もしあの車がバカ売れしていたら

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人知れず消えていった不人気車・超マイナー車たちが、もしバカ売れしていたらどうなっていたか妄想しましょう。

独立済み[編集 | ソースを編集]

マツダ[編集 | ソースを編集]

AZ-1[編集 | ソースを編集]

  1. セラ同様、やはり都心の立体駐車場が(ry
  2. やはり平成ABCトリオと(ry
  3. 高速通行券を取るのに四苦八苦するユーザーのため、ETCが早くから普及する。
  4. 車に体格を合わせるユーザーのためにダイエットグッズがディーラーで売られるようになる
    • ビリーズブートキャンプがオートザム専売になっているとかwww
  5. FRPの外装を生かし、携帯のような着せ替えキット続々発売。
  6. 時代に合わせてATが設定される。実際アルトワークスの流用だからAT化は可能らしい。

オートザム・レビュー[編集 | ソースを編集]

  1. 1.6リッターDOHCターボ+4WD搭載の走り屋仕様も登場。キャロルターボの兄貴分となる。
    • おっさんバージョン、おばちゃんバージョンも登場。
  2. ステーションワゴンではなく、室内の広い実用的なファニーカーがスタンダードになっている。
    • 実際、街中でも取り回しは良かったし。
      • 取り回しの良さと室内の広さが正当評価され、「121」として輸出されていたヨーロッパでは実際に大人気車種だった。
    • またはステーションワゴン版のレビューも登場。
      • 4ナンバーのライトバンも存在。
    • 調子こいて2ドアクーペも作るが、さすがにそれはコケてしまう。
      • 2代目フェスティバのようなスタイリングですね?わかります!
  3. デミオが登場しなくなる。
    • むしろ、「レビュー・ミニワゴン」として登場。
  4. 小泉今日子唯一の汚点が払拭され、CMの女王として、もう少し長く君臨。
  5. 全国の自動車学校に教習車として導入され、入校する女性から人気になる。
  6. マツダから5ナンバーサイズのセダンがなくなることはなかった。
    • そもそもマツダは3ナンバー至上主義に走ることはなかった。
  7. ユーノスの兄弟車が出ていた。レビューよりやや高級かつスポーティ寄りな方向性に。

クロノス[編集 | ソースを編集]

  1. クロノスの悲劇は起きなかった。
    • マツダの経営悪化も起きなかった。
  2. カペラセダンが復活することはなかった。
    • アコードも5ナンバーサイズに戻されることもなかった。
    • このクラスでの3ナンバーサイズ化はこの時点で市民権を得ており、レガシィも史実より早く3ナンバーサイズになっていた。
  3. アテンザは登場しなかった。
  4. 2代目あたりでステーションワゴンも設定されていた。

ランティス[編集 | ソースを編集]

  1. おそらくアクセラやアテンザの登場が遅れていた。
    • もしくは同格の車種がリリースされるも5ナンバーサイズで企画されていたかもしれない。
    • 勿論マツダのセダンお約束の教習車仕様車もリリースされている。
  2. CF曲を歌っていた荒木真紀彦はもっとメジャーになっていた(?)。
    • 正しくは「荒木真彦」。しかし、この名前を言っても「荒木飛呂彦」の血縁か何かと間違われそうだ・・・。
  3. 5ドアクーペは市民権を得ていた。
  4. 担当レーベルがランティスのアニメの痛車に必ず使われていた。

ラピュタ[編集 | ソースを編集]

  1. CMのキャラクターがあのジブリのキャラクターに。
    • 「ラピュタは滅びぬ、何度でも甦るさ。ラピュタの力こそマツダの力だ。」
    • サーキットで上手な走りを見せて「最高のショーだと思わんかね?」
    • あるいは同じ車同士でバトル中に「どこへ行こうと言うのかね?」
  2. 街で見かけて「ラピュタは本当にあったんだ」などと驚かれることは金輪際無かっただろう。
    • 引っ越し先のアパートの駐車場に止まっているのを見て、↑と同じセリフを口走りました。
  3. そもそもスズキがKeiのフルモデルチェンジに応じていたらカタログ落ちせず、2代目以降も登場していた。
  4. フレアクロスオーバーは登場しなかった。
    • ハスラーOEM車は2代目ラピュタとして発売。

ユーノス・コスモ[編集 | ソースを編集]

  1. 20世紀末から21世紀初頭にに4ローター式ロータリーエンジンが実現した。
    • しかし原油高で売れなくなる。
  2. 広島東洋カープの主力選手の愛車として君臨。
  3. RX-7に代わりGT選手権でブイブイ言わせる。
    • それと同時に、数多くの東映特撮でヒーロー達の変身前の愛車として登場していたかもしれない(過去に『超電子バイオマン』や、『電撃戦隊チェンジマン』に3代目のコスモ2ドアハードトップが登場していたので、大いに可能性はあっただろう)。
      • 90年代に入っても、『特捜エクシードラフト』や『五星戦隊ダイレンジャー』では、戦士が変身前やパトロール用の車はオートザムAZ-3orユーノスプレッソでお茶を濁したりせず、ユーノスコスモorアンフィニRX-7が登場していただろう。
        • 『エクシードラフト』では、リーダー格のドラフトレッダー専用のスーパーパトカーとして中盤より登場した「バリアス7」のベースは84年式コルベットではなく、ユーノスコスモだったかもしれない。
      • 同じく、『鳥人戦隊ジェットマン』では、小田切司令官or天堂竜(レッドホークの変身前)の愛車として登場した(史実ではRX-7カブリオレ)。
      • 『特救司令ソルブレイン』でも、劇中中盤に登場し、ソルブレインと共闘するナイトファイヤーの愛車は史実の2代目RX-7後期型にはならず、上記にもあるように、ユーノスコスモになっていた可能性が高い。
  4. RX-5以来、久々に海外にも輸出されていたでしょう。
    • 因みにRX-5とは、コスモAPの輸出名。
      • レクサスSCなどと張り合っていたでしょう。
  5. RX-8は登場しなかったかもしれない。
  6. 当時のミニチュアカーの代表的なブランドだったダイヤペットでも、登場が予告だけで終わらず、きちんとリリースされていただろう。

ミレーニア[編集 | ソースを編集]

  1. ミラーサイクルは遂に完成の域へ。
    • アテンザ、アクセラ、MPVに2.3Lミラーサイクルエンジンがラインナップされていた。
      • トヨタがアトキンソンサイクルエンジンを自社開発せず、マツダからミラーサイクル技術を買った。
  2. マークⅡ3兄弟や、ローレル/セフィーロ、インスパイア/ビガーなどのライバルとして、張り合っていただろう。

ロードペーサー[編集 | ソースを編集]

  1. ルーチェが統合され、新型ロードペーサーとして発売されていた。
    • むしろルーチェは「ロードペーサーの下の車種」(トヨタに例えると、センチュリーの下のクラウンのようなもの)として君臨していただろう。
  2. 2代目以降は、GMからのノックダウン生産にならず、きちんとマツダオリジナルのボディで登場していただろう。
    • センティアも登場しない。
      • 1991年に制作、放映された東映特撮の『特救司令ソルブレイン』では、正木本部長の専用車は「ユーノス300」ではなく、新型ロードペーサーになっていたかもしれない。
  3. コスモとともに20Bエンジンが搭載され、「4ドア版コスモ」の異名も獲得。
  4. 幻に終わったアマティ1000は登場していなかったはず・・。
  5. カペラとロードペーサーの中間にミレーニアなどの中間車種が1-2車種は登場していた。
  6. 三菱の最高級車やその後継車同様公用車として導入された。
    • ストレッチリムジンも製作され、この車のライバルとなった。

スピアーノ[編集 | ソースを編集]

  1. 姉妹車であるアルトラパンのフルモデルチェンジ後も2代目として登場していた。
  2. 3代目以降はフレアシリーズの一員になっていた。
    • 車名はフレアスピアーノになっていたのだろうか。

SUBARU[編集 | ソースを編集]

  • っつーか、そもそもスバルにはスバル360の後レガシィ登場までバカ売れした車はない
    • というか、スバルという会社自体が将来は消えて、「もし富士重工業がトヨタに吸収されなかったら」という項目ができそうな気もする・・・・・・

アルシオーネ[編集 | ソースを編集]

  1. シルビアやプレリュードと並ぶ、そこそこの性能を持つデートカーとして一世を風靡。
    • しかし、むしろ彼女よりも近所の子どもたちに大受けする。
    • そして、3代目プレリュードのほうが「アルシオーネのパクりじゃないのか」と揶揄されていた。
  2. 当時、人気を二分していたミニチュアカーのブランドであるトミカ、ダイヤペットでも、新車当時にきちんとモデル化されていただろう。

アルシオーネSVX[編集 | ソースを編集]

  1. アマデウスも発売開始。
  2. レガシィベースで3代目アルシオーネが発売されている。
    • または「アルシオーネ」の名前のみを受け継いだ高級4ドアハードトップに変わっている。
      • 「レガシィ6」は全てそちらへ移行。
    • 調子に乗って4リッター水平対向8気筒エンジンも開発する。
  3. 引き続き生産ラインがアルシオーネに占拠されるため、フォレスターの登場が遅れる。
  4. 5速MTも追加され、湾岸ミッドナイト MAXIMUM TUNEにはこちらが実装される。

ジャスティ(初代)[編集 | ソースを編集]

2016年にダイハツ トール/トヨタ タンク・ルーミーの姉妹車として復活しましたが、もし、初代がもっと売れていたら?

  1. モデルチェンジで1.3リッター&1.5リッターの水平対向エンジンに移行。
    • 二代目も、初代に習いヴィヴィオのドアを巧みに流用。
    • 海外市場でもスイフトのOEMは受けていない。
  2. インプレッサは3代目にモデルチェンジ後もセダン型のラインナップのみであった。
    • クラス的にはインプレッサとの差別化でジャスティは直列エンジンのままかもしれない。
      • つまり直3って事か
    • 5ドアモデルも3代目以降もワゴン型で発売されている。
  3. デックス登場までスバルからコンパクトカーのラインナップが空白になることはなかった。
  4. スーパーチャージャーが出ている、というかそもそも出ていればそこそこ売れたはず。
  5. もしヒットしたなら「第二の360」として世間から持て囃されたこと間違いなし。
    • この成功によってスバルは今頃スズキやダイハツのような小型車主体のメーカーになっていた。

トラヴィック[編集 | ソースを編集]

  1. オペルからのOEMが廃止され、自社開発を開始。
    • ・・・と思ったら、マツダ・プレマシーのOEMになってたりして。
      • むしろトヨタ・ウィッシュのOEMでは?
    • 水平対向エンジンを搭載したスバル初のミニバンとなる。
    • もちろんエクシーガは誕生しておらず、トラヴィックにターボが付いていた。

ドミンゴ(2代目)[編集 | ソースを編集]

  1. 1998年、ユーザーの強い要望に後押しされ、サンバーのモデルチェンジとともに3代目に移行。
    • エンジンの1300cc4気筒化&スーパーチャージャーの搭載が実現している。
    • タウンボックスワイドやエブリィランディ、アトレー7と熾烈なシェア争いとなっている。
  2. サンバーと基本シャーシは同じだが、高速での安定性を考え1.5BOXスタイルになる。これについては賛否両論。

デックス[編集 | ソースを編集]

  1. トレジアが発売されることはなかった。
    • デックスとカテゴリが同じなので大いに考えられた。

スズキ[編集 | ソースを編集]

カプチーノ[編集 | ソースを編集]

  1. やはり平成ABCトリオと(ry
  2. 「フォーミュラ・スズキKei」が「フォーミュラ・スズキカプチーノ」になっている。
  3. スズキ・GSX1300Rハヤブサのエンジンと6速ミッションを搭載した普通車版も登場。パワーもオリジナル通り175馬力を発揮。
    • 2007年現在も生産されていた場合、隼のモデルチェンジに合わせて197psになっている。
    • エンジンのシリンダーヘッド&ブロックは作り直す必要があるな。あとトランスミッションもエンジンとは別体にしてシフトレバーもH型にする必要がある。四輪用にするには結構コストが掛かる。当然型式も別のものに。
      • でもスイフトにこれ搭載したらそこそこ売れそうな気はする。横置きとなるレイアウト上FFのほうが搭載しやすいだろうし。

パレット[編集 | ソースを編集]

  1. スズキはこの車で軽No.1に返り咲いていた。
  2. スペーシアは登場しなかった。
  3. 姉妹車であるルークスはeKスペースの姉妹車になることはなかった。
    • そもそも日産の軽は三菱と関係を深めることはなかった。

X-90[編集 | ソースを編集]

  1. V6-2700を載せた「グランドX-90」が発売される。
    • いすゞ・ミューがライバルだな。
  2. ジムニーベースで、オフロード版カプチーノみたいなやつも発売される。
  3. 現在はトヨタからラッシュのOEM供給を受けている。
    • トヨタはダイハツとの関係が親密だからスズキへのOEM供給は無理があるのでは?
  4. 現在、2代目スイフトをベースにした3代目モデルが発売されている。

ツイン[編集 | ソースを編集]

  1. チョイノリベースの折りたたみ式車載バイクが発売される。
    • モトコンポかよ!
  2. 調子に乗って「ワークス」も作るが、事故が多発して社会問題に。
    • それ以前に燃費が悪化して「本末転倒」と自動車雑誌から散々な評価を受ける。
  3. ダイハツからも対抗車種が発売される。
  4. 車体を延長し、その分を丸ごと荷台にした「Newマイティーボーイ」が派生する。
    • むしろそっちの方が売れそうだ……
  5. IQはダイハツかスバルから軽企画で出ている。

エブリイ+/エブリイランディ[編集 | ソースを編集]

  1. 2代目はエブリイからの独立車種として新規開発のミニバンとして発売されている。
    • ランディがセレナのOEMになることはなかった。

スプラッシュ[編集 | ソースを編集]

  1. ソリオは絶版になっていた。
    • フルモデルチェンジもなかった。
  2. 4WD車が設定されていた。

キザシ[編集 | ソースを編集]

  1. スズキのフラッグシップセダン市場への参入に成功していた。
    • スズキは軽自動車メーカーという認識で終わることはなかった。
    • オートザム・クレフの二の舞になることはなかった。
  2. キザシを見たらパトカーだと思えと言われることはなかった。
    • トヨタ・キャバリエの二の舞になってしまうこともなかった(泣)。
  3. スズキの高級ブランドが誕生していたかも

ランディ[編集 | ソースを編集]

  1. スズキはミニバン市場から撤退することはなかった。
    • 結局復活した。
  2. 初代前期型がレアカー扱いされることはなかった。

MRワゴン[編集 | ソースを編集]

そこそこの売れ行きはあったが、更に売れていたら?

  1. その後もコンセプトを変えて販売していた。
  2. 4代目ではムーヴキャンバスの対抗車として発売され、ワゴンRとの差別化のため、スライドドアが採用されていた。
    • すなわち、史実のワゴンRスマイルはMRワゴンを名乗っていたのかもしれない

ワゴンRワイド・ワゴンRプラス[編集 | ソースを編集]

ソリオの前身車種。bBやキューブ並みに売れ行きがあったら?

  1. (ワゴンR)ソリオへの改名はなかった。
    • そもそも改名して迷走することはなかった。
  2. 3代目へのフルモデルチェンジが史実より早く行われていた。
    • 3代目はワゴンRベースでフルモデルチェンジしていた。
    • そもそもフルモデルチェンジがおざなりになることはなかった。
    • 時期的にワゴンRが3代目へのモデルチェンジと同時期に行われていた。

Kei[編集 | ソースを編集]

  1. ユーザーの声がきっかけで2代目として復活していた。
    • すなわち、史実のハスラーはKeiと名乗っていたかもしれない。
  2. ベース車は初代はアルト、2代目以降はワゴンRとなっていた。
  3. キャッチコピーは2代目は「遊べるKei」となっていた。
    • ルビは史実そのものだが、文字は史実の「軽」を「Kei」に変更しただけ。

ダイハツ[編集 | ソースを編集]

シャルマン[編集 | ソースを編集]

  1. ダイハツ車のフラッグシップがトヨタからのOEM供給車ではない。
    • しかし一世代前の同クラストヨタ車のコンポーネントを使った廃品利用車。
  2. 1500ccクラスの小型セダンのベストセラーカー。
  3. 当然FF化は行われている。
  4. 2代目モデルが走り屋に支持されていた(AE86カローラレビン/スプリンタートレノと車台が同じなので大いに考えられた)。
  5. アプローズは登場しなかった。
    • おそらくもっと攻めた普通車が開発されて、トヨタが嫉妬するほどの出来に。

デルタ・ワイドワゴン[編集 | ソースを編集]

  1. 本家のトヨタ・タウンエースよりも名称が有名。
  2. と、ゆーか、このクラスのワンボックス/トラックはダイハツ、海外向けに製造している。
    • 現行のタウンエースとライトエースはこのOEM。ダイハツ自身も、デルタ・ワイドの名称で売れば良いと思うんだが、親会社の圧力かしら。

ミゼットII[編集 | ソースを編集]

  1. その後も「ミゼットIII」「ミゼットIV」としてモデルチェンジを続ける。
  2. 右・左ハンドル仕様を作り分ける必要がないため、1シーター車は積極的に海外へも輸出される。
    • 排気量は1000cc程度にアップ。
      • ヨーロッパ向けにはディーゼルターボも用意。
    • 海外展開していない国では親会社のブランドで販売される。
    • 東南アジア諸国では三輪タクシー(リキシャやトゥクトゥク)の代わりとして使用されている。

アプローズ[編集 | ソースを編集]

  1. 火を噴いたことは「初期不良」で片付いた。
  2. アプローズ・デ・トマソも実現した。
  3. ダイハツから5ナンバーセダンのラインナップがなくなることはなかった。
  4. 日本でもハッチバックセダンが史実より早く売れ筋になっていた。
    • ランサーも不評でノッチバックセダンに戻されることもなかった。
    • ホンダもコンチェルトを最後に5ドアセダンのラインナップが途絶えることはなかった。

Bee[編集 | ソースを編集]

  1. 日本のモータリゼーションが5年は早まった。
    • ただしやっぱりスバル360に食われてしまう。
  2. それでも低価格車としてモデル自体は残る。そして昭和53年排ガス規制を突破できずに消える。

ブーンルミナス[編集 | ソースを編集]

  1. ダイハツのラインナップからミニバンがなくなることはなかった。
  2. パッソセッテが史実通り消えてしまった場合シエンタのOEMにモデルチェンジしてたかも。
    • シエンタはパッソ/ブーンの派生車種ではないので単にルミナスとして発売されていたかも。
  3. メビウスは発売しなかった。

いすゞ[編集 | ソースを編集]

ジェミニ (3代目)[編集 | ソースを編集]

  1. 4代目も自社生産によってモデルチェンジ。
    • いすゞが乗用車部門から撤退することはなかった。
    • ホンダ・ドマーニのOEM版は存在しない。
  2. 自社モデルチェンジのため、勿論「ハンドリング・バイ・ロータス」と「イルムシャー」は健在。
  3. 首都圏排ガス規制により他社がディーゼル車を廃止していく中、頑なにディーゼルエンジンをラインナップし続ける。
    • いち早くコモンレール、尿素SCR還元システムを導入し、首都圏乗り入れ対応を実現する。
    • ガソリン価格が高騰し、注目される。
      • 結果、クリーンディーゼルが現実以上に注目されるように。
  4. あのCMもすっかり定番に。
  5. 2000年代半ば頃には海外市場との兼ね合いで3ナンバーサイズに拡大される。
  6. ビークロスのベース車になっていた。

アスカ[編集 | ソースを編集]

  1. レガシィやアコードのOEMは存在せず、自社開発になっている。
    • そもそも初代すら純然たる自社開発では無い(<GMのJカー)ので、オペルや旧大宇のOEMの方が自然かと。
    • 自社開発の場合、ディーゼル車やイルムシャーがなくなることはなかった。
    • カムリのようにモデルチェンジのたびに肥大化し、3代目以降では3ナンバーサイズに拡大する。
      • その場合、いすゞ自社開発で初の3ナンバーセダンとなっていた。
      • マークXやスカイラインの競合車種になっていた。
  2. 2・3代目のCMでは飛鳥涼がキャラクターを担当し、CMソングも歌う。
    • 当時、CHAGE and ASKAがスバルのCMソングを歌っていたが、それはあえて無視。
  3. 現行モデルでは某有名アニメ作品の某超強気キャラクターがCMに出演。
    • こちらも「実は名前の中に『某マイナー日産車』が隠れている」という事実は無視される。
    • しかし、あの台詞が「客をバカ呼ばわりするとは!」と各方面から叩かれ、直ちにCMは差し替えられてしまう。
      • 「はぁ?!アスカを買わない人は馬鹿じゃないの?!!」と喋ったら「NERVも絶賛の経済性 アスカ」と流れていた。
      • それでもチョコラBBのCMの二の舞になっていた。
    • どっちみち彼女仕様の痛車が有志により製作される。
  4. 或いは、歴代のモデルのCMを全て奈良県明日香村で撮影している。
    • ナンバーは奈良ナンバー。
  5. AKB48ブームの頃には「アスカ」つながりで倉持明日香が在籍するユニットであるフレンチ・キスがイメージキャラクターを務め、CMソングも歌う。
    • AKBメンバーでは前田敦子がトヨタのCMに出演しているが、それはあえて無視。
    • 倉持明日香・明親子が共演するCMも制作される。
  6. 2代目以降でステーションワゴンやスポーツモデルも設定されていたら売れ行きは良かった。
  7. 今頃では工藤阿須加がCMキャラクターを務めていただろう。
    • 工藤阿須加・公康親子が共演するCMも制作される。
    • もしくは乃木坂46の斉藤飛鳥がCMキャラクターを務めていた。
  8. いすゞはジェミニとSUVの販売に力を入れることはなかった。
  9. 現行モデルではクリーンディーゼル車がラインナップされていた。
  10. 案外、トヨタ・クレスタにおける山崎努のように長年に渡り千昌夫がイメージキャラクターとして起用されていたかも。
    • 千昌夫は初代前期型までの起用だったのでむしろ前記したとおりにCMキャラクターが変化していたかもしれない。

ピアッツァ[編集 | ソースを編集]

  1. 2代目モデルは、FFジェミニクーペの上級仕様にならず、初代アスカをベースに開発、販売されていただろう。
    • ヤナセで販売されていたPAネロも同様。
  2. 勿論、デザインは「先祖的車種」である117クーペや初代ピアッツァ同様、ジウジアーロが担当していただろう。
    • 史実に反してこのような展開になった場合、一部のカーマニアから「いすゞは本気で乗用車を造る気があるのだろうか?」などと叩かれる事はなかっただろう。
  3. アスカもFFだったことを考えると、FRで登場することはおそらくなかっただろう。
    • という事は、両車の先祖的車種だったフローリアン/117クーペに倣ってという事か?
  4. 当然、イルムシャー仕様も健在。
    • 勿論、「ハンドリングbyロータス」も設定される。
    • 初代アスカには設定されていなかったDOHCエンジン搭載車も設定されていただろう。
  5. セリカ、シルビア(180SX)、FTO、プレリュードの格好のライバルになっていたかもしれない。

ビークロス[編集 | ソースを編集]

  1. 他社からもコンセプトカーそのままのエクステリアの車がどんどん発売される。
  2. MTが設定されていた。

フローリアン[編集 | ソースを編集]

  1. いすゞ=商用車メーカーの印象が薄れていた。
  2. コロナやブルーバードとのモデル争いが激しくなっていた。
  3. 幾度かフルモデルチェンジも行われていた。
    • その場合、史実の後継車である「フローリアン・アスカ」は登場しなかったか、「フローリアンの上級車種」として設定されていただろう。
    • ビッグマイナーチェンジでお茶を濁すこともなかった。
    • ダサい車扱いされ続けることもなかった。
    • 三菱デボネアといい意味で比べられていた。

日野[編集 | ソースを編集]

グランビュー[編集 | ソースを編集]

  1. 2代目以降はセレガベースで作られていた。
    • 史実通りにいすゞガーラとの姉妹車となった場合はいすゞにもOEM供給されていた。
      • はとバスが好んで導入していた。
  2. 近鉄バスの高速車にも積極的に採用されていた。
    • 近鉄バスが三菱エアロキングを導入することはなかった。
  3. 史実では設定のみであった1階部分のないタイプを導入したバス会社も存在した。

関連項目[編集 | ソースを編集]