もしCOVID-19が別の時期に感染拡大していたら/1980年代

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史実通り、中国武漢市(に相当する場所)で最初に確認されたものとします。

各節の「〇年前(後)」は2019年12月(中国及び日本国内で確認された時期)~2020年3月(世界的パンデミックが始まった時期)を基準としています。

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1980年(40年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 第2次石油危機に追い打ちをかけるように感染が拡大し、第一次石油危機並みの恐慌が発生していた。
    • 日本においてはこれ以降景気回復できず、「失われた40年」と呼ばれていたかもしれない。
      • バブル景気は起こらなかった。
        • そのままデフレ景気に陥り、今頃日本は先進国であり続けていたか非常に怪しくなっていた。
        • にも関わらず橋本政権による緊縮財政は史実通り行われている。
  2. ソ連のアフガニスタン侵攻は中止されていたかもしれない。
    • モスクワ五輪も中止もしくは翌年に延期だっただろう。
    • この年はこち亀の日暮熟睡男が初登場した年だった。五輪が中止や延期だった場合、日暮熟睡男のキャラが生まれなかった可能性も…。
  3. 翌年の神戸ポートピア博覧会は開催されなかった可能性が高い。
  4. 1988年名古屋オリンピック招致は断念せざるを得なかった。
    • その場合、1992年か96年に再立候補していた可能性もある。
  5. 8月の新宿西口バス放火事件はなかったか、あったとしても現実より犠牲者が減っていた可能性が高い。
    • その少し前に発生した富士山での落石による大量死傷事故もなかったかもしれない(登山道や富士スバルライン自体が閉鎖されているので)。
    • その3日前に発生した静岡地下街のガス爆発事故も犠牲者は減っていただろう。
  6. 同年に発売したゲームウォッチは巣ごもり需要の影響もあって史実以上にヒットした。
    • ルービックキューブも。
    • 同日に放送開始した特撮ドラマ『仮面ライダースーパー1』も。間違っても途中でゴールデンタイムからローカルセールス枠に降格なんてことはなかった。
      • ただし、コロナ禍の影響で予定通りの時期には開始できず、3ヶ月遅れて翌年1月スタートになっていた。
  7. アニメ映画「ドラえもん のび太の恐竜」は公開延期を余儀なくされていた。
    • 大ヒットしていた場合、ドラえもん映画は春ではなく夏映画の定番になっていた。

1981年(39年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 舞台「朝日のような夕日をつれて」の公演が中止になったはずなので、史実のように何回も再演されなかったかもしれない
  2. 同年開催予定だった神戸ポートピア博覧会は中止されていた。
  3. 8月の遠東航空103便墜落事故はコロナで乗客が減っていたので、死者は現実よりかなり少なかった。
    • 場合によっては向田邦子や志和池昭一郎が亡くなることはなかった。
  4. 外出しない人が増えるので、アニメ「Dr.スランプ アラレちゃん」や「うる星やつら」は史実以上に大ヒットしていた。
    • ただし前者はコロナ禍により4話あたりで放送中止に。その間は前番組である「がんばれ元気」の再放送で穴埋めしていた。

1982年(38年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 2月のホテルニュージャパン火災はコロナで宿泊する人が減っていたため現実より死傷者が減っていた可能性が高い。
    • 翌日に起こった日航機羽田沖墜落事故も同じくコロナで搭乗する人が減っていたため現実より死傷者が減っていた。
      • ホテルニュージャパンの場合、火元はイギリス人ビジネスマンの寝たばこなので、場合によってはそもそも火災が起こらなかったのではないかと考えられる。
  2. 劇中と同じ年にパンデミックが起きたということになるので、映画「復活の日」が現実よりも話題になるかもしれない。
    • 上映が中止されていた可能性もある。
  3. 東北上越新幹線開業が盛り上がらなかった。
  4. 巣ごもり需要でラジオを聴く人が多かったため、この年にパックインミュージックが終了することはなかった。
  5. 7月の長崎大水害の避難所で感染が拡大していた。
  6. 外出しない人が増えるので、「超時空要塞マクロス」は史実以上に大ヒットしていた。
    • 「忍者マン一平」も大ヒットしており、1クールで放送打ち切りになることはなかった。
  7. 3月の名古屋駅における寝台特急「紀伊」機関車衝突事故は外出自粛の影響で利用者が減少していたので現実ほど負傷者は出なかった。

1983年(37年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 東京ディズニーランドの開業が遅れていた。
  2. 外出しない人が増えるので、ファミコンは史実以上にヒットした。
  3. 5月の日本海中部地震の避難所で感染が拡大していた。
  4. 同年秋の大阪城博覧会は中止されていた。
    • 御堂筋パレードも行われなかったかも。
  5. コロナ渦で朝ドラおしんは途中1度放送が中断してしまう。しかし外出自粛の影響で視聴率が高くなり忠実以上に大ヒットしていた。
    • あるいは「このご時世に暗い話は合わない」と言われ史実ほど大ヒットしていなかった。
      • その場合、「ロマンス」や「心はいつもラムネ色」が史実以上に明るい作風になっていた。
  6. ひぐらしのなく頃にはこの1983年に起きたコロナ渦での騒動を元に制作されたとか、少なからず影響を受けたとか言われていた。
    • あるいはそのように言われないための配慮として、ひぐらしのなく頃ににおける劇中の世界は、別の年に起きた設定に変更されたかもしれない。
  7. 国際線が軒並みストップするため、大韓航空機撃墜事件は発生しなかった。
  8. 外出しない人が増えるので、アニメ「キャッツ・アイ」は主題歌のみならず、視聴率面でも大ヒットしていた。
  9. アニメ「イタダキマン」はコロナ禍により5話あたりで放送中止に。その間は「逆転イッパツマン」の再放送で穴埋めするが、イタダキマンより高視聴率になる。

1984年(36年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 同年のロサンゼルス五輪は開催中止あるいは延期されていた。
    • 中止だった場合、五輪の商業主義化はなかったか遅れていた。
  2. 5月の阪急六甲駅での事故や10月の西明石駅における寝台特急「富士」の事故は外出自粛の影響で利用者が減少していたので現実ほど負傷者は出なかった。
  3. 場合によってはグリコ・森永事件はなかったかもしれない。
  4. アニメ「超攻速ガルビオン」はコロナ禍で途中で放送中断。その後放送再開されるも、スポンサーであるタカトクトイスの倒産によりすぐに打ち切りとなった。
    • 「コロナ禍のせいで放送が難航した」とか、「コロナさえなければ当初の予定通り4クール放送されたかもしれなかったのに…」なんて言われていた。

1985年(35年前)[編集 | ソースを編集]

  1. バブル景気は起こらなかった。
    • 逆にその後の失われた30年がなかった可能性もある。
      • その場合1990~2000代における出生率は現実より高かったかも。
      • 就職氷河期もなかった。
      • 場合によってはバブル景気が10年ほど遅れてやってきていた。
        • その場合、1990年代後半~2000年代前半生まれが「第3次ベビーブーム世代」と言われるようになっていた。
  2. ソ連においてはコロナ対応に批判が高まり、ソ連の崩壊が早まっていた。
    • 社会主義・共産主義の衰退も現実よりも早かった。
    • 東欧諸国の民主化や中国の経済成長も史実より早く進んだ。
  3. 日本においては、補償などで財政が悪化した結果、国鉄分割民営化が早まっていたかもしれない。
    • そのJRも、アフターコロナで鉄道の利用客が減少しているため、史実より厳しい経営を余儀なくされていた。
      • JR北海道・四国を除く完全民営化が現実より遅れた可能性もある。
      • 新幹線の整備が現実よりも遅れていた。
    • むしろ民営化はなかったか遅れていた可能性もある。
    • この時点でテレワークが普及していたら、独立採算制による国鉄民営化は不可能になっていた。国鉄は存続したまま、上下分離方式を採用して運行業務を民間に委託していた。またバブル以降に開発された郊外ニュータウン(ユーカリが丘・筑波学園都市など)は通勤ではなくテレワークが前提となるため鉄道整備が遅れた。
      • これらの地域は現実以上にクルマ社会となっていた。
        • 地方路線の廃止も現実以上に多かった。
      • その場合、既存の私鉄に運行業務を委託するケースが目立ったかもしれない。
        • 東名阪の大都市圏近郊輸送だけ民営化し、都市間輸送や地方は国鉄のままだったかもしれない。
      • 上下分離方式の概念が現実より早く生まれていた。
    • 100系新幹線は2階建て車両が製造されず、全車両電動車の平屋建てで登場したため最高速度は240km/hとなっていた。
      • 山陽新幹線では270km/h運転が行われていた。
      • JR首都圏中電のグリーン車へのダブルデッカー導入も行われなかった。ダブルデッカーは現在に至るまで近鉄のビスタカーが唯一だった可能性もある。
        • 首都圏における5~6扉車やワイドドア車も登場しなかった。
          • 多扉車に関しては現在に至るまで京阪5000系が唯一の存在となっている。
      • 100系の食堂車は製造されず、0系の食堂車・ビュフェ車も「当分の間営業休止」となった後、翌年11月のダイヤ改正で正式に営業取りやめとなった。
  4. 場合によっては経済が回復したころに昭和天皇の病状悪化に伴う自粛ムードが発生することになり、景気が再び悪化していた。
  5. この年の阪神タイガースは優勝できなかったかも。
    • もしそうだった場合、阪神は現在に至るまで日本一は達成していない。
      • 2023年が史実通りだったらこれが初の日本一となっていた。
    • 史実通り優勝していても盛り上がりはなかった。
      • その場合「カーネル・サンダースの呪い」はない。
        • 道頓堀に人が集まると密になるため、暴徒と化した阪神ファンがカーネル・サンダース人形を道頓堀川に投げ込むという事件が起きなかったため。
    • パ・リーグでは南海ホークスや阪急ブレーブスの身売りが史実より早まっていた。
    • 場合によっては阪神ではなく広島が優勝しており、古葉監督の最後の花道を優勝という形で飾ることができていた。
    • その代わり1992年に優勝していたかも。
  6. 8月の日航ジャンボ機墜落事故はコロナで旅行・帰省する人が減っていたため現実より死者が減っていた可能性が高い。
    • 場合によっては坂本九や当時の阪神球団社長などが亡くなることはなかった。
    • 日航の完全民営化はなかったか史実より遅れていた。
      • その後の経営悪化→倒産はなかったかもしれない。
    • 史実で奇跡的に救助された12歳の少女は時の人として有名にはならなかった。
    • 桂歌丸ら笑点メンバーや逸見政孝一家が事故のあった日航機に搭乗しようとしていたというエピソードはなかった。
  7. フジテレビの「夕やけニャンニャン」は放送されなかった。
    • おニャン子ブームは起こらず、アイドル冬の時代の到来が早まっていた。
    • ひいてはAKB48や坂道シリーズも結成されなかった可能性が高い。
      • ハロー!プロジェクトも。
    • 秋元康は現実ほど有名にはならず、ましてや高井麻巳子と結婚することもなかった。
      • 同様に後藤次利が河合その子と、木村拓哉が工藤静香と、名倉潤が渡辺満里奈と結婚することもなかった。
    • 逆に休校になる中学・高校が多かったため、現実以上に大ヒットしていたかも。
  8. コロナ禍による巣籠もり需要を機にファミコンブームが到来。全国でファミコン本体やソフトの売り切れが相次いでいた。
    • 同年に発売されたセガ・マークIIIもヒットしていたかもしれない。
  9. つくば科学万博は開催されなかった。
    • 西城秀樹の「一万光年の愛」は幻の科学万博のテーマソングになってしまった。
    • あるいは1年延期されていた。
    • その場合2005年の万博が首都圏開催となり2025年が愛知県開催になっていたかもしれない。
  10. 国鉄211系電車は当初から3扉ロングシート車として登場していた。
    • むしろ史実の719系のような座席配置が採用されてオールセミクロスシート車で登場していたかも。
  11. ユニバーシアード神戸大会も中止されていた。
  12. 国際青年年記念 ALL TOGETHER NOWも中止された。
  13. 同年登場した東武6050系は転換クロスシート主体になっていた。
    • 西武4000系も。
  14. 松本隆の小説「微熱少年」の題名から感染症による発熱を連想する人が少しいた。
  15. 1980年代後半に国民に10万円の現金給付が行われていた。
    • 18歳以下の子供限定になっていても、人口の多い団塊ジュニア世代がその恩恵に預かれていたので、経済効果も大きかった。
  16. 新自由主義という考え方は日本に定着しなかった。
    • 小泉内閣もなかったか、あってもやり方が現実と異なっていた。
    • 派遣労働の拡大もなかった。
      • 竹中平蔵の知名度は現実よりも低かった。
  17. スーパーマリオブラザーズは史実ほどヒットしなかったかもしれない。
    • 巣籠もり需要で逆にヒットしているかもしれない。
    • 外出自粛でやることなくなり、ファミコンのゲームを1日1時間以上やってしまう子供が増えて問題になる。
    • 昔ファミコンをやり過ぎた子供が倒れて病院に担ぎ込まれた…なんてニュースを見たことがある。ファミコン絶世期にコロナが広がって外出自粛になっていたなら、そんな事件が連日起こりまくり酷いことになりそう…。
  18. ハレー彗星フィーバーは起きなかった。
  19. 『ニュースステーション』は人気番組にならなかったか。
    • むしろ巣籠もり需要でテレビを見る人が多かったから、逆に大ヒットしてるかもしれない。
  20. 外出しない人が増えるので、「戦え!超ロボット生命体トランスフォーマー」は史実以上に大ヒットしていた。
    • 「機動戦士Zガンダム」も。
      • 「あんな終わり方になってしまったのは、コロナ禍できちんと最終回が制作できなかったからじゃないのか?」などと噂されていた。

1986年(34年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 太陽にほえろの最終回が、史実ではPart2の最終回放映時期であった87年1月になっていた。
    • また、史実と違い、藤堂警部役だった石原裕次郎さんは最終回の収録に参加しなかった。
      • これにより、石原裕次郎さんの最期の出演は史実通りであれば、699話までだった。
      • これは、この頃の裕次郎さんは末期の肝臓がんであったため、抗がん剤治療等の影響により抵抗力が低下していたのではないかと考えられるためである。
      • また、2020年春クールのドラマのように長期にわたる撮影中断が発生した場合、もっと早い段階で降板となっていた可能性があった。
        • 撮影中断となった時期が山村刑事殉職回の前だった場合、山村刑事は殉職せずに最終回まで参加していた。
          • もっとも、この場合は山村刑事が藤堂警部ポジションで動くこととなるため、渡さんが橘警部役で参加することはなかったのではないかと考えられる。
  2. 史実の通りに伊豆大島の三原山が噴火した場合、全島避難にかかる時間が倍以上になっていた
    • これは、避難するための船舶内での三密対策を実施することに伴い、史実より一度に乗船できる人員に制限がかかるためである。
    • また、避難は女性と子供が優先されたため、男性が滞留することとなった。
      • その中に、噴火中の山に戻る人が史実以上にいて、その中に犠牲者が数人くらい出ていたかもしれない。
    • 史実では東海汽船さんが当時所有していた客船8隻と近くで操業していた漁船2隻、海保の巡視船8隻、海上自衛隊の護衛艦2隻が避難作戦に参加していたが、コロナ下の状態ではそれらに加えてRO-RO船やコンテナ船、さらには当時東京港に出入りしていた他のフェリーまでもが作戦に参加していた。
  3. 「夕やけニャンニャン」は史実よりも1年ほど早く終了し、おニャン子クラブの解散も早まっていた。
    • 渡辺満里奈や工藤静香はソロでは売れなかったかもしれない(おニャン子加入が比較的遅かったため)。
      • 渡辺満里奈が名倉潤と、工藤静香が木村拓哉と結婚することはなかった可能性が高い。
  4. エドゥサ革命はなかったか。
  5. プロ野球の開幕も延期されていたため、阪神・掛布雅之がルーキーの斉藤学(当時の中日投手)から手首に死球を受けて骨折することはなかったかもしれない。
    • その場合、史実より長く現役を続けていた可能性がある。
      • この場合、後に監督に就任していた。
    • あったとしても史実よりやや遅れていた。
    • 斉藤学もトラウマがないので大投手になったか。
    • 翌年に飲酒運転で逮捕されることもなかったかもしれない。
  6. 外出しない人が増えるので、「ドラゴンボール」や「聖闘士星矢」は史実以上に大ヒットしていた。
  7. コロナ渦が続き壮大な戦シーンを撮影するのが難しいという理由で、大河ドラマは1986年放送のいのちに続いて1987年も近現代が舞台の大河ドラマが制作されたかも。独眼竜政宗のような時代劇の大河ドラマ復活は1988年か1989年になった。

1987年(33年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 国鉄から民営化されたJRは波乱のスタートを切っていた。
    • 民営化に伴うイベントは行われず、静かなスタートとなっていた。
    • 謝恩フリーきっぷは発売されなかった。
      • 青春18きっぷも民営化後は連続した日程での利用に限定され、複数人の同時利用も不可になっていた。
  2. 同年放送の大河ドラマ独眼竜政宗並びに次年放送の武田信玄は外出自粛の影響で忠実以上に大ヒットした。
    • しかしコロナ渦のせいで独眼竜政宗は途中番組が一時中断され放送話数が短縮され、物語後半のシナリオはかなり駆け足になった。さらに撮影に制限が出て戦シーンのクオリティーも落ちていた。独眼竜政宗や武田信玄はリアルタイム放送当時の視聴率こそ忠実以上に高かったが、後年の評価は落ちていただろう。
    • アニメ「シティーハンター」も。
  3. 仮にこの年のプロ野球が中止になっていた場合、中日ドラゴンズの近藤真一によるプロ初先発・初登板でのノーヒットノーランは達成されなかった。

1988年(32年前)[編集 | ソースを編集]

  1. この年の昭和天皇の病状悪化と合わせ、重苦しい雰囲気が漂う1年になっていた。
    • 最悪昭和天皇が罹患して崩御が数ヶ月早まっていた。もちろん天皇の死因がコロナとは公表されず、普通に肺炎とされる。
      • 新型コロナウィルスを過剰に危険なウィルスと報道したがるマスコミや政府の専門家によって、「昭和天皇は新型コロナウィルスが原因でお亡くなりになられました。」と大々的に報道されプロパガンダに利用されたかもしれない。
        • 戦前の神聖不可侵だった時代に天皇がコロナで亡くなった場合→神である天皇がコロナにかかるわけがない。死因がコロナとは公表されなかった。
        • 戦後の人間宣言した後の時代に天皇がコロナで亡くなった場合→コロナ関連死と大々的に報道されプロパガンダに利用された。
    • 平成は1年ずつずれていた。
      • 昭和64年は存在せず、平成元年は数ヶ月しかなかった。
      • 内村航平は文字通り平成生まれとなっていた。
      • 1988年生まれのうち、10月~12月生まれの者は平成生まれとなっていたかもしれない。
  2. コロナ禍の影響もありリクルート事件の追及どころではなくなっていた。
    • リクルート事件が有耶無耶のままで幕引きされるのに加え、消費税導入実施もコロナで無期延期されるので竹下登内閣は4年ぐらい続いていた。
  3. 巣ごもり需要もあり同年発売されたドラゴンクエストIIIは現実以上に大ヒットになっていた。
    • 感染防止のため完全予約販売になっていた可能性もある。
      • 逆に外出自粛の影響により、店舗での売上が落ちてヒットしなかったかもしれない。
    • 同じくこの年に発売されたスーパーマリオブラザーズ3も忠実以上に大ヒットした。ただしこちらは忠実の発売日がこの年の秋だったため、コロナ渦で開発が遅れて1989年発売になっていた可能性もあるかもしれない。
  4. 青函トンネル瀬戸大橋が開通しても盛り上がりに欠けた。
    • 開通に伴って行われたイベントが全て中止になっていた。
    • 東京ドームも波乱のスタートを切っていた。
  5. 当時ヒットしていたドラマを例として挙げたら、NNS系列の「もっとあぶない刑事」の放送が89年1月からになっていていたか、史実通りにANN系列の「ゴリラ」(89年4月~90年3月)の放送を開始したため、放送延期となっていた。
    • なお、放送自体はゴリラの終了を待ってから放送となったため、昭和劇場版シリーズが2作ほど増えていた。
    • そうなった場合、「劇場版あぶない刑事」(87年12月公開)→「またまたあぶない刑事」(88年7月公開)→「おれたちあぶない刑事」(89年5月公開)→「ますますあぶない刑事」(90年1月公開)→「もっとあぶない刑事」(90年4月~91年3月・NNS系列全国ネット)→「もっともあぶない刑事」(91年5月公開)となっていた。(おれたちとますますは仮題)
      • その場合、ゴリラの中で舘さんの出演シーンが少ない回が散見していた。
    • また、感染防止の観点からマスク着用が徹底されることに伴い、あぶない刑事シリーズだけでなく、この頃のテレビドラマや映画から喫煙シーンが激減していた。
    • それから、史実ではソウル五輪中継の影響により89年9月初頭で打ち切りになった「Newジャングル」の放送が少なくとも半年は延長されていた。
      • もっとも、コロナウィルス蔓延の影響により、ソウル五輪が1年延期か中止になっていた可能性がある。
      • 中止になった場合、アジア圏で次に開催されるオリンピックは1998年の長野冬季オリンピック、夏季オリンピックでいえば、2008年の北京オリンピックまで待たねばならなくなった。
        • 1988年の開催地に立候補して落選した名古屋は「落選して良かった…」と思っていた。
        • 2008年が史実通り北京だった場合、2020年がソウルだった可能性もある。2回目の東京はさらに先延ばしされていた。
  6. この年の前年10月から91年9月まで(中断期あり)テロ朝で使用されていた人文字OPならびにCLは存在しなかった。
    • その影響に伴い、テレビ朝日の歌が89年3月まで使用され、89年から91年9月ごろまで万里洋子氏の映像が使用されていた。
      • 場合によっては、ジョイナスに代わる91年9月ごろまで同氏が同局のイメージキャラクタとして採用されていた。
  7. 翌年の天安門事件と併せて反中感情が強くなるため、中国への制裁解除が遅れて1992年の天皇訪中も実現しなかった。
    • 中国の国際社会復帰が遅れるため、中国の経済成長は起こらないか、共産党独裁の崩壊後に経済成長が起こったかもしれない。
    • そもそも天安門事件が起こらなかったか、別の時期に起こっていた。
  8. 同年登場した西武4000系は転換クロスシート主体となっていた。
  9. 元来別の事業に失敗し、首が回らなくなっていた京成の旧型車両を置き換えるために京急から旧1000形8両を3年間借りていたという話があったが、史実以上に京急から車両を借りていた。
    • 史実では3年で重機の餌となったが、京成側で新車投入が遅れることとなったため、2000年近くまで京成1000形が走ることとなった。
      • また、史実では90年代に冷房化工事が実施された京成3000形電車と同3050形電車は最後まで非冷房車のまま廃車となった。
        • それから、史実では全車冷房化工事が実施された京成3100形電車と同3150形電車は完全に冷房化工事が実施されず、非冷房車から順に廃車されていくこととなった。
  10. 87年の年末ごろからコロナウィルスが蔓延していた場合、この年の1月5日に起こった六本木ディスコ照明落下事故は、休業下の無人状態で起こった事故になっていた可能性がある。
    • そもそも事故自体が起こらなかったか、別の時期に起こっていた。
  11. 88年に中国で起こった多くの修学旅行生が巻き込まれた列車衝突事故は、日本で大きく報道されることはなかった。
    • これは、そもそも修学旅行が中止となって修学旅行生が乗る理由がなくなってしまうからである。
  12. 船のデッキが三密になりやすいからという理由で、釣り船第一富士丸は休業に迫られ、その結果、海上自衛隊のなだしおとの衝突は起こらなかった。
  13. 外出しない人が増えるので、「それいけ!アンパンマン」は史実以上に大ヒットしていた。
    • 「鎧伝サムライトルーパー」も腐女子のみならず、本来の視聴ターゲット層である男児の間でも大ヒットしていた。

1989年(31年前)[編集 | ソースを編集]

  1. 年始にあった昭和天皇崩御と合わせ、重苦しい雰囲気が漂う1年になっていた。
    • 新元号「平成」は波乱のスタートを切ったと言われていた。
    • 同年亡くなった美空ひばりの葬儀は近親者だけでひっそりと行われていた。
  2. バブル経済は束の間の出来事となっていた。
  3. 翌年の「国際花と緑の博覧会」は開催されなかった。
    • 同年の「世界デザイン博覧会」も。
  4. この年の天安門事件と併せて反中感情が強くなるため、中国への制裁解除が遅れて1992年の天皇訪中も実現しなかった。
    • 中国の国際社会復帰が遅れるため、中国の経済成長は起こらないか、共産党独裁の崩壊後に経済成長が起こったかもしれない。
      • その場合、2008年の夏季五輪は北京ではなく大阪で開催されていた。
      • はたまたパリ。
    • そもそも天安門事件自体が起きなかった
  5. 宮崎勤事件は起きず、オタクに対するイメージが悪化する事もなかった。
    • 坂本堤弁護士一家殺害事件も。
    • というより、感染状況がある程度一段落するまで実行が延期されていた。その場合被害者の顔ぶれは史実と異なっていたかもしれない。
    • 宮崎勤事件が起こらなかった場合、『仮面ライダーBLACK RX』の後番組はライダーの新作になっていた
    • 宮崎勤事件がなかった場合、特警ウインスペクター(レスキューポリスシリーズ)が制作されなかったかもしれない。
  6. 京阪8000系は鴨東線開業に伴う運用増による1編成と旧3000系組み込み用の中間車だけに終わり、その後は旧3000系のリニューアルが行われていた。
    • その場合旧3000系は中之島線開業と前後して現3000系に置き換えられていた。
    • 8000系も1編成だけであることから、同年に登場した西鉄8000形と同じく平成のうちに引退していたかもしれない。
    • ダブルデッカー導入はなかった可能性もある。
  7. 消費税導入などの税制改正は収束まで無期延期されていた可能性が強く、竹下内閣が失脚することもなかった。
    • もし竹下内閣のコロナ政策がうまくいっていたら夏の参院選は自民党が順当に議席を得ていた。
      • 1993年に55年体制が崩れることもなかったかも。その場合新進党や民主党と言った新党は誕生しなかった可能性が高い。
  8. 製造コストを抑えるため、JR西日本は221系電車ではなく、同じ製造ラインをある程度流用できる211系電車を投入していた。
    • 新快速用車両には、平屋グリーン車も製造していた。
    • また、211系電車としては珍しく、転換クロスシートを採用していた。
      • JR東海の313系はこれをベースにしていた。
      • 形式はこれが215系になっていたかも。
    • JR九州の811系も211系車体で製造された。
    • JR各社で車両の仕様が共通化されていた可能性もある。
  9. 「おかあさんといっしょ」の30周年コンサートが開催されなかった。その反動でコロナの5類移行後の1994年に35周年コンサートとして歴代出演者を招いていたかも。
  10. 外出しない人が増えるので、「おぼっちゃまくん」や「らんま1/2」は史実以上に大ヒットしていた。

関連項目[編集 | ソースを編集]