もし琵琶湖が○○だったら

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別の場所にあったら[編集 | ソースを編集]

十和田湖付近[編集 | ソースを編集]

十和田湖の位置に
  1. 現実の十和田湖問題よりも激しいことに。
    • 岩手まで参入してきた。
  2. 大雨で琵琶湖の水が溢れて青森市水没。
  3. 米代川の水源になっていた。
  4. 琵琶湖は小さいというイメージを持たれる。

猪苗代湖付近[編集 | ソースを編集]

浜通りまで影響はない
  1. DASH村は福島になかった。
    • 村長は淀川を伝って海へ。
      • 淀川(流出する川)はどこ方面に流れるのだろう。形状を考えれば栃木方面(→鬼怒川?)となるのだろうが…
    • 企画自体なかったかも。
  2. 会津が調子に乗る。
    • かわいそうな山口。
      • 同感です・・・。
  3. 会津と中通りの陸上交通は現実よりかなり不便。
    • 場合によっては別の県になっていた。
  4. 鬼怒川が利根川の本系になり、琵琶湖が水源になっていた。

霞ヶ浦付近[編集 | ソースを編集]

  1. 印旛沼・手賀沼・霞ヶ浦が飲み込まれる。
  2. 成田線我孫子支線はない。
  3. 利根川の一部になっている。

東京[編集 | ソースを編集]

東村山~庭先ゃ琵琶~湖~♪
  1. あっというまに埋め立てられて、地下鉄網が走る。
    • チチカカ湖と同じ運命をたどる。
      • チチカカ湖じゃなくてテスココ湖なのでは?
        • 同じ日本国内ということで巨椋池でもいいかと。
          • 水不足不可避。
    • 埋め立てたあとはなにもない平野になるので、開拓がしやすくなった。
    • 琵琶湖けっこう深いよ。
  2. 東村山音頭に登場。
  3. ヒートアイランド現象は緩和されている。そのかわり湿度激高。
    • 摩天楼を多い尽くす霧が名物になっている。
    • 羽田空港の運用にも悪影響を及ぼしている。
  4. 玉川上水はなかった。
    • なので東京都の範囲は23区だけに。
  5. 霞ケ浦の存在感が無かった。

富士山麓[編集 | ソースを編集]

高いぞ富士山、でかいぞ琵琶湖
  1. ダイナミックな逆さ富士で観光名所に。
  2. 富士を見ながら釣りが流行る。
  3. 山梨は湖をもらい、静岡は山をもらう。全て解決。
  4. 現実の富士五湖の影が薄くなる。
    • つーか無いだろ。あと忍野八海も。
  5. 甲斐が分断される。
    • 湖東は駿河と統合。
  6. 地元の伝承では「琵琶湖→ダイダラボッチが掘った大穴、富士山→すぐ側の残土を積み上げたところ」ということになっている。

伊賀盆地[編集 | ソースを編集]

数百万年前と同じ状態

  1. 三重県は、史実以上に関西との交流がなかったため、文句なしで中部・東海地方として認識されていた。
  2. 湖水は名張川→木津川→淀川となって大阪湾へ注ぐため、近畿のみずがめの機能はどっちにしろ同じだった。
    • 宇治川ではなく木津川が淀川の本流ということになっていた。
  3. 東海道は、最初から名神高速と同じ関ヶ原ルートであった。
  4. 琵琶湖疎水は滋賀県民のために旧阿山町~旧甲南町付近で建設され水口から野洲川に水を流し近江盆地を潤していた。
    • 更に、木津付近で奈良市内へ流れる疎水も建設されていた。
  5. 伊賀忍者は存在しないが、代わりに伊賀水軍が存在した。
    • もし万が一伊賀忍者がいたとしても、水遁の術だけに強いという忍者だらけになっていたと思われる。
  6. 神君伊賀越は陸路が存在し得なかったため、当然できず、徳川家康は本能寺の変後、明智方に殺されていた。
    • なので、伊賀越味噌や醤油は存在していない。
  7. 名阪国道は存在しなかった。
    • なので、シャープの工場も亀山や天理ではなく栗東あたりに造られていた。
    • その分名神高速道路に集中することから、新名神高速道路は昭和のうちに開通していた。
  8. 近鉄大阪線は榛原までしかなかった。
    • 当然近鉄が伊勢志摩方面でリゾート開発することがなく、鳥羽以南は寂れた(でも風情ある)漁師町だけの素朴なエリアだった。
    • あるいは榛原から伊勢奥津に向かい、現実のJR名松線と同じルートで松阪に向かっていた。
      • その場合、近鉄は万年今以上の大赤字で下手すりゃ経営破綻という状態に追い込まれていた。
      • 名張市ではなく大宇陀あたりが新興住宅地として発展していた。この場合宇陀市は平成の大合併以前に市制施行していた。
    • 逆にJRは國鐵時代に関西本線という括りにならずに済んだため、大和路線の電化は史実より相当早かったと思われる。
      • 路線名はこちらが「奈良線」となっていた。現実の「奈良線」は「山城線」となっていたかJR難波~奈良~京都がまとめて「奈良線」とされていた。
  9. 明治期になって、鈴鹿川を利用した大運河計画が持ち上がっていた。
    • 結局、琵琶湖疎水は鈴鹿・亀山側にも流れていた。
  10. 平和堂の店舗は今よりもはるかに多く、下手すりゃイオンと立場が入れ替わっていたかもしれない。
    • いや、逆に大手の進出が史実より早く、今より小規模なチェーンで県内での存在も大して無かったかも。
  11. 元禄時代のお伊勢参りは暗峠越えで奈良へ出て、榛原から川下り船で室生付近へ出て乗換えて、阿保から再び徒歩というコースになっていたかもしれない。その場合、落語の『伊勢参宮神乃賑』はストーリーが大きく変わっていた。
  12. 大津市は史実における湖上の位置に市域がもっとせり出しまくり、京都にへばりつくようなことにはなってなかったため、京都市大津区等と野次られることはなかった。
    • そもそも、大という地名にすらなってなかったかもしれない。
    • そもそも京都は琵琶湖がなければ発展しない。
  13. 平安京は水運の便利な木津川市付近にできていた。木津川市に近すぎる恭仁京・平城京も最初から無かったかもしれない。

若狭湾付近[編集 | ソースを編集]

琵琶湾・・・

若狭湾と接している。

  1. 当然海面は海抜0mなので淀川は存在しない。
  2. 福井県が分断される。
    • 西の方は京都府に持ってかれる。
    • 小浜と敦賀の間に「三方フェリー」が、舞子との間に「朽木フェリー」が走る。
    • 佐々里峠はなく、「佐々里大橋」が掛かっている。
  3. 敦賀市の中心部は別の所に出来てた。
  4. 琵琶大橋が架けられ、その橋に舞鶴若狭道が通っていた。
  5. 何百万年後かには、本当にこうなるらしい。もしそうなったら、ひっついた時には湖水はナイアガラの滝のように日本海に落ちるのだろうか。

香川[編集 | ソースを編集]

90度傾けても入らん…
  1. 水不足は一発で解決。
    • 県内に溜池がたくさんできることはない。
  2. ただし、香川県の総面積の3分の1を占める。
    • 最悪、香川県自体が誕生しなかった恐れも。
  3. 徳島香川県が誕生。
    • 普通に統合されて徳島県では?あるいは愛媛県では?(どちらも一時期なった事がある。)
    • 徳川県かな?
  4. その内香川沈没。
  5. お遍路さんは現実より過酷な旅を強いられるに違いない。

五大湖周辺[編集 | ソースを編集]

  1. 誰も気にしない。
  2. 他よりも格段に小さいので六大湖にはならない。

サハラ砂漠[編集 | ソースを編集]

  1. 世界でも有数の規模のオアシスとなる。
  2. 古代の巨大な遺跡が残る。
    • 湖そのものが神として崇められた。
      • 現在も紙幣に採用されたりする。
  3. 中世には交易で繁栄する。
  4. 植民地支配の折に、列強によって分割される。
  5. ・・・にしては小さすぎね?
  6. あっという間に干上がる。

アルザス・ロレーヌ地方[編集 | ソースを編集]

  1. 国境が湖になるためフランスとドイツのいがみ合いは少なくなる・・・のだといいのだが。
  2. 代わりにベルギーがアルザス・ロレーヌとなっていた。一応絹の生産地だし。

存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 近江盆地が大きくなる。
  2. 滋賀県の人口は300万人を越える。
    • 大津市は政令指定都市になっていた。
  3. 織田信長は安土じゃないところに城を建てていたかも。
  4. 新幹線も在来線も最短ルートで米原〜京都を結ぶ。
    • 東海道線は米原に来なかったかもしれない。
    • 東海道線は米原まで複々線になっていた。
      • 北陸本線は彦根で東海道本線と分岐し、ここから北上し敦賀に向かっていた。
    • 日本初の鉄道連絡船は利根川に開設された。
  5. 湖西線などあるはずがない。
    • 雄琴は誰からも温泉地と認められる。
  6. 京都の発展が少しだけ遅れた。
    • 京都が首都になったのは水運のおかげ。瀬戸内海に出やすいから。だから古都は奈良県。
  7. 滋賀と聞いて真っ先にイメージされるのは信楽焼の狸。
    • 滋賀の存在感がますます薄くなる。
  8. 水不足で、京阪神が発展できない。
    • 水不足なら、海水を淡水、真水に変える技術力が日本にはあるので、それで対処。
      • 戦前は発展していない
    • 実は京都盆地の地下に地下水が大量に眠ってあるらしいのでそこから引っ張ってくるのでは?
      • そして地盤沈下が深刻に…
      • 毎年の様に京都駅が1メートル地盤沈下するため京都大学が安く海水を淡水に替える技術を開発する。
  9. 鳥人間コンテストはどこでやるのやら・・・・・・・・霞ヶ浦?
  10. 2000年のG8環境大臣会議は別の場所でやった。
  11. 武村知事が琵琶湖の環境問題に取り組まないため、国会議員になったとしても新党さきがけは誕生せず、1993年の連立政権の構造が変わった。
  12. びわ湖放送やびわこ銀行などは別の名前になっていた。
    • 無難に「滋賀放送」「滋賀銀行」
      • 「滋賀銀行」は「関西みらい銀行大津営業部」となっていた。
  13. 近江鉄道が滋賀県内を代表する大手私鉄になっていた。
  14. 「急がば回れ」という諺が無かった。
  15. 都から遠い湖の「遠江」という言葉があっても「近江」はなかっただろう。
  16. 余呉湖が淀川の水源になってた。
  17. 滋賀レイクスは日本最高峰のバスケチームに、また、滋賀県にもJリーグチームが一つできていた。

滋賀の陸地と反転していたら[編集 | ソースを編集]

いっそうデカい「近江湖」
  1. 滋賀県は島になる。
    • 「滋賀島(しがのしま)」???
      • 琵琶の形しているから「琵琶島」でしょ。
    • バカ日本地図のようになる。
  2. 滋賀の京都への依存度は下がる。
    • というより滋賀県という県そのものがなかったと思う。滋賀島だけでは1つの県としては狭すぎるので。滋賀島は京都府の一部となっていた。
      • 「小さいけど、滋賀ならしょうがないか」みたいな感覚で最小の県の名をほしいままにしてたかも。
      • 第1次府県統合で山城、口丹波、滋賀島の領域を以て京都府が成立していた。嶺南は第2次府県統合に一度京都府編入を経た後、大石川県から分離した嶺北との統合により史実通り福井県が成立していた。また豊岡県が存続していた。
  3. 琵琶湖にたくさん橋が架かる
    • が、あまりに距離があるのでせいぜい京都への橋程度しか作られない。
      • 青函トンネル級のプロジェクトとして滋賀~岐阜間の湖底トンネル建設計画が進められていた。
        • こちらが実現していれば、東海道線・新幹線の経路は下記のようにならずほぼ史実通り。
  4. 東海道本線も新幹線も鈴鹿周りとなっていた。
    • 北陸本線は名古屋からの路線となり、北陸(特に福井)は名古屋寄りの思想となっていた。
      • 越美北線(九頭竜線)と南線(長良川鉄道)が 無事つながり、これが北陸線に。
        • 或いは大垣から先、史実の池田町や揖斐川町に当たる地域を経由して南条か今庄方面へ向かう経路も考えられる(伊吹山地が存在しないと考えられるため)。
          • 北陸自動車道は小牧ICを起点とし、上記の北陸本線と概ね並行する形で建設されていた。
      • 北陸新幹線敦賀延伸前の「しらさぎ」は全列車名古屋~金沢間の運転、敦賀延伸後も新幹線←→「しらさぎ」の最大1回乗換で済んでいた(ただし乗換駅は武生か鯖江)。
        • それでも乗継割引廃止や北陸道、東海北陸道、中部縦貫道の整備が史実より進むなどの影響である程度高速バスに流れることから鉄道側が不利に立たされるのは変わらないだろうけど。
    • 京都よりも奈良の方が発展していただろう。東海道新幹線は奈良経由となっていた。
      • 関西線が東海道線となり、当然複線電化。近鉄の対伊勢輸送も気が抜けない。
      • 大和路快速ではなく新快速が亀山まで行く。
      • 伊賀市に新幹線が停まる。
      • アーバンライナーの在来線特急感が一層強まっている。
      • 東海道本線奈良以西は現在の生駒市、東大阪市に当たる地域を経由して大阪駅へ。
        • 東大阪市にJRの貨物ターミナルや工場ができていた。
      • 東海道新幹線名古屋以西の設置駅は恐らく四日市→亀山→奈良→大阪となっていた。山陽新幹線は塚本駅北のデルタ線付近から史実と同じ経路となる。
        • 新大阪駅は設置されず、御堂筋線が東淀川駅を通る。
  5. 東名阪・名阪国道・西名阪が名神高速道路となっていた。
  6. 余呉湖の扱いは、どうしよう…。
    • 近江湖に浮く滋賀島以外の島という扱いでおk
  7. 江戸時代以前は船しか移動手段が無いため、相当文明が遅れたものとなっていた。
    • しかし、滋賀独自の文化が生まれていたと思われる。
    • むしろ日本海側と太平洋側が船でつながることになり、日本中の大規模流通がここに集中して大発展を遂げていた。
      • そのぶん現代に入ると大凋落。船が行き来しまくったのでとうの昔に湖水は飲用不可。
      • また利便性追求から京都と唐橋の間を埋め立ててしまったために水が澱み、西湖は堅田あたりまでヘドロで埋まる。
  8. 近江湖か・・・、関西では急いで連呼するのは危険な行為だな。
  9. 運河で日本海とつながる。
  10. 小浜線が史実以上に重要になる
    • 北陸新幹線は史実通りだが、島を通っている可能性もある。
      • 敦賀以西のルート選定の際、琵琶島経由、湖西京都経由、小浜を経由して直に大阪方面に向かう経路など複数の案が挙げられ議論が紛糾していた。
    • 恐らく西湖岸地域にある程度の平地があると思われるので小浜駅から南へ分岐、同地域を経由し京都駅を結ぶ鉄道路線が開通していた。
      • サンダーバードなど、関西~北陸間の特急列車は小浜経由となっていた。
      • 京都~敦賀間は史実の湖西線より20km程長くなる上、下記の琵琶島経由の高速道路開通以降はかなりの人数が高速バスや自家用車に流れてしまい鉄道の優位性が劇的に落ちてしまう。
        • 更には北陸新幹線敦賀延伸と同時に強制乗り換えの発生や乗継割引廃止などに加え、昨今のバス運転士不足問題で高速バスが増発したくても中々出来ないということもあり益々自家用車の利用率が増加、数年後には関西~北陸間の公共交通機関が壊滅する恐れも…。
        • 富山に関しては東京経由の方が便利になるかも。
  11. 安土城が造られない。
  12. 京都~琵琶島~敦賀を結ぶ交通は当初鉄道・道路併用仕様で計画されるも湖を通る関係で膨大な建設費用がかかることから後に道路単独で建設、京都琵琶敦賀自動車道(仮称)として開通していた。
  13. 北勢の西側、嶺南の南側、北桑田郡と船井郡のほぼ全域、岐阜県の西濃(もしかすると中濃も?)も淀川水系の範囲に含まれる。
    • 伊賀、口丹波地域などの河川の大半が近江湖に注がれる。
  14. 国道1号亀山市以西は史実のR25(~伊賀市)、R163(~木津川市)、R24(~奈良市)、阪奈道路に近い経路で制定。終点側は史実と同じ梅田新道交差点。
    • 国道8号の敦賀以南は小浜、湖西経由。

山だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 琵琶山。
  2. ただでさえ異なる文化圏を持つ各地域が完全に分裂しそれぞれ隣接県に吸収されている。

日本海と川でつながっていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 敦賀が日本海側と関西を結ぶ物流の拠点として発展する。
  2. 北前船の航路が琵琶湖経由になる。
  3. 北陸本線は長浜からではなく、敦賀から建設された。
関連項目
もし琵琶湖大運河計画が実現していたら

上下反転していたら[編集 | ソースを編集]

でも、やっぱり、ちょっと違和感が……
  1. 広い視点で見たら今と変わらない。
  2. 湖南が広くなっていた。
    • 湖によって、湖南と湖北に分かれていた
  3. JR東海道線も東海道新幹線も亀山ルートだった。
    • JR湖西線がなかった
  4. 地形的に鈴鹿山脈は存在せず、流出先も伊勢湾だった。当然淀川も存在しないので、京阪神の水系は現実とは全然違っていた。
  5. その図は左右反転じゃないのか?

流出河川が存在しなかったら[編集 | ソースを編集]

  1. 滋賀県内で海水浴ができる。
    • 別に流出河川がなかったら海になるわけではない。よって(湖水の塩分濃度に関わらず)湖水浴のまま。
  2. 水面標高が海抜以下となるため、周囲の山脈から湖岸部までの勾配がきつくなる。
    • 流出河川がない=現実の流出河川である瀬田川の部分が山でふさがれている、と想定すると流入河川からの流入量が蒸発量や地下浸透量と等しくなるところで水面の標高は決まるんでは。現状、流出河川があって流入・流出が釣り合っているのに流出河川がなくなったらその分(相当量)水面標高は上がる。ほんで別に周囲の山脈の勾配は変わらない。
      • 川にダム造ってせき止めたら水位あがるでしょ?水を吐き出さないダムが瀬田川に出来るイメージすると、琵琶湖の水位が上がるってのはわかるかと。
      • よって、近江盆地の平坦部は激減する。
        • きっと戦国時代も穀倉地帯にならないから浅井・六角の両大名も栄えないし、ここを制したとて織田信長も強くなれない。
      • なお、流入量の分が地下水浸透とかで抜けていくとか、琵琶湖からの蒸発量・浸透量と等しいくらいしか流入量がない(=集水域の降雨量が異常に少ない)とかいう前提なら別問題。
  3. 塩田が周囲に造られ、塩の生産量が日本一となる。
    • 1項目もだが別に流出河川がなかったからって塩分濃度が上がったり標高が下がったりするわけじゃないんだが。前提条件間違ってない?
    • こっちに似たような項目がありましたね。#死海並みの塩分濃度だったら

死海並みの塩分濃度だったら[編集 | ソースを編集]

  1. 当然アユの養殖なんて不可能。
  2. 琵琶湖を水源とする淀川全体がしょっぱい川になる。
    • ひょっとしたら琵琶湖周辺全体が海抜0m地帯で、淀川は大阪湾から流れている、のか?
      • もしかしたら無理やり大阪湾認定されるかも・・・。
        • 随分長い入江だなあ。
    • 桂川・木津川はセーフ。
  3. 滋賀県の主産業は製塩業。
    • 琵琶湖岸は塩田だらけ。
      • 現在は工業用地になっている。
    • 製塩業が琵琶湖畔で発展する → 播州赤穂も三州吉良も製塩業が興らない → 吉良上野介が浅野内匠頭に嫌がらせすることもない → 赤穂浪士による討ち入りもない → 年末のドラマが暇
  4. 脱塩施設が湖岸に何カ所かある。
  5. 工業用水も生活用水も農業用水もアウトなため、近畿大ピンチ。
    • 戦国時代には淡水化技術が世界一早く、織田信長か羽柴秀吉の力で誕生していたので問題ない。
      • いや、さすがに淡水化そう簡単には。農業用水のために(費用対効果が見合うくらい)安価に大量に供給するのは現代技術でも無理。
      • 少なくともそれらしき構造物が発見される。
  6. 長岡京遷都や平安遷都はなかった。
    • しばらく平城京に都をおいたあと、徳川幕府誕生とともに江戸へ遷都。
      • 史実の平安時代あたりから五條か吉野が首都で、和歌山が外港になっていた。
        • 少なくとも家康より早く江戸の利点を発見した人がいた。
        • その後の歴史にもよるがおそらく首都は江戸(東京)、名古屋、和歌山(吉野・岩出)、岡山の何処かになっていた。
          • むしろ外交的なことを考えて大津に都をおいたままの可能性も。
          • 桂川は淡水のままのため、京都はある程度発展していた。
            • 宇治川はアウト。
    • 織田信長は安土に城を構えなかった。
      • 野洲川の河口に位置するため立地としては良いのだが。
  7. 近畿地方は全くと言っていいほど発展せず、過疎化の一方。
    • 現実より東京一極集中が進んでいた。
      • むしろ尾張・筑後などが発展していた。
  8. みんな浮いてる。
  9. リゾート地になる。勿論人口は希薄。
    • 全国はもちろん、海外からも観光客が訪れるスポットになっていた。
  10. 琵琶湖は存在も塩分濃度も濃くなって、滋賀は今ほどネタにされていない。
  11. 大阪南部は吉野川(紀ノ川上流)のダムから延々用水路を引いて水を利用している(注:現状では計画のみ)。
    • 空港はやってます。
    • 用水のために大和川の付け替え(北上して淀川へ合流→西に流して堺市方面へ)は史実よりももっと早期に画策されていた。
    • 猪名川・武庫川が利用される。
  12. 塩っからすぎて上手く発酵できず、鮒寿司がつくれない。
    • それ以前に鮒はおろか淡水魚全般が棲息できる訳がない。下手したら海水魚もNG。
    • さらには食塩(塩化ナトリウム)よりもにがり(塩化マグネシウム)のほうが多いらしいので、「塩っ辛い」ではなく「苦い」が正しいらしい。
      • という訳で、琵琶湖周辺は豆腐並びに豆腐加工品の名産地になっているかもしれない。
  13. 淡海(あわうみ:淡水の海)じゃないので滋賀の旧国名は近江にならない。
    • 浜名湖のある「遠つあわ海」こと「遠江」が「おうみ(淡海)」になっている。読みは「あわうみ」だが、「近つ」「遠つ」の比較対象がないため、漢字は「近江」は使わず「淡海」のまま。
  14. 一刀さんが製塩会社「谷口製塩」を設立し塩を売って大儲けする。
    • その結果谷口製塩は日本を代表する大企業になり、一刀さんは日本を代表する実業家となる。
    • 借力及びChakuwikiは谷口製塩の公式サイトとなる。
    • と、いいんだけど実際には江戸時代以前に既に製塩業が多数出来ていて参入の余地がないと思う。
      • 塩を使った土産物のお店とかならあったかも。塩饅頭とかみたいに。
    • むしろ谷口家が先祖代々製塩業を務めていたかも。
  15. 南禅寺の上を行く琵琶湖疏水は存在しえなかった。
    • 天ケ瀬ダムや南郷の洗堰も無かった。
  16. 塩が大量に生産されるため、京料理の味付けも濃いものに。
    • ラーメンも塩味が主体になっている。
      • 糖尿病と高血圧が、若年層でもかかる病として、国民病となる。
  17. 余呉湖が北近江の水瓶として重宝される。
    • そういや、水系的に余呉湖って琵琶湖と断絶してるんでしたっけ。
      • 余呉湖の水が下って琵琶湖に流れてます。現実には現代になってから、トンネル工事したら余呉湖の水が涸れた(地下水が断絶)したため、現在では琵琶湖から余呉湖に揚水してます。人工的に琵琶湖の水が余呉湖に上がり、また流れ下って琵琶湖に、なんですが、琵琶湖の塩分濃度が高けりゃそれもせず、余呉湖は涸れたままかも。
        • トンネルが余呉湖を貫通しないルートになっていたかも。
  18. 20世紀に入ったぐらいの時に、敦賀から余呉に抜ける運河が建設されていた。
    • むしろ瀬戸内海に通ずる運河が先に完成していた。
    • 大商人・本間家の手により計画されるも、諸事情により頓挫。
      • 結局、外国人技術者の手を借りて明治時代に完成する。
      • 鉄道は恐らく昭和になってから柳ヶ瀬ルートで開業、田中角栄の時期に現在のルートが開通した。
  19. 琵琶湖の塩湖に関する短歌が百人一首にあった。
  20. 流域で耕作不可能なのでそもそも無人の原野になっている。

干上がっていたら[編集 | ソースを編集]

  1. 滋賀県の砂漠化が深刻に。
    • それに伴い近畿地方の人口が減少する。
  2. 原因が人為的だった場合、日本史上最悪の環境破壊といわれる。
  3. 「アジアのアラル海」と呼ばれることになる。
  4. 京都、大阪の飲み水がなくなるorまずくなる。
  5. 大阪が天下の台所とならなかった。

関連項目[編集 | ソースを編集]