トヨタ・カリーナ
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- 上級化しつつあったコロナと、大衆車としての地位を確立しつつあったカローラの間を埋める為の車種だった。
- 実は同時期にデビューしたセリカとは兄弟車だったりする。
- 80年代初頭、「もうひとつの兄弟車」であるセリカカムリが登場し、ほんの一時期ではあるが、三兄弟体制となる(後年、「セリカ」の名が取れ、(今で言うところの)「小さな高級車」路線にシフトする事になる)。
- 初代の最初期版を除き、CMキャラクターは、千葉真一氏のイメージが強い(日産セドリックの二谷英明氏ほど長くはないが、10年近くCMに出演していたので、印象に残っている)。
- ちなみに最初期のCMキャラクターは、後年『帰ってきたウルトラマン』の南隊員(副隊長格)や、『キカイダー01』の変身前であるイチロー役で特撮ファンにはお馴染みの池田駿介氏だった。
- 3代目以降は、数ヶ月後に登場した7代目コロナとプラットフォームを共用化して、「事実上の兄弟車」になった。
- 3代目登場時に、新たに追加されたのが、「サーフ」のサブネームを持ったスポーツワゴンだった(前代より設定されていたバンとは別ボディである)。
- 3代目モデルの途中から設定された1800ツインカムターボ追加時のCMキャッチコピーは、「鬼に金棒 ツインカムにターボ」だった。
- このツインカムターボは、カリーナだけでなく、兄弟車のコロナ、セリカにも設定されていて、上記のキャッチコピーは、当時4バルブDOHCでありながら、まだターボの設定がなかったスカイラインRSや3代目後期型シルビア/ガゼール兄弟を挑発しているようだった。
- しかし、ツインカムターボ搭載車は(7代目コロナも同様だが)、次期モデルガFFに一本化された為、僅か一代限りで終わってしまったのは残念である。
- このツインカムターボは、カリーナだけでなく、兄弟車のコロナ、セリカにも設定されていて、上記のキャッチコピーは、当時4バルブDOHCでありながら、まだターボの設定がなかったスカイラインRSや3代目後期型シルビア/ガゼール兄弟を挑発しているようだった。
- 兄弟車のセリカが4代目にモデルチェンジされた時に新たに追加された4ドアハードトップの「ED」は、なかなかの人気だった。
- 4ドアハードトップのEDは、初代モデルのモデリスタ仕様がタミヤでプラモデル化されるほどの人気だった。
- 新車当時のミニチュア化は、初代モデルの2ドアセダンがダイヤペットのミニカタログで登場が予告されたものの、諸般の事情によりお蔵入りになったが、後にハードトップの1600STが、2代目モデルの前期型が初代と同じくハードトップの1800SRがそれぞれモデル化された。
- しかし、どちらも「2ドアハードトップのスポーティーグレード」とはいえ、最上級グレードの「2000GT」ではないのが惜しまれる(笑)。
- 後年、アオシマから改造車をモデル化した小スケールミニチュアカーである「グラチャンコレクション」では、2代目後期型の2ドアハードトップ(多分2000GTであろう)がリリースされた。
- 後年、初代、3代目のセダンがトミカリミテッドヴィンテージネオでモデル化された(新車当時、通常トミカではEDさえも全く見向きもされなかったのに…)。
- コロナの兄弟車だったが2001年12月にアリオンになり消滅。
- 2026年になるまでこの項目が存在しなかったとは……。
- カリーナ(コロナ)系のワゴン・商用バンモデル。
- 都合3代に渡って生産されたのち、ステーションワゴンの人気が低下して販売を終了した。
- スバルのレガシィが人気になり始めたこのジャンルへ飛び込んだ車種。
- 乗用のカリーナサーフ、商用のカリーナバン/コロナバンを統合した関係で、この代だけは商用モデルが設定されていた。
- 外装のベースはT190系コロナ。ヨーロッパでも「カリーナE」として販売されていた関係で、日本で言うカリーナではなくこちらが選ばれた。
- 乗用はリアストラットの四独、一方商用は堅牢性とストラットの張り出しを減らすためにリアリジッドだった。この辺は他の商用バンと同じ。
- 結局のところレガシィに対する強みが存在せず、あのトヨタの販売網をもってしても全く太刀打ちが出来なかった。
- 理由は様々言われていたが、結局のところ商品性の弱さ一択だとは思う。AWDかつハイパワーターボという個性の塊だったレガシィに、凡庸なステーションワゴンが対抗したとて。
- 外部(自動車雑誌など)からも「バンの設定がダサ感を出してる」とか言われ、それを意識したのかモデルチェンジは乗用モデルだけ行い、商用は2002年までこの代を継続販売していた。
- ちなみにこのカルディナバンの後継がサクシード。2014年のプロボックス(カローラバンなどの系譜)との共通化までプロボックス比でオーバーハングが若干長く、積載重量も大きかったのはそれが理由だったりする。
- 質感の差が一番大きかったと思う。レガシィはスバルとして相当頑張ってた上に設えも良かった(特に2代目では)し、カローラワゴンに毛が生えたようなカルディナとはステージが違いすぎる。
- 内装については当時のコロナとほぼ同じだったので、トヨタらしく質感自体はレガシィより上だったような気はするが、それを打ち消すレベルのダサさがなぁ…
- T190コロナと共通の中期型まではともかく、最後に1年半ほど売ってたT210プレミオ/カリーナのダッシュ形状になったモデルは、「いやちょっとこれは……」という雰囲気を強く感じる。
- アレは…いわゆるビッグマイナーチェンジのマズいところが全てに出ているので…内外装ともに…
- T190コロナと共通の中期型まではともかく、最後に1年半ほど売ってたT210プレミオ/カリーナのダッシュ形状になったモデルは、「いやちょっとこれは……」という雰囲気を強く感じる。
- 内装については当時のコロナとほぼ同じだったので、トヨタらしく質感自体はレガシィより上だったような気はするが、それを打ち消すレベルのダサさがなぁ…
- 外部(自動車雑誌など)からも「バンの設定がダサ感を出してる」とか言われ、それを意識したのかモデルチェンジは乗用モデルだけ行い、商用は2002年までこの代を継続販売していた。
- 一応モデル途中から3S-GEを積んだモデルなんかも追加されたけど、時既に遅し。
- それまで2Lエンジンは3S-FEのみだった。そう思うと当初はスポーツ性を大きく意識していなかったのかも。
- レガシィに対してはボロ負けなのは事実だが、初代に関する限りそれ以外のライバルの大部分を潰せていたため売れ行き自体は悲惨ということはなく、当時としてはそれなりに売れてはいた。本当に悲惨なのは2代目以降…
- 理由は様々言われていたが、結局のところ商品性の弱さ一択だとは思う。AWDかつハイパワーターボという個性の塊だったレガシィに、凡庸なステーションワゴンが対抗したとて。
- 当時のトヨタ1BOXモデルにもよく設定されていた、屋根の大半をガラス張りにした「スカイキャノピー」なる仕様も存在した。
- 開閉機構もないとかであまりにも不人気だったため、数年で消滅。大型スライドガラスルーフの「エアリアル」へ置き換わった。
- フロントが若干チルトする以外は全部ハメ殺しのガラス。ハイエースやらタウンエース/ライトエースのようにガバッと開けば良かったのに。
- 今だったら固定ガラスルーフはさほど珍しくもないが、ガラスが開くことがステータスだったあの時代によく出したもんだと…
- フロントが若干チルトする以外は全部ハメ殺しのガラス。ハイエースやらタウンエース/ライトエースのようにガバッと開けば良かったのに。
- 開閉機構もないとかであまりにも不人気だったため、数年で消滅。大型スライドガラスルーフの「エアリアル」へ置き換わった。
- レガシィ対策モデル。
- トップグレードに四躯ターボの「GT-T」を置いたり、最高出力で260馬力を出したりしてみた。
- GT-Tは地味にフロントフェンダーが拡張されている3ナンバー仕様。言っても20mmぐらいの違いなので気付きにくいが。
- ATモデルには当時としては珍しいステアスイッチタイプのシーケンシャルシフトも装備していた。
- これはレガシィも3代目で追従したので、唯一影響を与えたと言ってもいい事象である。
- ATモデルには当時としては珍しいステアスイッチタイプのシーケンシャルシフトも装備していた。
- しかし結局売れず。
- 特に人気があったレガシィの2代目末期~3代目と完全にバッティングした不運もあるし、そもそもカルディナ自体にネームバリューがないからこうなった部分はでかい。
- ウィキペディアなんかでは「ヨーロッパでのアベンシスワゴンと同じ」と書いてあるが、完全な嘘である。
- あっちはそもそも型式からしてT220だし、ホイールベース長も全然違うシャシーが別物の車。
- 初代に続いてエアリアルも設定されていた。
- スポーツカーが嫉妬する。
- 全高が一気に30mmも下がったクーペルックに。結局レガシィとのガチンコは諦めたということか……。
- 1.のキャッチコピーも表すようにスポーツ性は相当意識されていて、トップグレードもセリカからあの「GT-FOUR」を引き継ぐ決断に踏み切った。
- 2代目アベンシスを日本導入するロードマップは既にあったと思うので、そことバッティングしないような車格になった影響だろう。
- この代のカルディナと言えば、なんといってもニュルブルクリンク北コースのタイムに関する顛末。
- A80スープラが記録した8分58秒というタイムを大幅に上回る8分46秒を記録した、というもの。当然ネット上では嘘だろという声が多く上がり、当時ボロクソに叩かれていたトヨタの評判をさらに落とす結果となった。
- 「実際よりも速いタイムを誤記してしまった」とかいう情報も出たが、それも批判勢力に「隠蔽体質」というレッテル貼りに使われてしまう。
- それでもトヨタ側はニュルに関連付けしたかったのか、のちに「GT-FOUR Nエディション("N"はニュルブルクリンクの意)」なるグレードを追加した。
- 「実際よりも速いタイムを誤記してしまった」とかいう情報も出たが、それも批判勢力に「隠蔽体質」というレッテル貼りに使われてしまう。
- A80スープラが記録した8分58秒というタイムを大幅に上回る8分46秒を記録した、というもの。当然ネット上では嘘だろという声が多く上がり、当時ボロクソに叩かれていたトヨタの評判をさらに落とす結果となった。
- と、スポーツ性を高めたことを売りにしていたものの、先代GT-Tと異なりマニュアルは未設定だった。今の章男トヨタなら設定してたのではないだろうか。
- 2007年に生産を終了。ワールドワイド的にはアベンシス1台でこのポジションを担うことになった。
- 日本だと3代目アベンシスは当初導入されていなかったが、これに加えてマークIIブリットなども無くなったりした関係でワゴンのみ復活した。
- 実はGT-FOURが最後の3S系列の搭載モデルである。他のグレードは1AZに置き換わっていた(1.8Lも7Aから1ZZへ置換)中、2Lにスポーツタイプのエンジンはこれしか残ってないことでこうなった。