もし南海電気鉄道が近畿日本鉄道から離脱しなかったら
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戦時統合により南海電気鉄道と関西急行鉄道(現在の近鉄の前身)が合併し誕生した近畿日本鉄道ですが、社風の違いなどから、お互いの経営者が合併を望んでおらず、実史では高野山電気鉄道へ旧南海電鉄の路線を継承する形で南海電気鉄道が再発足しますが、仮に南海電鉄が近鉄から離脱しなかったら?
路線[編集 | ソースを編集]
| 難 波 | |||
| NAMBA | |||
| ← | 今宮戎 IMAMIYAEBISU |
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- 近鉄難波駅は「西難波」を名乗っていた可能性が高い。阪神なんば線開業で別名に改称とか・・・
- あるいは「大阪戎橋」と名乗っていたかも。
- (参考:現在の近鉄難波ビルはかっての演芸場「戎橋松竹」の跡地)
- むしろ「難波道頓堀」になっていた。
- 汐見橋駅と桜川駅の駅名もどちらかに揃えられる。
- 近鉄難波線も桜川駅まで伸びていた。
- むしろ、改札を出ずに乗り換えられるような地下通路(東京駅の京葉線や横須賀線みたいなやつ)を設けて無理やり同一名称を名乗っていた。
- あるいは「大阪戎橋」と名乗っていたかも。
- 大阪阿部野橋駅と亡き南海線天王寺駅の間で運賃通算の特例があった可能性も。
- それ以前に天王寺線自体が廃線になってないと思う。
- 治安の観点とかから廃線にはしていたと思う。代わりに、あべの橋から天王寺線の跡地も活用して南海難波へ乗り入れる新線を建設していたと思われる。
- 地下線になっていた可能性はあるのでは?
- 治安の観点とかから廃線にはしていたと思う。代わりに、あべの橋から天王寺線の跡地も活用して南海難波へ乗り入れる新線を建設していたと思われる。
- 大阪阿部野橋駅は近鉄天王寺駅に改称していると思う。
- それ以前に天王寺線自体が廃線になってないと思う。
- 長野線から高野線に直通する電車も柏原-橋本で走っている。
- 河内長野駅のホーム構造が大幅に変わっていただろう。
- 近鉄の駅としての乗り換えターミナル駅になっているので、駅ビルももちろん近鉄のものだった。
- 「ノバティながの」のテナントも近商ストアだったかも。
- 近鉄百貨店長野店になっていたかも。
- 近鉄の駅としての乗り換えターミナル駅になっているので、駅ビルももちろん近鉄のものだった。
- 青の交響曲も南海線系統に乗り入れる。
- 極楽橋まで登らせるために種車に2200系が選ばれる。
- 青の交響曲と天空のコラボ乗り入れがもっと早く実現している。(史実では2024年夏)
- 河内長野駅のホーム構造が大幅に変わっていただろう。
- 吉野山と高野山が一体となった共同観光キャンペーンも行われている。
- 「吉野高野1dayチケット」なんてものも発売されている。
- この場合現在まで高野山電気鉄道が残っていた可能性が高いため、一体化できたかは微妙。
- いや、戦後になって近鉄に吸収合併でしょう。(奈良電気鉄道みたいに)
- この場合現在まで高野山電気鉄道が残っていた可能性が高いため、一体化できたかは微妙。
- 吉野ロープウェイも近鉄の路線になっていた。
- 「吉野高野1dayチケット」なんてものも発売されている。
- 堺筋線との乗り入れも実現していた。
- その為、阪急は天神橋止まりのまま。
- むしろ旧南海線を改軌して近鉄~堺筋線~阪急の三社相直。
- その場合、日本橋に連絡線を設置して奈良や伊勢志摩方面からの関空直通特急が運転されるかも。
- 改軌した「近鉄和歌山線」とJR関西空港線の軌間が異なるため、関西空港連絡橋は当初から三線軌条で建設された。
- 成田スカイアクセス線のように単線並列だったかも。
- 改軌した「近鉄和歌山線」とJR関西空港線の軌間が異なるため、関西空港連絡橋は当初から三線軌条で建設された。
- その場合阪急京都線系統の車両の車体長は20mになっていた。
- その場合、日本橋に連絡線を設置して奈良や伊勢志摩方面からの関空直通特急が運転されるかも。
- あるいは阪急は松屋町筋線に乗り入れる。
- むしろ旧南海線を改軌して近鉄~堺筋線~阪急の三社相直。
- いっそのこと谷町線が天下茶屋に乗り入れて天王寺以南が天王寺支線の地下線扱いに、堺筋線が動物園前(飛田)から高速化した南海平野線に直通。ルートが大幅に変わって阪急は谷町線に乗り入れたかも。
- その為、阪急は天神橋止まりのまま。
- 高野線の「天空」は近鉄特急の指定席体系に組み込まれていた。
- 橋本駅まで行かずとも各駅で指定券が買えるようになっていた。
- 近鉄名古屋~和歌山市も特急券は通し発行となる。
- 「つどい」と同じような体系になっていただろう。
- 南海平野線(史実では1980年廃止)は八尾あるいは柏原まで延伸されていたかもしれない。
- その際高速電車化が行われ、車両も大阪線と共通になっていた。
- 天王寺から大阪市営地下鉄谷町線・恵美須町から堺筋線に直通していた可能性もある。
- この場合谷町線は架線式1500V集電方式で開業していた。
- 平野線と南大阪線の交点に駅ができていた。
- 空港特急「ラピート」はあんなデザインにならず、21000系「アーバンライナー」をベースにしたスタイルで登場していた。
- 更新工事の際にはスーパーシート(この場合デラックスシート)が1両に減らされていた。
- 近鉄23000系「伊勢志摩ライナー」と空港特急車は登場時期の調整が行われ、94年・95年の両年で近鉄がブルーリボン賞を連続受賞していた(史実では23000系の登場が時の伊勢神宮式年遷宮から1年遅れ、95年ブルーリボン賞で南海50000系に敗れて受賞出来ず。一方94年同賞は受賞車両なし)。
- 関空特急導入を機にアーバンライナー、伊勢志摩ライナー、さくらライナー、22000系、16400系への英語放送導入は史実より早まっていた。
- 関空特急、高野山特急の自動放送も津田英治を起用(後に有田洋之に更新)。
- 関空特急の愛称は「エアポートライナー」、後に新車を導入することになり「○○そら」(あおぞらは被るのでNGか)「○○かぜ」みたいな愛称になる。
- 1980年頃には、奈良線、南海線どちらの軌間幅にも対応した地下線を難波~梅田~新大阪で建設できていた可能性もある。
- あべの橋から、なんば迄新線建設がなされ、その新線に直通。(ダイヤがやばいことになりそうだが・・・)
- 大阪軌道線(阪堺・上町・平野線)は1980年の時点では経営分離されず、21世紀に入って伊賀・養老鉄道と同時期に行われる。
- 和歌山電鐵貴志川線も岡山電気軌道ではなく近鉄の子会社として運営されていた。
- 貴志川線は680系や820系の最後の働き場所となっていた。
- 大阪軌道線には2005年頃に近畿車輛製「JTRAM」が導入されている(史実では阪堺線初の超低床車はアルナの「リトルダンサー」が導入)。
- 和歌山電鐵貴志川線も岡山電気軌道ではなく近鉄の子会社として運営されていた。
- 近鉄は和歌山県にも路線を保有していた。
- 和歌山軌道線は通常軌道路線に変更され、和歌浦線及び南海本線延伸線(和歌山市~海南)として整備。一方和歌山からの路線は史実通り廃止。
- 野上電気鉄道と和歌山軌道線が直通運転していた。
- 戦後、野上電気鉄道と和歌山軌道線を運営していた和歌山電気軌道は近鉄と合併していた。
- その後和歌山電鐵として子会社に移管される。
- 和歌山のバス会社は三重交通のように和歌山電気軌道の法人を引き継いだ和歌山交通が担当。和歌山バスの路線だけでなく、明光バスや御坊南海バス、熊野交通も経営統合し、和歌山市から新宮市まで路線を張り巡らせていた。
- 戦後、野上電気鉄道と和歌山軌道線を運営していた和歌山電気軌道は近鉄と合併していた。
- 難波や泉北、和歌山市、堺の駅前の百貨店は高島屋ではなく近鉄百貨店だった。
- 難波駅の百貨店は戦前から高島屋だったので、戦後は近鉄と合弁の「近鉄タカシマヤ」という店名になっていた。なお、JR和歌山駅前には近鉄百貨店は建設されなかった。
- 高島屋に近鉄資本が入っていた。そして平成になって近鉄百貨店と高島屋が経営統合する。
- 名古屋店もJR東海の資本では無く近鉄の系列として存在する。一方で松坂屋が名古屋駅から撤退しない。
- 和歌山駅に近鉄百貨店はなかった。
- 代わりに大丸が和歌山駅前に移転し存続していた。
- 特急サザンは全車指定席として運行されていた。
- 快速急行が南海線にも運行されている。停車駅はサザンの停車駅が史実通りならそれに泉大津(+貝塚?)を加えたもの。尾崎・みさき公園他の一部あるいは全部通過なら史実のサザン停車駅(+貝塚?岸和田から急行停車駅準拠となった場合)。
- いずれにしろ天王寺・上本町に加え、難波営業局(南海線系統)もいれて大阪輸送統括部が発足していた。
- むしろ狭軌線と標準軌線で分かれていた可能性が大きい。南大阪線(天王寺営業局)は難波営業局に統合されてただろう。
- ステンレスの南海6000系は誕生していない。が、近鉄3000系の狭軌版が誕生していた可能性はある。量産化していたかは微妙だが・・・。
- 帝國車輛工業は東急車輛製造ではなく近畿車輛と合併していた。また、関西の私鉄・地下鉄で東急車輛製の車両を導入していたのは大阪市営地下鉄だけであった。
- ズーム特急は近鉄旧ビスタカーをモデルとした連接車になっていたかもしれない。列車愛称はないが、車両に「こうやライナー」と名付けられる。
- 50年代の登場時点では愛称が「ズームカー」、列車名称に「高野」とつけられていたかもしれない。
- 2代目ビスタカーの二階無しみたいな見た目。形式は20000系をそのまま採用?
- 水間鉄道が近鉄の路線になっていた。
- 粉河への新路線も建設されていた。
- どこから延伸するかはさておき、五条駅乗り入れが実現していた。五新線が開通していた場合、特定地方交通線に指定されたら即買収し大阪から新宮への直通列車を走らせている。
- 八木新宮特急バスはそのあおりで廃止されているが、八木潮岬とか高野山伊勢とかのとんでもない長距離バス路線が代わりに誕生していて、日本最長路線商売はそのまま続けられる。
- 北山峡特急バスが現在も存続している。
- 八木新宮特急バスはそのあおりで廃止されているが、八木潮岬とか高野山伊勢とかのとんでもない長距離バス路線が代わりに誕生していて、日本最長路線商売はそのまま続けられる。
- (当時の名古屋線も含めて)狭軌路線の方が多くなるので全線あるいは名阪特急は狭軌になっていたかもしれない。
- 近畿日本鉄道の略称は近鉄ではなく「日本鉄道(日鉄)」もしくは「近畿日本(近日)」になっていたかもしれない。
- 近鉄の通勤車増備の長期停滞は発生していないかも。
- 史実の南海電鉄の路線が以下のようになっていた。
- 南海本線→近鉄和歌山線
- (南海和歌山港線を海南まで延伸し編入) 大阪難波↔海南(JRきのくに線との共同駅)
- 和歌山マリーナシティへのアクセスとして途中に「マリーナシティ駅」を設置。
- 南海高野線(岸里玉出↔紀伊橋本)→近鉄橋本線
- (紀伊橋本↔極楽橋)↔近鉄高野線
- 南海鋼索線(高野山ケーブル)↔近鉄高野鋼索線
- 泉北高速鉄道→近鉄泉北線。のちに和泉山脈ぶち抜いて粉河まで延伸し「近鉄紀北中央線」に路線名改称。
- 粉河駅は紀伊橋本駅とともにJR和歌山線との共同駅と乗り換え駅となっている。高度成長期終盤(1970年代後半)あたりにはJR和歌山線全線複線電化が完了し、2024年現在は227系による快速運転が時間あたり2本設定されている。
- 南海多奈川線→近鉄深日港線
- 南海空港線→近鉄関西空港線
- 南海高師浜線、南海加太線はそのまま近鉄高師浜線、近鉄加太線。
- 南海貴志川線は史実通り和歌山電鉄となるが、両備ホールディングスでなく近鉄の傘下として運営される。のちに紀勢本線の和歌山駅〜和歌山市駅間を買収のうえ貴志川線に編入され和歌山駅が「友田町駅」となっている。もちろん、水間鉄道線は近鉄水間線。
- このように滋賀県を除く近畿地方(史実通り2009年に阪神と相互直通)一円に長大路線網を持つ近鉄であるが、沿線に世界遺産に富んでいるので「世界遺産周遊きっぷ」を直通先の阪神と共同で発売している。使用期限は1年。
- 南海本線→近鉄和歌山線
- 後に汐見橋線、高師浜線、多奈川線、加太線の各線も経営分離がなされた。
- 大手私鉄全体に見れば、台車メーカーでは在京私鉄は東急車輛、名鉄は日本車輛、近鉄以外の関西私鉄は川崎重工、そして近鉄のみ近畿車輛と日本製鉄(旧 住友金属工業)の2社体制というように棲み分けされている。
- JR西日本の「関空・紀州路快速」に対抗するため、大阪阿部野橋発橿原神宮前・富田林行き同様、大阪難波発関西空港・和歌山市行きの多層立て(前4両関西空港行き、後ろ4両和歌山市行き、計8両編成、泉佐野まで併結)の快速急行が終日時間あたり3本設定されている。
- 南大阪線の大阪阿部野橋到着前の車内アナウンスは「阪堺電車は…」でなく、「大阪トラム線…」と案内されている。
- 和歌山線の天下茶屋駅から奈良線の布施駅まで連絡線「上町連絡線」を設け、大阪難波発着のみでなく、近鉄奈良駅〜関西空港駅間でも空港特急が運行されている。
- 各駅停車の種別が「普通」に、旅客案内放送は「和歌山市行き各駅停車」のように「各駅停車」に統一され、萩之茶屋駅と今宮戎駅に普通列車全列車が停車するようになっている。
- 総営業距離が大手私鉄ダントツの750km超え、けいはんな線、乗り入れ先の大阪メトロ中央線、南大阪線系統、伊賀線、養老線、内部八王子線、史実の南海線系統も含め全線DC1500Vの1435mm軌間となっている。
- このため、なにわ筋線は近鉄単独の路線となり、うめきたから十三へ延伸し、阪急神戸線へ乗り入れていた。
- JRは今後も京都・新大阪駅から関空や南紀直通列車は大阪環状線経由となる。大阪駅のうめきた地下ホームは単独でできていただろうが。
- このため、なにわ筋線は近鉄単独の路線となり、うめきたから十三へ延伸し、阪急神戸線へ乗り入れていた。
- 大阪メトロ中央線と堺筋線の堺筋本町駅付近に連絡線を敷設し、海遊館と天保山ハーバービレッジへのアクセスとして和歌山市駅・橋本駅〜コスモスクエア駅間で直通運転を実施している。その結果、近鉄側で3200系50番台(仮)が充当され、大阪メトロ側からは堺筋線、中央線の車両が和歌山市駅、橋本駅まで顔を出す。
- 2025年初頭、大阪メトロ中央線の夢洲駅の開業と同時に運転区間がコスモスクエア駅から夢洲駅まで延長され、大阪・関西万博閉幕後も引き続き直通運転を実施する予定。
- 京阪も中之島駅からなにわ筋線につながる連絡線を建設し、難波や関空に乗り入れる列車が運行されていた。
- 名古屋地下鉄でも、2000年初頭までに金山線が開業しており、近鉄四日市駅〜(計画通り戸田駅にて金山線に乗り入れ)〜新栄町駅間で相互直通運転を、ゆくゆくは、名鉄への乗り入れ(豊橋方面へ、もうひと頑張りで浜松方面)も視野に入れる。(可能不可能は問わず)
- 大阪難波駅の和歌山線、高野線乗り場が史実より約700m北方に移設され奈良線への乗り換え時間が大幅に短縮される。また、大阪メトロ御堂筋線へのアクセスも同様。
球団[編集 | ソースを編集]
- 同一企業による球団経営が認められないので大阪近鉄バファローズは誕生せず藤井寺球場も建設されなかった
- ホークス(ただし名称は「近畿日本ホークス」になる)の本拠地は大阪のままでいられたかも知れない
- 真の大阪の球団としてのアイデンティティを持ちタイガースとホークスの関係はサッカーのガンバとセレッソの様な関係になっていた。
- (旧近鉄バファローズは旧本拠地の藤井寺から河内のイメージが強かった)
- 「近畿日本軍」を引き継いで「近畿日本ホークス」とはなるものの、昭和20年代中には「近鉄ホークス」となる(百貨店と同様)。
- 現実ほど阪神に人気が一極集中しなかったかもしれない。
- その代わり「大映ユニオンズ」が現在まで存続している
- ユニオンズは大映倒産と共に身売りするが、80年代末にダイエーに買収されて福岡に移転し「福岡ダイエーユニオンズ」になっていた。
- 「大映」が「ダイエー」に改名したのかと勘違いされるな。
- その後ソフトバンクに身売り。
- 藤井寺が出来たのは1928年なので、大阪球場が作られず藤井寺を本拠地にしていた可能性が高いのでは。
- 大阪球場が建設されない場合、「なんばパークス」の構造が現実と異なっていた。
- あるいは京阪が球団を保有していた可能性もある。
- 最終的に大阪ドームへの本拠地移転は史実通り。
- ホークス(ただし名称は「近畿日本ホークス」になる)の本拠地は大阪のままでいられたかも知れない
- 実史以上に巨大化した近鉄に対抗する為、「阪神電気鉄道」と「阪神急行鉄道」が合併していた可能性もあったか
- この場合、上記の「大映ユニオンズ」に加え「松竹ロビンス」が現在まで存続している
- 身売りした場合、楽天かオリックスが「松竹ロビンス」を買収していたかもしれない。
- オリックスの宮内オーナーはブレーブスのファンでは無くタイガースのファンとなりタイガース買収を試みるが門前払いを受け買収は頓挫・・・
- 場合によっては京阪も合流していた。
- この場合、上記の「大映ユニオンズ」に加え「松竹ロビンス」が現在まで存続している
- 近畿グレートリングが近鉄バファローズに改称され現在も存続していたならば、大阪ドーム、藤井寺球場、そして、2軍用として紀三井寺公園野球場(近鉄和歌山球場に改称)、橿原公苑野球場を本拠地としていた。但し、大阪難波駅に隣接する大阪球場は史実通りなくなり大阪市内においての上本町、あべのと並んでの「近鉄百貨店なんば店」付設の大型商業施設として整備されている。
バス[編集 | ソースを編集]
- 戦時中に奈良交通など周辺の交通機関を悉く買収し、全部近鉄バスになっている
- 東は愛知県名古屋市から、西は愛媛県四国中央市までを網羅し、滋賀県や兵庫県にも進出。京都府内の路線も増え、「近鉄の騎馬部隊」などと呼ばれる。
- 史実で南海グループの西限は旧新宮村までだったが、瀬戸内運輸も傘下に収めて松山まで進出しているかもしれない。最盛期は近鉄グループのバスだけで名古屋から松山まで乗継が出来たり?
- しかしモータリゼーションの進展により経営が悪化すると、東の東武バスよろしく分割を繰り返すようになる。
- 現在では大阪府内と奈良県の一部のみが近鉄バスの傘下であり、うち松原以西が近鉄バスウエスト、大阪市内や東大阪市辺りが近鉄バスセントラル、以東は近鉄バスイーストが運営している。
- 東は愛知県名古屋市から、西は愛媛県四国中央市までを網羅し、滋賀県や兵庫県にも進出。京都府内の路線も増え、「近鉄の騎馬部隊」などと呼ばれる。
- 史実で南海電鉄バス→南海バスの走るエリアも近鉄バスが走っている。
- 富田林市や堺市の一部など南海バスと近鉄バスが並走しているエリアも近鉄バス単独になる。
- 河内天美駅からのセブンパーク天美に行くバスは、堺東から直通している。
- 富田林市や堺市の一部など南海バスと近鉄バスが並走しているエリアも近鉄バス単独になる。
- 関西空港へのエアポートリムジンバスも関西空港交通と近鉄バスの2社で走っている。
- 21世紀現在は和歌山のバス会社は整理されており、和歌山バス・和歌山バス那賀・南海りんかんバス・御坊南海バス・熊野交通・明光バス及び大十バス(というか野上電鉄バス)と中紀バスはまとめて「和歌山交通」として一体化。
- 有田鉄道と龍神自動車だけは独立して存続。ただ龍神は傘下になっている可能性も高いか。有田交通は加茂郷の和歌山バス撤退路線を引き継いだだけなのでこれも存続(または広域路線維持のため加茂郷地区から撤退していない)。
- 有田鉄道は鉄道運営時代に近鉄に買収されているかも。
- 有田鉄道と龍神自動車だけは独立して存続。ただ龍神は傘下になっている可能性も高いか。有田交通は加茂郷の和歌山バス撤退路線を引き継いだだけなのでこれも存続(または広域路線維持のため加茂郷地区から撤退していない)。
- 貝塚駅一帯の水間鉄道バスは鉄道事業ごと近鉄に買収されている。そのため史実の貝塚周辺での南海バスの空白エリアは存在せず、バスだけで大阪市内から岬町まで移動出来る(ただし岬町の路線撤退とコミュニティバス化は史実通り行われている可能性もある)。
- 天狗木峠での乗り換えを強いられていた国道753号線振興目的の越県バス「すずかけライン」(高野山~洞川温泉)は和歌山・奈良の共同運行路線として乗り換えなしの直通運転で現在も続いている。洞川温泉の知名度もほんのちょっぴり上がる。
- 高野山から野迫川村を経由して立里荒神に行くバスは、そのまま野川上村に出て阪本方面を経由し十津川温泉まで至る県越え長大路線と化している。
- 金剛駅前~富田林駅前や、三重県内から潮岬への直通特急バスなどが実現。橋本~五条のバスも廃止されていない。
- 金剛自動車は全面廃止に至る前に近鉄に身売り交渉を行い、普通にほぼ全ての路線が近鉄バスに引き継がれている。
- 淡路交通もおそらく近鉄に買収されている。
- 名和特急(名古屋~和歌山)、名徳特急(名古屋~徳島)のようなバス路線が誕生している。名徳特急には夜行便もあったかもしれない。
- 高速バスが多数走行している関係で、京奈和道は郡山JCTまで全線早急に整備されている。
- 和歌山県紀の川市にある和歌山バス那賀は「近鉄バス紀北営業所」、「和歌山近鉄バス紀北営業所」を経て、「紀北交通」の本社で、史実の近鉄バスホールディングスの子会社の和歌山近鉄バスグループの傘下となっている。
- この場合、史実の南海りんかんバスは「紀北交通橋本営業所」で橋本市内エリア、高野山エリアがそれぞれ同所の「橋本車庫」、「高野山車庫」として運用されている。
- 紀伊橋本駅発関西空港行きリムジンバスが国道24号線、JR和歌山駅(東口)阪和・関空自動車道経由で運行されている。JR和歌山駅までの停車停留所は、高野口駅口、妙寺駅前、笠田駅筋、井田(紀北交通本社)、粉河駅前、パナソニック和歌山工場前、岩出駅、JR和歌山駅東口、以降関空まではノンストップ。
- 先述の「和歌山近鉄バスグループ」の傘下は下記に記す通りとなる。自治体名は運行エリア。
- 和歌山近鉄バス 大十バスを統合。和歌山市、海南市、
- 紀北交通 南海りんかんバスを統合。和歌山市、岩出市、紀の川市、海草郡、伊都郡、橋本市、泉南市、泉佐野市(泉南市、泉佐野市は近鉄バス)奈良県五條市(同じ近鉄系の奈良交通のエリア)。
- 中紀バス 御坊南海バス、 龍神バス、有田交通を統合。 有田市、有田郡、御坊市、日高郡。
- 明光バス 田辺市の一部と白浜町、すさみ町、上富田町。旧龍神村を除く。
- 熊野交通 上記以外のエリア。三重県熊野市(三重交通エリア)、吉野郡十津川村、奈良県五條市(十津川村と五條市は奈良交通のエリア。
その他の事業[編集 | ソースを編集]
- 南海フェリーと伊勢湾フェリーは運営が一体化していたかもしれない。もしSHKグループを傘下にしていれば、新日本海・阪九フェリーや東九フェリーまで傘下になっていたかも…。
- 大阪や名古屋から舞鶴への連絡高速バスが誕生していた。また防長交通エリアへの接続のため、大阪から伊予三島を通って徳山か下関に到達する連絡フェリーが運航されている。
- 徳島港の南海とオーシャン東九の乗り場は統一されている。
- 関西空港民営化の折、全力で運営権を取りに行っている。
- 岸和田辺りにも近鉄百貨店が開業している。勢いに任せて橋本にも作る(赤字で21世紀になって撤退を余儀なくされるかも)。
- 新宮には本州最南端の「新宮近鉄百貨店」が開業。史実よりほんの少しくらいは発展していたかも。
- 岸和田とりんくうタウンには出店計画があったそうなので、実現可能性は高い。
- 関空にもできていた。
- 泉北高速鉄道はもちろん近鉄自身の手で開業し直営。ただこの場合、トラックターミナル民営化の際に傘下に出来たかは微妙。
- むしろ大阪府都市開発はトラックターミナル専業となり、鉄道の運営に関わることはなかった。
- 史実の南海国際旅行の営業所は全て近畿日本ツーリストの営業所になっている。
- 史実のサウスタワーホテル→スイスホテル南海大阪はシェラトン都ホテルなんばになっている。
- 堺駅のリーガロイヤルホテル堺も、アゴーラでは無く近鉄グループが買い取って都ホテルに。メリディアンなどのマリオットの日本未導入ブランドが導入されていた。
- りんくうのANAゲートタワーホテルもリブランドで都ホテルになっていた。
- 四国方面への進出が進み、琴電は傘下にされ、近鉄の標準軌車の流れ着く最後の地と化していた。一方琴参バスは経営統合により倒産前に消滅している。
- 和歌山県、奈良県、大阪府のスーパーマーケットはオークワ、松源、近商ストアの3社によるデッドヒートが展開されている。
- 海運会社「関西急行汽船」が設立。史実の南海フェリーを統合し和歌山市を拠点に友ヶ島、四国、淡路島、山口県(主に同じ近鉄系の防長交通のエリア)、北九州、大分方面への瀬戸内海の海上旅客事業を展開している。
- 和歌山市のプラクリ丁の界隈がシャッター街でなく、街ゆく人同士の隣の肩が互いにぶつかるような賑わいぶりを見せており、「丸正百貨店」は廃業していなかった。
- 八幡丸物が2024年現在、「近鉄百貨店八幡店」或いは、「近鉄百貨店北九州店」となっており九州地方での唯一の店舗となっている。
- この場合、山口県の「近鉄松下百貨店」が「近鉄百貨店周南店」に改称され現在もなお存続していたかもしれない。