もしあの新聞が日本のメディア界で天下を取っていたら

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朝日新聞[編集 | ソースを編集]

  1. テレビ朝日系列は、史実より、系列局が多くなっていた。
  2. 「株式会社朝日新聞社」はどこかの時点で東京と大阪の2法人に分割されていた。
  3. 毎日新聞の西山事件以降の部数減がさらに深刻化していた。
    • 21世紀に入った頃には部数で日経に追い抜かれていた。
  4. 『朝日ジャーナル』『アサヒグラフ』などの雑誌も部数を減らしながらまだ生き延びている。
  5. 毎日新聞社の代わりにパ・リーグに参入していたかもしれない。
    • この場合現在でも球団を手放していないと思われる。
  6. 論調が史実と変わらない場合は阪神支局襲撃事件のような事態が何度も発生していた。
    • 80年代頃から論調の保守化が進んでおり、近年もそうである。そもそも、朝日は昔から両論併記路線であり、中日と比べると穏健なものである。
      • しかし、保守派に目の敵にされるのは、もっとも左にいる新聞ではなく、左寄りで最も有名な新聞である。史実でも多くの人は朝日新聞以外の左寄りの新聞なんて知らないが、朝日新聞が読売を超えて天下を取った世界線では、保守派は朝日新聞以外を戦いの相手にしないだろう。
  7. 東京本社は有楽町の旧本社跡地で建て替えられていた。
  8. 日本人の中国観はもっぱら朝日に左右されていた。
    • 近年になって人権・軍拡関連で一気に対中感情が悪化していた。
    • 別に朝日は親中派というわけではない。人権問題では対中強硬派のように見られる。
      • 朝日新聞は2010年代になって西洋のリベラルの論調の影響を受けて反中になったが、00年代までは親中だった。
  9. それでも冷戦期に社会党が政権を握れるようなことはなかった。
    • むしろ、朝日は中日と比べると社会党との関係は余り強くない。むしろ、朝日は自民党(特に宏池会)との関係が強いくらい。朝日新聞社出身の自民党議員も多い。
  10. 大阪はもう少し求心力があった。
  11. 小泉総理はすぐに失脚し、朝日新聞社の強硬に反対する新自由主義的小泉改革は起きなかった。
    • そのせいで日本は史実よりもさらに没落し、2020年には1人あたりPPPは韓国どころかマレーシアに抜かれていた。
      • 史実では朝日新聞は小泉純一郎の打ち出した構造改革路線を支持していた。上記のはどういうことだ?
        • 史実では朝日新聞は強烈にアンチ小泉であった。

中日新聞[編集 | ソースを編集]

  1. 名古屋は恐らく大阪よりも規模が大きかった。
    • もしかすると、名古屋が最大都市に?
      • もしくは、中日新聞が実質本社機能を東京に移転していたかもしれない。
      • ポルトガル語が日本の公用語になり、日本中の学校にポルトガル語の授業やポルトガル語学科ができて、ポルトガル語検定が社会人のステイタスになった。
  2. 55年体制は、「社会党が与党、自民党が野党」の体制になっていた。
    • 当然、日本社会党は今も現存しており、かつ一党優位性にある。
      • 日本社会党が長く権力を握るうちに穏健保守になり、その不満から日本共産党が台頭した。
        • 穏健化しなかった場合、親ソ派が長く政府内で跋扈し続け、日本が一党独裁権威主義になり、西側陣営を離れていたかもしれない。
      • いや、さすがにこのような体制にはならない。
    • あるいは、権力と金を握ったことで中日新聞が自民党に乗り換え、読売新聞が社会党になっていたかもしれない。ナベツネが若い頃アカだったことは有名だ。
  3. 日本はEUにおけるフィンランド並みに左派が強い国になっていた。G7で最も左寄りだったかもしれない。
    • 恐らく死刑制度は冷戦終結までに廃止されていた。
      • 冷戦終了後は、ソ連の支援が途絶えたことで貧富の格差が広がり、史実の東欧のようになり貧しくなり極右が台頭する。また、史実の東欧人がイギリスやドイツに出稼ぎにいくように、日本人が韓国や台湾に出稼ぎにいくようになる。
  4. 中日ドラゴンズが球界の盟主になる。
    • 2010年代後半に長期低迷する事は無かったか、あってもすぐに持ち直した。
      • 権力と金を持ったことで、読売ジャイアンツのように、黒い噂やスキャンダルも増える。史実通り立浪を追放できればいいが、立浪がいれば球界崩壊レベルのスキャンダルが起きたかもしれない。
  5. 中日新聞社が直接関わったテレビ局のネットワークがあった。東京メトロポリタンテレビジョンも広域放送で忠実より早く開局していた。
    • 非在京キー局が認められていた可能性もある。その場合、中部日本放送がキー局になる。
      • その場合、アニメの放送は減り、ワイドショーやバラエティーの多い普通のテレビ局になってしまう。
  6. 読売新聞や毎日新聞のように、持ち株会社に移行していた。それもフジサンケイのようなメディア・コングロマリットを標榜していた。
  7. 名古屋市長を務めた小林橘川は美濃部亮吉以上の知名度があった。また、名古屋はずっと革新市政だった。
  8. 当然、名実ともに全国紙になっていた。
    • 全国で『中日新聞』の題号に統一され、『東京新聞』の題号は消滅していた。
      • 関東出身者が反発し、関東の元東京新聞読者は、論調が似ていて地域密着の神奈川新聞に乗り換える。その結果、神奈川新聞が関東では一番シェアの高いブロック紙に拡大する。
  9. 日本の世論も極めてリベラルかつ左寄りで、『ネット右翼』の台頭はない。
    • しかし、中日新聞はこの場合読売新聞と同様の天下を取っていた為、電子版には力を入れなかったように見える。しかし、名古屋を地盤とする新聞なので日本の首都が東京のままの場合は力を入れていたかも。
  10. 中曾根・小泉・安倍の長期政権はない。その代わり左派政治家による長期政権となり、菅直人の長期政権があり、海江田万里も首相になっていた。
  11. 当然、『中央公論』・『論座』・『正論』のような論壇誌を保有している。もちろん論調は左寄り。

毎日新聞[編集 | ソースを編集]

  1. NETは朝日新聞でなく毎日が買収。
    • RKBはネットチェンジ。
    • MBSは名実ともに毎日新聞グループとなる。
      • NETとMBSの仲が悪くなる事は無かった。
    • 勿論、TBSは朝日系列。
      • 腸捻転なぞ起こらない。
  2. 毎日オリオンズは身売りされず。
    • 逆に読売は巨人を身売りしてしまう。
      • ナベツネなんて誰も知らない。
    • セリーグよりパリーグの方が人気がある。
      • 関西を代表する球団は阪神ではなく南海となっていた。
        • 阪急や近鉄も現実より人気球団となっていたため、身売りや合併などは行われなかった。
          • その結果、関東より関西の方が野球人気が高かった。
    • S49年の日本シリーズは因縁の組み合わせとなる。
    • 長嶋より張本の方が評価される。
    • ONではなくOLL(落合・リー兄弟)。
    • 18連敗ではなく18連勝している。
    • 村田兆治が今でも現役で投げている。
    • 川崎球場は川崎ドームになる。
  3. プロサッカークラブも発足。
  4. 高校サッカーも毎日主催のまま。
  5. 創価学会の影響力が増大する。
    • むしろ聖教新聞の印刷は読売に委託されてた。
      • 2020年から聖教新聞の配達を読売新聞が行うようになった。自民党と公明党が連立を組んでいることも関係しているのだろうか。
  6. 都市対抗野球の扱いが大きくなる。
  7. 『アサッテ君』がテレビアニメ化されていた。
  8. 販売店に読売の「YC」や朝日の「ASA」のようなアルファベットの愛称が付けられていた。

デイリースポーツ[編集 | ソースを編集]

  1. 政治・経済よりも阪神関連の内容のほうが格上という風潮になっていた。
  2. 読売や中日を手籠めにしようと躍起になる。
  3. メディア界での大阪ジャイアニズムが若干強まっていた。

まいにちひらがなしんぶんし[編集 | ソースを編集]

まいにちひらがなしんぶんし

  1. 日本語はさいたま語に近い形になる。
  2. 前島密は漢字廃止論者としての顔が有名になっていた。
  3. そこはかなもじでかきなさい。

神奈川新聞[編集 | ソースを編集]

  1. 関東地方を代表する新聞として、関東で強大な影響力を誇った。
  2. 日本の世論は大きく左傾化し畑野君枝が神奈川県知事になっていた。
  3. 首都圏は革新の牙城になっていた。
  4. 同じ極左の地方紙である東京新聞は、読者層が被る下位互換となるため、撤退に追い込まれていた。
    • 東京新聞は極左ではない。地方紙でもない(ブロック紙扱いも不快)。あと、社会民主主義傾向で、天皇制や自衛隊容認なのにどこが極左なのか。

日本経済新聞[編集 | ソースを編集]

  1. 日本教育テレビは朝日新聞に買収されず、今でも日経新聞の子会社だった。
    • 代わりにテレビ東京が朝日新聞に買収されていたか、そうでないならばテレビ東京が毎日新聞、TBSが朝日新聞のそれぞれ傘下になっていた。
    • 或いは朝日新聞と毎日新聞が合併していた。
      • それはない。毎日新聞は産経新聞と合併していた可能性がある。
      • テレビ東京は中日新聞系だったかもしれない(史実では科学技術財団の経営撤退後、経営権を巡って日本経済新聞社と中日新聞社が争っていた為)
        • もしくは、日経新聞が経済以外の記事を充実させ、取材能力を上げるために、中日新聞社を吸収合併していたかもしれない。
  2. 日経ラジオ社が事実上の全国放送であることから、教育局から総合局に転換しないことを条件に追従して放送対象地域を全国化していたかもしれない。
    • NHK教育は存在せず、NHK第二ラジオも放送内容が史上とは全く異なっていたかもしれない。
  3. もし全国放送化を実現できなかった場合も、史上では日経新聞と関わりの深い中京テレビ放送や北海道文化放送などが間違いなくNET系列局になっていた(この場合メ~テレやHTBは日テレ系列局に)。
    • 日経新聞と関わりが深いテレビ局といえば東日本放送や静岡第一テレビなどもお忘れなく。
    • 大阪では何故かカンテレがNET系列に。そして産経系列の大阪放送がUHFチャンネルでラテ兼営局化してフジテレビ系列となる。
  4. やはり毎日新聞社の代わりにパ・リーグに参入していたかもしれない。
    • プロ野球にもそれなりに手を出していた。
  5. 米国におけるウォール・ストリート・ジャーナルのようになっていた。

関連項目[編集 | ソースを編集]