コンテンツにスキップ

もしあの雑誌が休刊していなかったら

項目の新規追加は50音順でお願いします。

  1. 『オトナアニメ』等のようにサブカル系アニメ雑誌となっていた。
  2. Magazine MEGUはなかったかあったとしても別冊として発行されていた。
  3. みのり書房の解散はなかったか。
  4. 2010年代以降はソシャゲの特集が組まれていた。
  5. 2020年代には公式YouTubeチャンネルを開設していた。
  6. 史実で休刊した後に放送開始したアニメの特集が組まれていた。
    • あるとすれば新世紀エヴァンゲリオン、コードギアス、魔法少女まどか☆マギカ、ゾンビランドサガあたりが妥当だろう。

朝日ジャーナル

[編集 | ソースを編集]
  1. 論調が類似しそうな『週刊金曜日』は創刊されなかった。
  2. 94年頃にはオウム真理教を叩きまくっていた。
  3. 筑紫哲也元編集長の死去の際には追悼増刊号が出た。
  4. ネット右翼に最も敵視される雑誌になっていたのは間違いない。
    • 編集部襲撃予告事件くらいは発生していても不思議ではない。
  5. 近年は朝日新聞と同じように北朝鮮や中国を批判する記事が増えてきた。
    • 慰安婦報道問題などで朝日新聞社の体制を批判する内容の記事も普通にあった。
  6. かつての読者を狙っていわゆる「全共闘世代」のその後を取材した連載があったかもしれない。
  1. 同じ出版社から発行されていた『スイングジャーナル』も休刊しなかった。
    • 当然スイングジャーナル社を退社したスタッフなどが立ち上げた新会社から創刊され、スイングジャーナル誌最後の編集長三森隆文が編集長を務める『Jazz Japan』は創刊されなかった。
  2. ジャズフュージョンの人気が低迷することはなかった。
    • 史実と異なりインスト(ジャズ・フュージョンのみならず歌のない音楽全般)のアルバムもヒットチャート上位に入り、CDは歌モノしか売れないということにはならなかった。

おひさま

[編集 | ソースを編集]
  1. 「大ピンチずかん」の鈴木のりたけ先生の作品がここで発表されていた。
    • というかそのスピンオフも連載されていたかも。
  2. 2020年代以降は公式YouTubeチャンネルを開設し、連載作品のアニメや読み聞かせ動画を投稿していた。

お笑いポポロ

[編集 | ソースを編集]
  1. (史実で休刊した後に)ブレイクした芸人の特集が組まれていた。
    • あるとすればスギちゃん、日本エレキテル連合、8.6秒バズーカー、クマムシ、バンビーノ、ピスタチオあたりが妥当だろう。
    • 2019年頃からはお笑い第7世代(霜降り明星、EXIT、ミルクボーイetc…)の特集が多くなっている。
  2. 太田出版の「芸人雑誌」もなかったかもしれないあったとしても史実より遅れていた。

学年別学習雑誌(小学二~六年生)

[編集 | ソースを編集]
  • 2025年現在、小学館の学年誌は小学一年生と全学年向けの小学8年生が発売されてますが、ここでは休刊した二~六年生が休刊してなかったらとします。
  1. 2025年現在、全学年に掲載されているキャラクターはドラえもん・ポケモン・ちいかわ・すみっコぐらし・名探偵コナンあたり。
    • 10年代後半以降のコナン映画黄金期以降は特に中学年以上向けでコナンを大きくプッシュしていた。
  2. 中・高学年向けのものではVtuberを取り上げていた。
  3. 高学年向けのものでは著名人の炎上の話題を普通に(といってもさわり程度だろうが)取り上げていた。
  1. =ギャル系の退潮がなかったら、である。
  2. 逆にS Cawaii!が休刊になっていたか吸収統合していた。
  3. AKB48メンバーが専属モデルを務める雑誌は休刊になるジンクスは生まれなかった。
  4. ゆうちゃみはここの専属モデルだったかもしれない。
  1. 「万人向け」という方針は現在まで変わっていない。
    • そのせいで60年代には「日和見主義」などと左派のインテリに非難された。
  2. この雑誌に連載が持てるのが国民的作家の証とされた。
  3. 娯楽の多様化をうまく反映できていたら…。
  4. 高度成長期にはサラリーマンの間で広く愛読されていた。
  5. 戦争を忘れないため8月号の題字は毎年戦時中のものと同じ「キング 改題 富士」。
  6. 80年代くらいに英字表記の「KING」としてリニューアルされたかもしれない。
  7. 日本史の研究対象にされる機会はもっと多かったはず。
    • 所蔵している図書館は多かった。
  8. 現在の発行部数はピークの10分の1くらい。
  9. 2000年代以降は人気作品のリバイバル・リブート版が連載の中心になっていた。
  10. キングレコードの社名の由来がこれであることはもっと広く知られていた。
  11. それでも講談社が「KING」を発行するのは史実通り(名前自体は「池袋ウエストゲートパーク」に登場する人物のニックネームの「キング」から採用したものなので)。
  1. AKB48および派生グループが中心となっていた。
  2. 韓流スターも取り上げており、比較的控えめに取り扱っていたジャニーズ事務所所属者は彼らに喰われていた。
  3. 韓流が下火になってからはLDH所属者(3代目JSBなど)が表紙を飾ることが多くなっていた。

ゲーマガ

[編集 | ソースを編集]
  1. ソフトバンククリエイティブ(現・SBクリエイティブ)が雑誌出版から撤退することはなかった。
    • ライトノベルに偏重することはなかった。
  2. 「シンデレラガールズ」以降のアイマスシリーズの特集が組まれていた。史実でも当時の編集長がアイドルマスター好きであったことからアイマスが猛プッシュされていたぐらいだし。
  3. 史実とは逆にファミ通が休刊に追い込まれていた。
  4. メガドライブミニ発売時に何らかの特集を組んでいた。
  5. 2010年代半ば以降はグラブル、FGO、デレステ、アズレン、プリコネ、ウマ娘といったソシャゲの特集が毎号のように組まれていた。
    • ブルアカやメガニケも。
  6. 2020年代には公式YouTubeチャンネルを開設していた。

ゲーメスト

[編集 | ソースを編集]
  1. 音ゲー主体となった現在では様変わりしているだろう。
  2. それでもあの芸術的な誤記は健在。
    • DTPが導入され、タイポによるものと思われる誤植が増えていた。
  3. 2006年に創刊20周年を記念して、自虐的な書籍『確かみてみろ!ゲーメスト誤植伝説』を出していたかもしれない。
  4. ≒「もし新声社が倒産していなかったら」である。

月刊天文

[編集 | ソースを編集]
  1. 専門的な記事を求めている天文学ファン向けの月刊天文雑誌として存続した。
    • 同じく月刊の天文雑誌である『天文ガイド』や『星ナビ』とは初心者向けが星ナビ、中級者向けが天ガ、上級者向けが月天と住み分けていた。

月刊平凡

[編集 | ソースを編集]
  1. 明星→MYOJOがジャニーズ系のタレントを扱うのに対し、平凡は非ジャニーズ系のタレントを扱うなど、差別化を図る。
  2. スポーツ選手も取り扱う。
  1. 当然派生もとのKERAも電子化せず発行を続けていた。
  2. ゴシックパンク系の衣類がいまでも生き残っていた。

小悪魔ageha

[編集 | ソースを編集]
  1. ギャル文化は衰退しなかった。
  2. 盛り髪文化はいまでも栄えていた。
  3. 全都道府県に2000円程度のお手軽な値段で盛り髪をセットしてくれるセットサロンが普及していた。(史実では上位政令指定都市クラスまでしかない)

航空朝日

[編集 | ソースを編集]
  1. 必然的に復刊は民間航空解禁後にずれ込む。
  2. 民間航空中心の構成か。
    • 軍事中心の『航空ファン』とはうまく住み分けていた。
  3. 発行元の新聞社の影響で幾分左寄りの記事もある。
    • 例:オスプレイ配備への批判。
  4. 後にカタカナ名に変更されていた可能性あり。
  5. 朝日新聞の航空系記事の量も増えていた。
  1. 『Sabra』は創刊されていなかった。

写真週報

[編集 | ソースを編集]
  1. 終戦直後にGHQが占領政策を円滑に進めるためのPR誌として復刊。
    • 当時は巷にあふれていたいわゆる「カストリ雑誌」とは異なる良質な紙を使い手触りからも「アメリカ」を感じさせる存在であった。
    • 講和発効後は政府のPR誌として存続。
      • 史実の『フォト』や『Cabiネット』は存在しなかった。
  2. 現在なら宮嶋茂樹あたりが連載を持っていそう。
  3. 2016年現在の主なトピックはTPP、東京五輪準備、外国人観光客誘致など。
    • 東日本大震災以降は毎号被災地のその後が取り上げられる。
  4. いわゆる「クールジャパン」戦略の一環としてアニメ風のマスコットキャラクターが誕生していた。
  5. 現在は英語、フランス語、中国語など海外の言語版もある。
    • 公式サイトでも外国語で記事を閲覧できる。
    • あるいはFRONTかNIPPON (いずれも第二次世界大戦中まであった対外宣伝グラフ誌)が続いているんじゃないか。

週刊アスキー

[編集 | ソースを編集]
初代
  1. アスキーの黒歴史が減っていた。
    • アスキーの一般週刊誌市場参入は成功したとみなされていた。
  2. 同日発売の週刊誌で読者層も同じである週刊ポスト・週刊現代と双璧をなす存在となっていた。
  3. 2代目週刊アスキー(パソコン雑誌)は史実通りに週刊誌化されてもEYE-COMのままだった。
  4. 両面表紙は他の雑誌にも影響を与えていた。
2代目(冊子版)

電子書籍版は存続していますが、冊子版が現在でも発売されていたら?

  1. 「電脳なをさん」が打ち切られることはなかった。
  2. パソコン雑誌から総合誌がなくなることはなかった。
    • DOS/VだのMacだのといった専門誌くらいが生き残ることもなかった。

少年クラブ

[編集 | ソースを編集]
  1. 60年代終わり~70年代初頭あたりに漫画の連載数が増加し、史実の小学館の学年誌のような学習記事+マンガ・娯楽記事のハイブリット雑誌になっていた。
    • 小学館の学年誌に対抗すべく、同時期に関連誌の少女クラブを吸収して両性向けの雑誌になってたかも。
  2. 上記のキング同様、日本史研究の対象とされる機会が増えていた。
  3. 毎年8月刊行号(毎年じゃなくて戦後〇年のタイミングかもしれないが)は題字を終戦前と同じ「少年倶楽部」に変更し、戦中の誌面を紹介する記事も毎年のように掲載。
  4. 他の子供向け雑誌の例にもれず、巨人V9時代に巨人関連の記事やマンガが連載されていた。
    • 巨人の星の番外編が連載されていたかも。
  5. 少子化のあおりを受けて、結局00年代終わり~10年代初頭に休刊してたかも。
  6. 令和も刊行していたら、YouTuberやSNS関連も取り上げていた。

ソウルジャパン

[編集 | ソースを編集]
  1. 「悪羅悪羅系」はいまでも現役だった。
  2. 若者が大人しくなりすぎることはなかった。
  3. むしろ暴走族文化なども復活していた。
  4. 「ソウルシスター」もいまでも発行されており、「悪羅ギャル」という形でギャル文化が残っていた。
  5. 「チャンプロード」が廃刊になることもなかった。
  6. 迷彩ファッションも人気になっていた。
  1. 宝島社はファッション誌に偏重することはなかった。
  2. 「VOW」がsweetに移籍することはなかった。

旅と鉄道(鉄道ジャーナル社版)

[編集 | ソースを編集]

史実では朝日新聞出版から復刊していますが、ここでは鉄道ジャーナル社時代の『旅と鉄道』が休刊することなく、現在でも発売し続けていたらとします。

  1. 鉄道ジャーナルの公式サイトに『旅と鉄道』の関係を否定する旨を記載することはなかった。
  2. 時代の変化により、季刊誌に降格していた。
    • むしろ月刊誌に昇格。
      • RJ時代末期に本当に月刊誌に昇格してたんですが・・・
  3. 青春18きっぷの発売期には青春18きっぷの話題で占めていた。
  4. 若者向け路線を堅持していた。
    • 読者コーナーは男性からの投稿は「くん」付けのままだった。
      • しかし偏見防止の観点から「さん」づけに改められた。
  5. 日本列島外周気まぐれ列車は種村直樹の生前まで連載が続いていた。
    • 外周が終わったのは2010年なので、末期は近隣私鉄の乗車ルポを掲載していたかも。
  6. プライバシーや肖像権への配慮から、以前のような車内の撮影はNGとなっていた。

ディズニーランド

[編集 | ソースを編集]

ここでは講談社から1964年から2007年まで刊行されてた雑誌について取り上げます。また、1983年の東京ディズニーランド開園以降の路線変更もなければということも想定いたします。

  1. 『First Book Disney』は創刊されなかった。
  2. TDL関連の記事は『ディズニーファン』に割り振られた。
  3. 『仮面ライダーBLACK』以降の仮面ライダー、『科学戦隊ダイナマン』以降のスーパー戦隊、『宇宙刑事シャリバン』以降のメタルヒーロー、『ヤットデタマン』以降のタイムボカン、各シリーズも取り上げていた。
  4. 『美少女戦士セーラームーン』シリーズは最後まで取り上げられた。
  5. ガンダムシリーズは『機動戦士Zガンダム』から取り上げていた。
    • 90年代以降はSDガンダムが主体だった。
  6. ムック本のブランド『ディズニーランドデラックス』も続けられており上記『セーラームーン』シリーズ、『ここたま』シリーズ、『夢のクレヨン王国』以降のテレ朝日曜8時30分枠のアニメは刊行されていた。
    • 「ここたま」があるなら、「東京ミュウミュウ」「ぴちぴちピッチ」も。

鉄道ジャーナル

[編集 | ソースを編集]
  1. 2025年8月号か9月号あたりで大阪・関西万博の輸送を掘り下げる特集が組まれていた。
    • 鉄道アクセスはもちろんのことシャトルバスによるアクセスについても記述があり、アプリによる事前予約制であることについて批判があったかもしれない。
      • 「スマホの使い方を知らない高齢者のことを考えていない」とか。
    • そればかりでなくここまで日本国内で開催された万博の輸送についても述べられていただろう。
  2. もし個人情報保護法が施行されていなかったらである。

鉄道ナビ

[編集 | ソースを編集]
  • 2000年頃にカメラ雑誌『CAPA』の増刊として4号まで発刊された。
  1. 史実では隔月発売だったが、少なくともCAPAから独立した上で月刊誌になっているはず。
  2. 親元がカメラ雑誌故に、初心者向けの鉄道撮影のノウハウや機材の比較を他の鉄道雑誌よりも鋭く取り上げていた。
    • 2010年代以降マナー特集が頻繁に組まれるようになる。
  3. 史実の学研が毎年刊行している貨物列車ナビが特集記事になっている。
    • 他の学研ムックとして発売された物も特集として扱われていた可能性大。
  4. 鉄道雑誌のジャンルにおいて写真撮影系も市民権を得ていた。
    • 他社(恐らくイカロス出版辺り)が二番煎じ雑誌を刊行していた。

テレビといっしょ

[編集 | ソースを編集]
  • 1985年から95年まで刊行された幼児向けテレビ番組雑誌。
  1. 史実とは逆に同時期に「幼稚園」や「めばえ」に統合された「よいこ」とともに生き残って逆に幼稚園とめばえが休刊に追い込まれていた。
    • もしくはテレビといっしょの増刊だった「いたずら・ぶっく」が休刊し史実以上に短命に終わっていた。
  2. 2010年代くらいになるとテレビで放送しない作品も出てくるため雑誌名が変わっていた……か?(てれびくんが誌名を変えていないためそのままの可能性もある)

テレビランド

[編集 | ソースを編集]
  1. 「ハイパーホビー」は存在しなかった。
    • 出すとしても、高年齢マニア向けのムック本扱いになっていた。
  2. 超星神シリーズや『魔弾戦記リュウケンドー』、トミカヒーローシリーズの記事も掲載されていた。
  3. ウルトラシリーズはダイナあたりから本格的に現役作品も扱うようになっていた。
    • ただし、ウルトラシリーズであっても『ウルトラQ ダークファンタジー』、『ネオ•ウルトラQ』、『ウルトラセブンX』は深夜特撮(要するに視聴ターゲットが本来の購買層である児童ではない)であるため、それらの記事は掲載されなかったかもしれない。
  4. 場合によってはテレマガが2000年代後半に休刊していた可能性がある。
    • そうなっていた場合史実のテレビランドの休刊時のように次号予告までしておいて読者に何の知らせもなく休刊……なんてことが起きたら炎上は避けられなかった。
  5. ハンターハンター、ワンピース、NARUTO、銀魂、テニスの王子様、イナズマイレブン、鋼の錬金術師、コレクターユイ、キューティーハニーf、ケロロ軍曹、かいけつゾロリ、あたしンち、プリキュアシリーズ、妖怪ウォッチ、進撃の巨人、ダンボール戦機、デジモンシリーズ、鬼滅の刃の特集ページが毎月掲載されていた。特に徳間書店繋がりのアニメージュではプリキュアシリーズやイナズマイレブンが猛プッシュされてるぐらいだし。
  6. 大きなお友達向けになってて、もしかしたらジョジョの奇妙な冒険やタイバニやラブライブも取り上げられてたかも。
    • シスター・プリンセス、コードギアス、けいおん!、魔法少女まどか☆マギカ、あの花、ソードアート・オンライン、けものフレンズも。
  7. メガレンジャー以降の戦隊シリーズ、ビーロボカブタック、テツワン探偵ロボタック、燃えろ!!ロボコン、平成仮面ライダーシリーズ/令和仮面ライダーシリーズの記事もこちらで連載されていた。
    • コミカライズ版も存在する。
      • 平成仮面ライダーシリーズのコミカライズを早瀬マサト(石森プロ)が担当していた。
        • その場合、『S.I.C.HERO SAGA』は存在しなかった。
    • 美少女戦士セーラームーン(特撮実写ドラマ版)やPROJECT R.E.D.シリーズも。
    • ただし、戦隊シリーズであっても『非公認戦隊アキバレンジャー』(番外作品であるが)、仮面ライダーシリーズであっても『仮面ライダーアマゾンズ』、『仮面ライダーBLACK SUN』は深夜特撮(要するに視聴ターゲットが本来の購買層である児童ではない)であるため、それらの記事は掲載されなかったかもしれない。
  8. 令和以降も刊行されていたら、呪術廻戦、東京リベンジャーズ、SPY×FAMILY、チェンソーマン、【推しの子】、葬送のフリーレンも取り上げていたか。
    • ウマ娘も。

電撃G's magazine

[編集 | ソースを編集]
  1. 無事に30周年当日(2022年12月27日)を迎えていた。
    • 30周年感謝号は「LoveLive!Days」の増刊扱いではなく、G's誌の本誌扱いになっていた。
  2. 通巻500号も無事に迎えており、それを記念した特集を組んでいた。
  3. 「LoveLive!Days」は未だに「電撃G'sマガジン」の増刊扱いのまま。
    • 場合によっては「LoveLive!Days」の方が休刊していた可能性がある。

なないろようちえん

[編集 | ソースを編集]

小学館「幼稚園」の女児向け姉妹紙。2014~16年にかけて不定期刊行。

  1. 2025年現在はプリティーシリーズ、ポケモン(ポケピースがメインになりそう)、すみっコぐらし、ちいかわ、おぱんちゅうさぎ、パウ・パトロールが看板となっていた。
    • ガールズ×戦士シリーズも放送期間中は看板になっていた。
  2. ひみつのアイプリの幼稚園本誌の連載はなかった(史実でもプリパラは幼稚園本誌には載らず、こちらでの連載だったため)。
    • 「キラッとプリチャン」「ワッチャプリマジ!」と「ひみつのアイプリ」の1年目も掲載されていた。
  3. 10年代終わりごろからは本誌と同じく有名企業とのタイアップふろくが登場していた。
    • サーティワン(史実でも本誌やライバルのたのしい幼稚園に登場)やミスドなどの飲食系が中心だったかも。
  4. 藤子プロによるドラえもんの短編マンガも連載されていた。
    • きせかえカメラなどの女児受けしそうな道具が中心になっていたかも。

現在でもマイナビムックの1ブランドとして存続していますが、もし、月刊誌として現在でも発売し続けていたら?

  1. 毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ出版)は総合誌市場から撤退することはなかった。
    • 「Mac Fan」等の専門誌に偏重することはなかった。
  2. 「Mac Fan」との兼ね合いと住み分けからそれでもアップル製品は扱わないスタンスを貫いている。
    • Mac以外は最小限の扱いになっていたのでは?
  3. 2012年頃にはWindows8、2015年頃にはWindows10の話題で占めていた。
  4. 今頃はパソコンにとどまらず、タブレット(特にAndroid、Windows系)の話題も取り上げていた。
  5. 「週刊アスキー」のように電子書籍オンリーの形で続いていたかもしれない。
  6. Google検索で「もしかしてpcファン」と出ることもなかった。
  7. 月刊誌化と大幅値上げがなければ「週刊アスキー」と並び称される存在になっていた。
    • おまけ付き商法に走ることもなかったはず。
  8. 「週刊アスキー」や「Mac Fan」同様、ウェブサイト版も開設されていた。
    • ウェブサイト版はあくまで雑誌版を補完する目的で開設される。
  1. 令和以降も刊行されていたら、高確率で青の祓魔師、黒子のバスケ、ハイキュー、僕のヒーローアカデミア、鬼滅の刃(特にこれ)、呪術廻戦、SPY×FAMILY、チェンソーマン、血界戦線といったジャンプ全般、東京喰種、キングダム、ゴールデンカムイ、東京リベンジャーズ、七つの大罪、はたらく細胞、マギ、モブサイコ100、フリーレン、暁のヨナ、文豪ストレイドッグス、妖狐×僕ss、宝石の国、魔法使いの嫁、ちはやふる、3月のライオン、ドリフターズを取り上げていた。
  2. ゲームならib、殺戮の天使、ツイステッドワンダーランド、うたのプリンスさまっ、fate、ヒプノシスマイク、アイドルマスターsidem、あんさんぶるスターズ、アイドリッシュセブン、刀剣乱舞(特にこれ)、上手くいけばポケモンとファイアーエムブレム辺りもアリか?
  3. デュラララの様な女性人気強めのラノベ、kやタイバニやfreeやユーリoniceやおそ松さん(特にこれ)の様な女性人気強めのアニメも取り上げられてた。当時のガンダムwがそうだったように。
  4. 漫画作品に関するグッズ情報やcd情報やコラボ情報も載せてたり?
  5. その後も声優関連の別冊のインタビュー書籍を発行していたかもしれない。

ファミコン必勝本

[編集 | ソースを編集]

路線変更で「HIPPON SUPER!(必本スーパー)」→「64(ロクヨン)」→「攻略の帝王」と誌名変更した後休刊。復刻版も出ていましたが、もし定期刊行として存続していればの想定

  1. 家庭用ゲーム機総合誌として他誌との違いをアピール。編集部が推した作品は徹底応援(もちろんその作品シリーズの読者投稿コーナーも常設)、今のご時世ならソシャゲ特集もあり!?
  2. 創刊時からライバル関係だったファミ通系列各誌やファミ通のライバル電撃系列各誌と張り合っていた
  3. 64時代の任天堂ハードゴリ押し雑誌に路線変更した際迷走して休刊に追い込まれることはなかった筈
    • それは64自体の低迷も大きい。仮に任天堂路線のままDS・Wiiの時代まで続いていればその時期の各社の任天堂専門誌は好調だったため、それなりに部数もあってしのぎを削っていた。
  4. 休刊前にあったドラクエやファイナルファンタジー、Wizardryシリーズの読者投稿コーナーは健在

ファミ通DS+Wii

[編集 | ソースを編集]
  1. ニンテンドースイッチ発売時に「ファミ通スイッチ」に改題していた。
  2. 令和以降はスプラトゥーンやマインクラフトのふろくが毎号のようについていた。
  3. ひのでや先生版スプラトゥーンはコロコロではなくこちらで連載されていた(かつて氏が本誌でロックマンのギャグマンガを連載していたため)。
  4. スイッチ登場以降はインディーゲームを特集する連載記事が登場していた。
  5. 任天堂関連のスマホゲームも特集していた。

ファミリーコンピュータMagazine

[編集 | ソースを編集]
  1. その後も、「ファミマガGC」「ファミマガwii」「ファミマガwiiU」とタイトルを変えて発売されていた。
    • ニンテンドースイッチ発売時に「ファミマガスイッチ」に改題していた。
  2. PS2あたりまでくすぶっていたが、wiiで任天堂ハードが持ち直すに連れてファミ通のライバルとなっていた。
  3. 「Nintendo DREAM」が休刊に追い込まれていた。

FOOL'S MATE

[編集 | ソースを編集]
  1. その後もシド、the GazettE、アンティック-珈琲店-、Alice Nine、ゴールデンボンバーといった若手や中堅を取り扱っていた。
  1. 相変わらず、過激な取材活動を続けていた。
    • ネット限定でもっと過激な映像が見られるサービスを始めていたかもしれない。
    • FOCUS公式チャンネルがYouTubeに設置されていた。
  2. 版元の思想もありリベラル派から特に厳しく批判されていた。
  3. 史実と異なり『FRIDAY』か『FLASH』が休刊に追い込まれていた。
    • 後者が休刊だったら48/46関係本(総選挙ガイドブック等)はフライデーの増刊で、青木編集長も講談社に所属していた。
  4. それでもグラビアは扱わないスタンスを貫いていた。
  5. 中瀬ゆかりは『新潮45』ではなくこちらの編集長になっていたかも。(史実ではFOCUS休刊とほぼ同時期に『新潮45』編集長に就任している)
  6. マッド・アマノの「狂告の時代」は途中で打ち切られていた(ネタにしたタレントから肖像権で裁判を起こされたのが原因)。

プチセブン

[編集 | ソースを編集]
  1. ティーンズ路線を堅持しており、『SEVENTEEN』と並び称される存在になっていた。
    • SEVENTEENをライバル視していた。
      • SEVENTEENが売り上げを伸ばすこともなかったので逆にSEVENTEENが休刊に追い込まれていたかも。
      • そもそもSEVENTEENが天下を取ることはなかった。
  2. 『Pretty Style』(PS)はなかった。
    • カッコカワイイという概念も生まれなかった。
    • 『DiaDaisy』もなかった。
  3. 小学館の雑誌部門が大幅な赤字になることはなかった。
  4. 現在でも全国制服グランプリが行われていた。
    • 夏服編も行われていた。
  5. 史実で本誌休刊後に二コラ、ピチレモン、ラブベリー等で専属モデルを務めていたモデルの何名かはここの専属モデルを務めていた。
    • ラブベリーの存在が薄れていた。なので休刊も史実より早く、復刊すらされなかった。
    • 北川景子・榮倉奈々らもSEVENTEENではなくここからデビューしていたかもしれない。
    • その流れで卒業後に20代女性向けファッション誌であるCancamへ移籍するモデルが現れていた。
    • 史実でニコラに所属していた新垣結衣や川口春奈もここからデビューしていた可能性もある。
  6. 2010年以降はAKB48グループの子を積極的に登場させていた。
    • その分、グラビアには必要以上に力を入れることもなかったので現在でも女子に支持される路線を堅持していた。
    • 2015年頃からは乃木坂46メンバーも加わる。
    • プチセブン派とラブベリー派で二分し、派閥が別れていた。
    • ゆうちゃみが所属していた可能性もある。
  7. 時代の変化により、月刊誌に降格していた。
  8. 他のファッション誌と同様に付録を付けていた。

ペコちゃん

[編集 | ソースを編集]
  • 1961年〜63年頃に少年画報社から発行されていた幼児向け雑誌。マスコットキャラクターに不二家の「ペコちゃん」を起用していた。
  1. 2007年に発覚した不二家の賞味期限切れ原材料使用問題を機に、一時休刊に追い込まれる。
    • その半年〜1年くらい後に、実質的な復刊が行われていたかもしれない。
      • 但し、この時点で誌名変更かつペコちゃんの起用は廃止されていた可能性もある。
  1. 東野圭吾や米澤穂信、宮部みゆき、湊かなえあたりが連載を持っていた。

星の手帖

[編集 | ソースを編集]
  1. 編集委員のうち小尾信彌は2014年に、村山定男は2013年にそれぞれ亡くなったため、編集委員は少なくとも2人は交代する。
    • 小尾・村山ともに天文学者なので後任の編集委員も天文学者から選ばれる。
      • 1人は渡部潤一、もう1人は福江純・山岡均・鳴沢真也のうちのいずれかが編集委員に就任していた。
  2. 季刊ということもあって月刊天文雑誌では扱えないような専門性の高い記事も掲載されていた。

ま~わ行

[編集 | ソースを編集]
  1. その後も非ジャニーズ系統などを取り扱っており、ジャニーズ系統を取り扱う他誌とは一線を画していた。

メンズエッグ

[編集 | ソースを編集]
  1. ギャル男文化は衰退しなかった。
  2. いまでも渋谷は若者の街だった。
  3. スジ盛りがいまでもよく見かけられた。
  4. 日焼けサロンがいまでも人気だったかも。
  5. 渋谷109ー2はいまでもメンズファッションの聖地だった。

メンズスパイダー

[編集 | ソースを編集]
  1. V系バンドやV系文化がここまで下火になることはなかった。
  2. マルイワンがなくなることもなかった。
  3. ケラもまだ紙の雑誌として現役だった。
  4. SHOXXやキュアも廃刊にならなかった。
  5. 普通におしゃれな美容室やカフェ、ファッションビルなどの有線などでV系の曲が流れていた。
  6. ファッションビルがアニメビルに乗っ取られてしまうことはなかった。
  7. かつてストスナを行っていた宮下公園が行政に改悪されたあとは原宿でストスナを行っていたかもしれない。
  8. スジ盛りはまだ町中でよく見かけられた。
  9. TikTokのbgmでもV系の曲がよく使われていた。
  10. 男装モデルのルウトさんはメンズナックルに移動せず、いまでもメンズスパイダーで活動していた。

メンズナックル

[編集 | ソースを編集]
  1. 史実でも割りと最近まで発刊していたので、あまり変わらないかもしれない。
  2. もう少し活気があって広い販路で流通していれば、史実の末期のメンズナックルのようにホスト業界の内輪雑誌のようになってしまうことはなかった。
  3. むしろスポンサーや広告ページはちゃんと美容系や服屋で埋まり、ちゃんとファッション雑誌らしくなっていた。
  4. スジ盛りがいまでも人気だったかも。
  5. 若者は史実ほど大人しくなりすぎなかったかも。

小学館が発行していた幼児向け雑誌。1995年3月号をもって同じ幼児向け雑誌の「幼稚園」と統合する形で休刊。

  1. 2025年現在は「アンパンマン」「ドラえもん」「ポケモン」「パウ・パトロール」が4本柱となっていた。
  2. 藤子・F・不二雄氏逝去後、藤子プロによるドラえもんの新作カラーマンガが連載されていた。

ラジオパラダイス

[編集 | ソースを編集]
  1. アニラジの特集が組まれていた。
    • QRとかは特に。
  2. 2000年代以降はwebラジオの特集を中心に組まれていた。

ラブベリー

[編集 | ソースを編集]

2015年にムックという形で復刊しましたが、ここでは月刊誌として現在でも発売し続けていたらとします。

  1. AKB48の専属モデルのメンバーが増えていた。
    • 姉妹ユニットも松井珠理奈にとどまらず、SKEはもとより、NMB・HKTからも専属モデルのメンバーが登場していた。
    • しかし今までのラブベリーのモデルからはAKBに仕事を奪われたことで疎まれていただろう。
    • バランスをとるため、さまざまなアイドルグループから専属モデルを募っていた。
      • 例えば飯窪春菜がモーニング娘。に加入した縁で、ハロプロからの参加があったかもしれない。
  2. 今頃は乃木坂46のメンバーも専属モデルになっていただろう。
    • いや、むしろ乃木坂のメンバーは受け入れなかったかもしれない。その分、モデル進出する乃木坂に対抗する形でAKBメンバーに力を入れていた。
  3. AKB48のメンバーが専属モデルとする雑誌は休刊に追い込まれるジンクスができず、「Cawaii!」の二の舞になることはなかった。
    • 現在でもAKB48メンバーのモデル活動を躊躇することなく積極的に行われており、モデルの仕事が乃木坂46に奪われる事もなかった。
      • 1990年代後半以降生まれのメンバーはここのモデルを務めており、加藤玲奈、岡田奈々、宮脇咲良、吉田朱里などが専属モデルを務めていた。
        • AKB48の若手メンバーがラブベリーのモデルになったおかげで若手メンバーが伸び悩むことはなく、主要メンバーの平均年齢がインフレ化することもなかった。
    • よってAKB48はグラビアを主体とした路線に走ることはなかった。
    • AKB48は男性より女子中高生に支持される風潮が強まっていた。
      • 姉妹ユニットも女子中高生からの支持が高まっていた。