もし阪神・淡路大震災が発生しなかったら/交通
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鉄道[編集 | ソースを編集]
- 阪神間の阪急・JR・阪神は未だにスピード競争をやっている。
- 阪急特急は岡本・夙川を通過。
- 夙川は2003年頃に停車しただろう。
- JR新快速は芦屋一部通過の方針を貫く(現実では2003年12月改正で全部停車)。
- 阪神特急の梅田~三宮間の停車駅は現在も西宮・芦屋・御影。
- 近鉄直通快速急行も現実よりは速かった。三宮~大阪難波間の停車駅は魚崎・西宮・甲子園・尼崎・西九条のみになっていたと思われる。
- 結局福知山線脱線事故でJRはスピード規制を辞める。
- 震災復旧が早かったことでJRがさらに力を付けることはなかったので事故自体なかったのでは?
- 村上ファンドによる株の買い占め後、阪神の経営統合の相手は阪急ではなかったかもしれない。
- 震災後定期券の相互利用など阪神と阪急による協力が進んだため。
- 京阪か近鉄と統合していた可能性がある。
- 京阪と統合していた場合、中之島線は当初から阪神に接続する形で建設され、相互直通も行われていた。
- 新潟県中越地震では、小千谷市では現実と違い地震対策が皆無で被害者が倍増。
- とき325号、脱線と同時に高架橋の崩落(鉄板巻きが無い為)に巻き込まれ死者多数。新幹線の安全神話が完全に崩壊。
- 「ときタン」なる愛称は生まれず、それどころか「325号」は永久欠番に。
- JR東日本はその後10年間ぐらいは車両基地公開を自粛していた。
- 甚大なダメージを負った上越新幹線は長期運休。東京新潟間は完全にバス輸送に主導権を奪われる。
- 東京-鶴岡・酒田間は山形新幹線経由に誘導させるものの、羽田-庄内間の空路に完敗していた。
- 年末年始の「ムーライトえちご」は1往復で乗客を捌ききれず臨時の91・92号を設定した。
- ただし練馬から先の一般道の渋滞の問題がある以上、計画止まりだった首都高練馬線が建設する運びになっていた。
- 北陸新幹線開業以降は上越新幹線の本数が大幅に減らされる。
- 新潟県の東京指向が現実よりも弱くなり、逆に名古屋・大阪指向が強まっていた。その結果急行「きたぐに」は車両置き換えで存続していた。
- 越後湯沢以南は被害がほとんどなかったため史実と変わらなかったが、北陸新幹線金沢開業後は越後湯沢発着の「たにがわ」は朝晩だけになっていた。
- 磐越西線経由での東京-新潟間の代行輸送も実施され、快速「あがの」が郡山まで臨時延長運転されたほか、キハ48形を使用した郡山-新潟の臨時快速も運行された。
- 「ときタン」なる愛称は生まれず、それどころか「325号」は永久欠番に。
- とき325号、脱線と同時に高架橋の崩落(鉄板巻きが無い為)に巻き込まれ死者多数。新幹線の安全神話が完全に崩壊。
- 阪神電車の9000系は誕生しなかった。
- 2009年の阪神なんば線開業に際しては1000系が史実より多く製造されていた。
- 阪神5500系は従来の青胴車色で登場していた。
- 9300系や8000系リニューアル車もジャイアンツカラーにならず、赤胴車色のままだった。
- ステンレスカーは導入されない。
- 1000系と5700系は、近鉄電車をベースとしたアルミカーになっていた。
- あるいは5500系・9300系をベースにアルミ車体に変更されていた。
- 昭和30~40年代に登場した5151・5261・5311形は5500系で1996~2000年頃に置き換えられていた。そのため5550系は登場しなかった。
- その分5131・5331形の5143-5144-5337-5338の編成が史実より長く残留し、5700系の製造数が1本多くなった。
- 廃車による編成組み替えも無く、編成内で顔が違う8523Fや、編成内の車番が合わない編成(8213Fなど)も誕生しなかった。
- 5001形は赤胴車の2000系と同様リニューアルが行われていただろう。内装は5500系と同様になっていた。
- 阪神なんば線は数年早く開業していた。
- 後のリーマンショックがなければ開業時にもっと盛り上がっていた。
- 阪神なんば線は全通直前に新型インフルも大流行したから運が悪かった。
- 近鉄特急の阪神・山陽直通も実現済み。
- 18400系は早い時期に廃車にならず、第2次更新(デッキ仕切りの設置や18404~18408Fの前扉移設も含む)と阪神山陽乗り入れ改造を受けて、阪神・山陽直通用車両に活路を見出していた。
- 近鉄特急の阪神・山陽直通も実現済み。
- 元町付近のトンネル補強をしていないので、近鉄の20メートル車も元町以遠に行けた。
- 阪神も、なんば線開通を機に20メートル車を採用していた。
- 2022年12月のダイヤ改正で近鉄直通快速急行が減便されることはなかった。
- 阪神梅田~山陽姫路間の直通特急は21世紀に入ってから運行開始した。
- 場合によっては阪神なんば線経由阪神三宮~近鉄奈良間直通電車の運転開始の方が早く実現したかも。
- 九州新幹線開業は東北新幹線新青森開業より早く08年に博多~鹿児島中央が全通していた。
- 開業が東日本大震災の翌日だったから運が悪かった。
- 邪推に過ぎないが、阪急電鉄5000・6000・7000・7300各系列の屋根肩アイボリー塗装はされていなかったんじゃないかと思う。
- 阪急は平成7年以降も新造車両を積極的に投入して車両の老朽置き換えを進めた結果、2300系や3000系は20世紀中に引退し、8000・8300系が現実より多く製造された。さらに京都線特急車9300系も史実より早い2000年頃には投入されていた。
- その結果6300系は史実より早く京都線特急から撤退し、1960年代製造の5000系のリニューアルもなかった。
- 6300系に関しては地方私鉄への譲渡が行われていたかも。
- 地方私鉄においては有料特急車として使用されていた。
- 6300系に関しては地方私鉄への譲渡が行われていたかも。
- 9300系は現実と異なり2扉車となっていた。
- 下記のように10両固定編成となり、2020年頃には指定席車両も連結されていた。
- 3300系は2010年頃には消えている。5300系も2020年には風前の灯に。
- 6両編成が増える分、8020Fの8両化は震災廃車がなかったこともあり見送られた。
- その結果6300系は史実より早く京都線特急から撤退し、1960年代製造の5000系のリニューアルもなかった。
- アルナ工機が路面電車以外の車両製造から撤退することはなかった。
- 武庫川車両工業が解散することもなかった。
- 阪急・阪神の経営統合後はアルナ工機と合併していたかも。その結果阪神にアルナ製の車両が入っていた。
- 武庫川車両工業が解散することもなかった。
- 阪急がサラ金事業に手を出すほど追い込まれることもなかった。
- 書店事業「ブックファースト」もなく、現実よりも鉄道事業の比率が高まっていた。
- 8300系をケイマン諸島のペーパーカンパニーに所有権を移転したりすることもなかった。
- 阪急は平成7年以降も新造車両を積極的に投入して車両の老朽置き換えを進めた結果、2300系や3000系は20世紀中に引退し、8000・8300系が現実より多く製造された。さらに京都線特急車9300系も史実より早い2000年頃には投入されていた。
- 新幹線が新神戸に全列車停車するのは史実とは異なり、2008年の品川・新横浜と同時に行われている。それまではのぞみの半数の他、一部のひかりレールスターも新神戸を通過していた。
- 500系は当初計画通り360km/h運転が実現していた。
- 0系の食堂車は予定通り3月ダイヤ改正まで営業。
- 100系グランドひかりの食堂車みたいにさよなら企画もできたかも。1995年は山陽新幹線博多開業20周年=新幹線食堂車営業開始20周年なのでそれと連動した企画をしていた。
- 0系の食堂車は予定通り3月ダイヤ改正まで営業。
- 500系は当初計画通り360km/h運転が実現していた。
- 加古川線は電化されなかった。
- 震災で不通となった東海道・山陽本線の迂回ルートとして同線が機能したため。
- 最悪の場合、西脇市~谷川間は廃止されていた。
- その場合和田岬線も非電化だった。
- キハ35系が老朽化で廃車になった後はキハ40系列がドア増設及び座席の一部撤去を行って転用されていた。あるいは加古川線と共通の新型気動車が導入されていた。
- 下記のように鷹取工場が廃止されなかったため。
- 神戸市中心部-粟生では神戸電鉄を利用するのが今でもデフォとなっていた。加古川線粟生以北や北条鉄道線沿線と神戸との移動でも、粟生で神戸電鉄に乗り換えて移動する者も多かった。
- 223系2000番台は予定通り大和路線に入っていた。
- 大阪環状線用207系も登場している。
- 大阪環状線のオール3扉化構想は出なかった。
- 阪和線の103系置き換えも4ドア車(207系や321系など)で実施されていた。
- 恐らくJR東西線開業分増備後の98年頃に増備されていた。
- 大阪環状線のオール3扉化構想は出なかった。
- 新快速への223系1000番台の投入は現実よりも遅れていたかもしれない(223系が新快速に投入されたのは震災後に利用客がJRに集中して輸送力が不足したための補充用)。
- 恐らく1997年3月のJR東西線開通と同時だった。
- 製造数も史実より少なく、代わりに大和路線用の1500番台も導入されていた。
- 恐らく1997年3月のJR東西線の開通と同時に登場していた。
- 大阪環状線用207系も登場している。
- 大阪市内での阪和線の高架化が早まった。
- 当初の計画通り阪神高速との二重高架になっていた。
- しかも複々線。
- 阪急伊丹駅は、リニューアルが遅れた。
- というより建て替えられず、震災前の高架駅を耐震強化して使っていただろう。
- 伊丹駅以北の延伸計画が具体化していたかもしれない。
- 神戸市営地下鉄1000形のVVVF改造は行われず、2010年前後から新型車両への置き換えが始まっている。
- 開業30周年の2007年3月から新型車へ置き換えられた。
- その車両は将来の阪急乗り入れにも対応していたかも。
- もちろん現実の6000形とは異なる。
- 3000形3次車となっていた。
- WEST21の導入が実現していた。
- その分、223系1000番台は登場せず、新快速の輸送力増強に回すこともなかった。
- 鷹取工場が21世紀になっても稼働していた。
- 神戸市営地下鉄西神・山手線における快速運転は1995年以降も継続されていた。
- 三宮~名谷間に待避線を増設したり停車駅の見直しが行われていた。
- リニア中央新幹線は2020年の時点で品川~名古屋間が開業できる目処がついていた。
- 名古屋~新大阪は2025年頃に開業予定。
- 北陸新幹線も大阪・関西万博が行われる2025年を目処に新大阪まで全通することになっていた。
- 新快速への乗客転移がないので阪急8200系などの折り畳み式座席車両が増備されていた。
- その分8000系8040番台が存在しなかった。
- 下手をしたら8300系の一部も折りたたみ式座席とされた。
- 水害対策として車両基地を高架化するケースが現実よりも多くなっていた。
- 関西どころか日本国内の公共交通には女性専用車両は一切導入されなかった。当然終日実施もない。JR西日本の特急の女性専用席もない。
- 女性専用○○は日本には今もなかった。女性専用といえば今も女子校のみ。
- その分、座れる通勤電車が史実より早く1997年から爆発的に増えていた。阪急の有料座席が実現していた。
- 京阪特急のプレミアムカーも7→8両への増結と同時に導入されていた。
- 新快速のグリーン車あるいは指定席車も早期に実現していた。
- マリンライナーと同様、ダブルデッカーのグリーン車が実現していたかも。
- もしくは女性専用○○は近鉄の鮮魚車両と同類とみなされた。
- その分、座れる通勤電車が史実より早く1997年から爆発的に増えていた。阪急の有料座席が実現していた。
- 女性専用○○は日本には今もなかった。女性専用といえば今も女子校のみ。
- 京阪7200系の導入が少し早まっていた。
- 1995年3月に営業運転を開始していた。
- 製造数も史実より多くなっていただろう。2200系/2600系0番台などの廃車が早まっていた。
- おおさか東線は恐らく久宝寺~新大阪の全区間が2008年に一斉開業していた。
- なにわ筋線も2019年3月に開業済み。
- その場合南海の乗り入れは難波経由ではなく当初の計画通り汐見橋経由だった可能性もある。
- 汐見橋線は汐見橋-津守が地下に移設され、汐見橋、芦原橋(芦原町駅を大阪環状線芦原橋駅付近に移設のうえ改称)、中開(木津川駅を移設のうえ改称)は地下駅となっていた。
- その場合南海の乗り入れは難波経由ではなく当初の計画通り汐見橋経由だった可能性もある。
- 梅田貨物駅の移転も史実より早まり、大阪駅地下ホーム(うめきた駅)の開業も2010年代のうちに実現していた。
- 大和路線と関空快速も2019年3月からなにわ筋線へ乗り入れていた。
- 阪急は終日10両運転をしていた。1000系、1300系は10両固定編成で出ていた。
- 阪神の8両運転開始も現実より早く、なんば線直通の快速急行は開業当初から三宮(現神戸三宮)駅まで8両が乗り入れていた。
- 大阪梅田・尼崎・甲子園・神戸三宮駅などの改良工事も早まっていた。
- 京阪も10両運転が実現し、中之島線は10両対応になっていた。10両編成の列車は主に中之島線に発着していた。
- 中之島線は早期に西九条まで延伸され、場合によっては阪神乗り入れも実現していただろう。
- 京阪・阪急とも有料指定席も10両運転開始と同時に導入されていただろう。
- 令和に入っての10両運転廃止もなかった。
- 阪神の8両運転開始も現実より早く、なんば線直通の快速急行は開業当初から三宮(現神戸三宮)駅まで8両が乗り入れていた。
- 首都圏への人口流出が史実ほどではなかったため、大阪メトロ御堂筋線は2022年現在も地下鉄利用客日本一を保っていた。
- 9→10両編成への増結も史実より1~2年早まっていた。
- 北大阪急行の千里中央~箕面萱野延伸も10年程早まっていた。
- 御堂筋線だけだなく谷町線や中央線も6→8両編成に増結されていた。
- 谷町線は1976年を最後に増結していないから(中央線は1985年に増結)。
- 谷町線末端部の利便性向上も現実よりも早く行われていた。
- 御堂筋線の利用者数を抜いた営団→東京メトロの4路線のうち日比谷線と千代田線は21世紀になってから半蔵門線曳舟延伸に伴う東武区準→急行の半蔵門線直通(03年)、つくばエクスプレス開業(05年)、上野東京ライン開業に伴う常磐快速の品川延長(15年)で忠実よりも利用者が減少していた。
- 神戸電鉄は今も準大手私鉄のままだった。
- 北神急行を従えて大手私鉄になり公園都市線・三田線の全線複線化工事を達成した。
- 粟生線も西鈴蘭台~志染が完全に複線化されていた。
- JRのダイヤ改正は1995年3月に行われ、「サンダーバード」も同時(史実より1ヶ月早い)に営業開始していた。
- 1995年4月の泉北高速鉄道和泉中央延伸が現実より盛り上がっていた。
- 北陸新幹線の並行在来線の経営分離も富山以西では実施されなかったかもしれない。
- 明石海峡大橋に新幹線が通っていたかもしれない。
- 東海道・山陽新幹線における大阪の第2指令所の開設も遅れていた。
- おそらく2011年の東日本大震災の後になっていた。
- 神戸市営地下鉄海岸線の利用は現実ほど低迷しなかった。
- 兵庫区や長田区の海側が現実ほど衰退しなかったため。
- 2026年に昼間15分間隔に減便されることもなかった。
その他[編集 | ソースを編集]
- 「神戸空港」は出来なかった。
- しかし、調子に乗って結局神戸空港が出来た。
- 2010年代に入ってインバウンドなどで発着能力が限界に近づいた関空を補完するために建設されていた。
- しかし、調子に乗って結局神戸空港が出来た。
- 山手幹線はいまだに全通していない。
- ここでの復旧工事の経験がないため、それ以後の災害での復旧までの期間が長くなっていた。