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ざんねんなアナウンサー事典

※編集される方は「Chakuwiki:お願い/ざんねんなモノ事典」をご覧ください。

逸見政孝
  1. 日本で一番愛されたアナウンサーであり、悲劇の最期を遂げたアナウンサーとして語り継がれる。
  2. 1968年、フジテレビにアナウンサーとして入社。
    • 1984年スタートの『FNNスーパータイム』の初代メインキャスターを担当。幸田シャーミンとのコンビで人気を博す。『夕やけニャンニャン』にレギュラー出演したことで若者にも人気。
  3. 1988年にフジテレビを退社しフリーに転向。
    • 『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』を皮切りに、『夜も一生けんめい。』、『たけし・逸見の平成教育委員会』などといった人気番組の司会者を歴任。
    • 個性が全く異なるタモリ・ビートたけし・明石家さんまの「お笑いBIG3」をまとめて仕切ることが出来た唯一の司会者として知られる。
  4. しかし、1993年にガンを発症。発症から一か月後に完治したかに見えたが…
    • その年の秋に、ガンが再発。日本テレビの会議場で行われた「ガン告白会見」は伝説に。
      • 同年のクリスマスに、永眠。48歳の若さであった。
    • その前にも1985年の日航123便墜落事故では当該機に搭乗する予定だったが、妻の助言で新幹線に変えたため、難を逃れた。
      • その妻も2010年に病気で亡くなっている。
梅田淳
  1. 関西テレビの名物アナウンサーの一人として活躍していたが・・・
    • 2004年に関西テレビを退社する。しかし、ABC朝日放送の名物アナウンサー・宮根誠司が時を同じくして退社。
      • おかげで、梅淳は宮根の陰に隠れる形になったことは言うまでもない。
  2. 実は、「めざましテレビ」立ち上げの際に、メインキャスターの候補に挙がったことがある。
    • 関西テレビからの出向扱いで、キャスターを務めてもらうことで、フジテレビの中で話が進んでいた。
      • なお、カンテレからの出向でフジの番組のキャスターをやった前例としては、桑原征平(おはようナイスデイ!)がある。
    • しかし、結局は元NHKの大塚範一を迎えることとなり、この話は立ち消えとなる。
小倉智昭
  1. 東京12チャンネル(当時、現・テレビ東京)出身だが、あまり知られていない。
  2. この人と言えば、やはり「頭部」が話題(というより疑惑)となる。
    • 裏では、「オズラさん」というニックネームも。
    • ほとんど爆笑問題:太田光のせいだが。
      • そもそものきっかけは、ビートたけし氏という説もある。
        • 「笑っていいとも!」レギュラー最終回でたけしが「被っていいとも!」とボケたのも有名。
      • 27時間TVで競馬の中継(小倉記念)が入ったとき、太田が「小倉記念…、(コクラ→オグラ→)オヅラ」とつぶやき、慌てて相方の田中がツッコんだものの、スタジオ内を笑っていいのかわからない微妙な空気にさせた。(失笑したスタッフはいたが)
木村洋二
  1. STVきっての人気アナウンサーだったが、突如2回ほど休養したことがある。
    • 休養の理由で、ネット上に様々な憶測が飛び交った。
      • 中には、「重病説」などとシャレにならない憶測まで。
    • 1度目の休養明けには「1×8いこうよ!」で休養の理由を「仮病だったの」とボケを見せた。
久米宏
  1. かつて、徳光和夫との野球絡みの賭けに負けて、丸坊主になったことがある。
    • 1989年に広島カープのファンである久米が「今年は巨人は優勝できない。」と発言。しかし、この年は巨人の優勝に終わり、その日のNステで丸坊主で現れ、大反響。
    • さらに、よせばいいのに「巨人が優勝したら、徳さんの番組(当時、徳光和夫がメインキャスターを担当していた日本テレビ「ニュースプラス1」)で、万歳をしに行く」と発言。
      • 本当にライバルであるはずの日テレに出向き、プラス1に生出演。徳光和夫の前で「読売ジャイアンツ、万歳!」と公約を果たした。
  2. 肖像権にうるさいので出演番組の過去映像がなかなか放映されない。
  3. 「メディアは権力から距離をとるべき」という考えもあり、NHKには否定的。
    • あさイチでNHKの完全民営化を主張した。
栗村智
  1. 2017年のJRA賞の最優秀障害馬の投票で、この年障害GIを2勝したオジュウチョウサンがいるにも関わらず「該当馬なし」に票を投じ、競馬ファンから大きな批判の声を浴びてしまった。
    • オジュウチョウサンは2017年に出走した障害4レースを全て勝ち、年度代表馬の投票にも3票(それ以外の287票は全てキタサンブラック)が投じられていた名馬なのだが…。
桑原征平
  1. 「征平の挑戦!」で知られる元祖バラエティーアナウンサー。
    • 阪急VS広島の日本シリーズの際、阪急の応援のため広島に乗り込みカープファンにリンチされる、ライオンに手を咬まれた、東尋坊から海にダイブ…etc、エピソードには事欠かない。
  2. ほとんど読むことがなかったニュース読みの枠を定年直前に設けさせてもらい、ニュースの最後に定年退職の挨拶をしたことも伝説化している。
    • ニュースを早口で読んだため、カンテレの報道が激怒していたらしい(宮根誠司いわく)。
鈴木史朗
  1. TBSの局アナ時代、ニュースを担当した際に放送禁止用語を口走ってしまったことがある。
    • 火事のニュースで「十一人が避難しました」と読むところを、原稿が縦書きだったため「十一」がくっついて「土」という字に見えてしまい・・・
    • また、1992年に関東で強い地震が起こった際に臨時ニュースを担当したが、スタッフのミスで談笑してる姿が映され、慌ててニュース読みをするもスタッフのミスが続いたのも相まってグダグダなニュース速報になってしまった。
      • そのせいなのか、局アナ時代は華々しい活躍をすることはなく、ご長寿早押しクイズの司会を担当したことで遅咲きのブレイクをしたといえる。
  2. ある番組で「バイオハザード」が得意というのが紹介されたが・・・
    • ゾンビを攻撃する際「死ね!」などと口走ってしまい、温和なイメージとは裏腹な、ダークサイドな一面を見せてしまう。
  3. ゲームで鍛えられた影響か反射神経が非常によく、運転免許の更新時の実習で高得点を出したのだが、そのせいで「反応が早すぎて逆に危ない」と教官に注意されてしまった。
杉本清
  1. 「競馬実況の神様」として、競馬ファンに知られているが・・・。
    • やはり、それが災いして、競馬関係の仕事がメインに。
  2. 関西テレビ時代は、報道ニュースを読んだことがないらしい。
    • これもやはり、競馬実況メインの弊害か。
      • 阪神淡路大震災のときも他のアナウンサーが取材などで出払っていたが彼だけ競馬のイメージが強すぎるという理由で(また当時は管理職だった事情もあるが)震災の報道には加わらなかった。
  3. 宝塚記念のレース前には「あなたの夢は○○か○○か、私の夢は○○です」という定番の実況があるが、この時に私の夢に指定された馬は凡走するというジンクスがあった。
角淳一
  1. 毎日放送の名物アナウンサー。
  2. 「ちちんぷいぷい」の初代MCとして知られる。
    • 2000年ころ、イメチェンと称して口髭を生やした。
      • ところが、その当時「Nステ」の久米宏が同じように口髭を生やしたことや視聴者から角に対するクレームも相次ぐ(余談ではあるが、角と久米は局は違えど同期である)。
        • そして、角との親交もあるやしきたかじんが「ぷいぷい」に乱入、たかじんの介錯で生放送中に髭を剃られる羽目に。
子守康範
  1. MBSアナウンサー時代、取材で滞在していたカンボジアで旅客機の操縦席に座るも…。
    • これを一部メディアが「無免許で旅客機を操縦したのではないか」との疑惑を報じられた。
      • 誤解を招いたとして謹慎処分が下され、「MBSナウ」のキャスター就任も白紙にされてしまった。
高瀬耕造
  1. おはよう日本キャスターになって以降、視聴者、出演者を惑わす発言を度々行うようになった。
    • 自分の誕生日が12/26ということもあり、「クリスマスが終わったあとに訪れる静寂が私の心を傷つけます」と発言。
    • バーベキューの話に盛り上がる中、「バーベキューの予定ありません」と発言。
    • 朝ドラ「おちょやん」に引っ掛けて桑子真帆を「まほやん」、檜山気象予報士を「ひやまん」と呼ぶ。
      • 両者とも猛抗議するものの、数か月後懲りずに「ひやまほやん」とまとめて呼ぶ。
    • これらの発言がだめ自慢で取り上げられ、グランプリを獲得してしまった。
  2. 有村架純が好きすぎて、あさイチにゲストで登場した際に…
    • 朝ドラ送りでおはよう日本への出演をオファー。
    • あさイチ内のニュースコーナーにも登場し、時間を余して再びオファー。
      • 通常は早朝帯のキャスターが担当するところを強奪代役で担当。
      • ニュース明けに爆笑する有村架純と、「あなたがこっちへ来なさい!」と言う有働由美子の画が映った。
        • 放送終了後、有村が高瀬のもとを訪れたツーショット写真が公開された。
  3. 通常どおり朝ドラ送りをしたところ、次の番組は広島平和祈念式典。
    • NHKに苦情が殺到し、翌日の放送で謝罪することとなった。
徳光和夫
  1. やはり、大好きな読売ジャイアンツが絡むと残念なエピソードが多い。
    • 熱狂的な巨人ファンであったため、日テレ時代は巨人戦のプロ野球中継の実況にはなれず、全日本プロレス中継の実況に回されてしまう。
    • 中でも巨人が僅差で日本シリーズ進出を逃した際に言い放った「だって広島の選手が乗った飛行機が落ちるかもしれないでしょ?」は当時日テレの社員だった彼が上層部に直接謝罪するほどの問題発言だった。
    • 日本テレビ退社後も、2013年にプロ野球コンベンションで司会を務めた際に、やはり巨人ファンであるが故に批判が多かった。
    • 1980年、崇拝する長嶋茂雄が巨人の監督を下ろされたときには「読売新聞を買うのを辞めます!」と「ズームイン朝」の中で宣言。
      • これがきっかけで、読売の不買運動が発生した。
    • ズームイン時代、「巨人が優勝できなかったら、坊主になる」と宣言。この年、巨人はV逸(中日が優勝)したため、生放送で断髪式をしたことがある。
    • 2000年の日本シリーズ直前、福岡ダイエーホークスの中継ぎエースだった藤井将雄投手が亡くなった際には「これで巨人軍は日本一確実だ!」と言い放つ。
    • 巨人VSヤクルトの中継で対戦相手のヤクルトの選手が走塁でアウトになった時に「ざまあみろ」と発言し、抗議が殺到したことがある。
      • その時に「何も悪いこと言ってないのにね」と開き直ったところ更に抗議が殺到する結果になったため、「競艇でイライラしていた」と言い訳をして釈明する羽目に。
    • 長嶋茂雄信者として有名だが、ある日長嶋に面と向かい「どちら様でしたか?」と言われ、ショックで寝込んだ事がある。
  2. また、やたらと感動ものの映像で涙を流しており、これがかえって悪印象になってしまっているようだ。
    • 感動の再会モノのコーナー収録中にマネジャーから馬券が当たったことを知らされ、泣きながらテーブルの下でガッツポーズをとっていたことを共演者だった故・飯島愛にバラされている。
  3. とにかく給料はギャンブルにジャブジャブ注ぎ込んで、果ては息子の金に手を付けてしまうほど。
    • 中でも、競艇に対する入れこみぶりは、テレ朝の「ローカル路線バスの旅」で証明済。
  4. 日テレ時代、徹夜マージャンに夢中になりすぎたため「ズームイン朝」に遅刻しそうになったことがある。
  5. 若手時代、ニュース番組で「国家予算5兆円」を「国家予算5円」と読んでしまい、ニュース番組を降ろされたことがある。
  6. 実は「3分クッキング」を担当したこともあるが、料理経験ゼロだったために本人にとっても屈辱の歴史と公言するくらいの仕事だったとのこと。
  7. 路線バスで寄り道の旅のレギュラーをやっているが、収録中に競馬中継を見るために電気屋に寄ったりだとか、バスの中で普通に爆睡するなどフリーダムすぎる。
    • 他の人が嫌がっているのにワガママでルートを変更したりするのもしょっちゅう…。
  8. 「金曜ロードショー」で『激突!』(スティーブン・スピルバーグ監督作品)が放送された際にどういう訳か主演のデニス・ウィーバーの吹替を担当したが、案の定不評だった。
登坂淳一
  1. NHK時代は「麿」の通称で親しまれた。その落ち着いた口調からNHKの顔になるとも言われていた。
  2. 27辺りから若白髪に悩まされていたが、染めて誤魔化していた。
    • その後35の時に白髪染めをやめたが、あまりにも白くなったため視聴者に不安がられたとか。
  3. しかしながら地方局時代に不倫騒動、その謹慎のためか鹿児島勤務時代はデスク担当に回されていた。
  4. その後NHKを退職してフリーになるもセクハラ騒動が起こり、メインを担当予定だった番組を辞退することに。
長谷川豊
  1. フジテレビ時代ニューヨークに赴任していたが2012年、滞在費用の不正使用を理由に降格処分を受け2013年に退社。
  2. 退社後はTOKYO MXを中心に活躍するが人工透析に関する暴論が原因でレギュラー番組を全て失う。
  3. その後衆院選に出るが最下位落選。
    • 2年後の参院選に出ようとするも某発言が原因で某政党の公認を辞退せざるを得なくなってしまい出馬を断念。
      • 人工透析の件もあって公認した某政党にも非難が殺到した。
  4. 2018年にある賞を受賞したが…。
羽鳥慎一
  1. 2011年に日本テレビを退職してフリーアナウンサーになったにも関わらず、モーニングショーを除くとほとんど日本テレビの番組に出演している。
    • 理由としては女性アナの流失や器用な男性アナウンサーが育成できていないから、起用されているとか。
  2. FUNKY MONKEY BABYSの「ヒーロー」のPVに「頑張っているお父さん代表」として出演するもその後不倫騒動が発覚し曲のイメージとかけ離れると言われるように。
馬場鉄志
  1. 1993年のエリザベス女王杯や2005年の菊花賞の実況はあまりにも有名。
  2. 一方で実況したレースが波乱になることも多い。
    • 1999年秋華賞、2002年菊花賞、2004年天皇賞春、2009年エリザベス女王杯など。
  3. ざんねんな点は「自他共に認める太りやすい体質」か。
    • 実際に1990年代と2000年代では馬場さんの体型が大きく変わっている。
  4. F-1中継を担当していた頃「馬場が実況の時はセナが勝てない」というジンクスがあったため、日本GPまでチャンピオン争いがもつれ込むことを期待したフジテレビのスタッフがスペインGPの時に顔写真を国際FAXで送って放送ブースに貼るという暴挙に出て、当時セナが所属していたマクラーレンのエンジンを担当していたホンダのスタッフを怒らせた。(そのレースの実況担当はフジ・三宅アナ)
福澤朗
  1. 「ジャストミート」の決め台詞で知られる日本テレビのエースアナウンサー。
  2. しかし、『高校生クイズ』の2代目総合司会者に就任した当初は、スポンサーのライオンから「ジャストミート」のNGを喰らい、使用できなかった。
    • なぜかというと、当時ライオンのライバル会社である花王が「ジャスト」という洗濯洗剤を発売していたため。
      • やむを得ず「ジャストミート」の代わりに多用したセリフが「ファイヤー!」である。
  3. フリー転身後に初めて日本テレビ以外でMCを担当した番組が2番組続けて不祥事で打ち切りという結末を迎えている(TBS『ぴーかんバディ!』→『人間!これでいいのだ』)。
古舘伊知郎
  1. スポーツ実況で名を馳せたが…。
    • テレ朝アナ時代の「ワールドプロレスリング」の実況では、アントニオ猪木にあまりにも肩入れした実況で注意を受けたことがある。
    • フジテレビの「F1」の実況を担当した際も、批判が多かった。
      • そんなF-1でもプロレス同様多くの「古舘語録」を残したが、1992年のモナコGPはスケジュールの都合がつかず実況をフジ・三宅アナに譲り、その三宅アナが「ここはモナコ・モンテカルロ。絶対に抜けない!!」と名実況を残すという皮肉な結果になった。
    • 普段の生活でも脳内で実況を行うようになってしまった。
      • 孫が生まれ初めて対面した時も、脳内実況に一生懸命で反応が薄くなり、周りが微妙な空気になってしまった。
松平定知
  1. 実は性格が攻撃的で有名。タクシー運転手に暴行したり、本番中にペンを飛ばしたりするなどした。
松本秀夫
  1. 「ヤギ」の愛称で知られる元ニッポン放送アナウンサー。早期退職制度でフリーになった後も「ショウアップナイター」で実況を担当している。
    • 愛称のきっかけはパンチョ伊東から「君はリチャード・ギアに似ている」と言われたことを笑福亭鶴光の番組で言ったところ大爆笑され、「リチャード・ギアに失礼や!お前はヤギや!!」と命名されたことから。
  2. 松井秀喜がニューヨーク・ヤンキースに在籍中、試合実況で現地へ派遣されていたことが何度かあったが、ある時、手違いで取材パス(PRESSパス)ではなく放送技術者用パス(TECHNICIANパス)が下りてしまい、やむなくそれで入り囲み取材していたところ首から下げていたパスを見た松井に「へぇ~、テクニシャンねぇ(・∀・)」とニヤニヤされてしまった。
  3. 他にもおっちょこちょいエピソードや酒でのしくじりがあるがその数があまりに多いのでWikipediaを参照方。
みのもんた
  1. かつて、あまりに痩せていたことから『北野ファンクラブ』の中で、ビートたけしに『アイツはガンだ!』と指摘されたことがある。
  2. 『朝ズバッ』担当時には、不祥事や様々な疑惑(セクハラ・パワハラ)が報じられた。
    • そして、息子の不祥事によって『朝ズバッ』を降板する羽目に。
  3. 『おもいっきりテレビ』時代には、アシスタントの女性アナとの不倫疑惑が流れたこともある。
森本毅郎
  1. 元NHKながらTBSと専属契約を結んでいたことがある。男前でクリーンなイメージもあったが…。
    • 当時担当していた「ニュースワイド」のエンディングでいきなり番組降板と退局を発表した。
  2. 実は、女癖が悪かった。
    • TBSが社運をかけて臨んだ「JNNニュース22プライムタイム」のキャスターも担当したが、自身の女性スキャンダルで謹慎したことがある。
    • 同じくTBSの「ぴりっとタケロー」も、低視聴率に加え、自身の不倫をフライデーされたことがトドメとなる。
      • 笑福亭鶴瓶師匠に「デレッとタケロー」と皮肉られる始末。
山本浩之
  1. 「ヤマヒロ」の愛称で知られる関西テレビ出身のアナウンサー。
  2. カンテレ時代、カツラをつけていたことがある。
    • それを自身がキャスターを務めるニュース番組で「私、ハゲだったんです!」とカミングアウトしたことは、もはや伝説。
    • なお、ズラをつけるようアドバイスしたのは、先輩の桑原征平であった。
      • そして、初めてテレビでズラをつけた山本を見た征平は、隣にいた梅田淳とともに、転げて爆笑したのだそう。
    • 息子2人もアナウンサーになったが(長男は日本テレビ、三男は父と同じく関西テレビ)、特に三男は関西テレビ公式HP内の自身のプロフィールで『将来ちょっぴり不安に思うこと』について「やっぱりハゲてしまうのかなという不安があります」と答えている。
  3. やしきたかじんの病気療養中に『たかじんのそこまで言って委員会』の委員長(MC)代理を担当するが、正式なMCに昇格する事なくたかじん逝去後に降板となっている。
吉田照美
  1. 文化放送出身、ラジオの帝王として活躍しているが…
  2. 文化放送アナ時代、若い頃は無茶苦茶な企画が多かった。
    • 特に、当時の東京大学一次試験合格発表日当日に受験生を装いながら学生服姿で登場し、友人の受験生数名(実は番組スタッフ)と一緒に胴上げした姿がNHKのニュースで放送されてしまいそれが大問題に。いわゆる「ニセ東大胴上げ事件」。
  3. 文化放送を退社しフリーになる際には、QR側とモメてしまう。これでフジテレビの番組MC就任がぽしゃった。
    • なお、その番組の司会の座はTBS出身の荒川強啓に奪われてしまう。
青山祐子
  1. NHK在籍中に育休を取るのはよかったのだが、その育休取得期間が7年と長かったため「給料泥棒」呼ばわりされてしまう羽目に。
    • そして結局最初の産休から一度も職場復帰することがないままNHKを去った。
    • 一応擁護をするのであれば子供が4人と多かったり、育休中に夫の仕事の都合で香港に移住したりしたことが影響している模様。
有賀さつき
  1. フジテレビ時代、『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』という番組を担当していた際には、「天然ボケの女王」として、NG大賞の常連に。
    • 「旧中山道」を「いちにちなかやまみち」と読んで、上岡龍太郎に呆れられたことは、もはや伝説。
      • 正しくは『アナウンサーが「旧中山道」を「いちにちなかやまみち」と読み間違えた例』として紹介したところ、本人は「きゅうちゅうさんどう」と更に間違えた。
  2. 2018年1月、卵巣がんで死去。52歳の若さだった…。
宇垣美里
  1. 事実無根であるが、業界一のブチギレアナと思われている。
    • 『あさチャン!』を降板させられた時にプロデューサーと大喧嘩した末にコーヒーまでぶちまけたと噂されたことがある。
      • 実際は「あなた(プロデューサー)からもらったコーヒーは飲めません」と言って捨てただけであり、バラエティ番組で発言した内容が転化しただけである。
    • なお、宇垣自身は滅多なことで怒らないタイプである。ただ、カチンときたりなめられていると思った時はやや勝ち気なところがある。
    • そのせいで短気な性格と思われている節があり、使いづらくなっている。
  2. 早いうちから男の餌食にされていた。それが元で前記した「あさチャン!」の降板騒動にもなったことがある。
  3. フリーになったものの所属事務所がオスカープロモーションというのがこれまたざんねんなことに。
有働由美子
  1. NHK時代、「あさイチ」での言動に批判が集まったことが何度もある。
    • また「あさイチ」では、いわゆる「朝ドラ受け」が名物だったが、その際に号泣したあまりつけまつ毛を落としたことがある。
      • つけまつ毛を落としたのは、ラストシーンが刃傷沙汰でびっくりしたからである。
      • 号泣した場合に備え、井ノ原快彦が予備のハンカチを常に携帯していた。
  2. NHK時代から、他のアナウンサーより注目されることが多く、フリー転向の噂が流れることが多かった。
  3. フリー転向後に「料理コーナーのアシスタント」としてあさイチに乱入し、あさイチのスタッフが上層部から大目玉を食らう羽目になってしまった。
近江友里恵
  1. ブラウスを前後逆に着て番組に登場したことがある。
  2. あさイチの初回、緊張のあまりロッカーのカギを持ったままスタジオに入り、博多華丸・大吉を唖然とさせた。
  3. 顎に絆創膏をつけたままブラタモリのロケに登場したことがある。
    • 奄美大島でハブ捕獲訓練を行ったとき、捕獲した(設定の)かごを素手で閉めようとした。
  4. タモリいわく「興味あることとないことの差が極端」
    • そのこだわりが三井不動産への転職を決めたとも。
大橋未歩
  1. テレ東時代、「モヤモヤさまぁ〜ず」などで幾度となくセクハラに逢ってきた。
  2. 離婚と再婚を同時発表したことで(特に野球ファンからの)心象を悪くした。
    • 最初の夫・城石憲之(元ヤクルト、現・日本ハムコーチ)は彼女が脳梗塞で倒れて闘病中に献身的に看病したが、復帰後にあっさり離婚してすぐにテレ東の年下社員と再婚したことで心象を落とした。
      • 「最初の結婚に関してはもう話しません」と自ら黒歴史化を宣言したことで更に拍車をかけた。
小川彩佳
  1. 報道ステーション降板後、AbemaTVのAbemaPrimeに移籍するがコスプレをさせられるなど扱いで物議を醸した。
    • テレ朝退社後、新天地であるNews23のメインキャスターに就任するが低視聴率なあまりTBS社長にダメ出しされてしまう。
小野文恵
  1. 初任地の山口放送局時代のあれこれがざんねん。
    • 通常は2~3年で他の放送局(東京含む拠点局)に転勤するところ、5年間勤務。
    • 夕方のニュースを担当し、高視聴率を記録するも…
      • 視聴者に理由を訊いたところ「あまりにも危なっかしくて目が離せない」と返された。
    • 先輩アナウンサーと挙式を上げたが、東京異動前に別れている。
      • 事実婚状態だったため、戸籍上は何もついていない。
    • 野球のことがわからないのに高校野球の実況を担当し、「何が起こってるんでしょうか?」と発言。
      • それを聞いた笑福亭鶴瓶に「誰が東京へ呼んだんや‼」と叫ばれた。
  2. 東京転勤後「ニュース深読み」を担当するまで20年近く報道番組を担当したことがなかった。
    • 「ためしてガッテン」や「鶴瓶の家族に乾杯」といったバラエティが中心だった。
小俣雅子
  1. 文化放送出身で『吉田照美のやる気MANMAN』では、長年にわたって吉田照美の相手役として有名に。しかし、その『やる気MANMAN』では、ざんねんなエピソードが多かった。
    • 生放送中に放屁したことがある。
    • トチリは日常茶飯事。そのたびに吉田照美から「小俣ぁー」「お前よぉー」「バカ!」等ツッコミを入れるのがお約束に。
加藤綾子
  1. 2016年にフジテレビを退職してフリーアナウンサーになったにも関わらず、Eテレのレギュラー1本を除くとほとんどフジテレビの番組に出演、しかも局アナ時代には未経験の夕方の帯ニュースに抜擢された。
    • 一応、日テレでは特別番組に出演、TBSではドラマに出演していた。
近藤サト
  1. フジテレビに入社したときは報道番組やバラエティ番組で活躍していたが、その後歌舞伎役者の5代目坂東八十助(後の10代目坂東三津五郎)と不倫してしまう。
    • 坂東はその後当時の妻だった元宝塚歌劇団の寿ひずると離婚してフジテレビを退職した彼女と結婚するのだが、結局わずか2年で離婚した。
  2. 坂東が死去した今でもその不倫のダメージが残っているのか、ナレータ―としては重宝されているものの、顔出しの方は一部バラエティ番組を除いてなかなかできない状態となっている。
高橋真麻
  1. フジテレビ時代がとにかく残念だった。
    • 顔がそれほど良いわけではなかったことや、父親が高橋英樹であることから「七光り」批判がとにかく激しかった。
  2. めちゃイケで抜き打ちテストを受けた際に、自身は大卒であるにもかかわらず高卒の秋元才加に負けてしまった。
クリスティーン・チュバック
  1. 世界放送史上最も凄惨な最期を遂げたキャスター。
    • 1974年にフロリダ州サラソータのWXLT-TV(現WWSB)で生放送中に突如自らの頭を拳銃で撃ち自殺した。
      • そのあまりにも衝撃的過ぎる事件は日本(朝日新聞・毎日新聞で確認)でも報じられたほど。
  2. 死の原因となったのは躁鬱病とされる。
    • 本人は結婚して子どもを持ちいい主婦になることを願っていたがなぜか男性に恵まれなかった。
      • かなりの美貌の持ち主だったのに人付き合いが下手だったのが災いしたと思われる。
    • 当時の精神医学がもっと発達していれば悲劇は避けられていたはず。
  3. 容姿端麗なだけでなく仕事熱心で社会への貢献も忘れない優秀なキャスターであっただけにその死がより一層惜しまれる。
    • サラソータ記念病院で知的障碍を持つ子どもたちに人形劇を披露したことがある。
      • 彼女が息を引き取ったのは奇しくもその病院だった…。
    • 自然保護や地域の弱者支援にも関心を持ち自ら行政に働きかけることもあった。
    • 長生きしていれば全米に知られる名キャスターも夢ではなかった。
  4. 没後数十年を過ぎても多くの人々に慕われ続けていることだけがせめてもの救い。
    • 墓碑のデータベースサイトでは今も彼女へのウェブ上の献花が絶えない。
中井美穂
  1. フジテレビ時代『プロ野球ニュース』の担当初日での新聞のラテ欄に「中山美穂」と誤植されてしまったことがある。
    • そのためか、日本テレビのあるクイズ番組では中山美穂・中井美穂・美保純、日本テレビで仕事をすることができないのはという問題が出題された。尤もこれはフジテレビに所属していた頃に出題された問題であり、今となってはこんな問題はできないだろうな。
細貝沙羅
  1. フジテレビ入社当初は「全日本国民的美少女コンテスト」や「ミス日本」などの美人コンテストに出場した経歴があることから同期の山﨑夕貴よりも注目されていた。
  2. しかしフジテレビの育成があまりうまくいかず、アナウンス力がなさ過ぎたことからわずか7年で人事部に異動となった。
山本モナ
  1. 2005年に朝日放送を退職し、翌年9月に『筑紫哲也 NEWS23』(TBS系)キャスター就任も翌週に某衆議院議員との不倫発覚で降板。
  2. 3年後の2008年7月に『サキヨミ』(フジテレビ系)メインキャスターでリベンジを図るも、今度は某プロ野球選手との不倫発覚で初回出演のみで降板。
    • そして相手の当時天下の在京球団の選手会長を務めていた某選手はこの年のオフに北海道に飛ばされてしまった。

関連項目

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