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もしあの鉄道車両が実用化されていたら/私鉄

製造・改造・譲受に至らなかった車両がもし、実用化していたら?

  • 新規追加は「会社別(東から順)+形式が若い順→形式不明(50音)」の順にお願いします。
  • 便宜上、実際に導入された形式の改造車についてもこちらで扱います。
関連項目

分割項目

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南部縦貫鉄道

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JRキハ22形譲受車

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レールバス置き換え用としてJRからキハ22形を譲受する計画があったが、実現しなかった。

  1. 車番はキハ105・106になっていた。
  2. 末期に積み残しが出ることはなかった。

上毛電気鉄道

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自社発注新型車両

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  • 車両メーカー各社との協議の中で受注業者が選定できず、中古車両の導入に変更された。
  1. 東京メトロ03系は譲渡されなかった。
    • 代わりに養老鉄道あたりが03系を引き取っていた。
  2. もちろんこの車両が800形を名乗っていた。

伊豆急行

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東急8000系2扉改造車

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  • 伊豆急行100系の置き換えに東急8000系を2扉に改造して入れる案があった。
  1. JR東日本から113系と115系を譲受することは無かった。この形式が200系を名乗っていた。
  2. 改造で無理がたたって早期廃車されていたかもしれない。
    • 地鉄に行った8590系みたいに、ドアをステンレス板で埋めていたと思われる。
  3. それでも伊豆急行8000系登場は現実通りか。

しなの鉄道

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営団5000系譲受車

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  • 史実では計画中止に。
  1. 形式としてはS5000系あたりが妥当か。
  2. 115系、169系はある程度置き換えられていた。
    • これらの車両の灰色塗装の部分はステンレス車体をそのまま使っていた。
  3. 本気で置き換えるなら東葉高速鉄道1000系も同時に譲受していた。
    • 最初にインドネシアに送られた営団の車両は7000系になっていた。
    • もしくは中間車を先頭車化改造して本数を増やしていた。
  4. どこかしらで営団以外のステンレス車も導入していたかもしれない。
    • おそらく東急8500系がここにも転属していた。
      • 長野県の私鉄・三セクはどの路線も元東急車が走っていることになる。
    • 北しなの線の譲渡に伴い、元南武線の205系を譲り受けていた。
  5. 「ろくもん」の改造車両も営団5000系になっていたかもしれない。
    • 同時に営団時代のリバイバル編成も登場しているはず。
  6. かつてJRだった路線でJRでない車両を用いる珍しい例となった。
  7. しなの鉄道20周年に合わせ、千代田線塗装や東葉高速鉄道1000系風塗装に塗られた車両が登場していた。
  8. 置き換え用として8000系後期車や都営6300形初期車が譲渡されていた。
  9. 後に長野電鉄屋代線が経営分離でしなの鉄道に編入された。
    • この際にはしばらくの間営団3000系との共演も見られた。

長野電鉄

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  • 増備が計画されていた前面展望タイプの特急車両。タブレット収受の面で実現しなかった。
  1. A特急運用に充当されていた。
  2. ワンマン運転が困難な構造や使い勝手の問題から早期淘汰の対象となっていた。
    • 1000系導入時に3000系と1000系を並べたうえで引継式が実施されていた。
      • 2000系を置き換えていたら、2000系は3扉ロングシートとなり、中央扉が両開き扉となっていた。
  3. 2000系D編成は存在しなかった。
  4. 湯田中駅のスイッチバックも導入時点で解消されていた。
    • 同時に4両化の為移転(湯田中側引き上げ線を延長・改良)していたら4両編成に増結していたと同時に、通勤車の3両固定編成ではなく、2両重連になっていたかも知れない。
  5. 東京メトロから購入する03系は別形式を名乗っていた。
    • おそらく3700系か5000系あたりとなっている。

2000系格下げ車両

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  • 第4編成が登場したところで特急車の本数が4編成となることから、第1編成を3扉化し各駅停車用へ格下げする計画が生じたが、諸事情により取り止めとなった。
  1. 冷房化は行われなかった。
  2. 3扉化の影響で老朽化が早く進むため、営団から購入した3000系に置き換えられていた。
    • 最悪、営団3000系が不足した場合は同編成の車体のみ京王5000系のものに載せ替えられている。

富士急行

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営団3000系譲渡車両

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  • 営団3000系の譲渡照会があった1社だったようですが、足回りしか回って来ずやむなく京王5000系を引き取ったようです。
  1. おそらくこの車両が1000形を名乗っていた。
    • あるいは6000形を名乗った。
  2. 冷房装置については国鉄型の発生品を転用していた。
  3. 2022年頃まで生きながらえ、置き換えの際には211系東海車を必要数確保していた。
    • 6000形を名乗っていた場合は211系譲受車が9000系を名乗っていた。
    • あるいは205系1100番台全9編成をまとめ買いしていた。
    • 5000形も同時期まで残っていた。
  4. 岳南電車への譲渡があったのも史実通り。
  5. マッターホルン号や富士登山電車の種車にもなっていた。
    • それでもトーマスランド号は史実通り5000形の担当だった。
    • ステンレス車体故の難工事を避けるべく5000形を富士登山電車に改造し、代わりに元営団3000系のうち1編成を2代目のトーマスランド号にしていたかもしれない。

E257系0番台譲渡車両

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  • E257系0番台の付属編成(M203編成)が富士急に譲渡される噂が存在していた。
  1. 1編成しか譲渡されないとなるとトーマスランドのラッピングがされていた可能性が大(5000形の例)。
    • 史実でトーマスランドラッピングがされている6000系の塗装は他の車両と共通化されていた。
      • あるいは別のラッピングが施されていた。
    • もしくは当時車齢55年を大幅に超えていた富士登山電車の代替となった。
  2. 先頭車には行先表示器が取り付けられていた(長野電鉄に譲渡された253系の例)。
  3. 料金不要で元JRの特急車両に乗れるとして注目されていた。

211系譲渡車両

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  • 1000・1200形の置き換えに際し、当初は211系の譲受を希望していたそうです。
  1. 史実の元205系にかわり、この車両が6000系を名乗っていた。
  2. 恐らく田町の付属編成を譲受していた。
    • モハ211形を先頭車化改造して3両編成にしていた。
      • ついでにトイレ撤去もされたか。
      • あとは史実の205系と同じ改造内容になっていた。
    • 新潟への転用計画は出なかった。
    • あるいは高崎に田町の付属編成が転用され、代わりに高崎の3000番台が持ち込まれた。
      • この場合は田町付属編成を4連にして高崎に転用し、史実で4連化された3000番台がサハを更に1両抜いて富士急に渡っていた。
      • もしくは付属編成2本から6連を錬成し、史実で3+3になった編成がバラで富士急入りしていた。
    • 編成数によってはJR東海からの譲受車も早々と出た。
      • 元東海車は6300番台に区分されていた(5000番台が1988年=昭和63年製の為)。
  3. 2014年以降はJRから乗り入れて来る211系との共演が見られるようになっていた。
  4. 最後の1編成は5000形を置き換えており、トーマスランド号になっていたと思われる。
  5. 長野地区へのE131系200番台投入に伴い早々と置き換え計画が浮上していた。
    • この場合はE131系類型車の新製か、りんかい線70-000形の改造になった。

伊豆箱根鉄道

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東京メトロ03系譲渡車両

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5000系置き換え用に購入を検討していたらしいが、実現しなかった。

  • 3000系鋼製車の置き換え用とも言われている。
  1. 西武グループの地方私鉄で西武車以外の車両が走る珍しい例となっていた。
    • 近鉄グループの路線なのに東急車が走る伊賀鉄道や養老鉄道と比較されていた。
  2. 第1編成に準じたラッピングが施されていた。
  3. 一部の座席は転換クロスシートに交換されていた。
  4. 置き換えた5000系ステンレス車は他社への譲渡が打診されていた。
    • 史実で03系が譲渡された北陸鉄道が購入していたか。
  5. 大場車庫の配線の関係で、台車はボルスタ付きのものに交換されていたと思われる。
  6. 上毛電鉄への譲渡は無かった。
  7. 小田原駅で60000形MSEと並んだ姿は、北千住〜綾瀬間で常磐線と東武本線が交差する区間を彷彿させるだろう。

富山地方鉄道

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阪急2800系譲渡車両

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  • 実際に購入を検討していたそうですが、京阪旧3000系が譲渡されることになったため実現しませんでした。
    • 実際に2800系を購入するために、転換クロスシートへ復元するためシートの中古調達元を探していた。そこで京阪旧3000系の廃車予定を知りシートを調達しようと交渉を開始したところ、車体ごと譲り受けることになった。
  1. 3扉ロングシート化されていた車体は再び2扉転換クロスシート化されていた。
  2. 外部塗装は当初阪急時代と同じマルーン1色だったが、後に標準塗装である黄色と緑のツートンに塗り替えられる。
  3. 走行機器は旧国鉄の発生品を流用。
  4. 京阪旧3000系は富山地鉄に譲渡されなかった可能性が高い。
    • もしこちらも譲渡されていた場合、富山の地で京阪と阪急のツーショットが見られた。
    • こちらは秩父鉄道への譲渡が実現していた可能性がある。
    • その場合大井川鐵道にも2800系が投入された。
  5. 阪急の車両が子会社の能勢電鉄以外に譲渡されている例として注目されていた。
  6. 3扉化したあと2扉に戻すなど車体にかなり手が加えられている関係で老朽化が早かったことから2000年代以降に置き換えが進んでいた可能性が高い。
    • 東急8090系導入時に引退か。
      • 阪急電車が東急電車に置き換えられる、として、鉄オタの間で話題になる。
    • 2010年頃に6300系が導入されてた。
  7. 3扉ロングシート のまま就役した場合は、2020年代まで生きながらえていた。

東武6050系譲渡車両

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  • 実際に購入を検討していたそうですが、実現しませんでした。
  1. 旧京阪3000系の10030系はこれによって置き換えられていた。
  2. 耐寒・耐雪設備装備のため同社にとってはうってつけの車両となっていた。
    • 但しボックスシートのため転換クロスシートの在来車両と比べてサービスダウンになっていたかも。
  3. パンタグラフは下枠交差形から菱形に換装されていた。
  4. クハ6250も電装され、直並列制御となっていた。

北陸鉄道

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営団02系譲渡車両

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  • 軽井沢で02系が陸送されているのを目撃された時に、北陸鉄道への譲渡が噂されていました。(実際は高岡市で解体)
  1. 架線電圧600Vの石川線向けに投入された。
  2. 熊本電鉄に行った01系と比較された。
  3. 足回りはほぼ新品になっていた。
  4. 帯はオレンジ色になっていた。
    • それをいいことに、銀座線の01系を模した塗装にして撮影会を開催する。
    • 1編成くらい赤帯のまま就役。
  5. =金沢市or石川県が軌道系交通に理解を示し、北鉄に補助金を出していたら。
    • 馳浩がもっと早く石川県知事に就任していたら、有り得たかも。

福井鉄道

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京阪80形譲渡車両

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  • 実際に購入を検討していたことがありますが、結局は実現しませんでした。もし購入が実現していたら…。
  1. 京阪と福井鉄道は軌間が異なる上、80型の制御装置が特殊なものだったので台車・主電動機は新品となっていた。
    • 場合によれば名鉄モ780形と同等の新品が採用された。
  2. 京阪80形についていた折りたたみ式ステップが有効に活用されていた。
  3. 名古屋市営地下鉄の中古車両を購入することはなかった。
  4. 車両によっては両運転台化が行われていたかも。
  5. 一部は名鉄の中古に置き換えられていた。
    • 上記のように機器類が新造だった場合は車体新造で3車体連接車に改造された。

名古屋鉄道

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1000系貫通化改造

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  • 一時期実際に計画されていたらしい。
  1. 構造的にかなりの難工事になっていた。
    • 場合によっては展望席部分の作り直しも有り得た。
  2. 全車特別車編成のみの施行になっていそう。
  3. 幌は搭載されるものの、1600系と同様2005年まで使用されなかったとみられる。
  4. それでも全車特別車編成は史実通り全廃となる。

1030・1230系VVVF化更新

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  • 2010年代前半に噂されていた。
  1. 一部の車両は電装解除されていた。
  2. 合わせて1200系と同様のリニューアルも行っていた。
  3. 2200系3次車の製造数は少なくなっていた。
  4. 1850系や1380系には施されたのだろうか。
    • この2形式にも施された場合、やはりリニューアルも行われる。
      • そうなれば3300系、3150系の製造数も減っていた。
  5. 1200系と1800系もVVVF化されていたかも。
  6. ブレーキも改造されていた場合、増結車に3R車も使用されていた。
  7. そもそも5000系が台車のみの流用で走行システムとブレーキ方式が3Rと同じだったらあり得た。

5300・5700系3扉化改造

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  • 1990年代に実際検討されましたが、結局実現しませんでした。
  1. 少なくとも2019年末に引退することはなく、もっと長く使われていた。
    • ただ2→3扉改造で車体に負担がかかっているので、そう長くは持たないだろう。
    • あるいは名鉄6750系の廃車時期に車体載せ替えがなされ、2023年に入っても現役である。
  2. 平成になってから3扉化したという意味で西鉄2000形や京急2000系と比較されていた。
  3. この際、ドアの位置自体は史実通りの位置+真ん中ドアになるので、6R車との併結は行われない。
  4. 名駅での整列乗車の観点から、5500系や7000系列との併結運転は取り止められる。

5300・5700系3扉車

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  • 当初は6000系ベースの3扉セミクロスシート車にする案もあったそうです。
  1. この場合も2019年末に引退することはなかっただろう。
  2. 前面は鉄仮面になっている。
  3. 扉間転換クロスシートになった場合、特急格下げ車などを除くと本邦初として注目されていた。
    • 2年後に登場した近鉄5200系の影が薄くなっていた。
    • JR西日本221系電車をはじめ他社の車両に影響を与えていた。
  4. 名鉄はこの時点で2扉車の新造をやめていた。
  5. 1200・1230系はこの車両を基本にしたことになっている。
    • 1800・1850系もこの車両を基本にした。
      • この場合、片方の運転台を撤去し1000系の全車特別車と編成を組むか分割してその増結車両に改造されその分5000系と2200系の製造数が減っていた。5300系の全廃は史実通り。
  6. 同時期に登場した山陽5000系と現実以上に比較されていた。
  7. 混雑緩和のため後にロングシート化されていた可能性もある。
    • 2200系一般車と同じような内装になっていたかと。塗装も史実の1200系リニューアル車と同様のものになってた。
  8. 同時期以降に製造された6500系・6800系はオールロングシートで登場した(朝夕時間帯の混雑緩和,5300・5700系との区別の為)
  9. 京阪8000系は6000系,西鉄8000形は5000形に転換クロスシートを設置・固定窓にした車両となる。西武4000系は3000系にボックスシートを設置・窓割りを変更した車両となる。
    • ←居住性と混雑が激しくないことから史実通りかと 京阪8000や西鉄8000はJRのクロスシート車と差別化も必要だし
  10. 名駅での整列乗車の観点から、2扉車である7000系列や初代5000系、5200系とは併結せず、3扉車である6R車と併結していた。
    • あるいは歯車比の関係で併結は原則行わず、1380系、2代目5000系との併結が実施されている。

6500系・6800系ステンレス車

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  • ステンレス車体を採用する案があったが、300系まで見送られた。
  1. 時代背景からして、鉄仮面はコルケード、金魚鉢はビードプレスを採用していた。
  2. 3500系列やNSR車もステンレス車体で、これらはビードプレスを採用していた。
    • さすがにパノラマDXやパノラマスーパーの仲間たちは鋼製車体のまま。
  3. 車体構造は京王7000系に準拠していた。
  4. まだ東急車輌がステンレス車体製造の特許を握っていたため、一部の編成は東急車輌で製造された。
    • あるいは、名古屋市交通局3000形のように、特許に触れないセミステンレス車体だった。
  5. 6000系10次車もステンレス車体だった。
    • ただし、3300系(2代)や6750系は史実通り鋼製車体。

6750系の高性能化改造

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  • 6750系は高性能化を視野に入れていましたが、実現しませんでした。もし、高性能化改造していたら?
  1. VVVFインバータ方式に改造されていた。
    • いや、全車特別車1000系から下回りを流用していたじゃないかな。この場合5000系の製造数が減っていた。
      • 1000系の一部廃車以前に改造していたらVVVF化されていた。
    • あるいは5700系を早期廃車にして部品を転用していた。この場合5000系の2連版も2本のみ登場している。
      • 余すことなく機器流用を行うため。
    • 改造時期によるが、路面電車を除くと唯一の吊掛式駆動→IGBT-VVVFへの改造例となっていた。
      • 相鉄3000系「やあ。」
      • ↑IGBT-VVVFって書いてあったのか。これは失礼。
    • 1000系や5700系界磁チョッパ制御車からの機器流用となっていた場合は簡易運転台の撤去やパンタグラフの移設といった改造がなされた。
      • 最悪、6500系6404Fになされた特別整備も同時に施工。
  2. 2015年現在でも活躍している。
  3. 4000系は登場しなかった。
    • なので、6000系も今だに健在。
    • 史実通り4000系投入なら本線に転属していた。
    • 1000系や5700系からの機器流用なら余計に4000系の登場と本線転用が求められた。
      • 方向転換が容易なため。

キハ8500系のパノラマカータイプ

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  • デザイン検討の段階で1000系パノラマスーパーに酷似した案もありました。
  1. 展望席があるので、現実より鉄道ファンや観光客に人気があった。
  2. JR東海キハ85系との連結運転はなかった。
    • 「北アルプス」は「ひだ」とは独立したダイヤで運行されていた。
  3. それでも「北アルプス」は史実通り廃止されていただろう。
    • 廃止後の車両譲渡先は会津鉄道ではなかったかもしれない。
      • 下手をしたら台湾鉄路管理局へ譲渡されている。
  4. それでも西日本区間への乗り入れが行われることはない。

パノラマドームカー

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  • パノラマカーこと7000系の発展形として実際にモックアップまで作られたらしい。
    • 実現こそしなかったものの、8800系や1000系の先頭部にこの車両の趣旨が活かされたとも言われている。
  1. 7500系は製造されなかった可能性が高い。
    • 流石にフルモデルチェンジを2年で作るというのは無理があると思う。むしろ8800系の方が存在していないかと。
    • 形式名は「7800系」とか。
  2. 8800系の中間車も同様のコンセプトで設計・増結されていた。
    • 一方で1000系以降に導入されていたかはどうか微妙。
  3. 日本唯一の定期運転で乗車できるドームカーとして、パノラマカー以上に引退が惜しまれていた。
    • 計画では先頭車だけでなく中間車にもドームを設ける予定だったらしいので、保存されているとすればどちらも舞木に置かれている思われる。
      • 名鉄の消極的な方針だと、運転台付近だけ、というのもあり得る。
      • 廃車の時期にもよるが、史実の7000系の代わりに中京競馬場で保存されていた可能性もなくはない
        • もしくは実物を残さない何らかの形で車両を保存していたかもしれない。
          • その場合7000系パノラマカーも実物を残さない形で何らかの形で保存していた。
  4. どちらにしても低重心が災いして、空港線開通前後に廃車。
    • 豪華過ぎて、引退まで特急として使われていた。津島〜蒲郡の特急あたりで。
    • 引退が7000系と同時期ならば、河村市長があおなみ線にこの車両を走らせる構想をぶち上げていたかもしれない。
    • パノラマメイツのサービス乗務員→サービスを廃止して運転扱い開始→車掌に降格も遅れていた。
  5. 間違いなくブルーリボン賞を受賞していた。
  6. 白井昭氏は「パノラマカーで初めてブルーリボン賞をとったのにこの車両でもブルーリボン賞をとれるなんて嬉しいほかない」と言っていた。
    • 土川元夫氏が社長のうちにできていたら土川氏も「よくやりました」と言っていた。
      • その代わり6000系はブルーリボン賞ではなくローレル賞だった。
        • 1977年のブルーリボン賞は該当なしだった。

7000系の当初のデザイン

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  • 当初はボンネットが突き出たデザインになる予定だったが白井昭氏が「かっこ悪い」といいデザイン変更を指示してこの案はお蔵入りに。
  1. かっこ悪いデザインと言われていた。
  2. ブルーリボン賞は取れなかった。
    • 開発陣はクビになっていた。なぜなら名鉄の当時の副社長・土川元夫氏はパノラマカー製造時に「ブルーリボン賞を取れなかったら車両開発部・部長以下全員クビだ」と言っていたため。
      • 1962年のブルーリボン賞は名鉄7000系ではなく国鉄キハ82系か南海20000系が受賞していた。
  3. 小田急3100系は平屋建て運転台・連接車体で制作された。
  4. パノラマドームカーは計画すらされなかった。

東急5000系(青ガエル)譲渡車両

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  • いささか珍しい、大手私鉄間での車両譲渡が1975年と1980年の二期間に、3700系が東急から名鉄へ譲渡される形で行われましたが、同期に廃車あるいは中小私鉄譲渡の候補となっていた5000系の譲渡も注目されていました。しかし、直流カルダン駆動方式という名鉄では当時、希少であったモーター方式であったことや、長野や上田へ先行譲渡される取り決めが決定されていたために中止へ。もし譲渡されていたら...。
  1. 軽量車体のモノコックに冷房化など追加設備の改修が困難だったため、意外と短命に終わっている...?
    • 遅くとも90年代には廃車になっていたと思われる。
    • 名鉄には3500系(初代)で行った直角カルダン駆動の試験で失敗した過去があるので尚更。
  2. 今よりガルダン駆動に関する部品のストックが豊富だったがために、名鉄5000系ともども共食い方式で走らせていた。
  3. 名鉄譲渡後は既存系列に倣って"5800系"などに改名されていた。
    • あるいは機器が他車と異なることから独立した系列になっていたか。
      • なお当時は1000、4000、6000、9000番台が未使用。
  4. 譲渡されるにおいて、2灯シールビームや種別版、テールの角目化が追加されていた。
  5. Twitterに上がっている長野電鉄譲渡予定の赤い青ガエルには違和感がなかった。
    • 愛称が赤ガエルの鉄道車両というと長野電鉄への譲渡車よりこちらを指すことの方が多かった。
  6. 後に便乗して東急7700系、営団03系などが譲受されている。

京阪80形譲渡車両

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  • 岐阜地区600V路線用として譲受する話があったようです。
  1. 恐らく美濃町線に投入されていた。
  2. 福井鉄道譲渡のケースと同じく、狭軌であることから床下機器はほとんど新造されていた。
    • 田神線→各務原線直通のため、600/1500V複電圧仕様となっていた。
    • 4にある元札幌市電から機器を流用していたかも。
  3. 800形は登場しなかった。
  4. 600形や場合によっては元札幌市電の870形も廃車されていた。

三岐鉄道

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下津井電鉄メリーベル号譲受車

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  • 北勢線譲受後下津井駅跡に保存されている同車を譲受する話があったが、架線電圧や保安装置の相違などの問題から実現しなかった。
  1. 流石に直流750V対応化はされている。
    • 保安装置の更新もしていた。
  2. 導入当初は10年以上動いていなかったことから起動するかが不安視されていただろう。
    • 最悪の場合、VVVF化の餌食となった。
  3. その内外装を活かし観光向けとしていたかもしれない。

西武2000系譲受車

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  • 製造から55年以上を経過した101系・801系の置き換えを目的として一度注目されましたが、東海からの211系の譲受による従来車の全数淘汰が決定しボツに。
  1. 新2000系のSIV搭載車のみが対象となった。
  2. 2連と3連の両方が入線し、2連は全電動車とされた。
  3. この場合でも従来車は751系を含め全廃。
  4. 211系はどこにも譲受されなかった。
    • 6000番台の流鉄譲渡が現実以上に話題になっていた。
      • その流鉄も西武新2000系を譲受していたかも。
      • 逆に211系が近江鉄道に譲渡され、彦根や近江八幡や貴生川に211系が来ることになったかも。
  5. 乗り心地の大幅な改善には至らなかった。
    • 台車自体は同社751系と同じなため。

能勢電鉄

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自社オリジナル車両

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  • 1995年の昇圧の際に導入予定でしたが、阪神・淡路大震災の時にアルナ工機が被災したのと、阪急自体も大きな被害を受け3100系の購入に変更されました。
  1. 車体は阪急8000系後期車と同一設計
  2. もしかしたら導入時にフルーツ牛乳色になっていたかも。
  3. 4両編成1C4M2T
  4. 2両編成1C2M1M1T
  5. 2つ繋げてラッシュ時の能勢電線内列車の6両連結もあった。
  6. 機器は阪急2800系あたりの廃車発生品を用いていたと思われる。
    • 5200系の方が機器供出元には向いてるような。
  7. 星特にも充当される。そのため、6002Fの譲渡はなかった。

高松琴平電気鉄道

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京王6000系譲受車

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  • 志度線用に車両を16m級にして投入する可能性があったそうです
  1. 名市交の車両はことでんにこなかった。
  2. 確実に某動画サイトで迷列車扱いされる。
  3. 原形はとどめていないと思われる。
  4. 四国唯一の界磁チョッパ制御車として注目される。
  5. JR大井工場の101系入換車「たんぽぽ」と何かと比較されていた。

京阪80形譲渡車両

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  • 志度・長尾線用として譲受する計画があったようです。
  1. 琴電は1500Vなので、昇圧改造が行われていた。
    • ただ走行機器が特殊なため、場合によっては機器を新調していた。但し標準軌のため、名鉄・福井鉄道譲渡の場合と異なり台車は種車のものを引き続き使用していた。
  2. それだけでは両数が足りないため、不足分は現実通り名古屋市営地下鉄の中古車を譲受していた。
    • あるいは同じく京阪の260形や350形を譲受していた。

土佐電気鉄道

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ウィーン市電譲受車

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  • 90年代に海外車両導入の一環として購入されたが、経営悪化に伴い入籍せずに解体。
  1. 動力車とトレーラーの連結編成であったため、トレーラーに運転台の増設改造が施されていた。

プラハ市電譲受車

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  • 経緯はウィーン市電譲受車に同じ。
  1. 日本国内で営業運転を行う旧共産圏製の車両として史上初かつ唯一の例となっていた。

ミラノ市電譲受車

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  • 同上。
  1. オリジナルの車体に木材が多用されていたため、入線改造の際には車体がほとんど新造に近い形になっていた。

西日本鉄道

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8000形・6000形チョッパ制御案

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  • 当初はチョッパ制御にすることが考えられていたが、諸般の事情(変電所の回生ブレーキ対応が遅れたか?)により抵抗制御で落成。
  1. おそらく界磁チョッパ制御を採用していた。
  2. 8000形の早期引退はなかった。
    • もしくは8000形の引退がさらに早まり、そのまま車体更新された。
  3. 両形式とも2010年代後半から2020年代にVVVF化される。
  4. もしかして6050形の導入はなく、1999年頃まで6000形としてチョッパ車を増備し続けていたかもしれない。

6050形貝塚線転用

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  • 登場から60年を経過した600形の置き換え用として注目され、ラジオ番組でも言及されたことがありますが、7050形の転用が決まりボツ同然に。
  1. そもそも機器未更新時代だったらあり得た。
    • ついでに箱崎線直通を早期に諦めていることが必要十分条件となった。
  2. THE RAIL KITCHEN CHIKUGOは6000形3連からの改造となった。
  3. 1M2Tの3連に短縮され、モ6150は全車電装解除となり、モ6250については全車廃車された。
  4. 転用にあたり、貝塚線において各駅のATSの移設または増設工事を強いられた。
    • ATS地上子が2両の停目基準で設置されているため。

営団地下鉄・東京メトロ

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05系千代田線転用車

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  • 初期車が6000系の予備車として千代田線に転属する計画があったが、結局北綾瀬支線向けに4編成が転用されるだけで終わった。
  1. 16000系の導入数が減っていた。
    • 結局6000系リニューアル車と同時に廃車対象となり、そのままインドネシアに送られていた。
  2. あくまでも予備車扱いなので一定数は史実通りインドネシアや北綾瀬支線に転用されただろう。
  3. 06系も東西線に早々と正式転用されていた。

8000系南北線転用車

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  • 6次車は9000系とほぼ同様の構造で南北線8両化の際同系に編入改造する噂があったそうだ
  1. 車高や貫通路幅が同じだったらあり得た。
  2. 新造時期が近い9109~9115Fに組み込まれていた。
  3. 中間車の新造数が減っていた。
    • 史実と同様だったらSR2000系の8両化が進んでいた。
  4. 相鉄から南北線・SRへの直通は、もうちょっと活発だった。
  5. ついでにB修繕も施工。9000系のB修繕の進捗は現実より早かった。

都営地下鉄

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6000形改造車

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  • 経年の浅い6000形2次車以降は改造し継続使用される予定であったが、改造費が6300形の導入費に匹敵するため、6300形の追加導入で置き換えられたが、改造されていたら?
  1. そもそも2次車以降がオールステンレス車となっていたらあり得た。
    • その場合、2次車以降は東急車輛製となっていた。
      • 5200形や10-000形1・2次車もオールステンレス車だったかも。
  2. VVVFインバータ制御に改造されていた。
    • あるいは界磁添加励磁制御に改造された。
  3. 初期車にも経年の浅い6000形が組み込まれていたため、先頭車が6300形で中間車が6000形の6300R形が登場していた。
    • 6500形導入による置き換え対象は6000形と6300R形になっていた。
      • 6500形導入が早まっていたかも。
      • 史実通り6300形の初期車も置き換えられるため、6500形に統一されていた。同時に全編成8両化。
  4. 東急線内で6000形の姿を見ることができるようになっていた。
    • 「登場から30年以上経って当初の目的を達成することができた」とも言われていた。
  5. 都営地下鉄はその後、地下鉄用に関しても車両の機器更新に積極的になっていた。10-000形の後期車もVVVF化されていたと思われる。
    • 10-190F〜10-280F、10-300R形はVVVF化されていた。

12-000形試作車

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  • 12-000形の試作車は量産車と全く異なる構造だったが、これが量産されていたら?
  1. 史実では登場しなかった中間車が製造されている。
    • 試作車も中間車を組み込んだうえで通常運用に入っている。
  2. 史実同様、大江戸線全線開業と共にマイナーチェンジがなされている。
    • 但し史実の1次車が存在しないので、大江戸線に全面塗装の車両は存在しない。
      • それどころか12-600形の投入までは大江戸線の車両は全てステンレス車だった可能性が高い。
        • 地下鉄他路線がステンレス車なので12-600形もステンレス車体で製造されていた。
        • 大江戸線のみならず、全国のリニア地下鉄でステンレス車体が普及していたかも知れない(史実ではステンレス車は存在せず全てアルミ車)。
          • 大阪メトロ80系や横浜市営地下鉄10000系などはステンレス車体になっていたかもしれない。
  3. 場合によっては浅草線5300形もステンレスだったかも?
    • 三田線6500形もステンレスになっていた。

横浜市営地下鉄

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3000A形大規模修繕車

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  • 製造から25年が経過したため、大規模修繕する計画があったが、新型車両を増備して廃車する計画に変更された。
  1. 4000形の導入はなかったか、遅れていた。
    • 3000S形の代替時にようやく登場した。
    • 3000N形も大規模修繕の対象となった。
  2. VVVFはGTO素子から3000V形や4000形と同じハイブリッドSIC素子に変更されていた。
  3. 3000V形は3000A形の更新に伴う予備車として導入されたため、1本余剰となることから第24編成は更新されず廃車となっていた。
    • 大阪メトロ10系1104Fや相鉄9000系9701Fと比較されていた。
    • それでも3000N形の更新完了まで第24編成は生きながらえた。
    • 史実通り途中で3000N形第38編成がが事故廃車された際は一転して更新対象となった。

KAIコミューター

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JR東日本E217系電車譲受車両

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  • インドネシア政府のお達しにより、中止。
  1. 2022年時点で、インドネシアが親中政権でなければ、あり得た。
  2. 2050年までは使用されることが見込まれる。
  3. 流石にE231系あたりの譲渡はなく、国産の新型車両に切り替える。

関連項目

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