もしあの国が今でも存続していたら/ヨーロッパ
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独立項目[編集 | ソースを編集]
西欧[編集 | ソースを編集]
ネーデルラント連合王国[編集 | ソースを編集]
- 1815年から1830年まで、オランダ・ベルギーはネーデルラント連合王国という一つの国家であり、国王はルクセンブルク大公も兼任していた。もしベルギーがベルギー独立革命で分離せず、ルクセンブルク大公位もずっとオランダ王が兼任していたら。
- いつまで経ってもベルギーはオランダと一体化しようとせず、今のイングランドとスコットランドのような関係だった。
- サッカーの国際大会とかでは別々のチームで出場。
- ベルギー国内でもオランダ語地域(フランデレン)とフランス語地域(ワロン)がそんな感じ。
- むしろベルギーのフランデレン地域は現実のオランダ領と一体化している。
- タンタンはインドネシアでも悪事もとい冒険を繰り広げた。
- それでも第一次・第二次大戦ともにドイツの奇襲攻撃を食らって占領される運命は変わらず。
- それでもEUは何かのきっかけでできていた(EUの原型はベネルクス経済連合)。
- アルザス・ロレーヌかザールラントがきっかけになっていた。
- ベルギー王家が存在しないので、英・ヴィクトリア女王の王配はザクセン・コーブルク・ゴータ家ではなく別の諸侯、あるいはイギリス国内から選ばれていた。(アルバート公はベルギー初代国王の甥<そして実はヴィクトリア女王も姪>。周辺大国の圧力をかわすためイギリス王家とより深く結びつこうとした。)
- ベルギーの代わりにオランダがやるだけ。
- ベルギーのフランス系住民が何かと本土のオランダ系から疎外されていた
- ワロニアはフランスへの編入を求めていたかもしれない。
- 仮にネーデルランド連合王国の自国代表が統一されていたら、サッカーオランダ代表は1回位はW杯で優勝していた(1974・78年は準優勝だったので上手くいけば・・・)
- この国が「オランダ」と呼ばれている。
- この場合ルクセンブルクもオランダになっていた可能性が高い。
- コンゴはイギリスかフランスの植民地になっていた。
- カタンガ州がザンビアの一部としてイギリス、残りはフランス領かな。
モレネ[編集 | ソースを編集]
- モレネの公用語としてエスペランド語の地位が高くなっていた。
- 鉱業国として欧州石炭鉄鋼共同体(のちのEU)への影響力は大きかった。
- 第一次世界大戦ではモレネ全土を併合。
中欧[編集 | ソースを編集]
ドイツ[編集 | ソースを編集]
- プロイセン王国
- ブランデンブルク=プロイセンから王国となりドイツ統一を主導した国家ですが、もしドイツ統一をせずにプロイセン王国のままだったら?
- ビスマルクは存在しないか、あるいはドイツ統一に積極的でなかった。
- 史実のドイツの領域はプロイセン・オーストリア・フランスで分割されていた。
- ドイツ連邦
- オーストリア主導での統一となるのがほぼ確定なので中欧帝国または大ドイツが出来上がっていた。
- いずれにせよ現実のドイツ帝国領+オーストリア帝国領になるのでかなり強い国になる。
- 史実と同じように第一次世界大戦で負けたら各地の自治権が強いと思われるので連邦が解体された可能性もある。
- 南ドイツ連邦
- プロイセン主導の北ドイツ連邦とは別に、ドイツ南部のバイエルン王国・ヴュルテンベルク王国・バーデン大公国・ヘッセン大公国は独自の南ドイツ連邦を成立させた(北部にも領土を持つヘッセンだけ両加盟)。しかし普仏戦争を機にドイツ統一の機運が高まり、プロイセン主導のドイツ帝国にに吸収された。
- 首都はミュンヘン。
- バイエルンが北のプロイセンに相当する地位を持ち、主導権を握っていた。
- ドイツ帝国は北ドイツ連邦加盟国だけで成立していた。
- ヘッセン大公国の帰属で北と揉めていた。
- 日本では北独・南独とそれぞれ略されていた。
- オーストリア=ハンガリー帝国とは同盟関係を結んでいた。
- その為、第一次世界大戦時には中央同盟国側で参戦していた。
- 第一次世界大戦後、共和制に移行していた。
- ヴェルサイユ条約では南北ドイツ及びオーストリアの統合禁止が条文に含まれていた。
- その後、北のナチス政権によって、オーストリアと一緒に吸収された。
- ヒトラーの出身地などを考えるとナチスは南側発祥な気がする。
- その後、北のナチス政権によって、オーストリアと一緒に吸収された。
- 第二次世界大戦後「南ドイツ連邦共和国」として復活する。
- オーストリアと同じ時期に独立を回復していた。
- 西北ドイツ(史実の西ドイツ)は史実程の経済復興は行えなかった。
- その為、南ドイツとは早い段階で経済統合を進めていた。
- 現在では欧州連合に加盟し、ユーロを使用している。
- ドイツ帝国
- 今でもドイツ各地に王や大公が存在する
- 現在まで君主国として存在した場合もしドイツが東西分断されなかったらの西側で存続した場合に近い形になっていた
- それでも第2次大戦が勃発した場合、東プロイセンとシレジアの大部分はポーランドに割譲されていた
- 現実の「モーゲンソープラン」で提示されていたドイツ領がナチスドイツから東プロイセンとシレジアの大部分を無くした形になっていたので
- 東プロイセンはプロイセン発祥の地なので史実よりも返還要求が大きかったかも知れない(実際に返還されたかどうか別として)
- 史実でドイツ革命と独墺合邦(アンシュルス)を目指した影響で第1次大戦後に君主制が廃止されたオーストリアはどのような影響が出たのやら・・・
- ハプスブルク家が廃位されなかった場合、オーストリア皇帝を大公(オーストリアの公式な君主号は神聖ローマ解体前まで大公だったので)或いは大公よりももう少し上の位の王に格下げした上でドイツ帝国に編入していたかも
- 第一次大戦で勝っていたら十分あり得た。
- ヴァイマル共和政
- 正式な国名は今でも「ドイツ国」
- ヒトラーがこの世に生まれなかったか、美大に合格して画家になっていたか、ミュンヘン一揆の失敗で処刑されていたらあり得た。
- それでも、ナチ党ではなく共産党が政権を握る可能性がある。
- 世界恐慌でドイツ政府の対策がしっかりとしていたら、民主主義を維持できていた可能性がある。
- それでも、ナチ党ではなく共産党が政権を握る可能性がある。
- ナチ党や共産党はドイツ政府によって厳しく弾圧されていた。
- そのため、世界恐慌によるナチズムや共産主義の台頭はなく、ヒトラーが史実通り画家にならず、ナチ党に入っていた場合は無名な人物として生涯を終えていた。
- ナチス・ドイツが誕生せず、それのポーランド侵攻がないので、第二次世界大戦は起こらなかった。
- 起きたとしても、共産主義を世界に広めようとしたソ連か、日中戦争でアメリカやイギリスとの関係が悪化しABCD包囲網を組まれていた大日本帝国が原因になっていた。
- 最終的にはこうなっていた。
- ナチスによるホロコーストがない分、ソ連の大粛清やホロドモール、大日本帝国の治安維持法による弾圧や戦時中の植民地・占領地での強制労働が史実のホロコーストのような黒歴史となり、ナチズムではなく共産主義や軍国主義が危険な思想とされ、ハーケンクロイツではなく鎌と槌や大政翼賛会の旗が使用禁止になっていた。
- 戦後は「ネオコミュニズム」や「ネオミリタリズム」が問題になっていた。
- ソ連が第二次世界大戦を起こして負けた場合、戦後のロシアにおいてソ連は黒歴史となり、レーニン・スターリンや共産主義を称賛することは禁止され、戦後も長い間、大粛清やホロドモールなどに関わった人物を犯罪者として逮捕し、裁判を行なっている。
- ソビエトは解体。ポーランドはポリ連時代の領土を、フィンランドはカレリア・コラを併合。外満州は中国、ブリヤートはモンゴル、中央アジアはウイグルに、北樺太は日本領へ。
- 極東やカフカースが独立。
- 当然、米ソ冷戦はなかった。
- 大日本帝国が第二次世界大戦を起こして負けた場合、戦後の日本において満州事変から敗戦までの軍部が暴走した時代は黒歴史となり、戦時中の総理大臣や軍国主義を称賛することは禁止され、戦後も長い間、治安維持法による弾圧や植民地・占領地での強制労働などに関わった人物を犯罪者として逮捕し、裁判を行なっている。
- 流石に戦争犯罪で有罪とまではいかなくても、史実とは違い、戦争責任を負って昭和天皇が退位し、昭和が20年間しか続かず、大正に次ぐ短い元号となる一方、その皇太子明仁(現在の上皇)が新たに天皇として即位し、平成が2019年の天皇陛下の生前退位まで70年以上続き、昭和の代わりに最長の元号となっていた。
- ナチスによるホロコーストがない分、ソ連の大粛清やホロドモール、大日本帝国の治安維持法による弾圧や戦時中の植民地・占領地での強制労働が史実のホロコーストのような黒歴史となり、ナチズムではなく共産主義や軍国主義が危険な思想とされ、ハーケンクロイツではなく鎌と槌や大政翼賛会の旗が使用禁止になっていた。
- 最終的にはこうなっていた。
- 起きたとしても、共産主義を世界に広めようとしたソ連か、日中戦争でアメリカやイギリスとの関係が悪化しABCD包囲網を組まれていた大日本帝国が原因になっていた。
- 場合によっては、第二次世界大戦が起きず、そのまま東西冷戦が起きていた。
- どちらにせよ、イギリスやフランスとの話し合いによって、共産主義のソ連を脅威とした再軍備やラインラント進駐、国民(住民)投票による同じ民族のザールやオーストリア、ズデーテンラントの併合が平和的に行われ、イギリスやフランス、ポーランドとの交渉の結果、東プロイセンとの飛び地問題の解消のため、ポーランド回廊も平和的に返還されていた。
- 第一次世界大戦の敗戦国であるにも関わらず、ワイマール憲法のおかげで世界でも屈指の民主的な国家であるため、1940年時点ではアメリカに次ぐ世界2位の資本主義の経済大国となり、名実ともに欧州の盟主となり、国際協調が進んでいた。
- そのうち、現在のような連邦制に移行し、国名が現在と同じ「ドイツ連邦共和国」に変更される。
- ホロコーストや粛清がないため、優秀な人や実業家も残り、技術的にも発展する。
- ナチスドイツ
- 正式な国名は今でもドイツ国
- プロイセン州はやっぱり解体されている
- 軍服もプロイセン時代を色濃くした物を着用
- 独ソ戦は両者膠着状態の内に停戦した形になってる
- ドニエプル川の西側がドイツ、東側がソ連の領域となっていた
- 一部の科学技術(主に航空機とロケット)はアメリカに匹敵するほど発展していた
- 戦時中のユダヤ人虐殺でイスラエルとの仲は相当険悪
- 流石にスラブ系民族の虐殺や圧制ばかりでは不味いので、一部の親独派のスラブ系諸民族(チェコ人やウクライナ人)やバルト系民族を反独感情の強いポーランドの支配に当てている
- ポーランドの反ドイツテロで現在まで多数の死傷者が出てる
- ヒトラー亡き後ナチス党が分裂、意外と民主的になっていたかもしれない。
- しかし内戦などが勃発した可能性も否定できない。
- 冷戦はアメリカvsナチスドイツvsソ連の三つ巴。
オーストリア=ハンガリー帝国(大オーストリア)[編集 | ソースを編集]
ハンガリー・ソビエト共和国(大ハンガリー)[編集 | ソースを編集]
- 墺洪帝国解体後、一時的に存在していた。現在のハンガリーの他、スロバキア・クロアチア及びトランシルヴァニア一帯を指す。
- クロアチアがユーゴスラビアに、トランシルヴァニアがルーマニアに占領されている以上、領土は現在のハンガリーとスロバキアになっている。
- それでも領有権は主張している。
- ヴォイヴォディナやスラヴォニアはハンガリーになっていたかも。
- それでも領有権は主張している。
- チェコスロバキアは成立しなかった。
- ソ連と連携を組んでいた。
- 現在は連邦国家となっている。
トランシルヴァニア[編集 | ソースを編集]
- 18世紀はオーストリア帝国に呑まれることなくオスマン帝国傘下の自治国家として存続。
- 19世紀のエジプトやギリシャと同時期にオスマン帝国から独立。
- 第一次世界大戦ではオーストリア=ハンガリー帝国と戦うため連合側で参戦。一方ルーマニアはトランシルヴァニアを得るためにオーストリア=ハンガリー帝国と挟み撃ちするため中央同盟側で参戦。
- ハンガリーとルーマニアで領有権で揉めたがために緩衝国家として存続していたことになっている。
- やはり第二次大戦後に共産化(トランシルヴァニア人民共和国?)、1989年に民主化していたという意味では史実とあまり変わらない。
チェコスロバキア[編集 | ソースを編集]
- 1989年に民主化後、連邦国家になっていた。
- チェコ語・スロバキア語での表記が「Československo」ではなく「Česko-Slovensko」に変わった。
- 日本語での正式名称は「チェコスロバキア連邦共和国」。
- 一部スロバキア人の団体が「チェック・スロバキア連邦共和国」への改名を目指す運動を起こしていた。
- スロベニアと混同することはない。
- 史実と同じ2004年にEU加盟。
- スロバキアの分離独立を求める政党もある程度の勢力を持っている。
- スコットランドやカタルーニャの独立派と連携していた。
- 一部のハンガリー人がこの国に対して「北部ハンガリー(スロバキア)を返せ」と主張している。
- ウクライナの一部(ザカルパッチャ州)がこの国の領土に戻っていたかもしれない。
- チェコ地域を指すときは「チェック」と呼ばれていた。
- 「チェキア」かもしれない。
- ワールドカップでは98年、02年、14年、18年の各大会ではチェコもスロバキアも予選敗退しているのでチェコスロバキアが存続していた場合、史実で出場を果たしたヨーロッパ諸国の枠を一つ潰していた可能性がある
- アイスランドは2018年大会の予選で敗退し今でもワールドカップ未出場国だったかも
ポーランド王国およびリトアニア大公国[編集 | ソースを編集]
- 一時期は欧州最大の領土と人口を有する大国であったが、社会情勢の変化についていけず、最終的に周辺諸国に国土を分割され滅亡した。
- 19世紀から20世紀の間に革命が起き共和政に移行していたかもしれない。
- 列強の一つとして世界情勢に大きな影響を与えていた。
- 幕末以降は技術顧問やお雇い外国人として訪日していた。
- ドイツ系諸国とは度々外交問題や戦争が発生していた。
- その対抗の為、19世紀後半から英国とフランスとの間で同盟を組んでいた。
- 公用語はポーランド語だが、第二公用語としてリトアニア語やドイツ語、ルーシ語(ウクライナ語・ベラルーシ語)、ロシア語、タタール語、イディッシュ語が認められている。
- 欧州随一の多民族国家である事から、移民や難民も多く受け入れていた。
- 消滅前はロシアの保護国だったので、今でもロシアの保護国として存続している。
- 世襲身分は認められず、マグナートは処刑。国王は選挙王制(実質共産党が指名)。
- 大戦初期にナチスには攻められなかったがソ連の支配下に。
- その後はナチスの進駐を許すも大戦末期にソ連に寝返り。
- ワルシャワ周辺はナチスとソ連軍が蹂躙し、戦後は赤軍の支配下になるだろう。王国の支配領域は現実のリトアニアに限られる。
- 史実でも最盛期のころのオスマン帝国を追い払える程強かったのでしっかりとした国家システムが完成していればロシア帝国の代わりに大暴れする列強になっていた。
東欧[編集 | ソースを編集]
ウクライナ[編集 | ソースを編集]
- ウクライナ人民共和国
- 1917-20年の間存在した国家
- ボリシェヴィキ寄りの国家を倒した後は「ウクライナ国」を名乗っていたかもしれない。
- 国旗の上下は今と逆のまま。
- 戦前には政権に左派が就くか右派が就くかで政策が大きく変わっていた。
- 左派…親ソ連 右派…親ドイツ あれ?
- 第2次大戦では枢軸国に名を連ねていた可能性あり。
- この場合戦後にクリミアや東ウクライナの一部などがソ連に割譲された。
- ソ連崩壊時に返還されていたか、もしくは地政学上重要としてロシア領のまま残り領土問題になっていたかも。
- この場合戦後にクリミアや東ウクライナの一部などがソ連に割譲された。
- 第2次大戦後は共産化しいわゆる「東側諸国」の一員となった。
- 現在の立場は結局現実とあまり変わっていない気がしてならない。
- その時の国名はやはり「ウクライナ人民共和国」。
- もしかするとソ連解体も無かったかも・・・最大の理由が当事のウクライナの指導部がウクライナのソ連からの離脱を強行に主張したためだし
- 結局冷戦が終結すればソ連もウクライナも崩壊するでしょう。
- どちみちバルト三国はソ連解体以前に抜けていたし崩壊も時間の問題だったでしょう。あるいはソ連を発展的に解消して民主主義の連邦制国家になっていたかも。
- ホロモドールが行われないのでウクライナ人の数は史実より多い。
- キエフ・ルーシ
- キエフ・ルーシが最盛期の領土を保持していた場合、キエフは現実のモスクワと同じ位発展していた
- ソビエト連邦が成立していた場合、首都も引き続きキエフに置かれていた
- ロシアの国名の由来を考えると現実のウクライナ(キエフ・ルーシ)がロシアとなり現実のロシアは別の国名になっていた
- よって現実のウクライナ語がロシア語となっている
- むしろこの場合はキエフ・ルーシが史実のロシアとベラルーシを領有しているんじゃないか?
- 最盛期を維持できていたとしてもベラルーシはともかくロシアはモスクワがキエフルーシの辺境。モスクワ以東には別の国。
- ロシアとオーストリア帝国とオスマントルコの3カ国の緩衝地帯の小国として近世を生き延びた。
- 末期には複数の諸侯が独立状態になっていたし、そいつらが生き残っているとかジャマイカな。
- クリミア人民共和国
- アメリカの近くにあるキューバをソ連が支援したように、クリミア人民共和国はアメリカが支援していた。
ロシア[編集 | ソースを編集]
- モスクワ大公国
- ロシア?何それ?
- 今もポーランド(ポーランド=リトアニア)は東欧の大国。
- ドイツ領かもしれない。
- 今もポーランド(ポーランド=リトアニア)は東欧の大国。
- 「ヨーロッパ」の範囲は狭かった。(史実でもモスクワ大公国のころはアジアとみられることが多かった。)
- ノヴゴロド公国(ノヴゴロド共和国)
- 今でも豊富な資源や産業などを生かし発展していた。
- G20に入っていたかもしれない。
- 場合によっては北欧に部類されていたかも?
- この国がロシア帝国になっていたかもしれない。
北欧[編集 | ソースを編集]
カレロ=フィン・ソビエト社会主義共和国[編集 | ソースを編集]
- かつてはソ連の構成国の一つだったが、1956年にロシアの自治共和国に格下げされた。
- 当然、ソ連崩壊で独立している。
- 国名は「カレリア共和国」になっている。
- フィンランドとの合邦を模索しているが、合邦には高い壁が…
- 場合によってはEUに加盟していた。
- ソ連の手によって人口ではロシア人優勢になっている。が、崩壊後ロシア人は脱出していた。
- 史実でロシアに併合された理由が「ロシア人優勢になったから」だと思われるので、この場合はロシア人がいても史実ほど多くないと思われる。
- モルドバなどと比較されていた。
- サンクトペテルブルクなどの領有権を主張するも、同地出身の某ロシア大統領に(ry
- サンクトペテルブルクまではさすがに行かないと思われるが、冬戦争以前にフィンランド領だったカレリア地峡の領有は主張しそう。
- 冬戦争の時にフィンランド併合を正当化するためにフィンランド・ソビエト社会主義共和国に変わっていたかも。そうなってたらソ連崩壊後フィンランドと合併する。
- ロシアの飛び地ということになるコラ半島(ムルマンスク州)の扱いがカリーニングラードと並んで問題になる。
- バルト三国やジョージアのように対露自立を志向し、場合によってはNATOにも加盟している。
- シベリア・ソビエト社会主義共和国が成立していたかもしれない。
南欧[編集 | ソースを編集]
スペイン[編集 | ソースを編集]
- アラゴン連合王国
- もしカスティーリャ王国との同君連合が成立しなかったらである
- アラゴン語(カタルーニャ語)は史実のスペイン語よりもイタリア語やオック語に近い言語になっていた
- そのため中央スペイン人とは別民族という意識が史実より強くなる
- スペインとポルトガルの統一国家構想の「イベリスモ」は無かった
- そのため中央スペイン人とは別民族という意識が史実より強くなる
- 政治のサラゴサ、経済のバルセロナ・バレンシアと住み分けがなされる
- レコンキスタは史実より遅れていた
- 地中海貿易で栄えるも大航海時代に衰退。
- ナポレオンにより一時期フランスに併合されるも独立する。
- しかしイタリア独立戦争で敗北。
- 第一次世界大戦では中央同盟国側で参戦。
- 敗北しカタルーニャを除く地域はカスティリャへ割譲しカタルーニャ共和国になる。
- スペイン内戦で無政府主義者による革命が発生。
- カタルーニャ防衛評議会
- 後ウマイヤ朝
- グラナダではなくコルドバが現在までアンダルシア地方の中心都市になっていた
- 公用語のアル・アンダルス=アラビア語はスペイン語の影響が事実よりも大きくなる
- ウマイヤ朝がイベリア南部一帯を支配し続けるためスペインにおける大航海時代の重要都市はセビリアではなくレケイティオ辺りになっていた
- 現在までイスラム教国だったとしたらEUに加盟しているかどうか怪しい。
- 現にトルコは以前より加盟申請しているにも関わらず宗教が壁となって加盟できていない。
- 近代化に伴い宗教の自由が保障された。
- スペイン内戦に乗じてイベリアを統一していた。
- ジブラルタルはイギリス領ではない。
- モロッコあたりを支配してそこへ撤退した。
ヴェネツィア共和国[編集 | ソースを編集]
- 現在の領土は、現実のイタリアの、ヴェネト州とフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州、クロアチアのダルマチア地域の一部。
- 公用語はイタリア語では無く「ヴェネト語」。
- 国家元首のドージェは大統領と訳されている。
- 首都はヴェネツィア“市”と呼ばれている。
- 第二次世界大戦期にイタリアに占領されていた。
- GDPは現実のオーストリアと同じ位。
- 欧州連合加盟国。
- クロアチアと領土問題を抱えていたかもしれない。
- 第一次世界大戦ではダルマチアを獲得。
- 第二次世界大戦も耐え、イタリア北部を獲得。
- これに不満を感じたイタリアが侵攻するも撃退。これを何回か繰り返し、イタリアは併合された。
- ヴェネチアがイタリアを名乗り、首都もヴェネチアになっている。
- 地中海貿易を独占し続ける。
- ナポレオンの侵攻に耐える。戦後イタリア諸国はヴェネツィア主導のイタリア連邦になる。
両シチリア王国[編集 | ソースを編集]
- イタリアは北部のみが統一される。
- 北部のみで「イタリア王国」や「イタリア共和国」を名乗っているかは不明。
- 教皇領も存続していたかもしれない。
- ムッソリーニが両シチリアの併合を強硬に主張する。
- 失敗した場合両シチリアは連合国として第二次世界大戦を戦う。
- 仮に併合されていたとしても戦後オーストリアのように独立を回復していた。
- 現在ではEU加盟国となっている。
- 国政へのマフィアの介入などが問題になっていたかもしれない。
バルカン[編集 | ソースを編集]
マケドニア王国[編集 | ソースを編集]
- 史実の北マケドニア共和国は別の国名を名乗っていた
- 史実のギリシャ語がマケドニア語と言われるようになる
- ビザンティウムは交通の要所なので何れかののタイミングでビザンティウムに遷都していた
- 地中海沿岸は史実のフェニキア人の勢力と同じ位に拡大している
- ポエニ戦争が史実よりも大規模なものになっていた
- ポエニ戦争がマケドニア戦役となり史実より長続きしていた
- ローマ帝国はロムルス・アウグストゥルス帝の廃位によりこの時点で完全に滅ぼされていた
- むしろオドアケル→東ゴート王→ランゴバルド王→カール大帝に「ローマ皇帝」の座が引き継がれてゆき、そのまま史実の神聖ローマ帝国に繋がっていった。
- 史実の東ローマ帝国とほぼ同じポジションを務めていた
- 普通にローマの傀儡と化しているかも。
- 史実の神聖ローマみたいに一種の称号として生き残る。
- ローマに反乱してなければ属国として残ったかも。
ユーゴスラビア[編集 | ソースを編集]
- 90年代初頭に民主化。
- マケドニアが国名でギリシャと揉めることはなかった。
- 首相の人気が低迷し、その是正としてハンガリーかオーストリアに侵攻。ユーゴvsオーストリア、ハンガリー、ドイツの戦争が勃発。
- 現代社会においてこのようなタイプの戦争が発生することは考えづらい。
- それ以前に計画を察知したNATO軍に攻撃される。
- サッカー代表はワールドカップか欧州選手権で優勝していた。
- 旧ユーゴスラビアが統一国家のままなら旧ユーゴ勢が2か国参加していた98年、02年、06年、10年、14年、18年の各大会で枠が一つ余るため史実で予選敗退したヨーロッパの何処かの国が予選突破出来ていた可能性がある
- 史実で02年大会の予選を敗退したオランダ代表は予選を突破出来ていた
- ただし2018年大会の欧州予選では史実で予選敗退したオランダ、イタリアの内どちらかは予選敗退していた
- 史実でクロアチアが準優勝した2018年のFIFAワールドカップは、決勝戦でフランスを破ってユーゴスラビアが初優勝していたかも。
- 旧ユーゴスラビアが統一国家のままなら旧ユーゴ勢が2か国参加していた98年、02年、06年、10年、14年、18年の各大会で枠が一つ余るため史実で予選敗退したヨーロッパの何処かの国が予選突破出来ていた可能性がある
- 内戦続きで国家は疲弊。経済力はヨーロッパ最低ランクとなった。
- 国名は「ユーゴスラビア連邦共和国」となる。
- セルビアモンテネグロがそのままユーゴを名乗り続けた可能性も。
- ヴォイボディナとセルビアで構成される国になった。