグに移籍していたら[編集 | ソースを編集]
- 地上波での野球中継がパリーグばかりとなる。
- しかし関西だけセ・リーグの阪神戦が中心。
- 現実でも巨人戦の中継が少なくなっているので、地上波でのプロ野球中継(特に東京)がさらに少なくなっていた。
- 逆に関西では阪神戦の地上波中継が増えていた(東京ドームの巨人戦が交流戦を除きなくなるため)。
- このためTBSは見切りをつけ早々に横浜球団を売却。少なくともDeNAが獲得することはなかった。
- その位置がフジサンケイに変わるだけだから史実通りと思ったほうが良くね?
- そのうち、「人気のパ・実力のセ」と化す。
- 広島、横浜が史実より早く人気球団になっていた。
- でも、巨人はなかなか優勝できない。ざまあみろ。
- ソフトバンクの強力打線が大きな壁として立ちはだかった。
- DH制は、読売がやりたい野球には向いていると思われる。勝てるかどうかは置いといて。
- 巨人の人気がさらに低下していた。
- ひいてはプロ野球人気の低下が現実以上になっていた。
- これでは「伝統の一戦」ができないので、阪神もパリーグに移籍していた。
- 代わってパリーグの1球団がセリーグに移籍する。
- 巨人の代替ならロッテ、阪神の代替ならオリックスが移籍の犠牲になっていた。
- 案外巨人とダイエー→ソフトバンクとの対決が「新・伝統の一戦」になるんじゃないだろうか。当時は王監督もいた訳だし。
- 史実通り交流戦があれば従来の伝統の一戦も残すことができる。
- そして巨人・阪神のいなくなったセ・リーグは中日のワンマンリーグ化。
- 落合監督が史実以上に崇められていた。
- セ・リーグとパ・リーグの人気が逆転していた。
- 広島、横浜が史実より早く人気球団になっていた。
- 代わってパリーグの1球団がセリーグに移籍する。
- 上の全部ひっくるめて突っ込ませるが、1球団しか椅子が空いてない状態で阪神がパリーグ移籍は絶対にない。伝統の一戦も史実通り交流戦が実施したらそれで済ませる+その価値も更に高まる。(史実では形骸化)
- 2005年以降の阪神の成績は史実より良くなっていた為、2008年や2010年は優勝していた。(史実では阪神は巨人に大きく負け越しているため。)
- 上にある通りソフトバンクが存在する事を考えると、カネでの補強をやろうとするとソフトバンクとの金満補強合戦になっていた。
- いや、讀賣の例の発言は、むしろ大リーグへの移籍願望の表れだっただろう。
- 阪神がセ・リーグに残った場合、巨人と交流戦以外で対戦しないので、2005年以降の阪神の成績は史実より良くなっていたかも。
- 史実では阪神は巨人に大きく負け越しているため。
- 恐らく2008年か2010年に優勝していた。
- セ・リーグ6球団が維持された場合、新球団の楽天がセ・リーグに属していた。
- 仮に巨人が2014年にパ・リーグ優勝だった場合、同年のセ・リーグ優勝は阪神だった。
- そして2014年の日本シリーズは 「伝統の一戦」 になっていた。
- 「東京の同リーグ2チーム」は「別リーグ2チーム」へと解消された。
- TOKYOシリーズは交流戦のみの恒例イベントと化した。
- セ・リーグの東京チームはヤクルトということになっていた。
西武ライオンズが身売りされていたら[編集 | ソースを編集]
2004年オフ、西武ライオンズに身売り構想が持ち上がりました。結果的に立ち消えとなりましたが、本当に身売りされていたら?
- テレ朝が買収していたら二軍のチーム名はインボイスにはならなかった。
- 当然、西武ドームの名称も「EX西武ドーム」等になっていたかも。
- それでもライオンズの愛称は残り、本拠地も西武ドームのままだったと思う。
- アイスホッケー・SEIBUプリンスラビッツは解散しなかった。
- 寧ろとばっちりを受けてコクドの頃に解散した。
- 鉄道会社の球団は完全に過去の物になっていた。
- 阪神は?
- 富士フィルムか京セラが買収。
- 阪神は?
- 買収先は、テレビ朝日か文化放送のどちらかになりそう。
- 2004年当時は、ライブドアという声もあったみたいだが……。
広島東洋カープが解散していたら[編集 | ソースを編集]
近鉄とオリックスの合併決定前後に、「ひょっとしてカープも…」という懸念が広島市民の間で広がったそうです。「絶対にカープを守ろう!」と広島市民が躍起になったのはいうまでもありませんが、もし解散が現実のものとなっていたら…。
- 阪神が悲しむ。
- というより阪神が吸収に乗り出す。
- 解散直後に市民球場が解体されてしまっていた。
- 勿論、マツダスタジアムも作られない。
- アマチュア野球も行われているので解体されることはなさそう。
- 老朽化も建て直しor補強工事で済ませ、現在も現存していた。
- カープを復活させようという目論みで、四国独立リーグに広島を本拠地とする球団が参戦していた。
- 黒田博樹は日本球界復帰を選ばずメジャーに残っていた。
- そして、めでたくメジャー全30球団から勝利を挙げていた。
- 日本球界復帰の場合、父・一博氏が所属していた南海ホークスを前身とする、福岡ソフトバンクホークスに入団。
- その場合、松坂大輔はホークス入団ではなく、西武ライオンズに復帰し、黒田がホークスの18番をつけていた。
- 日本球界復帰の場合、父・一博氏が所属していた南海ホークスを前身とする、福岡ソフトバンクホークスに入団。
- そして、めでたくメジャー全30球団から勝利を挙げていた。
楽天が神戸に新球団を作っていたら[編集 | ソースを編集]
近鉄とオリックスの球団合併の際、当面は大阪と神戸のダブルフランチャイズとすることになりましたが、これとは別に楽天が神戸に新球団を作る構想もありました(最終的には楽天は仙台を本拠地にした)。もしこれが本当に実現していたら・・・
- オリックスは合併直後から大阪ドーム(現京セラドーム大阪)のみをフランチャイズとしていた。
- チーム名が「大阪オリックスバファローズ」となっていた可能性がある。
- 楽天のチーム名は「神戸楽天ゴールデンイーグルス」になっていた。
- 東北に生息するイヌワシから取ったチーム名なので、それはない。Jリーグに合わせ「神戸楽天ヴィッセル」あたりになりそう。
- いや、「楽天ヴィッセル神戸」でしょ。
- 昼にユニバーでサッカー、夜にスカイマークで野球、といった連動イベントも行っていた。
- 東北に生息するイヌワシから取ったチーム名なので、それはない。Jリーグに合わせ「神戸楽天ヴィッセル」あたりになりそう。
- 仙台を本拠地とするチームは現れず、宮城球場も改修されなかった。
- 仙台市民球場はおそらく建設されていない。
- 史実では宮城球場でのアマチュアの試合が減ることを危惧して建設されたので。
- 宮城球場は2011年の東日本大震災を機に改修工事となり、翌年の夏(オールスター前)にはリニューアルオープンしていた。
- 仙台市民球場はおそらく建設されていない。
- 楽天の人気は史実より低迷していた。
- この地域では阪神タイガースの人気が圧倒的であるため。
- 近鉄ファンは大半が、残っていたはずなので、関西の方が東北より人口が多いことも相まって、意外にそれほどファン数の差はなかった可能性もある。
- 特に田中将大入団後。
- 特に創成期の楽天は山崎を除けば旧近鉄勢が主力だっただけになおさら。(2005年の開幕オーダーは10人中旧近鉄勢が5人、オリックスは山崎のみ)
1リーグ制になっていたら[編集 | ソースを編集]
全般[編集 | ソースを編集]
- 交流戦はもちろんない。
- しかし現在のセパの対戦が年中行われるため史実より盛り上がる球団も出ていた。
- 古田の本にもあったが、そういうのはすぐに慣れて飽きられてしまうだろう(それでも巨人戦はそれなりに客が入ると思うが)。
- しかし現在のセパの対戦が年中行われるため史実より盛り上がる球団も出ていた。
- 球団数が11球団の場合、セリーグ6球団・パリーグ5球団になっていた場合と同様、日程がぐちゃぐちゃになる。
- 『ドカベン スーパースターズ編』は連載1年目で作品の方向転換を強いられていた。
- 史実だと球界再編の経緯は数コマ程度で端折られていたが、1リーグ制になっていたら2~3話はページを割いていたのではないかと思われる。
日本シリーズ[編集 | ソースを編集]
- 存続
- 史実のクライマックスシリーズのように2位と3位が第1ステージ、その勝者が1位と第2ステージを戦う。
- 1位へのアドバンテージもある。
- 球団数を考えると日本シリーズ進出は4~5球団になっていたかも。
- あるいは東西2地区制になっていたかも。
- その場合「リーグ優勝」という用語はなくなり「地区優勝」と「日本一」になる。
- かつてパ・リーグで短期間導入された前後期制もありうる。
- 廃止
- 同じ年に2シーズン制とチャンピオンシップを廃止したJリーグとともに、ポストシーズンがなくなっていた。
- テレビ中継はシーズン終盤の優勝が決まる試合のみ行われる。
- アメリカの野球ファンから「なぜ日本のプロ野球にはポストシーズンがないのか」と言われる。
- その後Jリーグとともにポストシーズン復活の動きが出てくる。
- 実際にはJリーグより早く2008年ごろに浮上し2010年から上記の「存続」のルールで日本シリーズ復活。
- それに触発されてJリーグの2シーズン制復活も2~3年早くなっていた。
- 実際にはJリーグより早く2008年ごろに浮上し2010年から上記の「存続」のルールで日本シリーズ復活。
- アジアシリーズは日本シリーズの廃止に伴って始まったことになっていた。
オールスターゲーム[編集 | ソースを編集]
- 存続
- 東西対抗戦になる。
- これが、出身地別の東西対抗だったら、チームメイト対決が実現したかも。
- Jリーグのオールスターゲーム同様盛り上がりに欠けて数年後廃止になっていたかも。
- 1リーグ制の韓国KBOでは今もオールスターゲームが健在なので存続していても特におかしくはない。
- だが日程短縮は避けられなかった気がする。
- 廃止
- 藤浪と大谷のセパの同級生対決が注目されることはなかった。