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もしあの鉄道車両が更に増備されていたら/私鉄

少数派に留まった車両や完全な車両置き換えに至らなかった車両がもし、更に増備されていたら?

  • 新規追加は「会社別(東から順)+形式が若い順→形式不明(50音)」の順にお願いします。
    • 項目内に史実の導入編成数を書いていただければ幸いです。
  • 1年以上増備が行われていない形式でお願いします。
関連項目

独立済み

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三陸鉄道

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36-100形・36-200形

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  1. 震災前からリアス線が全線三陸鉄道管轄だったらかなり増備されていた。
    • 石巻線がBRTになる前までなら石巻直通の列車も大幅に増加していた。
  1. 観光用として出すが、地域の足や石巻線などがBRTになっていなかったら仙台駅乗り入れ用として増備されていた。
    • 当然、観光用だけでなく仙石線の着席列車としても大いに活躍していた。

秋田内陸縦貫鉄道

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  1. 急行『もりよし』が増備されていたら1両どころか連接編成の車両が数両表れた。
    • 2両編成が5編成位用意されていた。
  1. 連接車両での増備を続けていたら、4編成位は出ていた。

阿武隈急行

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  1. バスやJR東北本線との対抗の為、転換クロスシート編成も表れていた。
    • 座席指定列車も出ていたが、それでJRやバスとの競合を図っていた。

伊豆箱根鉄道

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  1. 鋼鉄車両の第1編成は置き換えられていた。
    • 8~11編成まで増加して全て一部転換クロスに替えていた。
  1. 転換クロスシート搭載でE231系やE233系に併結に対応した5両編成の電車が出ていた。
    • 修繕寺特急の運行も相まって利便性を大きく向上させた。
    • 湘南新宿ラインの編成の内、付属5両はこの編成が対応していた。
    • それによってこの電車が西武新宿線や池袋線あたりで見られた。

富士急行

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  • 史実では事故車の補充で1編成のみの導入でしたが、もし、もっと多く導入されていたら?
  1. 小田急2200形や京王5000系の譲受車はなかった。
  2. 1編成しかないことを理由にラッピング車になることはなかった。
    • とはいえ1編成はトーマスランド号になってそう。
    • この他マッターホルン号や富士登山電車の種車にもなっていた。
  3. 今頃は6000系に置き換えられている。
  4. 引退が2019年より後だった。
  5. 3両編成が存在し、台車・主電動機も115系または165系と同一になっていた。

長野電鉄

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  • 史実では1編成のみの導入でしたが、もし、もっと多く導入されていたら?
  1. 東急5000系や営団3000系を購入することはなかった。
    • 長野電鉄は譲渡車に頼り切ることはなく、その後も自社発注車を導入していた。
      • 東急8500系や東京メトロ03系も購入しなかった。
      • そもそも長野電鉄に新車を導入できるほどの体力があったら・・・。
        • しなの鉄道同様県などの補助金を利用していたかも。
  2. 1編成しかないことを理由に早期廃車になることはなかった。
  3. 今頃は冷房化やワンマン化改造されていただろう。
  • 史実では2編成のみ導入されました。
  1. 特急「ゆけむり」の本数が史実よりも多くなっていた。
  • 5編成の増備後、種車の03系が枯渇しこれ以上の増備は絶望的です。
  1. 8500系の引退も早まった。
  2. 熊本電鉄と上毛電鉄に03系が来なかった。
    • 代わりに熊本電鉄には02系が来た。
    • 上毛は計画してた新車導入をどうにかして実現させていたのだろうか。
  • 本来なら9編成来る予定でしたが、6編成で終わりました。
  1. デハ8799-デハ0802のペア、デハ0718-デハ0818のペアも譲受対象となった。
  2. 3000系投入は史実通りで、一部が3000系に代替廃車された。
    • 一部が秩父鉄道7000系として第3の人生を送った。

富山地方鉄道

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  • 3編成で、基本は富山都心線のみでの導入だった。
  1. そもそも富山市保有でなかったらあり得た。
  2. T100の代わりに低床車両として導入されていた。
  3. 富山ライトレールと紛らわしい配色になっていたかもしれない。
    • 富山駅南北直通前に配色変更があったかも。
  4. TLR0600形も併合後本形式に編入されていた可能性がある。

10020形・14720形

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  1. 名鉄から14710形を購入することはなかった。
  2. 非自動加速制御車がすぐに淘汰されていた。
  3. 増結用Tc車が現れなかった。
  4. 10020形のワンマン化も見送られなかった。
  5. 引退は還暦を迎えてからになっていた。
  1. 吊り掛け車の全廃が早まっていた。
  2. 電気指令式ブレーキや界磁チョッパ制御を試行採用した編成が出てきていた。
  • 2017年製のT104を最後に増備が途絶えている。
    • 2026年のT105で増備が再開されましたが、これが早まっていた前提として考えてみる。
  1. デ7000形は予定通りこれによって置き換えられていた。
    • 置き換えを進める過程で水戸岡デザインのデ7022も廃車になることから、同車の代替車は水戸岡デザインになっていた。
      • あるいはデ8000形のうち1両を水戸岡デザインに改造していた。
  2. 2020年以降に増備された車両は富山港線運用の為ATS-SWを製造時より装備していた。

福井鉄道

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  • 史実では3編成の導入でした。
  1. 60年代のうちから普通列車にも使用されるようになっていた。
    • 鯖浦線で運用されることもあったかもしれない。
  2. その後の福鉄の車両史は全く違うものになっていた。
    • 名鉄モ900形や静岡鉄道300形、名市交黄電の譲受はなかったかもしれない。
    • 下手したら福武線の車両が200形に統一されてたりして。
  3. 一部は名鉄600V線区車によって置き換えられていた。
  • 史実では4編成の導入でした。
  1. 800形の運用離脱の補充が行われていた。
  2. 増備車は製造時からえちぜん鉄道への直通運転に対応していた。
  3. 上部の塗装は編成ごとに変更される。
    • あるいはどこかのタイミングで元名鉄車と同じ塗装になっていたか(史実でもF1004はこの塗装の採用が考えられていたとか)。
  4. そのまま880形も置き換える。
    • 880形のVVVF化はなかった。
      • 770形に施工していた可能性も。
    • F2000形は登場しなかったかも。

静岡鉄道

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  1. 2両固定や1000形の置き換えだけでなく静鉄の増便の為に2両編成と4両編成が更に増備されていた。
    • 当然、フリークエンシー強化の為、4両固定編成での運用が大幅に増加していた。

遠州鉄道

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  1. 4両固定編成の車両が増えていた。
    • 4両固定運用増加に併せて一部編成は転換クロスシートを採用されていた。
  1. こちらもやはり4両固定化されていた。
    • 天竜浜名湖鉄道の直通に併せて直通対応編成も増加していた。

名古屋鉄道

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100系・200系

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  1. 8両編成が出ていたほか、小牧線も200系の増備で対処されていた可能性がある。
    • 豊田線の100系の両端2両ずつを200系に取り換え、外された100系を4両編成に組成し、小牧線に転用していた。
      • 豊田線の名鉄車はVVVF車&ボルスタレス台車で統一された。
  2. 300系は登場せず、本系列が300番台に突入していた。
  3. 上飯田線からも7000形は登場せず、3050形の増備車として登場していた。
  4. ラッシュ時の輸送力列車として本線や犬山線などの名古屋口の列車に運用されていた(実際に運用されていたことあり)。
  5. 増備途中でVVVFを3100系で実績のある三菱IGBTに変更された。
  1. 6両編成として増えていた他、編成数も増加して犬山線の利便性が高まっていた。
  2. 豊田線向けの100系・200系も早々と置き換えていた。
    • 流石に200系は残っていた。
  3. 番号が足りないので400・500番台の車両も出ていた。
  • 3編成の導入でした。
  1. 600V線区は多少延命できたかもしれない。
  2. 廃止して譲渡された場合、豊橋鉄道にももう少し譲渡されている。
    • イベント用を除けば780形と800形とT1000形だけに統一できたかもしれない。
      • それでも運動公園前行きの運用には2018年4月まで入る事は出来なかったか、史実より早い時期に改造がなされた。
  • 当初は2両編成15編成製作される予定だったのが、栄町延伸の建設費が高騰した為、6編成に減らされました。
  1. 導入時に15編成だった場合、3780系の転属は無かった。
    • 史実と同じ6編成でスタートした場合、徐々に増備され二次車以降は冷房付で導入された。
      • 途中の増備で6000系5 - 8次車と電気連結器およびスカート以外全く見分けがつかなくなった。
    • 最終的に2両14〜16本導入し、3780系と6600系の2形式になっていた。
      • 6750系は増備されず、代わりに本線向けに2代目3300系2次車4連6本が追加増備された。
  2. 1980年代後半〜1990年に中間車増結し、同時にロングシート・冷房化された。そして、回生ブレーキ付きなっていた。
  3. ラストナンバーが「16」編成だったら、サ6650のラストナンバーは「サ6666」のゾロ目になり、賛否両論の話題となった。
    • 3780系と併存だった場合、6600系4両化に合わせ3780系は廃車となり、豊橋鉄道か、富山地方鉄道へ高性能化の上譲渡された。そして、一旦ロングシートに改造されたのも再び転換クロスシートに再改造された。
  4. 史実より長生きし2014年まで活躍していた。

1000系一部特別車編成

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  • 史実では1011 - 16Fの4連6本から6連12本に仕立てられたのみでした。
  1. そもそも1117 - 21Fが当初から一部特別車編成として落成していた。
    • 1017 - 21と1067 - 71は当初より存在しない。
    • 5000系は4or5編成少なかった。
  2. 1030系の全車特別車編成が存在した。
    • 2008年の廃車後はあっさり解体された。

1030系・1230系

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史実では、6両編成4本が製造されました。

  1. 名古屋鉄道の顔として、活躍していた。
  2. 廃止が史実よりも遅れていた。(史実では、2019年に全廃)
  3. 7500系の特別整備は史実より早く打ち切られていた。
    • 1次車のみの施行となっていた。場合によってはその1次車にも特別整備が行われず1030系化された編成があった。
    • 最悪、7000系も一部の特別整備が行われず界磁添加励磁制御車として1030系化されていた。
  4. 1850系も増えていたかもしれない。
  5. 当初から1380系の車両や1030系のみの全車特別車編成も存在した。
    • モ1030形、モ1080形が出ていた。
    • それでも1200系A編成に相当する1030系は登場しない。
    • 全車特別車編成は2008年の全特急の一部特別車化で台車供出のうえVVVF・ECBの新車が仕立てられた。
  • 忠実では特急用パノラマカー置き換えのための4編成の導入に留まりました。
  1. 導入されるとしたらパノラマDXも置き換えているはず。
    • よってパノラマDXの廃車が早まっていた。
  2. 予定通り、一部特別車の急行に用いられていた。
    • 当然全車特別車特急も残っているはず。
      • 1000系も残っているので5000系は誕生しない。
        • 乗客減少からそれはない。
      • それでも廃止するなら、2300系が増えたかもしれないが。
  3. 連結すると他にほとんど例のない5両or7両になってしまうのが課題。
      • 7両は犬山線や常滑線、5両は河和線辺りがメインか。
    • 現在では3300系列との連結も日常的。
    • 一部列車で9両編成が爆誕している。
  4. 急行ではなく忠実の2200系のような運用になっていた可能性が高そう。2200系は導入されなかったかもしれない。
    • 空港特急の予定でもあったとはいえ、イメージアップしたいだろうから2000系に関しては全く変化なし。
    • と言うか史実の2300系が2200系として生産されて1600系と連結していた。よって1700系への改番も史実通り。
  5. どう頑張ってもク1600形が余ることになるが、編成数によってはMc車化や中間車化改造が行われていたかもしれない。
    • モ1750形を1両ずつ追加増備して余剰廃車ゼロだった可能性がある。
  6. 両数がそこそこ多ければ1600系専用の一般車と増結車が製造され1000系のように組み替えられていた。よって2200系の製造数が減り1030・1230系の全廃が早まっていたかも。
      • 2200系がない以上、無理に特別車2両+一般車4両にする必要性は無いと思われ。一部特別車1000系のこともあるが、運用が別の以上共通化する必要性もないし。
  7. 2000系による1600系運用の代走が見られたかもしれない。逆は余程のことがない限りやらないだろうが。
  8. 現在でも西尾線で運用されていた。
    • 忠実通り吉良吉田行き急行の型になるかもしれないが。当時のダイヤのままだと福地駅のダイヤが大変なことになる。
    • 上記のような3+2両の特急になるか。ホームからはみ出すけど
  9. 最近になって、忠実の1700系のような塗装に変更され始める。
    • 前面の方向幕もフルカラーLED化されていたる。
  10. 4連が出ていた。
    • その4連がミュースカイ向けに改造されていた。

3150系・3300系

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  • 史実上では4連15本、2連22本で増備を2015年までに完了し、以降の増備は9500系に移行した。
  1. 5300系、5700系、6000系非ワンマンが本系列で全数淘汰されていた。
  2. 6500系や6800系も一部置き換えていた。
  3. 増備途中で前照灯のLED化や、VVVFのSiC化、主電動機の全閉型化などの改良が図られていた。
  4. 史実上の9100系・9500系も3150系・3300系を名乗っていた。
  1. 瀬戸線が6両されていた他、本数と増えていたので瀬戸線の利用者も増加していた。
  2. 本線系統の4連も本系列に移行していた。

5000系(2代)

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  • 史実上では4連14本56両を増備。それ以降の増備なし。
  1. 1000系第1編成も更新されていた。
  2. 5700系も後に更新対象になっていた。
    • 顔は9Rがベースになっている。LCDも採用している。
  3. 5300系も一部は3度目の更新が行われていた。
  4. 2両編成の5500系(2代・仮)も登場していた。

愛知環状鉄道

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  1. 愛知環状鉄道の複線区間が増えて4両固定編成や6両固定編成が増加していた。
    • 愛環の本数が増えて利用者も増加していた。
    • JR東海化したら313系に編入されてその形で2000系増備していたかも。
  2. 複線区間や輸送力が多かったら現実以上に増備していたかも。
  3. 転換クロスシートを採用していたかも。
  4. 愛環車の中央線乗り入れが実現していたら、あり得た。
    • 能勢電6002Fみたいな感じで、普段はJR線内ばかり走っていて、愛環の乗り入れは名古屋⇆瀬戸口の運用だけだったりして。

豊橋鉄道

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  • 史実では1両しか製造されなかった。
  1. モ3200形を置き換えていた。
    • モ3203の代わりにモ780形のうち1両をイベント用に仕立てていた。
    • 編成数次第ではモ3500形についても車体更新がされることなく廃車になっていたかもしれない。
  2. 井原カーブを曲がれるようになって…ないか。
  3. 福井鉄道からのモ802、803の譲受はなく、名鉄モ800形が豊鉄軌道線に再集結することはなかった。
    • とはいえ補助金減や収容力の問題から福鉄はどのみち800形を手放すだろうから両車の再譲渡自体は行われる。
      • 譲渡先はどこになってたか。
    • あるいは、この2両の導入でモ780の一部が追い出されていた。
      • 追い出しがモ3500になっていた可能性もある。
  • 史実では4両のみの導入でした。
  1. モ3100形、3200形の廃車が早まった。
  2. 1両がイベント用となった。
  3. モ780形の一部も福井鉄道に渡っていた。
    • モ800・780の集結により廃車が出た。

四日市あすなろう鉄道

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  • 1982年に8両、移管後に6両が増備され合計14両体制となったが、さらに増備されていたら?
  1. 少なくとも四日市あすなろう鉄道の全3連化を達成していた。
  2. 三岐鉄道北勢線にも投入されていた。

広島電鉄

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  • 試作車ゆえ1編成のみの存在ですが、量産されていた場合を考えてみる。
  1. 第2編成以降はVVVFインバータ制御となった。
    • 制御装置の仕様は熊本市電8200形と同じ三菱RCT。
    • 当初はATSへの影響も鑑みて宮島線出禁になっていた。
  2. 第2編成以降も直角カルダン駆動が災いして休車、廃車に。

一畑電車

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  • 1両4編成が導入される予定ですが、もし、一畑電車の全車置き換えに至るまで製造されていたら?
  • 2024年よりさらに4両の追加投入が決定。
    • これにより2100・5000系は1本を残し全廃される。
      • 後に8000系に区分される方針になりました。
  1. 東急1000系は一畑電車に導入されなかった。
    • もしかしたら7000系は2両編成になっていたかもしれない。
      • 当然、8000系も登場しなかった。
        • あるいは7000系の番台区分になっていた。
      • 10000系も登場しなかった。
  2. 3000系全車のみならず、2100系・5000系も置き換えられていた。
  3. 下手をしたら1000系の譲渡先全廃第一号になっていた。

高松琴平電気鉄道

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  • 史実上では、台車を営団から手配して1編成2両で終わり。
  1. 1010形が現れなかった。
  2. 急行運転が廃止されなかった。
  3. 琴電で電動カム軸式を標準化されていた。
  4. 21世紀になっても活躍していた。
  • 史実上では1編成2両のみで終わり。
  1. カルダン駆動化は早期に行われていた。
  2. 現在でも琴電で完全新造車が増備され続けていた。
  3. 冷房化されていた。

伊予鉄道

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  • 史実では2両2編成のみで製造終了。
  1. 2次車は1996年製造でモハ303編成から台車・制御装置を流用
    • ブレーキは1次車に合わせ電磁直通ブレーキへ換装か、または1次車の方が全電気指令式ブレーキへ換装。(その際に2代目600系へ改番もあり)
    • 2次車・1996年度製造 613F・614F
    • モハ613(モハ303)+クハ663(サハ504)
    • モハ614(モハ304)+クハ664(モハ603を電装解除)
  2. 3次車は1997年製造で台車も新品だった。
    • 3次車・1997年度製造 615F・616F
    • モハ615(モハ603のモーター+新品台車)+クハ665
    • モハ616+クハ666
  3. 史実より早く伊予鉄道は冷房化100%を達成した。
  4. 7000系への置き換え対象外となったのも史実通り。
  5. そもそも車体が同一でありながら完全新製のVVVF車である仮称6000系に増備が移行されていた。

水島臨海鉄道

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キハ20系置き換え用に製造されたが、6両で製造が打ち止められた。もし、キハ20系全車置き換えに至るまで製造されていたら?

  1. JR東日本からキハ30形・キハ37形・キハ38形を購入することはなかった。
    • 同世代のキハ20形冷房車を非冷房キハ30形で置き換えることもなかった。
  2. 在来車とシステムが異なるため、運用も効率よく行われていた。

広島電鉄

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1060形電車

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  • 宮島線専用の高性能電車だったが市内線直通車の増備に方針が転換されたため1両しか製造されなかった。
  1. 下回りが京阪のお古だった1050形ではなくこちらが2両連結化や冷房化といった改造を受けていた。
  2. 宮島線からの高床車消滅は史実よりやや遅れ90年代中頃までずれ込んでいた。
  3. 阪急の中古を改造した1070形・1080形は登場しなかった。
  4. 運転台が先頭部分の片側に偏っていたため前面展望が楽しめる電車としてファンの間で知られていた。
  5. トップナンバーの1061号は引退後に宮島口か楽々園あたりで保存されていた。
  6. 万一この形式による市内線乗り入れが実現していたら現在の広電の姿は大きく異なっていた。
    • 都電荒川線や東急世田谷線のように市内線のホームが嵩上げされていたかもしれない。
      • あるいは福井鉄道のように高床車に折り畳み式のステップを取り付けていたか。
    • なお史実では1060形乗り入れのためには市内の橋の補強工事が必要だったので断念している。
    • 名鉄岐阜市内線でもホームが嵩上げされ鉄道線車両の路面乗り入れが実現していた。
    • 下手をしたら市内部分地下化もあり得た可能性がある。
  7. 全金属製・カルダン駆動の小型車で使い勝手が良く、廃車後は他の地方私鉄に譲渡された。
    • 軌間や車両限界を考えると琴電志度線が有力か。
      • いや、ドア配置を変更して叡山電鉄の可能性も。
        • その場合鞍馬線の急勾配に対応するため抑速ブレーキの取り付けが行われていた。
  8. そもそも市内の路面電車線が地下化されていたらあり得た。
    • この場合は名鉄岐阜市内線も追随して地下化された。

西日本鉄道

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  1. 転換クロスシート編成が増えて5000系置き換えも増加していた。
    • 6両固定編成も大きく増え、甘木線用のワンマン運転も増加していた。
  1. 以降の3000系や9000系は4扉編成が増えて5000系の廃車が加速していた。
  2. 3両編成が存在し、こちらのグループは6000系列と共通運用が組まれた。

筑豊電鉄

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  1. 2000形を種車とする3車体連接車も登場した。
  2. 種車の西鉄1000形やその譲渡車の広電3000形・熊本市電5000形にも同様の車体更新が施された。
    • (準)新車の導入によって西鉄北九州線は廃止を避けられたかもしれない。
    • 広電3100形も3700形と同等の車体に更新された。
  3. 5000形は導入されず、筑豊電鉄は令和になっても全列車吊り掛け車両で運転される状態が続く。
  4. 途中でタネが枯渇し、カルダン駆動・電気指令式ブレーキの新造車も登場していた。

東葉高速鉄道

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  1. 新製当初から10両編成として出ていた。

埼玉高速鉄道

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  1. 新製当初から8両編成として出ていた。
  2. 利用者が多かったら増発目的で増えていたかも。

営団地下鉄・東京メトロ

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  1. 5000系の置き換えは史実よりも速いペースで進んでいた。
  2. 07系の東西線転属が遅れ、06系も東西線送りとなった。
    • その分15000系の製造数が少なくなった。
  • 史実では1編成のみしか導入されなかったが、これがもし量産されていたら?
  1. 6000系の置き換えは史実よりも速いペースで進んでいた。
    • 余剰となった6000系が北綾瀬支線用に改造されるだろうから、ハイフン車と5000系は早くから運用を離脱していた。
      • 05系に北綾瀬支線に転属した編成はなかった。
    • 当時としては6000系の置き換えは時期尚早なのでむしろ東西線あたりに5000系置き換え用として転用されていた。
      • その分、05系の製造数が減っていた。
      • 青帯の6000系を見ることができていた。
      • 2次試作車の6101編成は廃車になっていた。
  2. 副都心線開業に伴う07系の移転先は千代田線になっていた。
    • 帯色も同じなので形式以外区別する要素がなくなる。
    • 厳密には「本格」移転。2008年に実際に期間限定で千代田線を走行したことがあるので。
  3. それでも6000系を完全に置き換えるのは難しいだろうから16000系は導入されている。
    • 但し導入数は史実よりも少なかった。
    • ただ、千代田線にホームドアが取り付けられるとなるとドア位置が他車と異なるのがネックになって16000系に置き換え→廃車という運命をたどるかも。
      • そうなるとしたら07系同様東西線に転属の方があり得るんじゃない?
        • いや、ホームドア設置時期が東西線と同時期になるだけだろう。
  • 史実では輸送力増強用として10両編成6本のみ製造されましたが、更に増備されていたら?
  1. 7000系の置き換えは史実よりも速いペースで進んでいた。
    • 7000系は東西線に転用され、5000系を置き換えていた。
  2. 増備途上で不等間隔のドア配置が取りやめとなった。
    • ドア配置が均等となったグループのみ副都心線対応改造を受けた。
  • 2000形の丸の内線支線転用に伴う不足分補充として中間車8両が製造されましたが、更に増備されていたら?
  1. 1200・1300・1400形の引退が早まっていた。
  2. 晩年は名古屋市交通局250形のように一部先頭車化され、1500N2形のみで編成を組んでいた。
    • 01系を切妻にしたような顔だった。
  3. 非冷房のため、民営化までには廃車となっている。
    • 01系のVVVF車が史実より多く製造されていた。
  1. 試作車を除いてすべての編成が8両化がすすめられた。
    • 8両化された編成は相鉄線直通編成に全て充てられた。
  • 史実では36編成導入されましたが、もし7000系を全て置き換えるくらい増備されていたら?
  1. 8両固定編成も製造されていた。
  2. 7000系は全車ジャカルタに譲渡されていた。
  3. 17000系は登場しなかった。
  1. 05系の製造が早めに打ち切られていた。
  2. VVVF試作車である05系第14編成も置き換えられていた。
  3. 07系がB修繕の対象から外された。

都営地下鉄

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  • 史実では6連2編成(後に8連1編成に組み替え)しか導入されなかった。
  1. 最初から5200形として登場していた(史実では5000系6次車として導入)。
  2. 6000形や10-000形同様、途中からオールステンレス車になっている。
    • 窓の構造などにもマイナーチェンジが幾らかなされていた。
      • この為8両化の際には10-000形同様、従来車に後期車を増結させる手法を取っていた。
        • 5327Fは登場しなかった。
      • 1号線(浅草線)の8両化が1980年代に進んだかも。車体更新の際完全に中間車化される車両が。(更新の際)運転台が簡易化された車両も(旧馬込車両工場の設備上)。
      • 上記の8両化が1980年代のうちに完了すれば,5000形は(運用上)19編成に纏められる。
  3. 抵抗制御ではなく電機子チョッパ制御を採用していた。
  4. 5300形は史実ほど投入されず、しばらくは5200系と5300形が6:4程度の割合で運転されていた。
    • とはいえ13-000形の導入と同時期に5400形(仮)によって5200系の置き換えが進んでいる。
    • ↑10-300形(10号線用)では?5300形は現実と同じく5500形に置き換わるが,5400形(仮)は2020年代に,5500形の追加増備で引退するだろう。
    • オールステンレス車は5000形の完全引退の際にVVVF化と電気指令式ブレーキ化がなされた。

5300形7次車

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  • 史実では上記の5200形組み替えによる不足分として1編成が製造された。
  1. 増備されていたとしてももう1編成(5328F)ぐらいだろう。
    • 5200形はこのタイミングで引退していた。
  2. 5300形の快特運用を見ることができた。
  3. 7次車は5500形の置き換え対象から外れていた。
  1. 1・2次車は当初から8両編成だったので6500形に置き換えられなかった。
    • 場合によっては8両化の上で相鉄直通対応も行われていた。

10-000形8次車

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  • 史実では2編成しか導入されなかった。
  1. 試作車は置き換えられていた
    • 経年の浅い中間車2両は8次車に組み込まれる。
    • 1・2次車も置き換えが早まっていたかも。
      • 0系新幹線のように同じ形式同士での置き換えが起きていた。
    • 10-300R形は登場しなかったかも。
  2. 10両化の際は7次車の中間車が組み込まれる。
    • あるいは300R形に準じた中間付随車が新製される。
  3. VVVF化が行われていた。
  4. 10-300形に置き換えられなかった。

10-300形(2次車)

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  1. 最初から10両対応編成が増えていた。
    • 10-300R形以外の廃車は発生しなかった。

横浜市営地下鉄

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3000形(1次車)

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  • 史実では新横浜〜あざみ野間延伸に伴い6連×8本が導入されていたがそれよりも更に増備を続けていたら。
  1. 1000形の淘汰が早まり90年代であっという間に消滅。
    • 冷房化や旅客案内表示機も付かなかった。
    • 1000形の6連化用に増結された中間車は新製から10年しか経っていないため、台車が3000A形の先頭車に転用されていた。
  2. よって3000R形の登場も遅くなったかもしれない。

3000V形(5次車)

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  1. あざみ野駅~新百合ヶ丘駅まで延伸した場合、さらなる増備の為に編成を増やしていた。
    • 場合によっては4000形に引き継ぐ際にも増備を行っていた可能性も。

10000形(1次車)

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  1. 当初から6両編成として登場していた上、利用者増加に備えて20編成6両の陣容でまとまっていたかもしれない。
    • 川崎駅や二俣川駅延伸が早まっていた場合は、更に増えて30編成6両になっていたかも。

名古屋市営地下鉄

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  • 史実上では名城線向けに36編成216両が製造されましたが、更に増備されていたらどうなっていたか考えてみる。
  1. 名城線の運用数は足りているため、東山線向けにも投入された。
    • 5050形は当然存在せず、N1000形が5050形を名乗っていた。
      • N3000形については4000形を名乗った。
    • 当然、名城線2000形置き換え車両が2050形を名乗ると予想するなどあり得ない。
  2. 2003年以降の増備には5000形置き換え用の9編成も含まれており、ここで5000形は2次車まで全廃されていた。
    • 1編成しかない3次車も置き換えられていた。
  3. 結果として72編成432両の大所帯となった。
    • 国鉄・JRグループを除く車両としては西武2000系(444両)の次に多い車両となっていた。
    • 5000形3次車も置き換えられた場合73編成438両体制となった。
  • 1994年までに58両が増備されて以降、2007年から増備が再開される予定でしたが、東山線5000形の置き換えが優先されボツになりました。
  1. 上飯田線向け7000形は用意されず、本系列の4連版で対処された。
  2. 増備車は3159Hに組み込む中間車2両を除き東芝IGBTに変更された。
    • ドアチャイムも設置される。
  3. 製造開始から15年目となる2008年で増備を終え、以降3年間増備を保留にし、2011年の増備からN3000形に移行していた。
  4. N3000形の本数が4本程度少なかった。
  1. 桜通線の利用者の多さに配慮して全編成が8両化が行われた。
  1. 全編成が8両化されていた。
    • 刈谷や枇杷島延伸によって増備が更に行われていた。
  1. 名鉄300系と共に6両編成車が増加していた。
  2. 小牧線の本数増加と上飯田線が栄まで延伸していた。

京都市営地下鉄

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烏丸線10系

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  • 史実では6連×20本が製造されましたが、更に増備されていたら?
  1. 横大路方面に延伸されていたらあり得た。
  2. 1998年以降に製造された車両はチョッパ制御ではなくIGBT-VVVF搭載で製造された。
    • もしくはまさかのIGBTチョッパ制御を採用していた。
      • ちなみに、IGBT素子を使用した界磁チョッパ制御だったら、阪急にいる。IGBT素子を使用した電機子チョッパは聞いたことない。
  3. 1・2次車の9本以外は8両編成になっていた。
    • 近鉄側も8両化対応工事が行われていた。
    • 東京メトロ9000系と比較されていた。
  4. 20系も8両で登場していた。

東西線50系

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  • 東西線開業時に6連×14本、2004年の六地蔵延伸時に3本が製造されましたが、2008年の太秦天神川延伸時に増備されていたら?
  1. GTO-VVVFではなくIGBT-VVVF搭載で製造されていた。
  2. 4両編成の50番台が用意され、京津線が相互乗り入れとなった。
    • 道路を走行するため、普通鋼製に変更されていた。

大阪市営地下鉄・大阪メトロ

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旧20系(10系試作車)

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  • 史実では谷町線に4連×1編成が急行運転を想定し投入されましたがさらに増備されていたら?
  1. 中央線の車両は40系となっていた。
    • 史実の1984年に登場した20系は40系を名乗っている。
  2. 谷町線に30系の転入はなかった。
  3. 御堂筋線に来なかった。
    • 史実の10系は全て量産車のデザインで存在する。
  4. 今頃30000系に置き換えられていた。
  5. 1973年以降大市交で導入された電車は、全て電機子チョッパ制御を採用していた。
  • 史実では中央線に6連×7編成、谷町線に6連×9編成が投入され(最終的に中央線に集結)ましたがさらに増備されていたら?
  1. 御堂筋線中百舌鳥延伸時おける新車増備は10系ではなく20系となっていた。
    • その後も21系登場まで増備されていた。
    • 10系は8連×16編成で打ち止めになっていた。
      • 但し10系9連化用の中間車(1900形)は20系と同一の車体になっている。
      • よって10A系(10系のVVVF改造車)は存在しない。
      • もしくは9両化のタイミングで改造の上バラして組み込んでいたかも。
      • 10系の引退は史実より2年早い2020年だった。
  2. 御堂筋線の10連化にあたっては現実の10A系同様10系を改造の上バラして組み込んでいた。
    • そのため10系から20系への編入がかなりあった。
  3. 中央線用20系のVVVF更新、高速対応化が終了するとこちらも車体とVVVFの更新が実施されていた。
  4. 車両番号は30番台となり、後に登場する谷町線用が50番台となっていた。
  5. 昭和時代のうちに工場機能が緑木に一元化されていたらこうなっていたかも。

新20系リニューアル車

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  • 22系14本と23系2本が未更新で廃車になりましたが、全車が改造されていたら?
  1. 中央線にも24系が残留していた。
    • 24601F〜24604F・24656Fの転属もなかった。
    • 400系が史実より5本少なかった。
  2. 30000A系は導入されず、万博輸送は平成生まれの20系(2606F・2607F・2631F〜2639F)が充当され、閉幕後にまとめて廃車となっていた。
  3. 大阪メトロの車両ではニュートラムを除き1990年以降の車両で廃車は発生しなかった。

21系(新20系御堂筋線用)

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  • 史実では30系の置き換えと10系の10両化による不足分の補充、10系リニューアルの予備車確保として10両編成18本が製造されましたが、さらに増備されていたら?
  1. 10系の前期車は置き換えられていた。
    • 置き換えられた10系は6両に短縮の上、谷町線の30系を置き換えていた。
      • リニューアルと同時に転属していた。
      • 紫帯の10系が見れた。
  2. 2000年代に製造された編成は新製時からIGBT-VVVFを搭載していた。
    • 1999年〜2002年に製造された編成はドレミファインバータ、2003年以降はIGBTで製造されていた。
  3. 31系の導入が遅れていた。
    • 31系の導入は10本にとどまっていた。

30系冷房改造車

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  • 史実では新30系と呼ばれる後期タイプのみ冷房改造されましたが、初期タイプの改造も行われていたら?
  1. さすがに全車両改造されることはないだろう。
    • 恐らく旧7000・8000形は改造の対象から外されていた。
    • 初期タイプのアルミ車も改造対象から外れていた。
  2. 中央線と千日前線への投入もあった。
    • さすがに御堂筋線は新20系に置き換えられていただろう。
    • 中央線用については近鉄けいはんな線の学研奈良登美ヶ丘延伸に伴うスピードアップを機に廃車あるいは谷町線か四つ橋線に転用されていた。
  3. 新30系に関しては全車両冷房改造されていた。
    • 史実では新造から10年経たずに廃車された3043・3543・3597の3両も改造されて延命していた。
  4. それでも2000年代後半~2010年代前半に30000系への置き換えが実施されていた。
    • 30000系は御堂筋・谷町線以外にも投入されていた。
  5. 堺筋線の60系も史実よりも多くの車両が冷房改造されていた。
    • 66系初期タイプの新造は天下茶屋延伸とそれに伴う8連化に伴う不足分だけに終わっていた。
  6. 谷町線以外でも末永く活躍している編成も存在していた。
    • 完全引退は民営化後だった。
  7. 冷房改造の時期が早かったら(1980年代後半に検討されたことがある)こうなっていたかもしれない。
  8. 50系にも冷房化された車両が存在していた。
  9. そもそも30系自体にチョッパ制御への改造車が出ていたらあり得た。
    • あるいは界磁位相制御車が最低限出ることが必要条件となった。
  • 1969年の動物園前〜天神橋筋六丁目間開業時に製造したのみ。
  1. 阪急線内急行運転や高槻市以遠乗り入れが市交車でも行われていれば、あり得た。
    • 時期的には1979年〜1989年頃だろう。
    • 中間運転台無しの6両固定で登場。
      • Tc-M-M-M-M-Tcで登場していた。
    • 天下茶屋延伸が史実よりも早かったらあり得た。
  2. 上述の初代20系の成果次第では、電機子チョッパ制御を採用していた。
    • 阪急7300系は最初から堺筋線乗り入れが可能だった。
  3. 流石にFRPシートはやめている。
  4. 冷房を最初から搭載していた。
    • 集電装置も下枠交差型パンタグラフに変更。
  5. 60系の完全引退は2004年以降だった。
  6. 後期増備車の8両化の際は、中間車を新造していた。
    • 流石に前期車(1969年生まれ)が組み込まれたのでは?

神戸市営地下鉄

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西神・山手線3000形

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  • 史実では西神南駅開業分並びに増発目的で6連×6本と少数が導入されていましたが、もしもそれ以上増備し続けると。
  1. 1000形は機器更新されることなく早々と淘汰が進められ、引退した。
    • 1998年から置き換えが始まっていた。
    • 当時としては3次車の置き換えは時期尚早なので3次車の3編成は残ったほか、1・2次車に組み込まれている3次車は3000形に編入された。
  2. 1998年に増備された編成はGTO-VVVFからIGBT-VVVF搭載で新造された。
    • 夢かもめ開業以降に導入された編成はドア開閉警告音がブザーからチャイムに切り替えられた。
      • パンタグラフもシングルアーム型に変更。
  3. 西神・山手線内でもワンマン運転が行われるようにもなったかも知れない。
  4. GTO素子が老朽化したら機器更新されていたかも知れない。
  5. 6000形の置き換え対象にはならなかった。
    • 6000形は1000形後期車と2000形置き換え用の7本のみにとどまっていた。

北神・西神・山手線6000形

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  • 史実では29編成の増備にとどまりましたが、北神線移管前と同じ33編成が増備されていたら?
  1. 7000系の機器更新が見送られたらあり得た。
  2. 北神線配置の5編成は茶色となっていた。

福岡市営地下鉄

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空港線・箱崎線2000系

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  • 史実では空港線の延伸開業に伴い6連×6本が製造されましたが、さらに増備されていたら。
  1. 空港線が志免・筑前勝田方面にまで延伸されていたらあり得た。
  2. 地下鉄開通時に導入された1000系8本はリニューアルされず、置き換えられていた。
  3. 2000年以降に増備された編成はシングルアーム型パンタグラフ搭載で新造されていた。
  4. 1000系の後期車は残ることから、4000系は史実通り導入される。

七隈線3000系・3000A系

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  1. 博多駅延伸が早かった場合、当初から6両化されていた。
  2. 更に利用者が多く橋本駅~姪浜駅並びに博多駅~福岡空港駅まで延伸した場合は編成自体も増えていた可能性も。