もし大阪万博のパビリオンが現存していたら
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エキスポタワー[編集 | ソースを編集]
お祭り広場の大屋根[編集 | ソースを編集]
- 今でも太陽の塔の全体像を一枚に収める事は出来ない。
- その姿が京阪萱島駅のクスノキと似てると言われていた。
- 残っていたとしても規模は半分くらいに縮小されている。
- 屋根の下を史実通り緑地?にする訳にもいかないだろうから、この部分だけは万博開催時の構造物が残されていた。
- 但し「お祭り広場」の名前がそのまま残っていたかは微妙。場合によっては公園の名前に合わせて「万博記念広場」や「EXPO'70広場」辺りにに改名されていたかもしれない。
- 映画やテレビドラマなどで大阪万博のシーンを撮影する際に重宝された。
- 実写版「20世紀少年」でもロケが行われた。
- 太陽の塔内部の再公開がもっと早い時期に実現していた。
- もしかしたら青春の塔・母の塔も現地で残っていた。
- テーマ館の地下展示室も埋められず「地底の太陽」が行方不明になることもなかった。
- 2025年の大阪・関西万博における大屋根リングも早期に完全保存が決まっていた。
アメリカ館[編集 | ソースを編集]
- 「月の石」が恒常展示されるようなことがあれば意外と有り得たかもしれない。
- 構造上東京ドームと比較されることが多いような気がする。
- 「旧アメリカ館は東京ドーム何個分の大きさか?」と言ったクイズが出題されていた。
- 流石に(史実の)大阪ドーム竣工まで「大阪ドーム」と呼ばれるようなことはないはず。
- 「プロジェクトX」の東京ドームの回で言及されていたように他の目的に転用されていても不思議ではない。
- 史実では建築基準法か消防法に引っかかって再使用できなかったため法の網を潜り抜けるのに苦戦していたはず。
古河パビリオン[編集 | ソースを編集]
- 東大寺七重塔を再現したパビリオンだった。
- 史実でも計画があったように、一部設計を変更した上で東大寺に移築されていた。
- おそらくエレベーターは撤去されている。
- 奈良の大仏と七重塔をセットで巡るプランも当たり前のように組まれていた。
- 名前が縁で茨城県古河市に移築されたりして。
- 万博記念公園に残っていた場合は別の宗教法人に落札されていた可能性も否定できない。
日本館[編集 | ソースを編集]
- 当時の一部ガイドブックに永久保存される旨の解説があった。
- 74年の中華人民共和国博覧会など各種イベントの会場として使われていた。
- 代わりにエキスポタワーあたりが史実より早く解体されていた。
- 鉄鋼館ではなくこちらがEXPO'70パビリオンになっていたかもしれない。
- この場合鉄鋼館は予定通り国立産業技術史博物館になれていた・・・と思いたい。
- 同感です。
- この場合鉄鋼館は予定通り国立産業技術史博物館になれていた・・・と思いたい。
- 万博当時は真っ白だった外壁がとんでもない色に塗り替えられた恐れもある。
フジパンロボット館[編集 | ソースを編集]
- 万博後は後に愛・地球博の会場になる愛知青少年公園に移築されたが1993年解体。
- 愛・地球博でもパビリオンとして使われた。
- 環境保護を訴えた同博覧会にふさわしい再利用パビリオンとして注目を集めた。
- 大阪万博でこのパビリオンをプロデュースした手塚治虫の息子である手塚眞がプロデュースを担当していた。
- 現在では博覧会ファンにとって日本最強クラスの聖地になっている。
ガスパビリオン[編集 | ソースを編集]
- その外観から、ドラゴンクエストのスライムと似てると言われていた。
- ドラクエ関連のイベントで青色に化粧直しされたりして。
- 淡路島の「ニジゲンノモリ」に移築されていたかも。
- 館内にあったガスによる焼却を使って洗浄するタイプのトイレはさすがになくなっていた。
オーストラリア館[編集 | ソースを編集]
- 三重県四日市市に移築されるも2014年に解体された。
- 築50年を迎えた時点で改修工事が行われていた。
- その特異な外観から万博マニアにとっては最高クラスの聖地となっている。
- 2025年の大阪・関西万博の際にはここで何らかのイベントが行われていた。
- 国の登録有形文化財に指定されていたかもしれない。