長崎市/西部
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< 長崎市
- 三菱城下町。
- 三菱通りがある。
- 三菱以外に何もない。
- 少し前に不発弾がでてきた。
- 「あくのうら」と読む。
- 激坂マニアに有名な「変電所の坂」がある。
- 市内最大の工業団地がある。
- ねずみ島という海水浴場があった。
- ここでかつて行われていた夏休みの水泳教室はスパルタで有名だった。初心者をボートに乗せて沖に連れて行き、海に投げ落とす。おかげで泳げるごとなったけどさぁ。ちなみにこの水泳教室は古式泳法の流れをんでおり、けっこう歴史が古い。今も教室は松山にある市民プールで行われている(はず)。
- 加山雄三が挙式を挙げた教会がある。
- 巨大なマリア様がある。
- 地名もキリスト絡みなのかな?
- 五島に行くフェリーからも見える。地名の由来はわからんけど、すぐ近くに教会もあるし、カトリックの人が多いらしい。
- サンセットマリーナがある。
- 数年前ここに行くバスがバスジャックにあった。
- 昔遊園地があった。今はマンション。
- 「福田の遊園地」の名で知られていたが、市外の人にはなぜ「福田」なのかが謎だった。
- 長崎市の西部にある。
- 運動公園がある。
- 地域が広い。
- 名産のかまぼこがうまい。
- 長崎の人が「みえ」と言ったら三重県じゃなくてここのこと。
- だが島原市にも字は違うが「みえ」という所(三会)があるので注意。
- 新長崎漁港ができてから発展した。
- ここから五島に行けるフェリー(貨物船?)があるらしい。
- ド・ロ様マンセー
- 明治時代に外海の人たちのために尽力したフランス人宣教師Marc Marie de Rotz神父様ですね。
- この人の悪口をいったり、ギャグのネタにするのは絶対にタブー。生きて帰れないかも・・・
- この人が遺していった麺類(ド・ロさまそうめん・ド・ロさまパスタ…)は激美味い!
- 元々は貧しい農漁村の人たちでも作れるものを、と神父様が苦心して創ったもの。
- 明治時代に外海の人たちのために尽力したフランス人宣教師Marc Marie de Rotz神父様ですね。
- キリシタンの町
- 遠藤周作ファンの聖地
- 遠藤周作文学館から望む夕日は絶景、これぞ日本で一番西の街、長崎。
- 文学館は道の駅に併設。
- 当の遠藤周作は、長崎では嫌われている模様。理由は、キリスト教の人々にとって、不都合な(というか、耳が痛くなる)内容の話を小説とはいえ分析した書物を書いていたため。
- まぁ、地元の者から言わせるといろいろあってだな・・・
- 遠藤周作文学館から望む夕日は絶景、これぞ日本で一番西の街、長崎。
- 「そとめ」と読む。
- 警察の管轄はもともと大瀬戸(西海市)だった。
- 固定電話の単位区域料金は西海市扱い。
- タウンページは長崎市合併前は県北版(佐世保地区版)に掲載されていた。
- 車のナンバープレートも長崎市合併前は佐世保ナンバーだった?
- 日本最後の炭鉱があった
- それは釧路。現在も操業している。
- 炭鉱は今外国人の研修センターみたいになっているらしい
- 炭鉱があった時は往復20分程の路線を大型バスが走っていた。
- 今ではハイエースが往復。その程度にまで人口が減ったということ
- 最盛期で約7700人、閉山時点で約2700人、現在では約170人…。
- 今ではハイエースが往復。その程度にまで人口が減ったということ
- 船便は佐世保からが便利。この島あての郵便物は、佐世保郵便局から配達してたらしい(民営化後はどうなったか知らんが)。
- なので、佐世保市民からは長崎市内だとは思われてないらしい。
- 郵便番号は857と佐世保系(長崎市他地域は850~852)。
- ここだけ遅れて合併した。
- 「平成の大合併」華やかなりし頃、長与・時津との合併協議に失敗。長与・時津の仲違いのとばっちり。
- 長崎市のベッドタウンと化している。
- 長崎市街側の南部に人口が集中。北部には開発に失敗したニュータウンがたたずんでいる。
- 長崎初の総合学科高校がある。
- 長崎明誠高校。校歌はさだまさしがつくった。
- 「きんかい」と読む。「ことうみ」「ことめ」ではない。
- 長与、時津から辺境扱いされる。
- ゴルフ場が3つある。
- 「長浦スイカ」は全国に出荷。
- 「琴海中学校」は、多良見にも存在する。
- 男子全員丸刈りの校則を最後まで守り通した。
- こちらを「キンキン」、あちらを「タラキン」と呼んでました(旧市内民)。
- さだまさしが所有する島がある。