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もし相模鉄道を小田急電鉄が経営していたら

二俣川
ふたまたがわ
Futamatagawa
鶴ヶ峰
Tsurugamine
希望ヶ丘
Kibogaoka


横浜
よこはま
Yokohama

平沼橋
Hiranumabashi
  • 相鉄HDの筆頭株主は小田急です。ではもし、相鉄が大東急解体時に小田急の一部となっていたら?
  1. 相鉄本線が小田急横浜線になっている。
    • 小田急神中線だと思う。もとが神中鉄道だから。
    • JR横浜線との混同を避けるため「東急多摩川線」よろしく「小田急横浜線」が正式な路線名。
    • 小田急いずみ野線も。
    • いずみ野線は建設されない代わりに多摩線が1990年代のうちに横浜線沿線まで延伸している。あるいはいずみ野線は平塚まで建設される。
    • 国鉄相模線が返還されて小田急相模線になっていた。
  2. 横浜と小田原や箱根湯本を結ぶロマンスカーが設定されていた。
    • 新宿~町田~海老名と横浜~海老名~小田原というような各駅停車の系統分離が行われる。
  3. 社名は「相模鉄道」、あるいは相鉄とも小田急とも異なる会社名になっていたかも。
    • 確実に小田急電鉄になっていたはず。
  4. 大和駅の構造が変わり、江ノ島線が旧相鉄線に沿った形になっていた。
    • 下北沢はそのままだったから、そのまま連絡線が作られるだけかも。
    • 海老名で線路つながっとったぜ?むしろ厚木線…
  5. 大和・海老名・湘南台では対面乗り換えになっていた。
  6. 本線の急行・快速停車駅の見直しが行われる。
  7. 小田急電鉄が横浜駅の地主になっていて、現在高島屋が建っているところには小田急百貨店が出店していた。
    • 小田急百貨店はむしろ相鉄ジョイナスの所に出来ているのでは?
  8. 厚木短絡線は今でも健在。
    • 横浜~新松田間に「丹沢急行」が運行されている。
    • 2012年のダイヤ改正であさぎりの一部が横浜発着になる。
  9. いずみ野線は倉見、それどころか伊勢原まで延長されている。
  10. 神奈川東部連絡線は無かった。
  11. 路線名は「小田急横浜線」?(JRと被るが、それぐらいしかしっくり来る路線名がないような…)
    • 「小田急さがみ線」のほうが、しっくり来ると思うけど(京王相模原線との違いを明確にするため「相模」の文字を開いて表記)。
  12. 小田急のメインバンクは旧住友銀行に。
  13. 相鉄は小田急横浜線ないし小田急神中線と呼ばれていた。
  14. 自社路線と競合する新横浜線からのJR・東急直通はおそらく存在しない。
    • その代わり新横浜から小田急の駅まで伸ばして多摩線や江ノ島線と同じ運用にしてた。そしていずみ野線にあたる線を作って一体化してた。
  15. 海老名・大和駅で小田急小田原線・江ノ島線と線路がつながっていた。
    • 連絡線を介して、江ノ島線〜相鉄線〜小田原線の臨時列車が運転されていたこともあった。
  16. いずみ野線は存在しないか、長後辺りで江ノ島線に合流し、藤沢方面へ直通。
    • いずみ野線は存在しても、多摩線の建設が優先されるため、開業が遅れる。
  17. 戦後の相鉄の車両は全て小田急のものとなる。
    • 相鉄5000系以降の車両は製造されないか、一部のデザインコンセプトのみ同時期の小田急しゃに反映される。
    • 相鉄1000系(元小田急モハ1)は1960年に、他の小田急モハ1と同時に引退する。
    • 相鉄2000系は形態統一工事を受けずに、1950年代後半に引退する。
    • 相鉄3000系は小田急1800系に編入され、車体更新・体質改善を経て、1970年代後半まで小田急で運用され、一部車両は地方私鉄に売却される。
    • 戦後の小田急車両の製造数は相鉄線の分も含める為編成数が多くなる。
  18. 相鉄線内は主要駅は史実と同じ20m10両対応だが、各停のみ停車の駅は20m6両ないし8両対応になっていたかも。
  19. 相鉄本線の種別は急行=史実特急、準急ないし区間急行=史実急行&快速、各停=史実各停となっていた。
    • 急行は小田原線新松田・小田原方に直通するものもあった。
    • 準急ないし区間急行・各停は一部本厚木発着だった
  20. いずみ野線(建設されていたら)の種別は、準急ないし区間急行=史実快速で横浜〜藤沢ないし片瀬江ノ島間運行。各停=史実各停は横浜〜長後ないし二俣川〜長後の史実相鉄線内運用のみに。
  21. 特急は一部の箱根方面ロマンスカーが横浜から海老名経由で箱根湯本まで運行されたかも。モーニングウェイ・ホームウェイ的な短距離ライナー的運用も朝夕に数本あった可能性も。
  22. 小田急海老名駅は4面8線化されていた。
    • 小田急線内運用2面4線、その間に相鉄本線からの直通用1面2線を挟み、新百合ヶ丘駅みたいな配線に。旧相鉄ホームはそのまま相鉄線内折り返し用に存置。
  23. 小田急大和駅は3面6線化されていた。
    • 江ノ島線用2面4線の間に相鉄線用2面2線を挟む、新百合ヶ丘駅みたいな構造に。
  24. 相鉄横浜駅のジョイナスは小田急百貨店横浜店になっていた。
  25. いずみ野線が建設されていた場合は、小田急長後駅が2面4線のまま、中央にいずみ野線が立体交差で大和方から合流する。
    • 中央の2線は折り返し可能になっていた。
    • 湘南台ではなく、いずみ野線に接続する長後に快速急行が止まっていた。
  26. 運行はこうなるだろう。小田急横浜線(史実の相鉄本線)は海老名駅で小田原方面と橋本方面への直通。小田急新横浜線(史実のいずみ野線と新横浜線+α)は小田原線と直通して溝の口、新横浜、いずみ中央、長後、寒川を介して新宿から平塚までの運転。小田急相模線(史実のJR相模線)は橋本茅ヶ崎間の運行の他に茅ヶ崎方面への小田原線が海老名or厚木から直通する列車。橋本方面は小田急横浜線が直通する運行が出るだろう。
  27. 海老名から本厚木までは東急大井町線溝の口二子玉川間みたいに複々線化されていた。
    • 現在の相鉄線特急にあたる快速急行が運転されていて、一部列車は小田原線に直通していた
    • 大和駅も小田原線新宿方に渡り線が設置され相鉄線と江ノ島線で対面乗換が可能になった
    • いずみ野線はあったが湘南台までなかった
    • 新横浜線はそもそもない
    • 海老名駅は相鉄線への乗り換えという役割がなくなったので急行はビナウォーク開業まで長らく通過した
    • 相模線海老名駅も開業しなかったかもしれない
    • 海老名駅が今よりは栄えてなかったのは確実
    • そんな海老名駅は2面4線を小田原線が外側、相鉄線が内側を使っていた
    • 小田原線の優等列車は海老名での待避がないと厚木駅あたりで詰まるので、厚木駅は相鉄線のみが止まるようになった
    • 本厚木駅は小田原線各駅停車と相鉄線内完結列車の折り返しを行う小田原線2面4線+相鉄線1面2線の大ターミナルになっていた
    • 用地確保や平面交差回避のために2層構造の要塞駅になってたかもしれない
    • 大和駅は折り返しがメインではなく平面交差がそこまでないので多分要塞にはならないが用地確保のために江ノ島線もろとも地下化されてた相鉄線用に