もしあの私鉄路線が廃止されていなかったら/東海
ナビゲーションに移動
検索に移動
静岡[編集 | ソースを編集]
伊豆箱根鉄道軌道線[編集 | ソースを編集]
- 『幻日のヨハネ -SUNSHINE in the MIRROR-』の世界のまま。
浜松鉄道(遠州鉄道奥山線)[編集 | ソースを編集]
- 名鉄が豊川鉄道・鳳来寺鉄道の鳳来寺口以西を傘下に入れることに成功すれば、鳳来寺口〜奥山間の新線建設が浮上したであろう。
- これにより、遠三鉄道ではなしえなかった名鉄電車の浜松市街への乗り入れが一歩近づく。
- 当然、奥山線も全線ナローから1067mm軌間へ改軌される。
- 三方原を通るということで徳川家康絡みの大河ドラマが放送されるたびに便乗したPRを行っていた。
- ちなみに三方原から元城までは浜松城への敗走ルートと重なっている。
- 井伊家発祥の地、井伊谷も通るので、2017年は『おんな城主直虎』のラッピング電車。
- 途中のどこかから舘山寺温泉への延伸も検討される。
- 小豆餅あたりから浜松基地―浜松西IC―フラワーパーク―舘山寺温泉か。浜松基地が軍民共用化されれば空港アクセス鉄道に。
- 遠州病院駅で西鹿島線に乗り入れて新浜松駅に直通。
- 新浜松~遠州病院間は複線化。新浜松駅「開かずのホーム」が奥山線用になる。
- 沿線には学校(静大工学部、浜学大、北高、市立高…)、大病院(聖隷浜松等)、大工場(ホンダ等)など人の集まる施設が多い上、遠鉄自身が宅地開発に力を入れているので、重宝されていたろうに。
- 豊岡駅が静岡県内に2つ存在することに。(しかも天竜浜名湖鉄道側の豊岡駅は野部駅時代に遠州鉄道の気動車が乗り入れていた)
- 奥山線豊岡駅があるので野部駅は改称しなかったか「天竜豊岡駅」とか「豊岡村駅」になっていた。
- 細江町が単独市政を果たしていた可能性がある。結局は浜松市に編入されるだろうが、細江区として名前を残せたかも。
静岡鉄道駿遠線[編集 | ソースを編集]
- 静岡空港開港と共に空港に支線を延ばし、アクセスが便利になる。
- 1067ミリに改軌された場合はJR静岡駅などから直通列車が運行されている。
- 御前崎の観光客が増えていた。
- さすがに全線存続は厳しいか?
- 旧中遠鉄道の区間が廃止されていたかもしれない。
- 浜岡原発デモ列車運行。
- 人目につかない区間が多くなりそうなので普通に原発前などでデモをしたほうがはるかに安上がりで効果的なように思える。
- 地元民から抗議の声が上がる。
- 東海道本線のバイパスとして活躍する。
- 東海道線より遠回りなのでその可能性は薄い。
- 東海地震が来たら…。
- 高嶋哲夫『TSUNAMI』の劇中でこの路線と思しき列車が津波に飲み込まれる様子が描写される。
光明電気鉄道[編集 | ソースを編集]
- 国鉄二俣線建設に伴い、末端部(田川?~二俣町)を国鉄に譲渡した。
- 場合によっては、このときに国有化されていた可能性も。
- 譲渡後も遠江二俣まで乗り入れ。このため二俣線の野部~遠江二俣間は電化されていた。
- 戦時統合で遠州鉄道に合併されていた。
- 戦後、遠州鉄道の依頼により国鉄二俣線西鹿島~遠江二俣間を電化してもらう。
- 運用の合理化も狙って新浜松~遠江二俣~新中泉(新磐田?)間直通列車が実現していたかも。
- 遠州鉄道線側が750Vから1500Vに昇圧しないと厳しい。(光明電鉄側が1500Vのため)
- 戦後、遠州鉄道の依頼により国鉄二俣線西鹿島~遠江二俣間を電化してもらう。
- とりあえず創業時の大散財がなく久根鉱山まで延伸できているのが大前提。
- この場合昭和45年の鉱山閉山までは生き延びられたはず。
- その後の運命は通勤通学需要を取り込めたかどうかにより左右される。
熱海鉄道[編集 | ソースを編集]
- そもそも、この場合は東海道本線のバイパスの鉄道だろう。
- むしろかつての大分交通別大線のように近距離客の需要で生き延びていたのでは。
- 戦時中に間違いなく不要不急線に指定されている。
- 現在は伊豆急行の路線か小田急の路線になっている。(伊豆急行の路線なら史実の伊東線の区間も東急が建設。)
- =関東大震災がなかったら。
安倍鉄道[編集 | ソースを編集]
- 今は静岡駅~俵沢駅まで延長している。
- それでも黒字になるかは不明だか…。
- 戦時統合で「静岡鉄道安倍川線」となった。
- 起点は後に新静岡駅に変更された。
- 実質静岡市内線と相互乗り入れする形かも。
- 起点は後に新静岡駅に変更された。
- 戦後に沿線の宅地開発が進んでいれば静岡市の通勤通学路線として現存していてもおかしくない。
御殿場馬車鉄道・都留馬車鉄道[編集 | ソースを編集]
- 要するに富士急河口湖線の延長鉄道。
- 富士急御殿場線かも。
- 歴史的経緯を踏まえると十中八九そうなっている。
- 富士急御殿場線かも。
- 山梨県の観光スポットが鉄道で行きやすくなる。
- 富士山駅も停車の可能性がある。
- 篭坂峠を越える区間は戦後に長大トンネルを含むルートに改められる。
- 小田急・JR東海・富士急行の3社の路線を直通する特急が運転されていた。
- 現実の「あさぎり」を富士吉田か大月まで伸ばしたような感じ。
- 横浜や湘南地域の需要も狙って東京?から御殿場までずっとJRの路線を通る特急も運行されていた。
淡島ロープウェイ[編集 | ソースを編集]
- 利用客の減少で運行間隔が広がっていた。
- マリンパークの入園料が高くなっていたかも。
- むしろマリンパークへはこの路線でしか入場できなくなっていた。
- 日本唯一の海上ロープウェイがうりになっていた。
- ラブライブ!サンシャイン!!のラッピングが施されていた。
- 当然、マリンパークの閉館によって廃止。
愛知[編集 | ソースを編集]
名鉄岩倉支線[編集 | ソースを編集]
- 上飯田線は必要なかった。
- あるいは名古屋市内への短絡ルートとして上飯田線が建設され、一気に名古屋市中心部まで達していた。
- 現行、岩倉止まりの犬山線普通が小牧まで直通していた。
- 鶴舞線直通もしかり。
- 現在では複線化も計画されている。
- 小牧線は未だ単線のローカル線だった可能性が。
- 桃花台新交通は廃止に至らなかった。
- 犬山線そのものの利用も増えるため、鶴舞線直通は削減されていなかった可能性大。
- いずれにせよ、小牧駅と新小牧駅は統合されているだろう。
- 大曾根線(現小牧線)を小牧駅に統合するのは線形的に無理そうなので、岩倉支線小牧駅を廃止して新小牧駅(現小牧線小牧駅)まで延伸していたか。
- 一宮線と併せて、名古屋の外環路線となっていたかも。
- その場合、小牧から更に高蔵寺まで延伸されてた可能性もある。
名鉄三河線[編集 | ソースを編集]
- 未だに海線(吉良吉田ー碧南ー知立間)と山線(西中金ー猿投ー豊田市ー知立間)に分かれて運用を続ける。
- 海線は碧南で系統分割、山線は豊田市で系統分割。
- 三河線と豊田新線(名古屋市営地下鉄鶴舞線に乗り入れるほう)が並行する梅坪ー豊田市間は複々線区間となる。
- 未成線部分の西中金~足助の間が開通していれば可能性は無くはなかった。
- その場合紅葉と桜のシーズンに活躍する観光鉄道のイメージが圧倒的に強くなっていた(叡山電鉄と同じポジション)。
- 本線直通の観光特急が走っていたかもしれない。
豊橋鉄道田口線[編集 | ソースを編集]
- 他の自社路線と接続しない独立路線となっていた。
- 再国有化されていた可能性大。
- むしろ第三セクター化されていた。
- 現在も鳳来寺参拝の為に、飯田線との直通列車がある。
- 本長篠の番線も変わっていた。
- 設楽ダム完成により末端部は路線変更されていた。
- 国有化されれば、田峯〜三河田口間は先行廃止。田峯から足助方面への工事線計画ができる。
名鉄瀬戸線(土居下-堀川間)[編集 | ソースを編集]
- 延伸により名駅乗り入れが実現していれば今も存続していただろう。
- それでも現状の栄町乗り入れ支線は作られていた。
- 菊井町に駅ができており、ノリタケの森の辺りで地下に潜って名駅に合流していた。
- 名駅乗り入れができなければ、少々延命したとしても、20世紀中には廃止されていた。
- 廃止時期が名古屋高速道路の丸の内~東新町間開通以後になった場合、廃止直前に鉄オタが写真撮影のために高速道路上に路駐して事故が多発する、という事態になっていた。
- もしくは押切町まで延びていた旧線に繋げていた気もしなくもない(当時の名鉄の判断にもよるが)。
- こっちの場合だと栄町支線が開業した時点で旧線は大曽根-須ヶ口の折り返し運用になりそう。
名鉄モンキーパークモノレール線[編集 | ソースを編集]
- 日本モンキーパークはもう少しゲストが増えていたかも…。
- 施設自体の集客力がそこまで高いわけではないのでモノレールの有無だけでそこまで変わってくるようには思えない。
- むしろかつての明治村延伸計画が実現していたほうが影響はずっと大きかった気がする。
- 施設自体の集客力がそこまで高いわけではないのでモノレールの有無だけでそこまで変わってくるようには思えない。
- 車両の老朽化が激しいので東京モノレールから1000形を譲り受けたかもしれない。
- 下手をしたらHSST化されていた可能性も否定できない。
名鉄一宮線[編集 | ソースを編集]
- 名鉄一宮駅まで延長していた可能性も。
- そのまま(地上を)延伸するのは無理そうなので、城崎通り直下へ地下化されていたかも。
- 岩倉から現犬山線に直通運転があった場合、一宮~名駅間で国府宮経由と上小田井経由、二つのルートがある事に。
名鉄小坂井支線[編集 | ソースを編集]
- 名古屋本線の普通列車はすべて小坂井駅発着になり、「伊奈折り返しで使えない名鉄各停」の汚名を返上できた。
- 運賃節減のための飯田線からの流入客がいくらか生じた。
- もしかしたら岐阜発/新鵜沼発茅野行きがあったかもしれない。
愛・地球博線[編集 | ソースを編集]
- 愛知万博会期中に運行されていた新交通システム。法令上はきちんと鉄道路線としての免許を取っていたようなので一応ここに。
- おそらく長久手市とトヨタ自動車が合同で3セクを作って存続させていた。
- 「遊園地の遊具」扱いで残す事も出来たとは思うが、そうなると名目上は廃線になってしまうのが気がかり。
- IMTSの知名度が史実よりも若干高かった。
- 運営がリニモ以上に大変な事になりそうだから、リニモとセットで「近未来の乗り物に乗ろう」的なキャンペーンをやっていたかもしれない。
- 淡路島にあった同一タイプの路線(こちらは遊具扱い)が無くなったから「日本唯一」と言う付加価値も加わるはず。
- 名古屋ガイドウェイバス共々、「愛知ではバスが鉄道として走っている」と色々な所で取り上げられていた。
- 2025年の大阪・関西万博でも採用されていた。
- 運営がリニモ以上に大変な事になりそうだから、リニモとセットで「近未来の乗り物に乗ろう」的なキャンペーンをやっていたかもしれない。
モリゾー・ゴンドラ キッコロ・ゴンドラ[編集 | ソースを編集]
- キッコロ(長久手会場内)はともかく、モリゾー(長久手会場〜瀬戸会場)の方は絶対需要なく大赤字。
- 住宅街を通るところでガラスが曇る機能は、使用停止されていた。
- 海上の森の宅地開発計画が実現していたら、話は別。
- キッコロの方は、ジブリパーク開園に伴い、魔女の谷あたりへの延伸が行われる。
- もちろん、ジブリ関連のラッピングも行う。
- モリゾーの方も有料になっていた。
- 横浜桜木町の海上ロープウェイは、あまり注目されなかった。
- 大阪・関西万博会場からJR桜島駅の間にも似たようなゴンドラを建設していた。
名鉄挙母線[編集 | ソースを編集]
- 大樹寺から名古屋本線への接続を確保できているのが前提。
- 一番ありそうな展開は「占領期に空襲被害からの復旧代わりに岡崎市内線の大樹寺-東岡崎を専用軌道化」と思われる。
- 岡多線→愛知環状鉄道の強力なライバルになっていた。
- 一部区間は史実のように挙母線跡地を使えないためルートが変わっていた。
- 三河豊田-新豊田の複線化もない。
- 普段は東岡崎-豊田市の運転が基本。
- 一部列車は豊田線や鶴舞線にも乗り入れていた。
- 愛知万博の際には岡崎・豊橋方面からの来場者輸送に役立っていた。
桃花台新交通桃花台線[編集 | ソースを編集]
- 高蔵寺まで延伸していれば有り得たかもしれない。
- 今頃は全車新型車両に置き換えられている。
- 流石に全駅でICカードが使えるようにはなっているはず。
- エスカレーター、エレベーターの設置工事も行われていた。
- りんかい線みたいに高額鉄道の仲間入りしていた可能性も。
- 車両取り替えの際にVONAから普通の新交通(AGT)に変更していた。
- 同時にドアを両側につけて一周せず折り返しする方式に変更。
- VONAのまま置き換えていたら千葉県の山万ユーカリが丘線にも同型車両が導入されていた。
東山公園モノレール[編集 | ソースを編集]
- 東山動植物園内を走っていました
- 運営は交通局協力会から同局本体に移管された
- 同局協力会にそれと管理を委託する形に
- 入園料にモノレールの運賃も上乗せされていたかも
三重[編集 | ソースを編集]
中勢鉄道[編集 | ソースを編集]
- おそらく近鉄の1路線となっていた。
- 伊勢石橋~久居間が電化、改軌(762→1435mm)、線形改良され、名阪特急の短絡線として利用されていた。
- 伊勢石橋駅に旧中勢鉄道線への連絡線を新設する。
- 中川短絡線は新設されなかった。
- 現実に川合高岡~久居間の短絡線を新設する計画はあったが、実現しなかった。
- 名阪特急の所要時間は間違いなく短縮されていた。
- 大阪難波~近鉄名古屋間で2時間を切っていた。
- 伊勢川口~石橋(伊勢石橋)と久居~岩田橋間は廃止されていた。
三重交通内部線(諏訪-四日市間)[編集 | ソースを編集]
- 伊勢電気鉄道延伸で前身の三重鉄道は泣く泣く譲ったが、近鉄名古屋線新正経由新線建設で三重鉄道の後進の三重交通に返還。
- しばらくは国鉄駅に乗り入れるナロー線として、近鉄譲渡後も地味に存在。
- 国鉄関西本線に特定運賃が採用されると国鉄四日市駅と四日市中心部を結ぶ鉄道線として俄然脚光を浴びることになろう。
- 恐らく近鉄四日市の駅名は違っていた。
- JRの四日市駅にも近鉄の駅があるので。
- 内部線の国鉄駅前駅は近鉄買収後、京成の国鉄千葉駅前駅にならい、国鉄四日市駅前駅にして、むりやり併存させるというテもあった。
- 現在は四日市あすなろう鉄道になっている。
近鉄八王子線(西日野-伊勢八王子館)[編集 | ソースを編集]
- 笹川団地まで延伸されていた。
- 西日野駅は今も位置は変わっていない。
- 天白川の工事も行われた。
- 以降、水害による不通はなかった。
- 内部線が延伸して笹川経由で伊勢八王子につなげて一周路線としていた。
三重交通松阪線[編集 | ソースを編集]
- 他の路線とともに近鉄に譲渡され、近鉄松阪線となる。
- 沿線需要から考えると、内部・八王子線のように軽便規格のままだろう。
- 現在は四日市あすなろう鉄道と同じような第三セクターに譲渡されている。
- 名前は「松阪牛鉄道」あたりになっていた。
- 車両も260系や270系タイプの280系が導入されていた。
- 現在は四日市あすなろう鉄道と同じような第三セクターに譲渡されている。
近鉄伊勢線[編集 | ソースを編集]
- 全線が残っていた場合、現実とは逆に山田線の松ヶ崎以東が廃止されていた。
- 大阪線と伊勢線は松ヶ崎駅で合流する形となる。
- これと同時に伊勢線は1435mmに改軌される。
- 名古屋線の津以南は大阪線との連絡用になり、中川短絡線の開通と同時に伊勢中川方面の線路は廃止される。
- 大阪線と名古屋線の連絡は川合高岡駅で行われるようになり、伊勢中川駅は単なるローカル駅となっていた。
- 阪伊特急と名伊特急の接続は松ヶ崎駅あるいは松阪で行われるが、運賃・特急料金は川合高岡から名古屋線に直接入る場合と同じになるよう特例が設けられる。
- そのような事情から、川合高岡と松ヶ崎は特急停車駅となっていた可能性もある。
- 徳和駅が近鉄とJR紀勢本線の乗換駅として機能していた。
- 場合によってはこちらも特急停車駅に?
- 宇治山田駅の立派な駅舎は山田線松ヶ崎以東の廃止とともに姿を消していた。
- あるいは大神宮前駅を放棄して無理やり宇治山田駅まで乗り入れることも考えられる。
- 鳥羽線は大神宮前から延伸されていた。
- 全線ではなく新松阪まで残っていた場合もやはり1435mmに改軌され、名伊特急はここを経由していた。
- 松ヶ崎に山田線との連絡線が設置される。
- この場合、阪伊と名伊の両特急は松阪で接続することになっている。運賃・特急料金の特例ももちろん設けられる。
- 津新町と津新地の駅名が似ていて紛らわしかったため、どちらかの駅名が改称されていた。
近鉄伊賀線(伊賀神戸-西名張間)[編集 | ソースを編集]
- 近鉄名張線に改称。
- おそらく伊賀鉄道に移管されている。
- その場合伊賀鉄道が名張市まで来ていた。
- おそらく伊賀鉄道に移管されている。
- ネーミングライツは美旗新田駅は株式会社メイハン、西原駅は名張育成園、蔵持駅はタカキタ、八丁駅は仕出し弁当の弥助、西名張駅のイオン名張店リバーナになっていた。
- 松崎町にも駅ができていた。
- ネーミングライツは青少年センターのネーミングライツの縁でアドバンスコープになっていた。
- 駅は今の伊賀鉄道のような駅になっていた。
岐阜[編集 | ソースを編集]
名鉄竹鼻線(江吉良-大須間)[編集 | ソースを編集]
- 運用などは当時とあまり変化なし。
- ただ、現在の竹鼻線の運用を考えると3Rでの運用が中心になりそう。
- 実際、末期は3100系も運用に入っていたらしい。
- ただ、羽島市役所前で運用を分けて尾西線のように都市型ワンマンになっているかも。
- 流石に蒲郡線のような放置プレーは…中間改札が置けそうな駅がないから無理か。
- ただ、現在の竹鼻線の運用を考えると3Rでの運用が中心になりそう。
- 簡易駅舎を建てる際に、かなり無理やりな構造の駅が多かった。
- 最近では、一部のネットユーザーが聖地巡礼に訪れていた。
- あと、某鉄道系YouTuberが動画のネタとして大須観音駅と間違えて大須駅に来ていた。
- 某駅のあだ名は「自分語り駅」となる。
- 訪問することを「やがけんま」「ぎふけんま」「えきけんま」…。
- 終点の大須駅の場所が名古屋の大須観音の本家であることが現実より知られていた。
- 大須駅は「美濃大須」になっていた。
名鉄揖斐・谷汲線[編集 | ソースを編集]
- 名鉄岐阜市内線が廃止されていないことが条件。
- 現在は名鉄の手を離れ、他社の運営になっていた可能性が高い。
- 両備グループが引き受けていたかも。
- あるいは樽見鉄道が引き受けていた。
- 社名は岐阜鉄道。そして略称・愛称はぎふてつ。
- 両備グループが引き受けていたかも。
- 樽見鉄道との交点に両社の連絡駅が設置されていた。
- 美濃北方駅と樽見鉄道の北方真桑駅が統合されていた。
- LRT化されていた。
- 大正生まれの車両は既に置き換えられているが、保存目的で一部が残されていた。
- 主にイベント用となっていた。
- 岐阜駅前~本揖斐・谷汲間に直通急行が運転されていた。
- 黒野駅での系統分断はなくなっている。
- 大正生まれの車両は既に置き換えられているが、保存目的で一部が残されていた。
- 現在でも谷汲山華厳寺へ鉄道でアクセスできるようになっている。
- 今でも瀬戸線清水駅発行の切符には「(瀬)清水」と印字されている。
- 別会社に分離された場合は区別の必要がないので単に「清水」になっていたかもしれない。
- 本路線の中古車両を導入した福井鉄道や豊橋鉄道軌道線の車両置き換えに影響があった。
- 2020年頃になると岐阜出身の歌手であるLiSAとのコラボが実現していたかもしれない。
- 岐阜市内線は道路交通の障害のため地下化されていた。
神岡鉄道神岡線[編集 | ソースを編集]
- 少なくとも富山方面からの直通列車が設定されていた。
- スーパーカミオカンデ前駅が設置されていた。
- 気動車については2015年くらいに富山のキハ120で置き換えられていた。
- 下手をしたら奥飛騨温泉口から先、高山までつながっていた。