ざんねんなゲームハード事典
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- カラーなのはすごい、マスターシステム並の性能というのもすごい、ただし燃費がざんねんにも程がある。
- 単3アルカリを6本もつかって3時間である。ゲームボーイが4本で35時間というのを考えると本当に悪燃費すぎる。なもんで皆AC-DCアタプタを使っていた、携帯機ってなんだっけ…。
- ゲームボーイの設計者である横井氏はこのことを非常に気にしていて「他社がカラーにしたらうちの勝ち」とコメントしていた。実際その通りだったのだが。
- 単3アルカリを6本もつかって3時間である。ゲームボーイが4本で35時間というのを考えると本当に悪燃費すぎる。なもんで皆AC-DCアタプタを使っていた、携帯機ってなんだっけ…。
- 発売初期はゲームボーイを皮肉ったCMを放映していたが、それが裏目に出てしまった。
- 末期はキッズギアとして子供向け路線に刷新したが、直後にポケモンブームでゲームボーイが売り上げを伸ばしたため、大打撃を被る。
- 以降のソフトはキャラゲー、ペット育成ゲーム、既存ゲームの外伝作と訴求力に欠けた。しかもサードソフトはタイトーのパズルボブルだけ。
- 半ば気合で維持しただけあって、モデルライフは6年半と意外に長い。初代ゲームボーイとそんな変わらない年数だったりする。
- これをざんねんと言わずに何がざんねんの項目だろうか、というレベルでざんねん過ぎたメガドラの拡張ユニット。
- サターンへのつなぎとして出たが、CPUがサターンのチップなので、こっちを作るとサターンが作れなくなるという本末転倒っぷり。
- メガドラタワーの存在感はすごかった(ただしAC-DCアタプタを3個使うというざんねんっぷり)。
- 社内政治から生まれたという残念ぶり。
- 「サターンの下にエントリーモデルの据え置きカセット機作ろうぜ」と提案した日本セガと、最初乗り気だったのに「メガドライブの拡張にしようぜ」と一転したアメリカセガの争いの末。
- 皮肉にも両サイドが「SNES(=スーファミ)にシェアを与えたくない」という共通認識を持っていたのが悲劇の始まりでもあった。
- 早々にサターン1本化へ舵を切った日本に対して、損切り出来ないアメリカの施策が方々へ影響を与えてしまう。
- 上にあるCPU問題もさることながら、ソフト供給面も日米で別れたためにタイトル不足へ陥ってしまった。
- 「そもそも据え置きでそんなにバリエーションいらんだろ」とは誰も指摘しなかったのだろうか……ないだろうな。
- その判断には南米でマスターシステムが延々売れ続けてた(なんなら2020年代に入っても売れている)成功体験も下敷きにあっただろう。
- セガより規模の大きい任天堂、この後に参入するソニーが据え置き機種を並列で複数用意しなかったのを見れば、いかに無謀なことだったかよく分かると思う。
- 「サターンの下にエントリーモデルの据え置きカセット機作ろうぜ」と提案した日本セガと、最初乗り気だったのに「メガドライブの拡張にしようぜ」と一転したアメリカセガの争いの末。
- メガドラの時は互角の戦いをしてたはずが、この世代になって一気に急降下したセガの汚点。
- 主にアメリカでドル箱タイトルだったソニックの正当な続編を作らなかったのも敗因のひとつ。そのせいでアメリカ市場では惨敗。
- 代わりにヨーロッパ受けを意識してNiGHTSを作ったらしい。
- しかしEUも32Xとサターンのいざこざでシェアを落としてしまい……。
- 代わりにヨーロッパ受けを意識してNiGHTSを作ったらしい。
- 主にアメリカでドル箱タイトルだったソニックの正当な続編を作らなかったのも敗因のひとつ。そのせいでアメリカ市場では惨敗。
- 3D描写をするのにかなり独特のプログラミングが必要で、その分3Dが作りやすいPSに流れたというのがある。時代はまだ2Dと読んでいたんだろうけど。
- そのため2D描写はPSに勝っている(特に発売初期)が、それがアピールにはならなかったのもざんねん。
- 構造は本当に対照的で、PSは頂点決めて面が決まって中を塗ってくというちゃんとした 3D の手順になっていて、2D は板ポリにテクスチャ貼っ付ければできるという設計。一方サターンは基本的にはそれまで同様のスプライト機で、ただしスプライトを自由に変形できるので理屈上立体にできるという設計。ちなみにこの関係でサターンは半透明表現に制限がある(あくまでスプライトを歪めたものなのですぼまった部分が重ね塗りになる=透明度が一定にできない)。
- アーキタイプがかなり複雑で、コストダウンしづらいというのも問題点だった。今でもエミュレーションが難しく、あのM2ですらエミュレーション出来ていない。
- XBOX360のレイディアントシルバーガンは「再現は無理だったので新作レベルで作り直した」というレベル。
- こんなことになったのも作ってる最中に泥縄的に設計を変えていったため。特にツイン CPU になったのは、「うーん、性能たらんなぁ。日立さんもうちょっとクロック上げたのに変えられません?」「もう生産開始してんのに無茶いうなワレ。でもマルチCPUなら対応してるよ」「じゃそれで一つ」とかいう経緯だとか。それでも 3D 計算には足らんかったのか、さらに行列演算用のコプロもポン付けされている。
- アーケード用のST-Vはほぼ同じ構成で、某プリクラの中も動いていたため、実は一番人が触ったセガハードという説があったりする。
- PCの×××なゲームからの移植作も多数発売したおかげで、ますます印象を落とした感が否めない(それでもPCに比べかなり抑えてはいるが)
- かつてのVHSのように×××に肯定的であれば成功する法則は通じなかった。
- ナムコ製のセガサターン用ソフトが発売されなかったのが要因の一つ。
- グラフィックスチップの開発が予定よりも遅れた事やFF7のようなキラーソフト不足などもあり、売上的にもPSや64に負けてしまった。
- これが原因でセガが家庭用ゲームの製造から撤退した要因になったとか。
- 本体の供給遅れを受け湯川英一専務は常務に降格。CMでは滝沢秀明に慰められたりしてやたらポップな感じで描かれたけど、本来相当なことでしょこれは。
- 実は流通サイドだった湯川氏が責任を取る範疇ではないので、「話題作りのため降格された」なんて説もあるが、実際には不明。
- サターンのコントローラーのボタンが標準で「ABCXYZ」+「LR」の6+2ボタンだったのに、ドリームキャストで「ABXY」の4ボタン+「LR」の4ボタン2トリガーに減らしたせいで操作の自由度が激減し、ソフトの開発も思うようにいかなかったせいでPS/PS2にも負けてしまった。
- せめて「ABCXYZ」の6ボタンにさえすれば少しは売れたかもしれない。
- 「C・Z」の2ボタンが減ったことで、サターンの「ABCXYZ+LR」のボタンを全部使うソフトの操作を完全に再現できず、機能の一部を削らざるを得ないソフトもあった。
- その辺は既に任天堂やソニーの4ボタン(64は2+4+2だったけど)がデファクトスタンダードになって、セガ側が折れざるを得なかっただけかと。
- 初期型のコントローラーではLRトリガーの耐久性に難があり、何度も連打を繰り返すとたちまち内部の支えが折れてしまうことも。
- インターネット接続と対戦プレイを売りとしていたが、当時はまだ常時接続が普及していなかった(せいぜいテレホーダイしかなかった)ので、時代を先取りしすぎたのは否めない。
- その後ブロードバンドアタプタで常時接続にも対応したが、それ以前のゲームではモデムでしか通信出来ないので結局電話代に怯える日々。ブロバン登場後だったが「auの専用回線」を利用する連ジはブロードバンドアタプタ経由での通信対戦が出来なかった。
- ゲームソフトのメディアとして採用されたGD-ROMにしても、対応するドライブも登場せず、DVDに押されてしまう結果に。
- アーケードゲーム基板のNAOMIとの互換性が高いとはいえ、移植されずじまいなのが多い。
- そのNAOMIを延命させるためにドリキャスを解体して部品取りに使うしか無いので、残存数自体も少なくなっている。
- アーケードゲーム基板のNAOMIとの互換性が高いとはいえ、移植されずじまいなのが多い。
- ビジュアルメモリ推しとネット接続推しは時代の最先端を行っていた。そもそもセガは昔から洋ゲーが多くセガハードも海外で強かったので、成功していれば史実よりも早くJRPGやノンゲームの流行が終演し、オープンワールドやハイエンドなゲームが日本メーカーからどんどん作られていただろう。
- マイクロソフト初のハードだが日本国内では殆ど売れなかった。
- 更に電源コード発火事件まで起こってしまった。
- まさかの日本向けのソフトウェアがないという有様。
- 下記360やOneもそうだが、漬物石の代わりになるくらい重い。
- 360以降のシリーズも含め、「Xbox」→「X箱」→「×箱」「罰箱」「ペケ箱」「糞箱」などと揶揄される始末。
- 開発時のコードネームが「Project Midway」とかいうパンチのある呼称だった。
- これは任天堂やソニーに対抗する意識をミッドウェイ海戦になぞらえたものらしいが、結構過激だと思う。
- 技術的問題のせいで「マジかよ糞箱売ってくる」等と言われてしまった。
- ウィキペディアで単独記事が作られるレベルなので、相当な影響を与えた。
- 相変わらず日本国内では殆ど売れなかった。
- この頃はまだSteamもおま国全盛期の時代なので、洋ゲー愛好家には結構好まれていた(自分もプロジェクトゴッサムやテストドライブU2のために購入した)。
- 一応STGファンには愛好家が多い、あとチャロンのプレイヤー。
- 初期のニコニコ動画利用者にはアイドルマスターのイメージしかない。
- 登場初期のRRoDがかなり問題になった。
- 出てるの?ってぐらい地味。
- 世界的には別に売れていないわけではない。日本国内の台数はプレイディア以下というひどい有様だが。
- 前述のSteamが日本でも気軽に使えるようになり、コアユーザーを奪われてしまったのがシェア低下の原因と思われる。そして、対抗のためXboxアプリを開始したのもこの頃。
- 世界的には別に売れていないわけではない。日本国内の台数はプレイディア以下というひどい有様だが。
- 一応360用のゲームをレトロフィットさせたりと努力はしてる、問題なのはOne専用のゲームが少なすぎる事か…。
- Oneになって、ようやくブルーレイディスクも再生できるようになったが、先代のライバルPS3ですでに実現させているので、何を今さらな感が否めないのが残念。
- ハイパフォーマンスモデルのXと普及型で性能を落としたSの2本柱になったものの、今まで以上に北米以外で売れなくなった。
- ゲーム性能の部分でSがXbox向けゲーム全体の足を引っ張っている。
- マイクロソフトもこれじゃいかんと大手ソフトメーカーを取り込んでファーストに据えたけど、全く結果に繋がらず。
- それどころか自社のファーストタイトルだったForza HorizonをPS5向けに出し始めてしまった。
- SIEも開発していたMLB THE SHOWをMLBの命令で出していた、SIEが買収したバンジーも出してた、しまいにはHelldivers2をXbox向けに出すんだが
- MLB機構に出せって言われたから出したTHE SHOW(Switch版もあり)と、スタジオが自発的に出したであろうFH5じゃちょっとケースが違うような。もっとも、FHシリーズってそんなにシェアを動かすほどのコンテンツではないけど。
- SIEも開発していたMLB THE SHOWをMLBの命令で出していた、SIEが買収したバンジーも出してた、しまいにはHelldivers2をXbox向けに出すんだが
- それどころか自社のファーストタイトルだったForza HorizonをPS5向けに出し始めてしまった。
- 売れてないのに急激な値上げをした。
- Series Xだけで、初代Xbox/360/Oneまでのソフトがほとんどプレイできる互換性を有するところが、PS5に勝る唯一の利点ではある。
- 生産が追いつかず、 急いで大量生産したころにはブームが去っていて、結果的に六十億の赤字になってしまった。
- これが原因でバンダイとナムコと合併する遠因になったとか。
- この教訓から第2期以後、バンダイはブームに慎重な姿勢を見せるようになった。
- 一回どん底まで潰えた製品を再びヒットさせ、人気を維持し続けているところを見るに失敗は無駄じゃなかった。
- 初代のフィーバー時には、偽物が横行したことも忘れてはならない。
- バンダイがアップルコンピュータと組んで発売したものの、PS・SS・64の三つ巴には全く太刀打ちできず。
- インターネットに接続できるという点も、時代を先取りしすぎだった…。
- 発売当時はADSLどころか、常時接続すら地方に提供されなかったせいで売れなかったらしい。
- インターネットに接続できるという点も、時代を先取りしすぎだった…。
- 現在では両社にとって黒歴史となっている模様。
- あと49,800はやっぱり高い。ゲーム機なのか?映像端末なのか?マルチメディア端末は高価な割に何ができるかイマイチ分からないという問題をどこも抱えている。
- NHKの「これが我が社の黒歴史」という番組の第一弾でも特集されたほど。どうやら公認の黒歴史っぽい。但し、この時の技術でiモードでの成功があったので、完全に無駄な投資ではなかった。
- 上記Xboxと並び漬物石になるレベルの重さ。
- カートリッジ方式を採用した当時としては革新的なゲーム機だったがソフトの粗製乱造などが原因でゲーム機市場そのものを崩壊させてしまった。
- サードパーティーの中には制作能力が怪しい素人レベルのところもあった。
- サードパーティーとして参入した会社にはシリアル作っている会社やペットフード作っている会社などもあった。当然ゲームの質はお察しであるが、宣伝力は高かったので被害を受けた人も多かったようだ。
- サードパーティーの中には制作能力が怪しい素人レベルのところもあった。
- 日本ではAtari 2800として発売されたが、直後にファミコンが出たこともあってアタらなかった。
- ファミコンより高い価格設定がまずかった。あと、日本向けのタイトルにも恵まれなかった。
- 2014年、同機向けソフトで伝説のクソゲー『E.T.』がニューメキシコ州の砂漠にある埋立地から発掘されたことで、時を経て話題になる。
- 以前から、大量に売れ残ったカートリッジを埋立地に廃棄しているという都市伝説がささやかれていたのが、発掘調査をしてみたら現実にあったという話。
- 日本では「権利関係で出せなくなったメガドライブ版『テトリス』が夢の島に…」という話に転じたのは有名。
- よく「ソフトを埋めたのがアタリショックの原因」と言われてるが、ソフトを埋めたのは節税目的のためそれは間違い。
- もちろんこのニュースも業界の評判を下げる遠因ではあった。
- 以前から、大量に売れ残ったカートリッジを埋立地に廃棄しているという都市伝説がささやかれていたのが、発掘調査をしてみたら現実にあったという話。
- 80年代初頭から発売されたコモドール64などのホームコンピューターはVCSよりも性能が良く、パソコンよりも安価で、なおかつワープロや会計などのゲーム以外の要素にも活用できることから、これらのホームコンピューターにシェアを切り崩されたこともアタリショックの遠因とされている。
- 発売されたのが1977年、いわゆるアタリショックが1983年だから製品寿命としてはそんなに悪いわけではない。問題なのは業界を巻き添えにして一気に縮小したという点である。
- 「E.T.」などの大コケもあって親会社のワーナーはアケゲー部門だけを残して売却。そこから親会社が次々代わる流浪の道を辿ることに。
- 4,096色カラー液晶に、スプライトの拡大縮小回転のハードウェア処理、通信ケーブルを用いた8人同時参加プレーなど、当時の携帯ゲーム機としては驚異的な性能を持っていた。
- しかし、その驚異的な性能ゆえに駆動時間が短く、大きさや重さも携帯ゲーム機史上最大となってしまい、更にキラーソフトにも恵まれず、あまり売れなかった。
- アタリ社が再起を賭けて発売した第5世代ハード。64ビットシステムマシンを導入し、64ビット級のグラフィックを謳い発売された。
- だが肝心のソフトは64ビットには程遠いグラフィック。システムを生かした良作もあるにはあったが、それ以上にクソゲーも多かった。
- ニコ動的には「どこで操縦を学んだのですか?」と言ってくる緑の顔の女性が出てくる「Cybermorph」が有名だろうか。
- だが肝心のソフトは64ビットには程遠いグラフィック。システムを生かした良作もあるにはあったが、それ以上にクソゲーも多かった。
- その結果全世界でおよそ25万台(日本国内ではおよそ3000台)という大惨敗を喫した。ちなみに全世界で3番目に売れていないゲーム機である。
- なお、全く売れていないのにも関わらずJaguar CDという後付けのCD-ROMも販売された。
- 当時のCD-ROM採用ハードにありがちなローディング時間の長さがとにかく残念。まともに動かないレベル。
- 日本市場においてはハドソンのゲームを中心にヒット作もあり、ハードそのものが堅調な売れ行きを見せた佳作ハード。
- しかし、こと海外だと認知度の低さとコンテンツ数不足から全く売れず、失敗に終わった。
- 例えるなら北米と日本を逆にしたXboxみたいな現象。
- ソフト不足は特にCD-ROM2世代で顕著だった。
- そのため、日本では200万台近く売れたCD-ROM2系も海外ではたった10万台というセールスしか残せなかった。
- しかし、こと海外だと認知度の低さとコンテンツ数不足から全く売れず、失敗に終わった。
- 名前は北米だと「TurboGrafx-16(ターボグラフィックス・シックスティーン)」の名前に変更された。これは単純に「“PC Engine”では何か伝わらないから」というのが理由だそうで。
- 欧州だと日本と同じくPC Engineで販売している。
- 名前だけだと本機より次の世代と同じく16ビットCPUを積んでいると誤認しそうだが、当然8ビットである。特に16ビットマシンであることは明記されておらず、かなりギリギリのネーミング。
- グラフィック周りの処理が一部16ビットだからということで、Jaguarが64ビットである程度には16ビットといえなくはない。もっとも CPU に関しては元々16ビット機と比べて遜色ない性能なのもホントだが。
- PCエンジンの上位互換機であるが、価格が高かった上、対応するソフトもごく僅かにとどまった。
- 「大魔界村」「ストライダー飛竜」のPCE移植が難航したので本体を強化しちゃえという発想で生まれたが、移植を待っていた既存ユーザーはメガドライブ買った方がいいという本末転倒な結果に。
- 形状の都合上、CD-ROM2が接続できず、わざわざ専用のロムロムアダプタを発売する羽目に。
- この反省からか、スーパーCD-ROM2は直接接続できるようになった。しかし…(以下後述)。
- PCエンジンの携帯機版。本家と同じくカードのソフトで遊べることを売りにしていたが、価格設定は割高で消費電力も大きく、コストパフォーマンスが悪すぎた。
- 4型液晶ディスプレイ・テレビチューナー標準装備という(1991年当時)非常に贅沢な作りだったために値段が10万弱にまで跳ね上がり、バブル崩壊も相まってあまり売れず現在では希少品に。
- 形状の都合上、スーパーCD-ROM2が接続できず、わざわざ専用のスーパーロムロムアダプタを発売する羽目に。
- なお、旧タイプのCD-ROM2は直接接続できる。
- なおNECとしても元々数が出るとは考えておらず、コンセプトカーみたいな感じで想定した通りの量を捌けたので予定通りではあるんだとか。うーん電機屋思想。
- LTというのはラップトップの略であり、そう言われるとどことなくPC98あたりを連想してしまう。こんなとこも電気屋思想というかなんというか…
- 第5世代だが3D描写不能という、ざんねんな設計が仇となる。
- それ故にラインナップもギャルゲーばかりに。
- シャープがファミコンとディスクシステムを融合した機種だが、ファミコンとディスクシステムを買うより割高だった。
- ファミコンにはないビデオ出力、本体・電源の統合、ディスクシステムの電池切れエラー解消など利点も多く、ソフトや拡張機器の互換性も保っている。上位機種と見ればざんねん感はないような…。
- いわゆる第5世代の先頭に立つハードとしてパナソニックなどから発売されたが、開発元の意向で情報家電として扱われた為販路が限られ、値段も高価だったため後発組のPSやSSなどに押され玉砕した。
- 『ザ☆ドラえもんズ』は本機で発売された『友情伝説ザ☆ドラえもんズ』が初出。
- 漫画版第1話で3DOをモチーフにしたゲームハードが「滅多に見れない伝説の機種」という扱いで登場したが、別な意味でその通りになってしまった。
- 『ストリートファイターII』シリーズ集大成にして最終作『スーパーストリートファイターII X』も発売された。当時この移植版をプレイ出来たのは本機だけであることも忘れてはいけない(たが、後に97年発売のSS版・PS版『ストリートファイターコレクション』に(アーケード版完全移植で)収録された)。
- 通常に比べて安いソフトだが、等速のため読み込みに時間かかかる。
- このロードというのが毎回30秒から1分が当たり前、中には3分以上かかるという代物で、さらにロード時間に猿がお手玉をするという演出がますますユーザーを苛つかせた(さすがに猿のお手玉は初期に出たソフトのみで、それ以降のソフトはゲームキャラのデモになっているが)。
- ネオジオCDのデータはROM版と同様にデータ未圧縮にしている。これもロード時間が長くなったことの一因である。
- 後継機種のNEO-GEO CD-Zでは2倍速ドライブを搭載している…が、ロード時間が若干マシになった程度でなにかあるとすぐロードが発生するという根本的な問題は解決できていない。起動時にROMのデータ全てをハードに読み込ませることでロード時間を大幅に短縮させるという方法は採用しなかったのだろうか(プレステだと日本一ソフトウェアのゲーム等がこれを採用している)。
- そのため、少しでもロード時間を短縮させようとソフトの中にはROM版よりデータ容量を削減しているものも。つまりネオジオの劣化移植である。
- このロードというのが毎回30秒から1分が当たり前、中には3分以上かかるという代物で、さらにロード時間に猿がお手玉をするという演出がますますユーザーを苛つかせた(さすがに猿のお手玉は初期に出たソフトのみで、それ以降のソフトはゲームキャラのデモになっているが)。
- 末期はNGCDのメモリ容量が不足してしまい、ROMは出てるけどCDは出てないというソフトが存在する。
- SNKのモノクロ携帯ゲーム機。なんといっても発売のわずか1週間前に任天堂がゲームボーイカラーを出すというタイミングの悪さ。
- そのせいか、すぐにモノクロ版の発売5ヶ月後にカラー版を出すと発表する羽目になるが、さらにネオポケカラー発売の7ヶ月後には軽量化カラー版を出すなど販売戦略が迷走しまくり、モノクロ版はもちろんカラー版も売上は芳しくなかった。
- 携帯機ゆえの宿命なのだが、レバーの操作感は良かったがボタンが2つしか無いなどUI全体があまり格闘ゲームとの相性が良くなく、結果としてソフトのラインナップがテーブルゲームに多く偏ってしまった。
- 略称はNGP。しかしソニーのプレイステーションポータブルの次世代機「PlayStation Vita」のコードネームに流用されてしまう。
- なお「I'm not BOY. 誰だってBOYを捨てるときがくる。」というあまりに挑戦的なキャッチコピーが有名だが、これはカラー版の発売時の宣伝文句である。
- ワンダースワンもそうだがなぜこの時期にモノクロで出したのか理解に苦しむ。当時の子供だったけど今さらモノクロと一笑に付してしまった。
- スペックはゲームボーイカラーよりよかったようだが、それを気にするようなユーザーはそれこそゲームギアやアタリリンクスがカラーであったことを知っているわけで…。
- ワンダースワンは安いモノクロを採用したことで定価4,800円と脅威の新ハード5,000円切りを達成しており、出荷台数もトータル300万台超で実は販売戦略はそこまで悪くない。後期GBポケットは値下げでさらに安かったとはいえ大した価格差はないから、GUNPEYとセットで一万円でお釣りが来るならシャレで買っても全然ありである。でもネオポケは本体だけで7,800円という、スペックも低けりゃ安くもないという非常に中途半端な売り方をした。つまり同じモノクロでも、ワンダースワンはおもちゃとしてちゃんと成立していて腐ってもバンダイなのだが、ネオポケはコンセプト自体が全くダメなのである。
- CDの対話的環境の構築を目的としてフィリップ社によって製作されたマルチメディアマシン。ゲーム機能も搭載しており日本国内でも販売された。
- CDメディアの規格策定に大きく携わったフィリップス謹製ではあるものの、コンテンツビジネスと無縁な家電屋だったのが失敗を生んだ原因にも思える。
- しかし国内外で同時期のハードより質が劣る同機はそれらの後塵を拝する結果となり一般市場から撤退した。全世界での販売台数は57万台。
- なお、任天堂がスーパーファミコン用CD-ROM周辺機器の開発の際にフィリップ社と提携していた縁からマリオやゼルダのゲーム作品をCD-iで製作することを許可したことがあった。
- しかしそれらも非常にざんねんな出来となっている。
- カシオ計算機から発売していた女子向けのゲーム機だったが、ターゲットが限定されすぎて他のゲーム機の影に隠れる形に。
- 本体が25000円。ソフトが8000円くらい。高価な電子玩具扱いでゲーム機として扱われているのか微妙な存在でもある。
- シール印刷機能を本体に内蔵。発売はプリクラとほぼ同時期で時流の先見性はあった…のかもしれない。
- 「女の子のゲーム需要もあるんだぞ」というのを発掘したアンジェリークの発売がほぼ一年前の94年9月だから目の付け所自体はいいのだが、それをゲーム機というハードレベルにまで落としてしまったのはどうみても戦略ミス。性差のないハードに発展解消するのがその後の流れだった。
- ソフトが少ない上にシール作りを主目的としたツールソフトが大半。
- コナミのお絵描きゲーム機。単体でテレビにお絵描きができ、ゲームや知育の専用カードソフトも発売された。が、そもそもゲーム機として認知されていない。
- 当初は本格的なCGイラストを描きたいけどPCは買えない、という層がメインだった。
- セガのピコが受けたため低年齢向けの知育ハードへシフト。セーブカードを別売りにした廉価版のピクノ2も発売したが、ピコのシェアは崩せなかった。
- タイトルやデモ画面を除けばプレイ中BGMは一切なく効果音のみ。地味で寂しい。