もしCOVID-19が別の時期に感染拡大していたら/1970年代
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史実通り、中国武漢市(に相当する場所)で最初に確認されたものとします。
- 各節の「〇年前(後)」は2019年12月(中国及び日本国内で確認された時期)~2020年3月(世界的パンデミックが始まった時期)を基準としています。
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1970年(50年前)[編集 | ソースを編集]
- 上記同様、日本の高度経済成長はここで終焉していた。
- 香港風邪を教訓に、被害は史実より抑えられていた。
- それでも大阪万博は中止になっていた。
- 北大阪急行電鉄は万博関連の莫大な収入がなかったため、現実よりも運賃が高かった。
- それでも大阪万博は中止になっていた。
- 場合によっては沖縄返還が延期になっていた。
- 翌年史実通りニクソンショックが起きていた場合、2年連続の恐慌という事態になっていた。
- 1971~74年に第2次ベビーブームが起こることもなかった。
- 親世代である団塊世代が就職難に巻き込まれていた。現実で1990年代に起こったようなことが20~25年早く起こっていた。
- 日本の少子高齢化が現実より早まっていた。
- 近鉄2600・2680・2610系は当初から4ドアロングシート車として登場していた。長距離運用を考えてトイレは設置されるが。
- この頃投入された相鉄新6000系は製造コストを抑えるために東武8000系をベースとした車両となっていた。
- これに伴い、この頃魔改造された相鉄2000系・5000系は史実のアルミ車体ではなく普通鋼製車体となっていた。
- しかし、元々17m車用のモータで20mに魔改造されたことによるパワー不足が早々指摘され、史実と異なり90年代半ばまでに全廃となっていた。
- これに伴い、この頃魔改造された相鉄2000系・5000系は史実のアルミ車体ではなく普通鋼製車体となっていた。
- 京阪5000系は登場しなかった。
- 守口市~萱島間の複々線化も行われなかったか、行われたとしても1980年代後半~90年代のバブル期だっただろう。
- 感染拡大状況次第ではプロ野球公式戦の開幕が延期になっており、読売巨人軍の連覇が途絶えるのが早まっていたかも。
- 71年、72年、73年の場合もまた然り。
1971年(49年前)[編集 | ソースを編集]
- 東京・銀座における日清カップヌードルの試食販売は行われなかった。
- 翌年2月のあさま山荘事件も起こらなかった可能性が高いため、カップヌードルが市民権を得るのが遅れていた。
- 逆に巣ごもりで現実よりも早く大ブレイクしていた可能性もある。
- 翌年2月のあさま山荘事件も起こらなかった可能性が高いため、カップヌードルが市民権を得るのが遅れていた。
- 翌年の札幌冬季五輪は中止あるいは延期になっていた。
- マクドナルド銀座店(日本国内における第1号店)は閑古鳥が鳴く中でのオープンになっていたかもしれない。
- 富裕層を中心にUマチックが普及し、NHKから散逸した番組が史実以上に数多く残されていた。
- 普及状況によっては、一般庶民にも手が届く価格帯の製品およびテープが発売されていた。
- ただし、その価格帯で販売されていた製品の画質は、いまのNHKの画像補正能力でも大苦戦するような品質だったかもしれない。
- 全話散逸されたとされる人形劇の「ネコジャラ市の11人」も、遅くとも「冬将軍がやってきた」編以降を中心に多くのエアチェックが残されていた。
- 同様に全話散逸状態の連続テレビ小説「繭子ひとり」も、シリーズ終盤を中心にエアチェックが残されていた。
- 普及状況によっては、一般庶民にも手が届く価格帯の製品およびテープが発売されていた。
- もし7月以前から感染拡大が発生していた場合は、全日空機と自衛隊機の空中衝突による墜落に伴う大量死亡事故は発生しなかった。
- 『帰ってきたウルトラマン』の第18話は当初の予定通り7月30日に放送されていた。
- 史実での雫石での墜落事故での死者の殆どは静岡県内の団体の北海道観光客だったので、団体旅行の催行そのものが中止になっていたため。
- 「スター誕生!」というオーディション番組は計画そのものが取りやめになった。
- 1950年代後半~1960年代生まれの芸能人の顔ぶれが大きく変わっていたかもしれない。
- 10月に発生した近鉄特急正面衝突事故は利用客が減っていたため死傷者が減っていた。
- 場合によっては減便されていたことから事故自体がなかった。
- 大相撲夏場所が中止されたため、大鵬の現役引退が遅れていた。
- 7月場所が東京開催となるため、玉の海は名古屋場所での幕内優勝を達成できずに生涯を終えていた。
- 外出しない人が増えるので、「天才バカボン」や「ルパン三世」(第1作)は本放送の時点で大ヒットしていた。
- ただし、前者はコロナ禍の影響で予定通りの時期には開始できず(前番組である「巨人の星」の放送終了が新作の放映が休止になった分だけ遅れていたため)、翌年1月スタートになっていた。
1972年(48年前)[編集 | ソースを編集]
- 札幌オリンピックは中止or1年延期されていた。
- オリンピック後に感染拡大していた場合、札幌オリンピックによって感染が広がったとみなされていた。
- ミュンヘンオリンピックも同様。
- イスラエル選手団がパレスチナゲリラに襲撃される事件はなかった。
- 中止になった場合、1980年代に再立候補していた。
- 1988年に開催されていた場合、青函トンネルはオリンピックに間に合わせるべく少し早く開業していた。
- 翌年のオイルショックが不況にさらに追い打ちをかけていた。
- あさま山荘事件も発生しなかったかもしれない。
- その場合、カップヌードルのブレイクが史実より遅れていた。
- 逆に巣ごもり需要がきっかけで大ブレイクしていた可能性もある。
- その場合、カップヌードルのブレイクが史実より遅れていた。
- 山陽新幹線岡山開業が遅れていたかもしれない。
- この頃製造された京王6000系は、小田急9000形電車と共同開発という形で製造されていた。
- これに伴い、京王6701Fから6712Fまでの初期投入車は、史実の先頭車両付随制御車の3M3Tではなく先頭電動制御車の4M2Tとなっていたほか、初期製造分から界磁チョッパ制御車となっていた。
- また、史実にはなかった4両固定編成が製造されており、朝夕ラッシュ時を中心に6両+4両による10両編成での運用も実施されており、1978年ごろの新宿線開業に伴う直通運転も開業当初から10両編成を急行列車とする形で終日実施されていた。
- これに伴い、新宿線の退避可能駅は史実の岩本町、大島、瑞江に加え、新線新宿、市ヶ谷、森下となっていたほか、急行停車駅は最初から10両対応ホームとなっていた。
- また、史実にはなかった4両固定編成が製造されており、朝夕ラッシュ時を中心に6両+4両による10両編成での運用も実施されており、1978年ごろの新宿線開業に伴う直通運転も開業当初から10両編成を急行列車とする形で終日実施されていた。
- これに伴い、京王6701Fから6712Fまでの初期投入車は、史実の先頭車両付随制御車の3M3Tではなく先頭電動制御車の4M2Tとなっていたほか、初期製造分から界磁チョッパ制御車となっていた。
- 沖縄の日本復帰の盛り上がりが小さくなっていたかも。
- 千日デパート火災はなかったが巣ごもりの為被害は小さかったか。
- 横井庄一さんはコロナ自粛のせいで現地の島民に発見されなかった可能性もあるかも(海外では日本程に外出自粛はなかったもしれませんが)。
- アニメ『マジンガーZ』はコロナ禍の影響で予定通りの時期には開始できず、翌年2月スタートになっていた。
- 前番組である特撮ドラマ『ミラーマン』は延期された分だけ延長し、翌年1月に放送終了していた。
1973年(47年前)[編集 | ソースを編集]
- 五島勉の「ノストラダムスの大予言」の内容をパンデミックに結びつける読者はいたのだろうか?
- いたかいなかったかといえば「いた」の一択。ただノストラダムスの大予言とパンデミックを結びつける読者が多かったか少なかったかは分からない。
- オイルショックによる不況がさらに深刻化していた。
- トイレットペーパー買い占め騒動がさらに大規模になっていた。
- 原料価格の高騰でアクリル板も手に入りにくそう。
- 飲食店・風俗店・映画館などの営業は全て午後8時までに短縮され、ネオンサインも午後8時で消灯、歓楽街は午後8時過ぎると真っ暗という光景が全国各地に広がっていた。
- 国鉄103系電車の中で、1973年以降の製造分から、従来の通常抵抗制御から界磁チョッパ制御を採用していた。
- 同時に空気バネ台車の採用も行われ、「105系」(史実とは異なる)という新系列となっていた。
- 日テレ版ドラえもんはコロナ渦で途中放送中断。その後放送再開されるがすぐに打ち切りになった。「コロナ渦のせいで放送が難航した」とか、「コロナさえなければテレビ朝日版ではなく日テレ版ドラえもんが今でも主流になっていたかもしれなかったのに…」なんて言われていた。
1974年(46年前)[編集 | ソースを編集]
- こちらの場合もオイルショックによる不況がさらに深刻化していた。
- 感染状況次第では同年のプロ野球が中止となり、中日ドラゴンズ20年ぶりのリーグ優勝はなかったかもしれない。
- その場合、「燃えよドラゴンズ!」はリリースされなかった。
- 第2次ベビーブームの沈静化による出生数の減少は史実以上に大きく、翌年の出生数は前年比で3割減となって少子化が史実より早く進行していた。
- (ちびまる子ちゃん劇中の年は原作者さくらももこ氏が小学3年生だった1974年辺りの設定らしいので)マスク姿のまる子や外出自粛ネタなどコロナ渦の様子が、ちびまる子ちゃん劇中でたびたび描かれていた。
- あるいはコロナ渦だったこの年は原作者さくらももこ氏的にもあまり良い思い出がなく、コロナ渦で学校が休校だった時代のためストーリーを書きづらいかも。ちびまる子ちゃん劇中の年が変更され、まる子は小学5年生設定とかにされていたかもしれない。
- コロナ渦だったさくらももこ氏の少女時代を描いたちびまる子ちゃんは全体的に暗い話が多くなり、現実世界ほどヒットしなかった可能性も。南の島に行く話もなかった。
- あるいは、「もし1974年にコロナ渦がなかったら自分の少女時代はもっとのびのび暮らせたかもしれない…」という作者の願望世界で描かれたのがちびまる子ちゃんだった…とかかもしれない。(実際、おじいちゃんの性格とか、ちびまる子ちゃんの話は現実のさくらももこ氏の少女時代から改変されているところも多いらしいので)。
- 4月に開始したチャージマン研!が放送当時からヒットしていた可能性がある。
- ただし制作が中断するため、6月末に終了する運命は変わらなかったか。
- 史実で夏場所優勝→名古屋場所優勝同点だった北の湖の横綱昇進が遅れていた。
- 外出しない人が増えるので、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」は本放送の時点で大ヒットしていた。
- ただし、コロナ禍の影響で予定通りの時期には開始できず、12月か翌年1月スタートになっていた。
- 「仮面ライダーX」や「仮面ライダーアマゾン」も。
- 前者は途中で新作の放映が休止になりその分放送終了も遅れていたため、後者は翌年1月スタートになっていた。
- それでも後者が制作局の都合により翌年3月末で終了するのは史実通り。その場合、ガランダー帝国は登場せず、モグラ獣人は×××××せずに済んだ。
- 前者は途中で新作の放映が休止になりその分放送終了も遅れていたため、後者は翌年1月スタートになっていた。
1975年(45年前)[編集 | ソースを編集]
- オイルショックに追い打ちをかけるように感染が拡大し、世界恐慌を上回る史上最悪の恐慌になっていた。
- 日本においてはこれ以降景気回復できず、「失われた50年」と呼ばれていたかもしれない。
- そうなっていたら日本における大学進学率は現在に至るまで低いままで、大学数も現実ほど増加しなかった。
- 下記のロッキード事件と合わせ、以後自民党は急速に衰退し、55年体制は史実よりも10年早く崩壊していた。この場合国鉄の分割民営化はなかったかもしれない。
- 3公社民営化を推し進めた中曽根内閣もなかったかもしれない。
- 55年体制が20年で崩壊していたら政権交代への抵抗感は少なかっただろうし、まだ社会党に勢いがあった頃だから二大政党制を確立できていただろう。
- 日本に新自由主義は根付かず、北欧型の社会民主主義国家になっていた。
- その場合のちのバブル景気がなかったか、あっても盛り上がりが小さくなっていた。
- 日本においてはこれ以降景気回復できず、「失われた50年」と呼ばれていたかもしれない。
- 当時の政権はコロナ対応のどさくさに紛れてロッキード事件をもみ消そうとしていた。
- 反中感情が強まり、日中平和友好条約は結べていなかったかもしれない。
- 沖縄海洋博は開催されなかった。
- 京都市電の全廃が数年早まっていた(史実では1978年9月全廃)。
- 山陽新幹線全線開通が遅れていたかもしれない。
- 1975年に発売が開始されたベータマックスがバカ売れしていて民生用ビデオ規格のデファクトスタンダードとなっていた。
- Uマチックが一気に旧規格化し、そっちが民生用として一気に普及したという可能性も否定はできないが。
- どっちにしろ、この時期以降から散逸したとされている番組群のエアチェックが多く残されるようになった。
- Uマチックが一気に旧規格化し、そっちが民生用として一気に普及したという可能性も否定はできないが。
- 大相撲春場所が無観客だったので、大関・貴ノ花が初優勝しても史実ほど盛り上がることはなかった。
- 外出しない人が増えるので、特撮ドラマ「仮面ライダーストロンガー」や「秘密戦隊ゴレンジャー」は史実以上に大ヒットしていた。
- それでも前者が制作局の「人気のあるうちに終わらせよう」という方針により3クールで終了するのは史実通り。
1976年(44年前)[編集 | ソースを編集]
- ソニーが1インチVTRデッキを発売、早々に放送用マスタとして採用されるようになっていた。
- また、前年にベータマックスやUマチックがバカ売れした場合、再放送用マスタとしてその時残っていた2インチVTRの内容の大半が1インチVTRにダビングされて現在まで残されていた。
- ビデオで早送りされないように、テレビCMの内容がより凝った内容となっていた。
- 同年のモントリオール五輪は中止になっていた可能性がある。
- もしそうなっていたら多額の赤字を計上することもなく、オリンピックが商業主義に転換することもなかった。
1977年(43年前)[編集 | ソースを編集]
- この頃投入された西武2000系電車は、製造コストを抑えるために東武8000系電車の後期仕様をベースとしていた。
- 「スーパーカー世界の名車コレクション」は開催されなかったかもしれない。
- テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故は起きなかったか、犠牲者数が史実より少なかった。
- 外出しない人が増えるので、「ジャッカー電撃隊」は大ヒットしていた。
- ただしコロナ禍により5話あたりで放送中止に。その間は「秘密戦隊ゴレンジャー」の再放送で穴埋めするが、ジャッカーより高視聴率になる。
1978年(42年前)[編集 | ソースを編集]
- この年に放送開始された「ザ・ベストテン」に限らないが、音楽番組の内容に影響が出ていた。
- 下手したらこの時点で音楽番組は衰退していたかも知れない。
- 80年代のアイドルにも影響があったはず。
- 下手したらこの時点で音楽番組は衰退していたかも知れない。
- 京都市電の廃止が半年~数ヶ月早まっていた(史実では9月末で廃止)。
- 翌年の三菱銀行人質事件は発生しなかった可能性が高い。
- 6月の宮城県沖地震の避難所で感染が拡大していた。
- 成田空港は開港後しばらく開店休業の状態が続いた。
- 京成電鉄の経営難が長引いており、スカイライナーを間引き運転するなどの対応で凌いだ。
- その代わりAE形の運用期間が史実より長く、AE100形の登場は遅れた。
- 京成電鉄の経営難が長引いており、スカイライナーを間引き運転するなどの対応で凌いだ。
- 外出しない人が増えるので、アニメ「銀河鉄道999」は史実以上に大ヒットしていた。
- アニメ「未来少年コナン」も本放送の時点で大ヒットしていた。
1979年(41年前)[編集 | ソースを編集]
- 初代ウォークマンのプレス向け発表会で、史実のようには人を集められなかった。
- 翌年2月に発生した京阪置石脱線事故は通勤客が史実よりも少なかったので負傷者も減っていた。場合によっては事故自体がなかった。
- マスク姿で雑誌に載っていたYellow Magic Orchestra(YMO)が、この時点で予言者扱いされたかもしれない。
- この年試作車が製造された国鉄201系電車は、コストダウンのためにサイリスタチョッパ制御ではなく、抵抗制御ベースの界磁添加励磁制御を採用していた。
- これに伴い、後年製造された千代田線直通列車用の国鉄203系電車もこれを踏襲したため、従来の103系1000番台電車ほどではないものの、鉄板焼き電車として忌み嫌われていた。
- その反面、製造コストを抑えることができたため、史実以上に生産されたことにより、中央線系統だけでなく、山手線や京浜東北線にも投入された。
- これにより、経年の浅い国鉄103系電車が東海道線、高崎線、宇都宮線系統へ転属することとなり、通勤地獄がある程度緩和された。
- このほか、当初115系として生産されていた車両を交直流電車の415系に流用することが可能となったため、仙台圏の通勤地獄もある程度緩和された。
- これにより、経年の浅い国鉄103系電車が東海道線、高崎線、宇都宮線系統へ転属することとなり、通勤地獄がある程度緩和された。
- あるいは203系で初めてチョッパ制御が採用されていた。システム的には前年登場した福岡市営地下鉄1000系をベースにしていた可能性が高い。
- その反面、製造コストを抑えることができたため、史実以上に生産されたことにより、中央線系統だけでなく、山手線や京浜東北線にも投入された。
- これに伴い、後年製造された千代田線直通列車用の国鉄203系電車もこれを踏襲したため、従来の103系1000番台電車ほどではないものの、鉄板焼き電車として忌み嫌われていた。
- 外出しない人が増えるので、ファーストガンダムは史実以上に大ヒットしていた。
- 日テレ版ドラえもんは史実以上にネタにされた。
- ただしコロナ禍により5話あたりで放送中止に。その間は「無敵鋼人ダイターン3」の再放送で穴埋めするが、ガンダムより高視聴率になる。
- ラモス・ソブリーニョ(ラモス瑠偉)の来日がなかった場合日本のサッカー史はかわっていたか。