ざんねんなゲームハード事典/任天堂
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- ROMカセットに限界が生じていたため、それよりも大容量化・低価格化を図るために鳴り物入りで登場したが・・・。
- 登場時のCMには、あの所ジョージを起用したが・・・。
- 発売直後にはROMカセットが大容量化し始めていた。それに加えて耐久性に難もあり、存在の意義が薄れた。
- それどころか、カセットそのものが進化してしまい、ついにはセーブ機能もついたカセットまでも現れる始末でディスクシステムそのものの立場がなくなってしまった。
- 事実これが発売されたわずか3ヶ月後にドラゴンクエストの第1作目がROMカセットで発売されている。
- それ以来、任天堂はNINTENDO64までROMカセットに固執し続けた。
- ロード時間を気にしての選択だったけど、それが容量面で足を引っ張りまくったのは事実。GCもロードタイムを気にしてあの小径ディスクの採用になった。
- その64も64DDという似たようなシステムを発売したが、結果は言うまでもない。
- 64DDは似たようなシステムではなく磁気ディスクです、CDが650メガバイトなのに 64DDは24メガバイト しかもロード時間はプレステ並なので 何を考えてるか解らないハードでした。
- だからディスクシステムと同じ磁気メディアだろう?何を言ってるんだ。なぜ64DDが磁気メディアを採用したかというと、ランドネット構想も視野に入れて書き込み可能な大容量メディアというラインを狙ったから。PS2メモリーカードが8MB、PS BBのHDDが40GBだったから、時代を考えればスペック的にはこんなもん(ただし計画自体は失敗)
- 64DDは似たようなシステムではなく磁気ディスクです、CDが650メガバイトなのに 64DDは24メガバイト しかもロード時間はプレステ並なので 何を考えてるか解らないハードでした。
- 実際にはコストや強度的な問題もある。任天堂は伝統的に据え置き25,000円というのを一つの基準としてきたが、家電屋のソニーですらPS1の初期価格は39,800円で、いうまでもなくドライブが価格に占める割合は結構大きい(しかも初期型はあの故障率)。むしろソニーだからCD-ROMが上手くいったのであって、カセットだから失敗したと見ないほうがいい。
- 結局、フラッシュメモリがBD-ROM並の大容量化したことと&低価格化により、Nintendo SwitchでまたROMカセット(ゲームカード)に回帰することに。
- サードパーティーも利益率の低さや著作権の問題から非協力的なところもあった。
- バンダイが1986年にファミリーコンピュータ向けに発売した体感装置。付属のマットがコントローラー操作に対応しており、マット上のボタンに対応する場所を足踏みしたりジャンプしたりする事で操作する。
- しかし日本国内で発売された対応ゲームソフト10本のうち、8本は1986年11月から1987年12月までの短期間でのリリースにとどまっている。あまり売れなかった理由として以下があげられる。
- マット上を頻繁に飛び跳ねて操作するので非常にうるさいし何より振動が激しい。マンションとかでの集合住宅ではもちろん、一軒家でも近所迷惑の原因になったことは想像に難くない。
- このためマットを手で叩きまくるなどして操作する家庭もあった。騒音や振動の面ではあまり解決できていないが。
- マット状のコントローラーで跳ねたり、足踏みして操作することで、近所に大迷惑をかけるゲームといえば…後にコナミのダンスダンスレボリューションで受け継がれることになる(DDR専用コントローラーを用いたゲーム全てに該当するが)。
- 日本の住宅事情を考慮すると、この種のゲームを家で(迷惑をかけずに)プレイするのが困難なのは想像に難くない。
- プレイ中の振動がファミコン本体に影響を与えて、ゲームが止まったりすることがよくあった。
- ゲームソフトは他社からの参入がなく、同工異曲な内容の作品ばかり。ようやく末期になって「風雲たけし城」のソフトが発売されているが、スーパーマリオなどのキャラクターゲームを出すことはできなかったのか。
- マット上を頻繁に飛び跳ねて操作するので非常にうるさいし何より振動が激しい。マンションとかでの集合住宅ではもちろん、一軒家でも近所迷惑の原因になったことは想像に難くない。
- 2008年にバンダイナムコゲームス(旧・バンダイ)からWii用のファミリートレーナーがリリースされ、そこそこヒットとなった。2020年にはバンダイナムコエンターテインメント(旧・バンダイナムコゲームス)よりNintendo Switch用のファミリートレーナーが発売された。
- 逆に言うと、20年くらいファミリートレーナーの後継作品が出ずに空白期間があったということになる。時代を先取りしすぎていたともいえよう。
- 1989年に発売され、2019年で発売30周年を迎える携帯型ゲーム機。
- 単3アルカリ電池を4本も使用しながら、わずか数時間しか稼働しない、残念な性能であった。
- 単3アルカリ4本で公称35時間のどこがざんねんなんだ?(ポケットの単4を2本で8時間は確かに交換ペースがしんどいけど。)
- あくまで「公称」(自称)であって、実際のところはもって5~6時間もなかったような…?(気のせいかもしれないし、実機がないので検証のしようもないが)
- 完全に気のせい。マンガン使っても10時間以上は確実に持つ。しかも公称値は連続使用時なので休みながらならもう少し伸びる。
- 発売から10年~20年以上たち、本体の経年劣化で燃費が悪くなるなら、まだわかる。
- あくまで「公称」(自称)であって、実際のところはもって5~6時間もなかったような…?(気のせいかもしれないし、実機がないので検証のしようもないが)
- 単3アルカリ4本で公称35時間のどこがざんねんなんだ?(ポケットの単4を2本で8時間は確かに交換ペースがしんどいけど。)
- ドット欠けが激しく、ゲームによっては到底まともにプレイできない代物まであった。
- 1998年に発売された、後発のゲームボーイカラーでは単3電池アルカリ電池2本で約20時間も稼働するうえ、ドット欠けもほとんど見らればくなるなど大幅に性能が向上した。
- どうやらドット抜けは液晶本体ではなく、液晶と基板をつなぐケーブルの劣化が原因な模様。
- 任天堂の名誉のためにいえば、2002年3月末までに世界で1億台以上出荷され、販売台数は世界一のようなので、売上は決して残念といいきれない。
- バックライト非搭載。明るいところで見づらいということは少ない一方、暗い場所でプレイするのは絶望的。
- 周辺機器メーカーからはフロントライトに拡大鏡を組み合わせた製品が乱立して発売された。日本で有名なのはビック東海のライトボーイシリーズか。
- なぜかバックライト付きのGBL対応の商品も売っていた。
- 周辺機器メーカーからはフロントライトに拡大鏡を組み合わせた製品が乱立して発売された。日本で有名なのはビック東海のライトボーイシリーズか。
- ファミコンの進化したハードという位置づけだったが、ファミコンとの互換性はなかった。
- ここから任天堂の据え置きは後方互換性が一切ないのが伝統に。Wiiでようやく払拭した。
- 一応計画段階では互換性も持たせる予定だったが、そもそもファミコン自体まだ作ってるとかコスト的なこととか色々あって結局外すことに。
- NINTENDO 64に若干の開発遅延があったことも絡み、モデルライフが明らか長すぎた感がある。
- ソニーと共同でCD-ROM搭載のスーファミ互換機を作る予定だったものの、開発段階で齟齬が生まれて中止となった。のちに任天堂はフィリップスと組むが……。
- この時の仮名が「プレイステーション」で、後年に当時の試作機も発掘された。
- 任天堂の初期のVRゲーム。商品に対する制作側とユーザーの思惑が噛み合わず、黒字ではあるが失敗扱いとなる。
- そもそも任天堂自体も64の立ち上げで忙しく、バーチャルボーイをどうするつもりなのかブレていた。
- 正確に言えば、発売後すぐに商業的に失敗したことが判ったので、赤字になる前に早期撤退した。
- バーチャルボーイは赤字です。推定10億
- プレイ中の画面を見られるのはプレイヤーのみで完全にパーソナルだったのも普及を妨げたとされる。
- 同時期に大ヒットした初代ポケモンがコミュニケーション性の強い内容と言うのは皮肉である。
- せめてテレビで映像を出力できれば、もう少し売れたかもしれない。
- 3D表示特化なので出力は無理だろうね…。
- 何をまちがえたのか赤一色というのはちょっと。
- 暗闇に赤い光でしか表現できないため、黒い空に赤い水とかどんな場面を描こうが表現に制約が出る。色のせいで想像でも補えないのでまず地味とか不気味な印象を受ける。
- 技術的にこれ以外の選択肢がなかったのだ。視認性、消費電力など、当時の現実的な範囲でVRをやるには赤黒が最適解で、これ自体は物凄くよく考えられている。マーケット的には・・・うん。
- 見た目的に携帯出来そうなのだが、重量等考えると携帯するのは無理だったりする。
- 3DSにベタ移植&リメイクできれば…と思ったのは自分だけではあるまい。
- 何度失敗しても懲りない「任天堂の3D」「セガのネットワーク接続」。3DSも立体視の反応がイマイチで結局2DSが出たし。
- 発売ソフトも、初期のファミコンに+αしたような単調な内容のものしかない。
- レッドアラームやワリオランドはなかなかだけど、同時期の他ハード用ソフトと比べると小粒感が否めない。
- 3Dになっただけのマリオブラザーズ、3Dになっただけのぱにっくボンバー、3Dになっただけのテニスゲーム……。
- 視認性の問題があるにせよ、FPVの作品とかがあれば意欲的だったのだが。
- 地味に本体底面に拡張端子を設けていたが、結局使わずじまいで終了。
- 何に使う目的だったんだろう?まあ対戦辺りだろうとは想像できるけど、わざわざVB2台設置したりするの超めんどそう。
- Switch/Switch 2のオンライン(追加パック)でまさかのベタ移植が決定。しかも加入者限定で当時の本体を再現したゴーグルまで発売するときた。
限定コンテンツだけど既に売れ行きがざんねんになる予感が。- 豪華版はSwitch/2の本体(ディスプレイ部)をゴーグル内に入れ、それを覗き込むことで3D描画を再現するというもの。それとは別に紙製の簡易版も用意される。
- 既に結果が出終わったざんねんハードにここまで執心する任天堂の原動力はどこから来るのか。当時のざんねんさがとにかく心残りだったとか?
- Switch Liteはディスプレイとコントローラーが分離できないので非対応。
- というか、まず価格が高い気がする。遊ぶために最低でも3000円(簡易版の価格)プラスしないとダメな時点でちょっと……。
- 豪華版の方は約10000円。もちろんペイするためにはそれぐらいの価格設定が必要とはいえ、抵抗感はある。本体やテレビ接続のみで気軽に遊べてもいいのに。
- ただ、2Dの疑似3D表示だと上に書かれてる「単調な内容」「小粒」なだけのゲームになるので、やっぱりフル3D描画はマストかもしれない。
- 豪華版の方は約10000円。もちろんペイするためにはそれぐらいの価格設定が必要とはいえ、抵抗感はある。本体やテレビ接続のみで気軽に遊べてもいいのに。
- 豪華版はSwitch/2の本体(ディスプレイ部)をゴーグル内に入れ、それを覗き込むことで3D描画を再現するというもの。それとは別に紙製の簡易版も用意される。
- 衛星データ通信を利用し、空からゲームが降ってくると言う触れ込みのSFCの周辺機器。様々な要因で普及に至らなかった。
- そもそもBS自体があまり普及してなかったのが最大の原因。
- BSが受信できれば通信料も利用料もなく完全無料でゲームが遊べる。が、すでに他社の次世代機が出ていたためSFCの製品寿命からすれば遅く、普及していないBS利用という通信インフラ面では早すぎた。
- 半年は通販限定で店頭販売なし。購入前の段階ですでにハードルが高い。
- サービス中に発売されたスーパーファミコンジュニアには拡張端子無し。この時点で任天堂に見捨てられていた。
- 海外先行の新型SNESがベースなので、端子切り捨てはコスト面からも避けられなかった。
- 立ち上げに失敗したため、放送番組(配信ソフト)の削減という方法で1996年度からすでに見切られていた。
- このように極めてグダグダではあったが、それでもデータ放送に関する知見が後のオンラインサービスに活かされたのはせめてもの救いか。
- 発売時期が悪すぎて、売上的にもPSに負けてしまった。
- 横スクロールアクションゲームがあまり無かった印象。
- 一方、海外ではPSを凌ぐほどの大ヒットを記録した模様。
- コントローラーはかなり複雑な構造だった。
- コントローラー中央にあるスティックの耐久性に難があり、激しく回転させるとたちまち摩耗してしまう。
- 「マリオパーティ」など、やたらと回転方向でスティックを酷使するソフトが多かったのも原因の一つ。
- スティックはホイール式マウスの構造を流用したもので、回転移動の部分を角度検知にそのまま置き換えた感じ。部品同士の干渉で内部が削れて不安定になった結果、ドリフトや軸ズレが起こるトラブルが主流である。
- 社外品だとSwitchのJoy-Con/プロコンなど、各社の現行コントローラー同様の可変抵抗スティックに交換するキットも存在する。
- ちなみに、スティック部の構造はSwitch Online向けの64コントローラーも同一設計なので、いつかニュートラルポジションが維持できないSwitch用64コンが現れるのかも?
- コントローラー中央にあるスティックの耐久性に難があり、激しく回転させるとたちまち摩耗してしまう。
- ドンキーコング64などはハード本体のメモリ増設(メモリー拡張パックを装着)しないと起動できなかった。
- 「はがさないでください」
- 初期ロットは「ハイレゾパック」という名前だった。対応ゲームは既存の付属メモリーに比べて高画質(ハイレゾリューション)なモードで駆動することが由来。
- 「ハイレゾ」が分かりにくかったのか、発売から数ヶ月で早々に名称変更されている。
- 元々は↓の64DD接続用に用意された周辺機器。当時のゲーム誌でも共に紹介されていたが、発売遅延を繰り返した(後述)ことで64向けの対応ゲームや専用ゲームが先に出てしまった。
- ちなみにメモリー拡張パック専用ゲームは、絶対に必須だった64DD用ソフトを除けばたった3作品のみ(ドンキー64、ムジュラ、パーフェクトダーク)。謳い文句とは異なりそこまで必要としなかったのがざんねん。
- 完全対応じゃないが性能が向上するソフトも発売されていた。それも10作品ほどしか無いので、ざんねんではある。
- ちなみにメモリー拡張パック専用ゲームは、絶対に必須だった64DD用ソフトを除けばたった3作品のみ(ドンキー64、ムジュラ、パーフェクトダーク)。謳い文句とは異なりそこまで必要としなかったのがざんねん。
- VRSユニットという音声認識システムが周辺機器で発売されたがVRS対応ソフトは「ピカチュウげんきでちゅう」と「電車でGO!64」の2本しかなかった。
- 発売初期は音声認識をゲームの操作に使うという画期的な機器だったが限られた単語しか認識することが出来ないという欠点を抱えていた。
- こんなざんねんなハードではあるが、任天堂の出したハードで名称が数字なのはこれぐらいしかないため、ニンテンドーミュージアムに行く京都京阪バスの運行経路番号がこれにちなんで「64号経路」になってしまった。
- 上にもある通り、世界的に見ればざんねん枠には入らないので大丈夫ということなのだろうが…
- ローソンの店頭にあるマルチメディアステーション機・Loppiで行われた、スーファミとゲームボーイのブランクメディアにゲームを書き込めるサービス(厳密にはハードではない)。
- ある種ディスクシステムが後世に蘇った感じで、違いはアドオンハードを別途用意しないところ。
- ただし新作・独占ソフトの発売は64やアドバンスの存在もあって当然少なく、一部ソフトを除いて後からROMカセットのパッケージ版が発売されたりしている。
- 初代Loppiの本体にSFCとGBのスロットが備わっており、知らないとLoppiのスタンドアロンで購入から書き換えまで完結すると勘違いしそうだが、こちらはメディアの残量をチェックするためのもの。
- 実際の書き込みはレジで店員に渡してそこで行われる。
- ゲームボーイの書き換えはSFCの2年遅れで開始。地味にゲームボーイカラー対応/専用ソフトの書き換えも対応していた。
- こちらはSFC版と異なり、完全新作の配信はほぼない。
- ある種ディスクシステムが後世に蘇った感じで、違いはアドオンハードを別途用意しないところ。
- もうモデルライフが末期も末期だった両機種で展開されたこともあって、そんなには普及することなく終了。
- 年数こそローソンの店頭では約5年半、任天堂への送付書き換えは9年ちょっとの間行われていた。
- Wii世代でバーチャルコンソールが開始されたのがこの前年であることから、その皺寄せで終了した感じだろう。
- 年数こそローソンの店頭では約5年半、任天堂への送付書き換えは9年ちょっとの間行われていた。
- スーパーファミコンに接続すれば、テレビでゲームボーイソフトが遊べるスーパーゲームボーイの続編。1998年1月発売。
- しかし、1994年のスーパーゲームボーイから四年たって、通信ケーブルに対応したことしか違いがないのはざんねん。
- スーパーゲームボーイの擬似彩色機能やフレームは当時白黒だったゲームボーイにとってインパクトのある機能で、テレビでゲームボーイソフトをわざわざ遊ぶ十分な動機付けになっていたが、SGB2はそうしたインパクトのある違いをもたらせなかった。
- そもそも当時のテレビはいまと違ってブラウン管でばかでかいので、テレビ2台で通信対戦することは子供同士では考えにくい。
- そもそも1996年にニンテンドー64が発売して二年近いのに、今さらスーファミ対応というのも注目されなかった理由。
- スーパーゲームボーイは彩色機能が人気だったが、これの発売して数ヶ月あとにゲームボーイカラーが発売されてしまった。
- そもそも当時のゲームボーイ自体ハードの寿命サイクルの末期で、ポケモンブームで延命した側面があった。そのためこの機種の開発も96年のポケモンブームの影響が大きいと思われる。ポケモンは通信対戦通信交換が重要なため、どうしても通信ケーブル対応させたいと思ったのだろう。
- しかし98年8月には64GBパック同梱ポケモンスタジアムが発売され、64で対戦できるようになってしまった。さらにゲームボーイ版ポケモンもポケモンスタジアムと64経由でテレビで遊べるようになり、わずか数ヶ月で存在意義を失うことに。
- 98年10月にはゲームボーイカラーが発売され、既存のモノクロGB用ソフトも不完全ながら彩色できたため、ポケモン本編などゲームボーイソフトを彩色して遊びたい需要もとられてしまう。
- さらに99年4月のポケモンスタジアム2では倍速プレイと多様なルールの対戦が実装され、ますますSGB2は意味を失ってしまった。スタジアムやカラーの発売はわかっていただろうに、なぜ数ヶ月前にこれを発売してしまったのか。
- 98年10月にはゲームボーイカラーが発売され、既存のモノクロGB用ソフトも不完全ながら彩色できたため、ポケモン本編などゲームボーイソフトを彩色して遊びたい需要もとられてしまう。
- しかし98年8月には64GBパック同梱ポケモンスタジアムが発売され、64で対戦できるようになってしまった。さらにゲームボーイ版ポケモンもポケモンスタジアムと64経由でテレビで遊べるようになり、わずか数ヶ月で存在意義を失うことに。
- それでも当時の子供向け電子機器のトレンドであるスケルトン系のかっこいいデザインは評価が高い。
- ゲームボーイカラーをニンテンドー64経由で遊ぶ機械としてポケモン金銀のローンチあたりにあわせて発売すればよかったのではないか。
- 実際にゲームボーイカラーとニンテンドー64に対応したスーパーゲームボーイ3が構想されていた。展示会での発表までいったものの発売中止に。スーパーゲームボーイ2の失敗の影響であればざんねん。
- ちなみに前述の64ポケモンスタジアムのGBエミュレーション技術には、没になったスーパーゲームボーイ3のBIOS流用されているというウワサもある。
- 当時はまだ海外市場進出が難しい時代で、初代スーパーゲームボーイは海外で発売したがスーパーゲームボーイ2は海外で発売できなかった。
- ゲームボーイポケットにバックライトが付いただけでなく、単3電池になったことで動作時間が伸びたのだが…。
- 本体があまりにもGBPと同じすぎたのもいけなかったかも。子どもには違いがちょっと分かりづらかった。
- 半年後にゲームボーイカラーが発売されたためにそっちに話題を奪われてしまい、存在感が薄い。
- そのゲームボーイカラーも発売時期にしては低すぎるスペック、カラー対応したのはいいものの多くのサードパーティーがGBC専用にするリスクを嫌ってGB・GBC両対応にしたためGBCの機能もいかしきれなかったこと、ポケモンブームで初代GB寿命が延びすぐにGBAが発売されたことなどでかなり実働期間が短かった。
- 64の周辺機器。しかし、64のメインユーザーを顧みない販売形態により全く売れず短命に終わった。
- ランドネット稼働中に発売されたピカチュウ64は物理的に64DDが接続出来ないなど、開発サイドの広報活動も元々積極的でない。
- ディスクシステムのように店頭での書き換えサービスも検討されていたが、実現しなかった。
- この時期にニンテンドウパワーというGBとスーファミのLAWSON書き換えサービスが稼働していたがそれほど成功していなかったのも一因かもしれない。ただ他社のプレステが社会現象で任天堂ファンも64に釘付けのときにしてはある程度の底堅い需要があったと思うのだが。
- 最初は任天堂が直接販売する形で「NINTENDO 64ディスクドライブ」として販売予定だった。しかし、外部発売(一応任天堂の子会社ではあったが、リクルートとの合弁)に切り替わった影響か「NINTENDO」が名称から削除されて、略称が正式名に。
- この経緯もあって発売自体が大幅に遅延。64本体から3年も遅れて発売されたのも売れなかった原因だろう。
- なんなら次世代機のゲームキューブの影も見え始めた時期に、こんなアドオンが売れるわけがなかった。そういう意味ではスーパー32Xに近いものがある。
- 発売遅延のせいで64DD用から通常の64用、はたまた次世代機のGC用ソフトに販売媒体を変えたものも。
- 最終的にPSから出たFF7やDQ7などをはじめ、外部流出を招いてしまったソフトもある。
- 詳細がわからないまま発売予定に載り続けていた「キャベツ(仮)」の文字が懐かしい。
- スクウェアが任天堂と合弁会社を立ち上げ、ネットワーク環境の開発に大きく噛んでいたものの、
ソニーに札束で顔を叩かれたのと本体開発の遅延もあり事業から撤退。これ以外の諸々も含めたらしばらく出禁食らうのも納得ではある。
- この経緯もあって発売自体が大幅に遅延。64本体から3年も遅れて発売されたのも売れなかった原因だろう。
- GBとGBAの周辺機器。当時の子供に携帯があまり普及していなかったり、通信費が高い印象が強かったことからポケモンの力をもってしても普及には至らなかった。
- そもそもポケモンクリスタルはカラー専用ゲームで遊べる環境が限られる上に、金銀本体は無関係だったし…。
- GB、GBCの後継機。
- 性能面でSFCを上回るのと、「A・Bボタン」「セレクト・スタートボタン」に加え、「L・Rボタン」が追加されたのはいいが、「X・Yボタン」が追加されなかったので、SFCのゲームが完全移植できなかった。
- 「X・Yボタン」が追加されたのはNDSになってから。
- 音楽面ではSFC以下といえる環境(スーファミはPCM8音、GBAはPCM2音)だったので、原作を知っていると違和感ありまくりな移植になりがちだった。
- 「メイドインワリオ」・「マリオ&ルイージRPG」・「リズム天国」・「ロックマンエグゼ」・「逆転裁判」など名作ゲームを少なからず生み出してきたが、次世代機であるニンテンドーDSが本ハードの発売からわずか3年8ヶ月後に出た事もあり、ソフトの売り上げはやや地味だった。
- ミリオンセラーはポケモンの本編を除くと、ファミコンミニとして移植された「スーパーマリオブラザーズ」のみという有様だった(ちなみにマリコレ準拠の「スーパーマリオブラザーズ」および「2」は制作・発売されていなかった)。
- DSにはGBC/GBAの後方互換もあったため、余計に影が薄くなる原因となってしまった。今になってGBASPが再評価されているのは皮肉なもの。
- PS2に発売日で大きく遅れをとってしまったことで失敗に繋がった。
- ミリオンを達成したのはスマブラDXだけで、それ以外は皆ギリギリのところでミリオンに届かなかった。
- ロンチタイトルが3本しかなく、ハードを牽引できるレベルのものがなかったのも一因。スマブラdxを本体と同時発売したほうがよかっただろう。ピクミンの歌などもブームになるにはなったが…
- PS2よりもゲームキューブの方が性能が高かったが、DVDを再生することができない事に売上に影響が出ていた。
- 海外では売上ではXboxにも負けてしまった。
- しかしこの世代の性能首位はXbox、2位はゲームキューブだった。日本は技術が評価されない国なのは非常にざんねん。
- せめてDVD再生機能さえあれば、少しは売れたかもしれない。
- その後松下電器からPS2みたいにDVDも再生できる、ゲームキューブの融合機「Q」が発売されたものの、結果はもはや言うまでもない。
- そんなQも当時は全く売れなかったが、皮肉なことに今になってプレミア価格で取引されるようになった。
- PS2は後方互換があったのも大きい。ゲームキューブも64のタイトルが遊べたらよかっただろうか?
- 海外では売上ではXboxにも負けてしまった。
- ソフトも当初GCでのみ発売を予定していたものが、PS2でも出すことに変更したり、末期ではGCでのリリースを取りやめるタイトルも存在していた。
- すごい酷い言い方をするとコントローラー「だけ」は大人気。100%スマブラのせいだけど。
- 3世代先のSwitchでスマブラSPが出るのに合わせ再販したレベル、金型まだ残してるのか…。
- Switch 2ではNintendo Classics用のUSB-C/無線版も新たに発売(Switch Online加入者限定)する。中身の堅牢性まで同一かは不明だが。
- ウェーブバードは公式の無線コントローラとしてSONYよりも早かった。それなのにあまり世間に評価されなかった。
- この世代までは任天堂もアーリーアダプターだったんだが…。WiiDSブームにあぐらをかいて置いていかれた感じがある。
- ここから可変抵抗式のスティックに変わって、一般的な経年劣化以外は64比でトラブルが減少した。
- 3世代先のSwitchでスマブラSPが出るのに合わせ再販したレベル、金型まだ残してるのか…。
- ハイスペックな機種である64とゲームキューブの失敗の影響で、任天堂は完全にファミリー向けに向かい技術開発競争から降りてしまったのは非常にざんねん。ゲームキューブが売れていてハイエンド路線を続けていれば今ごろはソニーのXperia playみたいなスマホの任天堂版を作って大ヒットさせていたかも。
- 2つが失敗したからというのもなくはないけど、そもそも高性能・高価格路線は任天堂の社風にあってない。「同じ土俵で消耗するな」は組長時代からの基本路線で、どっちかというと64が異端児。(GCは高性能だが、重視したのは使いやすさで最高性能ではないので実はちょっと違う)
- 任天堂の据え置きハードとしてはじめて後方互換の対象になった。
- これまでは任天堂の携帯機は後方互換があっても据え置きは後方互換がなく、プレステの豪華なソフト遺産を引き継いだプレステ2に苦戦していた。そのため、Wiiではゲームキューブのソフト遺産が引き継がれた。また、光ディスクが最初から採用されたはじめての任天堂機であったことも互換できた一因。
- しかし、せっかく互換性があるのにWiiがブームになるとWiiであそぶセレクションで再度買わされたユーザーも多いだろう。
- これまでは任天堂の携帯機は後方互換があっても据え置きは後方互換がなく、プレステの豪華なソフト遺産を引き継いだプレステ2に苦戦していた。そのため、Wiiではゲームキューブのソフト遺産が引き継がれた。また、光ディスクが最初から採用されたはじめての任天堂機であったことも互換できた一因。
- ミニファミコンとミニスーパーファミコンは発売されたが、ミニ64とミニゲームキューブはいまだ発売されていない。
- ゲームキューブのスペックはVitaよりかなり低いし、ゲームソフト1本の容量も1.5GBなので現在なら性能的にはかなり安価で小さいものも不可能ではなさそうだが、スーパーファミコン以来長らく音沙汰がない。
- メモリーカード59の容量が4メガバイトと、プレステ2のメモリーカードの8メガバイトより少ない。
- 後に251が発売されたが、海外やサードパーティーで発売された1019ブロック(64mb)のメモリーカードは最後まで発売されず。
- 当時すでにプレステ2はメガバイト表記を採用していたが、ブロックという表記を続けた。確かに当時メガバイトという単語は情報強者しか知らなかったが、だからこそメガバイトという単位をゲーム機で積極的使えば子供たちへの教育になっただろうに。ゲームで変数や乱数といったプログラミング概念をはじめて知った子供も多いだろうし。
- 別にメガとかバイトとかはゲームやってれば子供でも知ってたよ。でも任天堂はエンターテイメント企業であって技術屋じゃないので生の数字を直接出すのはプライドが許さないだろう。「何万ポリゴン!」みたいなのを出してくのがソニー流で、一方の任天堂は当時すでにスペックの数字を可能な限り出さないスタイルでやってた。セーブ画面でもメモリーのスロットをそのまま見せないとか徹底してる。
- ファミコンはやたら懐古の対象にされて何度も擦られるので、こちらは半ば黒歴史扱い。
- それどころかWiiのスーパーペーパーマリオではステレオタイプなオタクキャラの悪役の城の持ち物にされてしまった。WiiDSブーム当時はゲームらしくないゲームが正しく旧来型の高スペックなゲームはダメという風潮にされてしまい、その失敗の象徴にされてしまった。
- キューブの名前に似つかわしい正方形なデザイン。それにとってがついている。
- しかしこのデザインも置きづらい、ださいと酷評されてしまった。
- でもX JAPANみたいなデザインの初代Xbox(ちなみに試作機はもっとヤバいデザインだった)やゲームキューブみたいな個性的でいかついデザインもまた流行ってもいい気がする。最近のゲーム機はいまいちデザインが画一的だ。
- かと言って当時の松下製ミニコンポみたいなデザインのQもいまいちではある。
- しかしこのデザインも置きづらい、ださいと酷評されてしまった。
- ニンテンドーDSが発売されたとき、dsは試験的な機種なのであくまで3本柱で据え置き機、ゲームボーイアドバンス、DSを平行させるといわれていた。
- そしてそのゲームボーイアドバンスの後継機があるといわれており、それはゲームボーイエボリューション?という名前で、ゲームキューブと互換性があるといわれていた。
- 当時ゲームキューブが携帯できればかなりのインパクトがあったが、ざんねんながらそれはかなわなかった。
- とはいえ当時のPSPでさえゲームキューブほどは強力でなく、3DSもゲームキューブほど強力ではなかった。Vitaはゲームキューブよりはるかに性能があったが、2000年代半ばの技術ではゲームキューブを手頃な価格で小型化するのは難しかっただろう。できたとしても高すぎると叩かれた当時のPS3くらいの価格になって、ざんねんな結果になっていたかもしれない。
- いちおうファンメイドの携帯型ゲームキューブは海外で何度か作られている。
- Switch 2でやっとエミュ駆動出来るようになったレベルなので絶対難しかっただろう。
- とはいえ当時のPSPでさえゲームキューブほどは強力でなく、3DSもゲームキューブほど強力ではなかった。Vitaはゲームキューブよりはるかに性能があったが、2000年代半ばの技術ではゲームキューブを手頃な価格で小型化するのは難しかっただろう。できたとしても高すぎると叩かれた当時のPS3くらいの価格になって、ざんねんな結果になっていたかもしれない。
- 当時ゲームキューブが携帯できればかなりのインパクトがあったが、ざんねんながらそれはかなわなかった。
- そしてそのゲームボーイアドバンスの後継機があるといわれており、それはゲームボーイエボリューション?という名前で、ゲームキューブと互換性があるといわれていた。
- その名の通り、ソフト交換式のポケモン専用携帯ゲームハード。通信機能も備えている。
- 小さく解像度も低いモノクロ2階調のディスプレイ。すでにGBAが出てる時期にこの画面では…。
- 日本では10作品をリリースしたけど、EUでは5作品・北米ではローンチの4作品のみで早々に打ち止めされた。
- GBAの上位モデル。
- ボディはガラケーみたいな上下の折りたたみ式で、薄型化を実現するため歴代初めてのバッテリー駆動となった。
- 現在でもその辺で買える乾電池と異なり、純正バッテリーは年数が経って当然出回らなくなったため、現在はサードパーティー製が主となってしまう。
- ボディはガラケーみたいな上下の折りたたみ式で、薄型化を実現するため歴代初めてのバッテリー駆動となった。
- が、発売時期があまりにもざんねん。
- なんとDS発売の約1年10ヶ月前に登場した。あまりにも直前すぎる。
- ただし売上自体は全く残念なポイントがなく、全世界の累計だとGBA無印よりも800万台ぐらい多い。市場にはしっかり受け入れられた形。
- 今思うとDSのベータ版的な意味合いもあったのかもしれない。
- なんとDS発売の約1年10ヶ月前に登場した。あまりにも直前すぎる。
- 日本などの地域で売られた仕様は後期の北米版より微妙なスペック。
- 最初は世界共通でフロントライト式液晶だったが、北米版のみモデル途中でマイナーチェンジを受けてバックライト式液晶に変更されている。
- ただし現在は非公式で換装用のIPS液晶(バックライト式)が流通しており、そちらに変更するユーザーも多い。
- 最初は世界共通でフロントライト式液晶だったが、北米版のみモデル途中でマイナーチェンジを受けてバックライト式液晶に変更されている。
- スーパーゲームボーイの夢再び。
- ゲームボーイアドバンスがゲームキューブで遊べるようになる周辺機器。基盤一式がまるごと積まれている。
- GBAシリーズが堅調な売り上げを残しただけに、むしろそこまで売れてないGCへアドオンを出す必要性は無かったのでは。案の定売れずに終わったし。
- 流通量が少ないことを示すように、現在はプレ値で取引。ただしこの辺は投機目的とかも絡んでいるだろう。
- ちなみにパナソニックのGCことQにも専用のゲームボーイプレーヤーがあった。異なる本体面積への対応や出っ張った足を避けるための凹部を設けた点が専用の証。
- こちらに至ってはさらに売り上げが少なかったため、Q本体もびっくりの高額なプライスタグがついていたり。
- 通常画面とタッチスクリーンの2画面があるという画期的なデザインだった。しかし…。
- 誰が何の意図で制作したか不明なゲームが目立った。例えば
- 阪神タイガースのクイズゲーム(大阪限定発売)
- 男のモテ戦略シミュレーションゲーム
- 般若心経を読むだけのソフト
- ゲームカタログWikiでクソゲーの評価を受けていたり、チートバグ動画に使われたりしている。
- これらはゲーム以外のアプリとしての活用を想定していたためだとか。
- DS Liteは上下画面の接続部が破損しやすい。この結果上画面をうまく立てられなくなったり、下手すると上画面が映らなくなったりする。
- 小さい所以外は特に長所もなかった。初代GB互換機能もスペースの問題で無くなった。
- いくら小型とはいえ、なぜDS発売後に出した に尽きるかも。初代GBが動けばDSの補完機としての役目はあったのだが。
- その上、販売価格が本家やSPよりも割高。
- DSが思った以上に社会現象になってしまい、GBAのフェードアウトは早まった。
- その上、販売価格が本家やSPよりも割高。
- ミクロ同梱版が発売されたファイナルファンタジーIV(GBA版)がバグの嵐だった。
- GBAで最後に発売されたFF5・FF6のCMでもDSが使われる有様。まあDS版FF3発売後だしね…。
- フェイスプレートをさまざまなバリエーションからとりかえておしゃれにできるのが売りだったが、結局発売中止になり一般発売はされず非売品の景品がいくつか配布されただけだった。
- 発売初期はWiiリモコンストラップがあまりにも細かったため、テレビを壊してしまうこともあった。
- またWiiリモコンは単三電池を入れて動くのだが蓋がきちんとしまってなかったことから電池が飛び出し、事故やテレビ故障などが起きて結果的にリモコンにジャケットがつくようになった。
- 発売初期はWiiリモコンの精度が低く、リモコンを振り回しても言うほど没入感のある遊び方はしにくかった。モーションプラスの発売やそれを内蔵したWiiリモコンプラスで大幅に改善されたのだが、ハードのライフサイクルの後半だったこともありいまいち対応ソフトが少なかった。
- 他社がHD対応していく中で任天堂は「時期尚早だから」と見送った。
- それが裏目に出て末期にはソフト不足に悩まされた。
- 尤もこれはコストパフォーマンスを重視した結果である。
- GCの世代では他社に負けない(むしろやや上回る)スペックを誇っていたが、この世代ではライトユーザーの確保とギミックに舵を切りGCからの性能面での進歩が少なく、性能でPS3と360に大きく水を開けられた。
- それでも初期のPS3の価格の、当時としては異例の高額さやDSの社会現象的ブームの追い風などもあり初期は他社を圧倒していたが、末期には息切れ感があった。
- Wiiより後に発売されたのに何故かバーチャルコンソールに対応しなかった。
- なぜかGBAとの互換性が廃止された。
- 後に、「ニンテンドーDSi専用」ソフト「モンスターファインダー」も発売された…が、「DSi専用」なのは同作だけのようだ(初代のDSではプレイできないが、3DS・2DSではプレイ可能)。
- 海外メーカー製で、「DSi専用」ソフトがいくつか発売されたこともあったらしいが、仮に輸入できてもリージョンコードのせいで日本版DSi・3DS・2DSではプレイできないようだ。
- 初代3DS。当初は25000円で販売されていたが、経った数ヶ月で15000円まで大幅に値段を下げた結果が売れば売るほど赤字になってしまった。
- とはいえ当時のゲーム機は初動は逆サヤで普及させるのが普通だと言われていた。
- 3D機能が売りなのに3D機能がいらないと言われてしまう上、スペックの関係で3D機能をカットした大手タイトルも多い。
- 発売当初のキラーソフト不足や震災の影響がスタートダッシュに大きく響いた。
- バーチャルコンソールでファミコン、ゲームボーイ、ゲームギアのソフトもダウンロードしてプレイできるようになったことで、残念な汚名を少し返上できたかも
- アンバサダー向けにGBA用のソフトも提供されたのに、バーチャルコンソールでは配信されずじまい。
- 高嶋ちさ子が破壊した息子の3DSの写真が新聞に掲載されたことがある。
- これにより、任天堂のハードは頑丈という定説が崩れることになった。
- あれは「通常の状態で落とす程度では壊れない」という意味。高嶋ちさ子の場合は非常識な力でわざと叩き壊したから。そういう意味では決して残念とはいえない。
- これにより、任天堂のハードは頑丈という定説が崩れることになった。
- いまいちハードの性能面が低く、グラフィックがかなり昔のレベルだった。
- 複雑化していた当時のゲームとしてはボタン数が不足気味との声もあった。
- この点は拡張スライドパッドを、発売したことで改善された。またこれで、当時の日本国内ではPSPで社会現象を巻き起こしていたモンハンの誘致に成功し、ハードの普及に大きな加速をつけることに成功した。
- New3DSが発売されて性能面の改善とスライドパッドのデフォルト導入がなされ大幅に利便性が向上したが、わずか二年半でSwitchに移行したためその性能を活かした専用タイトルの本数は少なかった。また価格面で実質値上げになった。
- 日本国内ではLL以降ACアダプタが別売になった。日本ではあまり気にしない人が多いが欧米では物議を醸すためか北米版で同梱になり、不公平感もうまれた。ただし北米版はそのぶん当時のレートでも割高である。
- インターネットブラウザにフィルタリング機能がデフォルトで有効になってしまった。これは子供に対するゾーニングという意味ではいいことだが、クレカ決済しないと外せないという重すぎる障壁を儲けたため、決済が停止した現在ではフィルタリングを外すことはできなくなってしまった。もっとも今さら3DSでのブラウジングのヘビーユーザーになる人はいないかもしれないが。
- 別の3DSに引っ越すときに元の3DSを起動して紐付けを解除しないといけないため、元の3DSが水没や破損して解除できない場合購入したゲームをすべて失うというアカウントの意味が薄い仕様だった。
- 一応任天堂に送れば救済されることもあったもよう。
- 任天堂初のHD機だが、開発に時間掛かる事もあってかソフト不足となり、全然売れなかった。
- そもそも、スイッチのような形だったら…。
- WiiUで本当にやりたかったことが実現したのがSwitchのような気がする。
- 実質「ゲームが出来るカラオケのデンモク」でしかなかった。
- そもそも、スイッチのような形だったら…。
- ただし、スプラトゥーンが大ヒットしたのが一つの救い手だった。
- 結構モデル末期だったことで本体セールスに大きく繋がらなかったものの、縦マルチのブレワイと共にSwitchの売り上げへ貢献した作品となっている。
- それでもスプラトゥーン同梱版の本体が短期間で捌けるなどの動きを見せた。
- 結構モデル末期だったことで本体セールスに大きく繋がらなかったものの、縦マルチのブレワイと共にSwitchの売り上げへ貢献した作品となっている。
- WiiU発売前日に地震と津波が起きてしまったのも残念な所。
- 前日ではなく前年では?
- 2012年12月7日に三陸沖で震度5弱の地震がありましたが…。
- 前年のは3DS。(それも二週間経っているが)
- 前日ではなく前年では?
- マリオカート8、マリオテニスウルトラスマッシュ、マリオパーティー10、どうぶつの森 amiiboフェスティバルなど、人気シリーズの名を冠しながら低評価のゲームも目立った。
- 人気ソフトもその多くがswitchへの移植が行われており、wiiUのみでプレイできる名作は少ない。
- また、ファイアーエムブレムや星のカービィなどWiiでシリーズ本編が発売されたシリーズでも、WiiUでは発売されず3DSでシリーズ本編が発売された。
- 大失敗のせいでわずか4年3ヶ月で後継機が発売された。失敗と評価されがちな64GCは5年ちょっと持ったのだが、据え置き機のライフサイクルとしては史上最短クラスである。(日本発売日基準)
- Xbox360は8年9ヶ月(ただし海外では一年短い)、PS3は7年3ヶ月のライフサイクルだったこと考えるとありえないほど短い。
- ただし国内市場においては大成功したゲームボーイアドバンスのライフサイクルは3年9ヶ月であった。
- 前述の初代スプラが本体売上に繋がらなかった理由も、早々に出荷台数を絞ってて購入できる場所が少なかったかららしい。
- 当時としても据え置き機としてはありえないほどスペックが低かった。3DSもまあまあヤバかったが…。
- 一応ゼルダBoWを作れるだけの能力はあったので任天堂的には問題なかったのだろうが、サードパーティの支持を得られなかったのは戦略的な失敗である。
- ゲームボーイカラーやゲームボーイアドバンスsp、DSi、New3ds、PS4proのようなマイナーチェンジもなかった。
- ゲーム専用に特化され、WiiUや3DSにあったインターネットブラウザやコミュニケーションツールは存在していない。
- また、DSiや3DSにあったデジカメソフト(DSiカメラや3DSカメラのようなもの)やメディアプレーヤーソフト(DSiサウンドや3DSサウンドのようなもの)も存在しない。
- Switchでは、カメラやマイクがないので仕方がない。
- また、DSiや3DSにあったデジカメソフト(DSiカメラや3DSカメラのようなもの)やメディアプレーヤーソフト(DSiサウンドや3DSサウンドのようなもの)も存在しない。
- 初期モデルは携帯モードでの消費電力が高かった。
- WiiUソフトや3DSソフトとの互換性はない(ついでに言うとWiiソフトやDSソフトも)。
- ただし、一部の人気ソフトに関してはSwitchへの移植がなされている。
- 最近では新作ソフトをPS4とSwitchのマルチで発売するメーカーも多いがPS4独占やXboxOneとのマルチに比べてクオリティが落ちやすい為ヘビーゲーマーからは支持されていない。
- ちなみに携帯モードにした時の性能が大体PS3ぐらいになるらしい。なので開発がしんどい割には売れないPS3の代わりにPS4/Switchで縦マルチというのがやりやすいんだとか。
- PS4とSwitchは縦マルチではなく、横マルチでは?
- 同程度のスペックの複数プラットフォームに出すのが横マルチ(PS/Xboxとか)。性能差のあるマシンで複数出すのが縦マルチ。なので Switch に出すのは縦マルチ。
- PS4とSwitchは縦マルチではなく、横マルチでは?
- 開発コストの低さの意味ではインディーズメーカーからは支持されていて、任天堂もインディーズソフトの販売に力を入れている。
- スマホアプリからの移植作も多数配信されているが、ほとんどが有料でしかダウンロードできない(スマホアプリはほとんどが無料でダウンロードでき、なおかつアイテム課金にしているというのに)。
- そのうえ、海外製だともはや詐欺同然で極めて低品質なゲームばかりが大量に配信されている。
- 例:「ニンテンドーeショップの画面写真」で高画質と思わせ、「実際の画面」はPS1以下のクオリティだとか
- 日本語のタイトルやゲーム内の翻訳が不自然なのとか。あれなら日本語表示などない方がましなレベル。
- 従来のCEROに代わり、国際年齢評価連合(IARC)のレーティングを採用したのも参入への敷居を低くした要因になっている。
- バグチェックもろくにできていないのも多い。
- Google Playで見られるような、ソフトのレビューや、違反を報告するといった基本的なシステムがないので、内容を知らないままダウンロードするのはハズレの多い博打にしかなっていない。
- 無料でダウンロード可能なフリーゲーム(あるいは基本プレイ無料)なら、どんなに低品質だろうと笑って許せるが、ちょっとでも金がかかるとなるとユーザーにとっては黙ってられない。
- そのうえ、海外製だともはや詐欺同然で極めて低品質なゲームばかりが大量に配信されている。
- スマホアプリからの移植作も多数配信されているが、ほとんどが有料でしかダウンロードできない(スマホアプリはほとんどが無料でダウンロードでき、なおかつアイテム課金にしているというのに)。
- ちなみに携帯モードにした時の性能が大体PS3ぐらいになるらしい。なので開発がしんどい割には売れないPS3の代わりにPS4/Switchで縦マルチというのがやりやすいんだとか。
- ドック接続時のバッテリー負荷が高い。
- 直接給電するバイパスモードなんかが備わっておらず、当然ながら常時充電し続ける状態に。知り合いの何人かはバッテリーが膨らんだりしている。
- 本体を取り囲む形状がまず排熱で不利なことも影響している。この辺を考慮して排熱ファンを装着した社外ドックを使いたいところだが、それによってニンテンドーアカウントがBANされたという報告も(真偽は不明)。
- Switch2で社外品のドックや周辺機器(ノーライセンス品)を使ってBANNされたという話も。こうなると社外品の利用自体、リスクでしかない。
- 2025年6月に発売された、Nintendo Switchの後継機。
- 初代Switchの後継ゆえ、かなり期待されたものと思われたが、色々と面倒ごとも多い。
- 店頭販売に先駆け、ヤフオクやメルカリとかでの出品を禁止する、とはいったが、メルカリやラクマはオークション形式の出品だけしか禁止せず、従来通りの「希望小売価格を上回る高額転売」を一切禁止しなかったので、実質的に何の規制もなしていない。
- そのような転売対策のためか、Switch2では保証書をつけずに発売したため、レシートや納品書といった、正規ルートで購入したと証明する書類一式を捨ててしまうと修理を拒否されることに。
- 「購入者」と「所有者」の名義が異なる場合(中古で購入した場合)や、
転売ヤー転売厨から購入したものでない、などを証明できなければ修理を拒否されることも。
- 「購入者」と「所有者」の名義が異なる場合(中古で購入した場合)や、
- そのような転売対策のためか、Switch2では保証書をつけずに発売したため、レシートや納品書といった、正規ルートで購入したと証明する書類一式を捨ててしまうと修理を拒否されることに。
- 販売開始から暫くの間は、各店舗での「抽選販売」だった。
- それ故に、倍率は高かった。なので抽選販売の度に落選者がSNSで阿鼻叫喚する事態が一定期間続いた。
- 店頭販売に先駆け、ヤフオクやメルカリとかでの出品を禁止する、とはいったが、メルカリやラクマはオークション形式の出品だけしか禁止せず、従来通りの「希望小売価格を上回る高額転売」を一切禁止しなかったので、実質的に何の規制もなしていない。
- 「自宅のネット回線」が整備されていることを前提としたシステムも面倒ごとを増やしている。
- 特にネット回線なんて、電気水道ガスと違い、どこの田舎の家にもあるとは限らないし、どんな家でも設置できるとも限らない。
- 「キーカード」とシステムを知らないと思わぬ誤解を生むことも。
- 説明を熟読しないと、ダウンロードしたデータが全部「キーカード」内のメモリに書き込まれる、と誤解するかもしれない。
- これを知らないと、本体内のメモリが数GB~数十GB単位もの大容量なデータで食い尽くされてしまう悲劇も。
- Switch2のカートリッジ(ゲームカード)は最大64GBまで対応とのことだが、(コストカットのために)10GBもあるかないかの小さめな容量でさえキーカードを要するソフトまであったりする。
- 上記のキーカードの仕様上、容量が64GBを超えると必然的にキーカード+ダウンロードが必須になってくる。
- Switch2のカートリッジ(ゲームカード)は最大64GBまで対応とのことだが、(コストカットのために)10GBもあるかないかの小さめな容量でさえキーカードを要するソフトまであったりする。
- データの書き込まれていない「キーカード」のおかげで中古の売買も可能、というメリットはあるが。
- 本体内の保存用のメモリーを256GB→1TB~2TB以上まで増やすことも(技術的には)可能だが、ますます本体価格が跳ね上がるジレンマに陥る。
- ユーザーの手で交換可能なM.2のSSDとかにしてもよかったのでは(本体がかなり高くなるのは避けられないが)。
- Switch2のニンテンドーeショップも、何年かしたらいずれサービス終了の日がくるだろうし、サービスを終了したらキーカードももはや空箱同然になってしまう。
- 従来以上に海賊版対策にうるさく、ちょっとでも社外品を使用しただけで検知され、事前の警告もなくいきなり本体やアカウントがバンされるとか。
- 本体がバンされると、オンライン対戦はもとより、データの更新とかもできなくなり、今後2度と解除にも応じてもらえなくなる。
- この海賊版対策とBANNの影響により、Switch2や専用ソフト(主に「ゲームカード」)の買い取りを拒否する店舗も現れており、中古の売買が困難になっている。
- Switchで使えたほぼすべての周辺機器を使うことができるが容赦なく切り捨てられた周辺機器もある。
- (例)ハイスピードHDMIケーブル→Switch2はウルトラハイスピードHDMIと高規格なためSwitchに付属しているハイスピードHDMIケーブルは使いまわせない、なおディスプレイとSwitch2の間にキャプチャーボードを挟む場合ウルトラハイスピードHDMIケーブルが追加でもう1本必要になるという罠があるため注意。
- メモリーカードは速度の関係上 SD Express 限定になったが、そのせいで任天堂公式ライセンスのカードも高いといわれることに(実際は Express カードとしては割安なのでマージンどころかセット割引に近いのだが)
- 2026年に入ってから、ごくわずかに改善の兆しを見せているようだが、いまだに現金払いを受け付けない店舗もまだ多く、購入の敷居が高いのに変わりがない。
- 例:各小売店が発行のクレジットカードを持ってて、なおかつ1年以内で数万円単位の(クレジットカード払いによる)購入履歴があること、など…抽選なしの現金払いのみで購入可能になる日がくるのかどうか。
- 2026年にPS5が値上げされたから、Switch1/2も値上げするだろう、と思ったら、やっぱり(2026年5月25日より)↓のように大幅に値上げすることが発表された。
- Switch2(日本語・国内専用):49,980円→59,980円(税10%込)
- Nintendo Switch(有機ELモデル):37,980円→47,980円
- Nintendo Switch:32,978円→43,980円
- Nintendo Switch Lite:21,978円→29,980円