もしナチスドイツの政策が○○だったら
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ユダヤ人を虐殺しなかったら[編集 | ソースを編集]
- 終戦後のドイツに君臨する。
- ユダヤ人への差別感情も残り、国の不安定要因に。
- そしてまたヒトラーのような人物が現れ、以下ループ。
- そもそもユダヤ人を虐殺しなかったとしても、大戦末期に自殺していたか、東條英機のようにA級戦犯で処刑されていた可能性が高い。
- ユダヤ人への差別感情も残り、国の不安定要因に。
- ナチスは現実ほど悪者にされていない。ヒトラーは単なる独裁者としての扱い。
- イスラエルが国連で承認されたかは微妙なところ。
- いや、そもそも誕生しなかった。
- パレスチナ共和国という独立国か、ヨルダンの一部(当然、首都はイスラエル)になっていた。
- ヨルダン共々パレスチナかな。
- そもそもユダヤ人による国家を作ろうとする「シオニズム」はナチスが台頭する前の19世紀末から存在し、第一次世界大戦中の1917年にはバルフォア宣言で約束していたりしているので、ナチスによるユダヤ人の虐殺がなかったとしても、史実よりは遅れるかもしれないが、いずれイスラエルは建国されていただろう。
- もしくはエルサレムがユダヤ人主導の自由都市となり残りがパレスティーナ共和国となるか。
- いや、そもそも誕生しなかった。
- 70年代に入り「欧州ユダヤ人委員会」が発足、EUに圧力をかける。
- 欧州におけるユダヤ人の地位向上はこの団体によって成し遂げられる。
- 当然『アンネの日記』も存在しない。彼女にとってはそのほうが良かったはず。
- 生理用品のシェアが変わっていた。
- 杉原千畝も普通の外交官として生涯を終えていた。
- ドイツ国防軍にユダヤ人部隊が創設されていた。
- そもそもユダヤ人虐殺はホロコーストだけじゃない。歴史が大きく変わるから予想不能。
- 本来ナチスは、ユダヤ人やスラブ人を東に送り込む予定だった。それが出来なくなったから虐殺を行った。
- アインシュタインはアメリカに移住していない。
- よって原爆の完成も遅れた。
- そのためアメリカはロシアやイギリスに交渉を持ちかけにくかった。
- ドイツが圧力をかけないのでアインシュタインのノーベル賞の理由も「相対性理論の発表」だ。
- 史実では「光電効果の理論的解明」。十分すごいけど相対性理論ほどのインパクトがない。
- よって原爆の完成も遅れた。
- というか、本当に虐殺あったの?
- 無かったらアウシュビッツとかは何なんだよ・・・。
- 実際は餓死が多かったらしい
- 「アウシュビッツ」という単語は単にオシフィエンチムという都市のドイツ語名でしかなかった。
- オシフィエンチムも現実ほど有名ではない。
- ドイツ語圏では現在もアウシュビッツと呼ばれていた。
- ユダヤ人は東欧に押し込まれていたと考えると、東欧戦線で連戦連勝していなければならない。
- その一連による死者への補償はあったのか?
- または日本かアメリカかマダガスカルが受け入れていれば良かった。(それでも死者がゼロにならないとは思うが)
- 関連項目
穏健策を取っていたら[編集 | ソースを編集]
もし、第二次世界大戦期のナチス・ドイツが、
- ユダヤ人とロマに対する処置を全財産の所持を許可したうえでの、ドイツ民族の生存圏からの追放程度で留めていた。
- 東方生存圏を含めたヨーロッパにおける占領地行政においては、当時の同盟国であった日本の朝鮮・台湾・南洋群島・満蒙での方針に倣って、ナチス政権の支援によってソフト・ハードの両面で各種インフラ整備を急速に進めたほか、学校教育の現場では実用的なドイツ語教育を実施していた。
といった方針を採っていた場合、戦中~戦後にかけてどういった歴史が展開されていたでしょうか?
戦中[編集 | ソースを編集]
- 独ソが開戦してすぐの段階で、ソ連国民の大部分がナチス支持に傾いたために、スターリンの共産党政権は一気に内部崩壊を起こし、遅くとも1942年末の時点でモスクワに続いてクイビシェフも陥落し、ソ連はドイツに降伏を表明していた。
- ドイツに降伏した時点で共産党政権もソビエト連邦という国家自体も完全に崩壊し、スターリンは自殺するか怒り狂った民衆や裏切った元側近達によって処刑されていた。
- バルト三国がソ連に併合される事も無かった。
- 後継国家となる「ロシア」は、ウラル山脈以西の領土を全てを枢軸国に割譲し、首都はノヴォシビルスクに置かれる事となった。
- 場合によっては、バイカル湖ラインで更に二分されていたかもしれない。
- 史実では1991年に独立していた中央アジアの自治共和国は、新「ロシア」建国と同時に独立を表明していた。
- 自治共和国ではなくソビエト社会主義共和国では。史実で存在した中央アジアの自治共和国はウズベク共和国(現在のウズベキスタン)のカラカルパク自治共和国(現在のカラカルパクスタン自治共和国)だけだから。
- ドイツによって、カレリア共和国とコラ半島はフィンランドに割譲されていた。
- 無条件降伏を表明していた場合、史実でスターリンが北海道の留萌~釧路ライン以北の割譲を狙っていた様に、日本も北樺太を日本に、外満州を傀儡国家である満州国をそれぞれ割譲するよう、ドイツからソ連に圧力をかけるよう打診していたかもしれない。
- 西部のナチス占領地においても、史実とは異なり、親ナチス派と反ナチス派が五分五分で拮抗する事態が起きていた。
- 東部戦線でドイツの勝利が決定的になった段階で、スペイン・スウェーデン・トルコ・アルゼンチン・チリも枢軸国側についていた。
- イランでは、大規模な反ソ暴動が起きていた。
- むしろイランも枢軸国側についていた。
- 東部戦線が小規模な競り合いで終わっていた一方で、ソ連降伏の時点でドイツの破竹の快進撃に焦った米英が、アイルランドとポルトガルを無理矢理連合国に引き入れた事から、西部戦線は史実の独ソ戦を上回る人類史上最悪の戦闘となっていた。
- 南米でも、連合国のブラジルと枢軸国のアルゼンチン・チリによる戦闘が行われていた。
- ドイツより日本の方が先に連合国に降伏を表明していた。
- 米英軍によって首都ベルリンが陥落させられていた場合でも、ナチス政権と国防軍の首脳部はベルリンを放棄して、モスクワに遷都してでも、徹底抗戦を続けていた。
- 最悪の場合、1946年に入った段階でも西部戦線での戦闘が終わっていなかったかもしれない。
- 人類初の原子爆弾投下は、ドイツで実施されていた。
- 米英軍によって首都ベルリンが陥落させられていた場合でも、ナチス政権と国防軍の首脳部はベルリンを放棄して、モスクワに遷都してでも、徹底抗戦を続けていた。
戦後[編集 | ソースを編集]
- ヒトラーは、史実の蒋介石や朴正煕などと同様に、評価が二分される独裁者として扱われていた。
- 逆にスターリンは、史実のヒトラー以上に極悪人として扱われる事となっていた。
- 冷戦が起きる事も無かった。
- 朝鮮戦争もベトナム戦争も起こる事が無かった。
- 共産主義は黒歴史となっていた。
- 日本を含めた世界各国で「鎚と鎌」は掲揚が禁止されていた。
- 日本共産党が戦後復活する事も無かった。
- 史実以上に、創価学会と公明党が都市部の貧困層に幅を利かせる事態が起きていた。
- あさま山荘事件や東大安田講堂事件など、戦後の新左翼によるテロ事件が起きることも無かった。
- 成田空港は、予定通り1972年に開港していた。
- 日本共産党が戦後復活する事も無かった。
- 「社会主義」は、西欧の中道左派政党が掲げる社会民主主義の事を指す様になっていた。
- ユーゴスラビアは、開発独裁主義の体制を採っていた。
- 大戦が終わった時点で、史実の1992年と同様に五つの共和国に解体されていた可能性もある。
- 日本を含めた世界各国で「鎚と鎌」は掲揚が禁止されていた。
- 樺太も千島列島も日本領のままだった。
- マダガスカル計画が実行されていた場合、イスラエルが建国される事は無かったかもしれない。
- 図らずも、パレスチナ問題は起こらずに済んだかもしれない。
- オスカー・シンドラーと杉原千畝の名が歴史の表舞台にあがる事は無かった。
- 戦後のドイツの領域は、ヴァイマル共和政下のドイツ+オーストリアの範囲となっていた。
- ドイツ語は英語と並ぶヨーロッパの共通語として扱われるなど、史実より国際的な地位は高くなっていた。
- 英語圏の国家の学校教育における第一外国語には、フランス語に代わってドイツ語が採用されるようになっていた。
- 旧ソ連のウラル山脈以西の領域に建国された「モスクワ共和国」は、史実のロシアと同様にG8に加盟していた。
- 「ガールズ&パンツァー」において、プラウダ高校が登場する事はなかった。