コンテンツにスキップ

もし堺県が存続していたら

1881年2月7日に堺県廃止。

奈良県編入後の県域で存続していたら

[編集 | ソースを編集]
  1. 「鹿男あをによし」の撮影も堺県で行われることになる。
  2. 奈良府民という言葉はない。
    • そのかわり「堺府民」という言葉ができる。
      • 「大阪府堺市」は「堺府民」同様、堺市や堺県を揶揄する言葉になっていた。
  3. 「奈良テレビ」は存在せず、代わりに「堺テレビ」という独立U局ができる。
    • 送信所は二上山。
    • もちろん大阪市内でも視聴できるので、大阪で見ることができるテレビが1局増えることになる。
    • NHKも堺放送局を開設していた。現実の奈良放送局は「奈良支局」という取材・営業拠点のみの機能であった。
  4. 国立奈良女子大学は存在せず。
  5. 大阪府立大学は別の場所につくられ、現実の大阪府立大学の場所に国立堺大学ができる。
    • 奈良教育大学・奈良女子大学は史実通り。
      • むしろ「堺教育大」・「堺女子大」だった。
    • 大阪教育大学も池田のままか、高槻か枚方あたりに移転していた。
      • いや、枚方は堺県になるので茨木・箕面・千里あたりだったかも。
  6. 奈良市の観光宣伝はあまり活発にならない。
    • 代わりに橿原市あたりが現実よりも発展していたかも。
    • 奈良市は人口5万人程度の小都市のままで、「修学旅行といえば京都・堺」だった
  7. 高校野球はPL学園・天理・智辯学園が強豪で「宗教戦争」と呼ばれていた。
    • 大体大浪商が熊取に移転していればこちらで出場回数を増やしていた。
    • 大阪桐蔭や近大付などの強豪校も堺県。
    • 大阪府は2022年現在履正社の1強状態となっていた。
  8. 堺県+和歌山県で「南近畿」という枠組みが定着していた。
  9. 奈良交通は存在せず、近鉄バスが現実の奈良県域まで運行していた。
  10. 南海電鉄は近鉄の一部だった可能性も。
  11. 現実の奈良新聞は「堺新聞」という名前になっていた。本社は堺市で、販売エリアは現実の奈良県内に加え、河内・泉州及び大阪市南部(生野区・天王寺区・旧南区・西区以南の地域)も含まれていた。
  12. 泉州銀行は池田銀行ではなく南都銀行と合併し、行名も「堺銀行」となっていた。
  13. 奈良市内から関西空港まで大阪府を通らずに経由する高速道路が作られる。
  14. 人口は静岡県と同程度。
    • 参院堺県選挙区の定数は2で、自民と維新とで分け合っている。
  15. このままでは大阪府が狭すぎるので、兵庫県の南東部(芦屋・西宮・宝塚市以東)が大阪府に移管されていた可能性もある。
  16. この場合も松井一郎氏や吉村洋文氏は堺県の知事になっていた。

関連項目

[編集 | ソースを編集]