もしつくばエクスプレスが○○だったら
表示
→もしあの鉄道路線が開業していなかったら/関東#つくばエクスプレス
- 当初、つくばエクスプレスは国鉄常磐新線として計画されていたもの。
- もし当初の予定通り東日本旅客鉄道の路線として開業していた場合どうなったか。
| つくば | ||||
| つくば | ||||
| 西つくば | ||||
| Nishi-Tsukuba | Tsukuba | |||
- 路線名はJR筑波線またはつくば線。
- 開業時期が史実通りの場合だと別の名前になっていた気がする(例:○○つくばライン)。
- 逆に80年代にCD線として開業していれば筑波線となっていただろう。
- 開業時期が史実通りの場合だと別の名前になっていた気がする(例:○○つくばライン)。
- 「流山セントラルパーク」「流山おおたかの森」「柏の葉キャンパス」「柏たなか」「みらい平」「みどりの」のうち少なくともどれか1つはまともな駅名になっていた。
- 「柏たなか」はオール漢字。
- 「下総田中」のような気がするが「柏田中」も捨てがたい。
- 「研究学園」は「葛城」…と思いきや、「学園葛城」に。
- 北千住-中足立-北足立-八潮-南三郷-南流山-中流山-北流山-西柏-東柏-守谷-伊奈-南つくば-西つくば-つくばと殺風景な駅名になっていた。
- 六町と青井はそのままにしてあげようよ・・・
- 少なくとも北足立は埼玉の郡名なので使わないと思う。
- 中流山→新流山(中がつくJRの駅って中浦和以外あまり聞かない)、北流山→流山中央(公募で一番多かった)、西柏→若柴(西はさすがに無理がある)、東柏→柏田中(東はry)、南つくば→谷田部(高速のICはいまだにコレだし)、西つくば→万博記念公園(これはこのままでいいような)ぐらいでは。
- 地理オタとしてはつくばは将来の土浦延伸も考慮して「常陸桜」にしてもらいたいところ。
- 南三郷はすごい違和感あり。ちゃんと地図で場所を確認しましょう。(by三郷市南部住民)
- 「柏の葉キャンパス」は本庄早稲田駅のように「柏東大」駅。
- 「柏たなか」はオール漢字。
- 当然だが、例の都市名は誕生することはかったはず。
- それは合併予定だった3都市の一文字から取ったんじゃ?
- それはこじつけでしょう。
- それは合併予定だった3都市の一文字から取ったんじゃ?
- 南流山には快速が停車しない。
- さすがに武蔵浦和並の扱いはしてくれただろう。
- 車両はE231系&E531系。
- もう少し早かったらE217系&415系か?
- おそらくE217系ではなく209系ではないかと。もっと早ければ103系&415系。
- E501系がこちらに投入されていた。
- 常磐線特別快速はなかった
- おそらくE217系ではなく209系ではないかと。もっと早ければ103系&415系。
- もう少し早かったらE217系&415系か?
- 土浦までの延伸が具体化し、全線開通後は「ひたち」がこちらを走るようになる。
- 160Km/h運転も開始されていた。
- その代わり快速以下の列車の最高速度は守谷以南では110km/h、守谷以北でも120km/h。
- 現実の区間快速が「快速」になり、現実の快速に相当する列車は設定されない。よって、特急以外の北千住-つくば間の所要時分は「快速」で50分と現実の区間快速より遅くなる。当然守谷以北は各駅停車。
- 新快速ファンにつくばエクスプレスの存在で対抗することができなくなっていた。
- 現実の区間快速が「快速」になり、現実の快速に相当する列車は設定されない。よって、特急以外の北千住-つくば間の所要時分は「快速」で50分と現実の区間快速より遅くなる。当然守谷以北は各駅停車。
- その代わり快速以下の列車の最高速度は守谷以南では110km/h、守谷以北でも120km/h。
- その反面松戸停車の特急が無くなる。
- 常磐線土浦以南は特急待避が解消されるため普通列車の到達時分が全体的に短縮される。
- 常磐線特別快速も存在しない。
- 土浦に延伸してもやや遠回りから時短効果があまりない(160km/h運転ならせいぜい4分)、むしろ直線的なルートを取って石岡、水戸に向かう。
- 160Km/h運転も開始されていた。
- また東京にも早期延伸して、常磐方面のメインルートとなる。
- 駅トイレの設備レベルは現実より若干落ちていた。
- 駅のデザインや清潔さも史実より若干落ちていたかも。
- 北千住からの路線になっていた。
- 北千住以南は常磐線と同一のとこを走行し、この路線も上野始発になる。
- 線路容量が逼迫するため、上野-北千住間も複々線化される。
- 金杉通り直下の短絡ルートを取る、東北縦貫線と接続する。
- 線路容量が逼迫するため、上野-北千住間も複々線化される。
- あるいは常磐線快速も一部をこっちに乗り入れるようにし、上野東京ラインへは特急のみ直通。
- 北千住~八潮間は高架だった。
- 北千住以南は常磐線と同一のとこを走行し、この路線も上野始発になる。
- 現実世界ではJRはつくばエクスプレスに対抗するために、車両などを新型に改良を重ねてグレートアップをしているが、つくばエクスプレスがJRならば、常磐線は相変わらずの旧態依然の車両やダイヤのままである。
- でも新線用の車両の確保や両線での形式統一のために結局E531系は導入されていた。
- いずれにしろ関東鉄道高速バスは甚大な被害を被っていた。
- 南流山は高架駅となり、武蔵野線への連絡線路が建設されていた。
- 15両対応になっている。
- その分の土地が多く必要になるため、買収にさらに時間がかかり開業が遅れ…と思いきや、そこはJR東日本の財政で何とか遅れないように済ませる。
- 北千住駅は全ての路線が改札内乗換えが可能になっていた。
- 特急誘導が露骨になり、利用率が下がるかも・・・
- そのため現実の快速に相当する料金不要の速達列車は設定されず、都内からつくばへも「特急に乗れ」というのが露骨なダイヤになる。
- 史実の区間快速が「快速」としてラッシュ時15分ヘッド、日中30分ヘッドで運行されるが、最高速度は110km/h。
- 特急用の車両としてホームドア対応版のE653系(ドア位置が違っていた)が導入されていた。
- JR東日本はそこまで特急誘導体質じゃないだろ(地方交通線の優等列車ですら廃止もしくは快速に格下げするくらいだから)。
- そのため現実の快速に相当する料金不要の速達列車は設定されず、都内からつくばへも「特急に乗れ」というのが露骨なダイヤになる。
- 地上でも地下でも信号機が見える。
- 開業時からホームドアが整備されていた場合は、JR東日本在来線で最初のホームドア導入路線になっていた(史実では山手線が最初)。
- 運賃は史実よりお得。
- 18きっぷ、北東パスに対応していた。
- 大回り乗車のルートが増えていた。大晦日の最長大回りもさらにのびていたかも。
- 浅草駅の駅名は「新浅草」もしくは「西浅草」になっていた。
- 常磐線がJR西日本管轄だった場合、それと同じ理屈で西日本の管轄になる。
- この場合、運行上の都合から起点側は東京駅、終点側は土浦まで開業させていた。
- よって東京駅は東日本、東海、西日本の3社が乗り入れる駅になっていた。
- この場合、運行上の都合から起点側は東京駅、終点側は土浦まで開業させていた。
- 路線名は「つくば線」。
- 新快速をこちらにも運行させる。
- 使用車両は521系で史実とは違って50Hzや130km/h運転に対応していた。
- 上記の常磐線がJR西日本管轄だった場合、常磐線と共通で521系が導入されていた。
- むしろ321系の交直流版の523系だろう。
- 常磐線が史実通りJR東日本の管轄なら西日本とは険悪な関係になっていた。
- JR西日本東京支社が発足していた。
- おおさか東線と変わらない雰囲気になっている。
- 浅草駅は「JR浅草」として開業。
- 意外にも東京メトロ線として開業していたら
| 南千住 Minami-senju |
|
北千住 Kita-senju |
青井 Aoi |
→ | ||
| ||||||
- 名前が『学園都市線』になっていた。
- なのでこういう人達がやってくる。
- いや、路線名が被っている程度なら結局立川に行っていると思うぞ。
- 路線記号はGakuen-toshiの「K」か。
- Tsukubaの「K」でもある。(「U」はゆりかもめが使用)
- なのでこういう人達がやってくる。
- 運賃上限が360円になっていた。
- 新宿方面に延びていたかもしれない。
- 終点は日比谷線寄りに出来ていた。
- 少なくとも二つの駅を連絡する地下通路位は出来ていた。
- 東京地下鉄がはるばるつくばまで延伸したことを理由として、鳩ヶ谷市民などは埼玉高速鉄道の東京地下鉄の南北線への移管を求める。
- 同じく八千代市民などが東葉高速線の東西線編入を求める。
- 順当に考えると八潮以東は別会社になっているはず。
- 浅草駅は田原町駅になっていた。
- 勿論銀座線とは改札内で乗り換え可能。
- 「10000系」を名乗る車両はここに導入される。副都心線用の新車は別の形式名を名乗るか、07系の続番となる。
- 副作用として東西線のATCがさらにパワーアップ。
- 関東鉄道は16番目の大手私鉄となっていた。
- 常総線は全線が交流電化され、下館・水海道~秋葉原間に直通電車が運行されていた。
- 水海道以南は変電所多数設置方式による直流電化でいいかも。
- 石岡まで延伸して鹿島鉄道と接続する計画が具体化する。
- 旧筑波駅にも延伸。
- 寧ろ、旧筑波町まで延伸され、筑波鉄道(旧関東鉄道筑波線)の筑波駅がそのまま「筑波駅」を称している。
- そのまま岩瀬→水戸へ延伸。
- 鹿島鉄道も元は関東鉄道の路線だから、関鉄鹿島線になっていたかも。
- 筑波鉄道、鹿島鉄道は関鉄のまま。
- さらに茨城空港まで乗り入れていた。
- 水戸電気鉄道があったら最終的に水戸まで延伸していた。
- 「つくば」号は廃止される。
- 関東鉄道が茨城南部鉄道(笑)となることもない。
| あさくさ | |||
| 新御徒町 | 浅草 | ○ | 南千住 |
| Shin-Okachimachi | Asakusa | Minami-Senju | |
- もちろん1435mm軌間となっていた。
- 特に守谷以北は新幹線関連以外では唯一の交流電化による標準軌路線となっていた。
- 秋葉原~つくば間に有料特急「つくばライナー」が運行されている。
- 京成筑波線という名称になっていた。
- 北千住付近に京成本線との渡り線が作られ、秋葉原発着の「スカイライナー」や筑波線からの京成上野行きが走るようになる。
- 一部、つくば発成田空港行きのスカイライナーも設定される。
- 戦前の計画を復活させるべく筑波山口までの延伸を企てる。
- 浅草駅には社名が冠せられる。
- 京成上野などと同様、旅客案内上は「浅草」。
- 都営浅草線の「浅草」と間違える人が続出。
- 乗客の間違えを続出しないために駅名は「浅草」⇒「浅草六区」or「浅草公園六区」に正式決定すると思う。
- 都営浅草線の「浅草」と間違える人が続出。
- 京成上野などと同様、旅客案内上は「浅草」。
| みなみながれやま 南流山 | ||||
| みさとちゅうおう | ← | Minami-Nagareyama | → | ながれやましんしがいち |
| 三郷中央 Misato-chūō |
流山中央公園 Nagareyama-chūō-kōen | |||
- 西武筑波線という名称になっていた。
- 西武多摩川線と同じく飛び地になる。
- 甲種回送は武蔵野・常磐線経由で行われた。
- または西武新宿・池袋方面に延長されたか、大手町延長で東西線に乗り入れし、新宿線と連絡したか。
- 西武多摩川線と同様、「東急西武線まるごときっぷ」で乗れるのにそこまでの交通費を負担する必要がある路線になっている。
- 秋葉原~つくば間に有料特急「つくば」が運行されている。
- 同区間には「筑波快速」も運行する。
- 30000系はこの路線に集中して投入された。
- つくば駅の近くに在る西武百貨店は閉店されない。
- つくば駅のホテルはJALホテルではなくプリンスホテルになっていた。
| きたせんじゅ | |||||
| 北千住 Kita-Senju | |||||
| ● | |||||
| うしだ Ushida |
(東京都足立区) | あおい Aoi | |||
- 東武筑波線という名称になっていた。
- 現実の路線名は愛称として使用。
- 旧型車の墓場になっているのは言うまでもない。
- 50000系も一応投入されている。
- 気象庁地磁気観測所があるので、守谷以北は50000系の交流バージョンが造られていた。
- 速達性が売りの路線なので仕方なく専用車両で統一していた。そしてこの車両が60000系を名乗っていた。
- 気象庁地磁気観測所があるので、守谷以北は50000系の交流バージョンが造られていた。
- 50000系も一応投入されている。
- 秋葉原~つくば間に「TBライナー」が運行されている。車両は50090系の交直流版。
- 停車駅は北千住・守谷以東の各駅で、下りは守谷以東では料金不要で乗車可能。
- 本社からは東上線並みに扱われている。
- 伊勢崎線と繋がっているからそれよりはマシになるかと。
- 北千住からの路線になっていた。
- 北千住から伊勢崎線に直通。
- 秋葉原までの路線をみすみす見逃す訳には行かないので、押上への線増も兼ねて建設し秋葉原と押上の間に蔵前を設置していた。この場合、北千住~牛田間で伊筑入れ替えを行っていた。
- 北千住から伊勢崎線に直通。
- 筑波高速度電気鉄道の買収を断った過去はとりあえず忘れる。
- 筑波方面へのリベンジと自社路線による山手線直結の悲願達成という面があった。
- 守谷以北、日中はワンマンの短編成。8000・800系交流バージョンの誕生。
- もちろん1435mm軌間となっていた。
- 浅草から都営線乗り入れで直通の特急が羽田空港や三崎口まで走っていた。
- なので南千住は経由せず、浅草から隅田川沿いを北上し、北千住につながっていた。
- あるいは京急単独で直接品川まで伸ばそうと画策するが、難航。そのため浅草新線を活用し、新線東京から乗り入れさせたかも。
- 北千住などでは京急EXインを出店させていたかも。
- 綾瀬支線を使って八潮延伸した上でTX直通していた。
- 千代田線車両は走るんですでなくA-TRAINものに変わっていた。
- ロマンスカーを直通を実現させ160km/h運転を真似ようとした。
- ATC入れた上で田園都市線とTX直通を行っていた。
- つくば駅の百貨店は東急百貨店でハンズも出店していた。
- 電車の横脇にあの東急マークがつく。
- 守谷以降つくば迄東急不動産による大規模な宅地開発が行われていた。
- 筑波京成ホテルを買い取り東急ハーベストクラブによるリゾート開発が行われていた。
つくばエクスプレスの駅名の多くは既存の町名を無視していますが、では地元の町名が積極的に使用されていたら?
- つくばエクスプレスの駅名が批判されることはなかった。
- 多くの場合、仮駅名が採用される。
- みらい平→伊奈谷和原
- みどりの→萱丸
- 万博記念公園→島名
- 研究学園→葛城
- しかし地名研究家から三郷中央や八潮もクレームが付く(これらの駅名は合成地名なため)。
- 八潮→大瀬
- 三郷中央→谷中
- なんの躊躇いもなくつくば駅は筑波駅になる。
- 「筑波駅」は筑波鉄道の駅で、筑波山のすぐ麓だろ。
- 現在のつくば駅が旧桜村であろうと、史実通り筑波鉄道が廃止されているなら二代目筑波駅を名乗っていてもおかしくはないんだが。
- 「筑波駅」は筑波鉄道の駅で、筑波山のすぐ麓だろ。
- 最終的に駅名はこうなる。
- 秋葉原ー元浅草ー浅草六区ー南千住ー北千住-六町-青井-大瀬-谷中-南流山-前平井-西初石-若柴-小青田-守谷-東楢戸-萱丸-島名-葛城-筑波
- 「筑波」じゃなくて、「桜」か「竹園」になる。
- 「元浅草」も地名研究家から「元」の冠名称を付けるほど「浅草」の地に無いとクレームが来てる町名なので、都電時代の「竹町(たけちょう)」が無難だと思う。
- 「谷中」は台東区の地名に在るので「三郷谷中」が駅名として無難だと感じる。
- 「元浅草」も地名研究家から「元」の冠名称を付けるほど「浅草」の地に無いとクレームが来てる町名なので、都電時代の「竹町(たけちょう)」が無難だと思う。
- 「筑波」じゃなくて、「桜」か「竹園」になる。
- 秋葉原ー元浅草ー浅草六区ー南千住ー北千住-六町-青井-大瀬-谷中-南流山-前平井-西初石-若柴-小青田-守谷-東楢戸-萱丸-島名-葛城-筑波
- 史実のつくばエクスプレスは旧桜村(つくば市研究学園地区)で尻切れトンボになっていますが、旧筑波町(つくば市筑波山麓地区)まで延伸されていたら。
- 旧筑波鉄道の筑波駅が、そのまま「筑波駅」になっていた。
- 平仮名の「つくば駅」は存在せず、「桜駅」か「竹園駅」になっていた。
- 桜駅(or竹園駅)と筑波駅の間の駅として、天久保駅と大穂駅が追加される。
- 筑波大学の最寄り駅は天久保駅となる。
- 史実のTXの駅名の付け方を考えると、桜or竹園は仮称で、開業後に正式駅名として「学園中央」か「つくばセンター」が採用されるのが自然だと思う。
- 桜駅(or竹園駅)と筑波駅の間の駅として、天久保駅と大穂駅が追加される。
- 平仮名の「つくば駅」は存在せず、「桜駅」か「竹園駅」になっていた。
- 旧筑波町への冷遇に、歯止めがかかっていた。
- 筑波駅付近が、筑波登山の拠点として活気を取り戻していた。
- 高速バスは、つくばセンタービル(旧桜村)じゃなくて、筑波駅(旧筑波町)まで乗り入れする路線が多数になっている。
- 旧真壁町もTXが近くにあることでつくば志向が高まっていたため、つくば市に編入されていたかもしれない。無論真壁~筑波のバスも(筑波鉄道が存続していたとしても)通年運行。
- 筑波~真壁~岩瀬のバスも存在し、桜川市はバスの(ほとんど)ない市にならなかった。
- 史実通り筑波鉄道が廃止されていたら、終点はバスターミナル(旧筑波駅)の名を流用して「筑波山口」になっているはず。
- 天久保の繁華街も史実より栄えていただろう。
- つくば東京間の高速バスは史実より減便するかもしれないが、なくなりはしない。並木大橋付近などの需要があるから。
韓国の空港鉄道(A'rex)や盆唐線のように、地下区間も交流電化だったら…
- トンネルの断面を大きくする必要があるため、秋葉原駅がさらに深くなる。
- 日本一深い駅の座を大江戸線六本木駅から奪ってしまうかもしれない。
- 最初から10両対応及びメトロと小田急の直通機器を用意していた。
- TX-1000系が10両編成且つ千代田線や小田急線直通をベースにしていた。
- ホームも守谷駅までは10両対応となり、小田急やメトロも守谷駅まで乗り入れていた。
- 下手すれば開業前に16000系列の置き換えが行われていたかも。
- ただ、営団時代新造だったら06系にしていた可能性も。
- 東京延伸がなくなる代わりに秋葉原駅⇔都営新宿線岩本町駅間の連絡通路が新設された。
- 交流区間は最初から8両編成として運行されていた。
- 千代田線が直通するので北千住駅では列車によって混雑の差が激しい減少はなくなった。
- 北綾瀬支線はTX直通に併せて八潮駅延伸工事を行いながら10両対応進めた。
- それに合わせて16000系の導入も早まった可能性も。
- 8両化延伸工事はないか、交流区間に限定されていた。
- 千代田線の北綾瀬駅が00年代前半で廃止され、TX~小田急の直通が現実化されていた。
- 小田急車はJRは通勤車のみ。TXは通勤車とロマンスカー乗り入れをしていた。
- ロマンスカーはMSEでなく交流区間対応の電源コンセント設置の車両を導入していた可能性も。
- 千代田線が線路容量の都合から複複線化していたかもしれない。その場合、常磐線は実質的に三複線化。
- その場合、利用者数の少ない千駄木、根津、湯島は快速通過になり、北千住ー東京間の速達化が行われただろう。
- 新御茶ノ水駅の乗り換え利便性強化が行われ、御茶ノ水駅の存在感が増していた。
- 日大理工学部を船橋に統合してもらって再開発?
| 06 | 金町 | 05 | たかさご 高砂 |
04 | 西小岩 | → |
| Kanamachi | Nishi-Koiwa | |||||
| Takasago | ||||||
つくばエクスプレスの原計画である第二常磐線計画では、北千住経由案のほか、新金線経由案も存在した。この案は深川扇橋(史実の半蔵門線清澄白河~住吉の中間)から東へ進み、越中島支線へ接続。総武線・新金線を経由して金町・松戸へ進み、松戸駅から先は新線を建設して南流山へ至るという案で、北千住案に比べ建設費が安くなるというメリットがあった。しかし常磐線の混雑がそこまで緩和されないこと、総武線の混雑悪化を招くことなどが予想されたため廃案となり北千住案が採用されたが、もし北千住案ではなく新金線案が採用されていたら……?
- 半蔵門線とTXが相互乗り入れをしていた。
- メトロ経由で東急もTXに乗り入れていた。
- 半蔵門線は押上へ行かず、代わりに有楽町線が押上経由で伊勢崎線に乗り入れていた。
- 有楽町線との交差地点(江東区扇橋付近)に「深川扇橋駅」が設置されていた。
- 半蔵門線は松戸延伸を一応達成していた。
- 清澄白河か亀戸がメトロとTXの境界駅になっていた。
- メトロと東急の交直流電車が爆誕していた。
- 「アキバエクスプレス」と呼ばれることもなかった。
- 少なくともTXの半蔵門線直通用車両は10両編成になっていた。
- 清澄白河-深川扇橋-小名木川-西大島-亀戸-平井-新小岩-西小岩-高砂-金町-松戸-新馬橋-南流山 という感じになっていた。
- 160km/h運転開始は開業当初から開始されているか、検討段階の史実よりも早く実施されていた。
- 上の京成運営のケースと同様にどこかで京成線か北総鉄道への連絡線も建設され、成田空港方面への列車も運転される。「常磐新幹線(成田新幹線との統合ルート案)が実現した」と評されるかもしれない。