コンテンツにスキップ

もし中国自動車道が建設されていなかったら

中国自動車道

[編集 | ソースを編集]
  1. 山陽自動車道は1980年代にとっくに全通していた。
    • 山陽道は現実の中国道のようなクネクネした道となる。
    • 山陽道の起点は西宮ICになっていた。
      • 西宮ICで名神高速道路と接続。
      • IC番号とキロポストは東京ICからの通し。
        • その場合、山陽自動車道が中国自動車道となり、「中国自動車道が建設されていなかったら」から逸れてしまうと思いますが…
      • あるいは舞鶴若狭自動車道と新名神高速道路のJCTは西宮北ICの位置になっていた。
      • 吹田JCT-吉川は舞鶴若狭道になっていた。
    • 東北における東北道、九州における九州道のように、山陽道が史実以上に中国地方の大動脈とし見られるようになる。そのため現山陽道のルートが若干内陸寄りになってたり、東北道の安代JCT以北や九州道の八代JCT以南のように並行する国道や鉄道から大きく外れる区間が出来てたかもしれない。
      • 岡山〜福山が井原経由になり、山口県区間が史実の中国道に近いルートになっていた。広島高速が史実より早く建設されており、広島岩国道路は広島高速と一体の自動車専用道路として機能していた。岡山〜福山についても岡山バイパス等が都市高速規格で建設され、北に逸れた高速道路と両端で接続していたかもしれない。
  2. 中国山地の過疎化がより深刻なものに。
    • 津山市は現実より寂れた街に。
    • B'zの稲葉が故郷の寂れっぷりを歌詞にして嘆く。
      • ただ、岡山自動車道が津山郊外の院庄を経由する場合は寂れてないかも・・。。
    • 限界集落と消滅集落がいっぱい…。
    • ただ陰陽連絡路線はいくつかあっただろうし、米子自動車道が高梁・新見経由、鳥取自動車道が津山・智頭経由、松江自動車道が三次・庄原経由といった感じで中国山地の主要都市には無理やりにでも高速道路が通っていたのでは?
    • 高速道路を通してもらえない庄原はなおさら
    • さらに小規模な市町村では、戸河内町や筒賀村(いずれも現安芸太田町)もアウト
      • かえって広電バスの高速三段峡線が運行できないから、可部線の非電化区間も生き残ったかもしれない
      • そもそも史実の安芸太田町にICが設置されないから、平成の大合併の際に千代田ICすがりで山県郡で1つの自治体「山県町」になっていたかもしれない
      • 史実の吉賀町にも六日市ICが設置されないから、平成の大合併の際に鹿足郡で1つの自治体「津和野町」になっていたかもしれない
    • 広益線は山陽自動車道岩国IC経由のまま。戸河内ICがないため、新広益線なんてできなかった
  3. 山陰自動車道も鳥取から出雲まで完成。
    • 山陰へのアクセスのため、神戸~佐用間のみについては造られる。
      • 但し中国自動車道ではなく山陰(もしくは鳥取)自動車道としての建設。
    • 鳥取自動車道も完成。
    • 鳥取空港はなかったかもしれない・・。
      • 仮に鳥取空港があったとしても鳥取-松江間の中間辺りにある赤碕辺りにあったかもしれない。
    • ただしJH→NEXCOの道路として作られるので、インターチェンジ数は圧倒的に少なくなるはず。鳥取-浜村ーはわいー東伯ー名和-米子-安来-松江-宍道-出雲といった具合か。
  4. 2005年台風14号で山陽道が崩落・通行止になった際、迂回路がないため、国道2号がひどい渋滞に。
  5. 平成大合併以前は山口市に高速道路がなかったかもしれない。
    • 国道9号やJR山口線みたいに、小郡から山口・阿東・津和野を通って益田で山陰道に接続する道路を造ればOK。(この場合、浜田自動車道はなかったかも)
    • 史実の山陽道でも山口南IC付近で旧山口市を通っている。
  6. 岡山空港へのアクセスとして岡山道と米子自動車道が完成。
    • ただ、岡山道は現実とは違って、智頭から院庄辺りを通って岡山に至るルート。
    • 米子道も院庄辺りで合流。
    • 岡山空港のジェット化に伴う移転も'70年代に行われているはず。
  7. 姫新線、芸備線はどうなっていたかは不明・・。
    • 過疎化でますます酷くなるか、高速道路と競合しないことから却って良くなるか。
    • 中国道がなければ逆に陰陽連絡の高速道路が史実より速いペースで建設されるので結局同じだろう。
  8. 智頭急行は現実とは違って電化された国鉄→JR智頭線として開業していたかも・・。
    • その際、因美線智頭-鳥取間と山陰線鳥取以西は電化される。
    • 可部線の三段峡-浜田も予定通り建設され、広浜線として開通している。岩日線も岩国-日原の全区間が開通している。勿論両線とも新幹線連絡の特急も運転されている。
      • 「山陰線鳥取-伯耆大山間電化」の事か。
    • 少なくとも国鉄再建法で建設が凍結されるということはなかった。当時の建設工事凍結基準の輸送密度を軽くクリアしていたのは間違いない。
    • 伯備線の電化時期は山陽新幹線全通と同時でなくとも史実より早かった。
  9. 中国ハイウェイバスは誕生しても、加西・津山系統のみ。
    • そもそも中国ハイウェイバスという名称ではなく、単なる高速バス路線の一つであった。当然一般的な高速バス同様、エリア間はクローズドアによるノンストップ運行に近いものになる。
  10. 山陰自動車道と鳥取自動車道が完成するので、山陰方面の高速バスが早い時期から充実。
    • もちろん鉄道路線と競合している。
  11. 関空の計画にも影響を与えていた。
    • 神戸沖辺りに作られている。
      • 或いは播磨灘辺り。
  12. 大阪から津山へは岡山駅での新幹線乗り継ぎがメインとなっていた。
  13. 国鉄北条線は三セク化されなかった。
    • 現在は電化され、加古川~北条町間の直通電車が運行されている。
    • 逆に神戸電鉄粟生線は1980年代の内から利用客が減少していた。
    • 加古川線(全線)の電化が1980年頃に実現したかも、当初は網干区の113系を使用。
      • 加古川線直通の新快速も運転されていた。付属編成の4連が加古川線に乗り入れ、加古川線内も快速運転していた。
    • 加古川線が非電化の時代は大阪発着の気動車急行(大阪-加古川は「但馬」などに併結)も運行されていた。
  14. 「吉川」を「よかわ」と読める人は現実よりも少なかった。
  15. 「東条湖ランド」(現:東条湖おもちゃ王国)は建設されなかった。
  16. 尾道松江自動車道も2000年代に完成していた
    • おそらく時期的に新直轄ではなく道路公団→NEXCO西日本として運営
    • 多くの需要を見込んで最初から4車線で開通していたかも
    • 三次ICが存在しないので、史実の三次東ICが三次ICと名乗ることになる
    • 広電バス広島-三次線は広島IC-山陽自動車道-尾道JCT-尾道松江自動車道-三次IC経由の運行となっていた
      • 備北交通高速バスも広島IC-山陽自動車道-尾道JCT-尾道松江自動車道-三次IC経由の運行で、庄原・東城発着便は三次市街地を通らなかった
      • 庄原市に高速道路がないため、東城発着の備北交通高速バスも西城経由の一般道経由として運行していた
    • もちろん広島-米子、松江、出雲線も広島IC-山陽自動車道-尾道JCT-尾道松江自動車道-宍道JCT-山陰自動車道経由の運行となっていた
  17. 浜田自動車道の開通は2010年代以降の開通となった
    • 需要が見込めないので新直轄&暫定2車線
    • 山陽自動車道の広島JCTから分岐するので、史実の広島自動車道も浜田自動車道と名乗ることに
      • 史実では広島県北や山陰地方とのアクセス向上のために西風新都ICを設置したが、浜田しか行けない浜田自動車道には西風新都ICを設置しなかった
        • つまり高速いさりび号は高速4号五日市IC経由での運行
          • 2010年代初頭まで広浜線は一般道運行であったから、青い暴走族の名は近年まで語り継がれていた
            • さすがに広島島根県境の三坂峠だけは有料道路として先行してバイパス開業
        • 新広浜線も近年まで加計・金城経由で残っていた(全部一般道)
          • 加計町(現安芸太田町)の人口減少も抑えられたかもしれない
      • 千代田ICも浜田自動車道上に設置。北広島町役場も場所が異なるかもしれない
  18. 山口県内の山陽自動車道がもう少し海側を走っていた
    • 史実の小郡道路や山口宇部道路が山陽自動車道になっていた
  19. 閑散区間である広島北JCT-山口JCT間の4車線化拡幅は行われなかった(そもそも存在していないし)
  20. 播磨自動車道や鳥取自動車道が山陰自動車道の一部を形成した
    • もちろん道路公団→NEXCO西日本による4車線の高速道路
    • だが山陽自動車道の兵庫県区間の混雑が激しくなるので、新名神、新東名に次ぐ新山陽自動車道が中国自動車道に似たルートで建設される(ただし兵庫県内のみ)
      • 単に新名神が姫路辺りまで来るだけと思われるが
  21. 山陽自動車道から広島岩国道路に直通とかいうややこしいことにはならなかった
  22. 山陰自動車道は2000年代までに小月JCTまで全通した
    • さすがにご時世により一部暫定2車線だったとは思うが
      • 出雲以西は暫定2車線区間が残っていたと思われるが出雲以東は全線4車線で開通
  23. 山陽道の全線開通が史実より早かったため、瀬戸内海の長距離フェリー(特に阪神-北九州間の航路)は史実以上に大きな影響を被っていた。
  24. 中国道と山陽道は中央道と東名の西日本版扱いされることがあるが、中国道が建設されずに山陰道が山陰近畿道と併せて史実通りのルートだった場合、山陽道と山陰道・山陰近畿道は東名・名神と北陸道の西日本版として見られていた。
  25. 魔のカーブが存在しないので桜塚やっくんが…。

インターチェンジ案

[編集 | ソースを編集]
  1. A案
    • 枝番でないものには○をつけておきます
    • 名神延伸区間(当初計画通り)
      • ○西宮ー西宮JCT(舞鶴若狭道)ー芦屋IC/PAー○神戸
    • 神戸ー岡山
      • ○神戸ー神戸中央SICー○神戸西ー垂水JCTー舞子SICー○玉津明石ー明石SAー明石西SICー○加古川ー神吉PAー高砂ー姫路JCTー○姫路ー夢前川PA/SICー○太子ー龍野ー相生SA/SICー○赤穂ー日生PAー○片上ー香登PAー長船ー岡山西大寺SICー○岡山
    • 岡山ー広島北
      • ○岡山ー吉備SA/SICー岡山西ー岡山JCTー倉敷JCTー○倉敷ー水江PA/SICー○玉島ー鴨方ー小坂PAー○笠岡ー坪生SA/SICー○福山ー赤坂PA/SICー福山西ー○尾道ー尾道JCTー深町PAー○三原ー竜王山PA/SICー本郷ー○河内ー入野SAー高屋IC/JCTー高屋PAー○西条ー八本松SICー志和ー奥屋PAー○広島東ー○広島北
    • 広島北ー下関
      • ○広島北ー沼田PA/SICー広島JCTー広島五日市ー宮島SA/SICー○廿日市ー大野PA/SICー○大竹ー○岩国IC/PAー欽明路PAー○玖珂ー高水PAー○熊毛ー下松SA/SICー○徳山ー新南陽SICー福川PAー徳山西ー富海PAー○防府ー佐波川PAー山口JCTー○小郡ー嘉川ー周防灘SAー○宇部ー上宇部PAー○小野田ー厚狭PA/SICー下関JCTー○小月ー王司PAー○下関
    • 下関ー福岡
      • ○下関ー壇ノ浦SA(下)ー(関門橋)ー和布刈SA(上)ー門司港SICー○門司ー新門司ー吉志PAー○小倉東ー北九州JCTー○小倉西ー山路PA/SICー○八幡ー中間直方ー鞍手IC/PAー宮田SICー若宮ー福間SAー○古賀ー○古賀JCT(九州道)ー○福岡
        • 国道1号京都バイパスが名神高速に流用されたように、北九州市内は北九州道路(現北九州高速4号線)を流用しています