もしあの人が国政選挙で当選していたら
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節の名称は「候補者名(出馬した選挙の開催年・種類)」とし、年代順でお願いします。複数の候補者を扱いたい場合は開催年・種類だけで節をつくること。
1920年代[編集 | ソースを編集]
菊池寛(1928年衆議院)[編集 | ソースを編集]
- 社会民衆党からの出馬であったことから、左派政治家として活動していた。
- 戦後も健在でかつ議員として活動していたら社会党右派に入っていた。
- 公職追放で議員辞職されたかも。
- 「タレント議員の先鞭」としても知られるようになっていた。
1940年代[編集 | ソースを編集]
田中角栄(1946年衆議院)[編集 | ソースを編集]
- この時は大麻唯男の依頼で立候補したので、おそらく大麻派(史実では岸派に合流)を継いでいただろう。
- 佐藤派は資金不足で低落する。
- そのため、池田勇人の後継者が別の人物になっていたかもしれない。
1980年代[編集 | ソースを編集]
西村英一(1980年衆議院)[編集 | ソースを編集]
※当時の自民党副総裁だったが、僅差で落選。
- 自民党総裁は大平正芳の急死による空席のため、副総裁の西村が昇格。
- 選挙後の特別国会では首相に指名される。
- 82歳での首相就任は最高齢記録となる。
- この年の秋の自民党総裁選(史実では行われなかった)には出馬しない。
- 下馬評通り中曽根康弘、河本敏夫、宮沢喜一の3人が立候補する。
- 中曽根が総裁になり、史実より2年早く首相になった。
- 史実で首相になった鈴木善幸は首相にならなかった。
- 流石にその次の総選挙(史実では1983年)には高齢のため出馬せず政界から引退した。
野坂昭如(1983年衆議院)[編集 | ソースを編集]
※「打倒・田中角栄」を掲げ、参院議員を辞職して立候補。結果、角栄の足元にも及ばず落選。
- 実は、父親が新潟県の副知事を務めていたため、案外歓迎されていたかもしれない。
横手文雄(1986年衆議院)[編集 | ソースを編集]
※史実では撚糸工連事件の煽りで落選。
- 少なくとも、議員辞職→そのまま政界引退という事態は避けられなかっただろう。
- 後に民主党入りしていたと思われる。
1990年代[編集 | ソースを編集]
麻原彰晃(1990年衆院選)[編集 | ソースを編集]
- 恐らくオウム服で登院していた。
- 地下鉄サリン事件等のテロは起きなかった。
- 坂本堤弁護士一家殺害事件の真相発覚が史実より遅れていた。
横山やすし(1992年参議院)[編集 | ソースを編集]
- 西川きよしとの「やすきよ」コンビが復活していた。
- その場合、新間正次とコンビを組むことはなかったかも。
- ひょっとしたら、当選を機に断酒してたかも。
- その場合、今も健在かもしれない。
- 少なくとも、還暦は迎えていただろう。
- その場合、今も健在かもしれない。
- 問題発言か、国会以外での問題行動を非難され、ぶち切れて辞めてしまうなんてことになったかも。
- その場合、前述の新間正次(新間も、自身の学歴詐称が原因で議員辞職に追い込まれた)と比べられていただろう。
- 暴言が原因で1か月ちょっとしか政務次官の座にとどまれなかった立川談志とも比較された。
- 当選していれば、暴行事件を受け、事件が迷宮入りすることはなかった。
1995年参議院[編集 | ソースを編集]
- 島田洋七
- 次の2001年の選挙に出ようが出まいが『佐賀のがばいばあちゃん』は出していた。
- ただし選挙に出た場合、政治的な思惑を勘繰られて大ヒットまで結びつかなかったと思う。
- 選挙区埼玉の知名度を上げようと様々なネタを考える。
- 「十万石饅頭!」
- 相棒の島田洋八は岡山の選挙区から出馬しただろうか…
1996年衆議院[編集 | ソースを編集]
- 野村沙知代(東京5区)
- 熟女バトルが1999年ではなく当選直後に起こった可能性あり
- 学歴詐称疑惑を受け議員辞職。公職選挙法違反で立件される
- 夫の野村克也氏もヤクルトの監督を辞任、阪神監督への就任は無かった可能性大
- その場合2003年と2005年の阪神のリーグ優勝はあったのだろうか?(野村時代に育てた選手が両年の優勝の原動力になったため)
- ガッツ石松(東京9区)
- 日本初の元世界チャンピオン国会議員となっていた。
- はなわの「伝説の男」ネタに使われることはなかった気がする。
- 当選時には記者から本家本元のガッツポーズをリクエストされ応じていた。
- 高木三四郎(神奈川9区)
- DDTプロレスリングは旗揚げされなかった可能性もあった。したとしても違う団体名になっていた。
- 選挙ポスターが「精神的な凶器」に使われることもなかった。
- 野田佳彦(千葉4区)
※当選者とは105票差だったものの、重複立候補しなかった為落選。もし重複立候補していたら、
- 新進党解党後は何処に属していただろうか?
- 最初は小沢一郎と一緒に自由党からの、保守党→自民党…かな。
2000年代[編集 | ソースを編集]
与謝野馨(2000年衆議院)[編集 | ソースを編集]
※史実では当時の1区現象を受け落選
- 森総理または小泉総理の後に総理に就任していた
- 体調不良で入院した2007年あたりまで在任していた。
- 自民党の凋落はなかった
2001年参議院[編集 | ソースを編集]
- 佐山聡
- 修斗をプロ野球や大相撲のように天皇に見に来てもらえるような立派なプロ競技にするために努力していた。
- 暴走族を一人残らず潰そうとした。
- 佐山と一緒に横浜銀蝿の嵐ヨシユキが当選してしまったら、嵐は佐山と乱闘していた。
- 嵐ヨシユキ
政策がなく、「赤絨毯を革ジャンで闊歩したい。」という理由で出馬しましたが落選しました。もし、当選したら?
- 横浜を盛り上げるために努力をしていた。
- 赤絨毯を革ジャンで闊歩したことで批判されていた。
- 社民党を批判していた(横浜で演説をするのを止められたから)。
水谷洋一(2003年衆議院)[編集 | ソースを編集]
- 食品偽装に関する世間の目は一掃厳しくなっていた。
- 2013年の食材偽装問題の際に、何らかのコメントをしていただろう。
- 多くの人が食の安全に目を向けていた。
- 当選後に自民党入りしていた場合、最低1回は閣僚入りしていた。
青島幸男(2004年参議院)[編集 | ソースを編集]
- 2006年に死去しなければ議長やってたかもしれない。
増元照明(2004年参院選)[編集 | ソースを編集]
- 他の拉致被害者の家族も選挙に出ていた。
- 蓮池透も2019年以前にも出ていた。
- 2010年参院選は自民党の比例区から出たか。
- 蓮池氏の誘いで2019年はれいわから出た…かは微妙。
堀江貴文(2005年衆議院)[編集 | ソースを編集]
- ライブドアの社長職はおそらく辞めていた。
- 史実で当選していた亀井静香は落選していた。
- 史実通り証券取引法違反で逮捕されていたら補選で当選していたと思う。
- 逮捕されず2009年も堀江が当選し、亀井綿貫とも落選していた場合、国民新党は解散していた。
- 出馬時は無所属だったが、当選が決まった瞬間に追加公認されていた。
- マスコミが堀江の話題一色となるため、杉村太蔵は史実ほど注目されていない。
2007年参議院[編集 | ソースを編集]
- 小嶺忠敏
※史実では、久間章生防衛大臣(当時)の『原爆投下しょうがない』発言のあおりで落選。
- 自民党が参議院長崎選挙区で議席を失うことはなかった。
- 国見高校の全国大会連続出場が途絶える事もなかった。
- 定年退職という形で国見高校を去ったのでそれはないと思う。
- そのあとは史実通り長崎総合科学大学付属高校の総監督に。
- 定年退職という形で国見高校を去ったのでそれはないと思う。
- 瀧上知巳は今も熊本国府を率いている。
- アルベルト・フジモリ
- 国民新党推薦で出馬するも、落選(当選1名、フジモリは4位)。
- なお、民主党で出馬するという噂もあった。
- 他の国での大統領経験者が日本の国会議員となる前代未聞の展開になっていた。
- しかも最後は汚職で辞任、その後逮捕されていることからその点でも批判が上がる。
- 一部の議員が「ペルーなんて小国の…」などと発言して大バッシングを浴びそう。
- 日本とペルーの関係も悪化していたかもしれない。
- しかも最後は汚職で辞任、その後逮捕されていることからその点でも批判が上がる。
- これで民主党で出馬してたら、とんでもない批判があっただろう。
- 「ツルネンといい白といいやっぱり民主党はやはり外国人政党じゃないか」と槍玉に上げられた。
- やはり二重国籍が槍玉に上げられる(国民新党は日本国籍があるとして擁立したため)。
- フジモリは大統領時代、二重国籍を理由に政敵を失脚させたという過去があるため、その点でも批判を浴びていた。
- 2009年の政権交代時、国民新党枠での入閣が検討されていた。
2009年衆議院[編集 | ソースを編集]
- 大川隆法(比例近畿)
※幸福実現党公認で出馬するも落選。
- もしあの政党が国政選挙で議席を獲得していたらに書かれていることが現実になっていた。
- 大江康弘参議院議員の幸福実現党入りはなかったかも。
- 議員活動をしなくてはならないため、果たして「霊言」を出し続けたかどうか。
- むしろ歴史上の人物などの霊言と称して国会質問を行っていった。
- 議員在職中に史実通り亡くなっていたら、誰が追悼演説を行っただろうか?
- 中川昭一(北海道11区)
※史実では、財務大臣在任時の『もうろう会見』のあおりで落選。
- とりあえず、命を落とすことはなかっただろう。
- 町村信孝が衆議院北海道5区の補欠選挙に出馬した際に、応援演説をしていた。
- 第2次安倍内閣で財務大臣に返り咲き、麻生太郎は副総理に専念していた。
- 逆に安倍氏は総裁選に出ず、麻生氏らとともに中川氏を支援→中川総理誕生となっていたかも。(安倍、麻生両氏は、新内閣に入閣または党幹部に就任)
- その場合中川は次の次の総裁選がある2018年頃に退任、後任は史実通り安倍。
- 逆に安倍氏は総裁選に出ず、麻生氏らとともに中川氏を支援→中川総理誕生となっていたかも。(安倍、麻生両氏は、新内閣に入閣または党幹部に就任)
- 対抗馬の石川知裕は比例で復活当選も逮捕で議員辞職後は政界引退していた。妻も衆院選に出馬しなかった。
- 有田芳生
※新党日本公認で出馬するも、比例復活ならずの落選。
- いつの間にか民主党に移籍するなんて事は無かった。
- 2010年参院選には出馬していない。
- 2012年衆院選では落選していただろう。
2010年代[編集 | ソースを編集]
2010年参議院[編集 | ソースを編集]
- 長塚智広(茨城県)
- 現職の郡司彰が落選していた。
- 無党派層からの支持が史実よりも大きかったことになる。
- 上記同様、民主党推薦でありながら民主色が薄く個人力を出した選挙戦をしていたことから、後に民主党から離脱していた可能性が高い。
- 入るとしたら日本維新の会か?
- その後、維新の党、民進党を経て立憲民主党に行っていた
- 石井章と共に維新にいたままの可能性もあるが、そうなった場合16年選挙で落選していた。
- 22参院選でもしかしたら堂込麻紀子を破っていたかも。
- 10年参院選の戦い方を見る限りは維新にい続けた可能性もある。
- 落選後は17年衆院選で希望の党から茨城3区で出馬するも落選、19参院選では日本維新の会の比例候補として国政に挑戦していた。
- 19で落選した場合は、21衆院選で岸野智康の代わりに日本維新の会公認で茨城3区から出馬していた。上手く行けば比例復活していたかも。
- 中畑清(比例)
※比例区からたちあがれ日本公認で出馬するも落選。
- 当然、ベイスターズ監督には就任していない。
- 筒香嘉智、梶谷隆幸のブレイクは史実よりも遅れていただろう。
- ベイスターズ自体、親会社がDeNAに変わった後もしばらく最下位が続いていたかもしれない。
- 当選した石井浩郎やのちに繰り上げ当選した堀内恒夫とは巨人つながりで比較されるだろう。
- その後は日本維新の会、次世代の党に移籍し、最後はおおさか維新の会か新党改革、日本を元気にする会あたりに流れていた。
- 新党改革はもしかしたら1議席確保していたかも。
- 三橋貴明(比例)
※比例区から自由民主党公認で出馬するも落選。
- 第2次安倍内閣に対して批判的姿勢に転じた後はおそらく離党していた。
- 離党後は無所属を経て、次世代の党に所属していた。
- 2016年参院選では日本のこころから出馬していたかもしれない。
2012年衆議院[編集 | ソースを編集]
- 神谷宗幣(大阪13区)
- 自民党公認で出馬するも、比例復活ならずの落選。もし13区当選or比例復活当選していたら、
- 宗清皇一が国政入りする事は無かった。
- 若手議員としてかなり注目されていた。
- 後に離党し、参政党を結成する事は無かったかもしれない。
- 長尾敬(大阪14区)
- 民主党除籍後、無所属(:期間中に自民党から追加公認受けた。)で出馬するも落選。もし当選していたら、
- 対抗馬の谷畑孝(維新)が比例復活当選した為、杉田水脈は比例復活ならずの落選となっていた。
- 民主から自民に移籍した事が大きく報じられていた。
2013年参議院[編集 | ソースを編集]
- 小倉淳(東京)
※日本維新の会公認で出馬するも落選。
- 新聞にて、『エレクトリックご主人、国会進出!』という見出しで当選を報じられていた。
- 橋下徹氏の『慰安婦は必要だった』発言がなければ、間違いなく当選できていただろう。
- 「Man of the year senior」の司会はやっていない。
- その後は、維新の党→民進党→国民民主党。
- 流石に民進は有り得ないのでは?
- 山本太郎が落選していた。山本は今日に至るまで国会議員にはなれず、選挙の度に出馬し続ける泡沫候補扱いになっていた。
- 鈴木寛(東京)
- 大河原雅子が出馬してなかったら再選していた。
- 初当選は2001年なので、再々選の間違いでは?
- 2019年参院選では何党から出馬していただろうか?
- 民進党を経て国民民主党にいて、今も国民民主党にいたかも。
- 井戸川克隆(比例)
※みどりの風公認で出馬するも落選。
- 漫画『美味しんぼ』に実名で登場することはなかった。
- 翌2014年の福島県知事選挙に出馬することもなかった。
- 三宅洋平(比例)
※緑の党グリーンズジャパン公認で出馬するも落選。
- 「選挙フェス」は同年の流行語大賞に選出されていた。
- 以降街頭演説ではミュージシャンによる演奏が必須になっていった。
- 選挙カーの需要が低下していた。
- 逆に「クローズアップ現代」で特集されなかったかもしれない。
- 緑の党がその後勢力を伸ばし、政党要件を満たす政党になっていた。
2014年衆議院[編集 | ソースを編集]
- 佐野秀光(支持政党なし・比例北海道)
- 政党法人格付与法とか改正で政治団体名が厳しく規制されることに。
- 支持政党なしから新党本質など旧称に戻していた。
- 日本を元気にする会は史実通りにネット投票を行っている。
- 国会内外で激しい論争になっていた。
- 生活の党などとともに「日曜討論」に呼ばれず抗議運動を行っていた。
- 案外山本太郎と気が合ったりして。
- 渡辺喜美(栃木3区)
- 日本を元気にする会の代表になっていた。
- もしくは自民党に復党していたか?
- やはり、そのまま無所属。
- 8億円借入問題が不起訴に終わったことはもっと広く知られていた。
- 当然だが、2016年参議院選挙には出馬していない。
- 2017年衆議院選挙では希望の党から出馬していた。
- 史実通り解党した場合は、そのまま無所属。
- まさかのNHKから国民を守る党入党か?
- 海江田万里(東京1区)
- 又吉イエスが再び話題になることはなかった。
- 又吉イエスの票が回っていたら比例復活当選だったため。
- それでも2期連続比例では世間体が悪いと思われたか代表辞任は避けられなかった。
- もちろんトップ当選だったら代表続投。
- 当初海江田自身は代表を辞任するつもりはなかったらしいのだが、自身の落選によりさすがに辞任を決めたらしい。だから代表続投かと。
- 代わりに菅直人が落選していた可能性がある。
- 首相経験者の落選として話題になった。菅は引退していた。
- 2017衆院選は大河原雅子や松下玲子あたりが立憲民主党公認で東京18区から出馬していた。
- 山岸一生もあり得る
- 長島昭久の東京18区への国替えはあったかは怪しい。土屋正忠次第だが。
- 首相経験者の落選として話題になった。菅は引退していた。
- 維新の党との合併は無かったかもしれない。
- 石原慎太郎(次世代の党、比例東京)
- 最年長当選者として注目されていた。
- 途中で議員辞職していたかもしれない。
- 森田俊和(埼玉12区)
※2014年衆院選では次世代の党公認で出馬。
- 松沢成文と同時期に離党していた。
- 改革結集の会を経て民進党、希望の党、国民民主党、立憲民主党へと移動していった。
- 民進党結成には加わらず、おおさか維新の会or新党改革に移籍していた。
- 無所属のままだったら希望の党のチャーターメンバーになっていたかも。
- この場合、本多平直は埼玉12区から立憲民主党公認で立候補し、比例復活していた。
- もし森田が立憲民主党に移籍した場合は、彼との選挙区調整で北海道4区支部長に就任するが、14歳性交発言で辞職させられ、高木錬太郎が繰り上げ当選していた。
- 北海道4区は高橋美穂が民進党→希望の党で出馬していた。史実よりは善戦するものの、共産党が立候補していたため落選していた。
- 2017で落選していた場合は日本維新の会に移籍した可能性も…?
- この場合、高橋英明の代わりに比例復活していた。
- 自民vs維新vs共産の場合は、もしかしたら森田が当選し、近畿以外での維新の小選挙区当選が起きていたかも。
- この場合、本多平直は埼玉12区から立憲民主党公認で立候補し、比例復活していた。
2016年参議院[編集 | ソースを編集]
- 田中康夫(東京都選挙区)
- おおさか維新の会は東京都でも議席を取れていた。
- そのため、日本維新の会に改名しなかった。
- 史実通りの順番なら民進党の小川敏夫が落選するが、それでも蓮舫が都知事選に鞍替えすることはない。
- 蓮舫は「もし小川敏夫が次点でも鞍替えする気はない」と話していたため。
- 改憲政党3分の2はこの時点で達成されていた。
- 山田太郎(比例区、新党改革推薦)
- この選挙の当落線は約100万票だったため、その7割を1人で取らないと難しい。
- 参考までに山田を除く新党改革の得票数(政党名含む)は30万票である。
- 新党改革は解散しなかった。
- ただし、得票率2%の要件を満たさないため、諸派になる。
- これで得票率の条件を満たすまで個人票を得ていたら、それこそすごいが。
- この選挙での総投票数が約5800万なので上記の100万票獲れたなら十分視野に入る。
- 当選後は新党改革に残るのだろうか。あるいは「表現の自由を守る会」を旗揚げしていたかも。
- まさかの「リバタリアン党」?
- 意見が近いということで日本のこころ(ryと院内会派を組んでいた。
- この政党も憲法改正を主張しているので、この政党を入れれば改憲政党2/3は達成できていた。
- ただし、得票率2%の要件を満たさないため、諸派になる。
- オタク票が馬鹿にならないどころか、圧倒的な力であることが証明されていた。
- 次の衆議院選挙では多くの政党がよりオタクに媚びるようになる。
- おそらく現在の制度になって以降、1政党当たりにおける個人票の比率1位の当選者になっていただろう。場合によっては「一人比例でも当選」になっていた可能性も。
- 当然だが、自民党には入党していない。
- 益戸育江(東京都選挙区)
- 大麻取締法違反で逮捕される事は無かった。
- 新党改革が益戸のみ当選なら、荒井広幸に代わって益戸が代表に就任していた。
- 米軍基地(特に普天間基地辺野古移設)に関してはどの立場を採っていただろうか?
- 三宅洋平(東京都選挙区)
- 安倍昭恵からねぎらいの言葉をもらうことはなかった。
- 果ては安倍総理と電話で話すこともあり得なかった。
- 日本でスペインの政党であるポデモスの知名度が上がっていた。
- 果たしてどこの党に所属するんだろうか?
- 無所属と思われるが、山本太郎と合流して生活の党(自由党)会派にいた可能性もある。
- 山本の生活の党離脱→れいわ新選組発足時にも帯同していた。
- れ新は山本・三宅の二枚看板となっていた。
- まさかのオリーブの木入りか?
- 山本の生活の党離脱→れいわ新選組発足時にも帯同していた。
- 無所属と思われるが、山本太郎と合流して生活の党(自由党)会派にいた可能性もある。
- 佐野秀光(比例区、支持政党なし)
- 概ね2014年の時と同じだと思われる。
- ただ、全国比例なら勝率もわずかながら上がっていたか?
- 投票率が史実をはるかに上回り(60%台以上)、その上で誰に投票すべきかわからない人たちの受け皿になっていたか?
- 2019年頃になってNHKから国民を守る党に合流していたかもしれない。
2017年衆議院[編集 | ソースを編集]
- 若狭勝
- 希望の党が、その後解党状態になることは無かった。
- 共同代表あたりに就任していた可能性が高い。
- ただ、多く当選したのは民進党出身者であることを考えると火種になった可能性が高い。
- 事実上無所属になっていた可能性も否定できない。
- 選挙区当選ならば何党に入ろうと勝手だが、比例復活の場合はよりややこしいことになっていたと思われる。
- 松野頼久(熊本1区)
- 希望の党解党後は国民民主党に属していた。
- 次女が自民入りする事は無かった。
- 2021年衆院選には当然出馬していた。
2019年参議院[編集 | ソースを編集]
- 山本一太
- 史実では群馬県知事選に出馬。
- 比例で出馬してたら、山本太郎支持者から「山本太郎の票を按分するための刺客」呼ばわりされていた。
- 山本太郎票が一定数一太氏に流れていた可能性もあり。
- 氏の代わりに参院選群馬選挙区に出馬した清水真人氏が知事選に出馬→当選していた可能性あり。
- 山本太郎
- 史実では比例でれ新は2議席獲得したものの、特定枠に譲り落選。
- れ新旋風は史実以上だった。
- 参議院選挙後もれ新の力が弱まることはなかった。
- 議会ではやっぱり自民党などに突っかかっている。
- それでも2020年の都知事選には満を持して出馬していた。
- 3議席獲得してからの離脱の場合、順位が史実通りなら次点→繰り上げ当選が蓮池さんになるので拉致問題への影響があったかもしれない。
- 都知事選に出馬しなかった場合でも、2021年の衆院選には鞍替えで出馬。蓮池透氏が繰り上げ当選となる。
- 黒川敦彦(比例区、オリーブの木)
- オリーブの木が分裂する事は無かった。
- 恐らくN国党と統一会派を結成していた。
- 平塚正幸(千葉県選挙区)
- N国党からアンチ枠という形で出馬し、ネガティブキャンペーンを連発。もし当選していたら、
- 直ぐ様離党し、史実より早く新党結成。
- 新型コロナ対策を軽視し続けた為、参議院から除名処分が出ていた。
立花孝志(2019年参議院埼玉補選)[編集 | ソースを編集]
2016年選出の現職大野元裕が埼玉県知事選出馬の為議員辞職した事に伴う補選。当選したのは上田清司前県知事。もし立花が当選していたら、
- 県知事と参議院議員の入れ替え戦という事にはなっていなかった。
- 参議院会派「みんなの党」は3議席に増加していた。
- 当然だが、海老名市長選や桜井市長選、小金井市長選には出馬していない。
- でも都知事選とか衆議院選挙があったら立候補してそう。この人の場合。
- N国旋風が史実以上のものとなっていたため、既成政党は大慌てだっただろう。
- NHKによるネガキャンも激化していた。
2020年代[編集 | ソースを編集]
2021年衆議院[編集 | ソースを編集]
- 今井瑠々(岐阜5区)
- 最年少候補者として立民党公認で出馬するも、落選。もし当選していたら、
- 2023年時点で自民党に寝返る事は無かった。
- 立民の若手ホープ扱い。普通に期数を重ねてリベラルや多様性の象徴になっていた。
2022年参議院[編集 | ソースを編集]
- 松山三四六
- 長野選挙区で自民党公認で立候補するも、立憲民主党の杉尾秀哉に敗れ落選。もし当選していたら。
- 当選していたとすれば、選挙期間中の女性スキャンダル報道がなかったということになるだろうが、当選直後に週刊誌報道が出ていたら、短期間での議員辞職に追い込まれていた。
- 議員辞職とは行かなくても、おそらく自民党を離党していた。
- 広沢一郎
愛知県選挙区から維新公認で出馬するも、次点で落選。もし当選していたら、
- 史実では最下位当選の伊藤孝恵は落選していた。
- 河村たかしは間違い無く2023年愛知県知事選に出馬していた。
- 途中で維新を離党し、日本保守党結成に参加していたのは史実通り。
- 伊藤孝恵か大塚耕平のいずれかが名古屋市長になっていた。
- 武田邦彦
- 比例区で参政党公認で立候補するも、参政党の獲得議席が1議席だったため落選。もし当選していたら。
- 当選直後のスポーツ紙の記事の見出しは武田氏の出演している番組のタイトルをもじったものになっていた。
- 武田氏が党内2位で当選した場合、この時点で参政党は会派を結成できていた。
- 赤尾由美
- 赤尾敏の再来だと注目されていた。
- 山本太郎(NHK党)
- 比例区から出馬するも、NHK党の獲得議席が1議席だった為落選(党内2位)。もし獲得議席が2議席だったら、
- 史実通りれいわ新選組代表が東京選挙区で当選した場合、当選直後の新聞記事の見出しは「W山本太郎当選!」になっていた。
- もし、比例名簿1位と2位が反対だったら、確実に当選していたし、その後のNHK党にまつわるゴタゴタも起こらなかっただろう。
- 後藤輝樹
- 東京都選挙区で出馬するも、34人中21位で落選。もし当選していたら、
- 参議院廃止論者のくせに何で立候補したんだ、と文句がつけられる。
- 一部メディアから「参政党よりも更に過激な極右・陰謀論者・歴史修正主義者」と煽られる。
- もしかするとどこかのタイミングで参政党に参加していた可能性も。
- 国会答弁で×××××な問題発言をして批判される。
- 高見知佳
- 愛媛県選挙区で出馬するも、次点で落選。
- 史実通り、子宮がんが判明して議員辞職(→死去)というパターンになっていただろう。
- その場合、翌2023年4月に高見の後任を決める補欠選挙が実施されていた。
2024年東京15区補欠選挙[編集 | ソースを編集]
- 須藤元気
無所属での立候補ながら2位と健闘。もし当選していたら。
- 無所属の候補に敗れたことで、立憲民主党内で泉代表の責任を問う声が上がっていた。同日の島根・長崎の補選で勝利したにも関わらず代表辞任に追い込まれたかも。
- 乙武洋匡
無所属(ファーストの会推薦)で立候補するも、落選。もし当選していたら、
- 史上初の四肢欠損議員として世界中から注目されていた。
- 自民党の裏金問題&小池都知事の学歴詐称問題が東京では殆ど影響しなかったと見做されていた。
- この時点で泉は立民党代表を辞していた。
- 義手&義足を装着して登院していたかは何とも言えない。
- また、選挙活動のバックアップに回った国民民主党がここで注目されるようになる。
- 場合によっては、国民民主党に入党したかも?
2024年衆院選[編集 | ソースを編集]
- 百田尚樹(比例近畿ブロック)
比例名簿3位で立候補するも、日本保守党が1議席しか獲れなかった為、落選。もし1位で立候補し、当選してたら、
- 河村たかしとの対立は無かったかもしれない。
- 島田洋一(史実での当選者)は参院選比例区に立候補してた。